(塔矢先生と進藤が打っている。それは三年前の初めての時の様な静かで歪み無い流れに見えた)
20手も打った時であろうか、夢の時の様に進藤の後ろに佐為が居て石を指示している声が聞こえだした。
塔矢先生は? と見ると先生にも判った様だ。
「どうやら、ここまでのようです。続きはいつかヒカルと」
その時佐為が序盤で投了を告げていた。
「進藤くん。後ろの人物がsaiですか?」
先生の言葉に進藤は目を見開き声も出せないほど驚いていた。
「そうです。私が佐為です。今回緒方殿に無理を言ってこの場を設けていただきました」
「ふむ、もしかして新初段シリーズの時も?」
「ヒカルの晴れ舞台を潰してでも手合いを望みました」
佐為はそう言うと驚き固まっているヒカルに語りかけた。
「ヒカル。神が最期のわがままを聞いて下さり碁を打つ相手とこうして会話を出来るようになりました」
「佐為、さいごって…… 意味が解らないよ」
「私は勘違いしていました。神の一手を極める為にこの千年この世に留まったわけではないのです」
そう言って、行洋たちにも入水してからその後の虎次郎(秀策)との出会いとヒカルと共に対局した日々を語っていた。
そして、ネット碁での対局でのヒカルが見つけた黒の一手。それを見せる為に千年の時を長らえていたのだと。
今、自分の中の時が動き残り少ない事も実感している事も透明な笑顔で語っていた。
「そんな、オレが佐為を消す原因なのか」
「違います。ヒカルが私の跡を継いでくれるという事です」
ヒカルの言葉を遮り優しい表情で諭す佐為。
そのまま右手の扇子を差し出すがヒカルは悟っていた、もし受け取ると佐為が消えてしまうと。
その様子に困った顔を浮かべるので、渋々と震える手で受け取る時まるで本物の様な感触に驚くヒカル。
「それに私は楽しかった……」
その言葉と共に笑顔のまま行洋や緒方だけでなく、ヒカルからも扇子と共に消えていった。
「佐為ーっ!」
消えゆく佐為に手を伸ばし叫ぶヒカル。
しかし、間に合わず笑顔を残してヒカルを置いていった佐為に動きが止まって涙だけが流れ続けていた。
「進藤くん。落ち着いたかね」
どれだけ涙を流したのだろう。ようやく周囲の様子に意識が向いた時に塔矢先生の声が耳に入ってきた。
その静かな声で自分も落ち着くことが出来たと自覚できたヒカル。
「先生……」
「進藤くんの幾つかの謎が今日判っただけで充分だよ。いつか落ち着いて納得出来た時には対局をしよう」
そのまま緒方に目配せをして送るように合図をし、緒方もヒカルの肩を叩き連れて行った。
「すまなかったな」
「何が?」
RX‐7に乗り込み道路に出てから緒方が呟き涙声で聞き返すヒカル。
「佐為に打たせろと強制した事さ。それは進藤を否定する事だと今ならわかる」
「そう……」
緒方の言葉にもヒカルは心在らずとばかりに生返事を返すだけだった。
そんなヒカルの態度にも緒方は失うと思ってもいなかった相手を永遠に喪ったのだ、無理もないと気にもしなかった。
ヒカルの案内で家に着いた時に丁度玄関から同い年と思われる少女が出てきた。
緒方は進藤の土産の相手かとピンときた。
「ヒカル、随分遅かったわね。帰ろうと思っ……」
緒方が思った通り少女はあかりだった。
車から出たヒカルに話しかけようとしたところに突然抱きつかれ泣き出した為に言葉も途中で止まってしまった。
「すまんが少し慰めてやってくれ」
「あらあら、どうしたの?」
母親も出て来てヒカルの様子を見た後に息子を送ってきたと思われる見知らぬ男性に訝しげな視線を送っていた。
「一緒にゼミナールに出た緒方と申します。進藤くんを今送ってきたところです」
「ご丁寧にありがとうございます。母の美津子です。それで、ヒカルは?」
「少しショックな事がありまして、見守っていて下さい」
二人が挨拶を交わしている間にヒカルはあかりを伴って家の中に入っていた。
「それとこれは、進藤くんが買っていた土産です」
そのまま、忘れ物の私物のディバックと一緒に今朝買っていた紙袋も母親に渡していた。
「わざわざすいません。全くあの子は礼儀知らずで申し訳ない」
頭を下げる美津子に手を振り気にしないと言ってそれよりもヒカルに気を付けるように言って帰ったのだ。
「ヒカル大丈夫?」
部屋に戻ったヒカルに声を掛けるあかり。
「佐為が死んだ。二度と会えない」
あかりは「佐為って誰?」とは思ったが黙って聞いていた。
「佐為は……」
そのままあかりに佐為の出会いから最初の頃の衝突と佐為の過去の事。本気になった碁に対し対局よりも自分を鍛えるのに優先してくれた事。
そして最近の時間が無いという言葉を信じずほとんど打たせずに今日遂に消えてしまったと言ってから再び声を出さずに泣き出した。
「ヒカル」
幽霊が苦手なあかりは佐為の正体と今までヒカルに憑りついていたと聞き頬を引きつらせたが、黙って最後まで話させて静かに声を掛けた。
「ヒカル、明日巣鴨のお寺に行きましょう」
