戦闘は散発的に行われているが、それでも絶対的にこちらが優勢だ。
既に海賊共の数的有利は覆されている。旗艦による中央突破に端を発する火山噴火の如き攻撃で既に十隻打ち崩されていたのだから、その時点で大体同数にさせられていた。
更に言えば、レグニーツァ軍へと攻撃を集中させようと再編成している最中に、足止めしておいたルヴ-シュ軍が遂に果敢に戦いだしたのだから、海賊の焦りたるや察する。
「それを行ったのは、リョウなんだろうね」
「彼は何と言うかやはり英雄ですね……いや、私が言っているのは戦場における勘というものです」
「言いたいことは分かるよ。彼はどんなに困難でも戦うべきポイントを見誤っていない。海賊が強力な兵器を持っているならばそれをまず叩く」
えげつないものを最初に潰す。敵の強みをまず最初に叩く。何事でもそれが戦いの「軸」ならば、たとえどんなに困難でも目を逸らさずにそれを叩き潰す。
それがリョウ・サカガミが敵から恐れられ、味方からは英雄と称えられる所以なのだろう。
結果として、海賊は追いつめられている。既に四十前後の編成と化している。これはもはや戦力が半減したようなものだ。
だが―――――。
(再編成して、まだ戦う気か……)
敗走する構えでも見せるかと思えば、そんな気配は全くない。中央突破の陣形ではない。右翼十五隻、左翼十五隻。中央十隻前後の数の艦隊陣形を見ながら、どうしたものかと思う。
こちらも陣形を整えて海賊と真正面から相対している。ここまでの戦いで火砲は十門壊れてしまった。使いすぎが原因であると報告は受けており使えるものに火薬と砲弾と砲弾もどきを集中させても、残り十発が限度だとのこと。
「数的優位は、こちらにある……だが何でだ?」
パーヴェルは、隣接しているルヴ-シュ船団の長との合議に出ている。エリザヴェータは、数隻を率いて人質達を奪い返しに来ただろう五隻の船団を叩き潰している最中。
残りの軍団は、自分たちに従うようにと言って、彼女は自分たち連合軍の斜め後ろにて戦っている。
思考の坩堝に嵌っていて、平素ならば気付けたそれにその時だけは気付くのが少し遅れた。
怒号と喧騒の中でも何かが聞こえてきた。自分を愛称で呼ぶ声が―――、その声の方向は上からだった。振り仰ぐとそこには一人の男性が戸惑った様子の顔で――――落下していた。
あまりにも急なことで、どうにもこうにもならず間抜けな顔をしたままに彼を受け止めることとなったのだが、同時に彼も何とか受け身を取ろうとしたのだろうが、間の悪いことに、幼竜と女一人が彼に伸し掛かり結果として、自分はリョウに押し倒される格好となってしまった。
木板の甲板の丈夫さを実感しながらも、落ちてきた男性の意識の確認をする。
「リョウ大丈夫か……ひゃん!! ちょっ……ちょっと待っ―――」
「悪い。今退く―――」
その時になってようやく自分の手が掴んでいたものを認識したのか、至近距離の位置で彼の驚いた顔を見る。
「も、申し訳ないっていたいいたいたい! ちょっとティナ、エザンディスが俺の背中引っ掻いている!」
手の置きどころを変えようとした瞬間に、リョウの背中に乗っかっているヴァレンティナの竜具が丁度よく彼を制裁していたようだ。
しかし、それは反射的にもう一度彼に自分の―――胸を触らせる機会を与えたのだが、それでも立ち上がったリョウは、少し朦朧としているヴァレンティナを抱えながら自分に手を差し出してきた。
その手を掴みながら、最初に会った時の手だと思いつつも、この手が自分の胸を何回も揉んでいたのだと思うと何とも微妙な気持ちにさせられてから――――。
「君って結構助平だよね」
少しばかりイジワルを言いたくもなった。
「今のはどうしようもない事故だと思うんだけど……いや本当にごめん……」
怒りたいのに本格的に怒れない自分を認識する。これが惚れた弱みというやつなのだろうかとも思ってしまう。
「状況は?」
「海賊共も陣を整えている。散逸した敵船は分団で叩きのめしている」
その分団も五隻で二隻を叩きのめしているので、大勢は決している。にも関わらず―――何かがあるのか。
2ベルスタの距離を挟んで対峙しあう海賊とジスタート軍。海賊共の横っ腹にはヴァルタ大河があり、ここでジスタート水軍が出てきてくれれば戦闘は終了のはずだ。
「つまりは……まだ俺たちを倒すだけの秘策が黒髭海賊団にはあるということだ」
「火砲に新型投石器だけでないということかい?」
「でなければ逃げるしかないと思う」
そんなことを話していると、2ベルスタの距離を詰めようと海賊団が動いてきた。どちらにせよ―――やってくるならば、戦うだけだ。
「数はこっちが圧倒しているんだ。正面から受けて立つ」
サーシャが出した号令に従って、連合軍が動いていく。血で血を洗う戦い――――第二戦が始まる。
「煌炎の朧姫 Ⅲ」
前進を開始した連合軍―――、ティナの転移で飛ぶ前の場所であったルヴ-シュの戦姫の戦いの場を見てみると閃雷が迸って、五隻の海賊船の内の二隻が叩き潰された。
