□風雲ニューカッスル城その8~わたしのかんがえたかっこいいるいずさま~□
ルイズ達一行は、貴族派の占拠下にあるという港町スカボローには降りず、フネから竜とグリフォンで飛び立ち迂回して浮遊島のアルビオンへと向かった。
従来なら国境を兼ねる浮遊島周辺の崖は領地の衛兵により厳しく監視されている。
だが、今アルビオンは内乱の混乱の中にあり、国境警備は手薄だった。他国の軍艦が上陸したならばともかく、風の魔法を受けて高速で飛ぶ小さな竜とグリフォンを見つけられる者はいなかった。
アルビオンに上陸したルイズ達は、反乱軍を刺激しないようマントを外し傭兵メイジの一団に扮装し、シルフィードとグリフォンで空の低い位置を飛んでいく。
ニューカッスル城へと向かう最中、いくつもの戦場跡が見えた。
火を放たれ踏み荒らされ道に変えられた麦畑。
略奪され斬り捨てられた村人以外の姿の見えない村跡。
死体が処理されず虫が沸き鳥獣がたかり腐臭を放つ合戦場。
まだ若く本物の戦場をほとんど目の当たりにしたことのないキュルケ達学院生徒。
ニューカッスル城近くの森で一時の休憩を取る頃には、皆無言になっていた。
そんな中、軍人であるワルド、そして才人の二人は気にした様子もなく仮眠を取り保存食を口にしていた。
「ふむ、使い魔くんはあれを見ても平気なようだね。若いというのにたいしたものだ。君の国では戦争が頻繁に起きでもしていたのかね?」
「いえ、俺の国では六十年くらいずっと戦争はやってませんよ。でも、学校で戦争の資料や写真……ええと、風景転写みたいなので実際の戦争の様子を見せられたり、あと戦争にテーマを絞った博物館みたいなところに旅行で行かされたりしたんです」
その才人の言葉を聞いて、マントに身を包み仮眠をしていたルイズがもぞもぞと起き出してきた。
顔色が悪いが、才人の国の話を聞くために無理に起きたのだろう。
「俺の国、日本は六十年前に世界中……周りのたくさんの国を相手にした戦争で大負けして、それから国全体でもう戦争はしませんって自分たちと世界中に約束したんです。だから、戦争はどんなに酷いものかって皆教育を受けるんです」
「ふむ、占領下になるのを避けるために他国に攻め込まない条約を結ばされたのか?」
「敵にまわした国が多すぎて、領地分割で揉めるくらいなら共同で監視下においてしまおうという感じじゃないかしら」
ワルドとルイズの言葉を聞いて、才人は苦笑した。
日本国憲法の話などをしても、社会システムが根本から異なる彼らには上手く伝わらないだろう。
「まあ、そういうわけで戦場に行くと聞いてある程度の覚悟が出来ていたんですよ。むしろルイズ達がここまでへこんでいるのが俺には不思議だ」
「仕方ないじゃない、あんなの初めて見たんだから」
「日常的に戦争は起きているが、実際戦場を目にするのは軍人だけだからな。貴族の子女達など皆建前の戦争論を机の上で聞かされるだけの温室育ちなのだよ」
僕も軍に入りたての頃はそうだったさ、とワルドは言って干し肉をかじった。
ちなみにキュルケとギーシュは、肉は無理、と堅焼きパンをもそもそと食べて今は寝入っている。
「ねえサイト、あなたの国は魔法が無いんでしょう? どうやって戦争をしていたの。飛行機の話は聞いたけれど……」
マントに身を包み寝転がったまま、ルイズは才人にそう訊ねた。
「そうだな、飛行機や戦車みたいな乗り物に乗ったりする。歩兵はみんな銃だ。この前武器屋で見たようなものじゃなく、何十発も連続で撃てるような銃。あとは、爆弾かな」
「魔法や幻獣が無いとそうなるのね」
そんな才人とルイズの会話をワルドは興味深げに聞いていた。
異国の民というのは本当のようだ。しかし、魔法の無い国というのが想像できない。貴族と平民は魔法無しでどう区分けられているのだろう。
「魔法は無いけど、戦争に関する技術なら向こうの方がずっと進んでいるんだ」
そう才人は言う。
