【東京・賢橋 東都大名誉教授 路上で刺され重体 19歳の少年逮捕 賢橋町2丁目の路上で、1日午前11時55分頃、女性が少年に包丁で刺される事件があった。 刺された女性は、東都大学名誉教授で弁護士の粟倉(あわくら) 葉(よう)さん(62)。少年に頭を殴られた後、身体の複数個所を刺され、意識不明の重体。 少年はその場で粟倉さんの夫に取り押さえられ、殺人未遂容疑で現行犯逮捕された。 警視庁賢橋署によると、少年は賢橋町の大学生(19)。 大学での元教え子を装って、路上を歩いていた粟倉さん夫婦に話しかけ、別れ際に突然襲い掛かってきたという。実際には、少年には粟倉さん夫婦のどちらとも面識は無かった。 取り調べに対して、少年は「異世界人をこの世界から追い出そうと思った」など意味不明な供述をしており、賢橋署は責任能力の有無を含め慎重に捜査している】~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 午後9時15分 毛利探偵事務所 2F ――今日のニュース。やっぱり印刷してたのか。 応接用の机の上にバラバラと置いてある複数のA4用紙。その内の1枚が、目に入ってきた。 紙をパッと見た感じ、例のトリップが付いた“召喚者”と、例の“配偶者”の書き込みと、あとは賢橋町で弁護士が刺された事件のネットニュースを印刷した物ばかり。 きっとおっちゃんがスクラップブックにまとめるのだろう。『蘭』が巻き込まれて以降、おっちゃんはそういう風にニュースの記録を続けている。「おじさんも、この刺された人が、掲示板で名乗ってた異世界人だと思っているの?」 事務所でパソコンの画面を見ているおっちゃんは、一見すると、事務所が通常営業していた時とそう変わらない姿に見える。 俺の声で、初めて俺が3階から降りて来たことに気付いたらしい。 こちらが着ているパジャマを見て、おっちゃんは質問に答えるのではなく、まず壁の時計を確認した。「……坊主、まだ寝てなかったのか? もう夜の9時過ぎてるぞ」 明日から2学期が始まる。一度は寝付こうとしていた小学1年生の子どもが、この時間にわざわざ起きて来るというのは、確かに説教の対象になる。「うん。歯磨きしている時に、配偶者さんの書き込みに気付いたから。 ちょっとね、おじさんとお話して考えをまとめないと、逆に眠れない気がするんだ。……ねぇ、おじさんの考えを教えてよ」 スマホのアプリが、“配偶者”の書き込みを検知して知らせてこなければ、俺はそのまま寝ていたはずだ。 先ほどの、9時4分~6分にかけてのあの書き込みを見て、……とてもでは無いが、おっちゃんと話さなければ寝付けない気がした。 俺の考えをまとめたいという点だけでなく、おっちゃんの反応が気になるという点もあった。後者の内容は本人にはとても言えないが。 おっちゃんの反応を伺う。……意外にも、早く寝ろ、の一喝は来ない。「そうだなぁ。逆に聞くが、お前はどう思う?」 おっちゃんも、何か俺と話したいのだろうか? 何せ、今日だけで色々な事が急転直下している。おっちゃんも俺と同じで、『蘭』の秘密を共有出来る者と、混乱しがちな思考を整理し合いたいのかもしれない。「掲示板の人達の受け売りだけど、 ……僕も、配偶者さんが書いた事を読んでみると、やっぱり、刺された弁護士さんが掲示板に書き込んだ自称異世界人の可能性が高くなったのかな、って思う。 弁護士さんが刺されて重体だってニュースで言っていて、同じタイミングで、異世界人の配偶者さんが、本人が突発的に意識不明になりました、って言ってるんだからね。 出来事と書き込み内容のつじつまは合うでしょ? まぁ、警察の人達なら、僕達みたいに推理するまでもなく、本当にこの弁護士さんが異世界人かどうか分かっているんだろうけどね」 あのスレッドで、異世界人(=◆Moto/.Prof)の候補として挙げられている人は複数居た。粟倉弁護士はその内の筆頭候補だった人物だ。 襲撃事件のニュースの内容と、配偶者の書き込みの内容は矛盾はしない。 