※この番外編は、完全にオリキャラしか出ない異世界ファンタジー物です。コナンのコの字もありません。予め御了承下さい。~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ ※官吏アポリアの物語4 「広場の月番」のこと こうしてカルルバン司法府の官吏2名の処刑が(ほぼ)決定。その決定に基づいて、更に様々な法律通りの処理が行われた。 司法府の官吏は、1期が8年間。通算の年限は5期で計40年間だ。出世した上級職の一部は帝都での6期目が有り、この場合のみ4年間で、勤続年数の上限はどんな者でも44年。 (ちなみに1期目の1~2年目&3期目の1年目は、帝都での教育期間に充てる。実勤務はない) 班長である風の民の方は5期目だった。この場合処刑の場は帝都と決まっており、転移魔術で即座に連行された。 もう片方の剣の民は2期目であり、5期目ではないため、このままカルルバンで処刑される。刑吏はアポリアになる事が、予め決まっていた。 罪が重い場合は公開の生命刑か身体刑、中間の刑が居住地追放や免職で、軽い場合は財産刑というのが刑罰法の大原則だ。 その中で特に極刑を執行する役目は、司法府の官吏の中で月ごとに担当者が決まっている。 担当は、変則的な輪番制だ。2期目以降で月番の未経験者が居る場合、その未経験者に割り振られる。そんな者が居ない場合、1期目の者達が順番で務める。 その順番は採用年次順、同年次が複数居る場合は官吏番号順。官吏番号は年次毎に生年月日順で並ぶので、恣意は一切無い形で担当の順序が決まる。 まれに初任地がとんでもない僻地で、1期目の間に1回も当番が回ってこないという例はある。そういう配属地に当たる割合は、若手官吏が100名居るとすると、その中の1~2名くらい。 ちなみに住民数が12万というこの街は、2か月連続で公開処刑が無ければ珍しいと言われる規模だ。若い官吏がこの仕事を任される光景は、『割とよく見る風物詩』程度のものでしかない。 帝都での教育2年の後、カルルバン司法府勤務が5年半と少々。配属されたてではないが、1期目の8年目(つまり最終年)であったため、たまたまその月に当番が割り振られていたのがアポリアだった。 当番が嫌だというなら、辞職する以外に回避する方法がない。処刑対象が実の親だろうが誰だろうが一切考慮されず、ましてや単なる仲の良し悪し等が考慮に入れられる訳がない。 官吏の処刑は滅多にある事ではないけれど、顔見知りの処刑が有り得る事は広く世間に知られている。任官前に想定してしかるべきで、それが駄目なら最初から採用試験自体を受けるべきではない。 そういう覚悟を官吏に求めるこの当番は、公開処刑を街の石畳の広場で行う事から、『広場の月番』と呼ばれている。「……今日から受け取りに来られる方は、貴女様なのでしたね」「ん。本来の月番は私だから」 監獄に放り込まれている加害者も、生きている限りお腹は空く。公開処刑は監獄が溢(あふ)れたりしない限りは毎月月末の執行だから、それまではギリギリ飢え死にしない程度に食事は出す。 その食事は、監獄から徒歩で20歩ほどのごく近い所にある、そこそこ大きい料理屋に作ってもらっていた。 宿屋を兼ねた(むしろ宿屋が本業らしい)料理屋は、アポリアがこの街に配属される約50年前から、監獄への料理の提供について毎年司法府と契約を結んでいるらしかった。 朝夕2食、いずれも味の無くて具も無い粥と、味を極限まで薄くした汁物と、果物のワンパターンしかないから、作る手間は楽な方だろう。 食べる方は、凄まじく悲惨に感じる内容に違いない。どんなに困窮していようと、まともに生きていれば、粥には何か具を入れるものだし。 ちなみに、監獄は建物自体に少々特殊な魔術を刻み込んでいる。 収監されている者は、出される食事を2日連続で手を付けなかった場合、一気に衰弱して餓死するという仕組みだ。