※本編第5部-3と連続更新しています。ご注意下さい。 また、この番外編は、完全にオリキャラしか出ない異世界ファンタジー物です。コナンのコの字もありません。予め御了承下さい。※初出時、一部ビックリマークや数字の表記が抜ける現象が発生していました。修正しました。~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ ※官吏アポリアの物語1 はじめに この物語を、かつて、アポリア・ユバンクス・フォルネスレンスマキナという名であった、 同じく、かつて、ドルゴネア・ユバンクス・カルルバンという名であった、2名の女性に捧ぐ。 世間一般の多くの者が知っているように、『サキュバス』という、今の私の名がこの日本で知られるようになったのは、今年の8月、坂田・沼淵両氏が犠牲になった事件からだ。 より正確には、彼等の殺害後の犯行声明が、私の名が広まるきっかけになった出来事だろう。 掲示板に書いた犯行声明の中で、私は、元の世界でどういう身の上だったのかを大まかにだが語ったことがある。 その後、私が一時期入院していた時にも、事件の聴取の中で色々と問われた事項はあった。 ただ、前者の内容は、あくまで概要でしか無かった。そして後者の内容は、性質上、警察の関係者限りの中で秘匿されている。 多くの人が、私の育った世界について、詳しい状況を知らぬまま、私自身は、下手を打つと今年中には死ぬかもしれない身の上になっているのが現状だ。 何か、もっと詳しい情報を書き残すべきではないかと思った。 あの世界の事を書き残すべきではないだろうか、何もかもを語る事は物理的にも精神的にも出来ないけれども、書きやすい形で、あの世界の在り方の一端を、この世界に残しておくべきでは無いだろうか、と。 私に、万が一のことは起こりうる。この世界に遺しておきべき情報は、今のうちに遺しておくべきか、と。 だから私は、あの世界で、一番身近であった魔術師の話を、なおかつ、一番自信を持って書ける私の身内の話を、物語として書こうと思う。 生前の実母と師匠に事あるごとに聞かされた話。時系列として何があったのかは諳んじれるほど詳しく覚えている。 今から記すのは、魔力と魔術が確かに存在していた、ホモ・サピエンスに限定されない沢山の種族が息づいていた世界の、ある官吏の物語だ。 私の母が、宿屋の後妻になる前、官吏であった時代。確実に生涯の転換点となったらしい、数日間の物語。注意点は以下の通り。・あの世界の統治機構については、私が産まれるよりも以前に日本語資料を作った先人が居る。役所や役職の日本語訳名については、その先人が充てた訳に倣うこととしている。・年齢は全て現地の数え方での表記だ。満年齢の数え方とは丸1歳分ズレている。・名前を明記しているのは、全て物故者で、私が多少なりとも容姿を知っていた魔術師に限っている。 なお、この条件を満たす者であっても、そもそも名前を知らない者については載せようがないので表記が無い。・同じ世界の中でさえ時代や地域によって倫理観も法令も異なるというのに、まさしく世界が違う場合の法慣習の有様については、善悪を断じる謂(いわ)れもないだろう。 何より強調すべき事として、「私は法慣習の善悪論争のためにこの話を書いたのではない」。 以上の事を、最初に明言しておく。~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ ※官吏アポリアの物語2 暴発事件のこと「アポリア・フォルネス、一大事!」 帝暦142年、冬の終わりのある月の、月初の日。夕暮れ頃。官舎の自室で仮眠を取っていたアポリアは、駆け込んで来た3年下の男性官吏に叩き起こされた。「何……?」 寝ている時に、突如眠りの世界から引き上げられる。5年半少々のここでの勤務経験の中で、初めてのことだった。 声の調子だけで、何事が起きたのは察せられる。そもそもこの男は、アポリアとは所属の部門が同じだが違う班のはずだ。慌てふためいて起こしに来る時点で何かが明らかにおかしい。 覚醒して起き上がった身に、彼の声が飛んでくる。 当事者の体質と魔術の流派によるが、大抵の魔術師は、魔術の行使中は敬語は使えない。 特に笛の民は、魔術を使っていなくとも敬語が話せない者が多い。予想通りの口調で、まさしく一大事としか言いようのない報せが来た。