腕を曲げ、腹から胸、そして顔が接地する直前まで、身体を傾ける。
速さはない。一つ一つを確実にこなすことだけを念頭に置く。
じっくりと時間をかけ、ほんの鼻先まで床が近付いたところで、動きを止める。
「ッフ」
短く息を吐き、吐きだした分僅かに新しい息を取りこむ。
汗が一滴、その拍子に垂れた。
回数は、何度目だったか?
……忘れた。
まぁ、いい。
気にせず、続きを行う。
またじっくりと、曲げた時と同じだけの時間をかけて、腕を伸ばす。
かかった時間は、おそらくは五・六秒ぐらいだったか?
腕を伸ばし終えて、取り込んだ息を吐いた。
ふと、回数を思い出した。
「1013回、目」
その時、ピーピーとタイマーが音を鳴らす。
あらかじめセットしておいたアラームだ。
これはつまり、今日はもう鍛錬の時間は終わりだということ。
思わず溜息が漏れた。
「時間が、全然足りない」
リキューがテクノロジストに転向し、一年が経った。
リキューは与えられた自分の研究室で、手に入れた膨大な資料を端末を使って閲覧していた。
資料はツフル人の遺したもので、その内容はサイヤ人の生態について研究・解明されたものである。
リキューは現在、図らずもテクノロジストとなることで手に入れた権利を使い、より効率的な修練方法を模索していた。
なぜかといえば、テクノロジストへ転向したことで真剣に鍛錬の時間が取れなくなっていたからである。
ここで述べておくが、リキューの今いる世界、すなわちドラゴンボールの世界において、テクノロジストとは現実における存在とは微妙に在り方が異なる。
現実においてテクノロジストとは、大抵が機械工学や生命化学など分野毎に内容が区分され、そして分けられた分野それぞれを専門的に習熟している者である。
しかしドラゴンボールの世界においては、テクノロジストはあらゆる分野の知識を統合的に習熟している者、つまりネクシャリストであることが一般的なのである。
逃避で選んだ選択であったとは言え、テクノロジストはリキューが自分で選んだ道である
そして自分で志願してなった以上、リキューは成果を出す義務があり、ゆえにこの世界で一般的なテクノロジストになるため、情報統合学――ネクシャリズムの学習を真面目に勤めていた。
しかし、ネクシャリズムは元々、高度に文明が発達した結果生まれた学問であり、その内容レベルは非常に高い。
ベースが現代日本人であるリキューが、鍛錬の合間の片手間にそう易々と習熟できる代物ではなかった。
学習過程で、今の身体の知的なスペックが実は高いことにリキューは気が付いたてはいたが、しかしだからどうしたといったものか。
リキューは結局、鍛錬の時間を削って、それを学習の時間に充てざるを得なくなったのだ。
リキューの鍛錬はこれまで、腕立て伏せやランニングといった基礎的な筋肉トレーニングを中心に、未だ不慣れな“気”のコントロールを改善するための自己流による座禅モドキなどを行っていた。
これらは決して効果が出ない鍛練ではないが、しかし持続的且つ長期間継続して行うことで初めて効果を発揮する内容である。
元々効率的とは言えなかった鍛練が、ネクシャリズムの学習で時間が取れなくなったことで、さらに効果が出なくなっていたのだ。
だからリキューは、より短時間で効果の発揮される、理想的な効率の修練方法を見つける必要があったのである。
これは師匠がいない、独力でのリキューの限界でもある。
たとえ鍛錬で行き詰っても、導いてくれる、あるいは知恵を貸してくれる人がいないのである。
独力のリキューでは打開策も何もかも、手探りで探すしかないのだ。
より効率的な修練方法を探すに当たって、リキューはまず資料を見漁った。
現在のリキューの立場は、見習いレベルに過ぎないと言ってもテクノロジストではある。
通常のサイヤ人とは入手できる情報の質・量の両方に格段の差があり、そしてそれを活用できることはリキューにとって大きな助けだった。
情報量が多く取捨選択の必要はあったが、少なくとも知識が全くない状態よりはるかにマシであることは確か。
そして数ある資料の中から、リキューが現在有用だと思い見ているのが、ツフル人によるサイヤ人の生態データ資料である。
資料にはサイヤ人に関するありとあらゆるデータが研究・解析され、特に戦闘民族の名を冠するに由来したであろう、幾つもの生態的特性について、当のサイヤ人ですら知らないような事柄にまでメスを切り込んでいた。
つまりその内容は、リキューにとってすら初めて知るものが多くあったのだ。
「……“サイヤ人は戦闘を重ねるごとに、通常の種族よりも高い戦闘力の成長が働く特異な特性がある。そしてその中にも際立って目立つもので、負傷から回復した場合の戦闘力の増大は個体差があれど著しい増大率を誇り、実用性に欠けるも急激な戦闘力の増加を可能としている。”………か」
リキューは端末から一旦面を上げると、目を閉じて額に手を当てる。
「………そういえば、確かにそういうこともあった………気がするな」
すでに部分部分でしか思い出せない彼方の記憶、その中で資料に語られている通りのことが示されていた気がするリキューであったが、確証は抱けなかった。
この世界で十年。日本人であった頃の記憶も含めれば三十年以上、原作である“ドラゴンボール”から離れているのだ。
リキューははっきり言って、“ドラゴンボール”の内容をもう大して覚えていなかった。
大猿化の原理や、大猿によって得られる戦闘力の倍率なども、今初めてこの資料を見ることで知った、あるいは思い出したのである。
分かり易く言って、今のリキューは悟空がフリーザと超サイヤ人になって戦ったことは覚えているが、悟空がどうやって超サイヤ人になったのか?
