□風雲ニューカッスル城その9~わたしのかんがえたかっこいいるいずさま~□
二つの影が空に飛び出した。
既に時刻は夜。白と赤の二つの月が身を寄せ合い闇の中で光り輝いている。
早馬など比べものにならないほどの速度で、二匹の幻獣は二つの月のように共に空を駆けていった。
夜の闇。魔法による早駆け。陣の手薄な位置の突破。
これ以上ないほどの最高の条件が揃っている。
だが、それでもルイズ達は身を完全に隠すことは出来なかった。
陣の半ばまで進んだところで、陣の中から鐘の警報が響く。
その音を聞いて、風竜の背にしがみついていたルイズが顔を上げた。
「ま、そう簡単に上手くいくわけがないわね」
シルフィードに乗るルイズ達の背後、風の魔法で駆けるグリフォンに追いすがろうと反乱軍の騎竜が二騎姿を見せた。
スクウェアメイジの風に乗るグリフォンと言えど、竜相手では速度に劣る。
あのままではグリフォンごとワルドと乗り合わせたキュルケが落とされてしまう。
「サイト、ギーシュお願い」
ルイズの言葉に、彼女と同じくシルフィードに乗り込んでいた二人が頷きを返す。
ギーシュが才人に手の平大の何かを渡し、才人が右手に持った紐にそれをかける。
そして、才人は手に持った紐を頭の上で回転させ始めた。
才人が手に構えているのは、投石器。
極めて原始的な古代の道具。だが、その威力は人を殺傷するには十分であり、熟練者の手にかかれば弓よりはるかに遠くへ飛ぶ、立派な武器であった。
ギーシュが土から錬金して作った真球の石を才人は頭上で回転させる。
そして才人はグリフォンの後ろに迫る竜に狙いを定める。
「三」
そう才人が数字を口にする。
すると、それに合わせるようにルイズがルーンを唱え始めた。
「二」
ルーンが終わる。
そしてルイズは才人の頭上で回転する石を見上げた。
「一」
才人の頭上に指を突きつけるルイズ。
石へと魔法がかかる。
「行け!」
叫びと共に、石の弾丸が撃ち出された。
石は真っ直ぐ騎竜へと向かっていく。
高速で飛翔するシルフィードの進行方向とは逆に撃ち出された弾丸。だがそれは速度を失うこともなく空を切り裂く。
投石の動作を目視していた騎竜を操る騎士は、手綱を咄嗟に操り回避行動を取ろうとする。
だが、竜が身をひねろうとした瞬間、竜の正面で石が突然光を放った。
夜の闇を全て吹き飛ばすかのような強烈な光。
思わず目を閉じてしまった騎士に追い打ちをかけるように、鎧を通じて振動が伝わってくるほどの轟音が襲った。
眼下で鳴らされる警報の音がかき消えてしまうかのような轟音だ。
光と音。衝撃を伴わないその爆発に、グリフォンを追っていた騎士二人は身を丸め、竜は飛ぶのを止めた。
相手の動きを止めることのみにイメージを傾けたルイズの爆発魔法。
それは、作戦の場で才人がルイズに語った地球の非殺傷鎮圧兵器、特殊閃光音響手榴弾を魔法で再現したものであった。
ルイズの爆発魔法は光と音を伴う。修練を重ねたルイズは、修練の果てにその性質を高める術を身につけていた。
ただの攻撃魔法ならば魔法で防がれてしまう。だが光と音ならば風の鎧を身に纏おうとも咄嗟に防ぐことは容易ではない。
強い光に夜の暗さに慣らした目を焼かれた二騎の騎竜は、眼下の陣の中へと墜落していく。
間近で慣らされた轟音にグリフォンも驚き羽を大きく羽ばたかせるが、ワルドが手綱を操るとすぐに真っ直ぐ飛び始めた。
ルイズはそれを確認すると前へと向き直る。
「前方、三騎」
タバサがさらなる騎竜の襲来を告げる。
城への進路を阻むように陣形を組み杖を構える騎士達。
それを確認したとき、既に才人は次の投擲の準備を開始していた。
弾丸が投げ飛ばされ、夜空に太陽が生まれる。
身をすくませる騎士を迂回するようにシルフィードは高度を上げ、そして城へ向けて進む。
横合いからさらに一騎の騎竜が追いすがってくるが、才人は魔法を伴わぬ投石で竜の頭を打ち砕いた。
