□がんだーるう゛その2~わたしのかんがえたかっこいいるいずさま~□
広場に展開された決闘の場。
その中心にいるのは、土のメイジ『青銅』のギーシュ・ド・グラモン。
そしてもう一人、薪割り用の鉈を片手に持った平賀才人であった。
「って何でサイトがあそこにいるのよ!」
思ってもいなかった状況に、ルイズは絶叫した。
「それは貴女の忠実な愛の奴隷であるぼくがご説明しましょう、ミス・フランソワーズ!」
人だかりの後方で足を止めていたルイズ達の前に、一人の少年が進み出てきた。
「あら、『盛り豚』のマリコルヌじゃないの」
「ああっ! とうとう犬とすら言われなくなったっ!」
恍惚とした表情で小太りの少年、マリコルヌがその身をくねらせる。
それを見たルイズは反射的に彼を蹴りつけた。
「おお痛い。ともかくだね、食事の場に居なかったフランちゃんは状況が掴めないだろうから説明するよ」
「誰がフランちゃんよ誰が」
ルイズの鋭い視線にマリコルヌは動ずる様子もなく言葉を続ける。
「そう、あれは食事が始まる前のことだった……。ミス・フランソワーズを連れずに一人で食堂に現れたミスタ・ヒラガ。彼は慣れぬ動きで二年生のテーブルに座った。その隣には、先日魔女の抱擁で恋破れたギーシュが座っていたんだ」
魔女の抱擁とは何だ、とはルイズは突っ込まなかった。
彼の言動がどこかおかしいのはいつものことだからだ。
「で、何。折り合いでも悪かったの?」
「いいや、悪くはなかったよ。むしろ良かったさ。女なんてと愚痴るギーシュに、親身になって話を聞くミスタ・ヒラガ。ルイルイにも見せてあげたかったね、ワインを酌み交わした彼らのまるで前世からの親友のごとき様相を!」
「それがどうしてこんなことになってるのよ」
そこまで話を聞いたところで、タバサがルイズの袖を引く。
「始まった。止めなくて良いの?」
「ギーシュは土のドットでしょ。それも『錬金』とゴーレム生成ばっかりやってる。サイトならしばらく放っておいても大丈夫よ」
これが他の系統のメイジならばすぐにでも止めたのだが、土ならば無事でいられる。
ドットクラスの土のメイジ兵は、戦の場では土や岩、金属からゴーレムを生成して戦うのが一般的だ。
剣で火や水、風を斬ることは出来ないが、土を斬ることは出来る。彼が本当に『ガンダールヴ』なら、青銅のゴーレムなど鉄の鉈で切り裂いてみせるだろう。
ルイズはそう考えマリコルヌから事情を聞くことを優先した。
「で、その後どうしたって?」
ルイズは歓声の上がる広場の中心を見ずに、マリコルヌの方を見た。
「うむ、彼らは多いに盛り上がったよ。話題は失恋の話からやがて女性の話へと変わった。特に意気投合したのは女体の神秘についてだ。女体の神秘、実に良い言葉だね」
そう言いながらルイズの下半身を眺めようとしたマリコルヌだが、目に入ったオーバーニーソックスの脚が急に跳ね上がってきた。 ルイズの脛は真っ直ぐにマリコルヌの股の間に吸い込まれていき、健脚の蹴りがもたらす強い衝撃が彼の股から脳天までを突き抜けていった。
「ぶりみるーっ!?」
「で、その後どうしたって?」
「そそそそそそそのだね……」
内股になり、中腰の体勢でマリコルヌが必死で言葉を続けようとする。
「ず、ずっと意気投合していた彼らだったけど、さ、最後、ある話題で仲違いをしてしまったんだ……ああありがとうタバサ」
タバサは脂汗を流し苦悶の表情を浮かべるマリコルヌをさすがに気の毒に思い、腰に軽く杖を断続的に当てて介抱をしてあげた。
「仲違いの原因は……君だよフランソワーズ」
「私?」
ルイズは急にあがった自分の名前に首をひねった。何だろう。
昨日の仕打ちにギーシュはルイズを恨みに思い、彼女の使い魔のサイトに当たり散らしでもしたのだろうか。
そうなると、サイトが主であるルイズの名誉を守るためにギーシュに決闘を挑んだという可能性が十分に考えられる。
――も、もしそうだとしたらわたしはサイトに何て言ってあげたらいいのかしら? ありがとう? 流石使い魔ね? いつものことだからこんなことしなくて良い?
