□三人の魔女その2~わたしのかんがえたかっこいいるいずさま~□
タバサはルイズの親友である。
少なくともルイズはそう思っており、タバサとの関係を聞かれたときにも大切な親友だと答えている。
二人が初めて知り合ったのは、学院に入学したばかりのこと。
他の生徒達が少しでも良い家柄の貴族の子女にお近づきになろうと奮闘している中、タバサは一人学院の図書館で本を読んでいた。
物静かなタバサ。読書は唯一の趣味だった。
彼女が魔法の修練を欠かさないのは、いつかその力が必要となる日が来るであろうから。そこに楽しみや喜びなど皆無だった。
一方、読書はそんなものとは違い、ただ楽しむためだけに行っていた。
様々な分野の書物の中でもタバサは特に、平民の女性が好んで読むような恋物語を選んで読んでいた。
何の取り柄もない平凡な女の子。それが、容姿端麗で頭脳明晰な貴族の男子に見初められ身分の違いで心を痛める。そんな話が平民の間では人気があった。
タバサがこのような物語を好んでいたのは、自分を不幸な境遇から救い出してくる自分だけの勇者が現れないかという願望が心の奥底にあったからなのだが、その恥ずかしい妄想を他人に話すことは一度もなかった。
ガリアの屋敷にある小説は全て読み切ってしまったタバサだったが、異国の魔法学院ならば自分の知らない本が山ほどある。
タバサはそう思い、友人を作ることなど全く考えずに図書館に真っ先に入り込んだのだ。
誰もいない本の庭で、タバサは一人優雅に本を読みふけっていた。
一人だけの、わたしだけの時間。
だが、そんなタバサに横からかかる声があった。
「レビテーションの魔法をお借りしてもよろしくて? 本を取っていただきたいの」
話しかけてきたのは自分と同じ魔法学院の生徒のようだった。
自分の領域へ踏み込んできた邪魔者にタバサはわずかに機嫌を悪くして、そんなの自分でやって欲しい、と小さく答えた。
だが。
「申し訳ないけど、わたしレビテーションも使えないの。落ちこぼれというやつね」
目の前の金髪の少女は、そう言いつつもどこか誇らしげに立っていた。
何となく、祖国の従姉のことを思い出した。彼女もよく魔法を失敗する落ちこぼれだった。
使えないならば仕方がない、とタバサは金髪の少女、ルイズの頼みを聞くことにした。
この図書館は魔法を使うことを前途とした構造になっている。棚の高さは何と三十メイル。棚から本が落下して下に人がいた日には、軽傷では済まされないだろう。
レビテーションが使えないなら手の届く範囲の本しか読むことが出来ないだろう。だが、メイジ専用の図書館というものは、平民のこそ泥に貴重な本を盗まれないように高いところに置くのが通例だ。ルイズもその高いところにある貴重な本を読みたいのだろう。
どの本を取ればいいのか、そう訊ねたタバサにルイズはさらりと答えた。
「あの棚のあの段の端から端まで。あ、その下の段もお願いするわ」
あまりにも突飛な注文に驚くタバサだが、ルイズの顔は自分を馬鹿にするような冗談を言う表情ではない。
――この人はわたしと同じ本の虫だ。
そうタバサは確信した。
その日からルイズとタバサは図書館の同じ机で一緒に読書をするようになった。
自らは声を発しようとしないタバサに、ルイズは本を読みながら次々と話しかけた。
無視しようかとも思ったタバサだが、ルイズの会話はどれも貴族達が酒の席でするようなどうでも良い話ではなく、読書家として興味のそそられる話題ばかりだった。
遠い異国に置き去りにされた犬の使い魔が国境をいくつも越えて主人の元へ帰ろうとする話。
ガリア、アルビオン、トリステインの三国が争った戦争の采配の逸話に関する非現実性の指摘。
亜人と人間が友好関係を結ぶ物語は現実世界で実現可能かという考察。
普段本を読み様々なことを頭の中で考えていたタバサは、ついついルイズの話題に乗ってしまった。
そのようにして毎日のように会話を交わし、少しずつだがタバサはルイズに心を開くようになっていった。
そして次第に、タバサからも本に関する話をするようになった。
二月も経った頃、二人は図書館以外でも会話を交わす仲になっていた。
仲を深めた二人は本にも関係のない普通の友人らしい会話もするようになる。
時には、本を数分で読み終わるルイズの速読が汚いとタバサが文句を付けて、喧嘩になったこともあった。
やがてそんな二人の中に、ルイズの悪友を自称するキュルケが加わることになる。
キュルケは二人ほど読書が好きではなかったが、その代わりに図書館や自室に籠もろうとするタバサを様々な場所へと連れ出した。タバサの隠れた特技、サイコロ博打が猛威を振るいだしたのもキュルケが裏町に連れ出し始めてからである。
キュルケの奔放さとルイズの唯我独尊な行動力。
その性質が引き起こす様々な問題に、傍らにいたタバサも否応なしに巻き込まれることになった。
読書家のくせに常識が欠けているのではないかと疑いたくなるルイズの起こす問題に、タバサは何とか状況を沈めようと無言で奔走する。
