※この番外編は、完全にオリキャラしか出ない異世界ファンタジー物です。コナンのコの字もありません。予め御了承下さい。~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ ※官吏アポリアの物語10 誓いのこと「私は、フォルネスレンスマキナの、生まれです。 官吏になるまでは、アポリア・マキニス・グセナエリター・フォルネスという名前でした。 母は、私を産むときに死にかけたそうで、私に兄弟姉妹は有りませんでした。代わりに、いとこ達は居ましたけれど」 アポリアは、若旦那を真っ直ぐに見て、ゆっくり、切り出す。 滅多にない喋り方に、周囲がざわめいた。 通常の会話では敬語を話せないほど魔術を鍛えた者にとり、この口調はそれだけで意味を持つ。 誓いの言葉は、大方の魔術師にとって喋り方の規制が外れる例外。その語りの内容が己の半生を語るものであるならば、後に続くのは生涯に関する文言くらいしかない。 アポリアが語るのは、代々女子が当主となる一族に生を享(う)けた、傍流の女の物語。「母方の一番上の伯母は、3年前まで、フォルネスレンスマキナの領主である、フォルネスの魔石守一族の当主でした。母は、その伯母から見て2番目の妹にあたります。 私は、産まれたときから、当主になる事を期待されていない、傍流でした。『将来、嫁に行くか官吏になるかどちらかを選べ』と折に触れて言われながら育ちました。 私の伯母はともかく、その跡継ぎである従姉が、親族の中で私だけを何故か異様に嫌っていたという事情もありました。 従姉が当主になれば私は本気で殺されるだろうと、皆が予想し、余所で生きる術を得るように口を揃えて助言していました。 官吏になることは、従姉の元から逃れて帝国の庇護下に入るということでした」 はじめは少しばかりつっかえるものの、以後の口調は滑らかに。 でも、語調は走らせることなく、最後の誓いに至るまで、丁寧であろうとは思う。大事な内容であるのだから。「14で身体が出来てから、義理の再従兄でもある、幼馴染で同じ年齢の、風の民の男と関係を持っていました。 17の時、彼と同時に司法府の採用に合格しました。2年間の帝都での研修後、19歳で共にこの街に配属されました。 しかし、彼は配属6日目に、魔術の種類と狙いを誤り、うっかり当時の捜査部門長を全裸に剥いてしまいました。公衆の面前での失敗でした。 彼は大方の予想通りに免職処分を受けて、故郷に帰ってしまいました。 私は、引き続きこの街での勤務を望みました。その為に関わる相手を探しました」 笛の民の女性魔術師は、どんなに優秀であっても、誰か男性の魔術師と組み合わせを作らなければ採用に受からない。それで合格する時は共に合格するし、落ちる時は共に落ちる。 一方、事情があって男性の側が職を辞する時、その事で以って女性側が退職を強要されることは無い。しかし現職官吏は現職官吏でしか交われない原則は、変わらず有効だ。 ――要は、『勤め続けたいならば、同じ職場内で協力してくれる男性を決めるしかない』。 風の民の『あいつ』とは、1期目終了時に道が別たれるのだろうと予想はしていた。自身は採用当初から漠然と上級職志望で、『あいつ』は1期目で極力貯蓄して退職後に商売を始める気だったから。 だが1期目満了で辞める気だった方が、たった6日で馬鹿馬鹿しい不手際を起こして職場を去るのは、流石に予想外過ぎた。 更に1月以内に同期が相次いで2名死去した時も、それはそれで強烈だったけれど。 結果的に『あいつ』は不幸になった訳ではない、ということ、それだけは救いかもしれない。 故郷に戻った『あいつ』は、親族一同にしこたま怒られつつも、結局はその親族の伝手で誰かに雇用され、もうすぐ独り立ちする話が湧いてきているというから。 アポリアだって、(上級職になる道は断念せざるを得ないにせよ)今に至るまでは司法府で勤め続ける事が出来たのだから。