遡ればそもそも、何故悟空たちがフリーザと戦うことになったのか?
それすらも、もう覚えていなかったのだ。
久しぶりに記憶の中の原作へ注意を向けたことで、このことを思い知ったリキュー。
サイヤ人となったことか、もしくは原作と大きく異なる舞台環境であったことが原因か?
どちらが原因かは知らないが、ともかくリキューはさして原作の知識を重要視していなかった。このことが記憶の風化の原因でもあるだろう。
だがさすがにこれはまずいかと、ほんの少しだけ思い直す。
そして資料を熟読する片手間に、リキューは原作での悟空たちの修行について朧な記憶を振り返ってみた。
しかし、リキューの脳裏に思い浮かぶ姿は、グレートサイヤマンだとかカリン塔を登る少年悟空だとか、あるいはフュージョンに失敗しデブになる光景、ぐらいしか思い浮かばなかった。
本気で思い出そうとしていないこともあったが、そういった印象に残った一部分しかもはや覚えていない、という現実も多分にあった。
「……まぁ、仕方がない」
結局、組み手をしている姿ぐらいしかまともな修行について思い出せなかったリキューは、端末の電源を切って席を立った。
そのまま一路、訓練室へと向かう。
今日の己に課したネクシャリズムの学習ノルマはすでに終えていたので、これからすぐに鍛錬に移るつもりであった。
原作の知識が当てにならない以上、資料を見て思いついた二・三の新しい修練方法を実施し結果を見て、そして自分で道を切り開かなければならない。
元々原作の知識を頼りにしていないリキューは、ポジティブに行動の指針を定めて動いていた。
考えるよりも先に行動する。
このあたりは良くも悪くも、リキューはサイヤ人らしくなっていた。
ストレスから解放された分、反動でリキューのフットワークは軽くなっていたのだ。
また、単純に強くなることに喜びも感じているという部分もある。
サイヤ人の強さを求める向上本能と、日本人としての強さへの憧憬的な思いが相乗的に重なり、強さを求めるストイックな姿勢を形成していたのだ。
(…………? 確か、そういえば……………)
ふと、リキューはあることを思い出す。
そのまま歩みを止めて立ち止まると、彼は目を閉じて考え込んだ。
唐突に連想した悟空と修行という二つのキーワードが、ほとんど忘却されていたリキューの記憶を刺激したのだ。
リキューが考え込むこと、おおよそ十秒前後。
ようやく、リキューは記憶の淵から一つの有益な情報を、思い出した。
このときリキューは得られた望外の恵みに対し、無意識に口の端を吊り上げていた。
目を開ける。
そして、また別の用件について少しだけ考えて、すぐに向かう先を変えるとリキューは歩き出した。
向かう先は技術工廠である。
宇宙を集団で進む、小さな個人用ポッドの姿があった。
数は六つ。
しかし、唐突にその中の一つが失速したかと思うと、軌道を変えて集団から逸れていった。
逸れたポッドの中にアラームが響き、ステイシス状態を解かれた搭乗者が意識を覚醒させる。
「―――っち、一体なんだ?」
予定よりも早く目覚めた彼は、鳴り響くアラームに眉を顰めた。
「エンジントラブルだと? このガラクタが………あいつらボロを回しやがったな」
ポッドはトラブルに対処するため予定の航路から外れて、早急に付近の宙域をサーチし降下可能な惑星を探していた。
やがて、ポッドに搭載されているコンピュータは条件に該当する星を発見。
自動的に軌道を修正すると、真っ直ぐ発見した星の座標に向けて加速する。
そして程なく、ポッドは星へと辿り着いた。
天を裂き、穏やかな世界を突き崩して、ポッドが地に激突する。
幾許かは直前に減速しフィールドを張っていたために抑えられたが、それでも大気圏外から突入して生じたエネルギーは大きい。
ポッドの着陸した後はクレーターの如くすり鉢状に大地を削り、運動エネルギーから変換された熱が陽炎を作っていた。
僅かに残った熱に空気が揺らぐ中、圧縮された空気を排出しながらカバーが開かれる。
中で待っていた搭乗者は、憮然とした表情のまま外へと乗り出る。
シュルリと、拠り所なく動いていた男の尾が、腰に巻き付いた。
「復旧まで六時間だと? ……手間をかけさせやがるぜ」
操作していた遠隔端末を無造作にポッドに放り投げると、男はクレーターを登り周辺の大地を見渡す。
その視界に見えた光景は、広々とした土地が広がっており、緑の姿は見えずそれほど大地は肥えているようではない。
怪訝そうに、男は呟いた。
「妙だな………こんな星があるなんてことは、聞いた覚えがないが」
ふと思い当った疑惑であったが、確かに不自然なことであった。
それほど好条件という程でもないが、生存に適した環境がある星である。
地上げの対象の星の通り道ということもあった。
しかし事前に、通り道にある大抵の生存に適した環境の星については覚えていた筈の男に、この星に関するデータの覚えはなかった。
だが元々この星に来たのも、登録されてる星図に従ったものではなく、ポッドに備え付けられた自前のサーチャーで発見されたがゆえに辿り着いたのだ。
それを考えれば、未発見であったということも考えられる話ではある。
