午前11時28分 東都警察病院 603号室「……それで、コナン君から呼ばれた警官が、談話室を立ち入り禁止にした、と。フム…… 説明ありがとう。コナン君、毛利君」「どういたしまして!」「捜査に協力するのは当たり前ですから。警部殿」俺が7階から警官を2名連れて来た、そこまで話してしまえば、こちらが説明できることは終わる。そこから先は、警官達に聞くべき事だ。それ以降、俺達は談話室から離され、警官の目の届く場所でずっと待機していたから。「あの人、誰かに刺されたんだよね? リュックサックに、変な切れ込みがあったみたいだし」俺は高木刑事を見上げながら言った。探偵として基本的な事の確認くらいはしておきたい。被害者は、机にうつ伏せで突っ伏していた。背中にはナイフの刃が深く刺さっていた状態。言い換えれば、背中からナイフの柄が生えていた状態だった。そんな背中に、普通のリュックサックを着せることは難しい。仮に出来たとしても、形がかなり不自然になる。ただ、あの被害者が着ていたリュックサックには、背中に触れる面の布地に、縦方向の大きな切れ込みが入っていた。背中から生えていたナイフの柄が嵌り、なお余る幅の切れ込みだ。これでナイフは隠せていたし、リュックサックの形も、見た目の上では不自然にはなってなかった。また実際は、リュックサックの上に毛布が被さっていた、と、いうことは……「そう、だろうね。誰かがあの人を刺してから、 ……突っ伏して眠っている感じに見えるように、細工したんだろうね」深く推理するまでもない。犯人が被害者を背中から刺した後、加工したリュックサックを着せて、更に毛布を掛けたのだ。おそらくは事件発覚を遅らせる目的で。「オホン! ところで、刺された男性がどこの誰なのか、心当たりはありますかな?」目暮警部が咳払いひとつ。余計な事を喋った部下を牽制しながら看護師達に問いかける。医師の方は、心当たりが無いらしい。黙って首を横に振る。看護師2人は互いに目を合わせ、……うち1人が自信無さげに答える。「あの人は、……あまりまじまじと見てないので自信が無いんですけど、盲腸で入院している、星威岳(ほしいだけ)さんの、ご家族の方だと思います。 ご高齢の患者さんだから、盲腸でも容態が良くなくて、夜は、長男さんと次男さんが付き添っていました。……もっとも、患者さんの容態は朝になって落ち着いたんですが。 確か長男さんだけ、名字が違ったと思うんですけど、談話室で亡くなったの、その名字の違う長男さんのような気が……」――え? 今朝聞いたばかりの名字が、何で、ここで出てくるんだ?「……星威岳?」「コナン君、何か心当たりがあるのかい?」俺の呟きを聞いた高木刑事は不思議そうにこちらに尋ねてきた。あぁ確かに。俺が、こう反応するのは妙だ。「僕達、今日の朝に銭湯に行ったんだけど、その銭湯のロッカーで、知らない探偵さんがおじさんに話しかけてきたんだ。その探偵さんは『星威岳 吉郎』さんって名乗ってた。 今回の被害者の人とは、顔がかなりそっくりだったよ。体格が思いっきり違っていたから、被害者とは違う人だってすぐ分かったんだけど。 ……珍しい名字だし、僕達、案外銭湯で次男さんとすれ違っていたのかも」「そうだったんだ。……有り得なくはないね。夜通し付き添って疲れて銭湯に行くのも、談話室で休むのも」名字が合致、顔が似ている、どちらか一方なら繋がりは弱い。が、両方あてはまるなら、あの銭湯で出会った探偵と被害者に繋がりがある可能性は、若干上がる。高木刑事の言う通り、現段階では『有り得なくはない』という程度の仮説で、調べなければ確定は出来ないが。「実際にその患者さんの御家族の方なら、病院の方に連絡先の記録があるだろうから、それを見せてもらえますかな? 連絡先の記録以外にも、監視カメラなどを確認させて頂くことになるでしょうな。その辺りの確認は、今、他の警官達に当たらせてますが……」目暮警部は、看護師達にそう告げる。証言や連絡先の手掛かりがある以上、被害者の身元や家族の連絡先は調べるのは、警察ならば極めて簡単。