日本棋院 北斗杯予選
今日関西棋院、関西、中部両総本部の計4人と東京本院の4人が争い残り2枠を争うのだ。
東京組4人は予選で一回戦はバラバラになっており勝ち上がっても和谷はヒカルではなく越智と当たるのだ。
一方ヒカルは二回戦で当たる勝者は強いと噂の関西棋院の社を期待して楽しみにしていた。
(正直進藤と当たらなくてありがたい。森下師匠やオレの研究会で一番身近に見ていたから良く解るがコイツのヨミの深さについていけない事がある。結果いやおうなく力の差を見せつけられる。
森下師匠に相手を感心していると勝てなくなると言われたが、オレも悔しいんだぜ)
一方和谷は強敵との戦いを避けられて安堵していた。それでも誰が相手でも油断はできないが。
だが強い相手には逃げる。北斗杯の噂を聞いた時のヒカルを見た時の反応と共に気持では既に負けていた事に気が付かない。
和谷の相手は関西総本部の秋山初段。
中押しで和谷の勝利。
越智は関西棋院の津坂三段。
2目半で越智の勝利。
「ボクの相手は和谷?」
勝利して当然の顔で和谷に聞いてきた。
「ああ」
それでも負けないと和谷も返す。
稲垣三段は関西棋院の社初段
今年入段のプロになったばかりの社はアキラ、ヒカルと同じ15歳。大阪では注目の新人と東京にも噂が流れていた。
中押しで社の勝利。
(ついこの前まで院生だったヤツに完全にヨミ負けだ)
稲垣は実力差に悔しがっていた。
進藤は中部総本部の柴田二段。
中押しで進藤の勝利。
中央部をぶった切る黒の姿で次の対戦相手を見極める為に見学を行った社は進藤を強敵と認めた。
東京組は社相手の稲垣以外は全員2回戦進出が決定。
持ち時間各1時間30分の本番と同じ対局は午前中に終了し昼食となった。
最初に言った様に和谷は進藤とあたらず気兼ねなく一緒に昼を取る事が出来た。
― ラーメンやハンバーガーばかりだと倉田さんみたいな体形になるわよ
あかりの言葉がリフレインしたヒカルは頭を振りハンバーガーを食べ次の手合に集中する。
「どうした?」
「何でもない。オレの相手はやっぱり社になったよ」
「本田さんが言っていた初手天元の?」
「予選の時対抗して本田さんも初手天元を打ったが後で並べてもらった一局から強い事はわかっている。
打ってみたかったから楽しみだよ」
「ふーん」
(ツイている。オレは社とも進藤ともあたらない。勝手に潰しあってくれ。
オレは実力は上でも相性の良い越智相手だ勝ってやる)
「社おまえは負けへんと思うが頼むで!」
「強かろうと、弱かろうと相手が誰でも負けられへん、それだけや」
近くの蕎麦屋での社と津坂の会話だ。
午後からの2回戦。
進藤対社が遂に始まる。
先番は社となった。
(打ってこいよ、初手天元。本田さんの時はわくわくしたぜ)
期待していた社の初手は5の五。
期待とは違っていたが初手天元以上に打たれない手であった。
これは立会いの渡辺八段の他見学の稲垣、津坂も目を見開いた。
この初手にヒカルは2手目天元で受けるのを見て渡辺も社の斜め後ろに座り本格的に観戦をするほどのセンスを感じさせるだ。
更に3手目の社は5の後。
互いの強気の攻めに対局の当事者の二人だけでなく周囲も目を離す事が出来なくなった。
(― 同い年に塔矢アキラという怪物が居るが、何スタートの違いだけや数年で追いつく
師匠、東京にはもう一人化け物が居ったわ。これは予想外の強敵だ)
和谷と越智の対局は関西総本部の秋山が見ているだけだった。
和谷優位に進んでいる時に秋山がふと横を見た時進藤、社の対局を見ているのがひとりも居ないのに気が付いた。
そして、別室に控えた検討中の皆から流れを知り秋山も進藤、社戦に集中していった。
塔矢と日本の団長の倉田も決着が着きそうな時間にやってきた。
それからすぐに和谷、越智戦は越智の勝利に終わった。
だが塔矢は進藤達の対局にしか目に入らなかった。
(どうだ、これで塔矢に肩を並べたぞ。今度こそ無視をさせない)
塔矢を確認した越智は内心そう思った。
「どっちが選手に相応しいがハッキリしたね。和谷、ボクだね」
(く、くそう~。もう関係ない、終わったんだ帰るぞ)
だが二人とも進藤、社の対局を見て固まった。
そして別室で聞いた流れの読めない棋譜の説明を受け渡辺も口を滑らせたが二人の実力のレベルが段違いなのは明白だった。
北斗杯のスポンサー、北斗通信システムの戸刈が来た時に越智、進藤が代表に決まった筈だった。
だがここで越智は己のプライドに賭けた社との対局を望んだのだ。
例え負けても良い。トーナメントの結果とは言え実力差を見せつけられて大人しく代表にはなれないと。
その叫びに二人に当たらなかった幸運を喜んだ和谷は単純な棋力だけではなくプロとしての心構えからして負けたと心底感じてしまった。
戸刈もまた少年の熱い気持ちに好感を持ち対局費用の受け持ちを即座に承認した。
子供たち故の熱い気持ちがこう出ると大会の成功も間違いないですねと渡辺に軽く笑いながら話しかけていた。
「子供、子供と言われますが、囲碁はスポーツと違い子供と大人は対等で私でも勝てるかどうか?」
「ナルホド。単に若い人に興味を持たせればと軽い気持ちで建てた18歳以下という企画が偶然にも我が社にとって好企画を得たという訳ですか」
「日中韓のむき出しの才能のぶつかり合いになります」
