俺は何故か機動六課が設立される予定の、クラナガン郊外の建物に来ていた。本当に何故か、である。気が付いたら仕事を承認させられていたというしかない。今回もまたあの狸親父にまんまと乗せられたのだ。絶対いつか痔になる嫌がらせ魔法でも喰らわせてやる。ふははは、デスクワークに痔は辛いだろう。いや、さすがにそんな魔法開発してないが。 機動六課の設立予定地は、先ほども言った通りクラナガン市街の端。沿岸部に設置されている。おかげで潮の香りが満ちていて、ちょっと気持ち良い。良く考えれば、アイリーンになってから海には一度も来た事がない。泳ぐにはちょっと季節が早いが、あとで少し水遊びでもしよう。ちなみにミッドチルダに四季はないが、時期によって温度は多少変化する。今は割合涼しい時期という訳だ。 しかし、地上本部ではなく、こんな端っこのまるで隔離されたかのような僻地に何故立てるかね。意外と機動六課自身の意思ではなく、レジアスのおっさんの嫌がらせなのかもしれない。おかげで自宅から遠いこと遠いこと……電車を乗り継いでここまで1時間半。俺まで左遷された気分だ。 実を言うと今回のことで一番問題だったのが、マリエルの説得だった。反対を押し切り、2年間も管理局に臨時雇われを続けて、さあこれからは普通のオンナノコだ、という時にさらに1年の期間延長である。しかも、今度は開発部じゃなく実戦部隊に。2年前も今回も、決して俺の意思じゃないんだが、一度契約を結んだからには遂行する義務がある。三日三晩の交渉と、その後一日の説教でなんとか許してもらった。何で俺がこんな苦労をしなくちゃいけないんだか。ああ、クロエ? レジアスのおっさんの名前を出したら一発でした。サラリーマンは辛いね。 開発プロジェクトのメンバーには菓子折りと俺の笑顔を持って別れの挨拶をしてきた。皆別れを惜しんでくれたが、もうここに来る事もなかろう。一応オーバーSランクの簡易バリアジャケットテストという名目は押し付けられたが、それもメールでデータを転送すれば良いだけだ。まあ、特に仲良くなった人間とメールのやりとりだけは続けるがね。皆凄腕だし。 中に入ると、まだ設立前だというのに人が慌しく行き来している。いや、設立前だからこそこんなに慌しいのか。入ってきたちっこい姿の俺なんかには目もくれず、幾人もの人間が荷運びやら怒鳴り合いの相談やらをしていた。この状況で誰に声を掛ければいいんだろうか。 などと、荷物を纏めた旅行用のスーツケースを片手に佇んでいると、廊下の向こうから人が飛んできた。一瞬何を建物の中で飛行魔法なんぞ使ってるのかと疑問に思ったが、人影が近づいてくるにつれてそのスケールが妙に小さいのに気が付いた。お人形さんサイズしかないのである。「あ~、やっと見つけました。アイリーン・コッペル准尉でありますか?」「あ、はい。アイリーンですけど……貴女は?」「これは失礼しました。私はリインフォース・ツヴァイ空曹長であります。探しましたよ~」「いや、出入り口のここにずっといましたが」「あ、小さいから見逃しちゃったんですねー。きっと」 小さいってアンタにだけは言われたくない。軍人口調と子供っぽい口調の織り交ざる彼女の声は実に甲高い。見た感じ、大体体長30cmという所だろうか。これがミニサイズの制服を着ていなければ、まんまファンタジーの妖精である。いや、魔法世界に住んでるのに、久しぶりにファンタジーっぽい物を見た気がする。最近はSF色が強かったので特にだ。 俺が興味深そうに件のリインフォース空曹長を観察していると、彼女はちょっと恥ずかしそうに身を捩じらせた。おっと、さすがにぶしつけだったか。「あ、似合います~? 六課の為に作った新しい制服なんですよ」 そっちかよ。 30cmの上にパッと見の外見は子供だったが、中身もそれ相応らしい。しかし、使い魔のように犬やその他動物を素体にした人間以外の知的生物や、ミッドチルダ外から来た人間に当て嵌まらない種族がいるのは知っていたが、こんな妖精のような種族までいたとは驚きだ。空曹長と階級まで持っている以上、誰かの使い魔とは違うのだろうし。 リインフォース空曹長ご自慢の六課の制服は、茶色をメインにしたシックな制服だった。SFチックなデザインが多い従来の管理局の制服とは違い、どちらかというと地球のお役所を思わせる”ちゃんとした”デザインだ。