とある密輸物が原因で起こったその火災事故は凄惨な物だった。深夜でも、閉鎖もしていない。通常運行されている空港での大火災だ。現在判明している死傷者だけでも百数名に上った。地上本部の陸士部隊に指揮官研修に来ていた八神はやて一等陸尉、そして休暇を利用して彼女の元へと遊びに来ていた高町なのは二等空尉、フェイト・T・ハラオウン執務官は救助活動に参加したが、彼女らエース級の魔導師を持ってすら、この大事故は手に余っていた。 予期せぬその大事故は、現場の処理能力を大幅に超えていた。陸と空の仲の悪さによる初動の遅さも被害の拡大に拍車をかける。救助活動の専門ではないなのはに出来る事といったら、オペレータの指示に従って取り残された人たちを救っていく事だけだ。しかし、空港の見取り図は建設当時の物があるだけで、その後増設を繰り返して行った今の空港とはまるで別物になってしまっている。なので、実際の救助活動に当たっているなのは達は常にエリアサーチをかけて、火が巻き起こる中まるで目隠しをして手探りで探るように事に当たるしかなかったのだ。「レイジングハート、周囲に人は?」「【火災の為熱源センサー使用不可。擬似視覚センサー、魔力センサーには反応ありません】』「そっか……はやてちゃん、そっちは?」『ごめんなぁ、ウチとリインだけじゃ情報管制だけで手一杯なんよ。地上本部の人たちも頑張ってくれてるし、もう少しすれば航空部隊の応援も来る筈やから』 この瓦礫の中、火災を諸共せず中を飛行して飛べるほどの魔導師は限られている。なのはと他少数の残りは地道にローラー作戦で探索区域を延ばしていくしか手がなかったのだ。いや、なのははまだマシな部類だったともいえる。インテリジェントデバイス『レイジングハート』の助力もあり、小型のサーチャーを使用することによって他の人間より広い範囲をカバーできていたからだ。しかし、この魔法も未完成。サーチャーは同時に3つまでしか操る事しか出来ず距離もそう離せない。よって周囲を旋回させて見落としを防ぎつつ視覚を広げるぐらいにしか役に立っていなかった。 魔力センサーもリンカーコアを持っていない一般人の魔力では反応し辛い。しかし、今はそれに頼るしか手がなかった。『なのはさん、そこから北100m付近の探索お願いしますです』 友人はやてのユニゾンデバイス『リインフォース』の指示に了解を出しながら、地獄のように火が荒れ狂う火災現場を飛んでいく。途中で人を見つけては強固なシールドを張って保護し、後から来る救助隊へと救出を任して行く。なのはの個人的感情からすれば、こんな所からは1秒でも早く助け出してあげたい。けれど、その人を外に連れ出そうとする間にも、他の要救助者が命の蝋燭をすり減らしていく。思わず歯噛みをする。せめて、火さえなくなればもっと広範囲のサーチが出来る筈なのに。 救助開始からかなりの時間が経った。なのはが助けられたのは二桁になんとか届く程度。この空港に元いた数から考えれば、ほんの一握り。まるで水を素手で掬うように指の間から零れ落ちていく。所詮巨大な魔力を持とうと、一人の人間が出来る事はほんの僅かだ。少なくともなのはの求める理想の境地、全ての人間を救うなどどれだけの魔力があったとしても足りはしない。それでも、となのはは思ってしまう。もう少しなんとかなったんじゃないか。まだもう少しだけ手が伸ばせたんじゃないかと。 そこまで考えてなのはは頭を左右に振って、負の思考から抜け出した。そうやって無理をした結果を彼女は身を持って知っている。歪に積み上げられた力は、横合いからの不意な衝撃で倒れてしまう。「世界はいつだって、こんなはずじゃないことばっかりだ」。友人の兄の言葉が頭を過ぎる。そんな理不尽から出来るだけの人を助け出す、その為になのは自身も理不尽に屈する訳にはいかなかった。 ……と、なのはの耳を衝撃波が揺さぶった。遠い。しかし、確かに。 そして、同時に感じたのだ。魔力の高まりを。「レイジングハート!?」『【反応をキャッチしました。北北東の方角234m地点に魔力反応】』「行くよっ!」 なのはの身体が弾かれるように空を飛んでいく。天井があっても、周りが火の海でも、今のなのはを誰にも地へ堕とすことなど出来なかっただろう。それだけの意思が彼女の心に灯っていた。 まさに間一髪だった。 天井が崩れ落ち、二人の少女がその瓦礫の下へと消えかかったその瞬間、なのはは全ての制限を解き全力全開の砲撃魔法で瓦礫を塵に返した。到着がほんの0.5秒遅かっただけでもう間に合わなかっただろう。 そこにいたのは二人の幼い少女達。