□三人の魔女その3~わたしのかんがえたかっこいいるいずさま~□
科学という概念の存在しないハルケギニアだが、意外とその建築技術のレベルは高い。
それは、建築を専門とする貴族の家が何百年もその『錬金』を初めとした魔法の技術を代々伝え発展させてきたからだ。
魔法はある分野では科学に匹敵し、凌駕する。才人はルイズ達に案内された教室を見てそう解釈した。
石造りの階段教室。大学の講義室にも似た傾斜のある教室。その床は魔法を利用して作られていた。
つなぎ目の全くない、石の床。才人がそれに気づくことが出来たのは、昨夜から刺激され続け活性化している好奇心によるものだった。普段なら教室の造りなど気にすることもなく、周りを埋め尽くす魔獣達に腰を抜かしていたところだろう。
階段の一番下、教卓の後ろには地球のものと似た黒板がすえつけられていた。
――黒板とかチョークって中世時代にはなさそうな物だよなぁ。緑色の黒板は目の健康のためのはずだからそれも考えられているってことかな。
魔法があるだけで文明レベルは地球のはるか下。そう思っていた才人は考えを改めた。
ここの世界は『科学』の代わりに『魔法』があるだけで、ゲームに出てくるような中世時代をベースにしたファンタジー世界ではないのかもしれない。
そんなことを考えながら才人はルイズの後ろに付いて階段を下りていく。
足を一歩踏み出すたび、教室のどこからか忍び笑いの声がくすくすと聞こえてきた。
どうも自分は注目されているようだ。
――そういえば昨日、最初は平民として馬鹿にされるけど気にしないでくれとか言われたなぁ。
すぐにそんなことは言われなくなるから、ともルイズは言っていたが。
例のヴァリエール家の客人扱いというのでどうにかしてくれるのだろう。
才人は笑い声を意識の外に追いやり、ルイズに連れられるままに椅子に座った。
横に何人も座れる長椅子と長机。こちらは木製だ。石の上に長時間座るのは流石に尻が痛かろう。
周りを見渡しながら座った才人に、横から声がかかった。
「はぁーい、サイト。今日からよろしくね」
そこにはキュルケが居た。さらにその奥にはタバサも居た。
「何だ、お前達一緒の席なのか」
「この前二年生になって、ルイズが一番前の机が良いってごねたの。それでわたし達もここに。どうも学院はわたし達を三人で一セットだと思っているみたいねぇ」
その言葉を聞いて、才人はふと疑問に思った
「あれ、二年になったばかりなのか。使い魔召喚できないと留年とか言っていたからあれが進級試験なのかと思っていたけど」
「筆記に合格して二年に進級、でも使い魔の儀式に失敗すると一年生に逆戻りよ」
キュルケとのやりとりを横目で見ていたルイズが割って入りそう説明した。
「進級できるようなメイジなら『サモン・サーヴァント』程度の魔法を失敗するなんてありえないの。だから逆戻りの話は本来なら進級して気持ちが浮ついた生徒の気を引き締めるための建前なの。本来なら、ね」
「ルイズ、すごい教師達に食い下がっていたものねぇ。常に筆記で一位を取るから使い魔は免除してくれ! だなんて」
「この世界も学生は大変なんだなぁ」
そんな安直な感想を述べた才人は、後ろを振り向き教室を見渡した。
二年生は皆使い魔を召喚している。つまり、この教室には様々なファンタジー生物にあふれているのだ。
「あれはバジリスク?」
六本足のトカゲを指さして才人は言った。
「ええ、そうよ。チキュウにはいるの?」
「いや、サラマンダーと同じで空想上のモンスターだ」
「生き物の違いも今度詳しく聞きたいわね。チキュウにしかいない生き物とかも知りたいし」
教室の風景に喜ぶ才人に、地球の生き物に思いを馳せるルイズ。
何だかんだで似たもの主従なんじゃないかとキュルケは思った。
「あの目玉のお化けは? 確かゲーム……物語の中じゃアーリマンって名前だったけど」
「バグベアーね」
「あの蛸人魚は? あれも物語の中に出てきたスービエに似てる」
「スキュアよ」
「はー、ファンタジーだなー。すげー」
「チキュウにいないはずの生き物が空想上の生物として存在しているという話の方がわたしとしてはすごく感じるわ」
「それも含めての並行世界なんじゃないか」
一通り教室内を見渡した才人はそういえば、と横に振り向いた。
「えっと、タバサ……の使い魔はどんなのなんだ?」
一人本を覗きこんでいたタバサは、首を動かすことなく目のみを才人の方へ向けて答えた。
「外。大きくて入れない」
ちなみにタバサは手に持った本の内容にはずっと目を通していなかった。
大切な二人との友達の輪。そこに急に割り込んできた使い魔の男の子に警戒して耳をそばだてていたのだ。
「あなたは……」
タバサは本を閉じると、ゆっくりと才人の方へと顔を向けた。
「外の国の人?」
見慣れない服。そして先ほどからのルイズ達との会話。
どうも遠くの国からやってきた使い魔らしい。
「それも含めて後でまとめて説明するわよ」
ルイズのその言葉を聞いて、タバサは悲しくなった。キュルケは事情を知っている様子だ。自分だけ仲間はずれにされてしまった。そう感じたのだ。
そんなタバサの微弱な感情の動きを感じ取ったキュルケは、両腕でタバサの小さな体を抱え込んだ。
