子供が目の前にいた。
そこはありふれたマンションの一室だった。
まだ幼い、少年でしかないその男の子は、玄関の前に寂しげな様子で立っていた。
男の子の目の前には、父親が背を向けて靴紐を結んでいた。
『ねえ、お父さん』
『………なんだ?』
男の子の元気のない問いかけに、父は背を向けたまま応える。
不安に心を震わせながら、男の子は尋ねた。
『お母さんは? お母さんはいつ帰ってくるの?』
『お母さんは…………帰ってこない。もう、ここに帰ってこないんだよ』
え、と言葉が切れる。男の子は父の言葉を理解できず、混乱したまま口が止まる。
父が身を起こす。脇に置いていた鞄を手に取り、男の子を置いたままドアノブに手をかけ外へと出ていく。
ドアが閉まる間際、父が言った。
『これからは、父さんと二人だけで暮らすんだ。これから、ずっと………』
がちゃんと、ドアが閉まった。
それが男の子の知る、母に関する最後の話であった。
そして父の言った通り、その日から以後、父と男の子の二人だけの生活が始まった。
父は朝から晩まで忙しく働き、少ない休みの日も男の子と特別話すこともなく無言で過ごし、日々の家庭の中で男の子とのコミュニケーションらしいコミュニケーションは一切なかった。
男の子は寂しいと思いつつも、疲れていると分かっている父に自分から話しかけようとはせずに、それを良しとして過ごしていた。
愛されていなかった、という訳ではなかったのだろう。毎月男の子の教育費や食費、それに娯楽のためのお小遣いなども、父は用意し与えていたのだから。
ただ両者の関係に、言葉が決定的に欠如していた。ただそれだけであった。
母について、男の子は父に尋ねることはなかった。
それは子供らしかぬ、聡い気遣いによるものであった。男の子は母のことを気にはしていたが、しかしそのために父を傷付けるかもしれないと考えると、尋ねる気になれなかったのだ。
だから、男の子は結局、自分の母がどうして家から消えてしまったのか、その理由を最後まで知ることはなかった。
失踪したのか、死んでしまったのか。分かっているのは、ただ自分の家には母親がいないのだという、その事実だけであった。
月日は流れる。
男の子は背が伸び、少年から青年へ。子供ではなく大人となっていた。
そこそこの大学へと通いそこそこの友人と遊び、出来た彼女と不器用な付き合いをしながら日々を過ごしていた。
母はいなかったが、しかし彼は十分に人生に満足していた。
生来の気質か、あるいは取り巻く環境か、もしくはその両方によるものか。複雑な家庭事情でありながら、彼は健全に育ち人生を歩んでいた。
特別な成功もないが、逆を言えば失敗もない。今後先も穏やかに、彼は人生を過ごすだろう。そう彼自身も思っていた。
そんなある日。友人たちに呼ばれ、居酒屋で少しばかり騒いで夜が少し更けてから、帰路を彼は辿っていた。
静まり返った住宅街を通り抜け、十年以上の月日を過ごしたマンションのエレベータを経由し、自分の家のドアを開ける。
そうして、ドアを開けたその先に。彼は父が首を吊っているのを見た。
その後連絡を受けて警察が来て、慌ただしく現場の検察と聞き込みが行われた。
やがて時が経ち、一晩後の朝。父の部屋の引き出しから発見された遺書が、彼の元に届けられた。
遺書には彼宛てに残された、これまで父が必死に働き貯蓄してきたそれなりの額の資産の存在と、その全てを移譲するという旨の事柄が書かれていた。
遺書が残されていた場所と同じところに正式な書類一式も発見され、この遺書の内容は滞りなく行われることとなった。
そして、ただ一言。父からのメッセージが遺書の最後の端に、一言だけ書かれていた。
すまない、と。
彼はその最後までじっくりと遺書を読み上げ、内容を吟味し、理解してから頭を上げた。
順風満帆な人生であった。少なくと、彼はそう思っていた。ちょっとだけ他所とは違ったところがあるだけで、至極幸せな人生であったと、彼は信じていた。
頭に浮かんだ言葉が、そのまま口から出ていた。
「『なんだよ、これ』」
惑星ベジータの都市の上は、暗雲で覆われていた。それはマイクロブラックホールの影響による急激な気圧変化が原因によるものであり、雲の中ではしばしばスパークが発せられている。
その破滅的な光景の中で、不愉快なサイヤ人を抹殺したことで溜飲を下げたフリーザは、ようやくその哄笑を収める。
さて、どうするか。フリーザは考える。
自分に生意気にも反抗を示した忌々しいサイヤ人たちは、今しがたその全員を抹殺したところだ。残ったのは特に見どころもない、下らない有象無象どもばかりである。もう何かしらのこだわりもない。
ならば、さっさと気功弾の一つでも打ち込んで星を破壊するか。ふとそう思い浮かべる。
それはいちいちサイヤ人一人一人を始末していくよりも、断然に効率的で楽な方法であった。星を破壊することに何の躊躇もないフリーザにしてみれば、極々自然にありふれた選択肢の一つである。加えて、特にそれを止めるだけの理由も存在しない。
―――消すか。
そうして、あっさりとフリーザは惑星ベジータの破壊を決定した。元々破壊する予定ではあったのだ。これはそれが元に戻ったに過ぎない。
しかし、フリーザはそう行動を決めながら、次に取った行動は全く別のものであった。
くるりと身体の向きを変えたかと思うと、ある方向へと向かって一直線に飛翔する。
瞬く間に距離が稼がれ、やがてフリーザは目的地の建物のすぐ近くに到着すると減速し、地へと着地した。
フリーザが辿り着いた場所は、先程まで必死にリキューが目指していた場所。個人用の宇宙ポッドの発着場であった。
目の前には衝撃吸収マットに置かれたまま放置されている状態のポッドなどが数個、無造作に存在している。
「だ、誰だお前は!?」
「―――ん?」