これを利用した自殺は、そう稀でも無かった。 何故だか知らないが、広場の月番は監獄へ居る者への料理の世話も任されている。 司法府と契約している店だと承知の上でアポリアは日頃贔屓にして通い、店も職業を承知の上で、勤務時間外に通ってくるアポリアをただの客として受け入れてきた。 仮面に薄赤い上着(ローブ)姿のアポリアが、店の裏口から監獄用の料理を受け取りに来ても、店主が過剰に驚くことは無い。「では、今月一杯よろしくお願いします」「ああ、こちらも」「ねー! 爺様ぁ!」 司法府長の実年齢とそう変わらない年頃の男店主から料理盆を受け取る。 直後、店主の孫息子が奥から駆け寄ってきた。2名居る孫は男兄弟で、この少年は上の子だ。家族の団欒を邪魔して居座る意図は無い。無視して店を出る。「それ、あの馬鹿な暴発起こした奴のー? 爺様が毒でも入れてとっとと死なせれば良いのにー」 ……そのまま去るわけには行かなくなった。盆を持ったまま店に戻る。「何を言っとるんだお前はー!!」 アポリアの目の前、とんでもない剣幕の祖父が孫をぶっ飛ばしたところだった。 壁に叩きつけた身を引き起こし床に倒し、馬乗りになって追加で平手打ちをしようとする店主の手を、アポリアは一旦止める。 我ながら、ひどく険しい声が出た。「暴発を起こした『アレ』が、殺したいほど嫌いなのか。暴発で知り合いがやられたのか」「……は、い。そのとおり、です」 不穏当な発言をやらかした、7歳児。処罰の対象にはなる程度には不穏当。でも、保護者が躾けるのならあえて官吏が出しゃばる必要もないくらいの罪。 刑罰を決める権限も執行の権限も(広場の月番を除けば)1期目のアポリアには無いが、こういう場合に軽く説教をするくらいは出来る。上司への事後報告では必須ではあるけれど。「どんなに嫌いでも、毒を入れるのは止めておけ。捕まった『アレ』の身体は、もう帝国のモノだ。死なせるかどうかは役所が決めることで、ただの子どもが決める事じゃない。 そんな事をしたと分かった瞬間に捕まって、ロクでもない目に合うだけだ。本気で、牢屋の中で水樽に突っ込まれる話になるぞ。……冗談であっても二度と言うな。分かったか?」「はい……」 孫の明確な返事を確認し、今度は祖父の方に向き合う。「それと、店主」「何でしょう?」 盆を持っていない方の手で、店主の振り上げた腕を掴みながら問う。分析系魔術の腕で採用された身分、嘘を検知する魔術くらいは無詠唱でも楽々発動出来る。「私の目を見て答えてくれ。……店主を含めたこの店の誰か、毒薬なんて持っているのか? 誰かを死なせるような毒は大抵法に触れるわけだが」「!! 持ってませんよ!」 叫ぶような否定の言葉に嘘は無いらしく、アポリアは納得して手を離す。~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ ※官吏アポリアの物語5 剣と詠唱のこと それから更に2日後の夕刻。 庁舎の外庭に、所属の官吏全員が集められた。 皆に向き合う形で立つのは、ここの司法府長。その脇に帝都からの派遣官吏達。 事前に予告されていた集会だ。どんな内容になるのか事前に予想がついている集会。当たり前といえば当たり前の儀礼だ。「暴発事件の処分について、帝都で正式裁決が下った。果物を投げ合っていた兄弟の親は財産半分没収、官吏は、風の民の××××が免職、残りの2名の官吏は付加刑無しの斬首。 また、同じカルルバン司法府に勤める我々も、任期満了後の再任用は無しとなる。……皆、今年の年末で任期が切れる者は特に、退職後の身の振り方は考えておくように。 私自身は、今月末で余所に異動になるそうだ。現時点で任地は不明だが、異動の内示は出た」 そこかしこから息が漏れる。 来るべきものがついに来た。 処刑沙汰の不祥事を起こした官吏が出た場合、連帯責任として、同じ職場の者の任期は更新されない。 