午後12時51分 東都警察病院 703号室『自分』の病室に先ほど入って来たコナンは、宣言通り『音楽』を聴いたまま病室の隅に立っている。こちらへ、……ベッドに腰掛けている『自分』の方へ視線を向けてはいるものの、露骨に筆談用のノートを覗き込んだりはしてこない。ノートの文面をコナンに見えない角度にしておけば、またコナンに目を離さなければ、今まで通りのやり取りが可能だ。ノートの内容を、コナン君に見せてはならない。その点については、『自分』も弁護士達もたぶん同意できる事柄だろう。今の『自分』は、『近くに居る人の、直近の性行為の記憶を見抜く』魔術が発動中。その魔術の結果をノートに書いて、弁護士達とやり取りを交わしているところだったから。誰がいつどこで寝ていたとか、その手の情報は、今のこの国の常識から考えて、小学1年生に見せて良い情報では無かった。……ともあれ。そのコナン君に見せるべきでない情報を含んだノートに、『自分』は文章を書いて弁護士達に渡す。~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~【隣の病室に人が集まっているみたいです。事情聴取? お父さんと、目暮警部と、高木刑事と、ここの見張りに立ってた婦警と、あと男女各1名←夫婦? ↑少なくともこれだけ私の術に引っかかっている模様】~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~午後12時52分 東都警察病院 703号室ノートを一目見て、妃弁護士が一瞬怪訝そうな顔を見せた。すぐに無表情に戻して、『娘』の膝の上にノートを乗せたままボールペンを取る。書かれた内容は短く、それを読んだ『自分』の返答も、思考する時間はほぼ無く、即座に行われる。~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~【まるでレーダーね。術の有効範囲は?】【となりの病室までは分かるみたい、集中すれば。まあ集中止めても、術自体を止めることは出来ないけれど あと、この術はレーダーそのものだと思う。非処女と非童貞限定で引っかかるだけで →だからそこにいるコナン君が感知できないんだけど。むしろ感知出来たら困る】~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~午後12時55分 東都警察病院 703号室文章を読んだ大人達すべてが、目線をコナンに向けた。突然視線を向けられた本人は、こちらに問うように首を傾げるものの、視線を向けた側は曖昧な笑みで誤魔化す。ふと思い至った事柄が有り、『自分』は再度弁護士達に渡したノートを取った。~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~【あくまでこの魔術は『本人の性行為の記憶を見抜く』もの。追加で日時・場所・相手の名前と、その時にうつし合った病気とか、妊娠の有無とか 本人の名前は、相手が行為中に名前呼んでこないと分からない。 今回、となりの部屋の人員が確定できた理由 お父さん→今日もう会った人、どんな情報が見えるのか確認済み 目暮警部→蘭は、警部の奥さんを元々知ってた→直近でヤッた相手が奥さん本人→目暮警部? 高木刑事→ドアの前を歩いて行ったとき、記憶が一瞬見えた。先月ラブホで佐藤刑事とヤッてたみたい 婦警→術の範囲内に居続けてるから、自然に判明 男女各1名→ヤッた相手の日時場所が同じ、名前も名字が一緒、『蜜葉』姓の夫婦? 結構古い記憶だからはっきりは見えないけど】~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~午後12時58分 東都警察病院 703号室筆談を読んだ妃弁護士は、引きつった苦笑、……というか無理やり苦笑しようとした引きつり顔を見せた。雇われ弁護士の2人も、何とも微妙そうな顔をする。3人は目を合わせ、結局妃弁護士が文章を書き、その内容は至極納得いくものだと思ったから、『自分』はすぐさまその内容に同意した。~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~【ありがとう。このノートのこのページ、私達が切り取って持っていたほうが良いわね。看護師さんに見られたら、書かれた人の名誉が……】【それもそうだね、こういう情報、プライバシーの最たるものだし。お願いします】~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~午後12時59分 東都警察病院 705号室『蘭』の病室でどんなやり取りがされているのか、そもそも入院している『本人』がどんなことを感じ取っているのか。