たかだか個人用のポッドに備えられている程度のサーチャーで発見できる星を、今まで見過ごしてきたというのも変な話ではあるが。
「まぁいい。どうせ、大して目ぼしいものもないチンケな星だ」
覚えた疑問も興味を無くすと、男はその場に両手を頭の後ろで組んで寝転んだ。
「退屈だ…………いい暇つぶしはないものか」
そのまま、男が暇を持て余しながら数分後。
男の顔に付けられたスカウターが、反応を示した。
男は閉じていた目を開けると、跳ねる様に立ち上がって背後を向く。
クレーターを挟んだ反対側に、こちらへ向かってくる数人の人影が見えた。
「ほう、人間が住みついていたのか」
こいつはいい。口に出さず思う。
やがてクレーターの淵まで近付き、人影の姿が露わになる。
年老いた老人と、若く屈強な肉体を持ち、2m程の長さの棍を備えた男が二人。
その計三名が、男とクレーターを挟んで相対した。
不敵に三人を前にしながら腕組みをしている男へ、老人が威厳を纏いながら口を開く。
「去れ、異星から訪れた人よ。この星は隠され、忘却された場所。ここに汝を満たすものは何一つとしてなく、そして汝の存在を歓迎するものも一人としていない」
「ふん………随分と強引な態度だな、ジジイ。問答無用で出て行けだと? そう言われてハイハイ従うと思うか?」
「貴様、長老に向かってなんという口の利き方をッ」
「よせ、抑えろ」
憤る若者を、長老と呼ばれた老人は片手を伸ばし制するよう指示する。
そのまま視線を男に合わせると、続けて言葉を発した。
「異星の方よ、無作法であることは認めよう。だがしかし、我らには与えられた使命がある。そして“我らが神より賜ったものを守り通すべし”という使命は、何よりも優先されるもの。たとえ不愉快を覚えられようとも、押し通させてもらわねばならない」
ガシンと、二人の若者が棍を地に打ち鳴らす。
二人の瞳には、力を行使することも辞さぬ意思が見える。
「再度勧告する、立ち去られよ。この星は汝の来訪を厭うている。余計な怪我を負いたくなけば、早々に自らの母星へ帰るのだ」
シン、とした沈黙が場に漂う。
言う事を云い、もはや語ることもなき原住の者たちは、ただ黙し威圧を加える。
相手側の意図は分かり易く示された。
「余計な怪我ねぇ」
嘲笑する。
親切とも取れる程明確な意思表示に、男は滑稽だと嗤い返す。
「あいにくと、しばらく宇宙船は使えない状態なんでな………ちょうど退屈していたところだ。どうだ? その“神から賜ったもの”というのでも、見せてもらおうか」
その言葉に、長老は溜息を漏らした。
「致し方ない。ガッド!」
「心得ました」
承ると同時、ガッドと呼ばれた若者が動く。
地を一蹴りし、ほんの刹那に挟まれたクレーターの間合いを縮める。
「御免ッ!」
一切の加減挟まず。
棍の一撃が、容赦なく男へと突きいれられる。
その目にもとまらぬ動作は、見守るものすべてに結果を容易く想像させた。
しかし、予想は呆気なく裏切られた。
打ち込まれた神速の一撃を、男は容易くその先端を捉え、掌で受け止めたのだ。
「な、何だとッ? っぐ、ぬぅ!」
「ガッド!?」
素早く間合いを取ろうとする若者であるが、捉えられた棍が凄まじい膂力で固定され、動くことができない。
男は片手であるにもかかわらず、若者の全力を完全に圧倒していた。
「戦闘力221………雑魚だな」
スカウターに表示された数値を見てとり、男は嘲笑う。
そのまま握力を強めて、男は棍の先端を握り潰す。
「し、神木から作られた棍が!?」
「ば、馬鹿なッ! こんなにも簡単に破壊されるなどッ」
「脆いんだよ」
動揺したまま動きの止まっている若者に、男が手をかざす。
かざされた手から、エネルギー波が放射される。
放たれたエネルギー波は間近にいた若者を捉え、断末魔の悲鳴ごと姿を呑み込んだ。
爆発が地煙を上げる。
「が、ガッド! ば、馬鹿なッ!?」
「き、貴様ぁあああ! よくもガッドを!!」
「!? よ、よせ! やめるのだディアン!」
残ったもう一人の若者が、長老の抑止を振り切って突撃する。
男はかすかに残る吹き飛ばした若者の残滓……黒い灰を片手で払うと、ちょいちょいと指を動かして挑発する。
怒りに占められていた若者の思考が、さらに沸騰する。
「己ぇぇえええええ!!!!」
大きく薙ぎ払うように、棍を一閃。
男がジャンプして避けると、若者はさらに追撃せんと休まず猛攻を続ける。
繰り出されるのは神速をもった突きの連打。残像が残る速度で応酬される突きの嵐は、間違いなく一撃一撃が必殺の威力。加えて敵は空中、逃れる術はない。
しかし、男は余裕を崩さない。
嘲笑のままに、男は足場のない空中であるのにもかかわらず突きの全てを捉える。
若者は己の突きの全てを、一切触れられることもなく、ただ挙動だけで避けられた。
「ぬッ、ぐぅ! ならば!」
「む?」
大きくバク転し、間合いを開け放して若者が構えを取る。
棍を水平にするようにし、握ったまま両手を前に突き出しパワーを込める。
「喰らえぃ! ヨジン・ボゥーーッ!!」
パワーを充填した棍を男へ、突きの形のように押し出す。
突き出された棍の矛先から、凝縮されたエネルギーの奔流が発せられる。
