【追伸 警視庁の上層部の方々へのメッセージです 8月7日夕方の、刑事部長室のネズミと手紙の件について 蘭の両親と、この手紙を宛てたカップルさん達には情報を開示しても構いません 色々と捜査で気遣われた結果、不審に思われた事項が、16日の夜にネットの記事になったようですからね 蘭の両親が警察に不信感を持つことを私は望まないし、このカップルさん達には、経緯を全部知っている前提で、今後頼みたいことがありますから なお、当時召喚者が書いた、私についての理想は、私も同じ思いとして心の中にあります】~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 午前11時45分 警視庁 刑事部長室(臨時)改めて、美和子の自宅に今朝来た手紙の、写真、その追伸部分だけを読む。……7日に出現していた召喚者の手紙を参照し、内容を踏まえて書かれた物なのだと、今更ながら実感が湧いた。自分達に宛てられた手紙が、ゴワゴワした灰色っぽい変な紙だった意味も、これでよく分かる。「私達宛ての手紙だから、……警察の者に宛てた手紙だから、便箋の紙が、両方とも同じ物になったんですね」素手で触ると砂になる、コピーを取ると砂になる、何もしなくても4日過ぎると砂になる、写真を撮るのは、……こうやって写真を見せられているということは、大丈夫だったということ。7日の召喚者の手紙では、『今後、もし仮に私の方から警察や職員相手に手紙を出す場合には、必ずこの用紙を使う』と書いてあった。だから召喚者の元に身を寄せた『あの子』は、17日の今日、警察の職員(=佐藤と高木)に宛てた手紙に、同じ便箋を使った、ということか。「でしょうね。こんな特徴のある紙、赤の他人が真似しようと思っても作れないですよね。 万一、誰かが召喚者やサキュバスを騙(かた)っても、紙が違えば、騙りだとすぐ気付きますよね、……ぁ」いつもの事件現場での会話のように、高木君は、美和子の台詞に続けて推理の言葉を連ねて。言った後で、刑事部長の前だったのだと我に返る。小田切刑事部長は、そんな彼に小さく苦笑を見せた。この場では初めて見る笑みだ。「構わん、気付いたことは言ってくれ。この件では、事情を知っている者の発想はひとつでも多く欲しいからな。 ……逆に命令だ、今ここで思い付いた推理はどんどん言え。これまで誰かが思い付いていそうな意見でも、気にせんでいい」『思った事を言ってほしい』、というのは、先ほども言われた言葉。刑事部長がそう言うのならば、本当にこちらの意見を聞きたいのだろう。美和子の視線が隣の後輩と合う。先に喋るのは、……視線のやり取りの結果、自分の方から。「では、まず、……読んでいて真っ先に気付きそうな事ですけれど。 『サキュバス』についての理想が、本当にここに書いたまま、これから変化しないのであれば……、何とか、説得して解決出来るかもしれない、と思いました」2つ並べられた便箋の文章を、順に指差してみる。7日の召喚者の手紙、……『私にとっての理想は、サキュバスが生命の危機に瀕することなく、この世の中で平穏に一市民として生活できること』。そして今朝来た『あの子』からの手紙、……『召喚者が書いた、私についての理想は、私も同じ思いとして心の中にあります』。両方並べて分かるのは、『あの子』がこの世の中で平穏に暮らせるならば、召喚者も『あの子』も、不満は無いという表明だ。「法の裁きを受けて、……裁かれて、言われた通りに務めた後だったら、その後だったら、世の中で平穏に暮らせるわけですから。 長い目で見れば、法律上は問題無い形で大手を振って暮らせるんだと、……だから「自首しろ」と、そういう方向で説得できるかもしれないと、思いました。 ただ、『あの子』の主張では、……自分の生命が危ういから召喚者の元に逃げたので、その問題が解決しないと難しいでしょうね」身体が崩壊の危機だから、坂田と沼淵を殺して生贄にした、蘭ちゃんを誘拐して融合した。これで一段落したはずだった。