北斗杯初日
遂に始まる日中戦。
大将戦は塔矢アキラ対陸力(ルー リィ)
副将戦は進藤ヒカル対王世振(ワン シチェン)
三将戦は社清春対趙石(チャオ シィ)
始まる前に会場に入った日本側の三人は塔矢を除きテレビカメラや改めて取材などに緊張し上がりだしていた。
― 一度身体をほぐして頭をカラッポにするのです
(そうだな佐為。オレはまだ格下だ。なりふり構わず挑戦せねば)
そのままプロ試験の伊角戦の時の様に会場の隅でラジオ体操を始めるヒカル。
その様子に目を丸くするアキラと倉田。だがそれだけの度胸があれば大丈夫だろうとも安心する。
スタッフはどうやら見ないふりをする事に決めたらしい。
その頃一旦会場の外に出た社が戻ってきたが何があったのか落ち着きを取り戻していたがそれもヒカルのラジオ体操を見てギョッとしていた。
大盤解説室にもボチボチと人が入って来ていた。
社が見かけた越智が先に座っていた席に伊角と和谷が座ってきた。
「越智も早いな。奈瀬たちは院生研修があるから来れなくて残念だな」
「棋譜は後から見れるから大丈夫でしょう、伊角さん」
「ニギリが始まった。塔矢が白か」
後ろから次郎丸がやって来て丁度始まったニギリの結果で話しかけてきた。
「次郎丸さんも来たんですか」
「何だとコノヤロー」
メガネをクイッと上げて何時もの様に辛辣な口調で応える越智に首を絞める次郎丸。
「他のお客さんも居るんだからじゃれ付かない」
苦労性の伊角が宥める一幕もあった。
「しかし、お前らは大物だよ。この大舞台で観客とは言え普段通りだから。
進藤は緊張しなければ良いが……」
「和谷は心配性だね」
「始まったな。進藤の黒はどう打つか?」
伊角の言葉を合図にモニターに集中する四人。
その頃にはヒカルの祖父平八と母美津子も見学に来たのだ。
全く囲碁について無知だった母は場違いな感じにドキドキしていた。
検討室の倉田や中国団長の楊、そして韓国側も序盤から中盤にかけ日中戦で塔矢の攻めの優位と社のプロになったばかりでの活躍に目を見張りそれに反して動きの鈍いヒカルが結果的に評価を下げていた。
それは大盤解説の渡辺も一緒だった。
「動きが鈍くて押し込まれているって? 馬鹿も休み休み言え」
「次郎丸は力碁で挑んでいつも反撃されているからね」
「越智余計な一言が身の破滅と覚えて置け」
「でもこうして見ると時々感じたsaiの影がハッキリとするな」
「和谷……?」
「ネットで見ていたが秀策っぽいというか、柔らかな受け流す棋風というかそう言ったところが進藤も似ている」
(確かにsaiの棋風に似ている。オレの実力ではそこまで現れないが中国相手にはハッキリと出てくるとは悔しいな)
己の実力不足を痛感する次郎丸。
「お義父さん、先に帰ります」
解説の形勢不利と絶望的な事を告げられ見ていられずに席を立つ美津子。
だが母が帰ってから反撃が始まる。
その一手にギョッとなる王。
気が付くと攻めていた白の大石が死んでいた。
(まさか、ここまで誘導されていたのか?)
ヒカルを睨む王。
その時ネット中継のテレビのコメント欄でsai vs 塔矢行洋の再来と盛り上がっていた。
ボウシからの攻めで白を殺した行洋の再現
イヤイヤ違う最初の秀策流はsaiじゃないか
行洋の再現wそれ敗北フラグ
これどこ? 北斗杯? 進藤誰?
日本のU-18大会。プロ2年目の進藤二段と王四段だよ。
二段程度でsai~w 塔矢元名人~w ワロス
貴様碁を知らないなら書き込むな
日中韓だけでは無く欧米各国にも噂が流れて閲覧者の急増で回線がパンクしかかるほどの話題となった。
「これが進藤の怖い所だ。ボクとの対局でも打ち回しで好手に化けさせらて引っ繰り返った。
今回はその時以上に上手い打ち込みだ」
検討室で侮られていたヒカルの逆転に洪は一体どこの国の人間かと叫ぶ。
高永夏は洪の言葉を無視して黙って碁盤に石を並べていた。
一方倉田はヒカルの打ち回しにsaiや行洋の物真似ではなくしっかりと自分の物にしているのを確認していた。
(元から底の知れない奴だったが、ここで又もや化けたな)
倉田たちの見守る中更に進んでいく。
(力碁は次郎丸相手で慣れている。早めの攻めもな!)