ルイズと才人以外知る由もないが、石を投げるのは神の左手と呼ばれる『ガンダールヴ』だ。投石器という武器を用いれば200メイル先の的ですら容易に打ち抜けるだろう。
陣を突破し、大陸沿岸の岬の先端、ニューカッスル城が間近に迫る。
突然の接近に、城の建物内から兵士が姿を現し、大砲が角度を変える。
それに対し、ルイズ達はシルフィードの上から旗を掲げた。
予めルイズが荷物の中に用意していた旗。降伏の意思を示す旗だ。
その旗を掲げたままシルフィードは城の上空に位置を取り、城壁に囲まれた中庭へゆっくりと降下していった。
シルフィードが城に降り立ち、ルイズ達がその背から降りる頃には、彼女達の周囲を兵士達が取り囲んでいた。
槍と杖がルイズ達へと向けられる。
一拍遅れるようにグリフォンが地に足をつけるが、兵士達の警戒は変わらぬままだ。
「皆、杖を捨てて」
ルイズの言葉に、ギーシュ、キュルケ、ワルドは順番に杖を地面に投げ落とした。
勿論ルイズは腕を捨てることなど出来ないし、キュルケとタバサは魔法の指輪を指にはめたままだ。あくまで敵対する意思がないことを伝えるための儀式のようなものだ。
抵抗する様子を見せないルイズ達に、兵士達の一人、後方で金属鎧を着込み立派な杖を構えるメイジが声を放った。
「何者か」
凛と通る声。彼はこの兵士達を束ねる長であった。
それに対し、ルイズは優雅に一礼して答えを返した。
「トリステイン王国より大使として参りましたルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールと申します。トリステイン王国第一王女アンリエッタ・ド・トリステインより、ウェールズ皇太子殿下に密書を言付かって参りました」
「『賢者』殿とな……?」
兵士長は眉をひそめてルイズの姿を見た。
確かに目の前の少女は噂に聞くトリステインの賢者と同じく桃色がかった金髪に美しい顔をしている。
だが、その格好は平民にしか見えないものだ。
彼のいぶかしげな視線を見て、ルイズは腰の荷物袋に手を入れ、中から一枚の羊皮紙を取りだした。
「トリステインの枢機卿であるマザリーニ殿の手による身分証明書でございます」
「ふむ……」
ルイズ達を取り囲む兵士達の間を縫って、兵士長が前に出る。右手には杖を構えたままだ。
兵士長は左手でルイズから羊皮紙を受け取り目を通す。
ルイズの身分を証明する文と、最後のマザリーニの署名に目を通すと、兵士長は杖を下ろし背後へと振り返った。
「皆の者、槍と杖を下げよ! これよりこの方々をトリステインの大使として城内にご案内する!」
彼の言葉に兵士達は一斉に槍と剣を引き、一斉に敬礼をした。
兵士長もルイズ達へと向き直ると、一礼して言葉を続けた。
「あの陣を抜けよくぞ生き残った、トリステインの精鋭達よ! ようこそ、亡国アルビオンへ! トリステインに名高き賢者殿御一行のご来訪、心より歓迎致します」
こうしてルイズ達は被害を出すことなく戦場の片道を踏破した。
ルイズ達は兵士に城内へと促され、簡易の玉座が置かれたホールへと案内された。
玉座にはアルビオン王国の老王ジェームズ一世が腰掛けている。
ルイズ達はルイズを中心にして横に並ぶと、一斉に膝をついて頭を下げた。一人タイミングが遅れた才人であったが、横のギーシュに習ってぎこちない礼を行った。
それに対しジェームズ一世は、王にふさわしい重厚な声でルイズ達へと呼びかけた。
「面を上げられよ、大使殿。王国としてのアルビオンは滅びた。もはやそのように頭を下げられる権威など朕にはない」
今だ健在のアルビオン王。だが彼は、最早この戦は負けなのだとしっかりと自覚していた。
ジェームズ一世に促され、ルイズ達はわずかに頭を上げる。
「して、我が息子へと用件があるのだそうだな。ウェールズは今この城を離れておる。問題ないならば朕が代わりに聞こう」
ウェールズが居ない。その言葉を聞いてルイズはわずかに眉をひそめたが、任務に支障はないと考えジェームズ一世に語り始めた。
