バーダックは夢を見ていた。
治療ポッドの溶液の中を漂いながら、深く沈んだ意識は現実とは異なる風景を再生させている。
泡沫の如き幻。それは夢であるがゆえに、突拍子もなく出鱈目な内容であることは当然であり、自然だった。
だがしかし、そうであるはずのことだったのだが、それを含めて考えても、今バーダックが見ている内容は奇妙なものだった。
バーダックは夢を見る。泡沫の幻、突拍子のない出鱈目な、支離滅裂な夢を。
抵抗も反感もなく、ただ静かに流れる光景を垣間見ていた。
子供がいる。
山の中、自然に溢れた世界を子供は逞しく駆け抜けている。
一人ながらも捻くれることもなく、子供は明るく元気な姿のまま、日々を過ごしている。
場面が移り変わる。
先の風景よりも時間が経ったのか、子供はもう山ではないところにいた。
老人と自分と同世代の兄弟弟子と一緒に、より強く、さらに強くなるための修行を行っている。
子供は純粋なまま、師である老人の言うことを守り、兄弟弟子と切磋琢磨し、その強さを磨き上げていく。
暗転、再開。
子供が戦っている。
先よりも時を経て、より高みへと昇った子供が、かつてない巨悪と死闘を演じている。
幼い身体でありながら、死力の限りを尽くして子供は戦い続けていた。
友の仇、師の仇。憤り猛る感情と己の全ての力を、その戦いに注いでいた。
バーダックは夢を見る。
何処とも知れぬ場所の、誰とも知れぬ子どもの物語を、泡沫の意識の中で垣間見る。
ごぽりと、呼気が漏れた。
場面がまた変わり、そして時間も大きく針を進める。
子供はもはや大人となり、子供を一人持つ親となっていた。
彼は身体の成長と共にまたさらに逞しくなり、そしてそのひたむきに鍛錬に励む姿勢は変わることがなかった。
平和な日常がそこにはあった。それはバーダックには想像もできない、穏やかな風景であった。
だが時は進む。平和は破られる。
二人の男が相対している。
一人は彼。もう一人は、見慣れた戦闘服に身を包んだ、尾を生やした男。
両者は言葉を交わす。
「俺に従え、カカロット。いい目を見せてやるぞ?」
「オラはカカロットじゃねぇ、孫悟空だ!!」
暗転。
激突する。
今まで遭遇したことのない凄まじいエネルギーが、衝突し干渉し削り合い、互いが互いを叩き潰そうとしている。
慣性なぞ虚空の彼方へと忘却し、出鱈目な軌跡を描きながら両者は闘い続ける。
その一撃が地を砕き、その挙動が空を裂いた。
「界王拳ッ、20倍だぁああッッ!!!」
「俺はサイヤ人の超エリートだ!! 舐めるなぁあああーーーッッ!!!!!」
暗転。
ボコボコと、溶液の中で気泡がさらに溢れ、消える。
閉じた瞼の下に再生される夢が、バーダックの意識を刺激する。
同時、その溶液の中に浸されている肉体に、見た目には何ら変化はなく………しかしその見えぬところにおいて、途方もなく大きな変革が始まっていた。
筋肉が収縮し、伸長し、そして蠕動を繰り返した果てに、より強靭でしなやかな形へと仕上げられる。
その肉体を構成する細胞の一つ一つ、おおよそ70兆に及ぶそれらが秘めた“気”の容量が、桁違いの増幅を発揮する。
受け皿であり力の出力器となる肉体、それそのものの、純粋なる意味での頑健性・強靭さの上昇。
そして尋常を凌駕する能力を付加する……ただひたすら、持ち主を“強くする”働きを持つ、既存の物理的概念の当て嵌まらないエネルギーである“気”、その絶対量の増加。
この二つの事柄が指すことはつまり、飛躍的な実力の繰り上げ、戦闘力の拡大にほかならない。
穏やかに眠りながら癒し続けられている中、人知れずバーダックの肉体はかつてないパワーアップが行われていたのである。
それは一重に、サイヤ人の持つ特性の一つである“死の淵から蘇ることで戦闘力を大きく増大させる”という、戦闘民族特有の生態があったがゆえのことだった。
だがしかし、そう確たる理由が存在はしたものの、同時にそれは有り得ないことであった。
すでにバーダックの戦闘力は3万という、サイヤ人という種族の限界値に達しているのである。いくら戦闘力を桁違いの効率で跳ね上げる特性があったとしても、そんなものイコールで無限に戦闘力を上げ続けられるという意味になりはしない。
成長の上限、鍛錬の極み。
限界という言葉は伊達や酔狂などではない、越えることのできぬ厳然たる壁なのだ。
そしてこの限界値という数値は、故ツフル人がその遺伝子の一片まで細分し、隅々まで観測した上で弾き出した数値。つまり逆説的に言って、サイヤ人という種族はその身体に秘められた遺伝子全てから、戦闘力の上限を3万であると、そう定められているようなものなのである。
人は決して、生身一つで空を飛べはしないし、水も食物も取らずに生きることはできない。
これは人の身体が、そういうふうに出来ているからだ。人体の構造、すなわち遺伝子に記された設計図に、そう生誕するより前に定められているからである。
限界値というのもそれ同じ。傷付けば血を流し、心臓が止まれば死ぬと同じレベルの意味で必然であり当然である、文字通りの“限界”なのである。
ゆえに幾ら傷付き回復しようとも、あるいは鍛錬しようとも、今後バーダックの戦闘力が上昇することは有り得ないことであったのだ。
だがしかし、現実にバーダックの戦闘力は増大していた。それもただの増大ではなく、過去のいずれも類を見ない凄まじいまでの割合……いや、倍率と表現するレベルで、である。
その肉体が癒される治療過程にて増強作用が併発され、そして増強作用を歪みと見たピコマシンが適度に正常最適化を実行することで、それをさらに助長していたのだ。
有り得ないことであった。遺伝子という絶対の楔に縛られた、越えられない壁がそこには存在しているはずであった。
にもかかわらず、現実に発生しているこの事態。これは何故だというのか?