断定的な事は言えないが、粟倉弁護士が、掲示板上の◆Moto/.Profである確率が跳ね上がったのは客観的に見て間違いない。 ……警察のように権限を持たない立場では、推理出来るのはそれだけだ。「ああ、確かにな。俺達はネットで出てきた情報だけでの推理だが、警察なら、掲示板の書き込みに使った回線がどこの誰の物か、割とあっさり調べられるからな。 ところで、坊主。今日の書き込みを見て、お前が他に気付いた事は有るか?」「僕が気付いたわけじゃないけれど、掲示板で言われてて、すごく納得した推理はあるよ。……これ見て、おじさん」 そばの机に置かれていた紙束を探る。俺が選び取るのは、今朝の召喚者による書き込みと、先ほどの配偶者さんの書き込み。 まず、今朝の書き込みの内、『サキュバス』が◆Moto/.Profさんに宛てた4つの質問の部分を指差して、おっちゃんに見せる。~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~【問1.元の世界での魔術で身を立てている者の装束について。必須であるものは何かを答えよ。 問2.上記問1の装束の色の規制について。装束の内、色の規制があるのは何と何か。また、所属と色の関係を出来うる限り多く列挙せよ。 問3.上記問1の装束の色の規制について。色の濃淡が示す意味を答えよ。 問4.分析魔術による寿命解析の原則について。生物の寿命が分析可能or不可能な場合に触れつつ、その原則を示せ。】~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~「問1の問題文って、元の世界についての質問だ、って、最初に書いてる。 問題文の内容的にも、『サキュバス』が生まれた異世界についての話なのは間違いないよね。 その世界の決まり事について質問しているのであって、この世界について質問しているわけじゃない。それは、問2と問3も、同じことだよね」「そうだな」 即座に理解したらしいおっちゃんは、強く頷く。俺はそれを確認してから言葉を続けた。「でも、問4は違うんだよね。異世界の法則についての質問だ、って限定が、問題文に無いんだ。 で、問4でさっき書き込まれた配偶者さんの答えが、これ」~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~【解答4.原則として、生物の寿命は分析魔術では判断できない。この点は、◆Moto/.Profでも明言出来ることだったという。 分析魔術で判断できる例外は、確か、以下の3点のみ。(例外の数は確か3つだったと思う。内容についてはあまり自信が無いとのこと) 1.魔術的な事由によって、寿命が定められた 2.万人が認めるほど明確に、死去する直前である 3.分析対象の生物が、異なる世界の者である なお、3点目に関しては、その異世界の生物の魂に、他者の魂が一切混ざっていない事が求められる。混ざった場合は寿命の分析は不可となる。】~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~「もしもだよ。書き込まれた答えの内容が全て正解だとするよ。その上で、この原則も、例外も、異世界だけじゃなくこの世界でも当てはまるのだとしたら」 仮定の上での推論を述べながら、俺の指は、先ほどの解答書き込みの内、3番目の例外をなぞる。 この例外に該当し、寿命が分析出来そうな存在を、俺達はただ1例だけ知っている。「3番目の例外だけは思いっきり当てはまりそうな『異なる世界の者』が、『ひとり』だけ居たよね? この世界にとっての、『異世界人』が。 今は『蘭姉ちゃん』と融合しているから、たぶん寿命の分析は出来ないけれど」 おっちゃんの目が大きく見開かれた。俺が誰を言いたいのか理解し、その存在のそばに誰が居たのかも思い至ったらしい。「! 融合事件を起こす前のサキュバスか! 召喚者が分析魔術とやらを使えるのかは分かりはしねぇが、……元々、何かしら召喚魔術を使おうとしていた奴らしいからな。 