(※作者よりお知らせ:前話の最後の部分、元太の台詞にひどい誤植がありました。投稿後の7月15日に修正しています) 午後9時10分 召喚者の屋敷 地下 個室うーん、ちょっと誤算だったかなぁ……。考えてみると当たり前だよねぇ、元太くん。ずっとこの部屋に居ると退屈で、やることが無いって。今になるまで気付かなかった『わたし』が悪いよ、これは。Reune(あるじ)に、後でラジオでも持って来てもらえないか、お願いしてみるね。まぁ、後でそうするにしても今退屈なのは変わらないよねぇ?『わたし』、退屈しのぎで何か面白い話でも出来れば良いんだろうけどねぇ、あまり話のバリエーションは多くないんだよ。話せる事より話せない事の方が多いんだもん。それで話せる事だって、面白い話じゃないし。でも、そんな話でも、しないよりはマシなのかなぁ。ああ、聞きたいの、元太くん? じゃあ、話そうか。面白いかどうかは分からないし、そのまま話すと気持ち悪い事が多いから結構端折(はしょ)るよ? それで良い?今のところ『わたし』が丁寧語を使って話せる、おとぎ話みたいな、物語みたいな、そんな話なんだけども、ね……。今から200年くらい前、ここじゃない世界の、とある世界で実際に起きた出来事です。その世界は、この世界とは違って、偉大な竜によって創られた世界でした。その世界には、これまた竜によって創られた色んな種族が住んでいて、色んな魔術を使いながら世界の中で息づいておりました。世界を作った竜は、その頃は、眠りながら世界を見下ろす場所に在りました。その竜が創った世界の中の、とある王国の首都に、王様が住むお城がありました。200年ほど前のその頃、お城には、中年の王様と、その子どもである兄妹が住んでいました。16歳の王子様と、8歳のお姫様です。中年の王様と結婚していたお妃様は、その頃は病気のせいで亡くなっていました。お妃様と王様はとても仲が良かったので、王様は再婚しなかったそうです。さて、その世界では16歳が結婚できる年齢だったので、王子様が、隣の国の同い年のお姫様と結婚することになりました。そのお姫様がお嫁に来て、男の子が生まれれば、それで王様の血は続きますからね。女の、女王様が王国のトップに立った例は無い訳じゃないんです。ただ女王様よりも、男の王様の方が好ましいと、その頃は考えられていました。王子様が結婚する時、嫁入りするかたを故郷まで迎えに行って、お城に連れて来るのが、古くからの決まりでした。父親である王様と、妹であるお姫様に見送られて、16歳の王子様はお城を出発しました。本当は、何事もなく迎えに行って、戻って来るはずでした。隣の国の国境を超える直前に、王子様と、一緒に居た家来達は、突然、何者かに襲われました。王子様たちにとって、予想外の戦いはすごいものだったそうです。頑張ったけれど、あろうことか、王子様も家来達も、みんな、殺されてしまいました。一方、お城で王子様の帰りを待っていた方々も、予想もしない襲撃に遭っていました。お城に居た家来達もみんな殺されました。王様は殺されなかったけれど傷つけられて、8歳のお姫様と一緒に、お城の中のとある塔に閉じ込められました。さて、王様は、今まで話には出なかったけれども、男ばかり三兄弟の一番上でした。一番上の王様は中年でしたし、その下の弟達もみんな結婚して子どもが居るくらいの大人です。そんな2人の弟の内、上の弟が全ての企みの犯人でした。その弟は、兄である王様と、甥っ子の王子様、姪っ子のお姫様を全滅させて、自分が王様になり替わろうとしたのです。王子様は企み通りに倒されました。王様も、お姫様も、直接は殺されなかったけれど、塔の中に閉じ込められて、殺されたも同然でした。王様は、斬りつけられて、お腹と背中が酷く傷ついていました。ひどい傷だったので、お姫様を励ましながら亡くなったそうです。襲撃の翌日、王様の下の弟が、死にそうになりながら、辛うじて自分の息子と一緒に隣の国に脱出しました。王子様がお嫁を迎えに行くはずだった、その国です。その国の王様に事情を話して、その王様の協力を取り付けてから、自分の国に攻め込みました。弟同士の激しい戦いがありました。それでも別の国の協力を得た分、下の弟は強かったので、上の弟は倒されました。首都のお城はまた攻め落とされて、塔の中の王様とお姫様がようやく解放されました。解放された時、塔に閉じ込められてから10日が過ぎていました。さっき話した通り、塔の中で王様は亡くなっていました。でも、一緒に閉じ込められた8歳のお姫様は生き延びていました。お姫様だけは最初から無傷だったので、それで生き延びたんだそうです。ただ、お姫様の身体は無事だったけれど、心はひどく傷ついていました。誰も居ないところで、父親の亡骸を前に一人ぼっちだったんですから。傷付かない訳が無いんでしょうね。お姫様は、周りの親戚全てを異常に怖がるようになっていました。自分の父親を殺したのも、自分を殺そうとしたのも親戚だったんだから、そうなって当たり前でした。