「そう言えば、昨日も進藤が来なかったな。和谷知っているか?」
「昨日、今日は文化祭だってさ。学校をサボってばかりで参加しろと言われて抜けれないと嘆いていたよ」
和谷はアパートで伊角の質問に本田相手に打ちながら答えていた。
「卒業アルバムの写真が無いと委員から泣きつかれたとも師匠の研究会でも言っていた」
「今日は日曜だから一般公開だろ。冷やかしに行くか」
そこへ目を輝かせ口を挿んだのが結局研究会に参加している次郎丸。
「あいつも高校に行かないと言っているし、最後の学生服姿を冷やかすか」
和谷も集中が切れたのか、珍しく途中で打ち切って立ち上がった。
結局伊角も苦笑しながら囲碁以外の姿に興味があるのか一緒に行くことになった。
「何でお前がここに居るんだ?」
葉瀬中の校門で四人が出会ったのはオカッパ、もとい塔矢アキラで案の定和谷が文句を言い出す。
「和谷に今年合格の伊角さん? 君たちもここに?」
「来年からプロとしてお相手願う伊角です。こちらは女流の次郎丸二段と同じく新入段の本田です」
和谷では話が進まないと見て顔を知られていた伊角が話を引き取って続けた。
「初めまして。知っていると思うけれど塔矢アキラです」
「今年の若獅子戦二回戦で会ったんだけどな」
「これは失礼」
次郎丸の荒っぽい言葉に目を丸くしながら謝罪をするアキラ。
その態度に余計不機嫌になる次郎丸。
(アッサリと負けた相手には興味なしかよ)
不穏な雰囲気に話題を変えるべく伊角はアキラに来た理由を尋ねる。
「倉田さんに絶対に来いと言われて断り切れなかったんだけど、本人が来ていないみたいで」
パンフレットを手に困った顔をするアキラ。
「倉田さんも来る?!」
和谷達も皆驚いている。
『進藤と倉田さんは知り合いか』
『オレは聞いていないぞ』
ヒソヒソ話をしていると一度打った事があるらしいとアキラが爆弾を投げかける。
「それでなぜ塔矢を呼ぶ」
「何度か葉瀬中に行った事を知られて案内しろと」
倉田の強引さにため息を吐くアキラにそれを知る和谷達の同情の顔。
「何度か来た?」
それでもその言葉に和谷は疑問に思う。
「囲碁大会その他の関係で、海王中は囲碁大会の会場になるから……」
少し誤魔化して説明出来る位にはアキラも大人になったようだ。
『やっぱり、塔矢アキラは進藤をライバルと見ているという噂は』
『まさか本当だった?』
和谷や本田たちはヒソヒソとかつての噂を思い出しながら話をしていた。
「???」
次郎丸だけは蚊帳の外で少し不機嫌になっていた。
「おー! 塔矢は早いな」
丁度その時にドタドタと倉田が手を上げながら走ってきた。
「うん? どっかで見た顔だが。新人の棋士たちか」
目を細めじっと見つめ和谷達の顔を思い出す倉田。
「まぁ良いさあ、囲碁部に行こう。絶対進藤が驚くぞ」
子供の様な顔をして促す倉田。引きずられる様に他の四人もなし崩しに一緒にパンフ片手に理科室に向う事になった。
今日のヒカルは理科室で簡単な棋譜の解説などを行ったり指導碁でアドバイスなど忙しいと言いたいが残念ながら客が少なく暇だったりした。
居るのは数少ない父親世代の見学者と小池や矢部の友人、後はごく少数の女生徒。
三谷やあかりたち、元部員を含めた囲碁部員とほとんど人数が変わらなかった。
それでも、詰碁の正解には豪華賞品、学習ノートセットにボールペンといったかつての創立祭の賞品、詰碁集よりも一般生徒には喜ばれる物であの時と違い生徒の客も居たのだ。
そもそもヒカルは昨日、今日と和谷のアパートや駅前の碁会所でアキラと打ちたかったのだが、和谷にも言った様に卒業文集の実行委員に泣きつかれて仕方なしの参加である。
元々三年のこの時期は受験モードでありクラス全員で参加は音楽の授業で何とかなる合唱コンクール位しかなく、教室も新聞部や写真部のような部室が小さい所や有志によるお化け屋敷などクラス主催は無いのだ。
なら何故ヒカルの参加を熱望されたかというと、去年から背が急速に伸び、今年の春からは更に大人っぽくなりあかりに遠慮があっても密かに女生徒の人気が急上昇して写真の需要が増えていたのだった。
「おう頑張ってるな。まぁ、将棋部に比べて劣っているがな」
「小池。この人が囲碁部を作った筒井さん。こちらが現部長の小池君です」
