「さて、どうしたものか」
幼児へと変わった男の子二人を眺めながらルイズはそう言った。
秘薬の力により幼くなった二人は、床に寝転がり炭で紙に絵を描いて遊んでいる。
「わたしは無関係」
窓の外を眺めながらタバサはそう言った。
「そうは行かないわよ。わたしたちは同罪よ。ミスタ・ヒラガにだってわざと飲ませたんじゃないんだから」
「無関係」
頑固に意見を曲げないタバサの姿勢に、少しでも多く共犯者を増やし気を軽くしようとしていたモンモランシーはため息をつき引き下がった。
ことがばれたら無関係などきっと突き通せない、そういう考えを秘めながらだが。
とりあえずルイズと二人だけでも今後どうするか考えよう。そうモンモランシーが思ったときのことだ。
「おねーちゃーん」
床の上の小さなマリコリヌが、ルイズ達の方を向いて呼びかけた。
名前を呼ばずお姉ちゃんとだけ呼んだため、三人の少女達は一斉に振り向いた。
「おしっこー」
「んまっ!」
あけすけのないマリコルヌの言葉に、モンモランシーは思わず声をあげた。
貴族がそんなはしたない。
そう思って口に手を当てていると、横にいたタバサが動いた。
「連れてく」
「まちなさーい、タバサ!」
ルイズが立ち上がってタバサへと詰め寄り両手で肩を押さえる。
「ねえタバサ、まさかよこしまな考えはないわよね? 純粋にトイレに連れて行ってあげようと思っただけよね? ね? ね?」
真っ直ぐタバサの眼鏡の奥の瞳を見つめながら言うルイズ。
そんなルイズの視線に、タバサはわずかに眉をひそめながら横へと向く。
「あ、タバサ、今舌打ちしたわね? 小さく聞こえたわよチッって!」
「…………」
そんな視線のやり取りをするルイズとタバサの横。
「おしっこー……」
マリコルヌが身体をもじもじさせていた。
そんな様子を見ていた小さな才人は、立ち上がってマリコルヌの手を握った。
「よし、おれがいっしょについていってやるよ!」
幼い才人は面倒見の良いガキ大将だった。
□正しき少年の日々その2~わたしのかんがえたかっこいいるいずさま~□
トイレの前で貧乳三人娘が立ち言葉を交わす。
「本当にどうするのよ、ルイズ。あなたの使い魔はともかく、マリコルヌはあれでも貴族なんだから、隠しきれないわよ」
そうルイズにすがるように詰め寄るモンモランシー。
対するルイズは、腕を組んだままずっと頭を巡らしていた。
「……そうね、隠すのは無理ね。素直に学院長のところに行きましょうか」
「ええっ!?」
やがて出たルイズの答えに、モンモランシーは驚きの声をあげた。
「い、いつも見たいに誤魔化すとか丸め込むとかうやむやにするとかしないの……?」
「被害者が居る以上、無理ね。でもわたし達は罪には問われない。無罪」
「そうなの?」
無罪と聞いて、タバサもルイズへと問いかける。
「トリステインでは豊胸の秘薬は作るのが禁止されている訳じゃなくて、飲むのが禁止されているのよ。偽乳などけしからんって暴走した王室の馬鹿が昔制定した国法なの。で、わたし達は飲んでいない。そして飲んだサイトはそもそも豊胸効果が現れていない。どこにも罪はない」
「マリコルヌの生家への説明はどうするのよ。秘薬の効果を考えるなら、時間切れなんてありえないわよ」
「おたくのお子さんが痩せました。すごいでしょう。育て直してみませんか……じゃだめ?」
「だめに決まってるじゃない!」
適当に言うルイズに、モンモランシーが突っ込みを入れる。
それを受けて、ルイズは真面目に考え始める。
「それなりに素直に答えてみましょう。わたし達は珍しい秘薬の材料を見つけて実験をしていた。そこへ、夜の女性の部屋にマリコルヌが訊ねてきた。驚いたわたし達は調合に失敗。そうしたらあら不思議」
「あら不思議、が本当に不思議すぎるわね」
「まあ本気でやばくなったらアカデミーの知り合い総動員してどうにかするわよ」
そう話し合っていると、トイレの中からマリコルヌと才人が出てきた。
「すっきりー」
「ちゃんとてあらったよーえらいー?」
「はいはいえらいえらい」
ルイズは才人の頭を撫でてあげると、学院長室へ向かうため寮を後にした。
寮を出て本塔へと向かう間の広場。
ルイズが先頭を歩いていると、ふと広場の片隅に大きな穴が空いているのが見えた。
