初めてその話を聞いた時の感想は、ふざけるなと叫びだしたい物だった。いくらレジアス少将がいくつも進めている政策の内の一つで、旦那にとってはそれほど重要度が高くないプロジェクトだからといっても、まだ7才の子供を魔法開発プロジェクトに参加させるなど正気の沙汰じゃない。 データ取りのサンプルとしてなら分かる。子供でも常識外の魔力を持った天才魔導師や、興味深いレアスキルを持った子供などミッドチルダではそう珍しくない。時空管理局の中なら尚更だ。 しかし、今回の場合は少将が子供が書いた論文を読んで急遽参加させる事になったのだとか。さらに論文のタイトルは”誰でも使える日常魔法~Fランクでも使えるよ~”である。魔力値がほとんどなく、かといって魔導師という枠から外れる勇気もなく事務職で燻っていた私を救い上げてくれた恩人レジアス少将相手でも、ついに頭が逝ってしまったかと思ったぐらいだ。 天才が感覚だけでポンと産み出してくれる新魔法とは違い、理論付いてより良い魔法を作ってきたプロジェクトチームが我々だ。突飛な発想をする天才など百害あって一理ない。特にうちが作っている魔法は、皆低ランクの凡人達が扱う事前提の物ばかりである。確かにふざけた論文のタイトル通りに出来るなら助けにはなるだろう。だが、スタンダード(標準)という物を産み出すのはそう簡単じゃない。何度も何度も何度も試行錯誤した上で産まれる物なのだ。 問題の論文は、開発プロジェクトの主任である私の元まで降りてきた。しかし、目を通す気にもなれない。これを書いた子供は、数日経たない内にうちのサブリーダーに名を連ねるというのだ。例え名目上だけのこととはいえ、既に自分の誇りとなっている仕事を子供の遊び場にされるのが腹立たしくて仕方なかった。『まあ、使えぬならアイディアを摘む程度で構わん。とにかく席に置いておけ。必ずや君達の良い刺激となるだろう』 論文を手渡された時に聞いたレジアス少将の言葉が脳裏を過ぎる。仕事を任せろと言われなかったのだけが、唯一の救いだ。恩人である旦那の手前、無視する訳にもいかないのでしばらくは子守を引き受けたと思って耐えよう。どうせ、開発プロジェクトの修羅場に耐え切れず遠からず辞めるだろうと、その時の私は思っていた。「アイリーン・コッペルです。よろしくお願いします」 ペコリ、と頭を下げた子供の姿に、私以下プロジェクトメンバーは動揺した。7才の子供だは事前に知らせていたが、おそらく数字だけが頭に残って実感はなかったのだろう。7才というのは本当に、”子供”だった。私が描いていた想像図は昔会ったことのある、12ほどで部隊のトップに据えられて有頂天になっていたクソ生意気なガキ……もとい、天才魔導師様と似たような物だったのだが。「……あの、何か?」 煙草の煙で空気が淀み、徹夜続きの暗い雰囲気でとてもいられないような開発室に顔を出したその”少女”は、公園でママゴトをしているのが似合いそうなほど小さな女の子だったのだ。整った容貌に透き通った水色の髪の毛を、髪より少し色の深い青色のリボンでポニーテールにしている。ドラマに子役で出たらさぞ人気が出ることだろう。 私だけではなく、部下達も似たような感想を抱いたのか、どいつもこいつも驚愕の表情を押し隠せていない。”さっさと追い出して仕事に戻りましょうぜ”などと言っていた部下もいたぐらいだが、こんな少女にそんな事を出来るほど鬼畜な人間はいない。少女以上に私達は途惑うしかなかった。「……あー、なんだね。君が」「……色々複雑な事情がありますが、ここでサブリーダーとして働けと言われて来ました。お仕事中時間を取らせてすみません」 困惑した私達の雰囲気を察したのか、少女がそう言って頭を下げた。大の大人が複数で取り囲み小さな女の子を威圧して、さらには子供に気を使わせて謝らせてしまった。これでは私達が完全に悪者である。困って視線を部下達に巡らせると、何故か全員から非難するような眼差しが返ってきた。特に女の部下からの凶悪な視線が痛い。私か。