「六十年前の戦争で、科学を利用した爆弾が日本に対して使われたんだ。たった一発で十四万人が一瞬で死んだ」
「じゅうよんまっ……!?」
想定外の数字に、ルイズは絶句した。
ハルケギニアにも火薬を用いた爆弾のようなものはある。
だがそれは、人を一箇所に詰め込んでようやく十人を殺傷できるかというようなもの。十四万など想像も出来ない。
「科学の進歩って言うのは兵器の進歩と一緒だからさ。今だと多分その何百倍も威力がある爆弾がある」
「……確かにそんなのがあったら、戦争はしないって考えに至るのも当然のことね」
ルイズはそう言って仰向けになり、両手で顔を覆った。
才人の話を聞いて先ほどの戦場跡を思い出してしまい頭が冷え切っていった。
ルイズは今までずっと才人の言う科学は素晴らしい技術の塊とだけ見ていた。だがそれは側面でしかない。
誰にでも使える道具を作るという科学は、誰にでも使える兵器を作るということでもある。
ルイズの目指す究極の破壊の力は科学にある。それを知ってもルイズの心はどこか暗く沈んだままだった。
一時間ほどの休憩を終えたルイズ達は、ニューカッスル城を遠くから見下ろせる丘に陣取り突入の段取りを決めていた。
ルイズはレンズに『遠見』の魔法が付与された双眼鏡を左手に持ち、右手のペンで敵陣の配置を紙に記録していた。
「包囲網は整えられつつあるって感じね。急がないと数日中に城が落とされちゃうわ」
「でもどうやって城まで行くんだい? 連絡の取れる王党派の心当たりでも?」
ギーシュの言葉に、ルイズは首を振った。
そして、あごをさすりながら考え込んでいたワルドが顔を上げて言った。
「ここまで来たように陣中突破しかあるまいな。ただしあそこを抜けるにはもう傭兵だなどという言い訳は効かん」
「強行突破、ですか。あの数の中を?」
「できるわよ」
キュルケの疑問に、ワルドではなくルイズが答えた。
「国内の王党派はほぼ全滅。残るはニューカッスル城の王を討つのみ。となれば、背後の警戒は薄いわ」
紙にボールペンで長い矢印を書きながらルイズは言葉を続ける。
「地には傭兵や平民の兵を含めた歩兵が無数にいるけれど、空の守りはフネと貴族の騎兵。隙間は多いわ。アルビオンに上陸したときみたいに、魔法を使って速く動けば入城はそんなに難しくない」
無数の魔法と矢の中をくぐり抜けていくのを想像していたキュルケは、安心したように息を吐いた。
そうだ。空を行けば難は少ない。これだけ広い陣なのだ。騎乗兵の多いアルビオンの軍と言えど、陸と比べると空の守りははるかに薄い。
「でもね」
そうルイズは言葉を続けた。
「問題は、お城に入った後なの。広い陣の後ろから城へ突破するのは可能。でもあの四方を囲まれたお城から脱出するのは空を使っても不可能に近いわ」
「行きはよいよい帰りは怖いってやつか」
ルイズの言葉を黙って聞いていた才人がそんなことを口にした。
彼の国に伝わる歌の一節だ。
「しかしだ。どちらにしろ城に辿り着かなくてはならない。あの陣を突破して城へ行くことはもう決定事項だ」
そう答えるのはワルド。彼の言うことは真理だ。
手紙を受け取るという任務がある以上、帰還する方法が無くても城へ行き皇太子に会わなければならない。
と、そこで一人考え込んでいたギーシュが顔を上げた。
「空が駄目なら、土の中というのはどうだい?」
ギーシュはそういうと、手に持った薔薇の造花をくるりと回した。
すると、地面が盛り上がり、中から彼の使い魔であるジャイアントモールのヴェルダンデが姿を見せた。
「ぼくのヴェルダンデなら、馬の走る速さで土を掘り進めることが出来る。人の歩く速さで良いと言うなら、落盤の心配のない頑丈な土の道を作れるのさ。城にも中庭くらいあるだろうから、そこから外に逃げればいい」
そのギーシュの言葉に、ルイズは活路を見た。
「じゃあ、ここからあの城まで道は作れる?」
