午後1時54分 召喚者の屋敷 地下大広間佐藤警部補と別れてから数分後。紅子は、慣れた転移魔術で自宅の地下室に帰還した。廃校舎から真っ直ぐに戻って来た、わけでは無い。一ヶ所立ち寄る場所があったので、まず廃校舎からそこに転移し、更にそこから自宅へ帰ってきた。立ち寄った場所に長々と居た訳では無いから、どちらにせよあの廃校舎から去ってそう時間が経ってない内に、『彼女』の元に帰って来たことになる。「Reune(あるじ)、お疲れ様です」転移魔術の赤い魔力光が晴れた時、紅子の目前に現れるのは、自身が守るべき『彼女』だ。近寄って向けられた言葉は、労わりの感情がこもったささやき声。手袋を着けた紅子の手は何も荷物を持っていないから、すぐに無言の抱擁で答えた。ああ。『この子』に今すぐ伝えたい、ひと言がある。本当はここでの会話はノートPCでの筆談であるべきだが、今そうするのは少々まだるっこしい。隣の部屋に声を聞かせるべきでない少年が居る。――声を落とせばきっと大丈夫よね、たぶん。『彼女』をより強く掻き抱く。声色すら分からない小さな声で、『相手』の耳に直に入れるように紅子は告げた。「上手く出来たわ。何もかも計画通りに」「!? 良かった……」返ってきた強い抱擁と小声に、笑み、……仮面の下の表情は見えないだろうと思い直す。大きな頷きを返した。あの廃校舎の出来事で、こちらの予定を揺るがすようなことは何も起こってはいなかった。想定外は何も無かったわけでは無いけれど、計画は揺るがなかった。元太宛ての物を入れたリュックサックの生地に、盗聴機か発信機の類(たぐい)が仕込んであったようで、転移した際に浴びた魔力で完全に壊れて、煙を上げた。……というのは予想の範囲内。でも、あの警部補のブラの谷間からも同じ煙が上がったのは、予想外。衣服のどこかに機械を仕込むのは把握していたが、よりによってそこなのか、と。警部補が覚醒した後のやりとりではこの件に全く触れなかったので、機械をそんな場所に隠していた自覚が本人に有ったのか、現時点では全く謎だ。「……おそらく、これからも予想通りに進むと思うわ」小さく告げて、抱擁を解く。いまのところ警察の動きは想定通りだ。これからも、多分そうだろう。情報を盗み見る魔術は自分達の強みだ。それに警察ならばどう思考するかの推測を重ねれば、確度が高い(と、紅子は思っている)シミュレーションが出来上がる。警部補はあの廃校舎から脱出する事だろう。縛っていた鎖とか、筆談に使ったノートPCとか、とにかく残された遺留物を持てる限り手に持って。刑事ならば、重大な事件の遺留品を、あの教室に置きっ放しにするという判断には至らないはずだ。だが、持ち出した遺留品の内、彼女を縛っていた鎖と南京錠は一定時間経てば砂になる。そうなるように紅子が魔術で設定しているからだ。一方、役場から盗んだノートPCとタブレットには、そのような魔術の細工はしていない。ずっと崩れることなく、そのままに残る。警部補が神奈川県警に保護された場合、県警から聴取などは受けない。警視庁に保護され、そのまま病院へ入院させられるだろう。 “サキュバス事件”はそういう風に、警視庁が(あるいは警察庁が)一括で捜査することになっている。数日前に警視庁が決定し、全国の道府県警に出された通達は、神奈川県警を強力に縛る。内閣情報調査室の者を昏睡させて記憶を消した件が、警察という組織内では衝撃的だったらしい。他の道府県警への情報流出が徹底的に忌み嫌われた結果の、決定だ。無論、役場から盗んだノートPCもタブレットも、砂と化した物達も、通達に基づいて警視庁の捜査本部に渡ることになる。その中でもノートPCに残るメモ帳は、捜査上何よりも貴重なデータだと見なされるだろう。丸々残された重大な会話の情報は、歪まずにそのまま捜査本部と警察庁に伝わる。病室に押し込められたあの女性警部補に、召喚者とのやり取りが本当にメモ帳の通りだったのか、執拗な質問がぶつけられることだろう……。――そういえば。佐藤警部補が肝炎を発症寸前に見えた、って事は、『この子』には伝えてないわね。廃校舎で本人を直に視た時に、紅子が初めて把握したことだ。『彼女』には知りようの無いこと。ただ、このまま詳しく話すのは気が引ける。最初は声を落とせるとしても、気を抜けば大声になってしまいかねない。声の大きさを気にしながら会話をし続けるという選択肢はある。でもそれよりは、本来のこの場所での有り様で、……購入したノートPCでの筆談で、詳細を話すのが筋だろう。