□風雲ニューカッスル城その3~わたしのかんがえたかっこいいるいずさま~□
部屋に響くマザリーニの声。
それに対し、来訪者であるトリステイン王国の王女アンリエッタは言葉を返す。
「あらマザリーニ。こんばんは」
驚いた様子もなくけろりとした様子で彼女は言った。
「こんばんは、ではありませんぞ殿下! このような時間に護衛もつけずに何をしておいでですか!」
「あらあら。その言葉はそのまま返しますわよ宰相さま? こんな夜更けに女の子の部屋に居るだなんてはしたないわ」
「私は賢者殿に政治の相談をしにきただけですぞ」
「あらまたなの? またなのマザリーニ? ルイズに頼ってばかりでは彼女も大変よ。まあわたくしもルイズに相談があってきたのですけれど」
そこまで言うと、アンリエッタはルイズの方へと向き直る。
そして両手を広げてルイズへと抱きついた。
「ああ、ルイズ、ルイズ、懐かしいルイズ!」
「いえ、この前騎士団の竜を見せてもらうときに会いましたが」
「ああ! ルイズ! ルイズ・フランソワーズ! そんな堅苦しい行儀はやめてちょうだい! あなたとわたくしはおともだち! おともだちじゃないの!」
「聞いてませんね。というかその台詞予め考えていましたね? 姫さまには堅苦しい行儀などするだけ疲れるのでいつも通りで良いですね?」
「ええ、そうねそうよルイズそれでこそわたくしのルイズね! 心を許せるおともだちはあなただけよ!」
「友達がいないのは作ろうとしないからでは?」
「まあ、酷いわ! 王宮には口うるさいくせに自分は何もしない母上や、わたくしがお仕事を手伝っているというのに失礼にも日に日に痩せていく枢機卿や、頭の中が空っぽの癖に欲にだけは敏感な宮廷貴族たちばかり! 偽名を使って城下町で遊び回った方がずっと心が安まるわ」
「で、殿下! 私の目を盗んでそんなことを!」
アンリエッタの言葉に椅子から立ち上がり詰め寄ろうとするマザリーニ。
だがアンリエッタはマザリーニの前で手をひらひらと振って下がらせた。
「こうなったのもルイズが王宮を離れてしまってからのこと。こうして話していると幼い頃を思い出すわね、ルイズ。一緒になって宮廷の中庭で蝶を追いかけたあの日! 泥だらけになって!」
ルイズに抱きついていたアンリエッタは、ルイズから身を離すと、今度は手の平でルイズの両肩に触れダンスを踊るかのようにくるくると回り始めた。
「……ええ、その最中『秘密の花園の少女たち』の台詞を間違ったわたしに、姫さまはわたしが覚えられるまで花園の暗唱を命じましたね」
「そうよ! そうよルイズ! ふわふわのクリーム菓子を取り合って、つかみあいになったこともあるわ! 『不思議の国のアニエス』に出てくるお菓子のようでわたくしすごい欲しかったのに、食い意地をはったルイズに蹴り飛ばされたわね。ああ、喧嘩になるといつもわたくしが負かされていたわ。あなたに全身を爆破されてよく泣いたものよ」
友人達の前で自分の過去を暴露されたルイズは、顔を赤くしながらも会話を続ける。
「いえ、姫さまが勝利を収めたことも一度ならずございましたわ」
「思い出したわ! わたくしたちがほら、アミアンの悲劇と呼んでいるあの一戦よ!」
「姫さまの寝室で、ドレスを奪い合ったときですね」
「そうよ、『舞台女優ごっこ』の最中、どちらがオードリー役をやるかで揉めて取っ組み合いになったわね! わたくしの一発が上手い具合にルイズ・フランソワーズ、あなたのおなかに決まって」
「姫さまの前で、わたし、嘔吐いたしました」
それからアンリエッタは口元を抑えてあははは、と笑った。ルイズは笑いつつも恥ずかしさで顔を真っ赤にしていた。
才人は椅子に座りマザリーニをなだめながらそんな様子を見つめていた。
ルイズの過去も驚いたが、目の前の姫様の言動にも驚きだ。
「なあ、キュルケ。二人がどんな知り合いなのか知っているか?」
二人の中に割って入って聞き出す勇気もなく、才人は隣に座るキュルケに訊ねた。
「ルイズは幼い頃、定期的にトリステインの王宮に行ってお姫様の遊び相手を務めたそうよ。劇舞台ごっこをよくやったそうね」
「殿下が劇舞台が好きなのは、賢者殿が殿下を城下町の劇場に連れ出したのがきっかけですな」