そして発せられた巨大なエネルギーの流れは、男に直撃し爆発を起こす。
「仕留めたッ、手応えを確かに感じたぞ!!」
「いかん、逃げるのだッ! 急げディアァァンッ!!」
「長老? なにを言ってッ!?」
突如として発生する突風に、土煙が払われる。
それとほぼ同時に、若者の腹に衝撃が加えられる。
加えられたその凄まじい威力に、一瞬で骨は砕かれ内臓を傷付けられた。
「―――ッ、か……が!?」
「さっきのは驚いたぜ、まさか戦闘力が400まで跳ね上がるとはな」
崩れ落ちそうになる若者の身体を、首に尾が巻きついて持ち上げられる。
肌にはおろか、服にさえ傷一つ付いていない男の姿が、若者の眼中に入る。
そっと、若者の腹に男が手を添える。
「お返しだ、遠慮せずに受け取りな」
「か、ガ――――」
閃光が走る。
貫通性を高められたエネルギー波が男の掌から放たれ、若者の腹を貫いた。
どてっ腹に風穴を空けられた若者は、しばらく痙攣した後に息絶える。
適当に亡骸を投げ捨てると、尾を元通り腰に巻きつけながら男が長老に振り替える。
長老は身震いしながらも、毅然とした姿勢を崩さなかった。
男から発せられる、強大な邪気とパワーを感じ取ったからこそ、より気を張って相対した。
「汝は、汝は何者だッ!? いったい、この星で何をするつもりなのだ!!」
「俺が何者か、だと?」
男は無造作に近づくと、長老の首を掴み、華奢なその身体を持ち上げる。
ぎりぎりと力を緩やかに加えて、苦悶の表情を愉しむ。
「ぐぅ………が、あぁ」
「知りたければ教えてやろう。俺は、全宇宙一の戦闘種族であるサイヤ人の一人。名はターレス」
「タ………レ、ス」
「何をするつもりか、ねぇ………何、大したことではないさ。俺としても仕事があるんでな、なるべくこの星からは早く出て行かなくてはならないんだ。しかし肝心の宇宙船がトラブルを起こしていてね……どうにも、後数時間はこの星で足止めされざるをえない訳だ」
「く、き―――きゃ、―――――か」
「だからやることがなくてな、暇で仕方がないんだ。まあ幸いにも、この星には人間が住んでいるようだ………せっかくこの広い宇宙で会えたんだ、この出会いは大事にするべきだろう?」
パキリ、と乾いた音が響く。
ターレスは手を離した。
そのまま血泡を噴き出している長老の身体が地に落ちるのも興味を示さず、スカウターを操作する。
「くっくっくっく、見つけたぜ。そう遠くない位置に固まっている、小さな戦闘力の反応が多数………」
宙に浮き、ターレスは空を一路に駆ける。
スカウターの反応を辿り、あっという間に距離を縮めてゆく。
そしてさして時間も過ぎぬ間に、視界にほどほどの大きさの、隠れるようにある村落が見えてきた。
「さぁて、せっかくの貴重な出会いだ。俺の暇つぶしに付き合ってもらおうじゃないか」
好戦的な笑みを浮かべながら、ターレスは村落へ加速した。
やがて村に火の手が上がり、悲鳴と怒号で満たされた。
リキューがより効率的な修練方法を模索し始めて、一ヶ月が経った。
幾ら生態に関する詳細な資料があるとはいえ、そうそう革命的な鍛練など見つけることは出来ない。
現在もリキューは試行錯誤を繰り返しており、その成長は遅々としたものだった。
しかし、その日々は決して無駄ではない経験をリキューに与えてくれていた。
素早い動きで、リキューへ二方向から影が忍び寄る。
俊敏且つコンビネーションの取られた動きは、幻惑の効果を含有し相手の対応を遅らせる効果を持つ。
そしてそのまま二方向より、勢いの乗った打撃が放たれる。
「ッふ」
惑いに誘われず、リキューは二つの打撃を捉えた。
正面からの拳を右の掌、左上からの変則かかと落としを左腕で受け止める。
「ギィ!」
「ギェァ!!」
攻撃を防がれた次の瞬間には、停滞せず速やかに離脱。
リキューを挟み込むように離れ、二体の人工生物――サイバイマンが構える。
半身を動かし、両者に視線を動かしながらも不敵な表情は崩さない。
「来やがれ、ゴミが」
「シィヤッ!」
リキューの背後にいたサイバイマンが、片手からエネルギー波を放出した。
挙動を即座に見抜き、リキューは振り返ると同時に右手で殴り弾く。
その隙に付け込み、対面にいたもう一体のサイバイマンも攻勢をかける。
無防備に曝け出されている背中へ繰り出される、ラッシュの嵐。
当然みすみす喰らう気もなく、リキューはまた流れを逸しずに反転し、サイバイマンのラッシュに合わせ、打撃を防ぐ。
激しい打撃の交錯を演じながらも、リキューのスピードは相手の一歩上を行き、防御を掻い潜って着実にダメージを加える。
しかし、そう何時までも一体に集中してはいられなかった。
敵は二体いるのだ。
エネルギー波を撃ったサイバイマンが、反対側からラッシュに加わる。
舌打ちしながらリキューが片手で初撃を受け止めると、そのまま二体一の攻防へ流される。
軽く飛び上り、両手足をも使って相手をする。
だが、さすがに二体同時に相手をするには手数が足りなかった。
繰り出される打撃に対して、防御が追い付かない。
「ッち、離れろ!」
亀のように身体を丸め、全身を縮める。