一旦この部屋の隅に向かう。先日買ったボロい中古のノートPCは、まさしく帰還後のやりとりを見越して、予めこの場所に置いていた。~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 午後4時13分 緑台警察病院 509号室【これで、ここでの会話は終わりだ 最初に言ったように、ここから出て助けを求めると良い 貴女を縛っている鎖の南京錠の鍵は、この教室の後方の床に置いている。頑張れば全部外せるはずだ。鍵は1個だが全部の南京錠で共通だ】【では、ひとつだけ質問に答えよう】たった2~3時間前に画面上で見せつけられた文章を、紙の上の文字として、改めて辿る。――私、ここで召喚者を引き留めたのよね、『待って、まだ聞きたいことが一杯あるの』って……。思い起こした言葉を書き加える。書き加えようとする。そのための赤いボールペンは、美和子の右手の中に有る。ペンを握る手が動かない。いや、動かないというのは正確ではない。一応動いている。動かすことに脳が多大なエネルギーを感じているというだけで。あの場所の筆談を最初から読み通して、振り返り、台詞を補足する作業。もう、やり取りの終盤辺り。頑張って、書き終わらせなければいけないのに。まるで身体を動かすのに余計にエネルギーが要るような、今のエネルギーが足りないような、そんな感触。実際、身体のパフォーマンスは落ちているのだろう。B型肝炎を発症中なんだから。……溜息が出る。この病気の初期の自覚症状は、風邪に似ている。だるさ、食欲不振、発熱、吐き気、等々。その後、黄疸や、尿の変色が出ることがある、という。美和子が抱えている症状は、今の所は、だるさだけ。だけどそのだるさが、1つ前の台詞を書いた辺りから半端ではなくキツくなっていた。神奈川県警に保護された後の動きは、召喚者が廃校舎で告げた予想とそう外れない形で進んだ。僅かなだるさを感じ始めたのは、県警に保護された直後のこと。迎えに来た警視庁の者達の手で、そのまま緑台警察病院に連れて行かれた。後輩の入院先とも、『彼女』のかつての入院先とも異なるが、ここも都内のれっきとした警察病院である。そこでB型肝炎の確定診断を受けて、美和子の入院があっさり決定。一般に、入院という行為の目的は、病気を治すことだ。今回は病気を治すだけでなく、魔術を受けた場合の影響調査も目的になっているが。……どちらにせよ患者である以上は、病室で安静にしなければならないはずの身。でも、のんきに休養を取る訳にはいかないだろうというのは、その患者本人が薄々思っていた予想で。決して口には出さなかったけれども、その予想も的中した。案の定、佐藤 美和子ただひとりにしか出来ない仕事を携えて、捜査本部から人が来た。こうして、廃校舎で見せつけられたタブレットの文字列に、個室のベッドの上で向き合う構図が出来上がる。今度は、バインダーに挟まれたA4用紙の束として。ノートPCに残っていたメモ帳の文字列には、召喚者側の言葉しかない。それだけで大まかな会話の流れは分かるだろうが、あくまで、大まかに分かるだけ。捜査本部の人達により正確に理解してもらうには、もう一方がどう喋ったのかを補完する必要があったのだ。「佐藤警部補。書くのがしんどいのなら、私が聞き書きしましょうか?」手が止まっているのを見かねたのだろう。傍で座っている捜査員の男女2人組の内、女性警部補の方が提案してきた。椅子に腰かけている彼等は、もちろん、『サキュバス事件』関係の最重要機密に触れることを許された者達だ。男性の階級は警部、女性は警部補。共に10歳以上年上で、どちらも元々は鑑識所属だった方々だという。……刑事部長室に手紙が湧いた事件の鑑識作業から、捜査本部に合流したのだろう、多分。「いえ、もうすぐ書き終わるので大丈夫です。すいません」彼等の気遣いに甘える前に、自力でやり遂げるべきだ。残る台詞は本当に少ない。召喚者に最後ひとつだけ許された質問の言葉。それから、本当に最後だった、まさしく言い掛けただけの声掛けのひと言のみ。美和子に今任された仕事は、あの場所での台詞を補完する事だった。事件についてよく考え始めれば、……特にあの後輩の身体関係には不安しか無い。それ以外にも不安材料だけで精神が一気に不安定になってしまいそうなくらい、危機だらけ。例えば、元太くんを救命するために、必要なのは高木君の遺体、となった時。……タイミング次第では、高木君が警察判断で絶命させられるんじゃないかとか、――ああもう、考えるな、私!! 