帝都は諸々特殊で例外だが、それ以外の街の司法府には適用される原則。この時、このカルルバン司法府に居る官吏の、最大8年での辞職が確定したわけだ。 5期目である者は40年勤め上げた場合と実質何ら変わらないが、それ以外の者は、生きようとする限り、(年金暮らしするか自殺でもする気でなければ)辞職後の生き方を決めなければいけない。 出来ればずっと勤めていたかった、という思いは、アポリアの心の内にもある。 司法府長の部屋で寝込んでいた時から、任期の不更新も司法府長の異動も(ほぼ)確実な措置だと悟っていたから、取り乱したり悔しがったりする事も無いけれど。 1期目最終年のアポリアは、長の言う『今年の年末に任期が切れる者』だ。暦の終わりと始まりは初夏。今は冬の終わり、辞職まで残り半年もない。「そして、アポリア・ユバンクス・フォルネスレンスマキナ、前へ!」 予定通りの呼び声。並び立つ官吏の中で最前列に立っている身、無言で司法府長の前に進める。「今月の広場の月番に、この剣を預ける。汝の魂に誓ってその責務を果たすよう」 作法通り跪いて、鞘に入った直刃の長剣を受け取った。 アポリアにとっては、最初で最後の受領となるはずの剣だ。約5年半前の初めての月番では、この剣は貸し出されなかったから。 10歳以上の者の処刑では、原則、街の広場の石畳での公開斬首刑。 そのため使われる剣は、平時においては現地の総責任者が持ち、処刑に使う事が確定している時は勤めを担う月番に貸し出す。 『広場の剣』と呼ばれていた。 剣の造りは特殊だ。通常酷い鈍(なまくら)で、誰かが、毎日詩を詠唱しつつ魔力を流すと切れ味が維持される、一種の魔道具。物理的に刃を研ぐことも出来ない。 刃の維持には魔力が少なくない量で必要、おまけに丸一日魔力が流れなければ魔力量の判定が一からやり直し。 長が日頃魔力を流す事なんて無いから、運が悪ければ、剣の貸与が処刑前日になり、徹夜で魔力を流す羽目になる。 今回は事件発生が月初だ。月末までの毎日、時間を見つけて少しずつ作業すれば良い。うっかり忘れる日が出ない限り、問題は生じないはず。 集った者達が解散した後、アポリアは剣を持ったまま外庭の一画にある大きな石に向かった。 地面に両膝を付き、腰掛けにも使えそうな平らな石の面の上に、刃を晒す。 当然、剣に鋭さは皆無だ。剣身の根元には、『134年春 帝都 司法府付設工房』の、目立たない飾り文字の小さな刻印がある。製造時期と製造元の銘だ。 魔術を流すのはこの文字からやや離れた辺りから。剣身の腹に杖を当て、詠唱を紡ぐ。――はじめに1個の竜神有りし 見通す眼差し、溢あふるる力 その眼差しの向く先に 1つの世界を創り給たもう――はじめに1個の竜神有りし 願い、念じて、産み出す力 大地と空と大海を 1つの世界を創り給う――はじめに1個の竜神有りし 続いて願った、新たな生命(いのち) 満ち満ちるほどの数多(あまた)の生命(いのち) 世界の中に創り給う――はじめに1個の竜神有りし 世界に告げし託宣は 加護にして呪詛、縛りし力 寿ことほぎにして呪いし言葉――はじめに1つの託宣有りし 贈る言葉は、自死の自由 如何いかなる者も例外は無く この自由こそ守らるるべし ……詠唱を終え、アポリアは振り返る。詩の途中で背後に誰か来た。 自身と同じ仮面と上着(ローブ)姿でも、背丈と雰囲気で見分けはつく。司法府の官吏の中では一番小柄という特徴があるし、何よりこの街で一緒に過ごした同期だから。 種族は笛の民で、短めの黒髪と、黒目の女性。ドルゴネア・ユバンクス・カルルバン(25)。種族的にはやや珍しく、転移系魔術を得意とする魔術師だ。現在は警衛部門の第1班所属。 広場の剣を一旦鞘に戻し、身体ごと真っ直ぐ彼女に向き合った。「……珍しい類型だよね、その詠唱。広場の剣での詠唱で、アポリアみたいな創世記を選ぶ月番って、少ないんじゃないの?」 事実だった。剣に使う詠唱の詩については、常識を守る範囲でなら自由。