「それは難しいね。彼女は臭いを頼りに地を掘るんだ。だからここに宝石でも埋めておけば城からここまでは来れるけど、頼りになるものがないと城までは行けない」
「となると、行きは空、帰りは土の中ね」
「でもルイズ、ジャイアントモールの掘る穴の大きさじゃ、流石にシルフィードとグリフォンは通れないわよ」
結論を出そうとするルイズに、キュルケがそう疑問の声を投げる。
グリフォンは羽の付いた馬ほどの大きさ。
シルフィードに至っては六メイルほどもある。とても穴の中を進めるような大きさではない。
「殿下の任務のためならば女王陛下より授かったグリフォンを手放すのもやぶさかではないが……」
そう答えるワルド。
だが、シルフィードの主であるタバサは大きく首を振った。
「置いていかない」
タバサのその目は、一人ででも敵陣を突破して帰還すると言わんばかりのものであった。
だが、これ以外に脱出の手立ては浮かばない。
王族専用の脱出通路に頼るなどという案も浮かぶが、そもそもそんなものが用意されているのかも怪しい。
「ルイズとワルド子爵の二人だけで城に向かうかい?」
「ヴェルダンデに穴を掘らせるならギーシュ、あなたも必要よ。三人と一匹じゃグリフォンが失速してしまうわ。かといって、わたし以外の誰かに密書を任せるのも、ね……」
一通り知恵を振り絞った後、ルイズはタバサの方を向いた。
「タバサ、シルフィードの首輪を外しなさい」
そのルイズの言葉に、タバサはぴくりと肩を動かした。
なおもルイズは言葉を続ける。
「その子と一緒に無事学院に帰りたいなら、外しなさい。切り札は必要なときに躊躇無く切るべきよ」
タバサはしばし顔を伏せた後、ルイズの言葉に従いシルフィードの太い首にかけられた首輪を外した。
シルフィードの鳴き声を消すためにつけられた『サイレント』の魔法が封じ込められたマジックアイテムの首輪だ。
首輪を外されたシルフィードは、久方ぶりの解放に、きゅいと一言小さく泣いた。
「シルフィード、喋って良いわよ」
「きゅい?」
ルイズの言葉にシルフィードを鳴き声を返す。
「人の言葉を喋って良いわよ」
「きゅい? 良いの?」
竜の姿のシルフィードが、そう人語を口にした。
その突然の事態に、ルイズとタバサ以外の全員が大きく目を見開いた。
「ル、ルイズ。それって……」
「使い魔だから話せるというわけじゃないわよ。シルフィードはね、韻竜なの」
「きゅい。そうなの。ホントはみんなとお話できるの」
シルフィードはそう言いながら歌を口ずさみ始めた。
首輪を外して人と話すのは久しぶりのことであり、彼女はそれを心から喜んでいた。
そんなシルフィードに、ルイズはさらに言葉を告げた。
「シルフィード、人の姿になりなさい」
まるで自分の使い魔に命令するかのような態度。
それを見てもタバサは何も言わず、シルフィードは「はーい」と返事をして魔法の詠唱を開始した。
「我をまといし風よ、我の姿を変えよ」
それは、ハルケギニアのメイジ達に先住魔法と呼ばれる精霊の力を使った魔法の詠唱であった。
シルフィードの周りに風が渦巻き、そして輝いたかと思うと、巨大な竜の姿がかき消えた。
その代わりに、年の頃二十ばかりの青髪の女性がそこに立っていた。
「よし、大成功なの」
青髪の女性が両手を腰に当てて胸を張った。
先住魔法の『変化』の魔法。
それを見て再びルイズとタバサ以外の全員が驚愕した。キュルケ以外の男性陣には別の意味の驚きもあったのだが。
「これなら穴の中も通れるわ。ああ、あとシルフィード。人に変身するなら服も一緒に作りなさい」
服をまとわぬ裸人に向けてルイズはそう苦笑しながら言った。
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ウェールズ落とし書くことに気を取られてどうやってニューカッスル城まで行くか何も考えていませんでした。ノープロットの弊害がここに。