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No.41689の一覧
[0] 【ネタ】のび太vsジャイアン【夢枕獏風文体】[チノリ](2015/11/09 06:47)
[1] [チノリ](2015/12/21 12:50)
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[41689] 【ネタ】のび太vsジャイアン【夢枕獏風文体】
Name: チノリ◆ea120417 ID:05680487 次を表示する
Date: 2015/11/09 06:47


ジャイアンとの約束の時間は、午前零時であった。
部屋の時計は、すでに十一時を回っている。
─────残りは、小半刻ほどである。
部屋の相棒は、十時になる前に、いつものように押し入れに篭ってしまった。
のび太は、布団の上にあぐらを組み、これまでの事を考えていた。
パパやママはすでに眠っている。
家の中で、暗闇に炯炯と眼を浮かべているのは、自身だけである。
鈴。
鈴。
鈴。
窓からは、虫の音が聞こえていた。
未だに夏の盛りであるが、もう秋に近づいているようであった。
遠くで、電車の騒音が響いた。
若者の話し声がする。
自転車の鈴の音が聞こえる。
窓から吹き込む風で、カーテンがこすれる音がした。
いずれの音も、夜更かしをしないのび太にとって、聞いたことのない音であった。
いつも襲ってくる眠気も、今日ばかりはその気配はない。
肉の内にあるのは、これから始まる戦いに対する覚悟だけであった。
ふつふつと、身体の底から吹き上がるものがあった。
これまで抱いたことのない気持ちであった。
─────絶対に負けたくない。
そうのび太は思っていた。
もしおれが勝たなければ、あの猫型ロボットは未来に帰ることができないであろう。
誰の力も借りずに、あのジャイアンに勝つ─────。
のび太は、これから立ち向かう相手の姿を思い浮かべた。
首が太い。
身体が太い。
足が太い。
腕が太い。
指が太い。
眉も、鼻も、放たれる眼光も太く、吐きだされる吐息さえ太い。
剛田武。
太い名前である。
小学四年生だが、すでに最高学年の大将と比肩するほどの体格をしている。
以前、中学生と喧嘩して、勝ちを掴んだことさえある。
高学年でさえ、道を歩くとき彼を避ける。
暴虐を具現化したような男であった。
あの男と、これから真剣勝負をするのだ。
だが、誰の力もいらない。
自身だけで勝つ。
のび太はゆっくりと薄目を開けた。
時計を見ると、五十分を過ぎている。
約束の時間であった。




「一人で来たのか、のび太」

土管の上に座る男が言った。
両足を一段下の土管に乗せ、両腕を、その膝に預けている。
一言話すだけで、周囲の空気が揺らぐようであった。
いつものような薄笑いは無い。
眉は天を向き、夜闇にさえその双眸は、虎のごとき輝きを宿していた。
彼が天上から脚を踏み降ろした。
それだけの所作で、虫の音は鳴りを潜め、風が吹きやんだ。
紛れもなく、王の風格があった。
彼が一歩近づいただけで、ひれ伏したくなるような気持ちが内に湧いてくる。
─────しかし、

「喧嘩なら、ドラえもん抜きでやろう」

のび太はそう言って、一歩、ジャイアンに近づいた。
ジャイアンは始めて、表情を動かした。
眼が僅かに開いた。
両方の口角が上がり、
ニィ、
という様な笑みを浮かべた。

「ほう、偉いなお前。そう来なくては面白くない」

ジャイアンが、のび太に向かって歩みを進めた。
構えもなく、両手も下げたままである。
油断しているのではなく、構える必要が無いのである。
対するのび太は、両手を顔まで上げ、肘をたたみ、体も守っていた。
両足のつま先は内を向き、バランスを整える。
完全な守りの態勢である。
小細工は通用しない相手である。肉を切らせて骨を立つ─────、それがのび太の考えた唯一の作戦であった。
ジャイアンとの距離を見図るように、円を描くようにして、位置を変える。
だがそれは、相手が格上ならば意味のない行為であった。
ジャイアンはのび太との間合いを気にせずに、まっすぐに向かってきた。
踏み込んだ─────そう視認したときにはすでに、ジャイアンは目の前にいた。