余計なことを考える時じゃない!今は台詞を書き上げる事だけを考えて、やり遂げなければいけない場面だ。それ以外の何も考えるべきではない!だるさを吹っ切るように息を吐き、気合を入れた。そのまま、無理矢理生み出した勢いだけで一気に書き上げることにする。~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 午後6時43分 警察庁 とある会議室【刑事として冷静であるように努めようとはしていましたが、徹頭徹尾その通りだったのか自分でも疑問に思う所です。 特に高木君の遺体の譲渡を求められて以降は、相手の打ち込む言葉に呑まれていたように思います。 本来、交際相手や知り合いが関わる事件には携われないというルールの意味が骨身に沁みました。交際相手が絡むからこその動揺も召喚者は狙っていたのかも知れません。 遺留品の内、拘束具類は砂になり、ノートパソコン類は残りましたが、筆談の結果がそのまま残っている点に、召喚者の意図を感じています。 重要な事を話したのだから、その言葉が丸ごと警察に届くよう企んだのではないでしょうか。 召喚者が教室から去る時、私は思わず一声だけ掛けて、そこから続く言葉が思い付かずに絶句してしまいました。 何を言っても、相手を不快にさせるか犯罪を勧める内容になってしまいそうでした。 今振り返ってみて、この国を壊さないようにすがるべきではなかったかと思い至りましたが、もうどうしようもありません】――この国を壊さないように、か。言うべきだったか、言わなくても良かったか、どちらだろうか。佐藤警部補から聞き取った内容をまとめた文書を改めて読み返し、小田切 敏郎は心の中でだけ溜息を吐く。国を滅ぼされかねない脅しのインパクトと、病気で気弱になっている点、両方あるのだろう。中々に率直すぎるほどの内容で、まぁ、……気が滅入る。会議室は、ひどく沈鬱な、重苦しい雰囲気に沈んでいた。月並みな表現だが、まるで通夜か葬式のような雰囲気だ。言葉の意味としてはあながち間違ってないのだろうと思う。この会議が、警察の捜査の選択肢を、犯人を捕らえる気概を、叩き潰し、葬り去る場所になるのは違いない。絶対口には出せない考えだが。刑事部長室に召喚者の手紙が湧いた件以降、『サキュバス事件』が何か動くたびに、警察庁と警視庁の合同で、情報を共有するための会議が開かれていた。機密保持のための召喚者の要求から、必然的に、参加者の階級は小田切と同等以上(つまり警視長以上)で、かつ指揮系統上『サキュバス事件』に関わる者に限られる。全員合わせても10名も居ない。で、その会議に参加している皆が皆、同じ資料を手に持って、ポジティブなことはまるで考えられないらしい、厳しい表情をこちらに向けていた。その資料というのは、本日の誘拐事件について、事の経緯はもちろん、残ったメモ帳も、その補足も、病院で聞き取った内容も、包み隠さずに載せた代物だ。今は会議開始から15分余りが過ぎて、全員が全てを読み終えた頃合い。ほとんどの参加者の表情は青ざめた真顔で、無言で小田切の言葉を求めている。――そろそろ口火を開く頃合いか。「本日の事件については、お配りした資料の通りとなります。お読み頂いた通り、対処を誤るととんでもない事になる告白がありました。 原子力発電所という文字こそ出していませんが、召喚者は、明らかに原発の燃料をネタに脅してきています。 下手を打って『サキュバス』に死なれたら、自暴自棄になった召喚者が、国土を徹底的に汚染した挙句にとっとと死んでいく流れになりかねません」大げさ過ぎる事を言っているのではない。廃校舎でのやり取りを丸々読めば、どんな阿呆でも、最悪そんな風になってしまうリスクに思い至る。原発うんぬんという国家滅亡の危機の話が、ただのヒトの活動家の言葉ならば、(政治的な威力は別として)警察としては無視出来たろう。だが、この言葉は佐藤警部補の転移魔術を実演した張本人から出た。ヒトを転移出来たのだから、核燃料も転移出来るのだろうという当然の類推。説得力が跳ね上がる。「将来的に『サキュバス』の対処として、国が、法を曲げる事や、法を作る事も、否定はできません。 まず『サキュバス』を念頭に置いた法令を策定するかどうかで、……つまり逮捕後の性行為を認めるかどうかで、今後の方向性が大きく変わってきます。 とはいえ、この事は捜査本部では決められません。そもそも警察が決めるべき事でもありません。