次の瞬間、弾かれるように縮めた身体を広げると同時、リキューは全身から“気”を放射した。
「ギャギャ!?」
「ギェェ!!」
全方位へと放出された“気”が、近接していた二体のサイバイマンを怯ませる。
威力は欠片ほどもなかったが、元より牽制目的。
作り出した隙を利用し、即座にリキューは一体のサイバイマンの足を掴む。そしてそのまま身体を振り回し、残ったサイバイマンへ投げつけた。
即席の投身砲丸がぶち当たり、二体は絡まったまま壁際まで転がっていく。
両手を組み、そのままリキューは“気”を集中させて振り上げる。
「止めだ、消えろォーー!!」
組んだ両手を離し隙間を作ると、間に光輝く球体。エネルギー弾が生成される。
リキューは両手を投げ下ろし、そしてエネルギー弾がサイバイマンへ放たれた。
「ギャ……」
爆発。
寝げる暇もなく、二体のサイバイマンにエネルギー弾は着弾した。
確実に命中した。リキューはその手応えに勝利を確信する。
しかしそれゆえに次の瞬間、煙を突き破って現れたサイバイマンの姿に不意を突かれた。
「な!?」
「ギャギャーッ!!」
加速のついた肘打ちがリキューの顔面に叩き込まれる。
衝撃に後ろへ数歩後退り、足元がよろける。
が、それだけ。すぐに体勢を戻しサイバイマンへ視線を向けるリキュー。
口元を拭えば、口を切ったのか僅かな出血の跡。
「貴様………調子に乗るなッ」
「グ、グギャ!?」
一対一ならば、今のリキューの実力でサイバイマンに負けることはない。
姿が掻き消えサイバイマンのすぐ真横に現れると同時に、反応が追い付いていないサイバイマンに裏拳を後頭部へ叩き込む。
ベキョと骨格を叩き割り、今度こそ完全な止めを刺したことを確認する。
「……もう一体が盾になっていたのか、チクショウ」
焼き焦げたサイバイマンを一目見て、原因を推察する。
これが意味することはつまり、リキューのエネルギー弾の火力が足りていなかった、ということである。
未だにリキューは、“気”のコントロールが不得手なのだ。
そのことがダイレクトに気功波の威力に反映されていることもまた、リキューに課せられた早急に解決すべき課題の一つである。
舌打ちをしながら、リキューは訓練室を後にした。
リキューが出ていった後の部屋では、自動的に清掃ロボが動きサイバイマンの痕跡を片付け始めていた。
サイバイマンとは、つい最近サイヤ人の科学者が発明した、インスタント人工生物である。
元はツフル人の遺した戦闘用人工生物のデータが土台となっているもので、植物の種状にかたどられた卵を惑星の土壌に埋め、付属の特殊培養液を振りかけてやることでその場で数分と経たずに誕生する、携帯性に優れた非常に有用な人工生物である。
戦闘力も使われる星の土壌状態により多少の前後があるが、1200前後の数値とこれほど即席培養の人工生物にしては高いものを保持しており、汎用性の高さは随一だった。
リキューは未だ大々的に量産されていないこれを、自分のテクノロジストとしてあったコネを通し、先行試作品の幾つか都合してもらったのだ。
現在のリキューの戦闘力は2000。
一年前の戦闘力である1200と比べれば、その成長率は普通では妥当である。が、リキュー自身は不満があった。
妥当な成長率であるということは、鍛錬の効果がいまいち発揮されていないということだからだ。
リキューは妥当ではなく、より急進的、あるいは爆発的といった評価のされる成長を望んでいるのである。
ゆえにこの一ヶ月、リキューは様々な思いつく限りの手法に、それこそ持てる手を出し尽くして挑んでいた。
サイバイマンを使った戦闘訓練もその一環である。
リキューは歩きながら先程の戦闘訓練を思い出す。
実に有意義であった。そうリキューは思う。
実戦の経験を味わえるという意味以外にも、常日頃から抑制されている欲求、そのフラストレーションを遠慮なしに解消できるということが、何よりもリキューの高揚を誘った。
リキュー個人の思惑としては、これからもサイバイマンを使った戦闘訓練をより絞って行っていきたい。
やはりサイヤ人には、実際に戦いを行うことが精神的にも肉体的にも良好に働くのだ。
しかし、それは無理な話である。
サイバイマンは未だ試作品が出来たばかりの品である。
これから試作品を元にシェイプアップし、調整を行った後に量産され、流通化するのだ。
そしてこれらの工程が行われ完了するまでは、少なくとも後数年はかかる。
まだ文字通り、形になっただけに過ぎないのだ。
それにいくらコネがあるとはいえ、そう何度も試作品は流してもらえるものではない。
この方法ではない別の手段をまた、リキューは講じる必要があった。
難航する先行きに、先程までの戦闘による高揚も忘れてリキューはテンションを下降させる。
道程は険しかった。
部屋に戻ったリキューは、上のバトルジャケットを脱ぎ捨ててそのままベッドに飛び込む。
何時もならば軽くシャワーを浴びているのだが、今日は興が乗らなかった。
そのまま眠るにも頭が煩悶としているので、リキューはベッドサイドの引き出しからテキストを取り出し、内容に目を移す。
正直、きちんと内容が入っているのか疑問ではあったが、リキューに他に気を紛らわす方法は思い付かなかった。