フリーザがかけられた声に気付き振り返ると、警備兵が二人、警戒した様子で恐る恐る近付いていた。離れた場所ではまた一人、通信機を片手に握った警備兵の姿も見受けられる。
サイヤ人ではない。フリーザ軍から派遣された人材の者である。所属から考えればフリーザの部下の様なものであった。
彼らは自身のトップであるフリーザを相手にしながら警戒している様子が全開であり、不審者に応じる態度で接していた。
それは仕方がないことではあった。今のフリーザの姿はこれまで身内以外に見せたことなどない、本領を発揮した最終形態なのである。事情を知らぬ警備兵たちが見たところで、それがフリーザだと初見で見抜ける筈がある訳なかった。
「怪しい奴だな……そこを動くなよ。とにかく、知ってることを全部吐かせてやる!」
「こいつが、今立て続けに起こってる異常事態の原因か?」
威圧的な態度で牽制しながら接近する警備兵たち。その姿を見て、フリーザはやれやれといった風に面倒そうな仕草をしながら、手をデコピンをする形にして、近付いてきた警備兵の片方の顔の前にそっと移動させた。
きょとんとした表情を受けべて、警備兵は自分のすぐ目の前に位置された手を見つめる。
フリーザがピンと指を弾くと同時、弾かれた指に打たれた警備兵の顔が粉微塵に吹き飛ばされた。
ブシュと、噴水のように血が吹き出る。
あまりの与えられた衝撃に、一瞬にして警備兵の頭は砕かれるどころか粉末状にまで結合を分解され、一片も破片を残さず消滅し風に流された。
ぐらりと傾き、頭を失った警備兵の身体が倒れる。その時、ようやく事態の変化に付いていけず硬直していたもう一人の警備兵が動き始めた。
「ひ、ひぃぃいい!? うわぁぁああああ!?!!!」
背を向けて遁走する警備兵。その背中に人差し指を向けて、フリーザは気功波を発射。気功波は逃げる警備兵の胴体を打ち抜き、容易くまた一人の命を刈り取る。
あまりにも呆気ない。まるで風に吹かれる芥の如く、とても容易く命のやりとりが行われていた。
視線を少しずらすと、一人離れていた最後の警備兵が必死の形相で通信機相手に連絡を取っていた。
フリーザが二指を突き立てて振りかぶる。そして指先に“気”を集中させると、そのまま宙を引き裂くように腕を振るった。
その瞬間、フリーザの指から鞭のようにしなる長大な気功波が放たれ、発着場ごと遠くの警備兵を真っ二つに切り裂いた。
気功波は警備兵や発着場どころか、その遥か地平線の先にある山脈の向こうから直下の大地の地殻までも纏めて、その軌道上にある全てのありとあらゆるものを切断する。
文字通りの意味での、星を切り裂く一撃。
一個人の殺害には過剰過ぎる代物だった。
切り裂かれた建物が地響きを立てながら崩壊し、土煙を上げる。
「やはり、この姿じゃ加減が効かんな。虫けら相手に、ついついやり過ぎてしまう」
さして気にした様子もなく呟き、フリーザは己の手を開け閉めしながら調子を確かめる。自分の配下の者に手を下したというのに、そこに思い入れらしき動きは一切ない。
所詮フリーザにとって部下など、使い捨ての消耗品である。惑星ベジータに居るという時点で、サイヤ人諸共に切り捨てることは決定済みだったこと。
煩わしいから目の前から払った、ただそれだけのことだった。
邪魔を排除し終えたフリーザは、早速目当てのものを見つけ行動へ移る。
ちらりと発着場周辺の風景を見回して位置関係を把握すると、両手を上げてまるで指揮を執るかのように宙へとかざす。
すると発着場の衝撃吸収マットに置かれていたポッドらが、まるで釣られる様に連動し宙へと浮遊し始めた。
フリーザの持つ超能力による、物質操作。
フリーザはそのまま、自身の手をひょいと動かす。その瞬間、一気に浮遊していたポッドらは加速し、視界から消えて遥か上空の果てへと吹き飛んでいった。
その手応えの様子を見ながら、フリーザは良しと頷く。
ポッドは確かに惑星ベジータの周回軌道上へと、適当に飛ばされ配置された筈であった。
自身の狙い通りに事を進み終えて、邪悪な微笑を浮かばせる。
これでもはや、惑星ベジータを破壊することに何の憂いもない。
フリーザはこの世界における、純粋な自然進化によって生まれた種の中では最も生命として完成された種族である。
それは宇宙空間においても生身で生存できるという脅威的生態から始まり、そしてそれゆえに彼らはその身一つで悠々と星々の間を渡り歩くことすら可能としていた。
しかし、独力で星と星の間を渡ることが出来る存在でありながら、何故かフリーザは自分の移動手段として宇宙船を欲し、そして使用していた。それは何故かと言えば、単純にわざわざ自分自身で宇宙空間を渡り星間を移動するのは面倒だという、大いに気分的な問題が多分を占めているだけに過ぎなかった。
自分が乗ってきた専用宇宙船は、先の戦いの際に巻き添えを喰らって破壊されていたので、フリーザは代わりの足となるものを惑星ベジータを破壊する前に確保しておきたかったのである。
そして今現在、フリーザは目当てのものを予定通りに手に入れ終えた。
かくして全ての心残りは拭い去られ、後はただ惑星ベジータを破壊するだけであった。
だが、何時いかなる時でも、邪魔というものはまるで隙間から捻じ込まれて来るかのように無理矢理現れてくる。
「待ちやがれッ! おい、そこのチビ!!」
突然、声が投げかけられた。フリーザは舌打ちしながら、声をかけられた方向に目をやる。
そこには散乱した瓦礫の一つに片足を上げた姿勢で、一人のサイヤ人がフリーザへと戦意溢れる視線を送っていた。
いや、一人だけではなかった。
その声を発したサイヤ人の近くにはまた一人。その隣にもさらにもう一人。いやいや、それだけではない。反対側にも、空の上にもだ。
何時の間にやら数十人もの人数に上る、惑星ベジータに存在する多くのサイヤ人たちが集まり周辺を包囲していた。