私が悪いのか? が、確かに迂闊なことを言えば、この可憐な少女は泣き出してしまいかねない。どうにかせねば。 しかし、どう取り繕ったものか分からない。男一人やもめの生活をずっと続けて来た私にはとても難題だった。女性の相手ですら途惑うというのに、相手は二周りは年の離れた女の子である。どうしろと。「そ、そのだね……き、君はどういった魔法を作りたいんだ?」「”誰でも簡単に使える防御魔法”じゃないんですか? 契約の時にレジアス少将からそう聞かされたのですけど」 まるで学校の先生になった気分で私が少女に問いかけると、返って来たとんでもない答えにプロジェクトメンバー全員が一斉に(何かを)吹いた。 言い方だけなら子供っぽく解釈していたが、それは本局に隠すため内密に勧めている本プロジェクトの根本そのものだったからだ。しかも、うちの開発チームは上の意向で砲撃魔法から防御魔法に方針を変えたばかりだ。つまり、レジアス少将と我々しか知らない筈のトップシークレットである。契約時ということは、きちんと契約する前にレジアス少将はプロジェクト内容をこの少女に話したことになる。本気でレジアス少将の頭が心配になった。多忙のあまり精根使い果たしてしまったのではなかろうか。「? ……ああ、具体的な草案ならいくつか考えてきました」「そ、そうなのか。それは良かった」 やはり天才ではあるのだろう、周囲の様子に途惑いながらもちゃんとした受け答えをする少女に対し、私は苦笑いで相槌を打つしか出来なかった。恨みますぞ、少将。 アイリーンという少女は、やはり天才であった。ただし、想定内の、という但し書きが付いた。 少女は自前のデバイスで資料を投影させて見せ、鈴を転がすような耳触りの良い涼しい声で”草案”をいくつも説明した。彼女の提案した防御魔法はどれも新鮮で、私達が思ってもみない方向性のアプローチばかりだ。複数人で共有して扱う統合障壁魔法。バリアジャケットの根本的改善による大幅な防御力の向上。デバイスとの通信速度を高めて魔力効率を上げるユニゾンデバイス紛いの方法まで。 なるほど、確かに良い刺激だと私は感心した。部下達も先ほどまでの戸惑いを消し、興味深そうに聞いている。どの草案もとても分かりやすく説明され、魔法開発が命である私達にはこれ以上のないほどの”娯楽”だっただろう。 そう、所詮娯楽だ。彼女はこの案がどれだけ難しく、実現性の低い物だと理解していない。しかも分かり易い説明が仇となって、こうして流し聞きしているだけでも機能的欠陥が見つかった。絵空事ばかりで、現実味がないのである。 少女の草案発表が終わると、私は小さく笑った。嘲りのつもりはなかったが、例え彼女の才が信じられない物で実際にこれを作ってこれたとしても、常人が使いこなせる物ではなくなる。そんな確信があったからだ。 どの案を採用するかは後日決める、ということにして。少女が帰るのを待った。なんと彼女は学校が終わってから20時までのパートタイム勤務だ。正式に管理局に所属する訳でもなく、短時間だけ関わって去っていく。私はことさらに感心した。彼女にではなく、レジアス少将にだ。確かに席に置いておくだけで良い刺激にはなりそうだ。少将も、これ以上の結果を望んでいた訳ではなかったのだろう。「で、どうするんスか、主任。あの子の案を採用するんですか?」「そうだな……検討ぐらいはしてもいいだろう。面白い案には変わりない、発想を部分部分使うことぐらいは出来るだろうさ」「けど、なんか胸が痛みますねぇ。あの子、絶対どれかは使われるって思ってますよ?」「まあ、少々可哀相だが、こっちも遊びじゃないんだ。早めの社会勉強と思って我慢してもらおう」 そんなやり取りを交わし、”本当の”方針会議をしてその日は解散した私達プロジェクトの面子だったが、真の驚愕は次の日に訪れた。目の下にクマを作った、少女アイリーンと共に。「作ってきました」「は?」 私達が地上本部の開発プロジェクトチームに与えられた一室に出勤すると、そこには紙束を机に置いて学校も行かずに朝から椅子にふんぞり返った、少女の姿があった。