塔の中で亡くなった王様の、下の弟が、新しい王様になりました。王様になって初めて決めた事は、8歳のそのお姫様を、首都から遠い場所にひっそりと住まわせる、という決定でした。首都から遠い場所にある神殿に、お姫様を派遣して、巫女になってもらおうという決定です。お姫様は、巫女になってしまうと、もう女王様にはなれなくなります。でも、王の位を巡る争いで酷い目に遭ったお姫様はとてもとても喜んで、神殿の巫女になったそうです。新しい王様がこうして王になり、その息子がやがて王位を継ぐと分かったので、世間の注目はそっちに向きます。お姫様の方は、お城から離れた神殿で巫女としてひっそりと暮らすことになったので、世間の表舞台からは消えていくはずでした。でも、巫女になって7年後、15歳になった頃に、また予想外に世間の注目を浴びることになるのです。最初に話した通り、その世界は、竜が創った世界でした。もうお姫様じゃない巫女様が、15歳になった頃、世界が変になりました。竜は眠っていたけれど、あまりに眠りすぎたので、世界の調子が狂ってしまったのです。誰かが竜を起こして、世界を調整するように頼まなければならなくなりました。誰が竜を起こすのか。特殊な魔術を使えば竜は起きるけれども、いかんせん特殊な魔術なので、その魔術を使える者が限られていました。色んな国が一斉に誰が良いのかを調べ始めて、……調べた結果分かったのは、その巫女様が魔術を使うのが一番良い、という事でした。巫女様が巫女になった経緯が、世界中に広まることになりました。本当にその魔術を使えるのか世界中の者が怪しんだけれど、結局、相性が良いのがその巫女様だというのに変わりなく、巫女様が魔術を使うことになりました。だって、心の底から世界の無事を願わなければ、竜には思いは届かないんですから。巫女様は、世界を恨んでいそうだと思われましたから。手順通りの場所で、手順通りに人質を捧げ、手順通りに魔術を行う事で、竜は確かに目を覚ましました。巫女様は竜に世界を調整するように頼み、でも竜はその前に巫女様に問い掛けました。「何故お前が、世界の無事を願えるのか。あろうことかお前の親戚が、お前を傷つけたことが有ったんだろうに。 世界の無事を願うよりも、お前の身の平穏を願うよりも、世界を呪い、自身を呪う方が、より自然だろうに」巫女様は言いました。「私を殺しかけたのは、父の弟である者です。でもその時、私を最後まで励まして守り抜いたのは、私の父でした。 生き抜いて足掻くように言われた言葉は、単なる言葉以上のモノになって私の魂に刻まれております。 確かに、血の繋がりが、必ずしも善いものではないことを、私は知っています。私を傷つけた者は、血の繋がりが有る者でした。 この身を、呪いかけたことはあります。結局、そんなことをしなかった理由は、私を守り抜いた者の存在が、私の魂に刻まれたからです」竜はその答えを聞いて、嬉々として笑いました。巫女様の言葉が本心だと見抜き、故に巫女様の願いは叶えられ、調子がおかしくなった世界は元通りになりました。こうして、世界の危機は救われ、アポリア様というその巫女様の名前が世界の歴史に刻まれたのです。めでたし、めでたし。~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 午後10時22分 召喚者の屋敷 地下大広間今日の夕方以降、紅子は、『彼女』との打ち合わせは筆談で行うことになった。隣の部屋で就寝中の男の子対策だ。この地下の構造上、ドア一枚隔てただけの隣室からだと、耳をそばだたせれば会話が丸聞こえになってしまう。万が一起きていた場合に会話の内容を知られるのはもちろん、紅子の声を知られること自体が不味い。紅子としては、自らの声も容姿も、あの子に晒すつもりは全く無かった。魔術の生贄とする選択肢は排除しないが、小嶋家に帰すことも念頭に置いておきたい。だから、帰宅後に捜査に役立ちそうな手掛かりを、記憶を、あの子には一切与えない。それが、現時点の紅子の方針だ。『彼女』も同意している。“筆談”とはいえ、紅子も『彼女』も、文字を書くよりもタイピングの方が速度的には速い。だから、筆談用のノート、……ではなくノートパソコンを、きのう新たに買った。再セットアップCD付き、税別で4000円也。電機街のパソコン専門店で特売中だった中古品で、OS自体がかなり古い。用途としてハナからネットに繋がない、ただメモ帳としてのみ使う物としては十分だろう。紅子は仮面を着けた顔で、隣に座る『彼女』がタイピングしている報告を眺める。“あの部屋でやる事が無い。元太くんが退屈そうだ”、……気付きそうで実は気付かなかった盲点だ。さて、要望通りラジオは家にあったと思うが、どう答えたものだろう。