□風雲ニューカッスル城その12~わたしのかんがえたかっこいいるいずさま~□
杖と剣が交差する。
魔法衛士隊の制服に身を包みわずかばかりルイズの魔法ですすに汚れたワルド。
服の至る所を切り刻まれ全身の裂傷で血を滲ませる才人。
二合ばかり打ち合った後、ワルドはわずかに後ろへと下がる。
そして雷光のような突きを連続で放った。
才人はそれをガンダールヴの超感覚を駆使して左手の剣で捌き、剣を振るったワルドの隙を狙うように右手の長剣を振るった。
ワルドはさらに後ろへと下がることでそれを回避した。
それはワルドがルイズとの戦いでは取らなかった距離だ。
才人は主を守るようにルイズの前に立ちふさがり、ワルドからルイズを隠していた。
それがワルドにとって有利に働いた。才人が邪魔になってルイズは魔法を使えないのだ。さらに、使い魔を捨て駒として扱わない限り才人を巻き込むのを恐れ容易に魔法を放つことも出来ないだろう。
ワルドは才人の長剣の射程外でルーンを唱えると、『エア・ニードル』を杖に纏わせ踏み込み暴風のような突きを放った。
だがそれは、才人の左手の剣に阻まれる。剣もろとも破壊しようと放たれた針の魔法はいとも簡単に受け止められ、カウンターとでも言うべきタイミングで長剣がワルドを襲った。
すぐさま杖を引いてワルドは剣閃を防いだ。
「おのれ蛮人め……先の決闘では力を隠しておったか」
「ルイズから見たらお前なんてただの道化なんだよ」
言いながら才人は剣を振るった。
型の完成していない未熟な剣筋。だがそこに込められた力は強く、ワルドの服をかすめ振り下ろされた剣の切っ先が石造りの床を破砕した。
その動きを大振りと見たワルドは即座に突きを放つが、まるで脊髄反射でもしたかのように左手が動き受け止めた。
才人が学院で剣を習い始めてからまだ一月も経っていない。
剣筋は滅茶苦茶で構えもまだまだなっていない。だが、それでもわずかな修練の日々は才人の戦い方に大きな影響を及ぼしていた。
それはとても簡単な理念。だが、戦い方を知らない者は失念しがちなこと。
ただ一つ、『むやみな突撃をするな』という教訓が才人の戦い方を支配していた。
ワルドほどの達人相手ともなると、大振りの攻撃の隙は魔法を一つ打ち込めるほどの大きな隙になる。
才人は衛兵長との訓練で身をもってそれを実感し、間合いを取るという戦い方を覚えていた。
そして、才人の手には二本の剣があった。
右手の剣は1.5メイルほどもある長剣。
本来ならば両手で持たねばならないそれを才人はガンダールヴの力で底上げされた腕力をもって片手で軽々と振るう。
修練の足りぬ者が相対したなら、その巨人のような一撃を受け止めきれず獲物を手放してしまうだろう。
左手の剣は切ることよりも守ることを重視して作られた短剣。
才人はこの短剣、ソードブレイカーを持つことで、隙の少ない『後の先』を取るという戦い方を自然と行っていた。
剣を捌く訓練など行ったことなどないが、ガンダールヴの驚異的な見切りの力がワルドの嵐のような攻撃を捌くことを可能としていた。
流れるような突きを繰り出すワルドに後の先を取る才人。
互いの剣技は拮抗している。その事実を熟練者であるワルドは即座に理解した。
「蛮人には蛮人の戦い方があるということか。……では、貴族の戦い方を見せよう」
後退するワルド。
才人はそれに釣られないようその場に踏みとどまる。後ろにルイズが倒れているからだ。守らなければならない。
ルイズを守る。その想いが、今までにないほど才人の全身に力を与えていた。