術者のセンスと体質によって、魔力の効率が良い詠唱が何なのかは変わる。 このカルルバンの街に配属される前、帝都での2年間で、どんな詩を詠唱に使うかは各々(おのおの)が決めていた。 剣の用途からして皆似たり寄ったりの詠唱になるらしく、刑罰論か生死論を使う者が8割に近かったはず。それ以外の詩を使うという時点で少数派になる。「実はもっと効率が良い詠唱が有ったけど、内容が相応しいものでは無かったから。他の詩の中でまだマトモだったのが、コレ」「諦めた詩って、どんなのだったの?」「巫女アポリアによるゲノムヘリター追悼詩」 かつて、世界を救うため身を挺した青年が居た。同じ目的のため、青年の胸を剣で突き、魔術を成功させた、元王女の巫女が居た。犠牲の末に世界は救われ、青年と巫女両方の名が世界に残った。 世界を救う魔術の過程で青年の遺体は多くが失われたが、辛うじて残ったいくつかの部位だけは、周囲の者達の手で手厚く葬られたという。青年の胸を突いた巫女による追悼の詩と共に。 ――アポリアが言ったのは、その『追悼の詩』そのものだ。「それは、……詠唱に使う勇気は無いわね、誰も。帝都でもちょっと迷うし、ココだと余計に差しさわりが有りすぎるわ……」「だろう? 流石に不遜すぎる」 罪への罰なら首を刎ねる。術式の生贄ならば胸を突く。剣を使うという一点において同様であっても、採用区分を問わず、官吏全員が自明の事として知っている。 ここは、巫女が属した神殿の所在地、カルルバンだ。月番の名は巫女と同じ『アポリア』だ。更に、今の司法府長の名が、犠牲になった青年と同じ『ゲノムヘリター』だ。 歴史に残った名だからこそ、『流れ星(アポリア)』は、今やごくありふれた女性名となっている。 ここの司法府の魔術職の中で、女性官吏はギリギリ30名に足りない数が居るが、この名前を持つ女は自分を含めて4名居るくらいに、本当に良く見る名だ。 対して、『力に満ちた者(ゲノムヘリター)』という名前は、黒髪赤眼の笛の民という印象が強くある男性名で、そうでない者にはあまり似合わない。 一般的に知られている名ではあるが、『アポリア』ほどの普遍性はないだろう。 約60年前。カルルバンの零細の転送屋夫婦は、黒髪赤眼でかつ魔力に恵まれた次男坊に、ごく当たり前の思考でもって名を付けた。 次男坊には、分析系魔術の才能があった。10歳からこの司法府で雑用要員として働きつつ魔術と学識を磨き、長じて20歳で魔術職で官吏採用に合格。現在、官吏生活一筋で39年目。 出身地の街で司法府長になっていたが、もうすぐ大事件の責任を取って異動させられる、……という流れな訳だ。 ただ、今は、そんな当たり前の名付けのせいで、一番効率の良い詠唱がちょっとどころではなく差し障る。 祭政一致が当然、世界を創った竜を称え、その竜と向き合って世界を救った巫女と青年を称えることを当然としなければ、そもそも公職に就けない世界。 巫女と司法府官吏という職の違いがあったとしても、色々な意味でなぞらえてはいけない者をなぞらえているように見える構図は、不味い。そんな社会通念の中で、自分達は生きている。~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ ※官吏アポリアの物語6 剣の行方のこと「ところで本題だけど、その剣の行方について。それ、今年一杯で使用年限が終わり。知ってるわよね?」 ドルゴネアは、アポリアがこれまで思い至ってなかった事を柔らかく告げる。 そう言えば、これまで勤めている時に何度か話題に出ていた。広場の剣の使用年限は8年。魔道具としての仕組みを維持するためにそう決まっているのだとか。 ちょうど剣の使用年限が尽きるのと、アポリア達の1期目の終了は重なる。「同じ時期に1期目終わる者で、退職者優先で希望者に払い下げ。