何だろうとそれを覗きこむルイズ。
「……何やってるのよギーシュ」
「おやルイズ、孤独なモグラさんに何か用かい?」
「ウザい。キモい。で、そんな穴ぐらで何やってるのよギーシュ」
ギーシュの返答を切り捨て、さらにルイズは穴の中でマントを土まみれに汚すギーシュへと問いかけた。
それに対しギーシュは、ぎゅっと膝を抱えて縮こまると、自らに語りかけるように話し始めた。
「僕はモールだからね。情けない、しがない、惨めなモールだからね」
「だ、か、ら、何やってるのよギーシュ」
ルイズの三度目の問いかけ。
ギーシュはようやく身を起こした。
「うむ、それなんだがね、ルイズ。僕は恥ずかしいんだ、この前しでかしてしまったことが。だからこうして一人でモールのように反省しているんだ」
「反省? この前の決闘のこと?」
「いや、違うよ。そっちじゃない。その前、二人のレディに失礼なことをしてしまった。それが恥ずかしいんだ」
「……あー、あの二股」
「二股、そうか、やはり二股に見えるかい。でもね、僕はそんなつもりじゃなかったんだ。ケティを遠乗りに誘ったのは紳士として彼女を楽しませてあげようとしただけ。僕はずっとモンモランシーのことを愛していたんだよ」
「それ、本当?」
「そうさ! ずっと僕は彼女を愛していた! 香水を渡された時なんて、まるで駆け出したい気分だったよ! それがなんだ? 見栄を張るためだけにその香水は僕のじゃない? ああ恥ずかしい! 恥ずかしい!」
そういって再び穴の中で丸まるギーシュ。
ルイズは、それを見下ろしながら言った。
「そう、良かったわねモンモランシー」
「へ?」
急に振り返ったルイズ。その向こう。
小さな男の子の手を握った愛しき人、モンモランシーの姿があった。
「ももももももももんもらんしぃー!?」
「ギーシュ……」
突然の来訪者に驚くギーシュ。
そして、モンモランシーは目を潤ませてギーシュと向かい合う。
「ギーシュ、あなた……」
「モンモランシー……」
「わたしの誤解だったのね。こんなにもわたしのことを思ってくれていただなんて。わたし、わたし――」
「えっくち」
小さな才人は夜風に当たり湯冷めをしていた。
子供が、三人に増えた。
「どうするのよこれー! ルイズー!」
「どうやらくしゃみをすると男の人に感染するようね……」
二人で同時に頭を抱えるモンモランシーとルイズ。
その横では新たに増えた幼児を前にタバサは氷の魔法を見せて遊んでいた。
もしかしてこれは本格的に危ない感染症なのではないか。
そう考え始めたルイズの後ろから、突然声がかかった。
「ミス・ヴァリエール! また広間に大穴なんてあけて何をしようというのですか!」
風呂上がりのほてった赤い顔で、学院長秘書のロングビルが怒声を上げた。
元貴族の平民であるロングビルだが、彼女は特別に貴族用の風呂に入ることを許されていた。学院長の秘書として貴族に接することの多いロングビル。身だしなみは貴族と同等に整える必要があったのだ。
彼女は風呂上がりに職員用の寮へと戻ろうと思った矢先、少女の叫び声を聞いて広場へとやってきたのだ。
そして見えたのは、謎の大穴とルイズの姿。
また面倒事かと風呂上がりの頭に血を上らせた。
沸騰しかけた頭。だが、ルイズの傍らに見慣れぬ子供がいるのを見て、一気に頭は冷めていった。
「ミス・ヴァリエール……」
「は、はい。これから学院長室に説明しに行こうかと思っていたところです」
「ミス・ヴァリエール、この子達……故郷のアルビオンに連れて帰って育ててもいいですか?」
「駄目ー! 駄目ですよそれー!?」
膝をつき三人の幼児達を両手で抱えてルイズを見上げるロングビルに、全力の突っ込みを入れるルイズ。
もう何が何だか、と混乱してきたルイズ達に、さらなる訪問者が現れる。
「ルイズ、どうしたんだいこんなところで騒いで。また変なことたくらんでいるのか?」
風呂上がりの貴族達。
眼鏡のメイジ、レイナールを先頭にした五人組の少年達だ。
「えっくち!」
だが、彼らが近くに寄った瞬間、ロングビルの髪の毛に鼻をくすぐられたマリコルヌがくしゃみをした。
少年達は一瞬で十ばかり幼く変わってしまった。
「やや、これはどういうことですかな!?」