筒井と一緒に加賀もやって来てどちらが囲碁部OBかわからない態度で挨拶していたが華麗にスルーして互いを紹介するヒカル。
矢部、岡村の一年二人組は加賀の顔を見て蒼くなっていたが。
受験で準備などの協力は出来なかったが、当日は指導兼賑やかしとして元部員全員が参加して思わぬ同窓会となっていた。
あかりを始め女性陣は男子部員だけでは興味があっても入部しづらい女生徒の呼び水を期待してであってそれなりの女生徒も見学に来ていたのだ。
そこでの加賀登場で女生徒が引くとヒカルや三谷は思わず顔を顰めたが。
「おっ。進藤、結構繁盛しているじゃないか」
そこへ空気を変えるようにドスドスと倉田たちが現れたのだ。
見学に来ていた数少ない女生徒は後方に居るアキラや伊角、更に一部の女生徒は次郎丸を見て黄色い声を上げていた。
後方からもアキラたちに興味を持って着いてきた女生徒が合流してちょっとした数になっていた。
「もしかして倉田六段に塔矢三段。出会えて光栄です」
そして普段は穏やかな筒井も興奮していたのだ。
「見ろ、進藤。これが普通の反応でサインを嫌がるお前がおかしいのが解るか」
筒井の態度に倉田は胸(腹?)を突出し威張る。
そこへツンツンと後ろを指すヒカルに釣られて見た光景は。
次郎丸や伊角に群がる女生徒の姿だった。
ここで慌てて宥める為にも筒井も扇子を取り出しサインをねだり気分を良くしたが加賀の「オレは将棋部だ」発言と王将と書かれた扇子を見せつけられ呆れたりもした。
「冬の大会では大将だったのでは?」
「あれは助っ人。ムラのある進藤がどこまでやれるが見たくてな」
「その後失望しましたが、いつの間にか追いついていますから不思議です」
そう言って未だ倉田とギャースカ言い合ってるヒカルを二人して視線を向けていた。
そこで小池が色紙にサインを頼み、扇子でないのを残念がっていたが素直な小池には断り切れず葉瀬中の活躍を願う。いつかは名人。倉田厚とサインをしたのだ。
その後女生徒の指導を伊角とアキラに任せ、倉田と次郎丸の対局をヒカルが解説という豪華なサプライズが始まったのだ。
アキラも海王中や父の囲碁サロンの客と違う全くの初心者の指導に集中力を維持させるのに苦労しながら忍耐力が付くと内心慰めていた。
詰碁説明用にホワイトボードに19路を描いた紙を貼りマグネットを用意しただけなので、慌てて一年が紙を切って碁石を作ってテープで固定する泥縄だったがそれでも好評だった。
そしてその急造碁石を適切に手渡したりするアシをアイコンタクトで行うあかりを見て久美子などは生暖かい目で見たり、見学の和谷や何人かの鋭い生徒は今日初めて会っても状況を悟っていたりする。
知らないのは当事者の二人だけだったり。
他には、プロ同士の対局を携帯で数少ない親世代の見学者などが連絡して次第に見学者が増えていってそれなりに盛況で成功と言ってよかった。
尚合唱コンクールの全体写真の他に囲碁部その他で見学などをする写真を写真部と協同して文集委員は撮影し一部生徒からの突き上げを回避出来るとホッと安心したのだ。
一方写真部はヒカル以外にも伊角やアキラなどの写真で売り上げが増えたとホクホクだった。
10年後にはタイトルホルダーやリーグ戦の常連というトップ棋士が無名時代に一緒に居る日常風景というプレミアム写真になるとは思ってもいなく、問い合わせに目を白黒というのは別の話題。
その後、葉瀬中は期待できないが他校の囲碁部にはイケメンが居るかもとミーハーが何人か入部して現実は甘くないと直ぐに知ったがそれでも大会出場最低数の女生徒三人が最後まで残り、むさ苦しい将棋部は弱小の囲碁部のくせに華が有ると悔しがっていた事を追加しておく。
尤もヒカルは今後棋戦の予選を始めとした手合が増えた上に研究会などの出席が増え登校自体減って指導碁も減ったのが女生徒激減の一番の理由でもあった。
「良かったね。あかり」
「えっ何が?」
「わかっているでしょ」
ある日のあかりと久美子の会話。
「とにかく受験勉強に集中できるわね」
「久美子も知らないっ」
「まぁまぁ、許して」
それでも二人は共に幼馴染みの関係と主張する。
あとがき
オリ展開の文化祭です。
ヒカルの碁はヒカルの父の存在感と共に、修学旅行に体育祭。そして今回の文化祭と中学行事がほとんど無いんですよね。
プロ棋士には関係ないとは言えこれが恋愛関係の話がゼロの要因か?