一日幸せでいたかったら床屋に行きなさい。
一週間幸せでいたかったら車を買いなさい。
一月幸せでいたかったら結婚をしなさい。
一年幸せでいたかったら家を買いなさい。
一生幸せでいたいのなら……釣りを覚えなさい。
「という夢を見た」
「いや、それってどうなんだい?」
とある日の無限書庫、彼とその協力者である猫姉妹の片割れが昨日見た夢についての会話をしていた。
「いや、ああいう風に何でも簡単に片付いてくれるとありがたいのだが……現実は中々そううまく行かんな」
「そりゃそうだよ。あたしらが闇の書を封印しようとしているのはあんただって知ってるんだろ?そんな何でも都合よくうまくいってたまるかって言うんだ」
闇の書についてグレアムは詳細な調査をしている(と彼女らは思っている)。その結論として出た方法が永久凍結なのだ。その過程を全て無視して全て丸く収まりました、なんてことはありえない。
「だが、それが俺の目指すべきゴールだからな」
こともなげにそう言い放つ彼をロッテは見て思う。そうであればいいのに。全てがうまくいってあの子も封印されないで守護騎士も残って闇の書は二度とあらわれない。そんな奇跡のような事が起これば……
やめよう。そんなことは考えても仕方ない。
自分達は闇の書を封印する道を選んだ。目の前の彼もなにやら闇の書を完成させるところまでは目的が一致している。今はそれだけが真実。それだけでいい。完成した闇の書の封印を強行した場合、彼が立ちふさがるかもしれない。自分達は一度彼に倒されている。しかし、今度封印するときははグレアムが一緒だ。彼に勝てないまでも封印までの時間稼ぎくらいはしてみせる。ロッテの心にはその決意があった。
「アンタとの奇妙は関係も、もうすぐ終わりだね」
そのことに奇妙な感慨に捉われながらもロッテは告げた。
「闇の書の完成まで、あと僅か、か。恐らく完成は……」
「数日後。おそらくクリスマスイヴだね。今さらだけどさ、あたし等を捕まえとかなくていいの?ぶっちゃけあたしらはあんたの敵になる事が確定してるんだよ?」
「今は違うだろう?それに協力を頼んだのは俺のほうが先だ。目指す結末は違っても途中までの道が同じなら協力することはいいことだろう?俺もそれで助けられたしな」
彼にとって大事なのは現在である。彼は理想を目指す。全てがうまく行き、誰も傷つかない結末を目指す。すでにそこにはリーゼ姉妹達も組み込まれている。彼にとってはすでにリーゼらも彼が守るべき存在なのだ。
「何それ。変なの。そういえば変といえばあんたが闇の書を完成させようとした理由、なんだっけ男の意地?あれどういう意味なのさ?」
「笑うなよ?」
彼にとっては珍しい確認の言葉。
「さてね。変な理由だったらわかんないけどさ」
「闇の書の主、はやてのことは知っているな?あいつはな、ほとんど人に頼ることをしない。ずっと一人で生きてきたからな。一度手に入れたら失うのが怖いんだろう。みんなには迷惑をかけまい、自分は家族のために働こう。そんな意思が見え隠れしている」
「それで?」
「そんなあいつがな、たった一度だけ俺に頼んだんだ。『自分ではみんなを止められない。だからみんなを頼む』ってな。それしかないんだよ。それしかはやてが俺を頼ったことは無いんだよ」
「。。。馬鹿だね」
「自覚しているさ」
「闇の書が完成したら、あたし達は敵同士、恨みっこなし、いいね?」
「今さらだ。俺も俺の目指すゴールのために精々あがいてやるさ」
闇の書、完成のときは近い。
海鳴市立病院その病室にて
「ふんふんふーーーん♪」
「はやてちゃんご機嫌ですねぇ」
ベッドの上で携帯電話をいじりながら機嫌よさげなはやてを見て、花瓶の花を取り替えていたシャマルも嬉しくなる。
「わかる?あんな、すずかちゃんたちがこれから来てくれるんよ。新しい友達もできるかもしれんし、ちょお楽しみやねん」
それを聞いてシャマルの眉が少々ひそめられる。彼女の元に月村すずかからはやてのお見舞いに行きたいとのメールが来たのは先日のことである。そしてその時に見てしまった。メールに添付された写真に彼女達が、自分達の敵が移っているのを。そのときは入院したばかりでまだ日が浅いから、と言う理由で断ったがいつまでも断りきれるものでもない。シグナムらとも相談し、自分達が会わないようにしておけば大丈夫だろう、との認識の下お見舞いに来ることを許可した。
しかしそれでも不安はぬぐいきれるものでもない。
「そう……仲良くなれるといいですね?」
「うん、みんなにも後で紹介せななー」
朗らかに笑うはやての顔を見たシャマルは痛ましげに微笑むだけだった。
