□好きな焼気持ちその1~わたしのかんがえたかっこいいるいずさま~□
アルヴィーズの食堂、その奥にある厨房。
学院内にいる貴族達全員分の料理を一度に作れるこの厨房は、とても広い。
「そう、軽く黄色い色が付くくらいで良い。焦げる前に止めるように」
その厨房で何故か、才人が料理人達に指示を出していた。
さらに、才人の指示に従いフライパンを振るう料理人はルイズとキュルケである。
「あらキュルケ、以外とフライパン捌きがさまになってるじゃない」
「わたしは火のメイジよ、ルイズ。火の扱いはお手の物ね。そういうあなたこそ慣れた手つきじゃない」
「料理が出来ないと野営もできないわ」
言葉を交わしながら二人はフライパンの表面を木のヘラでかき混ぜる。
フライパンの上には、細かく刻まれた玉葱が載せられていた。
炒めた玉葱の香ばしい香りがキュルケ達の周りに広がっていく。
こちらは大丈夫だろう、とサイトは彼女達から視線を外し、後ろの調理台へと振り返る。
そこではタバサ、そしてモンモランシーが台に置かれた二つの小振りの鍋にそれぞれ手を突っ込み、何かをこねていた。
「タバサ、あなたちょっと握力弱すぎるんじゃない?」
「お肉が潰れたら大変」
「大変、じゃなくて潰してこねるのよ。こう、こう」
タバサに見せつけるようにしてモンモランシーは腰を入れて鍋の中の物をこねる。
鍋の中に入っているのは、生肉のミンチだ。
秘薬作りの課程で薬草やキノコをこうして手でいじることの多いモンモランシーは、楽しげな表情で両手を肉まみれにしていた。
そのモンモランシーに促されるように、タバサも体重を乗せて鍋の中の肉ミンチを強くこね始める。
その様子に満足したモンモランシーは、手を止めて背後の才人へと振り向く。
「でも、ミスタ・ヒラガ。本当にこんな粗末な肉で美味しい料理ができるのかしら?」
「言っただろ、ハンバーグは庶民の料理だって。高いステーキ肉なんて使う必要ないんだよ」
そう、彼女達はハンバーグを作っているのだ。
きっかけは、夕食時の会話。
異国の民であるという才人に、モンモランシーが日本ではどのような料理が食べられていたのかを質問したのだ。
そこで才人が頭に思い浮かべた料理が、召喚されたあの日に夕食として食べるはずだったハンバーグだったのだ。
ハンバーグという言葉はハルケギニア共用語には訳されず、さらにどんな料理かを語っても誰も心当たりがない。
そこで才人達は食後の厨房に入り、料理長のマルトーにハンバーグのレシピを教え、この料理を知っているかと訊ねた。
答えは、否だった。
聞いたことのない異国の料理。それでいてレシピは簡単。
タバサの一言、「食べたい」で彼女達の食後の行動は決まった。
夕食の片付けを終えた厨房を借りてハンバーグを作ってみることにしたのだ。
格式の高い貴族は自分で料理を作ることはない。
それでもこうやって才人の指示で厨房に立っているのは、異国の文化に触れてみたいという興味と、才人の言った「ハンバーグを食べるときよく料理を作る母を手伝っていた」という言葉によるものだった。
マルトーの監視の下、貴族の子女達が厨房で慌ただしく動く。
それを遠巻きに見ていた使用人達も、異国の庶民料理を作ると聞いて彼女達を手伝い始めた。
「なんでわたしがこんなことを……」
そんな中、一人だけが不満そうな顔で火にかけた鍋をお玉でかき混ぜていた。
学院長の秘書、ミス・ロングビルだ。
「おうおう、ロングビルの嬢ちゃん。この状況で見てるだけってのはねーんじゃないのか」
文句を言いながら鍋をかき混ぜるロングビルの横で釜の様子を見ていたマルトーがそう言った。
「いえ、わたしはあくまで学院長にミス・ヴァリエールが何かしでかさないようにと言われて監視をしているだけなのですが……」
「良いじゃねえか。手伝ったらちゃんとハンバーグ食わせてもらえるだろうさ」
「太るので肉料理の夜食はちょっと……」
「かかっ、嬢ちゃんはちょっと痩せすぎだぁ。そんなんじゃ元気な子供産めねーぞ」
そんなマルトーのセクハラ発言に、ロングビルはこいつも学院長の同類かと眉をひそめた。
そんなロングビルの横で、ルイズ達は玉葱を炒め続ける。
「サイト、サイト! 色付いてきたけどこれくらいで良いの?」
「ああそれくらいで丁度良い。あとはそれを肉と一緒にこねるから、フライパンの底を水にでもつけて触っても火傷しない温度まで玉葱を冷やしてくれ」
「あら、それなら……はい、『放熱』」
ルイズと才人のやり取りを聞いたキュルケは、ルーンを唱えてフライパンの熱を魔法で空気中に飛ばした。
「厨房で杖を振るって料理を作る貴族なんて、そんな話聞いたことないわね」
