午後3時52分 毛利探偵事務所 3F捜査本部に時刻指定で呼び出され、会議室で信じられない説明を受け、……説明が終わり、会議室から出てきたおっちゃん達は、酷くピリピリした状態だった。険悪な雰囲気のこの夫婦に触れた時、その雰囲気に当てられてオロオロする小学1年生を演じるのは、俺にとっては容易(たやす)い。で、捜査本部からの帰りの車中、ハッとしたように「おじさん達、事務所に帰ったら2階でお話しするの? 僕、3階に居るから、下りても良くなったら言ってね!」と俺が言えば、どうなるか。おっちゃん達の反応は予想通り。車中では何とかだんまりが維持された。車が毛利探偵事務所に到着すると、俺は階段を駆け上がって3階に飛び込む。2人は2階の事務所に入って行き、……やがてお互いの怒声が聞こえ始める。とりあえず、短期的な俺の目的は達成。2階から声が聞こえてくる限り、この3階には確実に俺しか居ない。他人に聞こえない話をするにはピッタリの状況だ。念のため3階奥のおっちゃんの部屋まで引っ込んで、スマホから掛ける番号は、阿笠博士の家の固定電話。この時間帯、灰原か博士のどちらかは家に居る可能性が高い。RRR RRR……「もしもし、阿笠ですが」予想通り、博士は家に居た。俺はトーンを極力下げた声を出す。「博士、俺だ。灰原は今居るか?」「……今は買い物に出ておるが。何か哀くんに用事かの、新一?」この声色でこの話の切り出し方だったら、まぁ誤解するか。重要な話があるから俺は電話した訳だが、それは灰原を巡る話ではない。灰原が在宅かどうか訊いたのは、固定電話をスピーカーモードにして、こちらの話を博士と一緒に聞いてほしいと考えていたから、だ。『蘭』の事件に関して、灰原と博士の両方に、俺の口から釘を刺さないといけないことが出来たから。「ぁ、いや、2人共居るなら一緒に説明できると思っていたんだよ。後で、灰原には別に電話する。 『蘭』の情報がまともに手配されていない、って、きのうの夜にあいつが言っていただろ? 捜査本部がそういう風に決断した原因が、分かったんだ」――『サキュバス』の召喚者が、7日の段階で、『蘭』の個人情報が漏れないようにと警視庁を脅していた。警視庁はその脅迫に折れた。 だから、『蘭』が病院から逃げた後も、情報漏洩を恐れてまともな手配が出来なかった……信じたくねぇが、捜査員の口から打ち明けられたのは、結局のところそういう事実だ。先ほど、蘭の両親はその説明を捜査員から受け、俺もまた説明を「聴いた」。但し、俺については捜査本部の想定していない形で。「実はな、警察からその理由を聞いたのは、本当は『蘭』の親であるおっちゃん達夫婦だけ、だったんだ。俺は、表向きは何も説明を受けてないんだよ。 おっちゃん達だけに話す話だったのに、手違いで俺も一緒に呼び出されて。警察から説明を受ける直前に、俺だけ会議室から追い出されたんだ。 ……おっちゃんの身体に盗聴器が付いていて、俺が盗み聴きしていた事、たぶん誰も気付いてない」別室でずっと待機させられると分かり、ポケットからイヤホンを出して「音楽を聴きながら待っていても良い?」と訊いた時、ノーという大人は居なかった。もちろん、実際に俺が聴いていたのは、音楽ではなく盗聴の音声。捜査員の説明は全て口頭だったし、幸いにも(?)妃弁護士が便箋の内容を全部音読する人だったから、おっちゃん達が何をどう話題に出していたのかはおおよそ把握出来ている。はらわたが煮えくり返るような事情を明かされたが、俺は、どうにか平静を装っておっちゃん達の会話を聴き通した、訳だ。「お前らしい行動じゃな、……盗聴した話の内容は、訊いてもいいのか?」普段の博士だったら、何を盗み聞きしたのかを真っ直ぐに質問してきそうなものだが。若干訊き方が遠回しなのは、俺が盗聴した話が相当ヤバそうだと感づいているからなのか、それとも『蘭』が関わっている敏感な話だからか。あるいはその両方か。どちらにせよ、博士のこの質問に対して俺の答えは決まっている。刑事部長室のネズミの出現事件は、……盗み聴きしていた俺が評するのも何だが、他人にホイホイ話していい事じゃない。俺がこの電話を掛けたのは、単に念入りに口止めをするため、だけだから。「いや、この件は、……申し訳ないけど博士にも灰原にも話せそうにない、な。 ただ、博士。……今更だけど、『蘭』が『サキュバス』の事件に巻き込まれてしまってる事、誰にも話さないでくれ。警察の説明だと、そうしないとかなりヤバい。 『毛利 蘭』の情報が、『サキュバス』の事件に結びついて世間に広まってしまったら、情報を漏らしたヤツが酷い目に遭いかねないんだ」事態の深刻さを理解したのであろう、博士はただ一言だけ呟く。「相当に、不味い事が起こっておるのか」「ああ。警察にとっては本当に不味い事態だよ。……もしかしたら警察は、これからずっと、召喚者と『サキュバス』に負け続けるかもしれねぇんだ」無力感がこらえきれず、俺の言葉には溜息がにじんだ。何をもって警察の勝利と表現すべきなのかは難しい。ただ、召喚者達のやる事なす事を一切止められないのだとしたら、間違いなく警察の負けでしかないだろう。「今の警察に、召喚者達を止める方法は無い」と、捜査員はおっちゃん達に今日明言している。それはつまり警察が負ける恐れが高い、ということだ。※この小説は全3部作予定でしたが、今後の話の流れを踏まえると中だるみする恐れが高いと考え、4部に分けることに決めました。 第3部はここで終了となります。これまでの時系列順まとめを挟んで第4部の開始です。 これからは更新の頻度と文量を変えて、更新の頻度は高め、但し一度の文量は少なめにするつもりです。 元々は3月中に完結させることが目標でしたが、どう見てもそれは無理っぽいです。 安価SSとして開始して2年目になる、今年の8月6日までに完結させるのが今の目標です。