「異動の時期が被らず、魔力の相性が良く、既存の男女の関係を乱さないという前提がありました。また、複数の男性が選択肢として残る場合、一番年上の者と交わるのが鉄則です。 そうして選んだ相手が、当時の審問部門長でした。以来5年以上が経ち、兼任副長、司法府長と異動されていきましたが、私との関係はそのまま続きました。そうして、今に至ります」 何故、職場の一番年上を選ぶべきなのか。 ――生きるために必要な行為なのだと、余計な思惑が入らずに当事者も周囲も割り切れるから、というのが、司法府内で積み重ねられた長年の知見。アポリアは素直に従っただけだった。「アポリア・ユバンクス・フォルネスレンスマキナの経歴は以上です。 今述べた事柄に嘘無きことを竜神に誓います。貴方は、この言葉を踏まえた上で、婚約の求めに応じて頂けましょうか?」 社会通念上、不味いことは何もしていない。制度上最年少の年齢で司法府に採用された者が、途中で予想外の事態に遭いつつも、在職を望んで働き続けた経歴でしかない。「ドルゴネア・ユバンクス・カルルバンの責任において、官吏になってからのアポリア・ユバンクス・フォルネスレンスマキナの経歴に虚偽無きことを保証します。竜神に誓いますっ」 被せるようにドルゴネアの保証が入る。有り難い話だ。まぁ宿屋の一家はともかく、司法府の関係者なら皆知っている内容しかない語りだから、虚偽が問題になることは無いのだけども。 店主の目配せを経て若旦那から出た返事は、予想通りだった。「もちろんです、アポリアさん」 女の種族によって、男女の婚姻の形態は変わる。単純な話、子を生(な)す仕組みの種族毎の特徴が、そのまま婚姻の仕組みに反映される。 『子を産ませる側と産む側が心から願わなければ、産む側の胎(はら)に新たな生命は宿らない』。笛の民の身体は、そんな仕組みだ。 よって、産ませる/産む事を承諾することを『結婚』と呼び、承諾した男女を『夫婦』と言い、やがて『夫婦』になることを約束した関係を『婚約』と呼ぶ。 『結婚』も『婚約』も、民事法制上口頭の了解で成立する行為。 若旦那とアポリアは、どこからどう見ても只今をもって『婚約者』となった。 ……不意に、突拍子もない大声が割って入った。「ねえさま、僕達のお母さんになるのー? 子どもを産んだら飢え死にしそうな身体なのにー」「バカ!!」「オイ!」 店主が上の孫の頭を思いっきり殴り、若旦那も一喝した。下の方の孫息子が怯えてドルゴネアのローブにしがみ付く。雰囲気が固まる。 この子、先日も失言で祖父にぶっ飛ばされていた。相変わらず考えなしな発言をする癖は、流石に数日では変わっていないらしい。 引き続きの敬語口調は、……体質的に無理。ということで、元の通りでしか喋れない。「随分な言いざまだな。客商売の家の子で、言っていい事といけない事の分別が付いてないのは不味いだろ。そのくらいの年齢で」「すいません、アポリアさん。うちのガキが」 妊娠=死、の構図がこの子の中に出来ているのかもしれないが、それにしてもこの言い方は非礼だ。 再度、店主の小さな殴打が息子の頭に降る。アポリアは止めはせず、ただ苦笑を見せた。~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ ※官吏アポリアの物語11 指令のこと「話は終わったか? 邪魔するぞ。 色々と思うところがあるが、アポリア・フォルネス、ひとまず婚約は祝福しよう。 今、仕事の話をして良いか。ドルゴネア・カルルゥも」 店の出入口からの声。 ずっとアポリアの後方でやり取りを見ていたらしい司法府長は、本来は非番であるはずなのに、何故か私服ではなく官吏の格好をしている。「たった今広場に掲示したところだが、先ほど、帝都から指令が来た。 あちらの監獄で収監者が溢れそうらしい。明日、確定者は全て繰り上げて処置するそうだ。