時間をかけ過ぎ、そして目立ち過ぎていたのだ。遭遇した事態に対し、面倒なことになったと、フリーザの表情がありありと語っていた。
「てめえがさっきから起こってる、妙な騒動の原因か?」
「なんでぇ、ただのガキじゃねか。こんな弱弱しい奴に何が出来るってんだよ。たく、つまらねえな」
「バーダックといい騒動といい、今日は妙な日だぜ、まったく」
口々に思ったことを言いながら、彼らはフリーザを見る。そこには畏怖も恐れもなかった。
それは至極当然なことだ。彼等も先の警備兵たち同じように、フリーザの姿のことなど知る筈がないのだから。ただ怪しいだけの小柄なチビを相手に、恐れを抱くなどという生易しい精神なぞ持ち合わせてはいない。
それゆえに、その行為が眠れる獅子の尾を踏みにじる行為だということに、彼らは気付かなかった。
「―――下等生物どもが」
「………何だと。てめえ、誰に向かってそんな大口を叩いてやがる」
ぽつりと呟かれたフリーザの言葉を聞き届け、サイヤ人たちが憤る。
どうにも現実の認識に欠けているらしい目の前にガキに、相互の力関係というものを叩き込んでやろうかと、動き始める。
対価は命、安いものだ。
フリーザは、その動き始めた中の一人のサイヤ人に視線を向けた。
同時、その双眸から気功波が放たれ、視線を向けられたサイヤ人に命中。悲鳴が上がり激しいショックが加えられた。
黒焦げとなって倒れるサイヤ人。その有様に皆の視線がフリーザから外された。
突拍子な展開に全員が一瞬空白に支配される中、フリーザは動く。
「何処を見ている?」
「な!?」
耳元で囁かれた声に、慌てて振り返ったサイヤ人の目に映ったのは、すでに自分のすぐ懐に入り込んでいたフリーザの姿であった。
反応する間もなく拳を神速で振るわれ、それは下腹部に接触。そのまま拳は腹をぶち抜き、サイヤ人は血反吐をぶちまけながら息絶えた。
びくびくと不愉快な痙攣をする死体を放り捨てて、ぐるりとサイヤ人たちをフリーザが見回す。その視線に威圧されたかのように、サイヤ人たちの気勢が一歩退かれた。
ふんと、フリーザは嘲笑を浮かべる。
「せっかく人が親切にも、苦しむ暇もなく引導を渡してやろうとしていたのに。いいだろう、そうまで望むのなら応えてやる。貴様ら全員、冥土の土産にたっぷりと絶望と恐怖を味わってから死ね」
「て、てめえッ! いったいてめえはなにもんだ!?」
「気付いていなかったのか? このオレの正体に。呆れた奴らだ。このオレをフリーザとも知らず挑発していたのか」
「ふ、フリーザ、だとッ!?」
フリーザが風を送る様に片腕を払った。
振るった腕の延長線上数十m、扇状に巨大な爆裂が発生し、それに数人のサイヤ人が巻き込まれ諸共に消し飛ばされた。
後の土地には瓦礫はおろか、死体の一片一つすら残っていなかった。
包囲網の一角を一瞬で消滅させられ、そのあまりの威力にサイヤ人たちは皆たじろぎ、慄いた。
「ち、チクショォォオオオオオオ!!!!」
サイヤ人が一人、自棄になったように叫びながら突進をしかけてきた。
フリーザは冷めた目でそれを見たまま、突き出された拳を顔を傾けるだけでミリ単位でかわし、お返しとばかりに手首のスナップを利かせた甲の一撃を顔面へとお見舞いする。サイヤ人はその一撃でこきりと首の骨を折り、頭部を180度回転させて大地へと倒れた。
倒れたサイヤ人には目もくれず、周囲を見渡して言う。
「さあ、次に死ぬのは誰だ?」
巨大なクレーターが、惑星ベジータの都市から離れた荒野に存在していた。
僅か数時間前に新造されたばかりのそのクレーターは、ようやく天へと巻き上げられた堆積物類が地へと落ち付き始めたところであった。全長は4kmにも及び、中心地点は降り積もった土砂で改めて埋め直されしまっている。
その埋め直されてしまっている、クレーターの中心地点。クレーターの最も深き部分には、一人の男が眠っていた。
男の名はバーダック。フリーザを相手に戦端を切り、激闘の末に敗れた男。巨大なダメージを被った彼は昏睡状態へと陥ったまま、地の底で埋もれていた。
昏々と眠り続けたまま、バーダックは苦しげに震える。
それは傷の痛みによるものではなかった。確かに深刻なダメージはあったが、しかしバーダックの身体を突き動かすものは全く別のものであった。
夢だ。バーダックの身体を突き動かすもの、心を惑わせるものの正体は。泡沫の様に弾けて消える夢が、バーダックの脳を占領していたのだ。
バーダックは夢を見る。泡沫の幻、突拍子のない出鱈目な、支離滅裂な夢を。
抵抗も反感もなく、ただ静かに流れる光景を垣間見ていた。
二人の男が戦っていた。
双方とも金色のオーラを身に纏い、逆立った金髪で筋肉質な身体をしていた。そして片方の男は身長が優に2mを越えるほどの巨躯であり、もう一方の男を一方的に嬲り尽くしていた。
巨躯の男が凄まじい勢いで、ラリアットをもう一方の男のその無防備にさらされていた首元へと叩き込む。
ひしゃげるような苦悶の声と共に男は吹き飛ばされ、背後にあった岩塊に衝突して粉微塵に砕きながらその中へと埋没する。岩塊の中から這い出ようとするも、伸ばされた手がするりと落ちた。
出れない。戦わなければならないという意思はあるのに、男の身体が意思に付いていけず動かすことが出来なかった。
男と巨躯の者との彼我の実力差には、あまりにも絶望的な隔たりがあった。絶望が残された意思すら挫けさせようとしていた。
「どうした、もう終わりか? フン………所詮、貴様もあの呆気なく捻り潰したクズと同じ、ただのクズでしかないということか」
「捻り潰した、クズ―――だと?」
ピクリと、絶望に挫けかけていた男の意思が、限界を越えて酷使され動きを止めようとしていた男の身体が、脈動した。
ドクドクと注ぎ込まれる烈火の想いが、止まろうとする男の精神と身体にさらなる燃料を投下していた。
「クリリンのことか…………」
べきりと、岩塊を掴んでいた片手が握り締められ、岩が粉砕された。
