東京、北斗杯一次予選
東京は18歳以下の棋士が多く一次予選で4名に絞る。
ヒカルの相手は本田。仲間同士での星のつぶし合いはプロ試験以来。
本田とは若獅子戦以来の対局。
そして黒の本田が打った一手は初手天元。
ほとんど見た事の無いその棋譜にヒカルは興奮しそして打ち破った。
結果一次予選はヒカル、越智、和谷、稲垣と順当な選出となった。
「ヒカル、ここに来ると必ずお蔵をのそきに来るな。 お蔵の碁盤が欲しければくれてやるぞ」
この日、祖父平八の家に寄っていたヒカル。
「オレにはじいちゃんが買ってくれた碁盤があるから」
「ヒカルもプロになった事だし、あの碁盤も生まれ変わらせてやりたいがのう」
「生まれ変わらす?」
「細かな傷や汚れを削りとって19路と星を描き直すんじゃ。本当に良いものはそうして新品同様に何度も蘇って新しい碁盤として歩むものさ」
「……生まれ変わる」
(もしそうなら碁盤が修理された時、虎次郎や佐為もこの世に生まれ変わって復活するのかも)
「そうだな、名人か本因坊を取ったら褒美としてもらおうかな」
「は、は、大きく出たな。ほらニギレれ」
「じいちゃん、オレプロだよ。置き石にしなよ」
「孫に置き石が出来るか」
そのまま今週の手合が本因坊予選で森下九段という話になっていった。
二年余り研究会でも世話になっている相手だとも。
そして前哨戦としてじいちゃんに50目差を付けると宣言するヒカル。
「タイトルだと何時になるかわからんがリーグ入りになった時の褒美にするか?」
「それも良いかも、その時に考えるよ」
中押しで終わって50目差にはならずに済んでからの軽い約束がなった。
木曜日。高段者との対局日にヒカルは居た。
同じく低段位の冴木四段も一緒に居たのだ。
森下の意識する打倒塔矢一門として芦原より先に五段もあり得そうだ。
そのまま、ヒカルは軽く雑談したあとに入室してきた森下九段に挨拶をして臨戦態勢となる。
本因坊二次予選二回戦。森下九段対進藤二段。
一回戦の御器曽七段と違いリーグ入りの経験も挑戦者の経験もあり森下復活を囁かれる本当の強豪との初めての手合。
同日本因坊リーグ第五戦。緒方十段・碁聖対塔矢三段。
リーグ残留にもはや一敗も許されない背水のアキラの相手はアキラが生まれる前から父の弟子だった緒方精次。強敵であり研究会では最も打ち合った相手である。
共に公式戦では初対局となる。
遂に始まった森下との一局。
序盤ヒカルは森下相手に一歩も引かず優位に打ち合っていた。
打ち掛けでの休憩室。
「言いたかねェがオレのどの弟子よりもスジがいい。力だけならオレさえ負けかねない。
だが勝負の場でのオレを知らん。その辺が勝敗の分かれ目になるだろう、そうなれば勝つのはオレだ」
「ほう~」
話を振った院生師範の篠田にそう答える森下。
残った茶を飲み干しそのまま席を立つ森下を見送る一同。
(若獅子戦前後からアイツの碁に対する姿勢が変わった?! とにかく勢いのあるアイツを叩くのに力を蓄えたがもう充分だな)
「勝負の場でのオレを知らん……か」
そんな言葉を反芻した緒方も又タバコをもみ消して立ち上がる。
午後からの再開した碁は何でも無い読み違えでヒカルが一気に不利となる。
(空気が痛い。石が手から離れない。のまれるな)
己を叱咤するヒカル。だが序盤のリードの貯金は底を尽いている。
(だがこの碁を崩したままにするのも、立て直すのもこの場に居るオレしかいない)
扇子を握りしめ、佐為の別れの時に渡された幻の扇子を、祖父とのいつか蘇らせる碁盤の約束を胸に逆転の一手を探し出す。
かつての門脇戦の様に相手の考慮時間も含め必死に読み合いを仕掛けるヒカル。
(立て直した? 研究会の時と変わらぬ空気に戻る)
むしろ、森下の方が緊張していく。
次に隅に置いた黒石。
(この石は読んでいない手だ)
徐々に白石が不利となっていく。せっかくの優勢が帳消しとなる展開に逆に森下が焦り出す。
それはプロ試験でただ一筋の細い道を見付け和谷を破った棋譜を見せられた時を思い起こさせる展開である。
「一目半か。強くなったな」
「先生の気迫に呑まれてダメかと思いました」
そう言って手拍子で打った箇所を指摘した。
「中央への手が弱ってしまったからな。だが右辺の隅のこの一手は抜群だ」
「このまま右辺中央へ攻め合いに持ち込めれたのが良かったです」