「…なっ」

のび太は知らぬうちにうめき声をあげていた。
五メートルの間合いを、一足で踏み込んだのである。
滑歩と呼ばれる、八極拳の技であった。
豪、
と、彼の右腕が、唸りを上げて向かってくる。
崩拳の中段である。
腕に力を込め、のび太は迎え撃つ。
ガツン、
と、およそ人が出したとは思えない音が響いた。
ジャイアンの拳は、のび太のガードを弾き飛ばし、水月を撃ち抜いた。
その勢いで、のび太はカミナリさんの塀まで吹き飛んだ。

「かはっ」

肺の空気をすべて吐き出し、その場に倒れ込んだ。
細胞の一つ一つが、空気を寄越せと叫んでいる。
だが、肺が押し潰れ、呼吸ができない。
なんという。
いったい、なんという男であるのか。
倒れながら、のび太はそう思った。
たった、一撃である。
一撃で、立ち上がるも、身体を動かすことさえできないのである。
凄まじい拳撃であった。
これほどまで、遠いのか。
ジャイアンに負けを認めさせることなど─────
ふと、青色の猫型ロボットが脳裏に浮かんだ。
萎えかけていた身体に、底から何かが吹き上がってきた。

「ぐぅっ」

立ち上がろうとするのび太に、ジャイアンが声を下ろしてきた。

「理解できただろう、のび太。貴様では俺に勝てぬということが」

驚いたことに、のび太はまだ意識を保っているようだった。
ジャイアンの、全力の一撃であった。
驚嘆する他ない、のび太の耐久力であった。

「もう決して、俺と同じ土俵に立つことはないぞ」

ジャイアンは、そう言って、踵を返した。
─────しかし

「まだ、負けたわけじゃあない─────勝負はこれからだ」

のび太は立ち上がっていた。
撃ち抜かれた腹は痛み、壁に激突した背中は骨まで軋む。
しかし、のび太には決して負けられない理由があった。
口から漏れるうめき声を抑え、言葉を繋いだ。

「まさか、さっきのが全力じゃあないだろう。─────あんなパンチじゃ、スネオさえ倒せやしないぜ」

空には、月が見えていた。
さめざめと青く光る満月であった。
その光が、目の前にいるジャイアンの顔を照らしている。
額に筋を立て、目尻は月を仰いでいた。

「俺の拳を侮辱したな、のび太」

ジャイアンの身体から、蒸気なようなものが立ち昇った。
短い髪の毛は持ち上がり、重力に逆らうように上を向いている。

「痴れ者が……。雑種ごときが、ガキ大将たる俺に向かうとはッッ!!もはや二度その薄汚い口を開けると思うなッ」

ジャイアンは両足を広げた。
左手は軽く開いて、肘を曲げ、左顎の横に構えた。
右腕は臍の位置にある。
紛れもなく、八極拳の構えであった。
ジャイアンがこれまで見せたことのない、本気の構えだった。
対するのび太は、先ほどの構えでは無い。
両足は肩幅に広げ、つま先は敵方を向いた。
左肩は顎を守るように上がり、左肘は軽く曲げて、左手は軽く握る。
右腕は、腰の位置に拳を握っている。
武術の覚えはないのび太であったが、自然と、この構えをとっていた。
この構えでいい。
この構えがいい。
この構えが、僕の構えだ。
構えをとって、ジャイアンを見据える。
ジャイアンが、自分を見ていた。
まるで、巨大な肉食動物であった。
ジャイアンからは、凄まじいまでの圧力を感じた。
暴風のように、その圧力が吹いてくるのである。
白亜紀で出会った、ティラノサウルスにも匹敵するほどの殺気であった。
─────しかし、
しかし、不思議と、のび太の心の中は静かであった。
風のない、湖畔のようであった。
恐怖という感情が、切り離されてしまったようであった。
雑草が竜巻にも飛ばされないように、のび太もまた、その風には、すり抜けるだけである。
ジャイアンが、右足で地を蹴った。
滑歩であった。
一瞬で、間合いを詰めた。
腰に構えた拳を、右足と同時に突き出した。
仲捶と呼ばれる、威力の高い突きである。
のび太でさえ、まともに受ければこの勝負は決する。
左足を動かして、軸をずらし、避けようとする。
その時に、のび太は異変に気づいた。
身体の動きが、妙に遅いのである。
いつも通りに、身体が動かないのである。
まるで、蜜蝋の中を動かすように、ゆるゆると、少しづつ身体が動いていた。
ジャイアンの、普段なら視認できない程の拳速も、緩やかに向かってくる。
なんだ、これは。
いや、
いや!
のび太は、この感覚を知っていた。
初めてではなかった。
脳裏に浮かぶのは、コーヤコーヤ星の、岩の大地であった。
宇宙一という看板を掲げる、超一流のガンマンが思い浮かんだ。
彼と対決した時にも、この現象が起きたのだ。
0、1秒でも早く、銃を撃つ─────。
そう集中した時にも、これが起きたのではなかったか。
そうだ。
僕の動きが遅いのではない。
時間の動きが遅くなっているのだ。
勝機はあると、のび太は思った。



