8月16日 午前7時15分 召喚者の屋敷 地下 個室『自分』があるじの元へと逃れて、二度目の朝。あの大広間の隣、地下内では唯一ベッドと机と椅子が置いてある個室の、そのベッドに『自分』は腰掛けて新聞を読んでいた。朝の6時半にあるじに起こされ、あるじが持って来た水で顔を洗い、これまたあるじが持って来た朝食を食べて、今は食後のひとときである。ちなみに『蘭』との融合前からそうだったが、いつも仮面とローブと手袋を身に着けたあるじは、徹頭徹尾顔を晒す気が無く、かつ『自分』との時間を長く取りたがる。結果、『自分』の朝食を持って来たらすぐに部屋の外に出て、『自分』がここで食べてる時に別の場所で食事、食後にここに戻ってくる、というのが毎朝の流れ。仮面を外して食事を摂っているところを見られたくないらしい。もちろん今は食後だからここに居る。――警視庁は、拘置所被告連続誘拐殺人事件で保護された少女が、入院先の病院から失踪したと15日の午前6時頃に発表した。失踪の推定日時は14日の午後9時30分から午後10時の間。 翌15日の午後12時5分頃、インターネットの掲示板上に、少女の関係者からと思われる書き込みがあり、警視庁は書き込み内容の真偽を慎重に調べている。 これまでの書き込み内容によると、少女は6日に、大阪と東京の各拘置所から坂田祐介被告・沼淵己一郎被告を連れ出し、殺害。 その後一般人の女子高生(16)を誘拐し、殺害した被告らを生贄に、少女は自称「魔術」で女子高生の人格と融合したとされており……今日の日売新聞の紙面は、予想通り1面で大きく『自分』の事件のことを報じていた。『自分』が病院から消えたことも、あるじが代理した書き込みのことも。もちろん、自動発動しっ放しだった魔術の情報も。……まぁ、『自分』で分かりきっているこれまでの経緯の解説は、後で読めば良い。警視庁の会見写真の左下、『書き込みに基づき警察官逮捕』の小見出しに視線を向ける。薬物吸引の指摘を受けた例の婦警の逮捕が、記事になっていた。――また書き込み内容の検証の結果、覚せい剤を使用していた疑いが強まったとして、警視庁は15日の午後11時頃、覚せい剤取締法違反(使用)の疑いで女性警察官らを逮捕したと発表した。 逮捕されたのは、警視庁巡査の片城 琴美(かたしろ ことみ)容疑者(26)、同じく巡査の古賀 尚人(こが なおと)容疑者(26)、会社員の町田 洸(まちだ あきら)容疑者(27)の3名。 書き込みに、「魔術」で見えた情報として、具体的な日時とホテル名を挙げて、病院で見張りに立っていた片城容疑者の薬物使用を疑う指摘があったため、警視庁が捜査していた。 全員、指摘の通りホテルで覚せい剤を使用したことを認める供述をしているという。「やっぱり、書き込みから1日かからずに逮捕まで行くんですねー、あの見張りの婦警さん」椅子に座って別の新聞を読んでいるあるじが、顔を上げずに『自分』の感想に答えた。「分かりやすい事件だから、捜査はそう難しくはないんでしょうね。 婦警の身柄を確保して薬物検査して逮捕して聴取して、婦警から聞き出した彼氏2人の居場所見つけて捕まえて……、半日あれば十分でしょう。間違いなく捕まるように具体的に書き込んだのだし」「確かに、……あんな変な記憶、もう、見たくないですから。 二度と接触しないでほしいですね、あの婦警。……もっともこっちが望んでも、警察の側でも接触はさせないでしょうけど」苦笑いしながら、病院で勝手に見えてきた、感覚的に受け入れられないあの記憶を思い出す。ベッドの上で寝そべっていた婦警に渡される、スプーンの上の結晶。差し出す半裸の彼氏は、気味の悪いほど満面の笑顔で。テーブルの上のアルコールランプで炙られて、煙が出て、吸引して見えた光景は、……とにかく気持ちが悪くて、快感だと思う人が居るのが、謎。あんな光景を一晩見続けて安眠妨害になるような事態は、正直、今後一切勘弁してほしい。「絶対にないわね。覚せい剤吸っている最中の、警察にとっては恥さらしの記憶が見えるんだから。 ……あ、こっちの新聞で私達宛ての識者のコラムが載ってるわ。 『召喚者と君へ せめて誰も悲しませない選択を』って、……書くだけなら気楽でしょうね」あるじは、少し呆れたような声を出しながら言った。