□がんだーるう゛その6~わたしのかんがえたかっこいいるいずさま~□
店主の落胆の様子を眺めていたルイズは、彼の肩を叩いて話しかける。
「おじさま、普通の剣を扱っていては知る機会がないでしょうけど、こういうのは儀式剣っていうの。人を斬るための剣じゃなくて、式典や魔法の儀式の場に用いられるものよ。初めから強度なんて何も考えられずに作られているの」
ルイズの話を聞いても、店主は動かない。それほどこの大剣に剣としての価値が無かったショックが大きかったのだろう。
ルイズは頬をかきながらさらに言葉を続けた。
「キュルケ、この剣を装飾品や工芸品として見た場合、いくらの値をつけるかしら?」
「そうね、この細工、この宝石の数、そしてシュペー卿の名前を考えるなら……三千エキューはくだらないと思うわ」
「本当ですかい!」
キュルケの鑑定に、店主が歳に見合わぬ勢いで身を起こした。
「え、ええ……」
その勢いにキュルケは気圧されながら肯定の意思を伝える。
さらに、ルイズが剣についての補足を語る。
「名剣だと言って貴族に売りつけて、さあ折れたとなったら面倒なことになるわよ。素直にブルドンネ街にある貴族御用達の宝石店にでも卸した方がいいわ」
「へえ、そうしやす。ありがてえ、ありがてえ……」
へこへことルイズとキュルケに頭を下げる店主。
そんな彼に、店の入り口の方から声がかかった。
「がはははは、だから言ったじゃねえか! 宝石で人は切れねえってよ! 何が儀式剣だ。剣の風上にもおけねーやつだ!」
品のない大声に、ルイズは振り向く。
だが、そこには誰もいない。
タバサが近くで細身のレイピアを手に取っているが、彼女がこんな声をあげるはずもないだろう。
「こら! デル公! 貴族のお客様の前で下品な口を開くんじゃねえ!」
「うるせえな、俺が何を喋ろうが剣の勝手だ!」
「……どういうこと?」
虚空から聞こえる声に、ルイズは店主へと疑問の声を投げかけた。
「いや、実はですね、あそこにインテリジェンスソードが置いてあるんで」
「なんですって!?」
「意思を持つ魔剣なんて、そんな悪趣味な物どこの魔術師が始めたんでしょうかねぇ……。剣が喋ったところで何の役に立つのかってもんでして」
その店主の説明も最後まで聞かずに、ルイズは入り口の方へと歩いていく。
「どこ?」
「おう、なんかよーか娘っ子」
乱雑に積まれた数打ちの剣の束。その中から声が聞こえた。
ルイズはその中なら、1.5メイルほどもある一本の長剣を取り上げた。
薄い錆にまみれの刀身の古くさい長剣だ。
「あなた、インテリジェンスソードね?」
「おう、それがどーかしたか」
「おじさま、これ買いますわ。おいくらかしら?」
「っておい!?」
長剣の話を黙殺し、ルイズは剣を握ったままカウンターへと戻っていく。
「へえ、そんな包丁にもなりやしない鉄屑なら、十エキューもいただければ十分でさ。むしろ処分に困っていたくらいなもんで」
「そう」
ルイズは長剣をカウンターに置き、背中のリュックの肩紐から腕を抜いてカウンターの上にリュックを落とした。
鈍い音、そして小さな金属が大量にこすれる音が店内に響いた
「ル、ルイズいったいどれだけお金持ってきてるのよ。小切手で良いじゃない」
「言ったでしょう、返り血を浴びたお金だって。さっさと処分してしまいたいのよね。……さ、おじさま、代金はこれで良いかしら?」
「へえ、まいど」
ルイズはリュックの中から取りだした新金貨十四枚を店主に渡すと、釣り銭を受け取らずカウンターに置いた長剣を手に取った。
「名前は」
「……デルフリンガーだ」
「そう。今日からあなたはわたしの所有物。インテリジェンスソードの仕組みを調べるための実験に使わせて貰うわ」
「おいおいおい、そりゃねーよ」
「恨むなら、剣の身に生まれた自分を恨むのね。さ、サイト」
「ん、ああ」
喋る剣を物珍しそうに眺める才人にルイズは声をかけ、デルフリンガーを手渡した。
「はっ、鑑定士か何かしらねーが、こんな坊主に俺の素晴らしさが……って、おでれーた。てめ、『使い手』か」
「使い手?」
デルフリンガーのいきなりの言葉に才人は首を傾げる。
使い手って何だ、そう聞き返そうとした才人の手に、突然痛みが走った。衝撃に手から柄がすっぽ抜け、剣は床の上をすべっていく。
何事かと才人が顔をあげると、そこには脚を高く振り上げたルイズの姿が見えた。