その答えはシンプルに一つ。
“限界”を越えたのだ。越えられないはずの、出来る筈のない業を達成したのである。
矛盾極まりない表現であるが、しかしそれがすべての真実であった。
リキューの残した重力室を利用した荒行と、元来の遮二無二な戦法。この両者が合わさったことによる、相乗的な戦闘力の増加。これによってバーダックの肉体は、四年の歳月をかけてサイヤ人の限界レベルまで肉体を押し上げられたのだ。それは現在では、60倍の重力にまで耐えきれるほどである。
そして越えられぬ限界、肉体の極みまでに達したバーダックに対して放たれた、カナッサ星人の最後の生き残りである彼―――トオロの放った幻の拳。
それが最後のきっかけとなり、バーダックの肉体にさらなる変革をもたらしたのである。
サイヤ人という種族の限界。その壁を突破させる力を。
バーダックの遺伝子は、その在り様に小さな、されど大きいと呼べる、明確とした変質が起き始めていた。
さながら、大猿化の如きと形容させるほどの変貌。エクソン置換。そのDNAの裏側に埋没されていた“隠された遺伝子”が発現し、その内容を肉体に具現化させ始めていたのだ。
それはあえて言えば、自己鍛練の極みの結果である“先祖返り”。人体を根本から定義する遺伝子の内容が変質を起こし、ツフル人が細分し走査したデータの一切を無意味とさせる、一見ではなんら異常を見出させない変化が深く静かに進行していたのだ。
限界の壁を越えたことによって得た、新たな境地。さらなる領域へ達する肉体。大仰な表現、バーダックは新生したのである。
原作“ドラゴンボール”において、亀仙人はこう述べた。
真に完成された武道家になるには、その人間の壁を越えなければならぬ、と。
バーダックは戦闘者としての修練の果て、ついにサイヤ人の壁を越え、その戦闘レベルが大きく上回る肉体を手に入れたのである。
それだけではない。バーダックの変容はまだ終わらない。
新生することで手に入れた、新たなる領域への肉体。その身体に秘められたポテンシャルは巨大ではあるものの、それだけのもの。
これだけでは戦闘力の上限が解き放たれただけで、即パワーアップを意味するものではない。鍛えることでさらなる戦闘力の成長は可能だが、鍛えなければ変わらぬのだ。
新生することで得た新たなる肉体。負傷状態からの回復。この二つに加えたもう一つの理由が、バーダックを絶大なるパワーアップへ導いていたのだ。
空を駆ける。
惑星ベジータの地表から飛び立ち、その大空のさらに先、大気圏の最上層、宇宙と空の分け目の領域へと上昇する。
目的地には巨大な宇宙船と、見覚えのある人間の後姿。
その人間が振り返る。
「これは、バーダック?」
暗転。
余りにも速すぎるその挙動に、翻弄される。
反応が追い付かず、防御が追い付かず、攻撃などはすると考える余裕すらない。
全身をドリルのように穿つ気弾が責め苛み、一方的に叩き潰される。
そして気弾が止んだかと思った次の瞬間、また反応は追い付かず、強烈な打撃を腹部にめり込まされて吹き飛んだ。
「おやおや、どうしましたか? まだ始まったばかり、お楽しみはこれからですよ。ひゃひゃひゃひゃひゃ」
暗転。
バーダックは夢を見る。泡沫には違いなく、されど幻と言うには確固とした形を取る、奇妙不可解な夢を。
それは幻であり、現実でもある。
その正体はトオロが己の死力を払い打ち込んだ、幻の拳によって身に付けし予知能力。コントロールされぬそれが見せる、未来の群像である。
バーダック自身の意志の関与しない領域でその能力は暴走し、まだ見ぬ未来の姿をバーダックへと突き付けていたのだ。
彼は垣間見る。予知能力によって、まだ見ぬ筈の、見える筈のない人間たちを。
それには恐ろしいまでのパワーを持つ者が現れることもあれば、また唐突に関係のない、牧歌的な家庭の姿なども再生された。
この無差別な未来の群像。その幻でありながら、しかし決してただの幻とは言えない情景の再生が、バーダックの超パワーアップ。その最後の理由であったのだ。
再生された未来の群像の無差別な内容の中に現れた、自身とは比較することが出来ない強者たち。
バーダックは彼らの存在に直接触れ、体感したのだ。
予知能力を持っていたための偶然、現象。現実に対面していないにもかかわらず、直接相対するに等しい経験をもたらしたのである。
そしてバーダックの肉体は、その強大なパワーに反応した。
途方もない格上の存在を認識し実感したことで、新生した肉体がそれに対抗しようと、より強く働きかけていたのだ。
強力に作用を始めた超成長に応えるために肉体はさらなる革新を始め、治療ポッドという環境が作用を促進し、より強大な成長を促す土壌となる。
新生した肉体というより強き力の受け皿。負傷からの回復による成長作用。最後に、自己よりも強大な実力者の知覚。
この三つの要素が介在したことによって、バーダックはこれまでのサイヤ人の歴史において類を見ない、まさしく前例のない変貌を遂げていたのだ。
サイヤ人でこれに対抗できる存在がいるとすれば、それはさしずめ、伝説に語られているだけの超サイヤ人だけだろうか?
ぼこりと、治療ポッドの中で気泡が弾けて消える。
だれ一人と知らぬままに時間は流れ、そして変革はじっくりと終わりへ向かい収束を始めていた。
密閉された、それなりの広さを持った空間。
四十人前後の人間たちがその中に立ち並び、ひしめいていた。彼らには例外なく尾が生えており、戦闘員であることを示すバトルジャケットとスカウターを身に付けている。
サイヤ人。それもエリート階級に属する者たちの集団であった。
その彼らを威圧的に睥睨しながら確認するように視線を動かし、ベジータ王はそばに控える側近を呼び寄せる。
「おい。人数はこれが限界か?」
「っは、その通りでございます。他の者どもは、もう時間に間に合わぬ様子で………今この場にいる者どもが集められる限界かと」
「っち……グズどもが。肝心な時に役に立たんわ」
盛大に舌打ちして、ベジータ王は毒づく。サイヤ人はこと戦いに関しては並みならず意欲の高い種族ではあるが、それ以外の事柄に関しては関心が際立って低い。
今回の召集命令を流布する時に、ベジータ王は盗聴などといった危険性を避けるために敢えて具体的な目的を文面には載せず、ただ集まるようメッセージを発信していた。
仕方がないことではあったが、しかしそれが仇となっていたのだ。
サイヤ人という人種は、例えそれが王からの命令であっても、それが戦いに関係ない事項であったのならば極めてルーズな対応になる。加えて、エリートですらも一部の者たちの間では、ベジータ王よりもフリーザに畏敬を表し軽んじている風潮があった。
ゆえに尚更一層足並みは揃わず、そしてベジータ王の機嫌は加速度的に悪化していた。自身の王としての権威が衰退していることをこれほど分かり易く示されているのだ。自己顕示欲に満ちたベジータ王にとって、これは侮辱でしかなかった。
とはいえ、それでもおおよそ大半のエリート階級の戦士たちは召集に応じ、そして時間はかかったもののそれなりの数を揃えることはできたのである。権威の落失は著しいものの、その全てが無に帰している訳ではなかった。
ふと、居並ぶ面々を見渡していたベジータ王が何かに気が付いたかのような表情を作る。
そこにいるべきである筈の人間の顔が見当たらなかったのだ。
四年ほど前、惑星ベジータを出奔したとあるサイヤ人。そのフリーな行動を認める条件として自身の召集に絶対服従するよう言い含めていた、サイヤ人の中でも有数な戦闘力を持つ戦士の一人であり、しかしその職務はサイヤ人には見合わぬ科学者というものに就いている人間。
リキュー。この場にいるべきその名を持つ人間が、ベジータ王の視界の中にはいなかったのだ。
ベジータ王のこめかみに青筋が浮かび上がる。そのまま苛立ち紛れに彼は側近へ問いかける。
「貴様、奴はどうした。数年前に外に出したあいつ……確かリキューとか言ったか? 奴の姿が見えんぞ」
「は? いえ、特に連絡はありません。遅れているかもしくは、気付いていないのか………」
「おのれぇ、若造が………俺をコケにしやがって!」
契約不履行、約束の翻し。
特別に目をかけてやったにもかかわらずのその所業に、もはや語るまでもない激情の迸りが生まれる。