「僕の班のっ、××××が、大通りで魔術を暴発させた模様! 歩行者と住居多数を吹っ飛ばして死傷者多数! ××××は制圧済み! しかし現場で治癒魔術の手が不足! 第7班、アポリア・フォルネスレンスマキナに緊急出動指示! 庁舎には事件報告済! 僕が転移で現場まで運ぶので至急準備を!」「! 了解!」 即座に毛布を跳ね除け、寝台から降りた。 肌は白く、眼の色は茶色で、肩口で切り揃えた髪の色は銀。背だけは高いが、現地慣用句で言うところの『骨と筋と皮は有るけれど肉は無さそうな』体型の、女。 この時の正式な名は、アポリア・ユバンクス・フォルネスレンスマキナ。年齢は3日前に25歳になったばかり。 本来の専門は分析系の魔術。加えて治癒系も並以上に使える腕ではあった。 が、転移系魔術の方は使い物にならない腕前で、徒歩で30歩の場所への術式の構築に半日掛かるくらいに不得手。 そのため移動手段は、自分の足で動くか、転移魔術の上手い者に運んでもらうかのどちらかになる。 薄赤色の制服と黒の編上げ靴は元々着用していた。床の上に畳んでいた、同じく薄赤色の制式の上着(ローブ)を羽織り、赤色の仮面を着け、赤い手袋で覆った手で腰に杖を佩(は)く。 司法府勤めの官吏かつ魔術師として最低限の体裁を整えて、アポリアは後輩の転移に乗った。 カルルバンの街は、率直に言って居住密度が高い。さほど広くはない盆地にひしめく住民数は、神殿を除いて約12万(当時)。 宗教上の理由から由緒は古い神殿を一際高い山の麓の真ん中に抱いて、一直線に大通りが伸びている。 しょっちゅう誰かしらが通る大通りで、魔術の暴発事故が起きた。盤の目状に整備した区画4つを巻き込む規模だったのだから、被害者数はロクでもないことになる。 背負われたアポリアが現場に転移した時、大惨事の現場には、既に救援の面子は大勢居た。自室で起こされる前、庁舎で一報を受けた者達が先着していたらしい。 転移地点すぐ傍、アポリアより頭一つ低い背丈の、長い黒髪の男性が立っていた。 ゲノムヘリター・ユバンクス・カルルバン(59)。上級職で、司法府長の地位に就いている、つまりアポリア達の勤め先の長だ。 取るもの取りあえず庁舎から飛び出て来たらしい、一応顔に仮面は着けているが、赤色の上着のフードが被りきれておらず、ほぼ丸見えの長髪がボサボサだ。 目線を下げると、暴発を起こした先輩が簡易の魔封じの布でグルグル巻きにされた上で地面に倒されており、当の司法府長がその身に片足を乗せて抑えている。「捜査第7班、アポリア・フォルネス、現着! 必要なのは、「治癒だ! 重傷度の高い者から先に! 神殿と合わせても術師が足りん恐れがある! とにかく救えそうな生命を救え! 後で魔力は補填する!」了解!」 この上司が発する声は、体質的に実年齢よりずいぶんと若い。仮面の下に険しい眼差しの赤い瞳を見せつつ、怒鳴るように当たり前の指示を飛ばした。アポリアは従う意思を見せて答える。「アポリア・フォルネス、僕が治癒対象へ誘導するので、貴女は治癒への専念を」「了解」 神殿が大きい街は、治癒を使える官吏の配属が稀になる。カルルバンの街は典型例だった。 伝統的に、神殿には、治癒系を使う魔術師が多く集まる傾向がある。 巫女や神官が出張って来る場所で官吏が出番を奪う事は通常無く、強いて言うならば怪我や病気が同時多発で発生し、魔術師が底をつきそうな非常時のみ。 現に、この時のカルルバン司法府の魔術職官吏70名少々の内、他者に行使出来るほど治癒系が使える者はアポリアと、もう1名、計2名しか居なかった。 その1名はアポリアの2段階上の上司だが、アポリアとは異なり、治癒の範囲は手足の外傷限定だ。この場では役に立ちはするが、瀕死の重傷者の救命には必ずしも向いていない。 後輩の分析魔術は、周囲の中で一番に切迫度が高くかつ救命出来そうな者を的確に見抜く。 何よりも救出と救命が優先される慌ただしい現場で、アポリアは、周囲に散った手足も何も見ないようにして、導かれるまま、内臓の止血と、造血を一晩無我夢中で行い続けた。 最終的な被害者数は、死者だけで40名を超えた。重軽傷者は350名超。適確な救助により負傷者はおおよそ救命されたため、死者は、爆発に巻き込まれて即死した者が大多数。 そんな大惨事だった。