臨時雇われとはいえ、今俺は青を基調としたそのSFチックな制服を着ている。機動六課の制服の方が断然好みだ。「そうですね、似合ってると思いますよ。私も気に入りました」「でしょー? ……とと、あんまり仲良く……じゃなかった、初対面の方に馴れ馴れし過ぎましたね。階級もそちらの方が上ですし」 俺の返答に満面の笑みを浮かべたリインフォース空曹長だったが、急に表情を引き締める。……もしかしたら、上司から地上本部所属の俺とあまり親しくならないよう命令されているのかもしれない。なんせ、あのレジアスのおっさんの下にいたのだ。そう思われても仕方ない。 が、こんな子供っぽい子にそれをやらせたんじゃバレバレである。表情どころか口にまで出ている。これが腹芸だとしたら感心するが、それもないだろう。「あまり深く考えなくて良いですよ、リインフォース空曹長。外部の臨時雇われですから多少敬語が崩れたって気にしません。それになにより、お互い子供ですしね」「む、むー……私は子供じゃありません」「そう言っている内は子供ですよ。……まあ、だったら大人らしく仕事を済ませてしまいましょうね。部隊長さんの所へ案内して頂けますか?」「あ、はい! すぐにはやてちゃんの元に案内しますね!」 やはり子供である。しかし、一介の曹長が部隊長をハヤテちゃん呼ばわりか。部隊長が相当フランクなのか、リインフォース空曹長が部隊長の身内なのか。興味もなかったので、結局そこまで六課の人員について調べて来なかったのだが……まあ、キナ臭い六課を掘り返して、薮蛇になるのはごめんだ。せいぜい試用期間の一年間が終わるまで大人しく過ごさせてもらおう。 リインフォース空曹長は、それはもう軽やかに中を飛んで先導してくれる。その可愛らしい姿も気になるが、軽やか過ぎる空曹長の飛行魔法の構成が気になって仕方がない。種族特有のレアスキルなのかもしれないが、それでも良いから一度じっくり中身を見せて欲しい。俺がリインフォース空曹長の後姿にハァハァしていると、すぐに部隊長室に着いてしまう。後で個人的に聞こう。そうしよう。「はやてちゃーん、連れてきましたよー」「おお、ご苦労さん。えろう遅かったなぁ」 そこにいたのは、立派な机の前で立派な椅子に座り、しかし大量の書類に埋もれる女性の姿。栗色の髪にハヤテという名前で関西弁を操る姿は、スバルちゃん達以上に日本人を思い出させた。……ん? 関西弁? 何処の言葉でも翻訳魔法が標準語にしてくれる筈である。もしかしたら、翻訳魔法に不慣れなのかもしれない。 翻訳魔法は今じゃ大抵の魔導師が使えている。というより、普通の魔導師ならどの人間も無意識で喋りと聞き取りの両面で使用出来るほど簡単な魔法だ。だから、向こうが魔法を使えなくても関係ない。向こうは向こうの言語、こちらにはこちらの言語に聞こえるという調子だ。だが、これが極稀にいる翻訳魔法を上手く使えない人間だと、話が変わってくる。微妙に意味が変わったり、”なまり”が出てくるのだ。なまじ翻訳魔法が発動しているものだから、こっちの聞き取り翻訳が動かない。向こうの喋り翻訳の方が優先され、このように聞こえる訳だ。 ……うーん、まあ、問題ないだろう。なんで関西弁なのかは良く分からんが、理解出来ないわけじゃないし。「で、そこのおチビさんが地上本部からの出向ってワケやな?」「……アイリーン・コッペル准尉です。よろしくお願いします」「機動六課の部隊長を務めることになった八神はやて二等陸佐や。よろしゅうな。レジアス中将は元気やったかな?」「はぁ。元気に仕事してましたが」 悪意の篭った揶揄を口にしながらも、朗らかな笑顔で挨拶してくるヤガミ二等陸佐。てっきりハヤテの方が名だと思ったのだが……それとも翻訳魔法の誤訳のせいでヤガミが姓か? 良く分からない。日本語的に考えれば、間違いなくハヤテが名前だろうが。 だが、やっぱりというか、滅茶苦茶警戒している。地上本部、というよりレジアスのおっさんを嫌っているように思える。恨むぞ、おっさん。 しかし、所属する部隊の長から警戒されていたのでは正直仕事にならない。仕事の相談はもちろん、失敗した時のフォローもして貰えないんじゃ最悪だ。なので……俺はぶっちゃけることにした。「ヤガミ部隊長」「ん、なんや?」「私、レジアス中将から六課の様子を知らせるように頼まれてます」「ばぶっ!?」 