こうなれば、しかるべき制裁を加えなければなるまい。道理的にも感情的にも正しい選択がベジータ王の脳裏に浮かび、そして即座に確定される。
かくして、速やかにリキューの断罪がここに決定されたのだった。
と、ベジータ王は時間を確認し、気持ちを切り替える。憤りは深く大きいものではあったが、しかし理性をもってその発露を抑え込む。
忘れる訳ではない。ただ、そんなことよりも優先度の高い、危急の用件が目の前に存在しているだけだ。
ばさりと、注目を集める様にマントを翻す。サイヤ人たちの視線が己一身に注がれていることを確認し、ベジータ王は口を開けた。
「時間だ………いくぞ! 戦士たちよッ!!」
『オオゥッッ!!』
空間に詰める全てのサイヤ人たちが応え、その号令が空間を震わした。
―――ズンッと、地響きに似た振動が走った。
フリーザの座する、戦闘員の使う個人用ポッドとは違う巨大な宇宙船。
現在、かの船は惑星ベジータ近傍の宙域にてその機動を停止し、停留状態にあった。
これは、かねてより準備され待ち望まれた王子ベジータの身柄譲渡。それを認める正式なる体裁と書面を整えた上での調印式のためである。
これを行うことにより、茶番であり本意ではないことでだが、しかし対外的にはベジータ王は自分自身の意思でフリーザに対して息子の引き渡しに応じた。そういう意味を知らしめることとなるのである。
なお、近傍とはいえ、その位置は惑星ベジータからは軽く数百光年は離れており、船内から肉眼で惑星ベジータの姿形を捉えることはできなかった。
ツフル人のテクノロジーによる恩恵を受けている船であり、その抜き出た航宙速度で相対的にかかる移動時間が短縮されているがゆえに、近傍と称されているのである。
何時もの通り、フリーザは愛用のマシンに搭乗して展覧エリアに待機し、その球状ガラスから外の宇宙空間の眺めを見る。
フリーザ自身曰く楽しい催し、他者からすれば悪趣味極まる茶番と称される、今回のイベント。
悠々とその手にグラスを構えながら、フリーザは不敵な笑顔を浮かべ続ける。
ドドリアがフリーザの元に近付く。その手にはボトルが握られており、彼は差し出されたフリーザのグラスへと恭しく中身を注ぐ。
軽く一口だけ口に含み、その芳香と味わいを楽しむ。それだけにとどまり、フリーザはさらに口を付けることはせず、ただ僅かにグラスを揺らしてその色合いを眺めた。
扉が開放される。席を外していたザーボンが部屋の中へ戻ってきた。
彼は口を開き、携えてきた報告をフリーザへと述べる。
「フリーザ様。ただいまサイヤ人どもが例の王子の件にて、この船に到着したとのこと。謁見を願い出ております」
「そうですか、分かりました。どうやら、時間はきちんと守ってきたようですね………感心なことです」
わざとらしく見直したような表情が作られる。
しかし、だからといってフリーザが即座に動き出す様子はない。サイヤ人どもの陳情なぞより、目の前の香しき飲料の風味を楽しむことを優先させる。
フリーザが暴君であるということ。それは何時いかなる時であろうとも変わらぬことだ。
自分から提案した催しにもかかわらず、召集したサイヤ人を一切の遠慮なく待たせる。そこには端から敬意や気遣いなどはなく、驕れる自負が示されているだけだった。
そのまま、また自分の気の向くままに時間を費やした末に謁見を行うのだろう。と、しかしそう思われていた、が。
その予想は思わぬ展開により覆され、意表を突くことになる。
ズンと、唐突な地響きに似た震動が船内を揺らした。
宇宙船と言う環境の中での明らかな異常事態。フリーザの目元が引き締まり、何事かと二人の側近が身構える。
先程の大きさほどではないが、微細な震動はなおも頻発し宇宙船内を揺るがす。慌ただしくザーボンが動き、状況の把握をせんと通信回線を開く。
「どうした、何があった!?」
ザーボンの詰問に、スカウターの向こう側からノイズ混じりの回答が返ってくる。
向こうは向こうで焦燥と混乱に満ちた様子であり、詳細な現状を把握している訳ではなかった。しかしその中でも最重要な一点だけは理解し、火急に伝えんと伝達された。
ザーボンはその回答に驚いたように目を見開く。ある意味で予想外な、その回答に。
「何だと!? サイヤ人どもが反乱を!?」
それは意表を突くに十分過ぎる情報だった。ザーボンは血相を変え、ドドリアもまた追従し声を上げる。
ピクリと、その言葉の内容にフリーザもまた、身体を揺らした。
「うわぁあああああ!!!! フリーザ様ぁあああーーー!!」
光が弾け、押し流すように通路全体を占めるだけの巨大な気功波が放出される。
迸る気功波の流れは通路に立ち塞がっていた数名の兵士を呆気なく呑み込み、そのまま骸すら残さず存在を抹消する。
そして力尽くで邪魔者が排除された通路を、ベジータ王率いるサイヤ人の一団は悠々と駆け抜けていった。
「続けい! 狙いはフリーザだ、奴を探せ!!」
遠慮の欠片もないエネルギー波が船内で放たれ、地震の如き揺れをもたらす。
今この時まで来て、もはや隠密行動は意味をなさない。反逆は自明の理。求められるのは風の如き速き行動と、それに伴う結果だけである。
異変に対応し訳も分からず姿を現した戦闘員の横っ面を殴り潰し、なおもサイヤ人の一団は快進撃を続ける。
これも不意打ち、奇襲であったが故の戦果。ベジータ王の目論見通り、浮足立った戦闘員たちは効果的な対応一つ取る暇もなく押し流されていった。
しかし、奇襲による効果も時が経てばその意味をなくす。フリーザ軍の戦闘員は野卑で粗暴ではあるが、だからといって無能ではない。戦いに関しては優秀な精鋭たちである。
通路の先。後ろ。サイヤ人たちを包囲するように戦闘員たちが姿を現し、わらわらと壁を作る。
あっという間に包囲網が完成される。要した時間は奇襲からほんの数分ほどと、ツフル人とは違った極めて高い対応性のなせる業である。
その中には上級戦闘員の姿もあった。
「馬鹿かテメエら。たかがサイヤ人風情が、本気でフリーザ様に刃向かう気かよ?」
一人の戦闘員の言葉に、同調するように皆が嘲笑う。
戦闘民族サイヤ人。彼らはそんな御大層な看板を背負ってはいるが、しかしその戦闘力は覇を唱えるほど突出してはいない。確かにその戦闘センスは輝くものがあるし、タフネスさも認められる。だが根本的な戦闘力が決定的に足りていないのだ。
この集団の中で最も高い戦闘力を誇るベジータ王ですら、その数値は12000程度。それはランクにしてフリーザ軍の上級戦闘員に過ぎないレベルのもの。目の前に立っている数人の上級戦闘員たちですら同じだけの数値を持っているのである。
これすなわち、フリーザどころか、今の現状それそのものがすでに王手に等しいということを意味する。
戦いばかりにかまけて遂に呆けたかと、嘲笑うことは至極当然の理屈だった。
奇襲の利が生かせなければ、そもそもベジータ王一派に勝ち目はおろか、今のこのような快進撃すらありえないのだ。それが周知の認識である。そしてすでに、包囲網は完成された。
もはやあとはこの目の前にいる、頭の足りない不届き者どもを殲滅するだけ。ただそれだけだった。
一方的な捕食者の立場にあるものとして戦闘員の口が歪み、そして叫びを上げる。
「かかれぇーーーーーー!!!」
号令がかかり、包囲した戦闘員たちが雪崩の如くサイヤ人たちへ殺到する。
黙ってやられる筈もなく、サイヤ人たちもまたその攻勢を前に、真正面から受けて立つ。
「ふん、雑魚どもが。この俺の邪魔をするなッ!!」
ベジータ王は掌がエネルギー弾を生成し、固まっている戦闘員たちの群れの中へと投げ込まれる。投げ込まれたエネルギー弾は時間差を以って炸裂し、溜め込んだエネルギーを解放・放出。
巨大な爆発が発生し、景気よく戦闘員たちが吹き飛ばされる。
そして火花は切って落とされた。
気勢を上げて両勢力がぶつかり合い、事態は乱戦状態へと陥る。
「ベジータ王を殺るぞ、タイミングを合わせろ!」
「おうよ!」
「ぬ!?」
スカウターで数値を調べた上級戦闘員が二人、ベジータ王を挟み込むように襲いかかる。その戦闘力は共に1万を超えており、ベジータ王を僅かに凌駕する。