男は全身からより一層強まった金色のオーラを噴出させ、髪を闘気で揺らめかせながら絶叫し身体を突き動す。
地を爆砕させ、比類なき突撃を敢行した。
果てしない怒りという感情が、男に限界という言葉を無視させた。
巨躯の男はただ愉快そうに笑いながら、それを諸手をあげて迎合した。
「クリリンのことかァーーーッッッ!! ブロリィィイイイイイ!!!!」
「フハハハハ!! 来い、カカロットォーーーッ!!」
暗転。シーンが切り替わる。
広大な空間を持つフロアが目の前にあった。
フロアの中心には機械仕掛けの全ての統括者が存在し、周辺には幾つもの巨大な機械人形たちが吊るされ拘束された状態で置かれている。
『なんでだ、なんでお前は地球に攻めて来たんだ! いったいお前の目的は何なんだ!?』
「ただのエネルギー収集だ。ある計画を遂行するために、オレは大量のエネルギーを必要としていたのだ。この星に寄った目的なぞ、単純に大量の生体エネルギーを初めとする各種エネルギーを集めること以外に理由なぞない」
『なんだって………!?』
『そんなに大量のエネルギーを必要とする計画とは、いったい何だ!?』
驚き戸惑う反応が満ちる中、一人が統括者に向けて詰問する。
統括者は隠すこともなく、その詰問に応えた。
「メタル超サイヤ人計画だ。すでに計画の実行に必要なファクターは全て揃っている。後はエネルギーの収集が完了すると同時に、確保しているサンプルを基に大量のメタル超サイヤ人を量産するだけのこと。そしてその暁にはオレは量産したメタル超サイヤ人を以って軍団を形成し、忌々しきサイヤ人どもが存在する母星へと向けて侵攻を開始するのだ」
『メタル超サイヤ人計画ッ!?』
『サイヤ人、だと………!?』
暗転。シーンが切り替わる。
容姿端麗な男が、片膝を着いて荒く呼吸をしていた。
元は綺麗であったろう純白の長髪は乱れ、羽織っている白いコートの所々には血による赤い斑模様が付いている。
右目と左目、それぞれ異なる金と緑に輝くヘテロクロミアな瞳が、男の必死な意思を映す。
「死んで、たまるかよ。くそっ………あいつと、リキューの野郎と、約束しちまったんだからな」
ふらつきながら、男が立ち上がる。片手に機械的な構造を取り付けられたマシン・ソードを持って、それを支えにしながら。
しかしその足元はおぼつかない様子のまま、今にも倒れそうなままであった。
「そうだ、死んでたまるか。あの野郎にもう一度会うまでに、死んでたまるかってんだ。絶対にもう一度会って、そしてこのでっかい借りを返してもらうまでに、死んで………それに、俺はまだ、死ぬ訳にはいかないんだ。そうだ………まだ、言ってないんだから………まだ、会ってないんだから………………だから、まだ死ぬ訳に、は……………………」
暗転。
「フ……リ………ザ…………」
ぎちりと、バーダックの握り締められた拳が軋みを上げた。
意識が、夢から現実へと戻ろうとしていた。
比重が夢から現実へと傾くことに、バーダックは思い出す。フリーザの圧倒的な実力に叩き伏せられた自分の姿を、その無様な姿を。
仲間の仇を討つと決めたのは、誰だ。サイヤ人の誇りを、力を、フリーザの野郎へと見せてやると誓ったのは、誰だ。
「フリー……ザ……ッ」
腹の底から頭のてっぺんまで、身体の中心を通して貫き突き上げてくる想いがあった。
それはまるで煮え滾るマグマだ。熱したそれが身体全体を巡回し、バーダックの身体を焼き尽くしかねないほどの衝動を与えていた。
くぁと、口から小さな音が漏れた。
「フリー、ザッ………!」
バーダックの脳裏に、一つの風景がフラッシュバックされた。
のっぺりとした白い肌を持った、小柄な体躯の子供程度の身長しかない異形。
フリーザ。
見たことのない筈の、初めて見る筈のそれの正体を、バーダックは不思議と悟った。
身体が脈打ち、深層に埋没された遺伝子記述が呼び覚まされる。
そして、彼は爆発した。
「だぁあああああああああああぁぁぁぁぁーーーーーーーーッッッ!!!!」
薙ぎ払う様に気功波が放出され、多くのサイヤ人たちが消し飛ばされた。
ふと、隙を突くように攻撃を終えたフリーザの身体に、幾つかの気功弾が着弾する。しかしそれらがダメージを与えることはない。フリーザは無傷のまま、気功弾が飛来してきた方向へ目を向け、その目から気功波を打ち出し攻撃を仕掛けてきたサイヤ人を焼却する。
あまりの実力差にダメだと即決し、我先にと数人のサイヤ人たちが逃げ出し始めるも、それらも見逃されることもなくことごとく背後から抹殺されていった。
フリーザという絶対者を前に、サイヤ人たちは成す術なく打ち滅ぼされていっていた
撃滅し粉砕し抹殺され、蹂躙の限りを尽くされる。
それは、まるで今までサイヤ人たちが行ってきた所業、それが因果応報の如く降りかかっているようですらあった。
無駄と知りつつもフリーザへと向かってくるサイヤ人もいたが、彼らはフリーザに触れることすら叶わなかった。
「フリーザ様、な、何故ェーーー!?」
「うぁあああああああ!!」
サイヤ人たち以外にもいた騒ぎを聞き付け集まっていたフリーザ軍傘下の者たちも、区別されることなくサイヤ人ごと纏めて吹き飛ばされる。
容赦もなく、慈悲もない行動。
その圧倒的な実力に、そのあまりにも圧倒的な戦闘力を前に。相対する者たちは否応なく目の前の異形がフリーザであることを痛感し、認めざるを得なかった。
そしてそれを認めると同時に、彼らはあることを思い出す。ほんの少しばかり時間を遡った、前のこと。サイヤ人たちが集まりどんちゃん騒ぎをしていた食堂で、突拍子のない内容の発言をし冷笑された、バーダックという一人のサイヤ人のことを。
彼は言っていた。フリーザはこの星を、惑星ベジータを消そうとしている、ということを。
「まさか………バーダックの野郎が言っていたことは、本当だったのか?