隣の病室の小五郎達には分かるはずがなく、『何』を『蘭』に見られているのかも全く察知できずに、705号室で、殺人事件の被疑者候補への聴取が普通に行われる。「我々は、廊下の監視カメラを調べたんですが、……蜜葉さんは、今日、あの談話室に入られてますね? それから、談話室を出た後、どこに立ち寄ってからこの病室に来たかは覚えていますか?」高木が落ち着いた声で、本来の話題に切り込んだ。これは確認の質問だ。この母娘の移動先は監視カメラでとうに分かっている事だから。母親の答えがカメラの映像と合致するかどうかを、確認するための質問。問われた側も試されている意図を感じ取ったのだろう、記憶を辿りながら、言葉を区切りながら答える表情は、かなり硬い。「談話室を、出た後、……娘を連れて、一旦、障碍者用トイレに、入った、はずです。それからここに来ました」回答内容は、監視カメラの情報と合致する。映像によると、ベビーカーの子とこの母親は、あの6階の事件現場の談話室を出た後で、同じ階の障碍者用トイレを利用していた。それからエレベーターで7階に上がり、この病室に入って、今に至る。――わざわざ障碍者用トイレを使ったのは、普通のトイレの広さだとベビーカーの取り回しに苦労するから、くらいの事情だろうなぁ……小五郎は、頭の中で想像する。いずれ高木が質問するかもしれないが、障碍者トイレに入ったのは大方そういう理由だろう。……もっとも、高木が次に投げた質問は、別の内容だったが。「談話室には、どんな用事で入られたんですか?」これは答えやすい内容だったらしい。考え込む様子は皆無ですぐ答えが来る。「自分用の飲み物を忘れていたので、販売機でお茶を買って飲もうと思ったんです。 そうしたら、娘がグズりかけて、抱っこでなだめていたので、あの部屋には結構長く居たと思います」――辻褄は合うが、まだこの人が無実とまでは言えねぇな。小五郎は、そう思考する。きっと警部も高木もそう考えているだろう。正確には、談話室に居たのは10時10分から10時21分の間。約11分間、この母親とベビーカーの娘はあの部屋に居た。あの監視カメラは音声を記録していなかったから、赤ん坊が部屋の中でグズっていたことの証明は、厳密には出来ない。男性を殺害し、後処理に時間が掛かっていただけだったのに、娘のグズりをでっち上げて嘘を吐いていた。……そんな疑いは、未だ残る。「娘さんと談話室に居た間、部屋には他には誰か居ましたか?」高木は更に本題に踏み込んだ。あの守衛控室で確認した映像では、この母娘が談話室に居た時期に、被害者が入室していたはずだが。蜜葉さんは頷き、また記憶を辿りつつ答えた「最初は、誰も居ませんでした。……途中から、毛布を持った男の人が部屋に入ってきた、と思います。 太った男の人で、……黙ってテーブルの上に突っ伏して眠り始めたんです。少しビックリしたのを覚えてます」ほぼ間違いなく被害者の男性の事を、印象に残るから覚えていた、というふうな口振り。……実際、中々に個性的な振る舞いだ。小五郎の目の前で、高木は警部と目配せを交わすものの、沈黙は長くない。高木は続けて問いかける。「他に、誰か入ってきましたか?」問われた方は少し考え込み、ややあって頷いた。「えっと、もし忘れてたらすいません、……居ないと思います、他には」実際監視カメラ上では、この母娘が部屋に居る間は、他に入室者は居なかった。今のところ、彼女の証言に不審点や矛盾は無い。高木は頷き、入室者についての質疑をここで一旦止める。「部屋に居た時、何か記憶に残った事はありますか? 何でもないことでもいいんですけど」「えー、そうですね……。 最初にあの部屋の自販機を見た時、『温かいお茶は無いのかー』って思ったくらいでしょうか。この季節は、冷たい物しかないんですね」彼女は困った顔をして、ひねり出した内容が本当に何でもないことだからか、少し申し訳なさそうに答えた。高木は調子を変えない。嘲笑うこともフォローも全く無く、落ち着いた声のまま質問を続ける。「では、冷たいお茶を買われたんですね? 買ったお茶は今もお持ちですか?」「? はい。あのバッグの中に有ります」妙だと感じたようだ。蜜葉さんは怪訝そうな表情を浮かべつつも、素直に頷いて答えを告げる。彼女が指を指したのは、窓際にある備え付けのタンスの上。監視カメラにバッチリ映っていた、白い大きなバッグが鎮座していた。この母親が肩から下げていたのは、まさしくこれだ。「すいませんが、……確認を兼ねてバッグの中身、全て見せていただくことは出来ますか?」――なるほど、そういう流れね。小五郎は心底納得する。いつかどこかで、念のためでもバッグの中身を見せてもらわなければならない。バッグが話題に出たタイミングでのこの要請は、結構、自然だ。「構いませんけど、……あ!!」同意すると見せかけて、全くの前触れなく大声が上がる。