正面と背後の両サイドから襲いかかる蹴打。ベジータ王は両手を駆使しその一撃二連を受け止める。
そのままもつれ込む様にラッシュへと戦いは移行し、激しい鍔迫り合いの如き様相を描く。
「ギャハハハハ!! オラオラッ! どこまで持ち堪えられるのか見せてみろよ、王様よぉ!!」
「せいぜい抵抗して見せてみな、うらぁ!!」
ドドドドッと、想像を絶する威力が込められた拳打が交差され、熾烈な音を立てる。
音速など遥か彼方へと捨て置かれた、もはや疾風とすら形容するが生易しい超速の攻防。ベジータ王は二者によって与えられる凄まじきラッシュの嵐を、また同等の反応速度を以って防ぐ。
そのサマを、角を生やした鬼の如き種族である上級戦闘員は見下し、扱き下ろす。
戦闘力で勝るものとの戦い、それも二対一。勝ち目なぞは豆粒一つ浮かばない布陣である。笑わずにはいられなかった。
「シャアッ!!」
「ぬるいわ!!」
顔面を狙った攻撃に対し、ベジータ王は身体全体を沈みこませるようにして回避する。
そしてそのまま目の前にある伸び切った腕を、引き戻される前にベジータ王は掴み取る。一瞬の停滞もなく一本背負いへと移行し、もう一人の敵へと身体ごと投げ付ける。
絡み合った状態となり弾き飛ばされる戦闘員。互いに罵声を交わしながら体勢を整えようとした次、更なる追い打ちである連続エネルギー波が降り注がれ、目を剥く。
間断なく雨あられとばかりにエネルギー波を打ち込んでいる下手人は、ベジータ王。一撃一撃に無視できないだけの威力を込めて、それを連続させて打つという芸当は予想以上に“気”のコントロールが求められる、高等技術の一つである。
形成される弾幕に、防ぐには単純に手が足りない。戦闘員たちは慌てて腕を全面に押し出し防御を選択、全身の力を放出させて持ち堪える。
そしてエネルギー波の嵐が襲いかかった。防御の上に次々とエネルギー波が着弾し、爆煙が視界を妨げる。
二対一で抑え込みに回るのだから、押し負ける筈はない。彼らはそう楽観して考えていた。このまま防ぎ続け、息切れが見て取れた隙を拾い攻勢へと反転せんと狙う。
が……しかし、その考えは早々に想定外の事態に見舞われ、撤回することとなる。
「な、なんだ!? パワーが強い!?」
「ぐ、ぐぐぐ!? お、抑えきれねぇ!?」
悠々と持ち堪えられるはずだったエネルギー波の猛攻を前に、早々に限界へと達してしまう。エネルギー波の一撃一撃、その威力があまりにも大きかったのだ。
スカウターの数値には相変わらず変化がない。おかしなことだった。自分たちの方が数値が上回っている筈なのにも、こうまで容易く防御の上から削り押されるとは。
理屈が通ってない。しかしそう訴えたところで、眼前の現実が変わる筈もない。なおも降り注がれるエネルギー波は容赦なく二人へと猛威を振るい、その威力は今にも防御の上から彼らを焼き焦がそうと熾烈であった。
「ぐぬぬ、ちっくしょう! あとは任せたぜ!!」
「な!? テメェ!!」
迷う暇もなし。遠からぬ時間の内に押し切られると判断した一人が、仲間を見捨ててさっさと弾幕から逃げ出す。残された一人はそれに怒声を上げるも、分担されていた二人分の負荷が一挙に己一人へと集約されることとなり、文句を言う暇もなくなり死力を振り絞ることとなる。
一人逃げ出した卑怯者は、フリーとなった身体を生かしてベジータ王へと大きく回り込むように移動し、近接する。一人にかかりきりになっている今の状態であれば、不意を打つには十分過ぎるほど隙だらけである。爆煙に紛れての行動に、気付かれる心配もない。
絶え間なく弾幕を形成しているベジータ王の背後へと、瞬速で移動する。両手を組み合わせハンマーをかたどり、背後からベジータ王の頭部へと振り下ろす。
だがしかし、振り降ろされたハンマーパンチはベジータ王を捉えることはなかった。直前にベジータ王の姿が掻き消え、代わりに拳は床を砕くだけに終わる。
何処へ消えた? そして焦りが浮かぶ暇もなく、背後から衝撃は襲いかかった。
「ぐべぇ!?」
ぼきゅりと、背後からの痛恨の一撃が、骨を粉砕し肉を擦り潰す。
超質ラバーで構成されているバトルジャケットをも粉砕してその中身を打ちのめし、拳そのものが肉体の中へと食い込む。
ぽたりと滴り落ちる鮮血。乱暴に埋め込まれた拳が引き抜かれ、激痛にたたらを踏みながら戦闘員は数歩歩む。
振り返るとそこには、超スピードで掻き消えたはずのベジータ王の姿が。
ベジータ王が腕を振りかぶる。そして手刀の形を作り、さながら断頭せんが如く腕を振るい、剛腕を戦闘員の首へと叩き付ける。
抵抗の余力はない。反応する暇もなく打ち込まれた手刀は呆気なく首の骨を破砕し、眼球が飛び出らんがばかりに剥かれたまま戦闘員は絶命した。
「ば、馬鹿な!? どういうことだこりゃ!?」
そのあまりにも簡単すぎる決着を目撃し、取り残されエネルギー波を凌ぐ羽目となっていた戦闘員が喚き散らす。
彼も仕留められた者も、ともに上級戦闘員だ。戦闘力は1万を優に越えるし、その数値がベジータ王を超えていることはスカウターでも確認済みのことである。
戦闘力が勝っているのだ。確かに絶対的と言う程落差があった訳ではないだろうが、しかしそれでもこうも容易く仕留められるほどその数値差は甘くない筈であった。
しかし、どうであろうか。目の前の現実は。スカウターには今も変わらずベジータ王の数値に変化がないことを示しているにもかかわらず、僅か数瞬の攻防で一人の上級戦闘員が始末されたのである。
認めることは、どうしても無理だった。
「ただのまぐれだ! 調子に乗ってんじゃねぇぞッ! このサイヤ人がぁーー!!!」
エネルギー波を防ぎ痺れの残る両腕に力を込め直し、一直線に猛進する。
驕りなしの本気。いくらセンスがあろうと何だろうと、力で押し切る構えのまま突撃する。
その加速は自信の通り、常日頃のベジータ王を上回るパワーを秘めたもの。ベジータ王を食い破らんと戦闘員が迫る。
だがしかし、その全力が込められた一撃は一片もかすることはなく空回る。
紙一重の間合いで見切られ、逆にカウンターとなった反撃を顔面にぶち込まれた。
顔面が陥没するような異音と激痛が駆け巡り、そのまま突っ込んできたのと同じ速度でベクトルを反転させ、壁際まで吹き飛ばされ激突する。
ひゅうと、不規則で不自然な呼吸が漏れた。激烈な一撃をもらったものの、戦闘員はまだ辛うじて命を繋いでいた。が、瀕死であることに変わりはない。
その胸中に多大な恐怖を抱きながらも、彼は毒づきながら舌打ちをする。スカウターの故障なのかどうか、たかがサイヤ人風情に過ぎない筈の目の前の男は予想外の戦闘力を持っている。そうとしか思えないと、彼はパニック寸前の思考で結論付けた。
自分一人じゃ勝てない。強烈に意識したその事柄に全てを支配され、彼は叫んだ。
「おい! 誰か手を貸せッ!! ベジータ王を……ッ!?」
辺りを見回し、しかし飛び込んだ光景に目を瞠った。
それはあまりにも馬鹿げた光景だった。一体どういうことだと、おそらくは今日最も驚いた光景だった。
押されていたのだ。
“上級戦闘員が、他のエリートサイヤ人どもに”である。
彼らサイヤ人たちは群がる戦闘員たちを容易く蹴散らし、そしてその中にいる数人の上級戦闘員たちすらも数人がかりで相手をすることによって、あろうことか互角に渡り合い、挙句押し切っていたのである。
「こ、この野郎が!?」
「ッハ! こんなもんが効くか!!」
一人の上級戦闘員が放ったエネルギー波をサイヤ人が防ぎ切る。そしてその両サイドから飛び出した二人のサイヤ人が近接し、タイミングを合わせて拳を突き出す。
反応する間もなく二撃が同時に臓腑を抉り込む様に戦闘員へと打ち込まれ、攻撃した二人はそのままヒット&アウェイで流れる様に距離を取って離れる。
そして逃がしてたまるかと、ダメージに喘ぎながら反撃しようと戦闘員が構えた瞬間、その上から急落降下し襲いかかる影。また別のサイヤ人の強襲。戦闘員は気付かない。
激突。直上から頭部を打ちつけられ、戦闘員は地に叩き落とされた。
「ぐぎゃぁあ!?」
「消えな!!」
地に打ち付けられた戦闘員へ向けて、四方八方より五月雨の如く放たれたエネルギー波が集中される。
絶叫と共に高熱の嵐が生まれる。