俺達が銭湯で会った探偵が無関係なのかどうかも、警部達が調べれば簡単に判るはず。……ふと、全くの突然に。俺の横に立っていたおっちゃんは、突然に、ハッとした顔をした。そのまま真剣な顔で、目暮警部に問いかける。「警部殿、私は、……いつもの様には、捜査には協力しない方が良いのでしょうかね? 第一発見者ですし、それに、今は、私の『娘』の状態が、……」――そうか!! 今のおっちゃんは、『被害者』と融合した『加害者』の父親だ!ただの探偵ならともかく、審判に付されるかどうか現時点では不明な状態の『娘』が居るのに、警察の捜査に関わることは、……果たして、許されるのか?有り得ない話だが、仮に、仮に徹頭徹尾『蘭』本人が、一個の人格として何かやらかしたなら、たぶんおっちゃんも諦めがついていたろう。そうではなく、『蘭』が『サキュバス』と融合しているから、あくまで『蘭』本人は、人格を巻き込まれた『被害者』でもあるから、判断はそれだけややこしい。言葉を濁しながらの問いかけでも、警部達はおっちゃんが言わんとすることを理解した、らしい。困惑しながら目配せを交わし、結果、……沈黙し考え込む目暮警部の一言を、佐藤刑事と高木刑事が待つ構図が出来上がる。「…………。いや、『この件に関しては』協力を頼む、毛利くん。遺体発見直後に死斑が出ていたというのなら、君もコナン君も犯人ではないのだろう。 ところでコナン君、今もミルクティーを買う分のお金は持っているのかな?」若干強引な話題の変え方だ。奇妙に感じつつ、それでも、ズボンのポケットに入れっぱなしだった500円玉を確認して、俺は答えた。「え? ……はい」「では、今から買って、7階の『本人』の病室に持って行ってあげなさい。この階はともかく、他の階の談話室なら立ち入りは出来るだろう。 佐藤君はコナン君に付き添ってあげてくれ」「? ……はい、分かりました」佐藤刑事も、指示には従ってはいるが、声色に困惑が隠せていない。~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~午前11時18分 東都警察病院 703号室『毛利 蘭』の病室にて。筆談での返事をねだられていた大人達、すなわち『蘭』の母親と、雇われた弁護士2人の、計3名の弁護士達は、迷いながら、……かなり迷いながら、ノートに文章を連ねていった。弁護士達にとって、どんな風に書くのかは相当悩ましい事なのだろう。『加害者』でもあり『被害者』でもある『自分』が、きのうからずっと魔術に目覚めていた、というのは、受け入れがたい事だ。おまけに全自動で発動状態のその魔術が、よりによって『近くに居る人の、直近の性行為の記憶を見抜く』ものだから、より一層悩ましい。幾度も目配せを交わし、書き手も交代したりしながら、弁護士達は文章を書き進めていく。そこまで文字数のある訳でもないというのに、筆談での文章が提示されるまで、結構な時間を費やした。~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~【敬語を話せないこと、魔術のこと、両方とも了解しました 悩み事を教えてくれて、本当にありがとう。ずっと、悩んでいたんですね まず先に、あなたの質問に答えますね。サキュバスの一連の事件は、率直に言って、大々的に報道されています ネットの掲示板に投稿された内容も、事件の経緯も、何もかも前代未聞なことばかりですから 大阪での坂田さんの件はもちろん、東京の沼淵さんの件も、そしてその後の、毛利さんの人格が巻き込まれた件も、どれもニュースになっています ただ、今のところは、毛利さんの情報については身元が分かる形での報道はされていないようです 東京在住の高校2年生の女子、とだけ、情報が流れています。本名は当然出ていませんし、御両親の職業も、住所も、伏せられています 今のところ、週刊誌にもインターネットにも、情報は漏れていない様子です 次に、発動しっ放しだという魔術について 私達にも分かるような証明が欲しいです。