落ち着きを取り戻したマザリーニは、キュルケの言葉にそんな逸話を付け足した。
才人はそんな二人の言葉を聞いて、アンリエッタが何故こんな芝居がかった話し方や動きをしているのか理解した。
彼女は今、旧友と劇舞台ごっこの続きを行っているのだろう。ルイズのノリは良くないが。
そんなことを考えている間にも、アンリエッタとルイズの会話は進んでいた。
「あなたが羨ましいわ。自由って素敵ね。ルイズ・フランソワーズ」
「自由を代償に国で一番の地位を得ているではないですか」
「地位、地位だなんておかしい。わたくしは籠に飼われた鳥よ、ルイズ。結婚するのよ、わたくし。それも、昔から恐れていたゲルマニアとの政略結婚の駒として」
よよよと奇妙な泣き声を口にしながら床に腰をつくアンリエッタ。
そんな様子を見て、マザリーニは思わず立ち上がった。
「殿下! アルビオンの驚異に対抗するには、ゲルマニアに輿入れし同盟を組むのが一番と言い出したのは殿下ではありませんか!」
「あらそうだったかしら。でも、政治と恋は別物ですわ。一度会っては見たものの、あの皇帝は全然好みではないの。ああっ! 可哀想なわたくし!」
アンリエッタは床に腰を下ろしたまま額に手の甲を当てて天井を仰ぎ見た。
彼女は一通り身をくねらせると、演技に飽きたのか体を起き上がらせてマントの埃を払った。
そして、自分を見る呆れた視線に気付く。
「あら、ごめんなさい。おともだちとの夜の談話を邪魔したようね。はじめまして、わたくしはこの国の王女、アンリエッタ・ド・トリステインですわ。……そちらはゲルマニアのミス・ツェルプストーに、ガリアの姫騎士ミス・オルレアン。そして、ルイズの使い魔であり異国からやってきた賢人であるミスタ・ヒラガでよろしかったかしら?」
「え、ああ、はい」
突然呼ばれた自分の名前に、才人達三人はアンリエッタを不思議そうな目で見た。
「あら、いきなり名前を呼んで驚かせてしまったかしら? ルイズのことが心配で、ときどき学院の話を部下から伝え聞いているの」
「心配という割には、いつも賢者殿の奇行にお腹を抱えて笑っておりますな、殿下」
「普段の王女の仕事には潤いが足りないから、フォークが落ちただけで笑ってしまうですのよ、わたくしは」
マザリーニの言葉に、アンリエッタは口元に手を当ててくすくすと笑いながらそう返した。
そして、アンリエッタは笑いを止めると、笑みの上にわずかに真面目な表情を作って、ルイズへと語りかけた。
「さて、ルイズ・フランソワーズ。今日は相談事があって参りました。折角です、マザリーニもそこにお座りになったまま聞いてくださいまし」
かしこまって言うアンリエッタに、ルイズは背筋を伸ばしてその話を聞く。
アンリエッタは言葉を続ける。
「先ほど申しましたように、わたくしはゲルマニアの皇帝に嫁ぐことになりました。同盟のためです。まあ仕方がありませんね、呑気に王宮で過ごしていたらいつアルビオンの貴族たちに首をはねられるか解ったものではありませんもの」
アンリエッタは首に手刀を当てながらそう言った。
芝居かかった台詞はなくなったが、それでも演劇のように身振り手振りをまじえて話していた。
「そして、アルビオンの反乱勢力はトリステインとゲルマニアの同盟を驚異と感じています。したがってこの婚姻を妨げるための材料を血眼になって探しています」
「……では、もしかして、姫さまのめでたい政略結婚をさまたげるような材料が?」
「そう、そうなのよフランソワーズ! 都合良くそんなものが存在してしまっているの!」
そんなアンリエッタの言葉を聞いて、マザリーニは思わず立ち上がった。
「で、殿下! 聞いておりませぬぞそんなことは!」
「言ってませんもの。まあ、落ち着いて最後まで聞いてくださいまし」
アンリエッタはマザリーニに座れというジェスチャーをして、再び語り始めた。
「婚姻の妨げになるほどの材料。それはわたくしが以前したためた恋文なのです」
「こ、恋文?」
ルイズは思いもしなかった言葉に思わず聞き返してしまった。
「そう、恋文です。わたくしから、アルビオンの愛しのウェールズ皇太子に宛てた一通の手紙です」
そこまで聞いて、マザリーニは椅子を蹴倒してアンリエッタに詰め寄った。
「殿下ーっ! 聞いておりませぬ、聞いておりませぬぞそんなことはっ!」