一人のサイヤ人が、そう口に出していた。彼はそれ以上考える暇もなく、放たれたフリーザの気功波の余波に巻き込まれ消滅する。
だが、彼だけではない。もはやこの場にいるもので、バーダックの言葉を聞いていた者たちは皆同じように、そんな恐ろしい考えが頭をよぎっていた。
それは目の前で現在進行形で披露されるフリーザのパワーとその残虐さを見るに至り、途端に真実味を増して圧し掛かった。
まさか、という思いはあった。しかしそれ以上に有り得るだろうという考えは、あっという間に彼らの心を満たしてしまった。
事ここに至り、サイヤ人たちは深刻な危機に陥っているのだという認識を得た。
しかし、それはあまりにも遅すぎたことであった。すでに共闘を持ちかけたバーダックは沈み、リキューは消された。
今惑星ベジータにいるサイヤ人たちだけでは、どう足掻いたところでフリーザに勝てはしないのだ。ただ屠殺されるだけの、烏合の衆でしかないのである。
しかし、果たしてそれは、神の導きか、あるいは運命のいたずらか。
救いはあった。
―――否。
それは今ここに、全ての者たちの目の前に現れた。
フリーザがまた一人のサイヤ人を屠った時、突如として巨大な地震が発生した。
地響きと直下型の縦揺れが大地を激しく揺るがし、混乱の戦場をさらに掻き乱した。
「何? 何だ、何が起きている?」
フリーザは辺りを見渡し、異変の元凶を突き止めようとする。
そして彼は気が付いた。遥か彼方、都市の外の荒野の方向、形成された巨大なクレーターがあるところで起こっている、その異変に。
クレーターの中心が、爆発した。
一挙に降り積もった大量の土砂が消し飛ばされ、クレーターの底からそれは現れた。
立ち昇る巨大なエネルギーが柱となって天を突き、暗雲を貫く。
フリーザは現れたその者の姿を見て瞠目する。
それは人だった。一人の男であった。
金色のオーラがその男の全身を覆う様に渦巻き、身体から噴出していた。
男の全身の毛が金色となって輝き、頭髪は重力に逆らう様に逆立ち天を指していた。
元々厳しかった目元の視線は、さらなる殺意と敵意に満たされることによって、より攻撃的なものとなって完成していた。
そして何よりも意思を代弁するものとして、その碧に輝く瞳が遥か遠く離れているフリーザそのものを、しかと貫いていた。
その男は、バーダックであった。
あまりにも変わり果ててはいたが、しかしバーダックであった。
「なんだと………? 何だあれは、まさかサイヤ人だと? 馬鹿な、サイヤ人は大猿にしか変身しない筈……ッ?」
その姿に、フリーザは大いに戸惑い混乱していた。
状況から見るに、男はついさっき自分の目の前に立ち塞がり、そして最後には返り討ちしてやった、あのサイヤ人の一人ではあるようであった。
しかしそのサイヤ人が、何故目の前でこのような変貌を遂げているのだというのか。大猿ではない、全く別の異なる姿へと変身しているのだというのか。
確かに、とどめは刺していなかった。しかしだからと言って、なぜそれが目の前でこんな威容を発しているというのか。
その件のバーダックの姿が、唐突に消えた。
そしてフリーザのすぐ眼前に、いきなり出現した。
「ッな!?」
「フリーザァッ!!」
バーダックがその拳を振り下ろし、それはフリーザの真芯を捉えてその横っ面を弾き飛ばした。
激烈な一撃に脳を激しくシェイクされながら、フリーザが吹き飛ぶ。大地に食い込み地割れを生み出しながら地面と擦れ、ようやく動きが止まる。
馬鹿なと吐き捨てながら、フリーザは自身の身に起こっている異常に目を剥く。
よろよろと震えながら、フリーザが立ち上がる。先のバーダックの一撃により、その手足はふらつき頭はよろめいていた。
「何だ、この威力は!? 馬鹿な、たかがサイヤ人などという下等生物如きが、なぜ急にこれほどのパワーをッ!?」
視線を上げると、殺意に満たされた碧眼の瞳とかち合った。
発作的に沸き上がる衝動にしたがい、フリーザは即時抹殺を図って気功波を放とうと、右腕を伸ばした。
その右腕を、気功波が放たれる前にバーダックが接近し掴み、捻り上げた。
真っ向から力尽くで腕の向きを変えられ、しかもそのままバーダックは引き千切ろうとでもいうのか、さらなる負荷をフリーザの腕にかけていく。
「ぐぉおおおッ!? は、放せェーー!!」
激痛に絶叫しながら、遮二無二フリーザがパワーを発し、バーダックの拘束から力任せに脱出する。
フリーザは荒く息を付きながら、バーダックへより感情の色を強めた視線を送り込む。
それに含まれている感情は、先程まであったただの敵意や殺意だけではなかった。さらにもっと別の、恐れともいうべき感情もあった。
脳裏に浮かぶのは、先程消してやった一人のサイヤ人の姿。
死にかけた状態でありながら急にパワーを増大させ、不意を突いたとはいえこの自分に一矢報いた奇妙な存在を。
一つの言葉が、具体性を伴って浮かび上がっていた。
「き、貴様………貴様は、何だッ!? ま、まさか………貴様は、もしやッ!?」
「フリーザ………ッ」
バーダックの身体に、力が込められる。
力が込められるのに呼応し、その纏い噴出される金色のオーラもまた強まり、烈風を巻き起こしていた。
フリーザの戸惑いを、あるいは恐れを無視して、バーダックは吠えた。
「俺は絶対に貴様だけは許さねぇぞ、フリーザァーーーッッッ!!!」
かくして、ここに長き年月を越えて、伝説は甦った。
最下級戦士。戦闘民族サイヤ人の中で最もサイヤ人らしい人間。たった一人でフリーザに反抗することを決断した、偉大なる戦士。
バーダック、超サイヤ人覚醒。
甦りし宇宙最強の戦士と語られし伝説の超戦士が、今ここにフリーザと戦線を切り開いたのであった。
かつて存在したとされ、現在では伝承の中にしかその存在が語れぬ者、超サイヤ人。
宇宙最強の力を持った超戦士であり、フリーザの一族の祖先をも容易く屠ったとされる彼ら。
サイヤ人の口伝では1000年に一人だけ生まれるとされるその超戦士だが、その実態はしかし、本来条件を満たしたサイヤ人であれば誰であろうとも成ることが出来る、大猿とは異なった一種の戦闘特化形態であったのだ。