法務省や、政治家の方々が決めるような話です。 しかし、そういう本来の権限を持つ方々への情報提供や相談も、召喚者を刺激しかねないために現時点では不可能となります。 今、警察として議論出来る範囲内ではありますが、召喚者や『サキュバス』に対して、捜査方針としてどうあるべきか、どうか率直な御意見をお願いします」言い終えてから、小田切は深く頭を下げた。――何ともまぁ片手落ちな会議だろう、と思いつつ。今後、国家を維持するために『被疑者』の逮捕を断念するという決断も、『被疑者』向けに法律を設(しつら)えるという決断も、どちらも大いに有り得ることだ。しかし、警察だけでそんな決定は絶対に出来ない。組織内で議論は出来ても、決める事は警察という組織の権限を越える。警察官僚として弁えて然るべき常識だ。「……では、小田切君。高木君の件に関してだが、ワシから確認だ。 我々警察にとって気まずいのは、元太君が殺され、なおかつ、高木君が生存するケースだろう。もしくは、元太君が殺害された後に、高木君が病死するケースか。 前者だと“何で肝炎から回復したんだ”となるし、後者だと“何でもう少し早く死んでくれなかったんだ”となる。そんな無責任な声は、事の経緯が明らかになれば、世間から絶対に出るだろうな。 しかしだからと言って、我々が、入院中の彼に手を下すという事は、まさかでも有り得えない事だろうね? 警察としての倫理面はもちろんのこと、役人殺しを嫌うという『サキュバス』の価値観の面でも、そういう事はいかにも不味いように思われるが」最初の質問は、白馬警視総監から来た。この言葉の末尾がどことなく自虐染みているのは、状況によっては倫理観を踏み越えて手を下す決断が有り得たから、かもしれない。『サキュバス』の危機は回避されるかもしれず、従って召喚者が自棄(やけ)になって国土に被害を及ぼすことは当面無くなるかもしれず、人質の民間人の子は助かるかもしれない。――腑に落ちない者を大勢生むだろうが、表向きは被害が抑えられるかもしれない筋書きには違いないな。本当にあの巡査部長を殺せるなら。普通なら即答で“有り得ない”とだけ答える問いに違いないが、小田切は若干長めの説明を付けた。「はい、総監。おっしゃる通り、我々が高木刑事を死なせるという決断は倫理的に有り得ない。当然のことです。 『サキュバス』の価値観についても、召喚者の言葉を素直に捉えるなら、そういう解釈になりますね。結論から先に申し上げると、私個人は、そう解釈するのが無難だろうと考えています。 召喚者の言葉が真実ならば、『サキュバス』本人が、警察官を含む一般の役人全般を手に掛ける事は無いのでしょう。 しかし他人が行った殺人行為について『サキュバス』がどう反応するか、召喚者は明言していません。高木が病死した場合に、遺体を損壊して素材にするのは問題無いとは言っていますが」正直な話、国を滅ぼしかねない『相手』達を一時的でも落ち着かせる確証が得られるとすれば、死に掛けている刑事1人の生命がそう重いと思えない。曲がりなりにも治安を預かる組織の幹部として、魂の内に持ち合わせている天秤だ。本気で国の滅亡が回避出来るという前提ならば、苦渋の決断でも、自分のポストや人生投げ打ってでも、……本来有り得ない決断が、きっと、自分には出来る。もっとも肝心の『相手』を激発させてしまう恐れがあるから、幸いにも、警察としての倫理をぶち壊す検討をせずに済んでいる、というだけで。「あくまで、もしもの話ですが、……仮に、我々が入院中の彼を死なせたとして、“他人に殺された刑事の遺体”を受け取った『サキュバス』がどう反応するか、読めない部分は有ります。 その殺しをやった者達を、蛇蝎のごとく嫌うのか。それとも、気に掛けずに有り難く遺体を加工して魔術の素材にするのか。反応が、読めません」「それならば、……なるほど。君の言う通り、誰がやっても、刑事殺しは『サキュバス』に嫌われる、と、予測する方が無難だな。 我々としてもその解釈の方が良い」説明から思考を巡らせ、こちらが先に言った言葉に納得して理解する。この場の全員、警察内では十分なエリートだから馬鹿ではない。皮肉の混ざった総監の了解の言葉がそのまま共通認識となる。続いて、顔見知りの警視監から質問が来た。今は警察庁に居る彼は、こちらから見て1期上の先輩に当たる。「小田切さん。高木巡査部長の殺害が駄目というその解釈で行くのなら、治療中止という消極的な死も、念のため避けた方が良いという事になりませんか。 