もし召喚者が分析魔術が使えて、それでサキュバスを分析していたとしたら……」 「そういうことだよ。もしかしたら召喚者は、サキュバスの寿命を最初から見抜いてたのかもしれない、って。 ……そういう風に掲示板に書いた人がいて、僕はその推理にものすごく納得したんだ」 ネットの集合知も馬鹿には出来ない。公表された情報から考察を交わす人間は山ほど居る。 特に、この事件は最初から社会的に大注目を浴びている。なおさらのことだ。「なるほどな、確かにお前の言う通りだな」 ちなみに、掲示板上には、論点は他にもある。この原則と例外がこの世界でも当てはまるとして、例外を記した文章に解釈の余地があるからだ。 単に、分析者と分析対象の出身世界が異なるだけで、寿命の分析が可能ということなのか。あるいは、この世界ではこの世界の生物の寿命は分からない、ということなのか。 前者なら、『サキュバス』は、俺達ホモ・サピエンスの寿命を分析し放題という構図になる。後者なら、単にかつて融合前のサキュバスの寿命が分析可能だった、という事が分かるだけだ。 ……とはいえ、その議論には、今、俺は立ち入らない。「どういう書き込みで召喚者と『サキュバス』がこの書き込みをしたのか、僕には分からないよ? でもね、この寿命についての質問って、将来のための伏線ではないのかな、って、思った。 『サキュバス』はこれから、『自分』の寿命について、何か書き込んだり、おじさん達や警察の人達とやり取りを交わすことが、ひょっとしたら、あるのかもしれないね」 『サキュバス』は、何も意味が無いことを、何も考えずに言い出すような性格には見えない。 では、今日書いた質問の意図は、どこにあるのか。『本人』が明言しない事ははっきり分からず、ただ推理するしかない。「それもそうだが、その言い方を借りれば、警察にとっては、……この書き込みが伏線の回収に見えるのかも、しれないぞ。 『サキュバス』達が捜査本部とどんな意志疎通をしているのか、ここ最近は、俺にも、英理にも、全く知らされてないからな。 俺達にとっては唐突な書き込みや質問でも、今の警察にとっては何か意味があるように見えるのかも、しれん」 おっちゃんが言う事も、なるほど至極もっともだ。 警察が『サキュバス』達とどんな言葉を交わしたのか、現時点で何も語っていないし、語らない態度を取ること、それ自体は理解している。 この点も、今の時点では推測するだけ。「そうだね。……警察の人達って、召喚者さんや『サキュバス』と、どんなやり取りをしているんだろうね? 召喚者さんの書き込みだと、いつかはそのやり取りが公表されるはずだけど。……おじさんは、知るのが怖くないの? 知りたいと思ってる?」 この問いはやや失言に近かったかもしれない。おっちゃんは、俺を軽くにらんで言い切った。「怖いとか、知りたいとかじゃねぇんだ。その時は、俺は、知らなきゃならねぇんだよ。 『娘』を巻き込んだ奴らが、『娘』と一緒に一体何をしたのか。俺は、親だからな」 ――人格を巻き込まれ、その後犯罪に手を染めさせられた『娘』の帰還を待つ親の、義務。 自分に言い聞かせるような態度が明確な言葉に、俺はただ一言しか返せない。「そっか。……うん。そうだよね」 いたたまれないような沈黙が、続く。 ……疲れ切ったように深い溜息がおっちゃんの口から出た後で、ようやく、「もう十分話しただろうから早く寝ろ」の言葉が来た。 抵抗なんかする気が浮かばない。おとなしく従うことにする。【 第4部 罪に染めた/染まった彼女の話+死に掛けそうな誰かの話 完 / 第5部へ続く 】※今後の更新スケジュールについてお知らせです。 5月1日~4日:第1部~第4部まで、各部終了時点での登場人物まとめを順次投稿。各部エピローグの後に追投稿を差し込む形になります。 この期間は、毎日ageで投稿する形になると思います。 5月5日:第4部タイトルの変更作業と、IF話の移動を実施。和葉のIFはこの第4部エピローグと登場人物まとめの更に後ろに持っていきます。 なお、感想掲示板のレス返しは5月5日に行います。