「貴女がいないとルイズはどこかに飛んで言っちゃうわね」
そんなことをキュルケに笑いながら言われたりした。
ルイズは本に興味があるわけではなく知識に興味があるのだ。そう知っても最早ルイズとは切っても切れない仲になってしまっていた。
知識の魔獣。貪欲な賢者。そんなルイズが「タバサそのもの」に興味を持つことは当然のことだったのだ。そうタバサは今になって考える。
入学時点で風のトライアングルの留学生。それでいて家名は不明。そもそも「タバサ」などどう聞いても偽名だ。
そして、しばしば不意に学院から姿を消すタバサ。騎士としての任務のためだったのだが、毎日のように顔を合わせていたルイズにとってはさぞや不可解に思われたことだろう。
興味の矛先をタバサに向けたルイズは、行動を開始する。
生徒に誰もタバサの正体を知るものがいないと聞き込みを終えたルイズは、次に教師陣に手を伸ばした。
教師達、特に学院の重鎮ならばタバサの正体を必ず知っているはずだ。そうルイズは確信していた。
何せここはトリステイン王国の由緒ある魔法学院。国内外の貴族の子女達が集まる学びや。身元不明のメイジなどが留学できるような場所ではない。
そして、ルイズは知った。タバサの正体は、ガリアの王族に関係の深いオルレアン家の長女。シャルロット・エレーヌ・オルレアンだと。
当然のことながら、ルイズはガリアで起きた王を巡る騒動を知っていた。
これ以上タバサについて深く調べるのは外交問題になりかねない。ルイズもトリステインの王家に関わりの深いヴァリエール家の三女なのだ。
しかし、ルイズは躊躇することなくその領域へと踏み込んだ。
タバサの父、オルレアン公シャルルはその兄ジョセフ一世に暗殺されたとのもっぱらの噂。
そしてタバサの母、オルレアン公爵夫人についての情報を秘密裏に得て、ルイズの知識欲は爆発した。
「エルフの毒っ!? エルフの先住魔法ですって!?」
賢者であるルイズは、ハルケギニアに点在する先住魔法についても造詣が深かった。この六千年でエルフの先住魔法について研究された書物も数多く存在する。
しかし、ルイズはエルフの魔法というのを実際に目にしたことはなかった。
何せ、エルフは遠い聖域の地にて何千年も引きこもっている。それを引っ張り出すためには、ハルケギニア中の軍事力を片っ端から集めてようやくだ。
ルイズは興奮冷めやらぬまま、図書館のタバサの元へと走っていった。
「貴女の母親を助ける心当たりがあるわ。協力しなさい」
タバサはただただ驚いた。何故ルイズが自分の母のことを知っているのか。
最近ルイズがあちこちを探り歩いているのは知っていたが、それはいつもの風景でありまさか自分のことを調べられているなど想像もしていなかった。
心の奥底に踏み込まれて拒絶しそうになるタバサだったが、助ける心当たりがあると聞いて踏みとどまった。
タバサを味方に付けたルイズはさらなる行動を開始した。
まず、ルイズは個人的な知り合いであるジュール・ド・モット伯爵に連絡を取った。
トリステインの王宮に関わりの深い人物であり、外交にも強い。そこからガリア国内のオルレアン派と渡りを付けた。
そして次に、ヴァリエール家の仇敵であるはずのフォン・ツェルプストーとキュルケを間に置いて交渉を行った。
ルイズの取った策は大胆だった。
オルレアン派の協力を得、オルレアン公爵夫人の影武者を用意する。そして夫人本人はツェルプストーの用意したゲルマニアの秘密屋敷に隠す。全て内密のこと。ゲルマニアに連れて行ったのは、ガリアとの地理的な関わり合いのためだ。ゲルマニアは広く、聖域に近い奥地ならばガリアの密偵の手もそう簡単には及ばない。
かくして、オルレアン公爵夫人誘拐作戦は成功に終わった。
こんなことをして大丈夫なのか。
そう訊ねるタバサに、既に学院の皆から魔女と呼ばれていた少女はただ笑って言った。
「ばれなければいいのよ」
タバサはこの言葉を聞いた時点で、目の前の桃色の魔女について深く考えるのをやめた。
何のために自分が今まで偽名を使っていたというのか。もうどうとでもなってしまえ。
そして、どうとでもなってしまった。悪い方にではなく、良い方にだ。
魔女であり賢者でもあるルイズの知識は、先住魔法に蝕まれた夫人の心を少しずつ元に戻していった。
治療開始から半年が経過し冬が終わろうとしていたころには、夫人はつたない文字ながらもタバサに手紙をツェルプストー家経由で送る程まで回復していた。
タバサは不幸な自分の境遇を救ってくれる勇者がいつか現れて、自分の肩を抱いてくれる。そう夢に見続けていた。
勇者は現れなかった。
だが、タバサの傍らには魔女が居て、肩ではなくその手を握り空の下へと連れ出していったのだった。
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作者が好きなゼロ魔SSは「ゼロのガンパレード」「エデンの林檎」「虚無の魔術師と黒蟻の使い魔」「ゼロと聖石」です。