「巣鴨?」
「週刊碁で秀策特集があって巣鴨にも秀策のお墓がある事を知ったの」
本当は広島の方が良いけれど遠いからと付け加え。
「秀策さんはヒカルの佐為さんを共通の師匠とする兄弟子だから成仏した佐為さんと一緒に天国で思う存分打って下さいと報告しないと」
「兄弟子……」
あかりの言葉にストンと腑に落ちたヒカルは今まで意識しなかった虎次郎の生活と秀策の棋譜に興味を持ち出した。
「それにヒカルが碁を受け継いで発展させるから安心してねと佐為さんにも言わないと」
「そうだな。明日一緒に行ってくれるか?」
「良いわよ」
次の日にヒカルはあかりと一緒に墓参りに行くと聞いた父正夫は、中学生だけではあれだと一緒に行こうと言い出し結局三人で行くことになって歩き出した。
途中でタクシーが止まりガラの悪い運転手が声を掛け、ヒカルの碁の知り合いである河合という人物だとあかりと正夫は知った。
ならば本妙寺まで乗せてもらう事にして、その時初めて幕末の天才棋士本因坊秀策の事を正夫は知ったのだ。
一方プロの棋士の親でありながら余りにも普通の親である正夫を意外に感じたがそれぞれ短い時間の中で気が合う事を認識していた。
季節外れの秀策の墓参りを黙って付き合った正夫はこれからどうする? と聞いた時、河合がいっその事棋院に行って秀策の棋譜を見たらと提案してそのままヒカルも過去の佐為の棋譜を見てみるかと軽い気持ちで向かうのだ。
日本棋院。一般対局室。
この場に門脇と再び出会ったヒカルが断りきれず対局する事になったのだ。
「忘れているかもしれないが、去年ここで打って力の差を見せつけられた門脇だ」
「え~と。帰る時に無理矢理打たされたおじさん」
「元学生三冠の門脇?!」
「これっ、ヒカル」
失礼な言葉使いに正夫が注意し、その正体に気付いて驚く河合に気にもせず話を続ける。
「あの時の一局で目が覚めて本格的に勉強をし直してプロ試験を一年伸ばしたのに新初段シリーズは何だ?」
「何だと言われても」
「オレのあの時の感動は、棋譜は幻だと言うのか」
そろそろ周囲の人の注目を浴びだしたので対局室に入りこうして対局となったのだ。
(佐為の意図も読めないのに勝手な事を言うな)
強気の攻めを行うヒカルの前回との棋風の違いに戸惑う門脇。
(佐為の棋譜を見たいんだ。こんなところで時間を無駄にしたくない)
ヒカルの思考がクリアになり加速していく。
門脇が置くと間髪入れずに応手していく。
正夫はどこが凄いのか理解できないが、あかりや河合は相手の考慮時間だけで読み切っているヒカルの凄さを理解している。
(何時の間に化けた? 去年とは全く違う)
河合よりも実際に元学生三冠であり修行し直し力を付けて今現在の実力を把握している門脇の方が驚いている。
勝負手を放ってもノータイムで打ち返すヒカルに徐々に追い詰められ遂に投了した門脇。
(佐為どうだった)
振り向き笑顔で聞いた先に居たのはあかりだった。
そこには佐為がいない事を思い知らされたヒカルは一瞬泣きそうな顔をしたがそのままあかりに笑顔を向けた。
「勝ったよ」
ヒカルの内心を理解してもそのままあかりは返答した。
「おめでとう」
その言葉にはいたわりが含まれそれと理解したヒカルもようやく緊張が解けて行った。
「門脇さんこれから用事があるから検討は無しで別れます」
「ああ、ありがとう。碁盤は片付けなくて良いよ」
そのまま去っていく四人に目もくれず碁盤を睨みつける門脇。
「やはり本物だったか」
そう溜め息を吐いてようやく碁盤を片付けて帰る気持ちになった門脇。
(次はプロになって公式で会おう)
資料室
そこには職員の方に無理を言って入れてもらい当時の本物の佐為が秀策として本気で打った数々の棋譜を見てその才能に震えるヒカルが居た。
最初は過去のコピーの棋譜があるだけの部屋だと思ったら親切な係員が特別だよと言って案内されてそのまま残ったのだ。
他には付き添っていたあかりが心配そうに見守るだけだった。
(これだけの才能を二度とこの世に現れなくしたんだ。決してオレは負けれない)
ヒカルの悲壮な決意にあかりは何か感付いたのだろか、泣きそうな表情だった。
その頃正夫は河合に聞きながら売店で少々値が張っても良い品という事で秀策全集を遅れたプロ祝いという事で求めたのだ。
そして名刺を交換して仕事とヒカルを抜きで会う事を約束していた。
どこか雰囲気の変わったヒカルを黙って迎え入れた正夫は「持っていないだろう」と言って買ったばかりの秀策の棋譜全集を渡して驚かせて家に帰る事にした。
その日からヒカルは秀策の棋譜を並べ今は亡き佐為と碁盤で会話をする様になった。
あとがき
ヒカルがあかりに教えるとしたらこのタイミングしか無いと思いました。
アニメのOP、EDしかヒロインしていないあかりを救済です。
せめて、佐為の笑顔を覚えて別れて欲しいと思っての捏造ストーリィ。
そして行洋も直接言葉を交わしての別れを。