~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~【確実に自信を持って言える訳では無いけれど、確かこの家にラジカセはあったはず 何処かに仕舞っていたはずだから、明日、探してみる ただ、ラジカセを見つけられたとしても、すぐには渡せないと思って ラジオで貴女関係のニュースが流れるかもしれないから、報道が落ち着くまでは待ってもらう あの子が自分の境遇に気付いて、思考誘導の掛け直しになると面倒 貴女の魔力は無駄には出来ない どこまでニュースになるのか未知数だけど、警察が新聞に広告を出す日までは、ラジオは待っていてもらうわ 貴女の事件が詳しく報道されるのは、そのくらいの時期まででしょう もちろん、退屈を潰せそうな物は、ラジオとは別に明日調達してくる 10年前にアニメ化した少女漫画のシリーズが、ところどころ歯抜けで家にあったはずだから、持っていない巻を中古のショップで買い足して全巻渡せば良いでしょう 昼には渡せると思うから、午前一杯は貴女のおしゃべりで退屈をしのいで ちょっと大変でしょうけど、お願い】【承知しました、あるじ たぶん退屈しのぎにできる話のネタは、ギリギリ足りると思います リスク無しで普通に話せる話題は、元の世界の歴史や神話くらいしか無いですけどね さっき元太くんに話したみたいに、そういう歴史の話とかを、グロい部分抜きで話し続けるのは、明日の午前中までだけなら何とかなるかと ただ、明日は、午前中にそんな買い込みに行かれても大丈夫なんでしょうか? 明日はまた準備に動き回るんでしょう?】【大丈夫だと思うわ 昼からはずっと魔術関係で動き回ることになるけれど、午前中は単なる買い込みに時間を使っても大丈夫 ところで、さっきはあの子にどんな事を話したの? 単純な疑問なのだけど】【アポリア姫のお話です 子どもの頃の政変と巫女になった経緯から、竜と向き合って世界を救うまで はしょったのは、アポリア姫と父王が閉じ込められた塔の中で何が起きたのか、っていう部分です 塔の中でどんなにグロいことが起こったのか、気付いても不思議じゃなかったんですけど、気付かれはしなかったですね 推理力がそこまで無いあの子でも、性格から考えれば連想に至っても不思議じゃなかったです、けど】【そこを省略したのは正解だと思うわ 明日もそういう風にお話をお願いね もちろん、私の魔術への協力も】【もちろんです、あるじ おやすみなさいませ】~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 午後10時48分 召喚者の屋敷 地下大広間電源を落としたノートパソコンを閉じて右手に抱え、左手には細々したゴミ入りのバケツを下げて、あるじは地上に繋がるドアへ向かう。この地下で生じたゴミは、燃やせる分はこの屋敷の中で焼却処分するという。抜かりのない事だ。何か言わねば、と、『自分』は思った。普段こういう時に『自分』が声掛けすることは無いけれど、今日は違う。『自分』の生存のために計画を練り、それに沿って自らの意思で大それたことをして下さった(これからもして下さる)この方に、贈るにふさわしい言葉がある。「お疲れ様でした。今日1日、本当に、ありがとうございました」低い声の言葉は、元太くんには聞こえないくらいの声量だけど、礼は出来うる限り深く。あるじは小さく肩をすくめる。仮面を着けているから表情は見えないけれど、見たことも無いけれど、きっと、苦笑しているに違いない。誘拐という行為も、ひょっとしたら行うかもしれない殺人も、やむを得ないならば召喚者の義務として割り切っている人だ。8月20日。あるじと『自分』が動いた長い1日が、ようやく終わった。※福岡に出向いてコナン展に行ってきました。 コナンカフェが無いのはちょっと残念でしたが、原作カラーイラスト原画がじっくり鑑賞できたので、自分的には料金以上の価値はあったと思います。 毛利探偵事務所が再現された空間があったんですが、おっちゃんのデスクの上にナンバーディスプレイ付の固定電話が置いてあるか気になって、じっくり確認した人間は、あまり居ないでしょうね……。 この小説での事務所の描写はアニメのビジュアルブックを参考にしているので、変な大ポカは無いと思いたいのですが、コナン展での再現を見て、やっぱりちょっとホッとしました。※7月20日 初出 7月27日 こっそり加筆修正 スランプにつき番外編執筆に手を出してます。誰得内容のR18短編を書き上げたら復帰しますので、少々お待ちください。 8月17日 お待たせしました。復帰しました。 先日専用の板に投稿したR-18短編の番外編は、読んでいなくても、この本編のストーリーには支障が無いようにします。番外編の内容フォローは次かその次の話の予定です。 さて、問題です。(正解した方が出ても、何も特典は出せませんが) 『彼女』が元太くんに話した歴史の中で、省略した事は具体的にどんな事だと思いますか? ヒントは『グロいこと(子どもに話すべきでは無いこと)』『元太くんの性格なら連想に至っても不思議じゃなかった事』です。 正解は結構グロいので注意です。後の話で出ます。 8月18日 誤植を修正しました