途惑う私に少女は紙束を一つ押し付けてくる。タイトルを見て……私は頬肉が引き攣るのを感じた。一番上の表紙には”簡易バリアジャケット仕様書”と大きく銘を打たれていたからである。 次々部下達が出勤し、その度に仕様書が彼らの胸に押し付けられていく。一瞬何故いるのか、というより作ってきたとは?というこちらの動揺を利用して、問答無用で仕様書を配るという凄まじい手口だった。 全員が揃うのを待つと少女は”バリアジャケット”を自身の身に纏い、つい昨日のように説明を始めた。皆が皆、呆けながらそれを聞いている。視線は手元の資料に行ったり、少女が着ているバリアジャケットに行っている。……まさか、ではあるが。「……君、もしかしてそのバリアジャケットは」「試作品です。一晩で作った物ですから、粗はかなりありますけどサンプル品としては十分でしょう」 ……部屋の中全員に戦慄が走った。少女が徹夜らしきものまでして魔法を作ってきた事にではない、一徹如きで試作品を作り上げてきた少女に、全員が全員動揺を隠せなかったのだ。私は知っている。新しい魔法というのが、どれだけ難しい物か。まだ誰も踏み入れた事のない新世界に、身一つ手探りで探索していくかのような気の遠くなる作業。それが既存魔法の改良だったとしても変わらない。簡単な修正一つ取っても、週単位で直していく代物なのだ。 私は自身の動揺を隠すように、少女が作り上げた仕様書を穴が開くほどに熟読する。やはり、この魔法は欠陥品だ。足りない。こんな物、使い物になる訳がない。「君、物理攻撃と純粋魔力”しか”防御出来ないバリアジャケット、本当に使い物になると思っているのかね!?」「それは基本構造の、あくまで”支柱”です。今説明した通り、これに他の機能を追加していく形に仕上げていきます」「追加といっても強度の問題がある! それにこの”仮に”としてある機能追加予定一覧はなんだ! いくらなんでもこんなに注ぎ込んだら低ランクの魔導師達に扱える筈がないっ!」「それを扱う魔導師達本人に取捨選択させるのが、このバリアジャケットの”売り”です。低ランク魔導師は扱える魔力量がどうしても足りません。ですので、使わないバリアジャケットの機能を停止させるのではなく、いっそ最初から排除しておけばそれだけ余裕が出来る筈です」「アイリーン……さん? ここの構成式ですけど、まるで何度もシステムが通るように作られてますが、これは……」「テンプレート化してるだけです。各それぞれに基本処理を入れるのは無駄ですから」 いつの間にか、私だけではなく、部下達までもが彼女に詰め寄って詰問紛いの質問を浴びせていた。認められる筈がない、欠陥だらけの魔法だというのに。最初から問題を挙げられるのが前提だったかのように、彼女は淀みなく質問に答えていく。天才の奇抜な案は、総じて常人には理解しがたい。その筈なのに、一言二言の説明で全て納得してしまう。 まるでもう長年このシステムでやってきたような……そんな熟練した感触を、私は否応なしに感じさせられていた。しかし、そんな筈がない。彼女は7才で、どこからか引っ張って来たのだとしても、そもそもこんな奇抜なシステム見たことも聞いた事も……。 なんだ、この少女は……何者だ?「主任さん、この追加機能作成なんですが、他の人に丸ごとお任せしていいでしょうか? システムの統合はやりますので、仕様書に書いてある通りの基準で……」 時に反論し、時に素直に承諾し、すっかりと”同僚”になってしまった少女を見て。……彼女を手放すのは惜しいと思ってしまった。凄まじい人材を見つけて来たものだと、私はレジアス少将に感心した。この分ではどちらが”見つけた”のか分かった物ではないが。 少なくとも短い付き合いにはならないと、私は煙草に火を灯しながら思うのだった。■■後書き■■この作品には多分の勘違い要素とあんまり勘違いでもない成分が織り交ざって出来ています。(ry思うところがあって、今回の番外編はいつもの三人称ではなく一人称。おまけに名無し。主任さん♪と可愛く呼んであげて下さい。