ハラオウン宅にて、闇の書の守護騎士に対する会議が行われていた。参加者はなのはやフェイト、クロノ、リンディと言った面々である。本当はユーノも来る予定だったのだが『今は少しでも多くの調べ物をしたい』とのことで参加を自粛している。
議題は先日の砂漠と森林での戦闘である。なのははヴィータと、フェイトはシグナムと交戦したが両者とも後一歩のところで邪魔が入り勝負は流れてしまった。
その時にフェイトは蒐集をされ、つい先ほどまでベッドの住人だったのだが、ようやっと起きれるようになったのである。
「こちらの対応は後手後手に回っている」
議長としてアースラクルーの面々を見回しながらクロノハラオウンは少々いらだたしげに宣言した。
「ユーノが調べてくれた闇の書、正式名称夜天の書の蒐集ペースを換算すればもういつ完成してもおかしくない。何とかして早く手を打たねば……」
しかし彼にもこれと言った腹案があるわけでもない。相手がいつどこに現れるかわからない異常その対応が事後的にならざるを得ないのは必然であった。
「あの、罠をかけるとかそういうのじゃ駄目なんですか?」
おずおずとなのはが手を上げて発言するがそれをクロノが一蹴する。
「無理だ。対応するための次元世界が広すぎる。人員も足りないし第一罠なんてあいつらは食い破りそうだ」
「じゃあ、待ち伏せとかも…」
「かわされて終了だろう。うまくこちらが観測している世界に来てくれればそれでいいが、そうでなければいたずらに蒐集が進んでしまうだけだ……」
苦々しげに言うクロノ。彼にもわかっている。しかし割り切れない思いが彼を焦らせていた。
「ねぇクロノ?結界魔道師を大量に送り込むのは?私達が何とか時間を稼いでいる間に相手を結界内に閉じ込めちゃうの」
フェイトがさも名案のように言うがそれにも彼は首を横に振った。
「それをしようとして一対一だから手を出すなと言ったのは誰だ?それに相手は一人じゃない。少なくとも僕が見た限りバックアップ担当が一人とさらにもう一人…」
「覆面の男……だね……」
「そうだ。あいつがいる限りことごとくこっちの行動は邪魔をされる!一体あいつは何者なんだ!小癪にも覆面なんかして!」
モニターには覆面をした猫が飛んだりはねたりしている映像が映し出されている。ひどくシュールだ。
「でも、この人、」守護騎士さんたちと仲間っていう感じはあんまりし無かったよ…?」
「確かに私が見た限りでもなにか別の目的があってシグナムたちを助けているように見えました」
実際に彼を見た少女らの言葉にもクロノは相好を崩せない。寧ろますます眉間に深いしわが刻まれるだけだ。
「そこがわからないんだ。あいつが守護騎士ではないのは過去の資料が証明済み。ではなんのために彼女らを助けているのかがわからないんだ」
「うーん、八方手詰まりね……ところで八神さん、なにか貴方から意見は無いかしら?」
これまで黙って息子クロノの発言を聞いていたリンディはいまだ黙して一度も語らない彼に話を振った。
「さてな。人ならざるこの身には他者の考えていることなど想像もつかんよ。ただ言える事はこの覆面の男はあまり出てこないらしい、と言うことともうすぐ闇の書が完成するから守護騎士たちと戦えるのは後一度が精々だ、と言うことくらいだ」
あくまで現状を確認する言葉しか出てこないことに少々落胆しながらもリンディは聞く。
「では、貴方がもしこの人、守護騎士の人たちを助けるとしたらどんな理由が考えられるかしら?」
緊張が走る。
「何が言いたい?」
「他意はないわ。ただ他人の気持ちになって考えてみることはとても大切なことよ?」
リンディの表情は笑顔であり、そこから悪意は確かに感じ取れない。気づいている?カマかけか?それとも本当にただの質問?その顔からは読み取ることはできない。
「……まぁ誰かに頼まれたとか、自分がその力を使うためだ、とかそんなことぐらいしか思い浮かばないな」
「ふーん、そう。あ、ごめんねクロノ。先に進めてもいいわよ」
(……危ないところだったな。俺がこっちにいるときにリーゼたちに出てもらってよかった。こいつらは覆面の男を単数と思っている。俺がアースラや無限書庫にいるのは確認済み。その時に覆面の男が出てきたのなら俺のアリバイは完璧になる。)
リンディがどこまで感づいているかはわからないが核心には至っていないようであり、一息をつく。
(もうすぐ、もうすぐ闇の書が完成する。闇の書、夜天の書の完成直後にのみ封印は効く、リーゼたちはそういった。つまりそこにだけ付け入る隙があると言うことだ)
彼の真意はまだ誰にもわからない。
ここからは蛇足です。
だから前回のお話で最終回です。
暑いです。眠いです、助けてください。
あ、最近やっと時間が取れるようになったので投稿しました。
いい理由だと思います。