距離を取ったワルドは一瞬でルーンの詠唱を完成させる。
才人に突きつけた杖の先から暴風が生まれた。
ルイズもろとも吹き飛ばそうと放たれた『ウィンド・ブレイク』の魔法だ。
剣の届かぬ距離だが魔法を撃つには近すぎる距離。
間近で放たれた魔法に、才人はただ右手を振るい剣を横に薙いでそれをいなす。
長剣に触れた風は、まるで初めからそこになかったかのようにかき消えた。
「何!? 貴様、何をした!」
「貴族のぼっちゃんには解らねえだろうよ」
そう答えたのは、才人ではなく彼の右手に握られた光輝く長剣。
才人はその長剣を振り上げると、大きく一歩を踏み込みワルドに突きを放った。
待ちの構えを取る才人には似合わぬ激しい一撃。
これ以上下がるとルイズの魔法が飛んでくる危険があると見たワルドは、杖を振るって突きを弾いた。
強烈な突きであった。杖を通じてワルドの右腕がわずかにしびれる。
才人は怒っていた。
ワルドはルイズを裏切った。ワルドはアルビオンの惨状を生み出した反乱軍の間者だった。
そして何より。
「ルイズを傷つけやがったな……許さねえ!」
怒りで増幅された力をこめて才人は剣を振るう。
杖では捌ききれぬと見たワルドは踊るような足捌きでそれを回避していった。
「異国から連れ去られただけの蛮人がずいぶんとルイズの肩を持つ!」
回避しながらワルドはルーンをつぶやき、『エア・カッター』、『エア・スピアー』と立て続けに魔法を放つ。
「蛮人? 違うね。俺は、ルイズを守る使い魔だ!」
魔法への警戒を促す長剣の指示に従うまま才人は剣を振るい、迫る魔法のことごとくを消し飛ばした。
そして先ほどとは左右を逆にするかのように、いびつな溝の掘られた短剣を突きだし体ごと前へと押し込む。
踏み込んだ震脚が石造りの床を振るわせる。
ルイズを守るという意思。それが何よりも力を与えてくれると言うことを才人は直感で理解していた。
才人には魔法が届かない。
未知の力にワルドはわずかに恐怖するが、軍の任務で先住魔法を使う魔獣を相手にしたことがある彼は、恐怖を押し込み再び杖を構え才人へと突きを放ち始めた。
刃が届かないなら、魔法が届かないなら、その両方をもって相手を倒す。
ワルドはレイピア状の杖剣の切っ先で才人の急所を狙いながら、ルーンを唱え続ける。
零距離で『エア・ハンマー』が放たれる。
だが、それさえも才人は長剣の声に従い防ぎきった。
魔法は届かない。ワルドはそれを悟る。
剣はどうか。連続で撃ち出す突きは、左手の剣で捌かれるが、時折才人の体をかすめわずかながら体力を削り取っている。
だがワルドには悠長に消耗戦をしている時間はない。
いつ城内から援軍が来るとも解らず、視界の端では風韻竜がブレスを吐き遍在を追い詰めている。
才人を仕留めるならば、魔法ではなく剣だ。
そのためにはまずこの邪魔な短剣を排除しなければならない。
そう考えたワルドは杖を凶器に変えるルーンを呟いた。
突きが主体のワルドが普段は使わぬ『ブレイド』の魔法。杖をレイピアに変える『エア・ニードル』とは違い、杖を長剣に変える魔法だ。
ワルドはスクウェアクラスの精神力が凝縮された杖を振りかぶり、雷鳴のような一撃を才人に振り下ろした。
短剣をへし折るために振るわれた嵐を凝縮した一閃。
だが、それは才人の左手の短剣にしっかりと受け止められた。
「ぬぅ!」
才人の持つ短剣がただの剣ならば軽々と折られていただろう。
だが、才人の持つ剣はただの剣ではなかった。
ルイズが直接掛け合い、トリステインで最も偉大なメイジであるオスマン氏の手によって『固定化』がかけられた最高の盾なのだ。