こちらの×××××についても合わせるよう指令が来た」 空気が変わる。言葉の意味を、子ども以外は全員理解している。 監獄の収監者数が定数に達しそうな場合の対処は、大昔から決まっている。処刑しても問題無い者に刑を下すのだ。 どの街であっても、監獄が溢れない限りは月末に一気に処刑する。帝都の監獄は相応に規模が大きいのだが、大規模な摘発が重なれば月半ばでの処刑は起こり得る。 通常、帝都でそういう事が行われようが、この街には関係ない。しかし、現在はカルルバンから連行された元官吏が帝都に収監されている。繰り上げ処刑される者達の中に入っているはずだ。 同案件で極刑を言い渡された者達は、同じ日に刑を下す。これもまた昔からの大原則だった。「急な話だが2名とも準備に動け。特にアポリア・フォルネスは、剣への魔力を今夜までに流し切っておくように」「「了解」」 今後の動きを考える。 これから他の官吏は、手が空いている限り広場の準備に動くのだろう。 急に重みを実感する右腰の剣。刃に流した魔力量は、現時点で絶対的に足りてない。今から日没くらいまでは、詠唱に時間を費やすしかない。徹夜しなくても良いだけマシではあるが。 ……そこまで考えてハッとする。念のため、言葉に出して確認しておいた方が良い事項があった。「司法府長。今日の内に私が剣に魔力を流したとして、体内の魔力量は、今から丸二日間は辛うじて持つ。 言い換えれば、万が一何かあった場合は足りなくなる程の魔力量しか無い。今夜の内に、どうにかしておいた方が良いだろうと思う。 これまでなら貴方と関わっていただろうが、これからは……」 笛の民の女である限り、定期的に異性と交わらなければ、魔力どころか生命も危うい。で、自己の魔力量管理は、徹底的に自己責任だ。 魔力が足りなくなると、本能が理性を凌駕してしまう。勤務の真っ最中に管理を誤り、うっかり異性を襲って処分を受ける同種族の官吏は、帝国の司法府魔術職全体で年に1~2名の頻度で出る。 非常事態で魔術を連発したために自己管理を誤ったなら、厳重注意か減給かというのが処分の相場。 そういう事情でもないのに広場の月番が『仕事』の最中にやらかしたなら、……考えたくは無いが、たぶん免職だろう。「婚約者に協力を求めるのが道理ではあるな。夜の外出申請を今日中に出せ。許可は出す。 但し家主と当事者の了承が有るのが前提だが」 なるほど、もっとも。アポリアは店主父子に向き直った。「……そういう事で、今夜は通いに来たいんだが、何か支障は有るか?」「有る訳ございませんよ! なぁ?」「ええ」 では、これで魔力問題は解決。「では、私は司法府に戻るぞ。アポリアもドルゴネアも、早く戻るように」 職場の長がそんな指示を出して去ったのだから、本当に『早く引き上げる』しかない。 長く雑談を交わすのではなく、店主父子に手短な一言を残してから去るのが筋。「一旦庁舎に戻る。夜から、頼む。 ……今後、私が退職するまでに、結婚契約の文面を考えることになるだろう。時間が有る時に話し合いをさせてくれ」 財産が全く無い庶民なら、婚約も結婚も口頭で行っても実害は無い。 ただ、少しでも財産が有るなら別だ。婚約はともかく結婚の方は、口頭の誓詞と別に書面の契約を交わすのが通例。あいまいな夫婦関係は、未来で財産相続問題の火種になり得るものだから。 男の方は宿屋兼料理屋という家業が有り、女の方は官吏として働いた結果の貯蓄(+いずれ支給される退職手当)と、生家周辺のややこしい相続権がある。契約条項を詰めない方が不自然だ。「! そ、そうでしたね、分かりました。これからよろしくお願いします」「ああ、頼む」「じゃ、私達は戻らせてもらうわね」 ドルゴネアがそう〆た。共に軽く礼を示し、色々と急転直下で腑に落ちていない者達を残して、ここから出ようとする。が、アポリアは足を止めた。「何故だか知らんが、司法府長がまたこっち来てるぞ。小走りで」「え?」 果たして数秒後。