ジャイアンは驚愕していた。
本気の一撃であった。
全力で、のび太の水月を撃ち抜いたのである。
細い木の幹なら、折ることも出来る一撃であった。
いくらのび太が頑丈でも、意識を刈り取る─────そう思って放った攻撃であった。
しかし、手に残った手応えは、妙な感覚であった。
柔らかいゴムを、思いっきり殴ったような感覚である。
身を浮かせて、攻撃を受け流したのか。
そうとしか思えない手応えであった。
思わず、ジャイアンは唇を噛んだ。
ふつふつと、肉の内から湧き上がる感情があった。
なんという男であるのか、のび太は。
何も鍛えもせずに、目を張るような動きをする。
あの、宇宙一の殺し屋と対峙した時もそうだった。
この自分でさえ、怯えを抱いた殺し屋に対して、堂々と勝ちを獲ったのだ。
ドラえもんの力も借りず、ただ一人の力だけであった。
ジャイアンは認めないが、この感情は尊敬であった。
弛まぬ努力をして得た自身の力を、才能だけで追い抜いてゆく。
嫉妬や妬みもない、尊敬の気持ちがのび太に向けられていた。
しかし、ガキ大将たるこのおれが、のび太に対して、そんな気持ちを抱くはずはない。
もし、そのような気持ちがあれば、今、のび太と共に倒さなければならかった。
対峙したのび太は、この戦いで初めて構えをとっていた。
およそどのような流派にも、見たことも聞いたこともない構えであった。
それを見て、思わず目を細めた。
のび太からはどのような気配も感じない。
いつの日か、東京国立博物館で見た、日本刀を思い出した。
その刀は、専門家が云うような、オーラも何も見えなかった。
だが─────
切れる。
人ならば、一刀で殺せる。
それは理解できた。
理解できたと同時であった。
その刀は、ジャイアンに向かって殺気を放ったようであった。
ただの刀が、見定めるように、ねっとりとジャイアンを見ている─────。
そう感じた。
背中に汗を浮かべた。
無機物が、そのような動きをするはずがない。
己のうちに生じた感情が、そう感じさせるだけである。
それは理解している。
だが、ジャイアンには、その刀からは、ただの鉄塊とは思えない凄みを感じていた。
いま対峙しているのび太にも、その刀と同じものを感じた。
のび太は、殺気も出さずに構えているだけである。
ただ、眼鏡の奥の双眸に、満月を写すだけであった。
いったい、
いったい、その瞳で、何を見ているのか。
ジャイアンは理解しかねた。
のび太からは、敵意すら感じなかった。
情熱も、闘志も感じ取れない。
まるで、機械の如き冷静さと、国宝級の日本刀のような鋭さを、そのうちに秘めているようであった。
思わず顔を歪ませる。
そんなはずはない。
あの男は、おれより格下のはずだった。
そう感じるのは、おれに生じた感情だ。
ジャイアンは、そう納得する。
それを証明するために、一撃のもとにのび太を倒す。
ジャイアンは、丹に気を込めて、のび太を見据えた。
のび太を倒す。
ジャイアンは、自身の矜持のために、のび太を倒さなければならなかった。
筋雲が満月にかかり、空き地は闇に包まれた。
のび太が、黒い影になる。
次に、空き地に月明かりが届いた時に、この勝負は始まるのだと、ジャイアンは直感した。
両者の絶対に負けられない戦いが、始まっていた。


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