そして、この短剣はソードブレイカーと呼ばれる特殊な武装。
風の刃を纏った杖は短剣に掘られた溝にはまり、ワルドが引こうとも杖は動かない。
「言っただろうが」
才人が右手の長剣を振る。
ワルドは身をそらしてそれをかわすと、魔法で応戦しようと杖にまとわせていた刃を消す。
次の瞬間、才人は腕力に任せて左腕をひねった。
「杖ばっかり触ってる奴には解らねえだろうってよ!」
刀剣壊しが鉄ごしらえのワルドの杖を真っ二つにへし折った。
ソードブレイカーなどという平民の剣士同士の間でしか用いられぬ武器。メイジであるワルドはそれがもつ驚異を理解していなかったのだ。
唯一の武装を破壊され驚愕するワルド。
才人はそれに対し、全力の蹴りを浴びせた。
増幅された脚力による蹴りは、ワルドを大きく吹き飛ばす。彼の体は数メイルの距離を舞った。
「ルイズッ! 魔法だ!」
戦いの一部始終を呆けながら見つめていたルイズ。
突然の才人の叫びに、彼女は我に返った。
ワルドは今、才人から大きく離れて瓦礫の上で膝をついている。
ルイズは腕を上げた。血を失ったせいかわずかにめまいがする。
それでもルイズはワルドを見据え、口の中でルーンを呟いた。
ワルドが自分に何度も放った風の魔法。ルイズは『エア・ハンマー』をワルドに向けて叩きつけた。
虚空から爆発が生まれる。
ワルドの左半身を包んだそれは、彼の左腕を強引に引きちぎった。
礼拝堂の戦いは終結しつつあった。
遍在のうち一体は、才人を追い詰めたところで光輝く剣に魔法を弾かれ、ソードブレイカーに杖をからめとられて切り伏せられた。
もう一体はキュルケの杖を叩き折ったが、彼女の身につけた指輪が杖と思わず火の魔法を顔に浴びせかけられ、背後からタバサの短剣で肺を突かれた。
もう一体は三匹の幻獣を相手にし、ジャイアントモールに足場を崩され火と風のブレスにたたらを踏んだところにギーシュの『アースハンド』に動きを止められ、シルフィードの木をも切り倒す爪の一撃を叩きつけられた。
残った遍在はわずか一体。兵士達を薙ぎ払うも、他の遍在を倒し援軍に来たメイジと幻獣に少しずつ追い詰められている。
この場は負けだ。そう悟ったワルドは遍在を近くまで呼び寄せ、風の魔法で壁を破壊した。
遍在を盾にしつつ、礼拝堂の外に出た。そこには彼のグリフォンが待ち構えていた。
「ルイズ、ここは負けを認めよう。だが、きみはどちらにせよここで終わりだ」
遍在に『エア・シールド』の壁を作らせながら、ワルドは片手でグリフォンにまたがる。
彼の半ばで千切れた腕からは血は流れていない。イメージの無いルイズの純粋な爆発魔法で傷口を焼かれたためだ。
「穴を掘ろうとも無駄だ。きみは死にそして我らの前に忠誠を誓うのだ」
「言ったわよ。わたしは望まぬ相手には知識を披露しない。わたしは百科事典なんかじゃないの」
「はははは! ならば、五万の兵から生き残って見せるが良い!」
笑いながらワルドは空高く去っていく。遍在はそれを見届けると風になってかき消えた。
壁の向こうに見える空に浮かぶ太陽は高く昇り始めている。
反乱軍が伝えたという開戦の時間は近い。
逃げなければ、とルイズは腰を上げようとするが、足に力が入らない。
見れば、木片が太ももに突き刺さり床を血で染めていた。
ルイズは強引に木片を抜き去ると、ドレスを引き裂いて包帯代わりに脚へと巻いた。
才人を手招きし肩を貸して貰い立ち上がると、兵士達の方へと体を向けた。
ワルドの魔法に引き裂かれた者も多く、軽傷の兵士が胸を切り裂かれた兵士の手当をしている様子も見える。