そしてまた、一人の上級戦闘員が彼の目の前で、光の中で姿を消し炭に変えていった。
圧倒されている者は、その上級戦闘員一人だけではない。
本来ならば眼前に反抗を起こしたサイヤ人どもと同等の戦闘力を持っている筈の戦闘員たちは、まるで雑魚の様に一蹴されている。
決して手の届きようがない、隔絶した実力差がある筈の他の上級戦闘員ですらも、普段ならば歯牙にもかけない筈である複数のサイヤ人たちによる同時多数の連携攻撃を前に、次々と押し潰され、そして敗退していっている。
信じ難いどころではない。理解不能であった。
ベジータ王以外のサイヤ人たちは皆エリート階級の者だが、その戦闘力の数値は3000から4000と、上級戦闘員の半分にも満たない値なのだ。
たかがその程度の数値しか持たない雑魚風情が、上級戦闘員に太刀打ちできるはずがない。例え群れようがそんなもの、根本的な戦闘力にこうまで差があっては意味をなさない悪手でしかないのだ。
だが、だがしかし。その理屈を覆す異常な現実は、目の前に横たわっていた。
そして現実を否定し続けている間にも、彼自身にをも降り注ぐ過酷な現実はすぐ傍まで近寄っていたのである。
「ッハ!?」
ふと気付き、慌てて視線を元に戻す彼の眼前に、急に突き付けられた何者かの掌。
ほんの目の前まで近付いていたベジータ王が、その右手を彼の顔面にかざされていた。ベジータ王は能面のように無感動な表情なままに、一言だけ言い捨てる。
「消えろ、クズめ」
「待っ―――!?」
エネルギー波が発射される。
エネルギーの奔流は言葉を発そうとした戦闘員の姿を言葉と共に呑み込み、一気に消し飛ばした。
奔流が収まった後には、上半身が丸ごと消し飛んだ亡骸だけが残される。
ベジータ王が服に付いた埃を払いながら乱戦となっている場へと振り返ると、そちらもまた決着が付いたころだった。最後の一人となった上級戦闘員の頭を締めて、ゴキリと一人のエリートサイヤ人が骨をへし折る。
と、ベジータ王の頬の傍を、かする様に背後から伸びた光線が通り過ぎた。
背後を見やれば、騒々しく足音を立てて戦闘員の一団が新たに接近してきていた。
装着されたエネルギー収束機によって凝縮された、レーザー状のエネルギー波がベジータ王を狙って飛来する。ベジータ王は片手でそれらを弾き飛ばしながら、もう片手に“気”を纏わせながら振りかざす。
「俺の邪魔をするな! このゴミどもがァーー!!」
通路全体を占有する極太のエネルギー波が、新たに現れた戦闘員の一団に向けて放たれた。
激震する。悲鳴が残響しせめてもの抵抗とばかりにエネルギー波が放たれるも、ベジータ王の強大なパワーの前に一切の余地なく呑み込まれていく。
閃光と爆発。爆風が発生し、マントが大きくたなびく。
煙が晴れた後には、黒ずんだ通路が広がるばかり。ベジータ王の一撃の下、戦闘員の一団はあっさりと全滅させられたのだった。
その結果に、ベジータ王は満足げに口元を歪める。
拳を開け閉めしながら、やはり己の策に間違いがなかったという自負を、新たに掴み直し増長する。
明らかに戦闘力が上がっていた。無論、スカウターの数値には変化はなく、具体的にそれを示す測りは存在しない。だがしかし、現実に戦闘し、そしてその結果が転がるこの状況そのものが、何よりも雄弁にその事実を物語っていた。
集団となったサイヤ人たちが発揮する、不可解な戦闘力数値以上の実力の顕現。圧倒的に実力が隔絶しているだろうフリーザに対抗するための策としてベジータ王が用意した切り札は、間違いなくその効力を発揮していたのだ。
サイヤ人のエリートが、本来何人がかりで向かい合おうとも抑えることができない筈であるフリーザ軍の上級戦闘員を仕留められているのである。ベジータ王自身、普段の己よりも機敏に動き、そしてより強大なパワーを発揮している自身の状態を認識していた。
原理は不明。科学者に解析させてみたものの、その判明には全く至れてはいない。ただそうなるきっかけと結果が分かっているだけの未知な現象である。
とはいえ、有用な結果が出されているのだ。理屈理論などには頓着せず、ベジータ王は使えるものは使うとしてこの現象を計画の内に盛り込んだのである。
その結果は上々。文句の付け様はない。
ただのエリート戦士が、戦闘力が3倍から4倍、もしくはそれ以上の開きがある上級戦闘員を圧倒しているのだ。しからば、エリートなどよりも遥かに地力のある自分ならばどうだ?
フリーザとて、十分に手の届く領域にある。ベジータ王は確信する。
「フリーザを探せ! 奴の命を奪い、そして全宇宙の頂点の座をも頂くのだ!!」
滾る血潮の導きのままに、ベジータ王が声を上げる。
サイヤ人たちも同調する。野性が呼び覚まされ、力に酔いしれながら行動を再開する。フリーザだけを目指し、船内を奔走する。
散発的に戦闘員たちが現れ鎮圧しようとするも、もはや勢いが付いたサイヤ人たちを止めることなどできやしない。即座に反撃の一撃を返され、抹殺される。
ベジータ王たちの反乱の勢いは、留まるところを知らなかった。
スカウターに計測されぬ、未知の戦闘力向上の秘密。その原理。
それこそ戦闘民族サイヤ人の血に秘められし能力。長き年月によって衰退し、その遺伝子の裏側に埋没された、忘れ去られた力であった。
顕現されていない遺伝子記述、つまりジャンクDNAであるがために消え去ってしまっているその力。
しかし消え去ってしまっている筈のその力は、多数の同族であるサイヤ人たちが集まり、そして戦いの場で本能が奮うことにより共振し、喚起されていたのだ。
それは喚起されるとはいえ、所詮は量として微小な力でしかなかった。いくら共振すれど、それを意味する記述は決して表には現れぬ、遺伝子の深層に埋没されていることに違いはないからである。
だがしかし、それであっても、もたらされる効果は莫大なものであった。
ほんの微小、スカウターにも観測すらされぬミクロレベルでしか喚起されぬ力でありながら、その力は戦闘力に数倍の落差がある筈であるエリートサイヤ人を上級戦闘員と対等に戦わせ、ベジータ王に行く手を遮る邪魔者たちを容易く葬るだけのパワーを与えていたのだ。
かつて、伝説の彼方にサイヤ人たちが置き去りにし、時の流れと共に埋没させていったその力。
“気”と総称される、個体ごとに大小な差異がある生体エネルギーの中でも、さらにより異なった、独自の性質を持つ超エネルギー。
その名も“サイヤパワー”。
数千年前に存在せし、伝説に語られる超サイヤ人が身に纏っていた宇宙最強の超パワーである。
ベジータ王たちは自分たちでも意図してないことであったが、伝説のその片鱗たる力の手助けを受けていたのだった。
「何を手こずっている!? 相手はたかがサイヤ人だぞ!!」
『も、申し訳ありませんッ! で、ですが、奴ら何か様子が妙で……』
「言い訳などしてる暇があるならさっさと動け! これ以上手間取るようなら、貴様の命はないぞ!!」
『は、ハイィイイ!!!』
苛立たしげに通信回線を叩き切り、ザーボンはその端整な顔を歪める。
船内に響く揺れは、未だ収まる様子はない。不定期に発生し、宇宙船内全体を揺るがし続けている。
これはつまり、サイヤ人どもの反乱を鎮圧することが一向に出来ていない、ということである。部下の報告を待たずともそれを理解させる、分かり易い狼煙にもほどがあった。
懸念はあった。以前よりこうなるのではないか、という。
だがしかし、そうでありながら実際に起こるとは全く予想できていなかったというのが、ザーボンの偽らざる本音だった。
それだけフリーザは絶大な存在であり、対してサイヤ人の一団は弱小な勢力でしかなかったからだ。
それがあろうことか、現実に反乱を起こすことになろうとは。しかもさらに予想外は重なり、すぐに鎮圧できる筈の騒動は終息する気配がなく、逆に拡大する様子すらをも見せている。
投入している手駒には数多くの上級戦闘員もいたのだが、ことごとく返り討ちにされ、その勢いを僅かに減衰させることすら叶っていないのだ。
アベレージが5000にも満たない戦闘力の集団が、こうも抵抗するとは想像の埒外にも程がある。しかもその勢いは時間が経つごとに、さらなる加速の傾向すら示してもいる。
(こうなれば、もはや私とドドリアが出ていかければならないか!?)