とても愉快な顔でヤガミ部隊長が吹いた。ちょうどリインフォース空曹長からお茶を貰っていたタイミングだったので事態は深刻だ。咳き込み、涙を浮かべながら俺に待ったと平手でストップを掛けている。しかし、待たない。言う事は言わせて貰おう。俺のやりやすい仕事環境の為に。「ですけど、私の判断で悪い所があったらってだけで、定期報告の義務も義理もないですし。機動六課が地上本部のクーデターを企てたり、こっそり麻薬でも栽培しない限り報告しませんので。気にしないで下さい」「気にするわアホォ!」 涙目でアホ言われました。ぜーはーと荒い息を吐くヤガミ部隊長を尻目に、その背後でリインフォース空曹長が目を丸くしている。ふてぶてしくも落ち着いてる雰囲気から20代後半かなと勝手に推測を立てていたのだが、もっと若い……下手をすれば二十歳前かもしれない。そういえば、見せられた書類には載っていた気もするが、そこまで覚えていなかった。 しばらくして、お茶塗れでダメになった書類の事もあり、ヤガミ部隊長は笑顔を引き攣らせつつ口を開いた。「しょ、初っ端から随分飛ばしてくれる子やなぁ」「いや、私自身なんでここにいるのかも分かってないぐらいなんで、無駄に警戒されるのは疲れます」「……分かってないって。レジアス中将の部下やろ?」「臨時雇いで一時的に働いてただけです。契約満了で管理局とスパッと縁が切れると思ってたんですけどね。何故かここにいます。何で私ですか?」「……おっかしいなぁ。なのはちゃんはベタ褒めやったのに」「ですよねぇ」 ……ナノハちゃん? 確か例のエースオブエースがそんな名前だった筈だ。待て待て、まさか。俺が呼ばれたのとスバルちゃん達は無関係とか。そんなことないよな? なんせ俺が頼まれた仕事とは、フォワード陣の新人……つまり、スバルちゃんとティアナさんの魔法構成を見ることだったのだから。誰だ、あのおっさんに俺の趣味をばらしたのは。 俺が困惑の井戸に落ちているのと同時に、俺を見ている二人の視線も疑惑に満ちている。いや、俺を呼んだのはあんた達で、送り出したのはレジアス中将である。文句はそっちに言ってくれ。「色々言いたい事はあるけど……とにかく、着任するからにはきっちり仕事してもらうで?」「やり始めるからにはちゃんとしますけど。フォワードの新人達の魔法構成を見れば良いんですよね?」「正確には高町なのは一等空尉の補佐やな。彼女がフォワード陣のひよっこ達を鍛えていくから、アイリーン准尉はそれの手助けしてくれればええ」「はぁ……って、え゛っ!? なんですか、それ。聞いてませんよ?」「……何を聞いてこの仕事引き受けたん?」 疲れたように溜息を吐くヤガミ部隊長。いやいやいや、エースオブエースの話なんて微塵も聞いてませんがな。俺は新人達と触れ合って、ただ横から構成をちょいと整えてやればいいとしか聞いてない。スバルちゃんとティアナさんが相手だと言うからこの仕事を渋々引き受けたのだ。 しかし……しかし、だ。もう既に契約書にサインと印は記してしまった。これを反故にするには違約金を払うか、六課から解雇通告でもされない限り不可能だ。 何が簡単な仕事だ、あのおっさん。ばっちり厄介ごとじゃねーか。オーバーSランク、エース魔導師の補佐なんざ……ああっ!? だからこそオーバーSランクの簡易ジャケットのテストか。ちくしょう、やっぱり確信犯だ。「大丈夫ですかー? まるでオレオレ詐欺にあった人が本物の息子に事情を聞いた直後みたいな顔してますよー?」 間違っているようで、ある意味ピンポイントな例えをリインフォース空曹長が言ってくる。というか、ミッドチルダにもあるのかオレオレ詐欺。実際新人に会ってみたら同姓同名の別人とか言わないだろうな。 さすがにそれはないだろうが、俺が事前に受けた説明と実際やらなきゃいけない仕事に違いがありすぎる。名目上でも補佐を名乗るなら、エースオブエースの命令は絶対だし、雑用を申しつけられたらこなさなくてはならない。特別扱いのオミソから一転小間使いにランクダウンだ。帰りたくなってきた。「なーんか、不幸な行き違いがあったみたいやけど……出来る?」「で、出来ます! やってみせようじゃないですか!」 ヤガミ部隊長の安い挑発に、もうほとんどヤケクソの返事を口にする。騙されたんでも何でも、契約書がある以上やらなければならない。