「あらマザリーニ、そんな大声を上げてははしたないわ」
「はしたないわ、ではございませぬ!」
騒ぐマザリーニにそれを淡々とかわすアンリエッタ。
才人達は知るよしはなかったが、これは王宮で毎日のように繰り返されている二人の風景であった。
「……ええと、姫さま。アルビオンの王子に宛てた恋文が、嫁ぐはずだったゲルマニアの皇帝を怒らせる、ということですよね?」
そんな二人にルイズがそうアンリエッタに訊ねた。
「ええ、そうよ」
「恋文の一枚や二枚、簡単に偽造できるものですよね。アルビオンの貴族たちが恋文を見つけても、それは偽書だと主張すれば良いのでは?」
「それができないのですよ、困ったことに。手紙にはね、一級文書用の王家に伝わる魔法のインクで、始祖ブリミルの名で誓った永遠の愛とわたくしの署名が書かれているの。トリステイン王室発行の手紙だと言うことは位の高い貴族なら解ってしまうわ」
「な、なんでそんなことを……」
唖然とするルイズとマザリーニ。
そんな二人の後ろでずっと無言を貫いていたタバサがぽつりと呟いた。
「花姫」
「そう、よくご存じですねミス・オルレアン! あの舞台『花人の姫』のあのシーン、自らの頭の花の蜜をインク代わりにして人間の王子へと恋文をあてたあのシーンにわたくしは感銘したのです」
その言葉を聞いてマザリーニはただただ頭を抱えた。
「殿下、何故そのようなことを……」
「説教は聞きませんよ、マザリーニ。必要なのは過去を嘆くことではなくこれからどうするか。そこでルイズ・フランソワーズ、お願いがあるの」
アンリエッタが期待に満ちた目をルイズに向けた。
ルイズはそれを見てただただ嫌な予感しかしなかった。
「ルイズ、あなたにはこの手紙をアルビオンのウェールズ王子の元から受け取って来て欲しいのです。何なら、その場で燃やしてしまってもかまいません」
「殿下!?」
突然のアンリエッタの言葉に、マザリーニは声を裏返しながら叫んだ。
「殿下、賢者殿に何をさせようとしているのか解っておいでですか!? このような任務、軍に任せるのが筋ではございませんか!」
そんなマザリーニの言葉を聞いて、アンリエッタは「あら」と瞬きをしながら答えた。
「戦うことしか知らない脳みそまで筋肉でできたような軍人が何の役に立つというの? 彼ら、鶏の卵ですら王宮からこの学院にまで割らずに運べないのよ。……まあでもそうね。確かに戦場に行くならそんな軍人も役には立つでしょう。グリフォン隊の隊長を一人つけましょう」
もはやマザリーニは言葉も出なかった。駄目だ。自分にはこの腹黒姫を止めることはできない。
一方のルイズは、眉間にしわを寄せながら考え込み、そしてアンリエッタに言葉を放った。
「姫さま、王命とあらば国に忠誠を誓った公爵家の娘として謹んでその任務お受けしますわ。ですが……ぶっちゃけわたし、死にますよ?」
上目遣いで自分より長身のアンリエッタを見上げるルイズ。
だが、アンリエッタはルイズのそんな言葉に首を振って否定した。
「だめよ、だめよルイズ、そんなこというの。あなたがこんな任務で死ぬはずがないわ。わたくし知っているのよ。あなた、ガリアの秘密騎士に付いていって色々な揉め事を解決しているのでしょう? 知っているのよ。吸血鬼退治に翼人と村人の調停。ただの一学生にはできない功績だわ。情けない軍人達では絶対に無理だわ」
「……何故それを」
「国外の情勢を知るために密偵を使うのは政治の基本だと思わなくて? ルイズ」
「……密偵がいるならそちらに頼めばよろしいのでは」
「あら、賢者ともあろう人が何を言っているの? 密偵というのは何年も何十年も相手の元に潜伏させて初めて効果を発揮するもの。急に戦場に密書を奪還してこいなど専門外、とても無理な話よ」
そこまで語り、アンリエッタはルイズに笑いかけた。
その笑みは口元をつりあげる、魔女の笑みと呼ばれるルイズの笑顔にとても似ていた。
「行ってくれるかしら、ルイズ・フランソワーズ?」
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あとがき:姫様ヘイトでもめるくらいなら、いっそのことヘイトなんてどこ吹く風ってくらい濃いキャラに魔改造しちゃえばいいじゃない。