古代のサイヤ人たちは例外なく超サイヤ人へと変身することが出来、そしてそれゆえに全宇宙最強の戦闘民族としてその名を轟かせていたのである。
しかしこの強大な力を誇っていた超サイヤ人の力も、年月が経ち大抵の外敵を駆逐し尽くしたことで、日常でかつてほどの危険性がなくなり、そしてそれゆえに種として安定していったことによって、徐々にその必要性が薄れサイヤ人という種族の中から姿を消していったのだった。
こうしてかつては例外なく使えていた超サイヤ人の力は限られた者だけが使える代物となり、そしてやがては種族の中の最後の使い手も潰えることとなり、超サイヤ人は伝説の中で語られるのみとなる超絶の存在となったのである。
それはある種の必然。時間という避けようのない巨大な潮流による、起こるべくして生じた衰退であったのかもしれなかった。
だがしかし。今ここに、伝説に埋もれていた存在である超サイヤ人は、再びその姿を現した。
他ならぬその伝説に恐れを抱く、フリーザ自身の手。それによって最後の後押しをされてだ。
サイヤ人が超サイヤ人へと覚醒するために必要な条件。それは幾つかある。
まず大前提として必要とされるのが、超サイヤ人化に耐えられるだけの力を持った肉体だった。
尾が勝手に千切れて生えなくなるのは、肉体の備えが整ったことを伝える目印であると同時に、危険を避けるために行われる本能のセーフティー機能でもある。
戦闘力にしておおよそ100万前後に匹敵するだけの肉体を持つことによって、超サイヤ人化へと至るための最低条件が整うこととなるのだ。
またこの段階に到達するに至り、そのサイヤ人はサイヤ人特有の生態である、瀕死からの回復による戦闘力の増大作用も働かなくなる。
そして、覚醒のきっかけ。スターターとしての役割を担うものとして求められるもの。
それは感情である。激烈に昂ぶられた強き感情の波こそが、最後の壁を打ち壊し超サイヤ人覚醒への道を切り開くのだ。
通常では絶対に体験しないであろうレベルの、巨大な感情の揺れ幅が、起爆剤としての役割を担えるのである。
バーダックは、以上の二つの条件を満たしていた。ゆえに超サイヤ人に成ることは、いつ出来てもおかしくはなかった。
しかし、最後の一押しが足りていなかった。だから超サイヤ人へと変身することは叶わなかったのだ。
烈火の如く怒りが渦巻いてはいたが、バーダックにとって怒りや殺意など珍しい感情ではない。悟空と異なり、バーダックは善良でも純粋な男でもないのである。
スターターと成り得るほど、感情の揺れ幅が大きくなかったのだ。
しかし、その最後の一押しをフリーザが成した。
サイヤ人たちを相手にした、一方的な屠殺行為。それこそがバーダックの超サイヤ人化、その最後の後押しだったのだ。
フリーザの手によって次々とその命が失われ、元より少数民族であるサイヤ人はその総数を急激に減らし始めていった。すでに他星へと赴いていたサイヤ人たちも、一部を除き皆殺しにされていたのだ。フリーザの虐殺によって、サイヤ人たちの総人口は半分を切っていたのである。
この急速な数の激減に、バーダックの中に眠っていた種の保存本能が唸り、目覚めた。
種の滅びを回避しようと、本能が肉体に秘められていた力の枷を緩め、解き放とうと助長したのである。
肉体の完成、強い怒りの噴出、種の存亡の危機。これら覚醒を促す幾多もの条件の達成。
かくして、超サイヤ人は伝説から現実へと現れ出た。
フリーザという絶対的強者の存在が、当人にとって皮肉にも、伝説の超戦士を蘇らせる結果となったのだ。
「キィェエエエッッ!!」
奇声を上げながら、フリーザが拳打の雨を降らす。そこに遠慮はなく、一切の手加減も混じっていない、本気の攻勢であった。
その拳打の雨をしかし、バーダックは全て回避し、避け切る。
さらなる絶叫と共にフリーザは蹴りを放った。バーダックはすかさずその蹴り足に手を添え、そしてあろうことか力をそのまま受け流し、足の上で転がるように身体を回転させた。
そのまま回転の勢いを殺さずバーダックは逆襲の蹴りを放ち、それが受け流され隙を作っていたフリーザの顔面へと打ち込まれる。
フリーザの身体が飛ぶ。バーダックの激烈な蹴りに顔面を変形させ、有り余る叩き込まれた運動エネルギーによって地を砕き、瓦礫を粉砕して地を這った。
即座にバーダックは追撃をかける。フリーザは激昂しながら身を起こすと、自身に向かって接近してくるバーダックへと対し、すかさず気功波を放って迎撃する。
しかし気功波が命中する前に、バーダックの姿が掻き消える。
なにと目を剥くフリーザ。瞬間、背後から突如として現れたバーダックが、その無防備なフリーザの後ろ首に手刀をぶち込んだ。
衝撃に一瞬眼球を前へとせり出させながら、フリーザがまた大きく吹き飛ばされる。巨大な倒壊したビルの中へと頭から突っ込み、その姿が埋もれる。
一拍の間を置いて、瓦礫の山を吹き飛ばしフリーザは現れた。
「がぁッ!! お、おのれェーーーッッ!!!! たかが貴様如きにッ、サイヤ人風情にこのフリーザがッ! 舐めるなァーーー!!!!」
まるで飴細工に差し入れられる熱せられたナイフかのように、大地を崩壊させながらの超速突進をフリーザが行う。
その真っ向から迫りくる宇宙最強の飛来物を前に、バーダックもまたそれに応じた。
激突し、弾かれたかのように距離を取る両者。
慣性の法則を無視したでたらめの軌跡を描き、一瞬ごとに幾度も幾度も再激突を重ねていく。
互角の攻防だった。想像を絶するフリーザの強さに対して、バーダックは見事に食いついていき、そして打ちのめしていた。
その姿を、その戦いを。多くの者たちが見ていた。
サイヤ人たちが、フリーザ軍傘下の兵士たちが。皆が皆、その戦いをただ迫力に押し呑まれながら、見守っていた。
「キェッ!!」
「ぐあ!!」
フリーザの拳がバーダックの胸を打ち、ダメージを刻む。僅かに怯んだ隙を見て、さらなる攻勢をフリーザがかける。
引き絞られ、逆の手で放たれる正拳。
しかし、正拳が当たる直前に横から腕にバーダックの掌底が叩き込まれ、その軌道が強引に変えられ空を切った。
そして空を切り泳ぐ腕を、バーダックが掴む。
「うぉりゃあッ!!」
グンと、フリーザの身体が振り回される。回転数がフルスピードで巻き上げられてゆき、ミキサーに等しい空間が出来上がる。