これまで気付いてなかった何事かに、気付いたような感じの声。……高木と警部が顔を合わせた後、警部の方が質問する。「どうかされましたか?」蜜葉さんは頬を掻きながら、若干恐る恐るといった様子で答えた。「男の人に見せるのはちょっと困る物もあって……、ビニールや袋に分けて纏めてるので、いったん選り分けさせてください」「……ええ、そういう事なら構いませんよ。見ての通り婦警も居るので、私達で困る分はそちらで……、君、頼む」警部の最後の言葉は、小五郎の後ろの婦警に向けた物だ。小五郎と同様に、最初から今まで、ずっと黙って会話を聞いていた婦警は、――おそらく、この病室のやり取りで初めて事情を把握したのであろう彼女は、もちろん普通に承諾の頷きと言葉を返す。「はい!」女性相手の聴取だったから、女性の捜査員が居ないと困ることがあるかもしれず、でも佐藤刑事を別の聴取相手に向かわせてしまったから。だから警部は隣の病室の見張りだった婦警を、臨時でこの病室に同行させたのだ。~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~午後1時5分 東都警察病院 703号室おっちゃんは、俺が付けた盗聴器にまだ気づいた様子は無い。高木刑事はじめ他の人達も当然気付いてはいない。当たり前と言えば当たり前だが、俺が今居る病室の面々も気づくはずがない。結果として、隣の705号室でのおっちゃん達の会話は筒抜けになって、掛けているメガネのツルから俺の耳元に聞こえてくる。ガサゴソ、ガサゴソと、荷物を仕分ける音が僅かに盗聴器に拾われる、その時間がやや長めにあった。それが終わって、被疑者の蜜葉さんが警部達に報告する声。「……えっと、この袋と、この袋は婦警さんにお願いします。他の物は男の人でも大丈夫です」また、しばしの沈黙。数秒後、ビニールっぽい物をいじくっている音が聞こえてくる。婦警か高木刑事がビニール袋入りの荷物を検(あらた)め始めたのだろう。「すいませんね、蜜葉さん」荷物を調べる音を背景に被疑者に話しかけたのは、目暮警部だ。そんな言葉を掛けられた方は、良く言えば落ち着いていて、悪く言えば冷めている、そんな調子で応じる。「いえ、警察の方もこういう事がお仕事でしょうし、殺人を疑われるのは嫌ですから。私を疑ってないと、こんな荷物の調査はしないでしょう?」荷物を漁られれば、疑われていることには気づいて当然、か。でもそんな風に考えが至って、なおかつ素直に捜査に応じてくれるのは、捜査する側にとってはやりやすいだろう。パニックになって慌てふためいて聴取が出来ない場合よりも、打算込みであっても冷静に振るなってくれる方が、まだ話は通じる。「……何にせよ、捜査に協力していただけるのは有り難い事です。殺人という重大な事件ですからな」警察としては至極当然の内容の、警部の言葉。ごく普通に雑談として、被疑者はまたその内容に答えた。「でしょうねぇ。まさか警察病院で男の人が刺されて殺されるなんて」――? 今の言葉……俺は疑問を抱くも、俺の頭の中だけの疑念に、誰かが気付くはずがない。~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~※登場人物まとめ(容疑者編)※霧島 権兵衛:容疑者その1。九州在住の高齢者の男性。左腕の怪我でギプスを着けている。10時23分~39分に談話室に立ち入っていた。 年の離れた妹が、肺癌の末期でいつ死んでもおかしくない状態で、606号室に入院中。 その妹は医師なのだが、医療事故を起こし、業務上過失致死で地裁判決を受けるはずだった(死ねば裁判が打ち切りになる見込みだが)蜜葉 鐘衣:容疑者その2。都内在住の若い女性。赤ちゃんを連れている。10時10分~10時21分に談話室に立ち入っていた。 夫が705号室に入院中。病名はクロイツフェルト・ヤコブ病。たぶん寿命はそこまで長くない。 夫は万引きの常習犯で捕まっており、高裁判決前に病気が判明し、入院している。夫との間に赤ん坊の娘が1人いる。~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~※登場人物まとめ(弁護士編)※七市 里子:少年事件専門の弁護士。自身の弁護士事務所のボス。中年の女性。703号室で『本人』と筆談中。神代 杏子:少年事件専門の弁護士。七市弁護士の事務所に勤務している。若い女性。703号室で『本人』と筆談中。※10月12日~11月1日初出 11月26日 第2部―15~17を統合・大幅改稿しました 12月7日 タイトル追記しました 2015年3月22日 時刻設定が不自然なため修正しました 作者の都合により27日・28日の投稿はお休みします 29日夜に第2部-11とエピローグを投稿して、第2部改稿版を完結させる予定です