「大丈夫よー。もータバサかわいー」
「はいはい、先生来たわよ」
ルイズはペンの先で机を強く叩いて二人へ呼びかける。
美少女二人の抱擁をこっそり見守っていた才人と教室内の男達は、その音を聞いて反射的に前へと向き直った。
「皆さん。春の使い魔召喚は、大成功のようですわね」
本日の一限目の授業を担当する教師、ミセス・シュヴルーズは教室全体を見渡しながら喜びの混じる声で話し始めた。
「このシュヴルーズ、こうやって春の新学期に、様々な使い魔たちを見るのがとても楽しみなのですよ」
シュヴルーズはやや小太りな中年の女性教師。
この学院で教鞭を振るい初めてそれなりの月日が経つ。
「おやおや。変わった使い魔を召喚したものですね。ミス・ヴァリエール」
一通り教室内を見終わったシュヴルーズは、目の前の席に座る見慣れぬ少年を見てそう言った。
シュヴルーズのその声に、教室中がざわめきに包まれる。
「ルイズ! 召喚できないからって、いくらなんでもその辺歩いていた平民をさらってくることないだろう!」
誰かがルイズに向けてそう叫んだ。
冗談のつもりで放った言葉、だが、言った本人はそれが本当のことなのではないかと考えが変わっていき、思わず身震いをしてしまった。
ちなみにこの言葉を放ったのは、かの少年『風上』のマリコルヌではなかった。マリコルヌはルイズの愛の奴隷を自称しており、むしろ才人に使い魔の座を交代して欲しいと願うほどの男であった。
「魔女のルイズ! 平民だからって何をしてもいいわけじゃないのよ!」
「用が済んだら釜の中にでも放り込むつもりか!」
なんだこれは。才人は教室に渦巻く空気に困惑した。
いじめの類ではない。確かに笑いを含む声も聞こえてくるが、何かが違う。皆どこか一歩引いて遠くから罵声を投げかけている。才人はこの状況をそのように感じた。
才人は隣に座るルイズの表情を覗きこむ。
するとどうだろう、これほど罵倒されているというのに、ルイズは何も気にしていないというような涼しげな顔をしていた。
その表情のまま、ルイズは音もなくゆっくりと立ち上がった。
そして後ろへと振り返り、教室の生徒達を右から左へ流し見た。
ルイズが再び前へと振り返ると、いつのまにか教室内は沈黙に満たされていた。
「ミセス・シュヴルーズ。このままでは騒がしくて授業にならないでしょう。ですから、わたしに自らの使い魔を皆に紹介する機会をくださりませんこと?」
ルイズは優雅な仕草で目の前の教師にそう問いを投げかけた。
「そうですね。珍しい使い魔のようですし私も興味がありますわ。ですが手短にお願いしますね。すぐに授業を始めますので」
シュヴルーズの了承を得、ルイズは才人の手を取り立ち上がらせた。
そして才人の手を握ったまま黒板の前へと歩いていき、生徒達の方を向くと才人の手を離す。
教室中の全ての視線がルイズと才人へと集中していた。
才人は思わず、小学生のように背筋を伸ばして『気を付け』をしてしまう。
一方のルイズは優雅な仕草を崩さぬまま、ゆっくりと語り始めた。
「初めに申し上げます。わたしの使い魔は平民ではございません」
それはまるで演説するかのように透き通り、はるか遠くまで響き渡りそうな凛とした声だった。
「家名をヒラガ。名をサイト。ハルケギニアより遙か遠く、始祖ブリミルの加護すら届かぬ遠い遠い国、ニッポンよりお越しいただいた賢人でございます」
賢人? なんだそれ。思わずサイトは吹き出しそうになった。
自分はただの学生だぞ。学校の成績だって中の中だ。彼女いない歴十七年だが、三十路の賢者になった覚えはない。
「彼の国には魔法はなく、よって貴族と平民の違いも存在しません。魔法が無いなど原人の国だ、などと思う方もいるかもしれませんが、それは違います。彼の国では魔法以外の全技術を極めた『カガク』という学問が万民に広がっていると伺いました。賢人の『カガク』は必ず、トリステインにさらなる発展をもたらせてくれることでしょう」
カガクはきっと自分の知識欲を満たしてくれることでしょう、の間違いだろうと悪友の演説を聞きながらキュルケは苦笑した。
だが賢人というのはその通りだ。昨夜聞いた電気の話など、ハルケギニアの誰も知らぬ超技術であろう。
「わたしは、この異国よりお越しいただいた賢人をヴァリエール家の客人として正式に迎えさせていただきます。皆様も異国の賢人を歓迎していただけると嬉しく思いますわ」
ルイズは優雅に一礼すると、才人に目配せをして自席へ歩いて戻っていく。
才人は一言「よろしくお願いします!」と転校生のように挨拶の言葉を述べるとルイズの後を追って着席する。
彼らに罵倒の声を向ける者は、もはや誰もいなかった。
―
ぼくらのルイズ様は原作では完全なるツンデレラブコメ要員とされており、その活躍の場はほぼすべて才人の手によって塞がれている。
だがルイズ様は気高き貴族の精神を宿しており、逆境にも折れない勇者の心をその小さな胸(CV:釘宮理恵)に秘めている。
だからぼくらは才人を消してルイズ様を最高の主人公にするのだ。
一方Leniはルイズを魔改造して変人主人公にした。
これで才人を残せる! そう喜んだが、そこには原作のルイズの姿はなかった。
目的と手段がいつの間にか入れ替わってしまっていた。