……みんな年末で退職だから、誰が貰うのか決めないといけないか」 カルルバンに配属された時、同期(=帝暦135年の年始採用組)は自分を含めて6名居た。 しかし、初歩的な魔術のミスで上司を全裸にして免職処分を喰らった者、急な病の死亡者、突然自殺した者、それぞれ1名ずつ居て、3名に減っている。 バタバタと異例な形で3名まで減ったのは、何と自分達がカルルバンに配属された最初の月に集中した。が、以後は意外にも辞めた者は無い。今に至るまで、同期は、いずれも笛の民、3名のままだ。 未だ残る同期は、アポリア以外には、このドルゴネアと、もう1名、ベルゼという男。全員118年生まれの同い年だが、生年月日の先後は、ベルゼ→アポリア→ドルゴネアの順になる。 ベルゼとドルゴネアは、共にこのカルルバン出身。実質的には夫婦という関係の2名だった。1期目は結婚できない決まりだから、書類上は結婚していないだけの。「実は事件の前から、ベルゼと本当に夫婦になって、私の大叔母様の私塾を継ぐ話が降ってきていてね。大叔母様もベルゼも乗り気だから、多分それで話がまとまるわ。 で、出来れば剣を貰うよう大叔母に言われたの。塾の備品にしたいから」「へぇ……」 これまで幾度も聞いたことがあった。 ドルゴネアの大叔母は、元司法府官吏。現在はこの街で魔術の素養がある子に向けて私塾を開いているという。その私塾を継ぐならば、備品としての剣は、確かに有った方が便利が良いだろう。「剣ってね、正確には、希望者多数の場合はくじ引きで誰の物になるか決めることになるんですって。 魔道具って、法律上、誰かと誰かの共有財産にすることは出来ないから、退職する時には、少なくとも私とベルゼでくじ引きして、書面上の所有者が誰になるのかを決めることになるの。 貴女は、これからどうするの? 貴女も欲しいのなら3名でくじ引きになるわね」 この状況では、アポリアの希望は確かにカギになる。 格安の払い下げとはいえ、剣を得た分、退職手当は差し引かれる。剣を使わない職に就くなら、間違いなく不要だが。「どうするか何も決まっていないから、一応、保留。もしかしたら、私も剣を希望するかもしれない。 故郷に戻りたくは無いって事だけは考えているけれども、……復職を目指すにしても、4年はどうにかして食い繋がないといけないか、……でも、4年後に復帰できる前提で働くのも中々危ういし」 4年。任期満了による強制失職から最低4年が過ぎれば、司法府に復帰出来る場合もある。 但しそれは、その時点の司法府内で官吏の不足がある場合に限られる。 実際に復帰出来る確率は1期目で辞めさせられた者が最も高いが、それにしたって復職出来た割合は4割5分程度。 半端な割合だが、復職の目はもはや無いと考えた方が、精神的にはまぁ楽になれるだろう。 アポリアが官吏になった経緯を踏まえれば、故郷の親族というコネは使いたくなかった。 そういうのを使わなくても、司法府の官吏という職に就いていた魔術師が食い詰めることはないだろう、と、思いたい。魔力に恵まれた者が飢えて野垂れ死ぬのは、ゼロではないにせよ比較的稀だ。 今後のことはこれから考えるつもりだったのでさして深く考えず、取りあえず、言ってみる。「復職を目指すかどうか決めてないけれども、いっそ、上級職になる前の退職なのだから、子どもを産んでも問題ないような仕事に就きたいとは思う。今から探さないといけないな」 司法府の官吏の身分を分類する時、区分の軸はいくつか有る。 1期~6期目までの、『任期』。下から順に、班長・部門長・副長・司法府長の、『役職』。 絶対多数の魔術職、帝都にしか居ない学識職、元魔術職しか就けない経理職、という『採用区分』。 そして絶対多数の魔術職のみが、各々の得意とする魔術によって、分析、治癒、呪詛、転移、創成の『魔術系統』に五分されている。 どれも重要な区分だが、何にも増して大切なのは、普通職か、上級職かの『職種』の区分だろう。何せ生き方そのものが変わってくるのだ。 