「外を馬で駆け回って野宿するのよりはずっと健全な貴族のありかただと思うわ。さ、サイト冷ましたわよ」
「よし、じゃあ肉と混ぜよう。おーい、タバサ、モンモンモン、フライパンそっちに持っていくからちょっと前あけてくれ」
「誰がモンモンモンよ!」
才人に引き連れられてキュルケとルイズは作業台へとフライパンを運ぶ。
そして促されるままフライパンの中身をタバサ達がこねた挽肉の中へと乗せた。
「後はパン粉と鶏の卵を入れて、またこねてこねてこねる」
「卵を入れるのは焼いたときに肉と玉葱をしっかりくっつけるための『つなぎ』。そうだな、坊主?」
「へえ、さすが料理長さんですね。その通りですよ」
腕を組んで作業台の上を眺めるマルトーの指摘に、才人はそう感心して答えた。
「ねえ、ミスタ・ヒラガ。混ぜるのはいいけど、これ素手でやる必要あるのかしら?」
「満遍なく均等に混ぜるには、やっぱり素手じゃないと無理だよ。均等に混ぜるのがハンバーグのコツなんだ」
そんなやり取りをするモンモランシーと才人の横で、タバサが肉と玉葱とパン粉と卵まみれになった手を鍋の上に掲げた。
「ぐちゃぐちゃ。気持ち悪い」
「そうか? 粘土遊びみたいで面白くないか?」
「粘土……」
才人の言葉を聞いて、タバサは再び鍋の中に手を突っ込み肉をこね始める。
そして。
「猫さん」
「面白いからって食べ物で遊ぶな! っつーか猫上手いし!」
肉で作ったリアルな猫のオブジェに、才人は思わず突っ込みを入れた。
そんなやり取りをしつつ具材の用意は終わる。
混ぜ終わった鍋を前に、さらに才人とルイズ、キュルケも加わって肉のタネをちぎり、円く形作って皿の上に並べていく。
「普通の円でも楕円でもいいけど、必ずこう、こうやって真ん中をへこませるんだ」
「どうして?」
タネを両手で弄びながらルイズは才人の説明に疑問を投げる。
「焼くと真ん中が膨らむんだ。だから焼き上がりを平らにするためへこませる」
「隙間だらけだから熱で中の空気が膨張するのかしら」
「料理も秘薬作りと同じくらい奥が深いのね」
和気藹々と喋る五人の手で大皿の上にハンバーグの素が並べられていく。
やがて鍋の中が空になる。五人の手の平は具材と肉の脂でべとべとだった。
「さて、あとは焼くだけだ。マルトーさん、お願いします」
「おうよ」
才人の呼びかけに、マルトーは大きなフライパンをいくつも取り出す。
貴族達の夕食へ同時に焼きたてのステーキを提供するための業務用料理道具だ。
「表面は焼き色をつけて、中までしっかり火を通すんですけど、ここの厨房の火加減解らないのでマルトーさんお願いできますか?」
「おう、じゃああんたらは手を洗って横で見てな。よしお前ら、料理人としての腕前、貴族の嬢ちゃん達に見せつけてやれ!」
そのマルトーの言葉に、材料を運んでから一休みしていた調理師やメイド達が返事をして、コンロに火を入れフライパンを手に持った。
賄い用のテーブルの前に、ルイズ達貴族と使用人達が一緒になって座る。
そのテーブルの上には、完成したハンバーグの皿が並べられている。
焼きたてのハンバーグの上に熱々のトマトソースがかけられ、かぐわしい香りと共に湯気を放っていた。
付け合わせとして夕食の残りのポテトサラダが皿の横に添えられている。
三度の食事の場ではなくただの夜食であったため、皆はブリミルへの祈りの言葉を告げることなくナイフとフォークを使ってハンバーグを食べ始めた。
見慣れぬ形をした焼肉団子に、ルイズはおそるおそるナイフを差し込んだ。
柔らかい。
ステーキのような抵抗はなく、軽くナイフを引いただけでハンバーグが一口大に切れた。
ルイズは左手のフォークをそれに刺し、ハンバーグを口へと運んだ。
そして。
「んんんんーっ!?」
肉汁が口の中へと広がった。甘く、それでいて肉の旨味が色濃く残っている。
噛むたびに、口の中はジューシーな肉汁で満たされていく。
肉は柔らかく、噛まずとも舌を動かすだけで口の中でハンバーグがほぐされていく。
口の中のそれを飲み込むと、焼きたてのハンバーグの熱で食道がぽかぽかと温かくなった。
ルイズは余韻に浸るようにしばしたたずむ。
そして、顔を上げて素直な感想を述べた。
「美味しい!」
その言葉に、ハンバーグを口に入れた皆が同意だとばかりに頷いた。
「何これ、すごい甘い感じがする。それがトマトソースの酸味とからんで、すごい素敵な味になってる」
「肉汁もすごいわね。あんなにぐちゃぐちゃになるまで混ぜたのに、こんなに汁が出るなんて。美味しいわ」
ルイズの言葉を引き継ぐように、キュルケもそう言った。
「甘みも肉汁も、玉葱を入れたおかげなんだ。手間がかかるけど炒めてから混ぜるのが美味しさの秘訣らしいよ」
彼女達の感想に、才人が補足の言葉を入れた。