内容が気になったから、立ち上がってあるじの方へ歩み寄り、指し示されたコラム欄を見る。コラムの執筆者は報道機関OBの評論家。若干遠回しではあるが、結局は見出しの通りの結論に至る内容で、確かに言ってる内容自体はもっともではあるのだが――「……それが出来れば、楽なんですけどねぇ」今後、生きている人を殺さないという意味での、「犠牲が出ない方法」は、かろうじてクリアできるかもしれない。だが、悲しませる人を全く出さない方法というのは、……『自分』の生存を優先するならば、そんな方法は、魔術では存在しない。今はもう、あるじも『自分』も、今後誰かを悲しませることを前提に、どんな風に感情に折り合いをつけるかという段階で。……病院脱走後に話し合いを繰り返し、そんなこと分かりきっていることだから、今の段階では『自分』にもあるじにも、苦笑いしか出てこなかった。~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 午前10時2分 阿笠博士の家「博士。工藤くん、来たわよ」博士は、応接間のソファーに座って、テーブルに置いた何やら発明品らしいものをいじくり回していた。灰原の言葉で立ち上がってこちらを振り返り、俺の様子を見て目を丸くする。「来たか新一。遅かった、……なぁ、その箱は……?」驚いて当たり前。俺が紙箱を大量に持って来るなんて、きのうの博士との電話では一言も触れていなかったんだから。抱えきれないほどの紙箱を、まずテーブルにどっさりと下ろした。両腕にわずかながら疲労感を感じて、無意識に小さく吐息が出る。「これ、おっちゃんに持たせられたんだ。 おっちゃんには、『博士の家で夏休みの工作を作る。もしかしたら泊まり込むかも』って言ってる。 何を作るのかおっちゃんに訊かれて、とっさに『紙箱で何か作る』って答えちまって……。で、おっちゃんが家じゅうの紙箱を探し始めて、な。 もしおっちゃんから連絡が有ったら、話を合わせてくれ」この家に、昨日『蘭』の名前で変な手紙が来たことは、おっちゃんには打ち明けていない。ほぼ『本人』からのものだろうと俺は確信していたが、……おっちゃんにこの事を伝えればどんな反応をするかも十分に想像できたが、それでも話せるはずがなかった。封筒にあったという宛名が、博士と、『工藤 新一』の連名だから。更に言えば、『17日までにお二人御揃いの場で開封下さい』とも書いてあったと聞いたから。灰原の解毒薬で一時的にコナンから新一に戻ることも出来はする。状況次第でそれを使うことも有るだろう。……だがそういう方法を検討するのは、博士と、今日ここで手紙を読んでからの判断で良い。「構わんよ、それぐらい。 ところで、手紙の件じゃが、……蘭くんが差出人だと知って驚いていたようじゃが、あの子に何かあったのか? 振り返ってみると、最近ワシらは蘭くんに会っておらんが……」逆に『サキュバス』の件は、これまで博士達には一切明かしてこなかった。話が話だけに、おっちゃんからも妃弁護士からもきつく口外を禁止されていたし、俺も、これまでは積極的に打ち明ける必要を感じてこなかったから。でも、手紙がここに来たことで事情が変わった、と思う。きのうの通話した時の俺の反応で、『蘭』に何かがあったことは博士も気づいているのだろうし。「………。 博士にも、灰原にも、事情は話してなかったな。 おっちゃんにも妃弁護士にも、かなり固く口止めされてるんだけど、……あいつ、今月の6日から事件に巻き込まれているんだ」やはり。2人ともかなり驚いた表情を見せて。……また灰原は、俺の言葉から、どんな事件に巻き込まれたのか感づいたようだった。信じたくないと言わんばかりの様子で、それでも俺を追及する。「何じゃと!?」「……『今月の6日』で思い浮かぶのは、ニュースでよく言ってる『サキュバス』の事件ね。 高校2年の女の子が巻き込まれて、人格変えられた挙句にきのう病院から逃げた、って。……まさかその女子高生って」「ああ、蘭だ。 病院から抜け出す前の日に、一昨日にやっと俺は見舞いに行けたんだけど、見た目は完璧に『蘭』でも、人格は確かに別人みたいだった。 ……本当にすまねえ、ふたりとも。ずっと黙っていたままで」目の前の2人に思い切り頭を下げた。しばらくの沈黙。ややあって、灰原のため息と一緒にありがたい言葉が来る。