心の中で先ほどのマリコルヌの様に身をくねらせるルイズだが、その幻想は続けて放たれたマリコルヌの言葉に見事に破壊された。
「彼らはね、ルイズ。君のその可愛らしい胸の大きさについて仲違いを起こしたんだ」
ルイズとマリコルヌの後ろで話を聞いていたタバサは凍り付いた。
「自分の主にキュルケの様な胸があればと主張するミスタ・ヒラガに、何を言うルイズはあの大きさだからこそ素晴らしいのだと主張するギーシュ。二人はお互いの意見をゆずらなかったね。特にギーシュだ。彼がモンモランシーを好きだと言うことは昨日解ったとは思うけど、彼女、胸が慎ましやかだろう? ギーシュは大きな胸も好きだが、小さな胸に対しても大きなこだわりがあるんだ」
「……そう、そうなの」
「そうさ。決闘まで発展するのには時間はかからなかったよ。まさに紳士二人の信念をかけた戦いだ。小さな胸の大いなる戦いさ!」
「ふふ、ふふふふふ、そうなのそんなことで決闘をしているの」
ルイズは腹の底から響いてくるような声で笑うと、身体をゆっくりと動かして広場の中心へと向き直る。
「うふふ、説明感謝するわマリコルヌ。今度砂糖水を樽一杯ごちそうでもするわ」
「ルイズ実はデブ専!?」
ルイズの冗談を曲解し再び身をくねらせるマリコルヌを尻目に、ルイズは身体をゆらしながら人の波を分けて決闘の場へ向けて歩いていった。
才人とギーシュの決闘は、一方的と言っていいものだった。
青銅のゴーレムを次々と繰り出してくるギーシュに、才人はただ右手の鉈を振るって対抗する。鉄製の鉈はまるで野菜でも切るかのように青銅の像を真っ二つに割った。
才人の見事な剣技に焦りを覚えたギーシュは、ゴーレムの数を増やして陣形を組む。
しかし、才人が鉈を横に大きく振るうと、一度に四体のゴーレムが広場に崩れ落ちた。
ギーシュが兵を生成する端から、才人はゴーレムを破壊していった。
やがて精神力を切らしたギーシュは、疲労でその場に膝をつく。
鉈を片手に精神力の切れたギーシュに一歩ずつ近づいていく才人。
もちろん、彼にはギーシュをどうこうするつもりはない。
高校デビューという言葉があるが、この場はいわば使い魔デビューの場。
なめられないよう皆の見ているこの場でちょっと脅しつけてやる。そう才人は考えていた。
だが、鉈を振るえばギーシュに届くという距離に近づいたところで、急に右手が破裂した。突然の痛みに思わず鉈を地面に落としてしまう。
何事だと右手に目を落とした瞬間、横から怒声が響いた。
「この馬鹿犬どもーっ!」
いきなり才人の足下が大爆発を起こした。
仲良く宙を舞う才人とギーシュの二人。しばしの空中浮遊を楽しむ才人の脳裏に森本レオの顔がよぎる。
そして草の生い茂った広場の地面にその身をしたたかに打ち付けた。
武器を持たぬ才人の身体能力は一般的な現代人のそれ。受け身に失敗し腹を地面に打った彼は思わずぎゃふんと悲鳴を上げた。
痛みに身動きできずにいる才人だが、急に何者かが地面に横たわる彼の片足を掴み引きずっていく。
うつぶせのまま引きずられ草の香りをかがされた才人だが、やがて足は手放され彼を引きずる動きは止まった。
才人が横を見ると、そこには自分と同じように地面に身を投げ出したギーシュが転がっていた。
一体なんなのだろうこの状況は。
「さて、禁止されている決闘なんてするいけない二人にわたしは説教を行いたいんだけど……いつまで寝てるの! 起きなさい!」
「は、はいいいいい!」
叱咤の声に、叫びを上げながら身を起こす才人達二人。
目の前には、怒りで顔を真っ赤にしたルイズが仁王立ちしていた。
「……何かしら、サイト。そのふざけた座り方は」
「はい、これは日本で正座と呼ばれていまして、説教を受けるときにする座り方でございます」
「そう、正しい座り方ね。ギーシュ! あなたも正座しなさい!」
「は、はい……」
並んで草の上に正座をする才人とギーシュ。
ルイズは腕を組んでそんな彼らを見下ろしている。
「ねえサイト……、わたしあなたをもう少し賢い人だろうとばかり思い込んでいたわ。庇う人のいない遠い異国の地に来て、まさか住人と生き死ににかかわる問題なんて起こさないだろうって。こうなったのはどうしてかしら? なんなの? 馬鹿なの?」
「はい、俺は大馬鹿ものでございます。ここに来てからずっと順調すぎて調子に乗っておりました」
「ねえギーシュ……、わたし言ったわよね? サイトはヴァリエール家の客人だって。それがどうしたのかしら。家名も貴族としての名誉も領民の生活もかかっていないただの口論程度で禁止されている決闘をするだなんて。こうなったのはどうしてかしら? なんなの? 馬鹿なの?」
「はい、僕は大馬鹿ものでございます。たかが魔法の使えぬ蛮人と彼を見下しておりました」
「ねえ二人とも……、わたしの胸は決闘をするほどそんなに小さいのかしら?」
その言葉に、才人とギーシュは同時にさっと視線を横にずらした。
「目をそらすのはどうしてかしら? なんなの? 馬鹿にしてるの?」
ルイズの問いにも、彼らは答えない。いや、答えられない。魔女を目の前にして真実を話せるほど無謀ではないし、嘘をついて誤魔化そうと気になるほど彼女の胸は中途半端ではない。
沈黙を続ける二人に、ルイズはやがて身体を小刻みに震わせ始める。
「そ、そう、やっぱり馬鹿にし、しているのね。そ、それともあれかしらあなたたちは犬畜生だから、何も喋れないのかしら」
ルイズは声をどもらせながら、組んでいた腕を解いて二人に向けて手の平を向けた。
「人間様に従わない駄犬には、調教が必要よね?」
才人とギーシュは、晴天の下再び宙に身を躍らせた。
―
マリコルヌとの会話のためだけに発生させた決闘イベントでした。