□がんだーるう゛その3~わたしのかんがえたかっこいいるいずさま~□
ルイズ、才人、ギーシュの三人は学院本塔最上階の学院長室に呼ばれていた。
彼女達三人は、部屋のカーペットの上に正座をして座っている。
叱られるときは正座。ルイズはその異国の風習を微妙に気に入っていた。
ルイズ達の前には学院長のオスマン氏。そして傍らには秘書のミス・ロングビルと、ルイズ達をここまで連行してきたコルベールが立っていた。
「さて、問題を起こした当人にはミス・ヴァリエールが十分な罰を与えたようじゃが……、じゃが仮にも学院規則で禁止された決闘を行った者に、教師としての建前上、こちらから罰を与えないというわけにもいかないのう」
右手で小さな水パイプをふかし、左手で豊かな白髭を触りながら、オスマン氏はそう言った。
「あら、禁止されているのは貴族同士の決闘ですわ。異国の民であるサイトが決闘をしたとして何のお咎めがありましょう」
「ええい! またそうやって煙に巻こうとしおって! 魔法の使えぬ平民ごときが貴族に剣を向けるなど前代未聞なだけ、学院に居る者同士、杖を向け合うのと杖と剣を向け合うのは同じ罪じゃ!」
そのオスマン氏の言葉に、ルイズはルーンを一言唱え、右腕を振り上げて指を鳴らした。
次の瞬間、パイプの中の煙草が小さな音を立てて弾け飛んだ。
「オールド・オスマン。今後一度でも、『賢人』のミスタ・ヒラガを『平民ごとき』などと下に見ることがあったら、私も大切な使い魔を侮辱されたとしてそれなりの行動に出させていただきますわ。彼は異国の貴人。ハルケギニアの民と同列に扱うことの無いように」
「う、うむ……。その通りじゃな。詫びよう。平民ごときなどという汚い言葉も、貴族が使って良い言葉ではなかった」
熟練のメイジであるオスマン氏が反応できないほどの速く器用な魔法に、彼は冷や汗を流しながら頷きを返す。
ルイズに説教をするはずが、オスマン氏は逆に説教をされていた。
この場には、元貴族であるが今は平民であるミス・ロングビルも同席している。『平民ごとき』という言葉はオスマン氏の完全な失言であった。
オスマン氏は本来は平民と貴族を分け隔て無く見る人格者。自らの失言を恥じて心の中で素直に反省をした。
だが、この場は決闘をした二人を罰する場。教育者としての凛とした表情は保ったままだ。
「ミスタ・グラモンは懲罰室で反省文。ミス・ヴァリエールはそうじゃな。使い魔の監督不届きと、先日の竜鱗強奪の罰として、一週間の寮内謹慎としよう」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
そのオスマン氏の処断に、服を草汁で緑に染めた才人が食い下がった。
「この喧嘩、ルイズは全く関係ありません! なんでルイズに罰が与えられるんですか! 罰するならルイズではなく俺に罰を与えてください!」
その才人の言葉に、オスマン氏はふむ、と髭に触りながら考えた。
ミス・ヴァリエールめ。なかなか主思いな使い魔を召喚しよったようじゃ。
「異国の民ミスタ・ヒラガよ。この国では使い魔の罪はその主の罪となるのじゃ。凶暴な魔獣が使い魔となる可能性がある以上、それを完全に御するのがメイジの義務。学院の立場として決闘に対する罰を与える以上、そこは譲れぬ線なんじゃ。すまんが納得してくれ……」
「そうですか……」
才人はその言葉を聞いてがっくりと項垂れた。
「ごめん、ルイズ……」
「僕からも謝罪の言葉を述べさせてもらうよ、ルイズ。今回の件は完全に僕が悪いのだから」
「いえ、良いわよ。このくらい慣れっこよ。それに、サイトにはもう十分主として罰を与えたしね」
その三人の姿に、オスマン氏は髭に覆われた口に笑みを作った。
良きかな良きかな。これが素直な若人の姿というものじゃ。
「さて、ミス・ロングビル。ミスタ・グラモンを懲罰室へ」
「はい、解りました」
「何、ちゃんと真面目に反省文を書けば、夕食までには解放してやるわい」
「はい……とと、うお、足がしびれる! これが正座の力か!」
オスマン氏に促され立ち上がろうとしたギーシュだが、思わぬ正座の威力に彼は足をとられてカーペットの上を転げ回った。
ミス・ロングビルに介抱されながら、ギーシュは足を引きずり学院長室を後にした。
そして正座のまま床の上に取り残される才人とルイズの二人。
そんな二人に、オスマン氏はずっと険しくしていた表情を緩めて話しかけた。
「さて、いつまでもそんな格好で座っていては辛いじゃろう。応接用のソファーにでも座りなさい。少し二人に大事な話があるんじゃ」
オスマン氏はそう言いながら机に水パイプを置き、代わりに一冊の本を机の引き出しの中から出してソファーまで歩いていった。
それを追うように、ずっと無言で待機していたコルベールもソファーへと向かう。
才人とルイズは、なんのこっちゃと正座のまま二人で顔を見合わせた。
「さて、話というのは、何じゃ。ミス・ヴァリエールの使い魔についての話での」
そう言って、オスマン氏は携えた古書の表紙をルイズに向けて見せた。
表題は、『始祖ブリミルの使い魔たち』だ。
それを見て、ルイズはオスマン氏達が何を言いたいのかおおよそ理解した。
「ガンダールヴですわね」
「ふむ、流石はトリステインの『賢者』。すでに解っておったか」
「自分の使い魔のことを調べるのは結構なことですが、授業には出ていただきたいものですな」