さらにそこに、ハゲ頭の教師がやってくる。
「えっくち」
「わわわ!」
ギーシュのくしゃみに教師も秘薬の力にさらされる。
教師の頭から急に髪の毛が伸び始め、まばたきする間に年の頃十五ばかりの長髪の美少年へと変わった。
「だ、誰ー!?」
「し、失礼な、あなた達も私の名前をお忘れか! 私はコルベールですぞ!」
整った顔にかけられた眼鏡を指先で動かしながら、長髪の少年は叫ぶ。
「なんじゃなんじゃ騒がしい」
「えっくち!」
「オールド・オスマンー! って、変わって無いー!?」
「ふぉ!?」
くしゃみの連鎖は続き、やがて秘薬の力は学院を支配する。
数日経つ頃には水の精霊が怒りで洪水を起こすかのようにトリステイン中に秘薬の力が広まり、空路を経てアルビオンへと到達し反乱軍の兵士達を無力な子供へと変える。
大陸を侵食していく精霊の秘薬はやがてガリアの王城へと辿り着き、ガリア王ジョセフを純粋な少年に変えた。
こうして、ハルケギニアに平和が訪れたのであった。
「って、なんじゃそりゃーっ!?」
毛布をはねのけてルイズは上半身を勢いよく起こした。
「……あれ?」
広場にいたはずのルイズ。だが、彼女はいつの間にかベッドの中にいた。
夜中であったはずの窓の向こうの空は、明朝独特の薄暗い水色をしている。
――えーと、夢?
ルイズは頭を振って今までの記憶を振り返る。
夢。そう、夢だ。なんだ、精霊の力で若返りって。長寿の秘薬なら聞いたことがあるが、若返りなど聞いたこともない。
いや、そもそも豊胸剤という時点で何かがおかしい。そんなものがあったならモンモランシーのつてなど頼らずとっくの昔に入手している。
「ふにゃ……」
そんな思考の波に飲まれているルイズに、ふと声が届く。
聞こえてきたのは部屋の反対側にあるベッド。才人の眠る場所だ。
そこでルイズは思い至る。
そうだ、先ほどのが夢ならば才人の姿は小さくはなっていないはず。
そう寝ぼけた頭で考えたルイズは、裸足のまま才人のベッドへと歩いていく。
才人は頭から毛布を被っているようで、身体が縮まっているかどうか解らない。
ルイズはこっそりと毛布をはぐ。
毛布の中にいたのは、いつもと変わらぬ少年の才人の姿だった。
ほっと胸をなで下ろすルイズ。
勘違いだ。ただの夢だ。そう結論づけて二度寝しようと自分のベッドへと足を向けたそのときだ。
「ふゃ、るいずおねーちゃーん」
突然聞こえてきた寝言に、ルイズは反射的に魔法を放った。
「あー、嫌な夢見た」
ルイズは目の下にくまを作りながら、そうつぶやき朝食のテーブルの前にすわった。
あの後、ルイズは二度寝できなかった。夢の内容が頭にフラッシュバックして眠るに眠れなかったのだ。
「夢見が悪いからって魔法を使うな魔法を」
その隣で、ぼろぼろになった才人が手櫛で髪を整える。
主と同じく不機嫌だが、こちらは夢見の悪さではなく物理的な暴力によるものが原因であった。
「ねえサイト、あなたは夢とか見なかったの?」
「見てたとしてもあんな起こされかたじゃ覚えてねえっつーの」
ぶつくさと文句を言う才人。
ルイズは眠気で支配される目をこすりながら、なんとか才人をなだめていった。
そして、ルイズの才人とは逆の隣の席、そこにこれまた眠たそうなモンモランシーが着席する。
「ねえ、ルイズ……」
「モンモランシーも変な夢見たの?」
「は? 夢? 何それ?」
モンモランシーは眠たげな目を見開いてルイズを見つめた。
「あら、違うの?」
「違うわよ。あのね、ルイズ。ちょっと悩んでいることがあるの。それで昨夜はずっと眠れなくて……。魔女さん、ちょっと相談に乗ってくれないかしら?」
「どうしたの?」
改めてかしこまるモンモランシーに、ルイズは問いを返す。
それを受けて、モンモランシーはルイズにこう語った。
「手に入れたものの使い道が思いつかなくて……精霊の涙」
「ひいっ!?」
□正しき少年の日々 完□
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明けましておめでとうございます。
一年に一度夢落ちが許される正月。良い初夢の夜をお過ごしください。なお正しい初夢は二日の夜に寝て三日の朝に起きる間に見る夢だそうです。