才人は笑顔で故郷の味のハンバーグを口にする。まさか異世界の材料でこんなに美味しいハンバーグを作れるとは、想像以上だった。
モンモランシーとタバサも、初めて味わう旨味に、美味しいと感想を言う。
「赤ワイン、赤ワインは無いかしら?」
「付け合わせにハシバミ草が欲しい」
舌の肥えた貴族を前にしても、才人の大好物である日本の国民食の一つハンバーグは大人気だった。
使用人達も口々に美味しいと喜びながら言った。
賄いとしていつも食べている肉は粗野な端の部位であったため、ハンバーグの思わぬ旨味に頬を落としそうになっていた。
そんな風にして喜ぶ皆の横、ずっと不機嫌であったロングビルはと言うと。
「う、ううっ……」
涙を流してハンバーグを咀嚼していた。
「ど、どうしたんですかミス・ロングビル!?」
その様子に気付いたキュルケは、ロングビルへと声をかける。
「美味しい……あんな粗末な肉がこんなに美味しくなるだなんて……故郷のあの子に食べさせてあげたい……」
「ええ!? 確かに美味しいですけど泣くほどのものですか!?」
驚くキュルケに、あるメイドがキュルケに言った。
「ミス・ロングビルのご家族はアルビオンに居るとお伺いしたことがありますが……」
「え、アルビオン? ……あー、なるほど」
キュルケはその言葉に納得して、ロングビルの方へと乗り出していた身を引き、ハンバーグを再び手に付けた。
「アルビオンなら仕方が無いわね」
その様子を横目で眺めていたルイズも、なるほどと納得する。
「え、何が仕方無いんだ?」
そう疑問を投げた才人に、ルイズは答える。
「アルビオン王国はね……料理が不味いのよ」
「……なるほどなー」
簡単な回答に、才人も納得する。そういえば、アルビオンとかいう国は地図上、イギリスに対応した国だったか。それなら、まあ、仕方が無い。
そんなやり取りをする背後から、不意に声がかかる。
「おう、坊主。言われたとおりに丸パン焼いたぜ」
一人席を外していたマルトーが、テーブルの上にいくつかの大皿を並べていく。
皿の一つには、追加で焼かれたハンバーグ、別の皿には焼きたての円く平べったいパン、そしてサラダが積まれていた。
「サイト、これは?」
先ほど聞いていたレシピには含められていなかった品々を見て、ルイズは才人へと問いかけた。
「おう、これはな……」
サイトは立ち上がり大皿へと手を伸ばすと、パンを一つ手に掴むと、その上に葉菜、薄く切ったチーズ、ハンバーグを乗せ、さらにチーズと葉菜、パンと順に乗せてハンバーグを挟み込んだ。
「ハンバーガーってな。ほら、食べてみろよ。手づかみで、そのままがぶってかじりつくんだ」
ハンバーガーと呼ばれたパンを手渡されたルイズは、才人の言葉に従いその小さな口でそれに齧り付いた。
「!?」
先ほどと同じように、口の中に広がった肉汁。それはすぐに舌の上のパンと絡み、口の中で少しずつ味が変わっていく。
さらに、チーズ、葉菜が噛むたびに口の中で踊り、葉菜の水気がハンバーグでぎとぎとになった口の中をさわやかに洗い流していった。
美味。
ただそれだけの簡単な言葉がルイズの身体を満たした。
「お、お、お、お、おいしいわ……なにこれ、初めての味わう感覚……いろんな味が一度にとろとろしゃきしゃきって……」
ルイズはハンバーガーを両手に掴んだまま、その身をくねらせる。
それを眺めていた面々は、我先にと皿の上の具材へと殺到した。
「おいおい、そんな焦らなくても余るってくらいたくさん作ってあるぞ。しかしこれはうめえな。夕食のメインを飾れるぜ」
席についてハンバーグを食べながら、マルトーはそんな彼らを笑って眺めた。
マルトーはハンバーグの新しい味を、一口一口料理人としての感覚を研ぎ澄ませながら味わっていく。
そんなマルトーは、不意に誰かに袖を引かれて横を振り向いた。
そこにはいつの間に側に来ていたのか、タバサが立っていた。
「どしたー?」
「ハシバミ草。……ハンバーガーにする」
タバサの左手には、食べかけのハンバーガーが握られていた。
「……ぷっ! がはははは! 嬢ちゃんは相変わらずあれが好きだな! よし、今すぐ用意してやる。明日の朝用に仕入れてあるんだ」
そんなタバサとマルトーのやり取りの横で、使用人の一人が赤ワインの瓶をテーブルの上に運んできた。
次々と瓶の栓が開けられ、グラスにワインがつがれる。やがて試食会は、酒宴へと変わっていく。
才人と学院の住人達との初めての異文化交流は、こうして成功を収めたのだった。
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ルイズ=姉、タバサ=妹、キュルケ=お母さん。そんな三人娘達。