言った通りに上司が舞い戻ってきた。「店主、さっき言い忘れたんだが、……!」「な、何でしょう?」 アポリアのすぐ真横。赤いローブの彼は、店の石壁を引っ掴み、赤い仮面の下で荒れた息を呑み込んで。「監獄用の飯、ずっと1名分だったな。今のところその飯は、明日の朝までで良い。 で、今日の夕食と明日の朝は一品増やすことになっているが、問題なく出せるよな? どうにか調達して間に合わせてほしいが」 ――あ! 言われるまで気が回らなかった。監獄用の料理は、料理屋の義務休業の例外だ。今収監されているのは元先輩の×××××だけ、彼女は明日処刑されるのだ。以後の食事の提供は不要になる。 店主の方も指摘されて思い出したらしい。が、答えは落ち着いていた。 「全く問題ありませんよ、急な変更は割と有る話ですから。1名分だけなら、私どもの食事から1皿減るだけです。 流石に、たくさん収監されてる状況で急に全員に1品増やす話なら、御相談していたかもしれませんけれども」「なら良いんだ。今日の夕食について、アポリア・フォルネス、……は、剣に魔力を流すのが最優先か。夕食を取りに行く時間が無いなら、他の者に取りに行くよう振るように」「了解」 上司として当たり前の指示。部下として当たり前の返答を返す。「じゃあ、今度こそ失礼するぞ」 かくして司法府の官吏3名は連れ立って宿屋を出た。~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ ※官吏アポリアの物語12 司法府長のこと「アポリア・フォルネス。 これまで部下の結婚も婚約も何度も見てきたが、月番の真っ最中に婚約が成立したのは初めて見たぞ。それも、結果的にだが月番の『仕事』の前日に婚約か。 一目ぼれでもしたのか?」 呆れているというべきか、感心しているというべきか。そのくらいの感情が有るらしい声色の、司法府長の問いは、まぎれもなく自分に向けられたもの。的確な質問にアポリアは短く答える。「ええ、まさしくその通り」「……そうか。典型的な、一目ぼれの魔力、だな」 アポリアより頭一つ低い仮面の下、くつくつと揶揄するような低い笑いが漏れる。「いつものごとく、婚約の告示も外出許可申請も、司法府内で全体掲示だ。 私としては思うところは無い。いつか終わる関係が早めに終わってしまっただけだから。 ただな、祝福の言葉も、非難の陰口も、全部お前たちの責任で受け止めるように。婚約したアポリア・フォルネスだけでなく、婚約の誓約を保証したドルゴネア・カルルゥも、どちらも当事者なのだから」 妥当な指示だ。 月番が月番中に婚約するのは常識からズレているが、禁止事項ではない。処刑前日の婚約が例え顰蹙を買ったとしても、その結果を含めて受け止めるべきなのは自分達しか居ない。 一瞬隣のドルゴネアと顔を見合わせてから、共に官吏の顔で答える。「「了解」」「……それから、どちらも退職後にこの街に住むだろうから言っておく。 あの暴発事件で巻き込まれた者達の補償のため、基金を積む話が出ている。 帝都側の予算で出せるのは、死亡者が家長の場合で収入の3月分、それ以外で1月分、負傷者は半月分を上限に補償、ということになるらしい。その分は月末に支給することになった。 追加補償の元は、暴発を起こした班の面子の没収物品の競売売上と、ここの官吏一同の出資だな。それで年末までに帝都予算と同額ぐらいは出すように言われている。 お前達2名共、出資した方が良いだろう」 「「了解」」 この助言にも揃って即答を返す。相場並みかやや高いという内容。高すぎると周囲からやっかまれることは無いが、安すぎると声高に文句が出ることも多分無い、その程度。 性質上官吏が出損する許可は出る。むしろ逆に基金に積極的に出しておかないと不味い。 そして、少し一息。司法府長は硬い雰囲気を崩して、ボヤきのように呟く。「……いや、しかし、平和な世の中になったものだと実感するところだな。