今日の二年生の午前授業担当であったコルベールはそうルイズに釘を刺した。
ちなみにこのコルベール、自分の研究のために授業を放棄することがしばしばある。他人のことは全く言えなかった。
「で、ガンダールヴが何か?」
「何か、じゃないわい。これはこの魔法学院の使い魔召喚の儀始まって以来の大事件じゃ」
オスマン氏の呆れるような言葉。
そして、次にコルベールが鼻の上の眼鏡の縁を人差し指で軽く持ち上げながら話し始めた。
「すまないがミス・ヴァリエール。広場での一部始終は全て私が見させてもらった。止めることも出来たんだがね、どうしてもミスタ・ヒラガが剣を使って戦うところを見たかったんだ」
「いつでも止められたのにわたしに一週間の謹慎って、酷くありません?」
「ほっほっほ、反省文で済んだところが謹慎にまでなったのは、普段のおぬしの行いによるところじゃよ、トリステインの『魔女』」
ルイズの言葉にオスマン氏がそう答えた。
教育者として何度もルイズに頭を悩まされてきたオスマン氏。年甲斐もなくしてやったりという顔をしていた。
「ともかくじゃ、薪割り鉈で青銅のゴーレムを真っ二つにしたというその力、間違いなくガンダールヴのものじゃろう」
オスマン氏はソファーの前に古書を置くと、本めくって使い魔のルーンが書かれたページを開いた。
ルイズは隣に座る才人の左手をとると、本の横へ彼の左手を引いて並べた。
本のルーンと、手の甲のルーンの形は完全に一致していた。
「始祖ブリミルの使い魔ガンダールヴ。二つ名を『神の左手』。剣と槍を自在に操り、始祖ブリミルの盾となったといわれているの」
オスマン氏は本を閉じると、再び空いた手の平で髭を弄び始めた。
「メイジとしてはこれ以上の使い魔はおらんじゃろう。じゃが、それを皆に広めるのは自重して欲しい」
「どうしてですの?」
ルイズはオスマン氏が何を言いたいのかおおよそ推測が付いていたが、あえてオスマン氏に何故かと訊ねた。
「『ガンダールヴ』の力は始祖の力。それを利用しようとする者は多いじゃろう。特に、ブリミルの血族を名乗る王室は顕著であろう。今、アルビオンが戦火に見舞われているのは知っておろう?」
ルイズはその言葉に小さく頷いた。
「始祖の力などを得た王室のボンクラどもが、その戦にどう介入するかなど解ったものじゃないわい。いつの時代も奴らは戦が大好きだからのう。お主も自分の使い魔を他人に好き勝手使われるのは望まないじゃろうて」
そうオスマン氏は言葉を締める。
さてどう返答してくるか、とオスマン氏がルイズの顔を覗きこむと、唇の端を釣り上げた笑みが返ってきた。
そしてルイズはその唇をゆっくりと開くと、オスマン氏に向けて話し始めた。
「わたし、使い魔召喚の魔法についての論文を王室直属のアカデミーに送ろうと思っていましたの」
「ほう、論文とな」
「魔法を使えないわたしがなぜサーヴァントの魔法だけ成功したのか、二つの使い魔召喚の魔法は本当にコモン・スペルなのか、始祖ブリミルの使い魔とは一体なんだったのか」
そこまで言って、ルイズはソファーの上で脚を組み、膝の腕で両手の指を組み合わせた。
「その論文、魔法を戦争利用することばかり考えているアカデミーの方にお見せするより、トリステインの魔法の権威たる『オールド・オスマン』にお見せした方が有意義かしら?」
「……何が望みじゃ、『魔女』よ」
苦々しい顔で、オスマン氏がルイズに訊ねる。
「何てことはありませんわ。……わたし、明日の虚無の休日に使い魔の身のまわりを整えてあげようと、城下町へ行こうと思っていましたの。でも困りましたわ。寮から出られないのでは、予定が狂ってしまいました」
「…………」
「ああ、それと、わたしの部屋には寝具が一人分しか無いのです。ですからこの二日、わたしの使い魔は床の上で寝ていましたの。始祖の使い魔を床の上で眠らせるなんてこんなに失礼な話はありませんわね。そんなことが教会に知れたら、この学院はどうなってしまうかしら。困りましたわ」
全く困った様子のない笑顔でルイズは一人語った。
してやられた、とオスマン氏は思った。折角この問題児を一週間押さえつけることが出来る機会であったのに。
「解った、解ったわい。決闘の罰は今ここで反省文を一枚書くだけで良いとする。それと、寮に一室を用意する。それでよいな?」
「寮の部屋はいりませんわ。ガンダールヴの力を調べるにも、異国の話を聞くのにも彼と同じ部屋にいた方が都合が良いですもの。上質で、それでいて部屋を専有しない大きさのベッドを一つ、わたしの部屋に今日中にご用意いただければ、と」
「はあ、仕方がないのう……」
こうして学院の長と魔女との交渉が締結した。
それを横目でずっと見ていた才人。
彼は、もしかしてとんでもないやつが自分の主になったんじゃないか、と今更になって気付いた。
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あとがき:年末なので閑話として重曹を使った食堂大掃除短編を書こうと思ったら、才人の知識レベルでは重曹を作れないことに気付いた!
そしてガンダールヴの能力を考察するため原作一巻を見直していて気付きました。ただの風竜も使い魔になれば、『サモン・サーバント』と『コントラクト・サーバント』の恩恵で人間の言葉を喋るようになる可能性があることを。まあ言わなければ読者の人も気付かないのでばれなければいいですか。