そしてバーダックは、投げた。大地へと叩きつける様に勢いをそのまま、フリーザを直下へと投げ付ける。
超高速で落下するフリーザ。乱回転しながらも、気合いの声を上げて姿勢を回復させると、そのまま何とか両手両足を地面へと向け、そして着地。衝撃に地盤が派手に粉砕しながらも、ぎりぎり踏み止まる。
「ふざけやがってッ……!?」
空を見上げ、そしてフリーザの目が見開かれる。
そこには、片手に有り余るほど莫大な“気”を集中させたバーダックが、フリーザへと向けて構えを取っていた。
「終わりだ、死にやがれフリーザ!!」
輝きが一際強まり、そしてバーダックは直下のフリーザに向け、極大のエネルギー波を放出した。
それはさながら、天より下る神罰の光か。
破滅的な大きさのエネルギーを含有したエネルギー波は、離脱するだけの暇もなくフリーザに直撃した。
爆音と閃光が迸った。
激しく起こる空間の干渉にスパークが発生し、周辺の地形がまとめて崩壊し変容していく。
余波だけで甚大な被害を周辺環境にばら撒きながら、エネルギー波は宙に止まっていた。
フリーザが、その両手を突き出しエネルギー波を受け止めていたのだ。
「こ、こんなものでェ! こ、この俺がッ、やられてたまるかぁ!!」
猛るエネルギー波の圧力に押し潰されそうになりながら、全身から“気”を噴出させ、全霊で踏ん張る。
足元に残されていた、余波に吹き飛ばされていない地面が崩壊する。全身の“気”を励起させ、エネルギー波を押し返そうと力む。
拮抗は一瞬だった。
「バァーーーーッッ!!」
フリーザが絶叫と共にパワーを放出し、エネルギー波を弾き飛ばす。
バーダックのすぐ傍を、弾き返されたエネルギー波が通り過ぎていく。っちと、それを見て憎々しげにバーダックは舌打ちをした。
フリーザが浮き上がり、高度を合わせて両者は相対する。乱れ切った息を整えようと努めながら、フリーザは確認を取るかのように喋る。
「まさか、な………貴様のその姿に、その力。それがもしや、超サイヤ人だと………そうだというのか?」
「さあな。そんなこと知ったこっちゃない。好きに言えばいいだろう。ただ一つ言えることは、フリーザ。貴様は終わりだということだけだ」
「ふ、ふふふ………伝説ではなかった…………本当に実在するものだったということか。宇宙最強の、超戦士だと………………」
言葉が途切れる。無言のまま顔が伏せられ、その肩が震わされる。それは嵐の前の静けさであったのだろう。
ッキと、いきなり顔を上げ睨み付けると、フリーザは激昂するがままに言葉を吐き出した。
「ふざけるなよ、サイヤ人がッ!! 貴様ら如き下等生物が、宇宙最強だと!? 身の程知らずな言葉もそこまでにしておけよ、この猿がッ!! 宇宙最強はこのオレだ! このオレ、フリーザこそが宇宙最強なんだッ!!」
それは咆哮だった。
自身の強さに絶対の自負を、誇りを持つ者であるがゆえの、魂からの咆哮だった。
そして怒涛の攻勢が再び始まった。
両手を激しく交互に突き出し、フリーザが次々と絶え間なく気功波を撃ち放つ。
まるで閃光弾が打ち上げられたかのように、その一瞬空が眩く輝く。気功波が大気を灼いて旋風が渦を巻き、射線上にあった山谷と都市の一部が消失する。
気功波を撃ち放った刹那、バーダックはその間際を見切って上空へ一足早く離脱していた。それをフリーザは確認し、即座に動き出した。
そして一気に加速し、バーダックの鼻先へとフリーザは回り込んだ。
「ッ!?」
「かぁッ!!」
両手を揃えて撃ち出された“気”の塊に、頭から叩き潰されバーダックは吹き飛ばされた。
一瞬にして大地にまで落下し舗装された路面を突き破り、そのまま地盤をぶち壊しながら大地を抉り進んでいく。
地盤という根本が崩壊することで、積み木崩しのように連鎖し大地が地底へと沈んでいく。
やがて、そこには深く底の見えない巨大な峡谷が形成されてしまっていた。
「ハハ………ハハハハ!! どうだ!? 思い知ったか!! これがオレの力だ、所詮貴様らサイヤ人が勝てる筈などなかったのだ!!」
ドンと、土砂が間欠泉のように噴き出た。
フリーザの笑いが止まる。全身を汚しながらも、五体の一つも欠ける様子のない万全な装いで、バーダックがそこにいた。
ピクピクと血管を浮き立たせたまま、フリーザは喋る。
「しつこい野郎だ………」
「もう無駄な足掻きは止めろ、フリーザ。貴様の底は見えた…………………もう貴様に勝ち目なんぞはねえ。さっさとその息の根を止めて、全てを終わらせてやる」
「な、なんだとッ!?」
殺意に塗られた厳しい視線をそのままにしたまま、バーダックは言ってのけた。フリーザが声を荒げるにも気に留めず、淡々とした態度を崩さない。
数度の攻防の果てに得た、それが最終結論だった。
フリーザはバーダックに勝てない。その確信をバーダックは、すでに持っていた。
超サイヤ人となることで、その戦闘力は通常時の約50倍にまで上昇する。
超サイヤ人への覚醒は同時にサイヤパワーの覚醒をも意味する。古のサイヤ人たちと等しい存在として覚醒を果たすことで、サイヤパワーを触媒に用いたそれだけの戦闘力の上昇が可能となるのだ。界王拳を凌駕するその上昇率は、戦闘力にして数千万ほどのレベルにまでバーダックを押し上げていた。
それは現在相対するフリーザ、それに匹敵ないし凌駕するほどの数値である。
この戦闘力差は、しかしまだ単純に数値だけ見れば、勝敗が決定的に確定する劇的な差はないだろう。
しかしバーダックには、フリーザにはない戦いの経験がある。それによって構築され鍛え抜かれた戦法がある。
戦闘力差など、勝敗を付けるにあたって必要などなかった。
そこまで戦闘力が追い付けば、実力が比類すれば、後はただ己自身の手による直接戦闘で幾らでも勝利がもぎ取れた。
バーダックにとって、もはやフリーザなど倒せぬ敵ではなかった。これまで幾度となくた戦ってきた、より自分よりも戦闘力が上回っていた戦士たち。その中の一人でしかなかったのだ。
手こずりはしようが、負ける気はしない。それが宇宙の帝王であるフリーザに対する、バーダックの認識だった。
フリーザにとって、はたしてこれ以上の屈辱があろうものか?