~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ ※官吏アポリアの物語3 事件処理のこと カルルバンは国の直轄地だ。アポリアの故郷とは異なり、領主は居ない。 司法府も、行政府も、官吏は、皆帝都で最低2年間の教育を受けた後に配属された者達。 任免は帝の名において行われ、俸給は国庫から出る。形式においても実質においても国家所属の官吏であって、一定基準より重い不祥事を起こしたときは、処断はカルルバン司法府では無く帝都から派遣された者達が行う。 暴発を起こした先輩魔術師は、司法府庁舎の裏の監獄の房にその日のうちに放り込まれた。 治癒で魔力をギリギリまで使ったアポリアは、官舎の、司法府長の部屋で丸2日寝込む事態になった。 ……寝込む事自体は決して心地よい事では無かったけれど、良い面が皆無というわけでも無かった。 あんな規模の事件が起きてしまった以上、最終的にどんな風に事件処理が進むか、寝込んでいる間に考えを巡らせて、覚悟を決めておくことが出来たから。 アポリアの職務復帰後の初仕事は、帝都から派遣された者達の捜査補助。「フォルネスレンスマキナ出身のアポリアが指令する、この場の過去を示せ」「次いで――出身の――が指令する、……我が力を加えてなお過去を示せ」「次いで――出身の――が指令する、……示す過去を投影せよ」 何のことは無い、3名1組を1単位とし、複数単位で起動する魔術。その中の1名にアポリアが配置されたというだけのこと。 過去の情景を映し出すという、平凡な魔術。必要な魔力量が馬鹿高いというだけで、術式自体の難度は高くない。 手順に従って定型の詠唱句を手順通りに同時詠唱すれば、至極当然のように、術式は手順通りに起動される。 こうして現場の大通り1面に、事件当時の状況が映し出された。 普通の、夕方の大通りだった。歩行者の数が途轍もなく多い時間帯。物売りやら物買いやら旅行者やら家に帰る住民やら、ありふれた1日の有りし光景をそっくりそのまま見せている。 ――ごった返す通りの中を、男の子が2名駆けていた。 年齢は10歳もいかないだろう、顔がよく似ている、親戚同士という男の子達。 走りながら、柑橘系の果物を投げ合っている。そのまま、後に『爆心地』と呼ばれる十字路の方へ駆けていく。 ――まさしくその十字路の真ん中に、赤い上着(ローブ)と仮面姿の官吏達は居た。 偉い順に、風の民の男性魔術師(50代・班長)と、剣の民の女性魔術師(27)と、笛の民の男性魔術師(22)、カルルバン司法府の捜査部門第4班、いずれも魔術職採用、職種は普通職の全3名。 一番下っ端の男が、周囲の注目を集めないよう認識阻害の結界を展開しているから、場所の割に、視線を浴びることは無い。 魔術に気付く者もわずかに居はするが、あえて騒ぎ立てずに視線を逸らして去って行く。 3名1組の移動はいかにも公務らしく、そもそもの認識阻害の結界は仕事の真っ最中にしか使わない術だ。話し掛ければ公務妨害になってしまう。 ――3名の視線の先には、路上で露店を出している物売りの男達がいた。法律上専売品となっている物品類を、密かに統制外で売買していたらしい男達。 長いこと帝国の監査を掻い潜って来た奴らで、1年間に及ぶ帝都での犯行について、全容が判明したのはつい1月前。その時には全員帝都から逃げ出していたらしい。 大まかな居場所が分かるまで時間が掛かり、手配がカルルバンの街に回ってきたのは、その日の昼すぎのこと。 庁舎で探査の魔術を実施し、正確な居場所を掴んだ。今から男達を捕らえて身体拘束を掛けて監獄に放り込むまでが、カルルバン側での官吏達の仕事だ。 ――剣の民の女性官吏は、魔術の符を利き手に摘まんでいた。起動のための詠唱が紡ぐのは、動作阻害の結界の作動。 狙いは無論、目の前の密売犯の男達。どうしてか国の探査魔術の裏をかいていたらしいから、魔術について何らかの対抗策を持った集団なのは違いない。 これでまた逃げられたら恥だ。念入りに念入りに、普段なら使わないくらいの魔力を込めて詠唱を紡いでいく。 ――相変わらず、男の子達は駆けていた。 一般庶民の彼等は目の前の物騒な構図に気付くことは無く、無邪気に笑い合いながら果物を投げ合っていた。 手元が逸れて、投げられたその果物があらぬ方向に飛んでいくその光景を、『最期の瞬間』まで笑いながら見ていた。 ――残り1節の詠唱で動作阻害魔術が起動するという状態、魔術符は高々と天に振りかざれる、そこに、後ろから飛んできた果物1個。 官吏の指先から思い切り弾き飛ばされる、魔力が限界まで込められた魔術符、あらぬ方向に飛んでいって、路面に叩きつけられ、不安定な魔力、刹那、膨れ上がり……。 ――不味い! 咄嗟に笛の民の官吏が認識阻害の結界を解除、身体保護の結界が周囲の者達を包み込む。対象となったのは幸運にもその場に居た数名だけ。現場に居る者に比して圧倒的に足りない。 班長は魔術符の暴発を抑え込みにかかる。更なる魔力での鎮圧を試み、だが、間に合わない……! ――そして、大惨事は起きた。「……さて」 こうして、現場の再現は終わる。 見物の住民も、その場の官吏達も、誰もが絶句し、あるいは意図的に沈黙していた。声を上げられるのはただ1名。帝都から来た責任者だけだ。 暴発事件の発生後、関係者の審問と目撃者の事情聴取に丸2日。この過去を投影する魔術の目的は、事実関係の最終確認のため。 ここで真実は誰の目にも明らかに確定された。だとすれば今から行う仕事としては、罰の裁定を仮に下すことしか残っていない。「どうしてここまで被害が拡大したのか、これで確証が取れたわね。ただ正常に動作阻害の結界を起動させようとして、暴発しただけならば、これほどの被害は出ない。 『加害者』の詠唱の様子を見れば明らかよ。通常の4倍以上の魔力を込めた上、そもそも詠唱が途中で止まっても、魔術の起動術式は途中停止が出来ないようになってた。 これでは、正常に魔術が起動出来たならば良いけれど、詠唱中に不慮の事態が起きた時には暴発するしかないわ。 官吏だろうが、在野の者であろうが、職業魔術師として断じて有り得ない手法よ。修業始めたての子どもですら、こんな事は分かってる」 仮面を被っているというのに良く通る声の、勤続40年少々という貫禄のある上級職の女性官吏の正論。 司法府官吏、制服の色味は皆一律で薄赤だ。 ただし制服の上に羽織る、フードのついた上着(ローブ)の色味は、偉い者が濃く、下っ端が薄い。誰よりも色濃い赤の上着の彼女の声は、規定に則り、責任の軽い者から重い者へと罪刑論が及んでいく。「こんな大通りで果物を投げ合う子どもの非常識さについて、親の教育が問われるべきでしょうが、この官吏達の失敗に比べたならば些細な事でしょうね。 認識阻害の結界を張っていた笛の民については、官吏3名の中で一番責任が軽いでしょうけど、少なくとも何の咎めも負わないのはおかしいでしょう。 一番責任が重いのは、この暴発を起こした当の剣の民か、それからこの3名一組の責任者で、この異常な魔術を止めるべき立場にあった班長の風の民か。 どちらの責任がより重いかは別にして、重い責任がどちらにも有るべきよ」 現地法にも感情にも適った結論だった。誰もが予想通りだと思っていたような、責任と罪の有り方。 果物を投げていた子ども達の親は軽くだが罰せられ、官吏達の内、笛の民の方は最低でも免官が確実、……剣の民と風の民は、付加刑はともあれ、主刑は死刑しかない。 言い回しの意味は、つまるところそういう事だ。「この地の慣習と法に則り、わたくしは、裁き手(ユバンクス)としてこの場の皆に問いましょう! 今述べた責任と罪の有り様(よう)に異議有るものは居るかしら? 今この場での異議が無い限り、今述べた通りの形で彼らは断罪されるでしょう。 異議有る者は今この場で名乗りなさい! 但し、官吏たる者が名乗る時は己の職を賭しなさい! 異議有る者が誰であれ、帝都に於いて、その異議も考慮した上で、彼等の責任が再び審査されることになるでしょう!」 罪状は、謀殺でもない、故殺でもない、過失致死。ただし魔術による。 そんな、魔術による過失致死。加害者側が助命されるのは、せいぜいが死者10名くらいまで。誰か職を賭してでも反論すれば、事案次第では12~13名死亡でもギリギリ極刑は免れなくはない。 そんな量刑相場の社会で起きた、死者40名超の事件。誰が失職覚悟で反論するというのだろう。 一切の異議が無いことを示すために、アポリアはその場で両膝を付いて頭を下げる。 周りも同様だった。この仮裁定の場で、見物の住民も含めて、異議を示す者は誰も居なかった。 ※4月25日 初出 4月26日 一部のビックリマークや数字が、投稿時に原稿から抜ける現象を修正。 4月27日 誤字修正