(日本は塔矢アキラ以外にはまともな棋士は居ない筈なのにこの強さは何だ)
互いの意地と力のぶつかり合いに国を背負っているとか、次の大将戦が掛かっているとかそんな意識が消えより高みを目指し己の知識と経験を総動員した対局が続く。
中盤にヒカルは手痛い失着を犯した。
(この石は何か隠れた目的があるのか?)
だがそれでも最初の打ち回しで痛い目にあった王は罠かもしれないと慎重になり残り少なくなった持ち時間を使って読みを行っていた。
ようやく失着と自信を持って打った石にヒカルも対応を必死に考え応手を放ったが不利なのは変わりなかった。
だが王とのこの一局で更なる高みが見えたヒカルはまだ終わりでは無かった。
じりじりと詰めていく迫力に王が気圧されていく。
(勝って韓国戦への余勢を駆るつもりだったのにここまで追い詰められるとは。だが同時にまだずっと続けてみたいと思う自分がいる)
王は矛盾した思いを抱きながらも終盤へ、ヨセへと進んでいく。
(ここまで打ちながら強くなった実感を持ったのはいつ以来だろう? いやそれよりも勝敗を越えて相手の一手にワクワクしたのは囲碁を始めた頃くらいか?)
「進藤の勝ちだな」
「塔矢も勝ちだな。社は惜しかったな」
和谷の言葉に伊角が答えたが既に社は終わりの様だった。
「うん? 次郎丸はどうした」
「和谷か。どうも進藤に本気を出させていなかったと思うと口惜しくてね」
「次はオレたちが本気だけでなく勝つさ」
「どうやら社は投了したようだな。3目半の負けか」
伊角の言葉に続いて塔矢も最後の追い込みだった。
次いで塔矢も投了し塔矢の2目半の勝利となり塔矢、社の見守る中最後の攻防を行っていた。
結果は塔矢と同じく2目半の勝利。
ヒカルと王、共に打ち切ったという表情をし晴れ晴れとしていた。
体力を使い切ったと思われる疲労感の中で全力を使い切り悔いはないと自然に視線が合った二人は笑顔を交わし立ち上がった。
2勝1敗で日本側の勝利という予想外の金星に解説室の一般客はもとより検討室の各代表団のメンバーも騒然としていた。
「終局だ。さっさと引き上げて気分を切り上げなくては。日本に勝って勢いを付ける心算が何時の間にここまで力を付けていたんだ。……いや伊角君もメンタルを除けば充分強かったな、結局は情報不足か」
足早に対局場に向かう中国団長の楊海(ヤン ハイ)。
そんな中一人永夏はヒカルの棋譜を並べオレならここをキラずにこっちの頭をオサえると並べて見せた。
韓国団長安太善(アン テソン)もそれを見て確かに更に3目は稼げたと認めた。
「オレなら時間内に見逃さずにもっと余裕をもって勝てたね。それ以前にあそこの失着での追い付きを許さなかったさ。結局オレの敵ではないね」
「その評価はちょっと早いな。昨日のアイツなら勝てなかった。今日のアイツの失着やその一手は明日のアイツなら気付く」
そう言って倉田は部屋を出て行った。
未だに意地を張りヒカルを認めまいとする永夏を残し秀英も呆れたように首を振っていた。
午後からの中韓戦は1回戦と同じく2勝1敗で韓国の勝利。
「世振は日本戦の敗北を引かなかったというよりプラスにもってこれたが皆苦戦に影響された」
「秀英が負ける碁を拾ったのが助かりましたよ。これで韓国の優勝です」
検討室での楊海と安太善が碁盤を挟み検討を終えてそんな会話で今日はもう終わりだと立ち上がった。
「おいっ! 日本チーム応援するから明日はがんばれよ。
それと塔矢君、高永夏に一泡吹かせてやれ」
日本人席に向かいヒカルの肩に手を置きアキラに指差して好き勝手な事を言う楊海。
その台詞に思わず気まずくなる日本チーム。
ポーカーフェイスには皆まだ経験不足のようだ。
そんな彼らに気にする事も無く部屋を出て行く。
「倉田さん、ほんまにアイツを大将でええんか」
「勝敗よりも成長を見てみたいからな。例えアイツの師匠でなくても楽しみだからな」
「進藤。明日はボクの代わりに大将になるんだ。無様を晒すんじゃない」
「わかっている」
社と倉田の会話の横で永夏の一局を見て緊張していたヒカルにプレッシャーの様な発言にむしろ気分を変えて立ち上がりながら返答するヒカルの表情にはもはや迷いは無い。
日韓共に1章。明日の勝敗で優勝が決まるという最高の舞台になった。
そこで佐為の強さを改めて証明するのがヒカルの覚悟だ。
あとがき
悩みましたが、強化フラグと序盤の緊張が無ければきっと勝てたと。
少年漫画だもの現実の実力を無視して10年早く日本の棋力が高いと思って。
その分中国が割を食って無事に本国に帰れるのだろうか?