ある筈がない。
「いいだろう…………超サイヤ人、認めてやろう…………貴様のその力、確かにこれまでの雑魚どもなぞとは比べ物とはならない代物だとな。だがな、所詮伝説は伝説にしか過ぎんのだ…………宇宙最強はオレだ。このオレがいる限り、貴様は決して一番になれやしないのだ…………」
怒気が空気を歪ませていた。
フリーザを中心として放たれる悪意に満ちた波動が、世界を侵していた。
覚悟を、決めた。
必滅の構えで、確実なる抹殺を実行する覚悟を。
「こうなったら見せてやるぞ、超サイヤ人!! このフリーザ様のフルパワーを!! さっきまでの力はせいぜいフルパワーの75%程度でしかないんだ!! 宇宙最強であるこのオレの100%フルパワーで、貴様の存在を完全に消し去ってやるッッ!!」
「フルパワー、だと?」
「後悔するのはもう遅い! このオレの想像を絶するパワーを前に、泣いて許しを請うがいい!!」
めきりと、フリーザが全身の筋肉に力を込め始める。
筋肉が徐々に、徐々に膨れ上がり始める。同時にバーダックは感じ取ることが出来なかったが、“気”もまた膨れ上がり充足し始めていた。
バーダックはそれを静かに見るまま、隙だらけにもかかわらず攻撃しなかった。
その理由はやはり、サイヤ人だからであるからだろう。宇宙最強であるフリーザのフルパワーを見たいという欲求が、バーダックの足を止めさせていたのだ。
「いいだろう、見せてみろよフリーザ。貴様のフルパワーをな。宇宙最強のそのパワーと正面から戦い………そして勝って、貴様を殺してやる」
「大口を叩いていられるのもそこまでだ………」
にやりと身体の筋肉を膨張させ続けるまま、フリーザは嗤った。
フリーザは変身を行う度に、その戦闘力を劇的に上昇させる。
この表現はしかし、フリーザの実態を示すにあたって正確な表現ではない。
より正確に言い表すならば、フリーザは変身を行う度にその戦闘力を劇的に低下させる、というのが正しいのだ。
フリーザにとって、今までに何度もリキューやバーダックの前で行った変身は、正確には“変身した”のではなく、“変身を解いた”というのが正しいのである。
元々、フリーザ本来の真の姿というものは、今現在の形態がそれに当たるのだ。これはフリーザが生まれ出でた時に持っていた真実の姿であるということと同時に、その掛け値なしの強大なるパワーを、そのまま何の枷もなく秘めている形態であるということを意味する。
フリーザの一族は皆例外なく生まれついて、それこそ自滅しかねないほどの強大なパワーを持っている。それゆえにそのパワーを制御することは、フリーザの一族にとって何よりも重要な事柄であった。彼ら一族はその一生という長い年月を使って、自身の身すら滅ぼしかねないパワーのコントロールを身に付けていくのである。
しかしそれでは、パワーコントロールのまだ未熟な時期はどうやって時を過ごしていくのか?
その答えが、退化形態の存在であった。
ザーボンの戦闘力を高めるための変身とは真逆の目的。その有り余るほどのパワーを抑制し、減衰させるための変身がそれの意義であったのである。
このパワーダウンを意図する変身を複数回行うことにより、彼らフリーザの一族は自滅を避け、自身の安全を確保していたのである。
第三形態から最終形態への変身により、その戦闘力が爆発的に増大するのもこのためである。
パワーダウンを目的とする形態から、一切の制限のない本来の姿へと回帰するがために、元来持ちしその自滅しかねないほどのパワーをそのまま扱うことが出来るのだ。
これまでの形態と今の形態とでは、その存在の意味が根本から違うのである。
しかし、本来の姿へと戻りパワーを振るうということは、諸刃の剣である。
「85%………90%………95%………」
筋肉がまた一際脈動し、膨張する。
フリーザの小柄な身体が、バランスを崩して膨れ上がる。上半身の筋肉だけが異常に発達し、異様が周囲に晒されている。
血管も太く随所に浮き上がり、どう見ても尋常ではない様子を発していた。
前述したとおり、退化形態の存在は自身の身に宿る有り余るパワーによる自滅を避けるためのものだった。
あまりにも強大過ぎるパワーは過剰エネルギーとして暴れ回り、宿主の身体の細胞を破壊しボロボロにするからだ。
これを避けるために、パワーを強制的に抑えつける退化形態があり、そしてパワーコントロールを身に付ける必要があったのだ。完全なパワーコントロールを成し遂げた時、初めてその者は退化形態を必要とせず生活でき、そして同時に新たな頂点への道を指し示されるのである。
だがしかし、フリーザのパワーコントロールは、まだ万全なものではなかった。
フルパワーの使用はフリーザ自身の身体を崩壊させる、使ってはならない禁じ手だった。
筋肉がはち切れそうなほどに膨れ上がり、そしてそれを最後に膨張は終わった。
上半身の筋肉を異様に発達させたフリーザが、バーダックへと血走った視線を向ける。
「待たせたな、超サイヤ人。これが貴様を圧倒する、全宇宙最強のパワーだ」
「おしゃべりはいい。さっさと始めるぜ………貴様の最後の戦いをな」
「減らず口を………ッ」
持って、一分あるかどうか。
それがフリーザに許された猶予。それ以上の戦闘継続は勝敗に関係なく、自滅が待っている。
しかしそれでも、そうと分かっていても、フリーザはフルパワーを使用せざるを得なかった。
それは何故か?
決まっている。プライドだ。自身の宇宙最強であるという、譲れない何よりも強い自負があったのだ。
その自負が、プライドが、それがたかがサイヤ人などという薄汚い下等生物如きに覆されるなど、絶対に認められる筈がなかったのだ。
フリーザは宇宙最強という己の立場を、維持する。それを守るためならば如何なる手段も行使する。これまでも、これからもである。
例えそれがリスクの高い禁じ手であろうとも、使うのに躊躇はしない。
フリーザが動き、バーダックもまた動き始めた。
宇宙最強の存在と伝説より現れた存在の最後の激突が、幕を開けた。
―――あとがき。
Q フリーザの一族をまとめて駆逐するってどうやってー。
A 徒党を組んだ超サイヤ人たちによる一大攻勢でしたー。
そんな今回な話。感想は私の心を素敵に潤わせてくれる、ありがとうございましたー!
ちと話しは短め。その分詰め込んだつもりですが。今月中に出来れば完結させたい意気込み。
感想と批評待ってマース。