でも大阪府警の者とのトラブルの後、魔術が自動発動状態になってしまった。魔力の欠乏が進めば廃人化して死亡の危機だから、召喚者の元に逃げた。そして、今に至る。自分の生命のために、法すら犯しながら足掻いていく、という点で、『サキュバス』の姿勢は一貫しているのだ。生を掴み取る事への渇望が強い子に、生存のための策を提示しないまま、自首だけ呼び掛けても、意味は無い。逆に言えば、『あの子』が召喚者と共に、生命の危機を乗り越えてしまえたならば、今言った通りの路線で説得できそうな、そんな望みが出来る。……ふと、思いついたように、高木君が提案する。「でも、この理想が分かっているのなら、今の段階でも、『あの子』が戻ってくるようには説得は出来ないでしょうか。 魔術の自動発動がずっと抑えられる環境を、人為的にこちらの努力で作ってしまえば、……そういう、『あの子』がとりあえず死なない環境を、作ることが出来るなら。 その上で、その場所にずっと留め置くことになるけれど、「こういう環境を用意するから戻って欲しい」、って、呼び掛ける、こういう形って、……どうでしょう?」――なるほど。そういう線での呼び掛けも、有りではあるのか。美和子は感心した。小田切刑事部長も口を開く。「つまり、周りの人選から何から気を遣って、魔術が発動しない場所を作り上げ、そこから一生出ない生活をしてもらう、と。 『一市民としての生活』を望む者には飲めそうにない話だが、魔力の知識が一切無いこちらから提案できる方法は、……それ位しかないだろうな」世間の一般人と、政府のお偉いさんの受けは良さそうな方法だ。世間から隔離されている場所に『あの子』が置かれているなら、直近の性行為の記憶は覗かれない。そう思うと同時に、美和子に浮かぶ感情は、……納得と、諦め。『魔力の知識は一切無い』と刑事部長が明言したからには、警察には、本当に知識が存在しないのだ。高木君も同じ点で引っかかったのか、これまで話題に出ていなかった点を絡めて、更に質問。「刑事部長。……本当に、今の警察には、魔術に対抗する方法が無いんですよね。 では、『魔力の塊』というネズミの死骸も、砂になっていくのを確認するだけ、だったんですか?」「ああ。鑑識が通常の手法で調べ得る限り調べて、その結果は、普通のネズミでしかなかったようだ。 魔力的にどうこうという措置は一切取れず、書いてあった通り、6時間後には完全に砂になった、と報告を受けている。 ……何故、召喚者が警察に『魔力の塊』を出現させたのか、推理できるか?」半ば想像通りの答えと、それから発言の促し。推理を求められた彼は、ほんの少し考え込んでから答えた。「もし、……僕が召喚者だったら、そのネズミに、発信機能なり盗聴機能なりを付けておきますね、魔術で。警察側に、魔術関係の伝手や技術が無いか探るために。 こんな時限爆弾みたいな代物を送ってしまえば、受け取ったこちら側は対応せざるを得ないですから」――妥当な推理だわ。警察の人間ならば同じ事を思い付いていそうな、そんな当たり前の内容だ。刑事部長も同感らしく大きく頷き、そして自嘲を込めながらの言葉が、その口から出る。「まぁ、そんな伝手など存在しないのが実情、……という訳だが。 事件発生以降、捜査本部に自称『魔術を知る者』だの『魔力持ち』だの、売り込みと協力申し出は、……それこそ山ほど来ているらしいが、捜査本部の方で名前と連絡先だけ聞いて全て断っている。 この手の話の真偽も、こちらからは区別が付かん訳だからな。例えその申し出の中に『本物』が居たとしても、よほどの証拠がない限り信用は出来ん」何とも微妙な表情での言い回し。そんな表情になる理由も、――うん、とても良く分かる。この世の中、妄想と現実の区別が付かない人は大勢居る。特にオカルト系の妄想をこじらせている人は数えきれないほどだろう。そんな人達ばかりが連絡を取ってくる状況下、日本の官公庁として無難に振る舞おうとするなら、刑事部長が言ったような対応になるほかない。「……だから今は我々警察が、努力するしかない。出来る事が限られた不自由な捜査でも、だ。 