8月1×日 どこかの屋敷 地下室 スーツの上から巻き付けられた銀の鎖は、縛り方が中々にキツい。冷たい石の床の上に寝かせられた身で、無理のある姿勢でもどうにか視線を上げて、ローブ姿の『彼女』を見る。 腕を組んでこちらを見下ろす『彼女』の姿は、普段着ないような灰色のローブだ。 フードの下に見えるのは、束ねてはいない、耳の傍でピン留めしただけの黒い髪。 『遠山 和葉』の中に居る『魔術師』は、『娘』の身体で、本来の『和葉』の声とは程遠い声で、切り出した。「……正直な話、『私』達は、あなた達警察を信用しようがないんだよ。遠山 銀司郎さん。 そもそも、あなたの理解が欲しいとは思ってないわ。あなたが警察の倫理観を持つ限り、理解し合えるとは思ってないもの。でも、ひとつだけ質問させてね」 静かに覚悟を決めた低い声は、目を見つめたままの真摯な問いとしてぶつけられる。「あなたは、『和葉』が生きるために罪を犯すことを容認できる? それをしなければ、『和葉』の人格は死んでいくしかない、っていう前提でだよ。そうなったときに後に残るのは、この『和葉の身体』と、この『身体』に宿った『サキュバス』の人格だけだ」 自分の横で同じように縛られた平次君と、こちらを見下ろす『彼女』と、ディスプレイの文字で会話を交わす召喚者と。この場に居る全員に見詰めらながら、……銀司郎は、口を開けた。 ◆ ◆ 8月1×日 警察庁 長官室「服部 平蔵くん、遠山 銀司郎くん。君達を大阪府警の役職から外し、今日付けで警察庁の長官官房付とする。出勤は不要。大阪の自宅にて、当面は待機だ」 言葉と共に差し出される、言われた通りの辞令。ふつう不祥事を起こした相手に言い渡されるような内容だが、自分達2人に向けられた長官の視線は冷たくは無く、むしろ同情交じりで温かい。 平蔵は無言で頷いて、分かりやすいその辞令を受領した。横に立つ遠山も同じらしい。拒否しようがない、自分は受領するほかない立場だ。「君達は、私を恨むかね? 君の息子さんのために何も出来なかった私達を」 ――平次。 一緒に拉致られた遠山は返された。平次だけが『彼女』の元に残された。取引のために、流れによっては『彼女』の“素材”とするために……。「長官、今の段階では何も言わんほうが良いと思っております。『誰』がどこ見てるか、我々にはちっとも分からへんのですから。 見抜く眼差しを持った『相手』を、変な力持った『ヤツ』を、……敵には回せへん。そうとちゃいますか? その質問の答えが言えるのは、何もかも解決してからです」 口ではそう言い、感情を握りしめた拳と視線にだけ込めて。平蔵が辛うじて言えたのは、それだけだった。 ◆ ◆ 8月2×日 どこかの屋敷 地下室「『和葉』は、キミを、……平次くんを愛していたんだろうね。うん。身体の奥底から心を許すくらいに。それは間違いないよ。 人格は割とはっきりと分離されちゃっているけれど、そういう好意とかは何となく分かる」 若き日の過ち、と許容される程度の話には違いなかった。 高校2年生の夏休み初日、相思相愛のカップルが愛し合い、最悪の事態を避けるつもりの配慮は有ったものの、実のところその配慮が不十分だったという話。 そこから話が前代未聞の方向に進み、『女の子』の側が事件に巻き込まれ、カップルが何をしてたのかが世界中に喧伝されてしまったのだけど。結果、彼氏の側が盛大に父親に殴られたのだけど。「……当たり前や、好(す)いてもいない奴に身体許すようなアホちゃうわ。アンタが取り憑いた相手は」 彼氏としてははっきりと明言できることだろう。ずっと小さい頃から一緒に居た存在だから、相手の賢さも、想いの在り方も、深く、深く、知っているのだと。「そうだね。それは違いない。 ねぇ、平次くん。『サキュバス』として、質問良いかな? もしも、このお腹の中に居た子がちゃんと育っていたのなら、キミは、キミの家族は、……どう対応していたと思う?」 『自ら』の腹を撫でながら、訊く。生まれるどころかまともに育ちもしなかった、2週間ちょっとで自然に失われてしまった子が、確かに存在した場所を、撫でながら。 ◆ ◆――ねぇ、教えてよ! あなた達は『私』を救えるの? 何も出来ないあなた達が……!! 前代未聞の事件。『犯人』は異世界の『少女』。生命を求めた死にかけの『少女』。――我らの職務と技能を以って、以下の通り宣誓いたします、か。この内容では署名は無理だ。 有り得ない眼差しと力を持った『魔術師』の衝撃は、あるじと共に列島のひと夏を駆け巡る。――きみの力と意思に敬意を。……だからこっちの言葉を聞いてくれへんか、『サキュバス』。 逡巡と思考の末に、『彼女』への答えは告げられた。 和葉が、ファンタジーな犯人の事件に巻き込まれる話 執筆予定、……今のところ無し!!※エイプリルフール当日に思いつき、今更書き出したIF話(予告編のみ)です。 リアル多忙と相まって長くスランプが続いていますが、小説を書く意思自体は消えてませんよ、ということで、とりあえずこれだけ投下いたします。 ちなみに、ここ最近、この『名探偵コナン+まじっく快斗の世界で、ファンタジー世界生まれの犯人が生き足掻く話』の原稿案を、書きたいシーン優先でとりとめなく書いて、検索除外設定で投稿したりしています。 ネタバレOKでも読まれたい方は、ハーメルンの作者の活動報告の記事よりどうぞ。