成果の出ぬ無能な部下の醜態に、焦燥をにじませながらザーボンはその手を考える。
それは部下たちの命が次々と散っているがために駆られている義務感、などといったものではない。己の命惜しさのための、ただ保身のためがゆえの選択であった。
ちらりと、様子を窺う様にザーボンは忍びながら、視線を移す。
視線の先には自らの主であり絶対なる支配者である、フリーザが沈黙したまま背を向けている。フリーザはサイヤ人反乱の一報を聞いてからより、一切の反応を返すこともなく沈黙を続けていた。
その沈黙が、何よりも重いプレッシャーとなってザーボンへと降りかかる。ドドリアは両手にボトルを持ったまま、そのプレッシャーに打たれて固まったままだ。二人の側近の肌には、恐れゆえに浮かぶ幾つもの脂汗が張り付いている。
このままでは、無能な部下を粛正するより先に、自分たちの命が危ないやもしれぬ。フリーザがふと機嫌を損ない、その矛先を自分たちに向けようものならば、それだけでもう終わりなのである。
焦らざるをえないに決まっている。両者ともに甘んじて死を受け入れるほど、潔い心意気など持ってはいないのだから。
もはや、猶予はない。ザーボンは素早く決断する。
すでにサイヤ人の反乱を起こしてしまったという時点で、かなりのマイナスを被ってしまっていることは確実。
加えてその後の対応と結果の拙さ。責任を取るために、降格されるどころか処刑されてしまってもおかしくはない。自分がその立場ならばそうするであろうから、そこに疑う余地はない。
直接自身が赴き、この事態を招いた愚劣な猿どもを駆除せん。迫る危機感に後を押されることにより、ザーボンは行動を決定する。
そしてザーボンがドドリアへと声をかけようと、口を開きかけた。
丁度その時、一際大きい激震が船を揺らした。
ほんの少しだけよろめくものの、ザーボンもドドリアも体勢を崩すことなく立ち並ぶ。
「ザーボンさん」
「ッ………は、はい。なんでしょうか?」
心胆を奥底から冷やかす声が、ついに投げかけられた。ザーボンは怖気を身体に走らせながらも、言葉だけは平静を保つよう努めて返答する。
一体何事か? 心中穏やかならず、しかし絶望に包まれながらも僅かな希望を求め、ザーボンはただ黙り待つ。
だが、当の主であるフリーザはザーボンのそんな様子には一切気を止めることもなく、ただ視線を下に落としていた。
視線の先には、悠々と腰掛けているフリーザ自身の足があった。その足には液体の降りかかった痕。その正体はフリーザがその手に握っている、グラスの中のドリンクである。
先に揺れた際、震動で跳ねた水面からこぼれ出た中身が付着したものだ。
視線をその汚れた己の足に固定したまま、フリーザはザーボンへ言葉を続ける。
「そこの扉を開けてやりなさい。サイヤ人の皆さんを、ここまでご誘導するのです」
「よ、よろしいのですか?」
「ええ。少しばかり礼儀の足りないお猿さんたちには、私が直々に躾を付けてあげましょう」
「了解しました、ただちに取りかかります」
命令を聞き届け、ザーボンは自身の言葉の通り、迅速な行動へと取りかかる。通信回線を開き、部下たちへと通路の開閉及び撤退を指示する。
フリーザは腕を伸ばし、グラスを傾ける。残っていた中身が床へ無造作に放られ滴を散らし、そして中身の放られた空のグラスを急いでドドリアが回収し、持ったボトルごとダストシュートへ捨て去る。
ギチリと、フリーザの閉じられた口の奥から音が鳴る。無意識に込められた力に、奥歯を強く噛み締められた。
小さく呟かれたその言葉を、ザーボンとドドリアの二人が聞くことはなかった。
「………サイヤ人が」
「進め! 雑魚になど用はない。フリーザを探し出せ!!」
快進撃は続き、なおもベジータ王の攻勢は緩むことがなかった。
加速する勢いは疲れを知らず、そのまま勢いそれ自体が戦闘力に転化されているかのような様相を醸し出しながら、散発的に立ち塞がる兵どもを一切合財粉砕している。
障害などないに等しい。そう表しても問題がないほど、彼らは異常な戦闘力を示していた。
「む?」
今し方、また一人の愚かな上級戦闘員の首に腕を絡めへし折ったベジータ王が、空気の変化を察知する。
わらわらと無駄と分かりきっていながら現れていた戦闘員たちの姿が、急激に減っていたのだ。単純に数が尽きた訳ではないのだろう。その証に、今この場に駆け付けていた戦闘員等も合わせる撤退を始めている。
明らかに流れが変わっていた。その様子に、大きな方針の転換があったに違いないとベジータ王は確信する。
チャンスである。ベジータ王はその流れの変化を、そう判断し直感した。
今この時こそ、フリーザのその喉元に刃の切っ先を突き立てるとき。
今ある勢いを最大限生かし、チャンスも余すことなく見逃さぬことで初めて、それを成し遂げることが出来るのだ。フリーザという存在は、それだけ強大絶無である。
潮を引くように下がっていく戦闘員たちの姿を観察しながら、ベジータ王は腕を振り上げた。
「続け! フリーザの元まで一気に攻めるのだ!!」
ベジータ王が先陣を切り、それに遅れぬようと、ボルテージが高まったサイヤ人たちも追随する。
文字通りの障害のない行進に、あっという間に一団は行程を消化していく。勢いに乗った行動は論理的な選択を失わせ、先導者であるベジータ王は自然と開放されている道を選択し、追随している後方の皆も同じ道へと付き合い、疾走する。
進ませようとする道だけを開放し、それ以外の道を封鎖する。そういう至極単純な誘導であったが、しかし勝者としての雰囲気に支配されたベジータ王を初めとするサイヤ人たち一団は、だれ一人としてそのことには気付くことがなかった。
そうしてやがて、彼らは通路の終端へと辿り着いた。行き止まりではない。そこには扉が一つ、存在していた。
ベジータ王が乱雑に扉を破壊しようとした瞬間、その扉は勝手に開き始める。
そして、同時。
ベジータ王は思わずうめき、瞠目する。サイヤ人たちも皆、一瞬にしてその全神経を凍らせていた。
開放されできたその隙間から、言葉に出来ぬ非常に強烈なプレシャーが空気を伝わり、一瞬にして伝播される。
扉は機械的な自動動作によって開放され、そしてその奥に隠されていた者の姿を情緒なく曝け出す。
果たして、正体が明かされた。
その姿に、その威容に、ベジータ王は己の激情を以ってプレッシャーを圧し潰し、気合を溢れさせた。
「フリーザッ!!」
「やれやれ、困ったものですね。ベジータ王? このようなことを起こすなんて………おイタが過ぎますよ」
「ほざけッ! 貴様を倒し、全宇宙はこの俺が支配する! そう余裕でいられるのも今のうちだけだ!!」
普段搭乗しているマシンから降り立ち、泰然とした構えのまま両腕を腰の後ろで組むフリーザ。ザーボンとドドリアという取り巻きである二人もすぐ傍に仕えていたが、しかし場からは一歩引いた地点に立っており、本来後ろに控えているべきであるフリーザが前に出ていた。
その言葉一つを発する度に生み出される強大なプレッシャーを意に返すこともなく、ベジータ王はさらに強く戦意を燃焼させる。
流れは自分にある。その自負がベジータ王に引くことを覚えさせず、ひたむきな前進の意思を灯させていたのだ。
しかし………その自負は、もはや今この時ではベジータ王の勘違いでしかなかった。
余裕に満たされた態度のまま、白々しくフリーザが口を開く。
「ふふふふ、威勢はよろしいようですが………果たして、そう上手くいきますか? 貴方の部下たちは、すっかり怯えてしまっているじゃありませんか」
「なんだと!?」
ちらりとベジータ王の背後へ視線を移しながら、フリーザは紛れのない嘲笑の笑みを浮かべる。
言われて背後に首だけを振り返らせたベジータ王は、フリーザの偽りない言葉の様をその目で目撃した。
ベジータ王を除く、全てのエリートであるサイヤ人たち。40人にも及ぼうかという集団に属する強戦士、その全てが例外なく、萎縮していた。ただ相対しているだけで浴びせられるフリーザのプレッシャーに、猛っていた本能が凍結され神経はショックに麻痺し、そして心は畏れと恐怖に支配されていたのだ。
フリーザという存在。それと向き合うただそれだけで、全ての流れと勢いが失われたのである。