報道で知っているだろうが、拘置所の被告殺害事件の現場遺留品も、事件の3日後にはほぼ全て砂に変わっている。残ったのは坂田と沼淵の遺体だけだ。 これからも、残された痕跡は砂になると思った方が良いだろう。……そんな捜査でも、出来る限りの努力で、召喚者逮捕を目指して励むしかない」言う通り、警察は召喚者の逮捕を目指すべき。その点は当たり前の正論。……でも、自分が思う事では無いかも知れないが、捜査本部の者達の士気が心配になるほどに、通常の捜査で出来る事が封じられている。被疑者達の使う魔術の解明は出来ていない。民間人からの知識提供は望み薄。遺留品は砂になった。出来る事といえば、被疑者達の残した手紙の意図を読み解くことくらいか……。「それは、……非常に苦しいですけど、それが警察の仕事ですからね。推理すること、……が、何より大事になるから、私達に考えたことを言うように命じられたんですか」流石に、一介の警部補が、刑事部長を相手に『推理することしか出来ることがない』と言うのは憚られる。幸いにも言葉に出す寸前に気付けたから、とっさに、考えながら喋っている風に取り繕って言葉を変えた。小田切刑事部長はそんな美和子の指摘を強く肯定する。「まさしく、そういう事だ」美和子の横に座る高木君は、深く納得した様子。何度も頷き、そして机の上の手紙の写真をまた凝視し始めた。だから美和子も、同じように写真に写った文字列を眺めて、……しばらくして、今度は高木君が発言。7日の召喚者の手紙、『もし手紙が出現した瞬間を見てしまった者が居るならば仕方無いが、それはあくまで辛うじて許された例外とする』を指して、彼は言う。「召喚者は、どれだけの事が出来るんでしょうか。 この文を読んでみると、物を出現させる時には現地の様子を把握できないように読めますけど、……何でわざわざこんなことを書いたのか、気になります。 刑事部長だけでなく秘書のかたも、手紙が出現する時を目撃された訳ですから、刑事部長室に誰が居たのか、本当に分からなかったのかも知れませんけど。 でも、実際に誰が居たのか分かっているのに、分かっていないように偽ることも、出来るのかな、って、……僕は、思いました」その通りだ。刑事部長以外に誰かが刑事部長室に居たと把握できている状況で、それでも敢えて物を転移させてきた線は、有る。召喚者は、わざわざ自分に不利な事を馬鹿正直に書くような者なんだろうか。狙いがあって魔力の性能を過少に見せた可能性は、考慮に入れた方が良い。どんな仕組みで転移の魔術が為されたのか、どうすれば防げるのか、警察には全く分からないのだから。……美和子の頭に、今朝の聴取で証言した内容がよぎる。「本当に、召喚者と『サキュバス』にどこまでの事が出来るのか、……私達が関知している術以外にも、使える魔術があるのかもしれませんね。 今日の捜査本部での聴取でもお話ししましたけど、私の家に手紙が来た件だって、私の住所をどうやって突き止めたのか謎なんです。 これまでに蘭ちゃんに住所を教えたことは無かったはずですし、私が家に入る場面を見られたことも、無かったと思います」――『サキュバス』の魔術について、毛利さん達の推理、聞きたいなぁ。今日の14時に、秘匿されていた情報を、『蘭』の両親は、鑑識職員と小田切刑事部長の秘書から聞かされる。自分達はこの事件に変に関わってしまったから、命令が無い限り毛利夫婦には今後接触できないし、すべきでない。無論、説明の場に行くことも無い。ただ想像の中で、刑事部長室の手紙の一件を知って怒り狂う毛利探偵を、メガネのあの子と妃弁護士が宥める光景が浮かぶ。……毛利探偵にいつもくっ付いている小学生を違和感なく想像してしまった事に気付いて、美和子はすぐに脳内の光景を修正。『あの子』の手紙で情報開示が許された相手は、『蘭』の両親だけ。だからコナン君は今回排除される。分かりきった話だ。※3月1日 初出 3月6日 後半部を加筆しました。※現在、投稿ペースを思案中です。毎週日曜日に1話分載せれれば理想なんですが……