今のは蹴りか。そして中身は紫か。
ルイズは脚を下ろすと、床をすべっていったデルフリンガーの元へと歩いていく。
床に落ちた剣を拾い、ルイズは顔を刀身へと近づけた。
そして、小さな声で剣に語りかける。
「それ以上その『使い手』のことをわたし以外の誰かに喋ってみなさい……。土の中に埋めて丸ごと鋼に錬金してしまうわよ」
「は、はい、解りました……」
ルイズはデルフリンガーの返答によろしい、と頷きカウンターの元へと戻る。
「はい、改めて、この剣を『鑑定』して隅々までね」
「お、おう」
デルフリンガーを再び手渡された才人は、両の手でその柄を握りしめる。
――すげえな、喋る剣って。一体中身はどうなっているんだ。
才人の好奇心が、武器の力を引き出すガンダールヴの力を高めていく。
目を閉じ、心を剣に寄せ、知識を引き出す。
そして。
「サイト!?」
才人は倒れた。
才人は、頭の後ろに感じる柔らかい感触と共に目を覚ました。
誰かが自分の頬を手の平で叩いている。
才人が目を開けると、逆さまになったルイズの可愛らしい顔が目に映った。
「あ、起きた。大丈夫?」
「えー、あー?」
「急に倒れたのよ、あなた」
横からキュルケの声が聞こえた。
背中から固い床の感触を感じる。
何でこんなことになっているのか。
そうだ、喋る剣の使い方をガンダールヴの力で見ようとしたのだ。
才人は身を起こして周りを見渡す。
ランプに照らされた薄暗い武具店の室内。カウンターの向こうからは店主が何事かとこちらを覗きこんでいる。
横には心配そうな顔でこちらを見るキュルケと、三日月刀を抱え無表情でこちらを見るタバサが立っていた。
そして、後ろを振り返ると、ルイズが正座の姿勢で座っている。
どうやら自分は膝枕をされていたらしい。そのことに気付いた才人は、すぐに身を起こしてしまったことを後悔した。
「なんで急に倒れたのかしら?」
膝を立てて立ち上がろうとしながら、ルイズは傍らに落ちたデルフリンガーに訊ねてみた。
才人を『使い手』と呼ぶこの剣、もしかして何かいろいろ知っているのではないだろうか。
「あー、この坊主、慣らしもしないで俺の中身をいきなり覗きこもうとしやがったからなぁー」
「どういうこと?」
「俺っち、こうみえても歴史の長い凄い魔剣なのよ。それを一度に全部見ようとしたから頭がそれを拒否してぶっ倒れたんだろ」
錆だらけの刀身でランプの光を反射させながら、デルフリンガーがそう言った。
「歴史が長い……あんた、どれくらい前に作られたの?」
「さあー覚えてねえなぁ。千年以上前なのは覚えてんだけどなー。長生きしすぎていろいろ忘れてしまってんのよ俺」
「…………」
ルイズはデルフリンガーの言葉を聞いて、無言で立ち上がる。
そして床からデルフリンガーを拾うと、こちらを覗きこむ店主の下へと歩く。
「おじさま、この剣買いますわ」
「へえ? お代はもういただきやしたが……」
店主の返答を聞かず、ルイズはカウンター上のリュックに両手を突っ込む。
そして中から口の閉じられた大きな革袋を取り出すと、店主の目の前にその革袋を置いた。
鈍重な音が響き、カウンターがわずかに揺れる。
「新金貨で八百。足りない分は今後もこの店をひいきにすると言うことで」
「は、はっぴゃく!?」
突然告げられた想像外の金額に、店主は驚きの声を上げる。
「それほどの価値があの剣にはあるのよ。少なくともわたしにはね」
「はあ……わかりやした」
店主は革袋を掴むと、中身を確認することなく店の奥にそれを仕舞いに行った。
調べるまでもない。中身にはきっとちゃんとした新金貨がつまっている。そう確信して店主は金庫の中に革袋を詰めた。
そして店主は店の奥に置かれたひいきの客にしか譲っていない業物をいくつか見繕い、カウンターへと運ぶ。
「さて、若奥様、次はこんな剣はどうでしょう」
鑑定士を傍らに置いた金髪の貴族に、店主は話しかけた。
「ねえタバサ」
「なに」
「ルイズ、わたし達に隠し事しているわよね」
「してる」
次々と剣や槍などを鑑定していく才人を見ながら、キュルケは腕を組んだ。
「隠し事をされた友人として、わたしはどうすれば良いのかしら」
「話してくれるまで待つ。隠し事は誰にでもある」
「隠し事だらけだったあなたがいうとそれっぽいわねぇ……」
ため息をつきながら、キュルケは武器をいじるタバサを見る。