そしてそのまま、一時間ほどの後。
ふと、リキューは部屋の壁に備えられている通信端末に、赤いランプが点灯していることに気が付く。
「何だ?」
テキストをベッドの上に放り、端末まで移動してスイッチを入れる。
電源が入り、画面に相手の姿が映る。
『おい! やっと繋がったかリキューッ! お前ずっと部屋にいただろうが、早く出やがれ!!』
「アンタは、確かメカニックの………俺に何の用だ?」
『何って、一ヶ月前にお前が頼み込んできた例のヤツのことだよ。お前が言った通りのヤツが完成したから、今こうして親切にも連絡入れてやってるんじゃねぇか』
「一ヶ月前? ………すまん、何の事だ?」
『…………ハ?』
画面に映っている、爬虫類系異星人のメカニックの目が点になる。
しばらくの沈黙が発生したかと思えば、徐々にメカニックの身体がプルプルと震えだす。
そして震えが収まったかと思った次の瞬間、メカニックが火を噴いた。
比喩ではなく本当に。
ちょっと本気でリキューはビビった。
「ッお!?」
『おのれが吾輩に頼み込んだんだろうがぁあああああ!!!! 一ヶ月前にッ! 重力コントロール出来る訓練室を作れとッ!! こっちが誠心誠意籠めてやって一ヶ月かけて作ったヤツを、お前何の事だと!? 感謝以前に忘れ去るとはどういったこったぶるぁああああ!!!!』
「あ、あーあー、そ、そうだった。すまん、悪かった。ちょ、ちょっと落ち着けって。おい」
『ぶるぁぁああああ!! ぶぅぅうううるぁぁあああああああああ!!!!』
「うるさいッ! 黙れ爬虫類!!」
一時間後。
ちょっと文章にし難い小事を挟み、リキューはメカニックと一緒に新設された重力制御訓練室にいた。
なんとか機嫌を収めたメカニックが、マンガ肉を食らいながら設備の説明をリキューにする。
「お前が注文した通り、とりあえずこの部屋の中の重力を100倍まで操作できるようにはしてある。操作方法は、あの部屋の中央のコンソールでやれる。まぁ、一々説明せんでも分かるだろうってぐらい簡単にしてあるから、大丈夫だろ。あと緊急停止用のボタンもあるから、ちゃんと確認しとけよお前? ちなみに安全装置があるから、扉を閉めんと重力コントロールは出来んし、逆に重力コントロール中は扉の開閉は出来んから、注意しとけ」
「上出来だ。ありがとよ、おっさん」
バクバクと饅頭を頬張りながら、予想外の賜物にリキューも上機嫌で褒め称える。
両手を腰に当てて仰け反りながら、当然だと言わんばかりに威張るメカニック。
少しばかり強気にも程があるメカニックの態度に多少不愉快であったリキューだが、今はそんなことを無視できるほど気分が良かった。
「それじゃ、吾輩は戻らさせてもらうぞリキュー。あ、そうそう。いくらお前らサイヤ人が高重力に慣れてるったって、100倍は止めとけ。死ぬぞ? それも即死で」
「そうかい、肝に銘じとく」
「ホントかよ? ぶるぁ」
最後までどこか不遜な態度を取りつつ、元気でなーとフレンドリーに消えていくメカニック。
そんなメカニックの存在をすぐに忘却し、リキューは目の前の新調の訓練室に興味を注ぐ。
一ヶ月前、リキューがふと思い出した有益な記憶。
それは“ドラゴンボール”において、界王星で悟空が行ったバブルスとの追いかけっこである。
最初は又どうでもいい記憶だと思ったものだったのだが、ふと思ったのだ。
何故この修行に、悟空は手間取ったのか?
そのことに思い至ると同時、界王星の重力が10倍であることを思い出し、更に連想してナメック星までの過程で悟空が行った、100倍重力修行についてもリキューは思い出したのだ。
そしてリキューはそのことを思い出した際、ダメもとで技術工廠へ向かい、そこにいたメカニックの一人に重力コントロールの出来る訓練室の製作を依頼していたのだ。
不躾な依頼ではあったのだが、受け持ったメカニックはブチブチと文句を言いつつもこの頼みを引き受けてくれた。
これはサイヤ人が機器の扱いに荒っぽく事あるごとに修理に駆り出されていて、メカニック側がサイヤ人に要求され慣れているという環境が形成されていたことに一因があった。
まぁ、一番大きな理由が引き受けたメカニックの性格にあったことは確実であろうが。
そして一ヶ月の製作期間を終えて、リキュー自身ダメもとで頼んだ代物であるが為に、もはや頼んだ事を忘れていた今日に、その頼み込んだ品である重力制御訓練室が完成したのだ。
「これで大体の問題は解決だな………」
不敵な笑みを思わず浮かばせながら、リキューは扉をきっちり閉めて、中央のコンソールへ向かう。
早速この部屋を試そうというのだ。
もう夜も遅く、明日を考えれば休むべきなのだが、リキューはその衝動を抑えることはできなかった。
その行動は、目の前に新品の玩具の箱を置かれた子供のものと何一つ変わらない。
「惑星ベジータの重力が、確か10倍だったか?」
なら、20倍ぐらいでいいだろう。そうさして深い考えもなく、リキューは簡単に数値を決めると入力した。
そして、ドライブスイッチを押す。
電源が入り、機械の作動する僅かな重低音が部屋に響きだす。
そして徐々に身体が重くなったと思った刹那、重力が倍加された。