残されたのは負の雰囲気に取り込まれた、哀れな反抗者の一団だけ。その現実を否応なくベジータ王は理解することなった。
「さあ、どうします? まだこの私を倒すと、そのような戯言でもおっしゃりますか? 跪き許しを請った方がよろしいかと思いますよがね、私は」
最も、今更謝ったところで許す気などございませんが。フリーザはそう言葉を繋ぎ、ホホホと笑い声を上げる。
圧倒的なまでの格の違い。まさしく己一人の存在ただそれだけで全てを左右させる、埒外の頂点。
宇宙の帝王、フリーザ。天地の差が、彼の者の前にはそれだけの断絶が、ベジータ王に立ち塞がっていた。
拳が握り締められる。精神を圧迫する不可視の重圧を跳ね返すようにベジータ王は気合いを込め、全身の筋肉を盛り上がらせて叫びを上げた。
「舐めるなァーー!! フリーザァーーーッッ!!!」
床を蹴り砕くだけのパワーを込めて踏み込み、ベジータ王は突貫した。
纏わりつく負の雰囲気を気勢で否定し、即時決着を目指し、余力の残さない全力全霊を込めた一撃を拳一つに押し込める。
兵どもは役には立たない、それがどうした! ベジータ王はプレッシャーに押し潰され萎縮した部下たちを回想し、その一言で切って捨てる。
元より、戦闘員どもなど雑魚相手ならばともかく、フリーザ相手にたかがエリート程度の戦士で太刀打ちできるとは、ベジータ王は考えていなかった。
最初からフリーザの相手は、王であり最も戦闘力の高い自分がするつもりだったのだ。
連れてきた部下たちに期待していたのは、せいぜいが露払いとパワーブースター程度の役割ぐらいなもので、良くておまけ程度に盾や囮の役がこなせるものだろうと考えていたのである。
フリーザを倒せる者は、この俺を置いて他には存在せぬ。そう驕りと呼べる判断が、ベジータ王の裡にはあった。
ベジータ王の大いなる誤算、愚かなる過ちは三つ。
一つ、“根本的な地力、戦闘力の絶対的な欠如”。
確かにこのサイヤ人の集団の中で、ベジータ王の戦闘力は最も高い。しかし所詮それは五十歩百歩にしか過ぎず、いくら伝説の片鱗たる“サイヤパワー”の助けを得ようとも、到底そのパワーはフリーザに及びようがなかった。
真っ向から放たれた、ベジータ王“生涯最高”の拳撃。
フリーザはやれやれといった仕草で目を少しだけ伏せる。そしてほんの少しだけ頭を傾けるだけで、あっさりとその“生涯最高である筈の”拳撃は頭のすぐ隣を通り過ぎた。
二つ、“サイヤパワーの欠如”。
フリーザと相対し、放たれたプレッシャーにサイヤ人たちが皆呑み込まれたその時、すでにベジータ王の身体に沸き上がっていたサイヤパワーは消失していたのだ。
サイヤパワーは戦意というガソリンを燃料に喚起され、そして同族たるサイヤ人たち複数の存在を以って増幅。この二つの相乗効果があって初めて、ようやく表へと極小に顕現される力なのである。
いくらベジータ王が一人憤り、その場に多くのサイヤ人たちが居合わせようとも、皆がその闘争本能を活性させてなくては意味がない。
この時、もうベジータ王にサイヤパワーによるパワーブースター効果は、発揮されていなかったのだ。
ベジータ王が突き付けられた結果に目を剥く中、にやりと嘲笑を当てつける様にフリーザが浮かべる。
驚愕しながらも舌打ちをし、咄嗟に距離を取ろうと上体を引く。まるで周囲の空気がコールタールになったかのような、言葉にし難いもどかしさを感じながらの行動。
しかしそんなことは関係ないと言わんばかりに、フリーザはついと、軽快に且つ自然な動作ですぐ近くの懐付近まで近付いた。
すぐ真上にある、動けず必死な表情のまま固まっているベジータ王の顔を、フリーザは見上げた。
―――嗤う。
最後の三つ、“フリーザの戦闘力の絶望的なまでの見積もり違い”。
ベジータ王はフリーザの戦闘力を噂と評判、そして自らの見解を元に10万以上であり、おそらく15万前後だと推定し断定していた。
そしてそれだけの数値であると断定し圧倒的な差だと認識しながら、しかしサイヤパワーによる後押しさえあれば、自身の力によって太刀打ちできると判断していたのだ。自信の戦闘力とは10倍以上の開きがあったが、それでも手の届く内に入ると思っていたのである。
この思考自体に間違いはない。サイヤパワーの助力があれば、確かにベジータ王は10倍以上の戦闘力の開きがあったにもかかわらず、対象と渡り合うことが出来ていただろう。
だが、実際にこの時この場面で、仮にベジータ王がサイヤパワーの助力を得ていたとしても、フリーザを打倒することは出来なかったことは間違いない。
何故か? 答えはシンプル。
フリーザの戦闘力は、たかが15万程度などというちっぽけなものではなく、53万という規格外なる数値だったからである。
フリーザはベジータ王のように、派手に踏み込むことも叫びを上げることもしなかった。
ただ軽く手を拳の形に整えたかと思うと、少しばかりのパワーをその手に込めて打ち上げただけ……ただそれだけである。
その拳は呆気なくベジータ王のその顎へと届き、ベジータ王は必死な表情のままに顎先を撃ち抜かれて顔全体を跳ね上げる。そしてそのまま身体全体は付加された運動エネルギーに従って宙に浮き、少しだけ飛行したかと思うと床へと着陸。
ぷらぷらと殴り飛ばした拳の方の手を振り、フリーザは視線を仰向けのまま倒れ伏したベジータ王へと向ける。
ベジータ王は動かない。目は白目を向けたまま閉じず、口や鼻など随所から止まることなく出血している。
たった一発の拳だけで、ベジータ王は絶命していた。
つまらない幕切れだった。
大望を抱き、虎視耽々と隙を窺い計画を用意してきた、サイヤ人社会に大いなる変革を与えた稀代の指導者の、あまりにも惨めな最期である。
フリーザの足元まで、ころころとベジータ王が下げていたペンダントが転がり倒れる。王を示すそのペンダントの姿もまた、王の末路を語っているようですらあった。
その姿を、その亡骸を目にすることで、ようやく金縛り状態から解き放たれた数人のサイヤ人たちが現れ、一団の中から駆け始める。
「べ、ベジータ王!」
「王!?」
ベジータ王の傍に集まるサイヤ人たちの姿を、フリーザはつまらなさそうな目で見ていた。
足元に転がり落ちているペンダントに足を踏み下ろし、極めて無造作な所作で粉砕する。
「あなたたちは、王が倒されたというのに仇を討ちたくないのですか?」
「っく……うう!」
「く、くそッ」
フリーザの挑発的な言動が投げかけられるが、しかし歯ぎしりしうなり声を上げるものはいても、フリーザ自身に対して向かって来る者は一人もいなかった。
完全にプレッシャーに呑み込まれ、すでに精神が根本から折れていたのだ。
身体の奥から沸き上がる怖気を前に、サイヤ人たちは進むことも退くことも、そのどちらの一歩すら踏み出すことが出来ずにいた。
「ふぅ、つまらないですね………戦闘民族などという看板は、どうやらお猿さんたちには過ぎた言葉だった、ということですか」
目を閉じそう言葉を繰りながら、フリーザは身に付けていたスカウターを取り外し、頭を軽く二・三回回転させる。
そして閉じていた目を開き、その視界に相対するサイヤ人たちの一団。その全てを余すことなく捉える。
切り捨てる様に命じた。
「消えなさい」
フリーザのその双眸から、莫大なるエネルギー波が放たれた。
器用にコントロールされたそのエネルギー波は丁寧に上下の幅を取り、床と天井を破壊することなく空間を占有しながら直進する。
初めにベジータ王の亡骸が。次にベジータ王の近くまで駆け寄っていたサイヤ人たちが消し飛ばされる。
悲鳴の迸りもかまわず打ち消し呑み込みながらエネルギー波はさらに直進し、小さな通路への扉を食い破る様に破壊するとその先まで矛先を伸ばす。未だ棒立ちのままに固まっていたサイヤ人たちの一団も、逃れる暇は与えられることなく消し飛ばされた。
激震。そして巻き上げられた煙が晴れると、そこにももう、何も残ってはいなかった。
外したスカウターをそのままにして、フリーザはもはや壊れた扉だけしか痕跡のない現場に背を向ける。
最後まで後ろで傍観していたザーボンが動き、言葉を述べる。
「お疲れ様です、フリーザ様」
「いえいえ、なんてこともない些事でしたよ。ちょっと運動しようと思っていたのですが、あれではウォーミングアップにもなりませんでしたからね」