剣は飽きたのか、先端にとげのついた鉄製の棍棒の柄を両手で握っている。
さすがに貴族としてその棍棒はどうなのよ、と頭の中で考えながらキュルケはタバサに言葉を投げかけた。
「ねえ、どれを買うか決めたの?」
「ん」
タバサは首を左右に振って否定すると、カウンターの前で槍を両手に構える才人の方を向く。
「彼に決めてもらう」
「ああ、『鑑定士さん』にね」
キュルケはタバサと同じように才人を眺める。
肌の黄色い素朴な少年。
だがどうやら異世界から来たという以外にも色々な事情がありそうであった。
そんな才人は、店主を前にしてルイズとどの武器を買うのかを話し合っていた。
「やっぱり槍は必要だと思うんだよなー」
「右手に槍、左手に剣って? いくら伝説の勇者がそうだからって、すぐにそれを真似しようとするのは安直だわ」
「じゃあお前はどうするのが良いって言うんだ?」
「右手に長剣、左手にはさっきのソードブレーカーかマインゴーシュかしら。学院で『固定化』をかけてもらえばかなり頑丈になるわよ」
「それならいっそのこと盾を持った方が良いんじゃねーかな」
「あら、才人に盾を扱いきれるかしら?」
武器の使い手であるガンダールヴが盾を使えるのかとルイズは才人を笑った。
才人はむう、とうなって少し考え、ソードブレーカーを選んだ。形状が格好良かったからだ。
才人の返答に満足したルイズは、リュックからさらに金貨を取り出して店主に渡す。
他にもいくつか買っていこうか、とカウンターに広げられた武器を眺めていたルイズはふとひらめいた。
「ねえサイト、地球の代表的な武器ってどんなものがあるのかしら?」
「あー、地球か? そうだなここにある剣とかもあるけど……今はほとんど銃だな」
「銃、銃ね。ねえおじさま、銃は置いてあるかしら?」
「へえ、ゲルマニア産のを少し置いてますぜ」
そう言って店主は店内の一角を指さす。
木で出来た棚、そこに長身の銃が飾られていた。
「どう、サイト?」
「んー……確かに銃だけどなぁ、駄目だ、これじゃ使うのが大変だよ」
才人は片手で銃を握りながら首を振った。
「地球で個人所有するようなメジャーな銃と言えばこう、手の平より少し大きいくらいの大きさで、持ち運びも楽なんだ」
才人は実際に地球の銃に触れたことは無かったが、テレビやゲームの中で拳銃を何度も見たことがあった。
才人の中では、銃とはハンドガンのイメージが強い。狙撃銃や猟銃といった長銃はどうしても使いにくそうな印象が大きかった。
「ふうん、そう。まあ、火薬の取り扱いとかも難しいだろうし、遠くを狙うには弓の方が便利かもね」
そう言いながらルイズは銃の横の壁に立てかけられた弓を眺める。
だが、今日はそこまでは良いだろうとカウンターの前に向き直った。
「そうだ、おじさま、寸鉄とかの暗器も用意してくれる?」
「はあ、まあありますけどね。でも若奥様、それ全部この旦那に使わせる気で?」
「ええ、ちまたは土くれのフーケで騒がれているでしょう? メイジ以外も身を守るすべは必要よ」
「そんなものですかね」
そう言いながら店主はカウンターの上に寸鉄やふくみ針、ナックルダスターなどを並べていく。
裏町の住人が好んで買っていく安価な武器だ。
その中からルイズは先端にとがりのないブラスナックルを選び、才人に持たせた。
「はい。最近巷では盗賊が暴れているの。だから、それは常にポケットにでも忍ばせて、いつでも身につけられるようにね?」
才人はルイズのその言葉を聞いて、その裏の意図に気付いた。
これは身体能力強化を誤魔化すために使うのだ。いつでも身につけられるようにする。すなわち、いつでも身体強化を出来るようにして、普段は力をおさえているがいつでも本領を発揮できるという設定の裏付けにするのだ。
こうして、ルイズの『ガンダールヴ』研究のための道具調達は、何事もなく終わった。
どさくさにまぎれてタバサが自分のための剣を購入品に混ぜルイズに代金を支払わせたが、ルイズがそれに気付くことはなかった。
□がんだーるう゛ 完□
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補足説明:武器の操作手順を脳内に送り込むある程度の鑑定能力が『ガンダールヴ』にないと、ゼロ戦操縦や戦車砲撃やロケットランチャー発射なんてできないだろうなぁ、という考察結果。