――かくして、リキューはあの世の深淵に一歩踏み込む。
初めに意識が遠のき、次いでリキューは呼吸が出来なくなった。
そして床に叩き付けられた衝撃で、ギリギリ意識を持ち直した。
「――――か――――か、ッ――――!」
骨の軋む音が、身体の内側から聞こえる。
血流は滞り、滞る血の流れが内臓器官の働きを弱めるばかりか、さらに意識すらも刈り取ろうとする。
身体は微動だにせず、そもそも身体を動かそうとする意識を保つこと、それ自体が困難。
呼吸器官もまともに動かず、活力源である新鮮な酸素が取り込めない。
「か――――がッ――――――――――!―――――――」
リキューはこの時、この世界に生まれて初めて、死の危機に追い込まれた。
ここに、リキューの誤算があった。
重力の倍化は、単純に体重を倍にするわけではない。
肉体全てに等しく負荷は降り注ぎ、その働きかける影響は絶大なのだ。
リキューの体重は38kg。20倍の重力下では、これは760kgとなる。
しかし、仮にリキューが普通に760kgのヘビーウェイトを身に付けたとしても、このようなことにはならないのだ。
重力が20倍になるということは、身体に重りを付ける訳ではない。
内蔵器官から脳や骨格、筋繊維質の一筋から血管の一本一本さらにはその中を流れる血液まで。
それら全ての重量が20倍になった結果、リキューというそれらの要素の集合体の重量が20倍となるのだ。
メカニックが言っていた、即死するという言葉は決して嘘でも冗談でもなかった。
幾らサイヤ人が高い戦闘力を持った戦闘種族であろうとも、身体の内への負荷にそう強固な耐性を保てるわけではない。
身体の中の臓器が砲丸並の重量になるのだ。常人ならば容易く血管が裂け、内臓は自身の重さに破裂しているものである。
そしてさらに最悪なことに、リキューの場合は幾つもの負の要因がその上に加えられていた。
確かにリキューは生まれてから数年間、惑星ベジータの10倍の重力下で生活していた。
しかしツフル人を滅ぼし文明的生活を得てからは、フリーザ軍から派遣された非戦闘員の軍属もいるため、都市部では重力制御された状態で生活していたのだ。
つまりリキューは、何の心構えもなしに、10倍の重力についても忘れていた状態でいきなり20倍の重力の負荷を受けたのである。
そしてさらに不幸なことに、リキューは“気”のコントロールが不得手であった。
これがまだ他のサイヤ人であったならば、咄嗟に身体の中に“気”を働かせ生理機能を保護・維持し、活動が出来ただろう。
しかしリキューは未熟であったがために、この咄嗟の反応ができなかった。
がふと、リキューの口から赤黒い血が吐き出される。
“気”の護りの遅れたリキューは、全身の内外に深刻なダメージを負っていた。
重力がかかった瞬間、全身の毛細血管が破裂し臓器のいくつかが傷を負い、加えて、脳にも少なくないダメージを受けて意識が混濁し、肺からは空気が絞り出され呼吸が出来ていなかったのだ。
間違いも誇張もなく、重傷。
そして危機は、さらに現在進行形でリキューを蝕んでいる。
「ば―――ギ、ッ、か―――」
必死に手を動かすが、ほんの僅かしか身体は動かない。
全身のダメージに加え、等しくかけられる重力の負荷が、身体に力を入れにくくさせているのだ。
“気”を身体の中に働かせようにも、脳のダメージの影響で上手くコントロールが出来ない。
パキパキと、骨に加えられる圧力の音がリキューの意識に届く。
「き―――か、がッ、がぅ、ああああぁぁああああああ!!!!」
死の危機。死の一歩手前。
この時リキューは、かつてない生命の危急に対して、かつてない力を発揮した。
それはいわゆる、火事場の馬鹿力という現象であったのだろう。
ただ全身の“気”を励起し噴出し、ボロボロの身体を超重力の枷を振り切って動かす。
だが、それも急場凌ぎでしかない。すぐに“気”の放出は収まるだろうし、そしてその時には、本当に死が待っている。
リキューは血走った眼でコンソールを見渡す。
そして見つけた赤いスイッチを、確認もせずに叩き押す。
機械は忠実だった。
押された緊急停止ボタンに従い、稼働を止め電源が切られる。
「が、はぁッ! はぁ、はぁ………ぐ、く……そ」
力尽き、コンソールにもたれかかる様に倒れる。
重力制御は解いたが、全身のダメージは変わらない。
急ぎ手当てをしなければ危険であることに、変わりはなかった。
リキューは身体を引き摺る様に動かす。
火事場の馬鹿力で残った体力を根こそぎ放出したため、より一層ダメージは深刻だった。
早急に手当、いや治療ポッドに入らねば、命が危うい。
血の跡筋を残しながら移動するリキューであったが、しかし表情には不屈の闘争心が宿っていた。
重力特訓が凄まじいリスクを秘めていることは体感し、まさしくその身に沁みた。
しかしだからこそ、リキューはこの特訓によって莫大な効果が得られるだろうというのを、直感で感じ取っていたのだ。
ハイリスク・ハイリターン。シンプルな理屈である。
全身のダメージに滅多打ちにされているリキューは、しかし見られた新たな光芒に悦んでいた。