今見抜いている記憶の内容を、教えてくれませんか? 他の人の記憶を教えるのはプライバシーの問題があるけれど、今ここに居て了解している身内が相手なら、その問題はないでしょう 毛利 小五郎と、妃 英理の記憶を、教えて 妃 英理はここでこうやって承諾しているし、お父さんにも後で事情を話して了解を取るから】~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~午前11時33分 東都警察病院 703号室ノートを受け取り、弁護士3人分の筆跡が混じった文を読み通す。最後の3行、両親の記憶を見せるよう促す部分のみ、見覚えのある『蘭』の母親の字で、それより上の部分は雇われた弁護士2人の文章が混在している。意外性は皆無の内容だ。悩み事を明かした時点で、記憶が見通せることの証明を求められるのは分かっていた。その証明方法としては、見抜いた記憶の内容を明かす以外にすべが無い。他人ではなく身内の情報を判断の材料とするのは、書かれた通りプライバシーの観点から合理的である。『蘭』の両親は共にオトナ。性的なことに関しては品行方正な部類に入る、女子高生にとっては考えたくもない事柄ではあったものの。成人夫婦が自分達の意思と責任でやる事をやっていた、そんな事実は動かせない。妃弁護士の顔を、見る。問い掛ける意図を込めた『自分』の視線を受け止め、『蘭』の母親である彼女は、真剣な顔で頷いた。肝心の記憶は、『直近の性行為の記憶』は、きのう当の両親が病室に見舞いにきた時から見えていた。それを記すのにためらう理由は、思い浮かべる限り存在しない。~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~【私が見た記憶は、お母さんのマンションの部屋での記憶 日時は、先月の27日午後9時頃 この日は、蘭は2泊3日の部活の合宿の1泊目で、コナン君も友達とキャンプに行っていた日のはず。だから、お父さんはお母さんのところに行けたんだね お母さんのベッドの上で、2人は、蘭の空手の大会の成績を話題に出してた。それから大学時代の話も 色々やって、最後にお父さんがお母さんの学生時代の成績を馬鹿にするようなこと言って、お母さんが、お父さんの右のほっぺたをつねり上げた もっと細かい記憶は見えているんだけど、どっちが何をどうしてどんな風にしたのか、くわしく書いたほうが良いのかな? さすがに文字に起こすのは恥ずかしいんだけど あと、付け加えておくと お父さんの記憶と、お母さんの記憶には食い違いは無かった。今書いた、同じ日時の、同じ場所の記憶だった】~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~午前11時41分 東都警察病院 703号室『自分』が書いた面を下に向ける。内容を伏せた形で、妃弁護士にノートを渡した。ノートを渡された妃弁護士は、雇われた弁護士達に小さく会釈してから身体の向きを変えた。他の者に内容が見えない位置で文面に目を通して、……かなり深い溜息を、一度、吐く。数十秒の沈黙の末、彼女はページをめくり、下敷きを挟み直して、ボールペンをノートに走らせた。しばらくして書き上がった内容は、『自分』だけでなく他の弁護士達にも読めるように、『自分』達の輪の真ん中に提示される。~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~【今読ませてもらった情報は、確かに私の記憶の通り あなたの魔術のことは信じます。これ以上は、記憶の内容を書いてもらわなくても結構 これからは、魔術のことは真実だという前提で、話をしましょうか】※7月21日~8月3日初出 11月24日 第2部ー6~7を統合・大幅改稿しました 次の話は24日の20時代に投稿予定です 2015年3月15日 時系列上変な部分を修正しました