どうせ契約も六課も一年で終わりだ、その間は我慢するしかない。ああ、やってやるよ、ちくしょう。「それじゃあ、アイリーン准尉。貴女の着任を許可する! 六課はまだ動き出してないけど、早速色々働いてもらうで!」「今すっごく忙しいんですよー。事務仕事出来る人がいると助かりますー」「もちろん手伝ってくれるな?」 ひ、ひーん。 唯一の救いは、学校にちゃんと通える契約が残っていたことだ。つまり、朝から晩まで働かされる義務はない。まあ、その分やることは濃縮される筈だからきついことに変わりないのだけれど。 とにかく詰め込めとばかりに荷物を適当に建物の中に搬送していた馬鹿どもをとりあえず締め上げ、文官らしい気配りが出来そうな女性を何人か捕まえると荷物を行き先毎に区分けさせ、リストを作らせる。というより、何で今までそうしなかったのが疑問だ。とにかくやることは紙に書け、適当にすんな、あとで行方不明物が出ても知らんぞ俺は。搬送されている荷物の中に転がっていた六課の制服を着込み、准尉の階級章を付けておくと顔を知らなくてもとりあえず指示は聞いてくれるのが便利だ。さすが軍式縦社会。 次の日も、次の次の日も荷物が輸送されてくる。ここまで来ると必要な部署に搬送していくだけではダンボールの山が出来るだけなので、それぞれの荷物を解かせていく。で、また適当に物を置いていく馬鹿がいるので、そいつの尻を蹴飛ばして女性に任す。偏見だが、こういうのは女性に限る。庶務のおばさんとか最高だ。頭が動かなそうな肉体労働馬鹿はとにかく荷運びだ。運べ運べ。 俺は指示の合間に重そうな荷物に加重軽減の魔法を掛けて、とにかく負担を減らそうとする。ああ、そこのトラクター要らないからどけろ、邪魔。とばかりに数トンの馬鹿でかい荷物を男数人に持って行かせる。重量がなくなっても質量や大きさがなくなる訳じゃないので、四隅に人を配置しないと危険だからだ。加重軽減魔法は改良の末、一時間ほどなら魔導師無しに自立制御を出来るようになっている。途中で効力が切れて押し潰される危険性は皆無だ。 しかし、荷物は減らない。そろそろ頭がパンクしそうになってきた所で、コンピュータの設置が終わったらしい。喜び勇んでソーセキに処理を任す。うん、荷物のナンバリングよろしく。 実際動き出してしまうと、我ながら安い物であまり不満を感じなかった。新しく入った新人は先輩にこき使われるものだが、なんせ六課は始動前。ほぼ対等に接すことが出来るので、こちらが能力を示しさえすれば人を使えるからだ。それに准尉というのは下っ端連中の中ではかなり高い階級で、指示を出すのも容易だった。所詮外部の特例だから命令ってほどに頭ごなしには出来ないんだけどな。「あー、もうしばらく働きたくない」「ご苦労さん。よう頑張ってくれたみたいやないか」「……ヤガミ部隊長。お疲れ様です」「お疲れやー。私もしばらく書類みとうないー」 ロビーのソファで胸元を緩めてぐったり倒れていると、同じくだらしなく制服を着たヤガミ部隊長が近づいてきた。とりあえず表向きの警戒心は解いてくれたのか、気安い調子で缶ジュースをプレゼントしてくれた。まあ、この数日の激務で散々怒鳴りあいながら連絡取ってたから今更ではあるんだが。 激務過ぎて、週末の休日を通り越して月曜火曜まで泊り込みでフルに働いてしまった。おかげでその間学校はサボりだ。いや、ほんと抜ける暇がなかったのだ。一度抜けると現場の状況が分からなくなるし。 でも、これってサービス残業みたいなもんだよね。俺の仕事、エースオブエースの補佐なのにまだ顔すら合わせてないし。「そういえば、リインフォース空曹長は?」「リインは部屋でぐっすりや。フル稼働して貰ってたからなぁ」 そうそう、あの妖精空曹長。なんとそういう種族な訳ではなく、妖精型のデバイスなんだそうだ。ユニゾンデバイスという種類で、魔導師本人と融合することによって従来のデバイスよりさらに高い次元で魔法に補正を掛けられるということだ。俺の持っているインテリジェントデバイスのソーセキより高性能で稀少品だ。が、使う魔導師を極端に選ぶらしいし、そもそもユニゾンデバイスの技術自体が今は失われているらしい。 その失われているユニゾンデバイスがなんであるのかというと、ヤガミ部隊長が私的に復活させてしまったのだとか。凄いという次元を超えている。さすが19歳で部隊を一つ任せられたSSランク魔導師だ。