「いやぁ、さすがはフリーザ様。サイヤ人なんかとは格が違いますぜ」
賛辞の声を送りながらも、二人の側近は久方ぶりに間近で見た恐ろしいまでの超パワーの一片に、心中を激しく震わせていた。表にもその震えは、微妙に乾いた声となって伝わり出る。
フリーザはその側近の様子に気が付いているのか否か、マシンの傍にまで近付くと、さてと呟いた。
「ザーボンさん、ドドリアさん。いいことを思い付きましたよ」
「へ?」
「なんでしょうか?」
唐突な申し出に、二人揃って疑問の声を上げる。
フリーザは愉悦に満ちた表情で、愉しそうに言葉を続ける。
「ベジータ王の行いのおかげで、せっかくの今回の催しが潰れてしまいましたからね。代わりと言っては何ですが、綺麗で大きな花火でも見ることにしましょう。この宇宙で、とびっきりに綺麗な花火をね」
「花火……ですか?」
「ええ、そうです。ですがその前に、お二人にはやってもらわなくてはいけないことがあるんです。お願いいたしますよ? フフフ、ホホホホホホ!」
理解に及ばない様子の二人を眺めながら、あえて具体的な内容を口には出さないフリーザ。
ただただ、愉しそうに。一人フリーザは笑い声を上げ続けていた。
なんてことはないただの笑い声であるそれは、しかし聞く者に異様な感覚を抱かせる、不気味な音色に聞こえていた。
ピーと、音が響いた。完了を意味する、治療ポッドのアラームである。
音に気が付いたメディカルルーム常駐のテクノロジストが機器に近付き、コンソールを操作する。
溶液が排出されて、乾燥のための送風がポッド内に吹き荒れる。検査用の端子と呼吸器も外され、そして溶液の全排出が確認されると同時、カバーも開放された。
外気が中へと侵入し、肌に触れる空気を久しい感じさせた。
「大丈夫か、バーダック」
「……ああ」
パチリと、バーダックの瞼が開けられた。
のっそりとした動作で、しかし不調は一切垣間見せずにポッドの中から全裸のまま、特に羞恥を感じる様子もなく出てくる。
「まだ頭がふらふらするけどな………」
何かしらの違和感を感じながら頭に手をやり、変な夢を見ちまったぜと独りごちる。
ふと、ポッドの中に目をやった一人のテクノロジストが、気が付いたことに首を傾けながらバーダックに伝える。
「あれ、おいバーダック! お前シッポが取れてるぞ?」
「なんだと?」
置かれていた戦闘服を片手に掴んだまま、バーダックは振り返ってポッドの中を見てみる。
そこにはテクノロジストの言った通り、サイヤ人の特徴である尾が一本、千切れて存在していた。自身の腰を見てみると、確かにそこにはあるべき筈の尾がない。
違和感の正体に合点がいき、バーダックは納得した。そしてそれだけでもう注意を外し、特に文句を付けることもなく着替え始める。
「別にどうでもいいぜ。どうせ放っておけば勝手に生えてくる」
「本当に大丈夫か?」
ふと一抹の心配を覚えたのか、初老のテクノロジストがバーダックへ尋ねる。
ダメージを受けた場所が場所である。いくらデータ上は回復したと言えど、如何なる後遺症が発生するか分かったものではない。
妙な夢、尾の切断。ここまで不自然な事象が重なれば、無用な心配と切って捨てるにも不安がある。
しかしバーダックはその心配に対し、鼻で笑って返事を返してやった。
「ふん。てめらとはデキが違うんだよ、デキが。それより、トーマたちはどうした?」
「フリーザ様のご命令で、惑星ミートに出掛けて行る」
「なにぃ!」
アンダースーツにシューズ、バトルジャケット。順々に身に付け最後にリストバンドをぱちんと整えたところで、バーダックは声を若干荒げる。
舌打ちしながら、しかし憎む訳ではなく、まるで先に競争のスタートを切られたかのような、そんな純粋な対抗心が沸き出ている。
「っちきしょう、俺を仲間外れにしやがって。惑星ミートか、すぐ近くだな。よおしッ」
「おい、バーダック!」
テクノロジストの抑止の声に僅かにも頓着せず、スカウターを付けるや否や、即座にバーダックはメディカルルームを走り出て行った。
その後ろ姿を残ったテクノロジストたちが、仕方がないといった諦観の表情で見送っているのであった。
すでに戦意に満たされた状態のまま、バーダックは通路をひた走る。
先程まで治療ポッドの中で治療中だった身分なのにもかかわらず、一切本人は気にしている様子はない。意識はもう次なる戦いの舞台へと移り、心はその戦いへの期待に満ち溢れている。
それこそがバーダックが、サイヤ人の中でも最もサイヤ人らしいと評される理由の姿であった。
「……ん?」
通路を疾走していたバーダックは、ふと耳に届く音に気が付く。
それは赤子の泣き声だった。通路の途中、ガラス張りとなっていて保育室の様子を伺えるブロックが見えてくる。
本来ならばそのまま通り過ぎていくそのブロックを、バーダックは思わず足を止めてしまっていた。
それは耳に届く赤子の泣き声が、なぜか妙に、バーダックの記憶を、心を刺激してたからだ。なぜそうまで己の心をこの泣き声が刺激するか、バーダック自身にもさっぱり分かり得ぬかったが。
保育室に並んでいる幾つもの保育器。今のところ、その保育器を使っている赤子は一人だけだった。その赤子はサイヤ人であることを示す尾を生やして、大声で泣き叫んでいる。
バーダックが、特に感慨耽ることもなく赤子を視界に入れる。
―――その未来の姿を見て、精々苦しむがいい。ふふふ………はーはははははははッッ!!
バーダックの脳裏に、唐突にイメージが差し込まれた。
大地の内から発せられる光。地を砕き、星を破壊するほどの強烈なエネルギーの炸裂。
消えているのは、どこの星か? 誰が星を消しているのか?
星の上に、眩いばかりの閃光を身に纏った人間が存在している。全身から金色の光を放つ、強大な戦闘力を漂わせる人間。
―――誰だ? お前は誰だ!?
バーダックの疑問に、答えが与えられる暇はない。
光が、全てを呑み込んだ。
「っぐ………っはぁ!?」
額を手で抑えて、よろめきうめく。
不意打ちに浴びせられた強烈なイメージが、バーダックの心を焼いていた。
少しばかりの時間を置いて落ち着き、不愉快なままにその余韻を振り払う。
そして苛立ったまま開いた視覚に、今度は保育器に書かれた赤子の名前が飛び込んできていた。
「カ……カ……ロッ、ト?」
それは先日生まれたという、自身の第二子の子供の名だった。
なにか奇妙な感覚を、まるでなにか重要な事実を忘れているような喪失感を、バーダックはその名を読み取った時に感じていた。
しかしその正体は、結局分からぬまま。どうしようもない苛立ちだけがただ降り積もり、そして気を紛らわせるための行動として、バーダックはスカウターのスイッチを付けた。
スカウターが起動し、目の前の脆弱な存在をターゲットに捉える。結果はすぐに表示された。
戦闘力、2。生まれたばかりの赤子、それも最下級戦士である。真っ当な数値だった。
元々特別に期待していた訳ではないが、なんにしろその結果はバーダックの苛立ちを、さらに募らせるだけの効果しか発揮しなかった。
もうここにいる必要もない。自分を刺激していたもの正体は結局分からないままであったが、ここに居続けたところで分かる訳でもないのだ。バーダックはそう結論付ける。
これ以上の長居は、ただ苛立ちを溜め込むだけだ。
「っち。戦闘力、たったの2か」
身を翻し、保育室に背を向ける。
心底自分が思った気分を、そのまま言葉に変えて吐き捨てて、バーダックはその場を走り去った。
「クズがッ!!」
後には、泣き疲れて、眠りに落ちた赤子だけが一人、残された。
赤子は眠り続ける。周りの流れも、己の後の運命にも気付くことなく。
自信の周りで蠢く激動の流れに、全くかかわることなく、赤子は眠り続けるのであった。
―――あとがき。
やっとこさ更新です。一ヶ月空きました更新です。すみませんでした更新です。
感想くださった皆様ありがとう。見捨てないでくれた皆様ありがとう。作者は元気に時間が欲しいと願っております。
主人公一切出ていません話。でも別に主人公が出てくる必要はないよねストーリー。ぶっちゃけこれからもそんな話ばっかりだよストーリー。
次回の更新も頑張るけど遅れる可能性は大ですごめんなさい。定期更新は素晴らしいよアミーゴ。
感想と批評待ってマース。