戦乱で殺伐としていたら、本当に身の回りから浮いた話が一掃されるぞ」「それは、南部の植物災害の?」「ああ。話した事はあるな。私は2期目で、ちょうど南の街に居た。 破れかぶれで食糧強奪を起こす者が多くてな、街の治安が荒れに荒れたんだ。ちょうど現地の司法府は1期目が20名くらい居たが、1年どころか半年で広場の月番が1巡した」 アポリアは寝物語で聞いたことが有るし、ドルゴネアも聞いた事はあるはずだ。 帝暦116年から約2年間、この帝国の南部で、大災害があった話。 半年で20名くらいの月番が一巡したというのは、つまり、月末以外で監獄が溢れそうになる機会が、6ヶ月の内にそれだけ多かったということ。そのくらい異常な治安悪化を生んだ、災害の、話。 全てのきっかけは、突然、とある森の植物たちが意思を持ち、住民や動物達を脅かし始めたこと。 当初は現地官吏が動いたが鎮圧に至らず、やがて軍が動員され、最終的には神殿まで力を貸した、らしい。 そこまでしても植物達をどうこうすることは出来なかった。軍は、最終手段として、大規模な魔術で時空を弄り、相対した植物達を丸ごと消滅させようとした。 が、……その時空系魔術は暴走。予定の数倍規模まで膨れ上がって、弾けた。軍しか知見を持っていない時空系の術式は、普段そう使うものでもないもので、経験の浅さから制御を誤ったらしい。 術の範囲内に居た者達は、丸ごとこの世界から消え去った。現地には、ただ大規模に陥没した荒地だけが残ったらしい。 吹き飛んだ範囲は広大だった。4000万の住民を養ってきた帝国有数の穀倉地帯で、現地の畑の2割近くが瞬時に無になったのだ。 畑だけではない。範囲内の現地住民と、軍の大隊丸ごと2つ、永遠に失われた。 それだけでも悲劇には違いないが、もっと悲惨な事態を招いたのは、暴発の影響で生じた二次被害だった。 吹き飛ばされた範囲のみならず、帝国南部の広い範囲で、転移系など一部の魔術が使用しづらくなったのだ。 食糧等一切の流通を転移系魔術に頼っている社会で、どう頑張っても従来の1割しか物が運べないという状況に陥れば、深刻な食糧不足を生む。 特に南部の都市では、魔術の効力が完全に正常化するまでの約2年の内に、途方もない数の餓死者と、他地域への避難民が出たという。 後に、森の暴走から後の食糧難まで、全部ひっくるめて『南部植物魔術大災害』という名が付いた。「街の住民数が元の3割までに減った時も、緩やかに世情が回復していく様子も、災害の原因が分かって周囲の者が罰を受ける様(さま)も、私はずっと見てきた。 月番中に婚約を交わせるほどには世の中が晴れやかになったという事なのか、それとも、お前だけが頭の中の観念が変なのか。……どちらなのか、正直、疑問に思うところだな」 大災害の根本的な原因調査も、二次被害のせいで困難を極めた。 司法府が全力を尽くした分析魔術で、当初からの世評通り、森の中で、植物相手に好奇心から禁術を掛けた未成年の魔術師が全ての元凶だったと判明したのが、アポリアが6歳か7歳の頃。 当の魔術師は植物の暴走に巻き込まれて既に死んでいたけれど、実の両親と、兄弟子2名と師匠が、責任を負った。全員が魔術師の管理不行届を問われ、兄弟子と師匠には禁術の開発も罪状に加わった。 被害の規模が異例すぎるため、罪状の割に、判決も異例だった。 帝都とか南部とか色々な街で、公開処刑されたそうだが、皆、ありったけの付加刑付き、……つまり広場に引っ張り出される時点で、身体中どこもかしこも傷だらけで、生きてはいたものの、生きている『だけ』の状態だった、らしい。 ただ、災害後に遠い地方で生まれた(帝暦118年生まれの)アポリアが、そのくらいに育った時には、一応の危機は去っていた。 見えないところにどこかしら傷を抱えた者は大勢居るだろう。が、大災害当時苦労した記憶は、司法府長のように、周囲の年長者の物語の中にしかない。※4月28日 初出