魔術職として採用された者は、どんな魔術系統であれ、2期目の終わりまでは、皆、普通職だ。 2期目の途中で、志望者に限り上級職の選抜を受験できる。で、試験に通った者は3期目から上級職になる。 上級職は結婚できない、普通職は(2期目以降で普通職同士なら)結婚出来る。上級職は厚待遇で、普通職の待遇は2段ほど落ちる。上級職は退職後も終身年金が出る、普通職は退職手当のみ。 何より、上級職は子を生(な)せない、普通職は結婚していたら子を生せる。上級職は遺産を他者に相続出来ない、普通職は、自分の子どもに限って出来る。 ――アポリアが目指していたのは、そんな風にある面で恵まれ、ある面で制約を受ける職だった。 不妊体質でもないけれど、故郷に頼らずに生き抜ける職として、上級職を視野に入れていたのだ。暴発事件が起きる前までは。「そっか。そういう話、大叔母様のところに縁組の相談話とかで持ち込まれているかもしれないわ」「……えっ?」「実はね、」 詳細を聞く前に、覚えのある女性の悲鳴があたりに響いた。で、あまり覚えの無い男性の怒声が悲鳴に被さる。どちらも監獄の方からだ。 アポリアとドルゴネア、揃いの仮面の下の目が合う。「ドルゴネア、場所を変えよう。縁組話を話す時じゃあない」「そうだね。縁起が悪い」 監獄からの悲鳴は割と良く有ることだった。このタイミングでなら何でそんなものが聞こえてくるのかは自明だから、特段の驚きはない。あえて聞き続けたいかと言うとそうでもないが。 極刑の確定者は全身に魔封じの刺青を施される訳だが、その手の刺青は生娘には効きが悪い。剣の民は特にその傾向が強いのだという。 官吏になるほど魔術に長けた者の処刑に抜かりがあって良いはずが無く、生娘を生娘でなくした上で刺青を打つのが合理的、という結論に至る。 20代後半の生娘と言うのは笛の民の生態では有り得ない概念だが、他の種族の場合は、それこそ種族によるとしか言いようがない。 剣の民の場合はというと、生態的には十二分に有り得る存在で、特に官吏という職に有るならば、生娘のまま勤め上げて天寿を全うする例も無いでは無かった。 官吏側のこの日の儀式が広場の剣の貸与ならば、監獄の中での儀式は刺青打ちだった。 帝都司法府の地方派遣部門の官吏達は、獄に繋がれた者を痛めつけるほど脱走の危険を減らせるという考えだ。 この点、とってもとっても研鑽を積んだ『職務熱心な方々』だと庶民の間でも多分に有名だから、儀式を施される側はさぞかし苦痛だろう。 今回は、監獄の外に悲鳴が聞こえる方が逆に溜飲が下がって良いと思う者も多いだろう。あの暴発は、住民の中にあまりにも沢山の死者と遺族と負傷者を生み出したのだから。 こうして、アポリア達の元先輩に、帝都の官吏達がナニをしているのか丸分かりになる訳だが、……分かるが、わざわざその様を見ようとはアポリアもドルゴネアも思わない。 司法府長は職務上の義務として見届けているはずだ。官吏達も志望すれば自由に見れる環境であるはずだった。法令上、職業魔術師の見学は拒まれないものであるはずだから。「多分、助命はされないんだろうね」「! ……あるわけない」 刺青が打たれた後であっても、助命する術は有るには有る。帝都の特殊工房で、非常にえげつない目に遭うというもので、……現実には助命が出来ないのと同じだが。 それにしたってせいぜいが5年ほどの延命でしかなく、『助命』との名は付いているが、実質じわじわと生命を奪われるという制度でしかない。 感じ入るだけの想いがたとえあったとしても、理由の有る、完全に合法な刑事手続の内のひとつに異議を唱える気は無かった。自分達の心の方が、現状を受け入れるしかない。 いずれ広場の石畳の上で死にゆく者に追悼の礼は相応しくなく、ドルゴネアもアポリアもただ沈黙することで礼に変えた。 かつて此処に居た先輩へのささやかな想いを、無理矢理にでも葬り去るために。 ※4月27日 初出