「はい。まず一つは、姫殿下より承った密書にございます」
ルイズは懐から封のされた紙を取り出し、目の前の床に置く。
アンリエッタがルイズの自室でしたためたウェールズへの手紙だ。
「こちらは国に関わることではなく姫殿下と皇太子殿下の個人的な物であると思われますが……念のためお目通しを」
その言葉にジェームズ一世が傍らに控えたメイジに目で促す。
メイジはルイズの元へと歩くと、手紙を手に取り王の元へとそれを運んだ。
ジェームズ一世は手紙を手に取ると封を切り、紙を広げて中を読み始めた。すると、読み進めるうち彼は肩を振るわせて小さく笑い始めた。
「くくくく、ウェールズめ。アンリエッタ殿と恋仲にあるのは知っておったが、ここまで盲信されておったとは……」
ジェームズ一世の読む手紙。それには紙一面にアンリエッタによるウェールズへの愛の言葉が書かれていた。
恋物語など比べものにならない甘い甘い恋文。ジェームズ一世は自分の息子に宛てられたその手紙を見てただ笑うしかできなかった。
「やれやれ、あの愚息、自分を慕ってくれる気の強い女が好きとか抜かしておったのはこのことか」
そう言ってジェームズ一世は紙を元の形に丸め、杖を振るって魔法の蝋で封をした。
それを傍らのメイジに渡し、再びルイズの元へと返す。
「大使殿。それはあまり他人の見て良いものではない。中を読まずに処分すると良い」
「はい」
ルイズはジェームズ一世の言葉にやっぱりかという顔をして手紙を受け取った。
「して、もう一つの用件とは別の手紙の回収であるな?」
「はい、その通りでございます」
「ふむ、パリー! パリーはおるか!」
ジェームズ一世はルイズ達の背後に並ぶメイジ達へと声をかけた。
すると、彼らの中から一人の年老いたメイジが前へと進み出てくる。
「パリー、大使殿をウェールズの部屋へ案内せよ。大使殿はトリステインの姫君からウェールズに宛てられた恋文を所望しておる」
「よろしいのですか?」
ジェームズ一世の言葉に、老メイジではなくルイズがそう言葉を返した。
「なに、トリステインとゲルマニアの同盟を考えると我が愚息の私事などどうでもいいものだ。この二国には我々の仇を討ってもらわねばならぬからな」
「……それについてですが陛下、わたしどもにはこの城から抜け出す算段がございます。必要とあらば陛下をトリステインに亡命させることも可能です」
そう言うルイズの言葉、ジェームズ一世は首を横に振る。
「いらぬよ。城を囲む奴らに気付かれぬよう抜け出す方法などいくらでもある。だが、王家は最早滅びたも同然。ならば、最期に王家の誇りと名誉を守りながら朕は死ななければならぬ。それが王としての朕の最後の義務だ」
その王の言葉に、ルイズはただ顔を伏せた。これ以上彼女が言うべきことは無い。
始祖ブリミルの血を引く王の名誉。それは何よりも優先して守られなければならない。六千年王国の民であるルイズ達にとって、それは何よりも尊重すべきものであった。
「だが、始祖の血を一つ絶やしてしまうのは忍びない。可能ならばウェールズを逃がしたいものなのだが……あやつも頑固者でな。朕と共に討ち果てると言って聞かぬ」
そう苦笑の混じった顔で告げると、ジェームズ一世はゆっくりと立ち上がった。
そして眼前に並ぶルイズ達、そしてその背後の家臣達を眺めて言った。
「明日にはこの王国は滅びるであろう。これより最期の祝宴を行う。大使殿達にはトリステインに戻る前に、我らの最後の姿を目に焼き付けていっていただこう」
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爆発に光が伴うというのはアニメ設定(設定というかアニメの演出?)を都合良く取り入れたもの。アニメの設定は都合の良い部分だけ採用します。
ニューカッスル城は地球にあるものでは最後の籠城戦の舞台としては貧弱すぎるので、五稜郭くらいのものをイメージしています。