最後に渡辺はそう言って別れた。
今まで戸刈は上場記念の一回限りの大会。それもアジア進出を考えての日中韓の三カ国団体戦で勝敗は意識せず、むしろコネ作りの為に日本が負けても良いとさえ思っていたのだ。
それ以前に囲碁のルールも棋士のプロフィールや組織も興味を持たず道具扱いにして部下に丸投げ状態でいたのだ。
だが渡辺の言葉、何よりもおそらく負けるとわかっても力の上下をハッキリさせたいという越智のプライドの高さ。
それは社長たちと共に頑張っていた創業時の熱意を思い起こさせたのだ。
(本格的に成功させる為に、彼らのプライドを報いる為に何よりも商売の基本として相手を理解しなければいけない。私も囲碁を学ぶか)
北斗杯最終予選。越智対社
中押しで社の勝利。
覚悟していたとは言え社に敗れた越智は無言で肩を震わせていた。
それを見ていたのは和谷一人。
ヒカルはアキラと共に渡辺八段などと別室で検討していた。
(越智、確かにその気持ちを受け取った。必ず北斗杯の勝利を目指す)
社も又越智の熱意に奮い立った一人だ。
北斗通信システム 戸刈。
「そうですか、社君に決まりましたか越智くんには残念でした。はい、はい。それでは日本チームの健闘を期待しています」
「室長も変わりましたね。期待していますなんて囲碁に興味なんか無かったのに。パンフの写真は、これは越智くんね、いーらないっと」
「会川君!」
「はい?」
「いや、早急にパンフの準備を。それと写真は返却するものだから丁寧に扱うように」
「はーい(人を子供の様に)」
(全く新入社員とはいえ、いやあの時の越智くんを見ていないから仕方が無いか)
若い女性社員の態度に思わず内心で溜め息を吐く戸狩。
進藤家
和谷から電話があった。
「今度オレの部屋の研究会でリーグ戦をしようと思う。それで越智も誘ったんだ」
「越智も。面白れェ。あっ、そうだリーグ戦は出るかどうかわからないが検討の方だけでも塔矢を誘ってよいかな?」
「塔矢が来るのか?!」
「検討だけなら色んな棋譜もあるし来ると思うぞ」
「……なら進藤から呼んでみてくれ」
「わかった今度連絡してみる」
和谷も変わった。個人的に嫌っていた越智を認めアキラも拒否せずに受け入れる様に、より強さに貪欲になっていた。
この変化には師匠の森下も進藤への苦手意識が克服されると密かに喜んでいた。
外伝 おごって 和谷くん!
プロとして入段して半年。和谷も越智、進藤とさほど遅れを取らずに二段へと昇段したある日。
この日は久しぶりに研究会以外で師匠の家で対局する事になっていたのだ。
祝! 二段昇段と書かれた垂れ幕を手に師匠の娘しげ子が玄関から入ったら待ち構えていた。
(あ~これは)とプロ合格の時を思い出した和谷。
「またケーキの奢りか?」
「今回もケーキで良いよ」
そう言って出したのが某ホテルでのカップル限定ケーキバイキングのチラシ。
「土曜は研究会だから日曜だな。バイキングは」
「え~っ! 日曜日。まっ良いかそれじゃ今度の日曜ね」
それなりのホテルで本来まだ高校1年生程度の年齢の和谷と小学6年生のしげ子では不釣り合いでは? と思ったが。
カジュアルな服装だがケーキバイキングという事でやや若いが高校生カップル程度も何人か居たのでさほど悪目立ちはせずにすんで和谷は内心ホッとしていた。
女の子と違い男たちはそうケーキを何個も食べるという訳にもいかず、又女性も彼氏の視線の関係でそう数が出ないというホテル側の目論みが成功したようだ。
それでもしげ子は何個も持ってきて見ているだけで和谷はお腹が一杯になる気持ちだった。
そう言いながら本人もケーキ2個とコーヒーを持ってきていたが。
隣の席の同い年かやや年上の少年と視線が合い互いに苦笑を交えた。
「それでヒカルくんもあかりを誘うように言ったのに……」
突然聞き慣れた名前が出て思わず振り向いた先には目の覚めるような美少女だった。
「受験の邪魔をしたくないとか言って折角チケットを渡したのに断るんだから」
そうプリプリ言っていながら複数のケーキを乗せた皿をテーブルに置いていた。
「だけど幼なじみで付き合っていないんだろ?」
そう言ったのは先ほど視線が合った少年である。
「それでも、出張の度に土産を持って来たり合格祈願のお守りをプレゼントしてるのよ」
「詩織だってオレにその気が無い時でも色々と誘ったら付き合ってくれたじゃないか」
「同じ部活仲間だったからよ。それに今は付き合っているでしょう」
「だからまだ友達感覚で意識していないのに煽ると逆効果だろ」
「そうかもしれないけど、あかりが可哀そうで」
まだまだ話が続きそうだったが。
「和谷くん」
無視をされていたしげ子の御機嫌が斜めになっていた。
慌てて意識を向けたが時すでに遅し。
後に奈瀬や次郎丸から「小学生でも一人前の女の子の扱いをしないとは」ダメだしを食らって有名パティシエのケーキを奢るという出費が勉強代となった。
その時の会話が気になったのが葉瀬中の文化祭に行く理由の一つだった。
あとがき
基本原作と同じで心理描写の追加程度です。
和谷の研究会のメンバーも追加です。
外伝は不二家のケーキではないようです。
この年代で4つ違いは大きくて和谷は意識していないのは確実だがしげ子はどうでしょうか?
ここでヒカルの幼なじみに和谷が興味を持って文化祭を覘きました。