もう一人の少女を身に降りかかる瓦礫から守るように抱きしめる青髪の少女、抱き締められながらも身の丈とほぼ同じ大きさのデバイスを文字通りの杖にして倒れぬよう身を支える水髪の少女。両者の違いはあれど、最後の最後まで”理不尽”から逃れようともがいた……眩しい子供たちだった。「君達、大丈夫?」「……ええ、まあ」 傍へと降り立ったなのはの質問に答えたのは、デバイスを持った少女……それもまだ10にも届かないような幼い子供だった。こんな災害に巻き込まれたせいか顔色は悪く、なのはを感情の篭らない瞳で見上げていた。 対して、もう一人の少女の方はガチガチに固まってしまっていた。こちらはもう少し大きく10代に入ったばかりの少女だったが、なのはが声を掛けると緊張のあまり上ずった返事を返してきた。それは無理もなく、一般人の子供が空戦魔導師……しかも砲撃魔法など見る機会はほとんどなく、なのはもミッドチルダに来た当初はこんな視線ばかりを向けられて苦笑したものだ。もっともなのはの場合はその大きすぎる魔力に同じ魔導師からも似たような視線を向けられていたが。 なのはが二人の少女に怪我がないことを確かめ、はやてに連絡を取ろうとしたその時だった。デバイスを所持している方の少女が話しかけてきたのだ。「すみません。管理局の方ですか?」「ええ、そうだけど」「ソーセキ。さっきの生存者のデータを。フィルターで弾いた分も含めて」『【了解しました、マスター】』 は? と一瞬理解出来なかったなのはだったが、少女の持つデバイスがレイジングハートに接触してデータが送られてくると、思わずなのはは目を剥いた。レイジングハートが送られてきたデータを処理して手元に映像として映してくれたのだが、それはこの空港の地図だった。その範囲、およそ3km。管理局が探索していた反対側から、ほぼ空港の中心に位置するここまでが細かく網羅されている。しかも、その途中途中には生存者を表す光点が表示されており、それぞれに情報という”付箋”がされていた。”付箋”には生存者に番号が割り振られ、情報の更新時間までもが順に書かれており、どの時点までどの人物がそこにいたのか一目瞭然だった。そして、ふと右上の隅にボタンが光っているのに気付いた。平面投影映像である地図に、ボタン。なのはがそれに触れると、もう一つの映像が浮かび上がり、そこには地図に書いてある情報の”見方”がずらっと羅列されたデータを表示していた。思わずなのはは顔を引き攣らせる。こんな緊急事態だったというのに、これはこの地図の「ヘルプ」なのだ。「……凄い精度だね。うん、協力ありがとう。助かったよ」 声を震わせずにそう言うのが限界だった。感情は驚愕と思わぬ幸運に乱れ狂っていた。このデータがあれば、かなりの工程が省かれる。つまり、それだけ要救助者の生存率が上がったのだ。 レイジングハートの編纂が終わったのか、今まで自分達救助隊が使用してきた地図と少女から提供されたデータを合わせた物が手元に表示される。管理局が大人数で作り上げている区域より、少女がたった一人で作った部分の方が詳細にかつ分かりやすく表示されている事に思わず溜息が出てしまう。けれど、これで空港のほぼ全域のデータが揃った。後の未探索エリアは北東と北西に隙間がいくつかあるに過ぎない。これなら、「アイリーンちゃん!?」 悲鳴混じりの呼び声によって、なのはの思考は中断された。慌てて振り向くと、デバイスを持っていた少女が地面に伏している。先ほどまで銀色のバリアジャケットを纏っていたのに、それも掻き消えて普通の私服へと変わっていた。 なのはは顔色を変えると、倒れた少女の顔に手を当てて容態を見る。小さすぎる頬はこの火災の中冷え切っていて、体温が落ちているのは明らかだった。呼吸は浅く、それはまるで体調不良などではなく、免疫反応すら出せずに死に向かっているようで……。「アイリーンちゃんっ、アイリーンちゃん、やだっ、目ぇ開けてよっ!!」「君、揺らしちゃダメ。レイジングハート?」「【魔力反応が著しく減少。魔力の枯渇が原因の昏倒だと思われます】』 こんな異常な状況で魔法を使用していたのだ。子供が自分の限界以上に振り絞ってしまっていたとしても無理はない。そう判断したなのはは、同時に今この子に襲い掛かっている危険性も感じ取っていた。 魔導師の身体の中に必ず存在するリンカーコア。それは大気から魔力を吸収し、自分の魔力として溜め込む為の器官なのだが。逆をいえば、魔導師以外の……素質すらない人間にはこのリンカーコアは存在しない。物理的な器官ではなく、魔力にて象られる物なのだから人体構造上からすればリンカーコアは”余計な”物なのだ。少なくとも、生存の為に必要な器官ではない。 ……しかし、だ。これが生まれた頃から体内にリンカーコアを持つ、才能のある人間だった場合どうなるか。魔力とは言ってみれば”体力とは別のもう一つの体力”であるとも言える。リンカーコアのない人間はもちろんカロリーを取ってそれをエネルギーとすることで身体を動かす体力とする。しかし、生まれ持っての魔導師は体力と同時に魔力を使って身体を維持しているのだ。これはリンカーコアの有無で別の生き物になるということではない。身体が純粋に体力と魔力の両方を使って身体を維持することに慣れすぎているのだ。リンカーコアから魔力が送られて来なくなると身体のバランスが急激に崩れ、昏倒してしまう。本来人体の構造とは関係ない”魔力の使いすぎによっての気絶”というのはそういう理由からである。 が、今回の場合のように、限界以上に魔力を搾り出し、リンカーコアが微塵も魔力生成出来ない状態になると別の危険性が出てくる。体力と魔力の二本足で立っていたのに、急に体力だけで身体を支える羽目になり、その体力も自重に負けて折れてしまう……つまり、衰弱死だ。それはもちろん最悪の場合だが、こんな幼い少女の体力などたかがしれている。しかも、この事件で体力そのものもかなり消費していただろう。 なのはは数瞬迷ったが、危険な状態にある水髪の少女とそれに泣き縋っている青髪の少女を二人とも抱きかかえた。二人の人間を抱えて飛行するのは辛かったが、幸い二人とも体格の小さな少女達だ。やってやれないことはないだろう。他の人間の救助も大切だけれど、だからといってこの少女を見捨てることなんて出来ない。自分は一人じゃない。他の要救助者達はは仲間がきっと助けてくれると信じていた。「あ、あの……アイリーンちゃん、大丈夫ですよね? 死んじゃったり……しませんよね!?」「大丈夫。絶対大丈夫だから。その子を落とさないようしっかり抱き締めてあげてね。お姉ちゃんでしょ?」「……はいっ!」 脱出ルートは既に探索が終わっている区域の方角を選ぶ。ついでに救助者を助けに行くより、スピードを重視し、一秒でも早く送り届けて取って返ることを選択した為だ。まだ救助者は残っているので砲撃魔法で道を開くという乱暴な手段は取れないが、救助者がいない区域では多少の壁抜きぐらい許されるだろう。なのはは素早く判断を下すと空へと飛び上がった。勇気あるこの少女達を、死なせない為に。 結局、全ての救助活動を終え、リインフォースツヴァイとユニゾンしたはやての広域氷結魔法によって空港火災は鎮火した。予測より早く事態が収束したのには、やはりあの水髪の少女から提供されたマップがかなりの割合を占めていただろう。 事後処理も終わって一息付いた三日後、なのはは個人的にあの少女の事を調べていた。あの少女は事故に巻き込まれたわけではなく、事故後にわざわざ現場に踏み込んだ事が判明した。この事は提供されたデータから分かった事で、つまり警戒態勢に入っていた管理局が完全に出し抜かれたことになる。年齢的な事もあり、お咎めはなく注意だけで済んだようだが、それには多分に管理局の面子が関わっていただろう。魔力の大きさと本人のステルス性など、レアスキル持ちでもない限り関係性は皆無だ。たかだか6才の少女にそれが掻い潜れる訳もなく、当然のごとく現場の人間の失態として押し隠された結果であった。 でも、なのはにはそうとも思えなかった。この冗談のようなヘルプ付きマップ。少女の手元を離れた今でも”更新”し続けているのだ。無論、データ入力していないのだから中身に変化はない。が……なのはがデータを、ヘルプに沿って入力すると全体が変化した。あれから3日経った現在、到底”間に合わない”物として光点が全て暗い物へと変更されたのだ。地形も火事による予測データとして多少変化しているように見える。手入力ですらこれだ、もしも少女のデバイスにこのデータが存在していた時はどんな変化がなされていたのだろう? はやて達に渡したデータは、レイジングハートが編纂した何の機能も付いていないデータのみ物だ。少女に渡された地図ではない。「アイリーン・コッペル、か」 意味もなく常識外れに高性能なインテリジェントデバイスを所持していた、と考えるのが普通である。しかし、なのはにはどうしてもあの少女が忘れられなかった。 いつかまた会う気がする。 そんな予感が、彼女の胸の奥に燻っていた。■■後書き■■この作品は多分の捏造設定と非常に都合のいい展開で出来ています。(ry前回と合わせて初めてリリカルっぽくなりました。ついに本編となりましたが、どうしても本編に重なると設定のすり合わせが大変です。空港火災事故に関する言い訳は感想の方で。