無理に生かそうと病院や家族に干渉することも、それはそれで別の意味を生んでしまう。……こちらからは全く口を出さないのが無難でしょうか」「ええ。私もそう思います。 変な言い方ですが、……純粋に病死した結果、遺体となった時に、初めてこちらから遺体の譲渡うんぬんという詳しい情報を、家族に持って行くことにしています。 今の段階では、家族と医者の両方に、良い方向であれ悪い方向であれ、容態が変わった時にとにかく連絡を寄越すように依頼しているだけなのですが。 明日、警察病院に捜査員を説明に行かせて、“詳細は話せないけれど、ある事件が起きている。高木刑事の容態次第で事件の流れが変わりそうだ”とだけ伝えようと考えています」家族も医者も不安に感じる事だろう。が、仮に死亡した後、何の前置きも無く遺体を手放すよう突然の説得が来るよりはマシだと思いたい。高木が生きている間にワンクッション置く形で、何かが起きているという情報を伝えた方がまだ良い、という判断だ。妥当に思われたらしく承諾の眼差しが皆から来て、小田切は無言で会釈して受け止めた。「……話が変わりますが、そもそもの根本的な質問をよろしいですか。小田切さん」これまで発言の無かった男が、ここで声を出してきた。この発言者も警察庁所属、確か小田切の3~4期下のはずの警視長。全員の注目が集まるまでの約数秒を待ってから、続きの言葉が出る。「我々が、非常に消極的になる前提で話が進んでいること、そうするしか方法が無いのは否定しません。 表向きとしては、召喚者の言葉が全て真実という前提で振る舞うのが無難なんでしょう。 その上で、小田切さんの個人的な御意見を伺いたいのですが、……今回、召喚者が書いた内容に虚偽は有りそうに見えますか?」完全に勘で答えて良いから、個人的な感触を知りたい。そういう意図の質問なのだろう。答える前に、今までの情報を頭の中で整理する。確実なのは、他者や物体を転移させる魔術が相手側に存在する事。不確かなのは、『サキュバス』の身体に関する情報と、『彼女』と召喚者の寿命に関する情報。つまるところ警察で検証出来ない情報は、全て不確実な部類に入る訳だ。それらを含めて、相手の主張が丸ごと真実だと信じられるかどうか。「あくまで私個人の考え方になりますが、今日の時点では、召喚者の主張にかなりの真実味があるように感じています。 消極的な判断になりますが、……今日の新たな主張を踏まえても、召喚者の主張に大きな矛盾などは感じられませんから。 もちろん、召喚者側が嘘を吐く動機は大いに有ります。『サキュバス』の児童自立支援施設送致という結論を得るために、寿命に関する情報をでっち上げたという線は有り得ますが。……ただ、」部屋の中の面子を眺めて、小田切 敏郎は本心を吐く。「今回の、佐藤警部補と召喚者のやり取りを読んだ時、印象としてとても腑に落ちる感覚がありました。 何故、『サキュバス』が召喚者を頼ったのか。そして、何故、頼られた召喚者が『サキュバス』のために力を尽くそうとするのか。 『相手』の寿命に関する一連の情報は、これまでの振る舞いを説明するうえで、かなり説得的であるように感じています。……国家の安寧を考える上で、かなり困る情報でしたが」最後の言葉に、同意のこもった頷きが向けられる。今の段階で生命の危機にあり、その危機を乗り越えても、今後10年~15年で『サキュバス』が天寿を迎える。召喚者の寿命は、最長で『サキュバス』の寿命の1年後。その程度のスパンで身の回りの寿命を捉えている相手が、果たして最期の時まで、この国の国土を巻き込まない理性を維持出来るものなのだろうか。……やり取りを読んだ時からずっと、脳裏に浮かび続ける疑問。何よりも大切な論点であるにも関わらず、一方でこの場では実効性のある議論がとても出来そうにない話でもあった。※12月16日 初出 12月20日 シーン追加しました。続きは23日までに投稿します。 12月23日 脱字修正修正しました。 2月1日 長らくお待たせしました。言い訳の仕様が無いほどの更新遅延となり、誠に申し訳ありません。矛盾発見により3回ほど全消し→書き直しをしておりました。ともあれ、これで第4部-17が完成です。 次より第4部-18で、粟倉 葉サイドの話が続きます。その次は紅子視点の話です。 作者のリアル事情により、ちょっと更新頻度が落ちそうです。話自体も駆け足気味になるかもしれませんが、とにかく完結を最優先に突き進もうと思います。