「だが連絡を断とうとすると下辺全体が危機となるから先に下辺の対応を優先したが」
これ以上の検討は別室で行おうと席を立つ二人。
その頃には緒方、塔矢も投了し中押しで緒方の勝利となった。
記者の「兄弟子相手には気後れやのまれたりして仕方が無いですよね」という言葉に対し「いつも通りの彼だと」緒方は答えた。
それは精神力などのファクターではなくて真の実力差で塔矢アキラが負けたのだと緒方が言ったのだ。
その裏の意味を観戦していた芹澤は悟ったのだ。
― 十段・碁聖の二冠の緒方にお前は格下だと、ここまで言わせるほど追い詰めたのだと
もし桑原本因坊が聞いていたらここぞとばかりに盤外戦を仕掛けたであろう程の余裕の無さだったのだ。
それ位余裕をなくしていたが敗北したアキラには悟る事が出来なかった、それは記者として未熟な古瀬村も同じであった。
階段を下りる森下とヒカル。そのまま顔を見ずに後ろから付いてくるヒカルに話しかける。
「2年間、週1回の研究会で見てきたが成長したな」
「成長したと思っていた。だが簡単に呑まれてまだまだだと思い知らされた」
「まだまだか。勝負の場のオレを知らないおまえには勝てると考えていたがな」
「研究会で打っていても気後れはしないと思っていた。でも勝負の場での先生に無様を晒してしまった。立て直して勝てたのは運が良かっただけだった」
「棋士の怖さは勝負の場で向き合わねぇとわからない。オレなんかまだ可愛い方だ、上の連中は鬼や化け物に変わるぜ」
そこからヒカルに向き直り更に話を続ける。
「15歳やそこらでそういった連中と渡り合うのは大変なことだが、その扇子は飾りでは無く何がしかの決意だろう?」
「……」
そのまま扇子を握る右手に力が入る。
「勝ち続けば三次予選そしてリーグ入り。研究会に来た頃に宣言していた打倒塔矢アキラが現実になるな」
「単純に塔矢に勝てば打倒塔矢にならないとは今はわかっている」
「オレの弟子たちはまだそこまで行かないからわかるだけでも充分だ」
そう言っているうちに別室に着いて検討を始めるのだ。
韓国
ほぼ同じ時期の韓国棋院。10代トップの高永夏(コ ヨンハ)が引退後も日本トップの地位を維持している塔矢行洋と非公式で対局していたのだ。
既に塔矢行洋を射程距離に入れていたと自他共に認める、高永夏との対局後に一言感想を言って別れた行洋。
高永夏のマンション自室。
塔矢行洋と対局したという噂を聞いてかつて研究生時代にスランプ脱出のきっかけとなったヒカルとの対局の経験のある洪秀英(ホン スヨン)が訪ねていた。
「塔矢先生との一局ボクも直接見たかったな」
そう言いながら秀英は石の運びに感心し永夏の行洋に一歩も引かない強気の攻めに尊敬すると語っていた。
「対局後にオレと対等の棋士が日本に一人いると塔矢先生が言われた」
「まさか一年でそこまで強くなっているなんて」
「知っているのか? 塔矢アキラを」
秀英の反応に意外な顔をして問い質す。
「え?」
「どうやら別人を思ったようだな。誰だ?」
「進藤。進藤ヒカル。プロになる前に日本で打ったんだ」
それでと黙って視線で促すと渋々続ける。
「ボクが負けたら名前を憶えてやると啖呵を切ったんだけど……」
「負けたのか?」
続きを呆れたように永夏が繋ぎそのまま黙ってうなずく秀英。
「今度対局したら勝って言ってやるんだ」
闘志をむき出しに宣言する。
「ボクの名前は洪秀英だぞ! って」
「それを言うために日本語を覚えていたのか」
永夏もようやく年相応の笑顔になった。
「だがそれなら、その進藤も北斗杯に出るかもな」
「韓国の最後の北斗杯のメンバーに昨日連絡があってボクに決まったよ」
「おそらく塔矢アキラはオレと当たって塔矢先生の仰ると通りの実力か単なる親バカの言葉かは判明するだろう。
お前も進藤に名前を覚えさせてやれよ」
「もちろん」
この時、高永夏も洪秀英も進藤ヒカルが出ても今の自分たちの敵ではないと自信を持っていた。
ただ日本の10代の数少ない有望な棋士だろうと記憶にとどめる程度だった。
現代の韓国の若手の実力から要注意は中国だけでそれでも優勝を二人とも疑っていなくそして事実でもあったのだ。
あとがき
原作の4人持碁や今回の本因坊戦はヒカルとアキラがシンクロしてアキラ優位で終了。
こちらはヒカル強化フラグによって本因坊予選突破中です。
対森下戦のイメージは北斗杯の進藤、王戦の追い上げでお願いします。