「別に良いわよそんな事情なら。……言いたいこと、無い訳じゃないけど」「ああ、ワシもそれは仕方ないと思うが、じゃが、……うちに来たこの手紙は、そういう事情だとすると……」ずっとテーブルの隅に置かれたままだった封筒を、博士は、慎重そうに手袋を着けた手で持ち上げた。頭を上げた俺は、その手の中の白い封筒の表書を見つめる。「……ああ、病院から脱走した『本人』が、わざわざ博士の家のポストに入れた、と思ってる。 切手も消印も無いってことは、この家の郵便受けにわざわざ直に入れに来たんだ」黒いボールペンで書いたらしい筆跡は、『蘭』の物だと言えなくもなかった。宛先欄に『阿笠 博士 様』『工藤 新一 様』そして、『親展 17日までにお二人御揃いの場で開封下さい』、差出人の欄には『毛利 蘭』。開封の場に求められている者達はここに居る。読むしかない。~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~【新一へ 召喚者が代理で書き込んだ、15日昼のインターネットへの掲示板の書き込みを見た前提で話します 今の「わたし」は、ただ一種類の魔術が自動発動しっ放しで制御できない状態になっていますが、 異世界に居た「サキュバス」は、元々、「他者を分析する・見抜く魔術」を比較的得意とする種族です かつ、故郷では、そういう魔術の専門職を目指す立場でもありました 故郷にいた頃も、召喚された後も、もっと多くの種類の「分析する魔術」を使いこなしていました 融合魔術の生贄を探すときも、融合する人を決める時も、魔術的に相性の良い相手を求めて、本当にたくさんの人を分析しました そして、生贄や融合相手の人間を決めた後も、その周りの人間について、たくさん、本当にたくさん分析しました 「サキュバス」の魔術は、誰と誰が同一人物なのかを見抜きます その人物の容姿がどれだけ変わっていても、年齢が変わっても、です どんな因果があってそうなったのか、過去の因果関係をも、おぼろげながら魔術は見抜くのです 「蘭」の周囲の人物にどんな因果あるのか承知の上で、「サキュバス」は融合魔術の相手に「蘭」を選んでいました あの時は本当に余裕が無かったから、融合の相手として「蘭」を選ばざるを得ませんでした 新一がどこに居るのかを、今の「わたし」が把握しているという前提でお願いがあります 16日か17日の午後9時半に、阿笠博士の家の庭で、あなたに会って話したいことがあります 警察に通報せずにできる限り人払いした上で、どちらかの日に、庭で待っていただけると助かります】※12月31日 初出 1月4日 誤植等修正+後半部を追投稿しました 2月8日 既存話と表記が食い違う箇所を1点修正しました 2月28日 既存話と表記が食い違う箇所を修正しました 4月4日 既存話と矛盾する箇所を修正しました 3が日の後になりましたが、明けましておめでとうございます。 作者のとりあえずの今年の目標は、3月末までにこの作品を完結させることです。普通のSSとして書き始めて、1年以内に終わらせたいと考えておりましたので。 この目標に向けて頑張っていきたいと思います。今年も、よろしくお願いいたします。※先日ハーメルンの方で、この作品の第1部-2に挿絵を追加しました。坂田と沼淵の遺体の絵です。サキュバスが掲示板に投稿した写真として、挿入しています。 外部のサイトにて、こちらからの依頼でトーチカ様という絵師様に描いていただきました。是非ご覧下さい。※なお、作中に登場します、覚せい剤で捕まったモブキャラの氏名は、読者の方々の応募を組み合わせて創作したことを、一応ここでも明言させていただきます。・ハーメルンでの応募結果 →町田(応募者:Ma-sA様) 古賀(応募者:カミ様)・Arcadiaでの応募結果 →洸(あきら)(応募者:名無し◆de2e7273様) 片城 尚人(かたしろ なおと)(応募者:中堅ROM専◆b84cf333様) 琴美(ことみ)(応募者:通りすがり◆086f596b様) ……で、組み合わせ結果は、片城 琴美(26、覚せい剤所持で捕まった婦警) 古賀 尚人(26、覚せい剤所持で捕まった警官) 町田 洸(27、覚せい剤所持で捕まった会社員)となりました。