「それは、お前の愛する女か?」
いきなり何を訊いてくるのだろうか、この徒は。
愛?僕がヘカテーに愛?
確かに、助けたいとも力になりたいとも思う。
だが、その気持ちを『愛』か?
などと問われても掴み所のない感覚に襲われる。
そもそも自分はそういう感情を知らない(昔から男友達に「うそつけ!」と言われ続けてきた)。
だが、ヘカテーに対して相当に強い感情を抱いているのは確かだ。
だが、成り行き上、強い感情を持つなという方が無理な気もする。
「そういうのってはっきり『そうだ』ってわかるものじゃないだろ?」
『愛』だと断言する事も、否定する事も出来ない。
そういう気持ちがわからないのだから。
これが今の自分に言えるせいぜいの反論(自己弁護)だ。
「ヘタレが。己の愛すらわからんのか」
‥‥‥返す言葉もありません。
というか、何故こんな質問に答えさせられた挙げ句にヘタレ呼ばわりされねばならないのだろうか。
この徒の真意がまるで読めない。
「何であんたにそんな事言われなきゃならないんだよ!?」
その気持ちをそのまま言葉にする。
「『あんた』じゃない、"虹の翼"メリヒムだ。」
(‥‥人の話を訊けよ)
「愛すらわからんのに女を助けに行く、か。
何故だ?」
どうやらこのメリヒムというらしい徒は愛が最大の基準らしい。
「『愛』なんてよくわからないけど、それが助けない理由にはならない。
何よりほっとけないだろ!?」
もう行こう。
無駄話している時間は無い。
「坂井悠二だったか?子供」
「まだ何かあるのか?」
時間が惜しい。
「『これ』は貸しにしておくからな」
「へ?」
「行くぞ、坂井悠二」
マントをたなびかせて、剣士が立ち上がる。
「うふふ、ご気分はいかがですか?」
今ヘカテーは、巨大花の消滅と同時に発動した自在式に捕らえられ、ティリエルの蔦で十字架に磔にされたように捕まっている。
「あの花は『ピニオン』という"燐子"ですの、この『揺りかごの園(クレイドル・ガーデン)』の中で、その周囲の存在の力を私達に供給してくれますの。
今は、二、三十この『揺りかごの園』の中に仕掛けています。
もっとも、人間やトーチに偽装してある上、偽装が解ければ罠としての自在式も起動する。
壊したければどうぞいくらでも、出来るなら、の話ですが?」
(なるほど、そういう事ですか)
磔にされながらヘカテーは納得する。
この偽装とやら、確かに自分では見破れそうにない。
『花』となった後は罠として起動するなら、偽装してある内にたたくしかない(その罠を起動させた結果がこの有様だ)。
自分からべらべら秘密を話すのも納得だ。
ばれた所で偽装が見破られなければ問題はないのだから。
そして、見破れないという事は今の自分の姿が証明している。
(悠二なら、見破れるでしょうか)
"狩人"との戦いで、自分がまるで感じなかった『鍵の糸』を見抜いたあの少年なら、この偽装を見破れるかも知れないと考える。
だが、そこで思い出した少年の姿が、
さっきの自分の葛藤に重なる。
眼前の"愛染他"を自分に重ねた時に、その兄の位置に重なるのは‥‥
(‥‥悠‥‥二?)
しかし、ティリエルの声が、そこまで考えたヘカテーの思考を『戦い』に引き戻す。
「そろそろ、終わりにしましょうか」
「行くぞ、坂井悠二」
最初に見た時から、こいつの雰囲気に奇妙な懐かしさを感じてはいた。
情けない容姿と言動があまりにも懐かしさと噛み合わないので今まで気付かなかったが、
『ほっとけないだろ!?』
『主』と似ているのだ。
こいつの雰囲気が。
もちろん『主』と違う所など今ほんの少し接しただけで、はいて捨てるほどあるとは思うが、
こいつの根幹に、『主』と重なる部分を確かに感じる。
かつて、その優しさで徒達を、自分を惹き付けた。
自分の『主』と。
メリヒムはそんな印象を悠二から受けた。
そして、その印象は、彼に『気紛れ』を起こさせる理由としては十分だった。
「さっきの感じからして、お前の言う小さい気配とやらは、あっちの徒二人に力を供給する仕組みだろう。
お前の指示で俺がその仕掛けを潰して回る。
それでいいな?」
「‥‥‥‥‥」
「‥‥‥おい?」
「えっ、あっ、えっ?」
どうやら、話の移り変わりについてこれなかったらしい。
「話を聞いてたか?」
説明しなおす気もないが。
「あっ、ああ聞いてた。
手伝ってくれるのか?」
「単なる気紛れだ。
強いて言うなら、注がれた力に対してではなく、胸くそ悪い棺桶から出した方への礼だな」
どうやら話についてこれなかったというより、俺が手助けするという事が信じられなかったという風だ。
実に心外だ、やっぱり助けるのやめようか。
「仕掛けじゃなくて、"直接ヘカテーの所に"行こう」
いつの間にか頭を切り替えている。
小癪だ。
だがそれより内容が気になった。
「罠が張ってあるのを無視して助けに行くのか?
気持ちはかなりわかるが、今俺達は自由に動ける。
仕掛けを崩す勝機をむざむざ潰す気か?」
こいつは思ったよりも馬鹿なのだろうか?
「その事なら大丈夫」
そう言って振り向いた子供の顔は、
「僕に考えがある」
さっきまでとは別人に見えた。
「足止めよりも、見つける方が一苦労だな。」
"千変"シュドナイは、"愛染の兄妹"の護衛として、香港から日本へと渡る海上で自分を含めた三人を襲った徒を退け(殺すまで戦うメリットがない)、今日本に辿り着いていた。
シュドナイら三人を襲ったのは"海魔(クラーケン)"。
海洋上で人を喰らう徒の総称である。
海に囲まれた、そこにいる人間以外誰もいない天然の牢獄。
その環境を利用して、船などで海を渡る人間を封絶も張らずにまるごと喰らう徒である。
フレイムヘイズがいなければ何の対策も立てられず、逆にフレイムヘイズのいる船を通常"海魔"は襲わない。
その厄介さが逆に、フレイムヘイズ達の標的として強く狙われる理由となり、昔、"海魔"は集中的に討滅され、今ではほとんど残っていないと思われていたが。
『それ』が海上で、そしてよりにもよって"徒"であるシュドナイらを襲った。
シュドナイはその事を思い出し、眉をしかめる。
早々に逃がした"愛染兄妹"は知らないが、戦ったシュドナイにはわかる。
名も名乗らず、ただ自分に『喰らいついてきた』あの徒は、
通常に徒がその本質的に何を望むかは各々で異なる。
そして、言葉として聞きこそしなかったものの、あの徒の本質的な欲求は間違いなく"共食い"だ。
自分達を襲ったのもそれが理由である事は簡単に想像がついた。
生まれてこの方、自分に対して『食欲』など向けられた事は無い。
力自体は気配の振幅が激しく、掴みづらくてよくわからなかったが、『力以外の恐怖』を強く感じ、早々に逃げる事に決めた。
生理的嫌悪感が強かった。
そんな事を思い出しながら、小さな島国を歩くシュドナイは、
今戦っている依頼主との約束の場所に"気付けずに"、
その街を通り過ぎた。
(あとがき)
海魔自体は原作にもいますけどこの徒自体はオリジナルですね。
オリジナルキャラは初めてです。といってもセリフもないけど。
反響が恐ろしい。
原作で、悠二と『主』で根っこで似てる部分あると思うのは自分だけでしょうか?
このSSではそんな感じにしたいと思います。