なおメディカルルームへ行く途中に力尽きて倒れたリキューを、例のメカニックが見つけて運び込んでやったことは全くの余談である。
ズボと、貫き手が棍棒片手に立ち向かってきた男の胸を貫通する。
手を抜き血を払い、さらに無造作に反応のある方角へもう片手を向けてエネルギー弾を連射する。
さながら絨毯爆撃のように、村の過半数が爆発に呑まれる。
手を下げると、もうスカウターには反応がなく、生きたものは一人もいなかった
「これで終わりか………呆気ないもんだぜ」
コキコキと、ダメージを負った様子もなくターレスがぼやく。
時間にして二時間も経たず。たったその間に、一つの村がターレスによって滅ぼされた。
守り人の一族であり、この星でも随一の戦う力を持った村であったのだが、その力はターレスに及ばなかったのだ。
立ち向かった勇敢な戦士たちは皆命を狩られ、戦う力を持たない女子供はその逃げる後姿から消し飛ばされた。
ターレスのただの暇つぶしで、多くの命が消されたのである。
ターレスは無人となった村の中を散策する。
一つ、興味を惹いていた事柄があったからだ。
そのまま適当に散策し、やがて祭壇らしき古ぼけた石造りの構造物を発見する。
「ほう、こいつか?」
手をかざし、軽く“気”を込める。
ボンと、弾ける様に祭壇が吹き飛ぶ。
そして露出した祭壇の直下には、古ぼけた鉄箱が置かれていた。
厳重に封がしてあるが、ターレスは構わず力を込めると、呆気なく錠が壊れる。
中に封印されていた品が、ついに明らかにされる。が、ターレスの表情は白けたものだった。
「……こいつが“神から賜ったもの”か?」
ターレスの手に摘まめられたものは、一粒の種であった。
とてもではないが、そんな“神から賜ったもの”なんていうほど、大層なものには見えない。
「っち、くだらん………こんなものを後生大事に守ってきてたとはな」
ターレスは興味も失せると、種を無造作に投げ捨てて歩き去る。
まだポッドの復旧までは時間が余っていた。
時間をつぶすついで、ターレスは何か食うものはないかと無人の村の廃墟を漁ることにした。
結局この星が今まで見つからなかった理由については分からなかったが、しかしターレスは気にしなかった。最初から特に執心してないからである。
そしてしばしの後に首尾よく食糧庫を見つけ、彼はそこで物を食い漁り、時間をつぶすことになる。
ターレスが去った後の、その地。
そこで無造作に打ち捨てられた種が不気味に動いたことに、この時ターレスは気付かなかった。
ターレスが村の蹂躙を始めていたころ、近傍の宙域にある巨大な宇宙船の姿があった。
全長が数百mにも達するであろう、巨大宇宙船。
その中心部に備えられた玉座、そこへ座する主に報告が飛び込む。
「ス、スラッグ様………ご、ご報告すべきことがあります」
主は手元に置かれた薬置きから、一粒の錠剤を取り出し齧る。
視線だけを動かし、発言した者を目に捉える。
「………なんじゃ?」
下手な報告をすれば、たちどころに処刑されてしまうであろう。
そのことを理解していた発言者は、どもりながらも伝えるべきことを言う。
「は、ハイ! さ、先程、突如としてある惑星の反応が、レーダーに捉えられたとのことです!!」
その言葉に、脇に控える主の腹心の一人が疑問を投げかける。
「いったいどういうことだ、それは?」
「わ、分かりませんッ。と、突然反応が現れたとしか………」
曖昧な報告であるが、そうとしか言いようがないのも事実。
発言者は畏れ慄きながらも自らの役目を終え、その場に平伏する。
疑問を投げた腹心の部下が、主へ尋ねる。
「スラッグ様、いかが致しましょうか?」
「んー………面白そうな話じゃなぁ」
ボリとまた一粒錠剤を噛み砕き、主……フリーザと立ち並ぶ銀河の支配者であるスラッグが宣言する。
「進路をその星へ取るのじゃ。何があるか、わしが直々に見てくれよう」
ハハハハと、陰湿で邪悪な笑い声が、広間に広がる。
そして巨大宇宙船は、進路を隠されし惑星へと向ける。
「な、なんだこれは!?」
それは突然のことだった。
食糧庫の備蓄を体外食い尽くし、しばしの休養を取って予定の時間が経ったターレスが、ポッドの元へ向かおうとした時のことである。
地震とは違う異様な揺れが起きたと思った次の瞬間には、巨大な根が大地を割って現れたのだ。
咄嗟に空へ飛び上ったターレスは、異変の全容をその目で見た。
揺れは収まらず、巨大な根は尚も成長し、次々と地盤を破砕し地上へ姿を現している。
そしてまさに大地を変換していると形容するような速度で成長する、巨大な樹木が目に映ったのだ。
「こいつはいったい………!?」
ターレスの眼前で、樹木は尚も猛々しい生命力の猛威を振るう。
その根は凄まじい速度で惑星全土を覆い、尋常ならざる勢いで星の生命力を吸い取りながら樹は成長を続ける。
今この時、古き時代に封じられた禁断の樹木、神精樹の長きに渡る封印が解かれたのである。
――あとがき。
ハロ、作者です。
感想が自分を後押ししてくれる、平に感謝を。
戦闘描写が難しいね。
スラッグとターレスの話は当初から構想してたり。
でも原作キャラはイメージ掴むのが大変じゃい。
感想・批評待ってマース。