「アルビオンの皆様、申し訳ありません。トリステインからわざわざこのようなやっかい事を持ち込んでしまいました」
ルイズのそんな謝罪の言葉にも、兵士達は気にした様子もなく笑って返した。
「なに、あやつは反乱軍の者であろう。開戦時間がわずかに早まっただけだ」
一人の兵士がそう言うと、残った兵士達も同意だとばかりに頷いた。
ルイズはそんな彼らに深く一礼をすると、キュルケ達の方へと顔を向けた。
無傷の者など居ない。相手はスクウェアメイジだったのだ。
だが、悠長に城の水メイジに治療を受けている時間などないのだ。
「急いで逃げるわよ。シルフィード、まだ変身できる? 地下まで小さくなって走って」
「きゅい」
シルフィードは返事を返すと『変身』の魔法で一メイルほどの小さな竜へと変わった。
手足の構造が変わる変身をすれば急には動けない。姿はそのままに体を縮めたのだ。
それを見ていたフレイムはきゅるきゅると鳴くと、シルフィードに体を寄せた。その意図を理解したシルフィードは「ありがとうなのね」と呟きフレイムの上に乗った。竜の足では速く走れないと思っての行動であった。
それを見ていたルイズはくすりと笑うと、顔を上げてキュルケ達を見た。
「さあ、行くわよ。地下の秘密港まで急ぎましょう」
それを合図に、ルイズ達大使一行は礼拝堂から飛び出し駆けだした。
水の魔法の心得のあるタバサはキュルケと併走しながら指を振るい、ワルドの風の魔法で出来たキュルケの切り傷に止血の魔法をかけている。
ルイズは才人の肩を借りよたよたと走る。だがその歩みは遅い。
才人もワルドとの二連戦で体力をほぼ使い果たしているためだ。ルイズを背負おうともまともに走ることは出来ないだろう。剣を握っても力があまり沸いてこない。ガス欠かな、と才人は思った。
そんなルイズと才人の姿を見ていたギーシュは、やれやれと肩をすくめて薔薇の造花を振るった。
地面から青銅のゴーレムが一体生まれる。
「ルイズ、そのゴーレムに乗るといい。サイトに任せるよりはずっと速い」
「あら、ありがとう」
「なに、先の戦いでは足止め程度にしか活躍できなくてね。少しでも役に立たないと同行した意味がないさ」
そう言うギーシュも無傷ではなかった。魔法で椅子に吹き飛ばされたのだろう。木屑が服に突き刺さり頭からは血を滲ませていた。
ルイズはゴーレムに背負われ冷たい青銅に身を預けた。ルイズを乗せて前を行くキュルケ達をゴーレムは追う。
礼拝堂を出、城内へと入る。この城には、フネが出入りするための秘密港がある。
それを伝え聞いたルイズは、そこを脱出のための手段として選んでいた。
城内を進み、ホールへと出る。そこには、武装をした貴族達が集まりジェームズ一世の前で敬礼を行っていた。
ルイズはそこで「少し止めて」とギーシュに言うと、ゴーレムから降りふらつく足で立つと、ジェームズ一世に向けて深く一礼をした。
その姿を見たジェームズ一世は、肺を病んでいるような咳をすると、ルイズに向けて短く言葉を投げかけた。
「大使殿。後は頼む」
「はい、アルビオン最後の任務、しかと承りました」
ルイズは深々と下げていた頭を上げると、再びゴーレムに乗ると秘密港へと向けて進み始めた。
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戦闘を書くのは今も昔も苦手です。単にガンダールヴ大勝利ではつまらないのでワルド視点で才人の奇妙な強さを恐怖する内容に。
次回、二巻エピローグ。