……うーん、ひとまとめにして言うと、それってなんてチート? と問いたくなるスペックである。 よくよく考えればデバイスに階級があるってのもおかしな話だが、あそこまで人に近い外見と思考を持ってるならそれもありだろう。それにリインフォース空曹長はああ見えて、とんでもない凄腕だ。さすがデバイスというべきか、書類の処理速度は常人の数倍だし、柔らかい思考も持ち合わせている。単体でも魔法を使えるらしい。マスターのヤガミ部隊長と合わせたら無敵超人だ。逆らわない方が賢明だろう。「いやー、最初こーんなちっこい子が来た時は大丈夫かいなって思ったんやけど、お買い得やったなー」「歯に衣着せませんね……」「アイリーンの初対面でいきなりの爆弾発言には負けるわ。大物やなぁ」「その爆弾発言をかました人間を平然と使い続けるヤガミ部隊長の方が、よっぽど大物だと思いますよ」 レジアス中将が腹黒い化け狸なら、こっちは抜け目ない子狸である。どっちにしても、口でやりあいたい相手じゃない。まあ、せいぜい下っ端らしく、一年間出来るだけ関わらないようにしよう。「ヤガミ二等陸佐、訓練施設の搬入ですが……」 貰った缶ジュースに口を付けていると、眼鏡を掛けた男性がヤガミ部隊長の名を呼びながらバインダー片手に近づいてきた。そして、俺の顔を見て「おや?」と居住まいを正す。が、彼の頭の上に疑問符が飛んでいるのが良く分かる。……あー、上着脱いじゃったし、階級も分からないか。「アイリーン・コッペル准尉です。本来の職務はフォワード陣の訓練補佐ですが、忙しいようなのでお手伝いさせて貰ってます」「こらこら、何をさらっと身分詐称してるん。本来の職務はなのはちゃんの補佐やろ」「う~、ヤガミ部隊長が苛めます……」「今更ぶりっ子しても無駄や。そこらの大人よりよっぽど良い根性しとるくせに」「チッ」「え、えーと……グリフィス・ロウラン准陸尉です。ヤガミ二等陸佐の補佐をさせて頂いてます」「それはそれは。苦労してますね」「そこのお子様、さり気なく断定しない」 ヤガミ部隊長に後ろからのし掛かられ、むぎーっと頬を引っ張られる。痛い、痛いが柔らかい胸も背中に当たってる。もっとやってくれ。 お気の毒に、真面目そうな青年グリフィス准陸尉はどうしたらいいか分からず困っているようだ。准陸尉ということは、一応俺と同階級だ。補佐という立場も一緒なので、仲良くなれそうだ。同じ男同士仲良くしようぜ、と言えないのが辛いところである。「……ああ! 搬入の指示を出していた青髪の少女とはアイリーン准尉のことだったんですね」「ん? ええ、そうですよ。搬入でトロトロ……もとい、手間取っていましたので、勝手に指示を出させて頂きました。迷惑でしたらごめんなさい」「あ、いえいえそんな。助かりました。それでしたら、アイリーン准尉に少し聞きたい事があるんですが……」「はいはい、なんでしょう?」 グリフィス准陸尉の聞きたい事とは、搬入の時にあった馬鹿でかい荷物の行方と、俺が施したナンバリング魔法についてだった。前者については、屋外に運ぶよう指示書に書いてあったのだが、それの設置作業予定はまだ先の話だったので一度倉庫に突っ込んだのだ。雨風に晒しておくのもなんだと思ったし。リストにはきちんと記して置いたつもりだったが、何らかの不具合で消えてしまったようだ。 ナンバリング魔法については書類になってないのだから無理もない。俺のオリジナル魔法だということを強調しながら、詳細について説明する。日常便利魔法についてはろくに評価された事がなかったので内心ドキドキ緊張しながら話したのだが、あっさり納得してくれたようだ。それを使えば、行方不明になっていた馬鹿でかい荷物もあっさり見つかったのだと補足すれば、非常に感心さえしてくれた。うん、技術者冥利に尽きる。 まあ、自己満足はこれぐらいにして、明日の予定について話すことにしよう。「うち、なんかいらない子? ううん、補佐同士仲良くなってくれたのは良いことやな。あは、あははは……」■■後書き■■この作品には魔法世界で普通に働く主人公が出てきます。そういう物に拒否感を覚える方は(ry階級が良く分からないですが、ほぼWikiからそのまま引っ張ってきております。陸尉、空尉はともかく、海尉ってあるのかね?ちなみに作者は大阪弁が分かっておりません。助けてエキサイト翻訳!