(あれがルヴ-シュの戦姫の持つ竜具の属性―――「雷」)
落雷が落ちた大木のように真っ二つにされた二隻の運命の後には三隻も怯んでしまう。威嚇としては最大の使い方だ。
なかなかに戦い慣れていると思うと同時に……何故、そこまで人質に拘ったのか、ふと気になる。
「情が深いのよエリザヴェータは、だから困難なことでも少数を切り捨てたくないのですよ」
「人間としては好感は持つが、為政者としてはどうなんだ?」
回復したティナがそんな風に言ってきて返すが、肩を竦めるのみ。突き詰めた話、人間の性分など立場で変わりはしないのだろう。
そんなことを話しながらも2ベルスタの距離が詰まっていき、遂にお互いにそれぞれの長距離兵器が当たるという射程に入っていきつつある。
1ベルスタ無い―――900アルシンに至ろうとした瞬間、中央の突出していた三隻が速くなった。
「風が吹いた? 潮流かな?」
指を舐めて風の動きを確認するサーシャを見てから自分は単眼鏡で、900アルシンまで倍率を上げて、その船の動きを注視する。
正面からでは上手くは見えない。メインマストの上。物見の場所へと赴いて、覗き込むと―――船首に縄が括り付けられていた。
その縄の括り付けられているものは水中にいる。水中―――水面に何かが浮かぶのではないかと見ていると、甲冑魚号の火砲が中央に噴かれた。
狙いは―――更に速度を上げた船の動きによって外された。
その時だ。何か海蛇を大きくしたようなものが見えたのは。既知ではないがその正体に閃きが走る。マトヴェイによってレグニーツァに着くまでに聞かされた海の伝説。
海に住まう竜のことを……。
「サーシャ! あの船、竜によって曳かれてる!!」
「えっ?」
下にいるサーシャの呆然とした言葉の後には、つんざくような音と共に一匹の蒼鱗の竜が身をくねらせるように出てきた。
風雲昇り竜を思わせる登場ではあるが、神聖さが無いと思いながら、更に早くなっていく。
「海竜(パダヴァ)!!」
声は驚愕へと変わって、代わりに砲弾の音が響く。水面に出てきた竜を狙ってのものだが、いかんせん射角が合わない。
「竜じゃない。船の方を狙い打て!!」
サーシャの命令に従い、火砲と大弩、投石器の長距離兵器が雨霰と三隻に吸い込まれていく―――かと思われた。
しかしながら高速で複雑に動く物体には、照準を合わせきれずにその大半が海へと落ちて行った。
そして敵船の船首全てに巨大な槍や金属の銛が突き出ているのを見て、最初から特攻攻撃をするつもりなのだと理解する。
針鼠のように、棘だらけの海賊船の船首が旗艦にやってこようとする寸前に一隻の船が前に躍り出た。
―――盾になるつもりだと察したサーシャが、退くように声を上げるが、聞かずに正面からぶつかり合う。
他二隻も中央の護衛船に突撃を繰り出して三隻が拘束状態になる。
「すぐに三隻に増援を出せ。海竜がいるかもしれないから気を付けろ」
「いや、どうやら海賊船に戻っていく」
単眼鏡を覗く限りでは、海竜三匹が八百アルシンの辺りで停止した船団に戻っていく。
「俺の予想が正しければ、この攻撃は波状となってくるんじゃないかな」
「だが、こんな特攻攻撃なんかで何が変わる。あの船に火薬などの燃焼物が大量にあったとしても無力化する手段なんていくらでもあるんだ」
確かに混戦になったとしても、こちらが数が多いのだ。別働隊を、海竜に構わず編成することも―――という思いは悲鳴の如き絶叫で霧散した。
「何だ?」
聞こえたのは正面の盾となった船からのものだ。どうにも剣呑すぎるそれを前にして、船首を足場に飛び移る。
船尾に辿り着くと怯えた表情をしているレグニーツァ軍の兵士の顔が、こちらに向けられる。
「何があった? 話せ」
「せ、戦姫様! 幽霊船です!! 悪霊の船が―――」
質問をしたのは、遅れてついてきたサーシャであり、要領を得ない回答を耳に入れつつも既にリョウは主戦場に眼を向けていた。
肌がひりつくような気配。久しく覚えていなかったそれは、「妖」の波動。いや、低級ながらもその手の「陰術」の匂いだ。
何かが叩き壊される音と共に、正体が分かる。船首から乗り込んできたそれは―――「屍」だった。
「死体が……動いている?」
サーシャの声を聞きながらも、リョウは走り出して、そのあらゆるところが既に死に体となっていた屍を切り捨てていた。
「胸糞悪いものを、まだ太陰は浮かんでいないんだぞ。なんで動ける」
刀の腐血を拭いながら、特攻船にいる屍兵の数を見る。数え切れなかった。
「リョウ、これは?」
「死体を兵士にする呪術といったところだ。目的は生者を亡者に変えて仲間を増やす。その為には、生前では出来なかった」
言葉が途中で途切れる。ぼろぼろの身体、骨すらも見えるそれでいながらも構わずに飛び掛かってきた。
通常の鍛えではあり得ない肉体の動き。上からの襲撃に対して、双剣と刀が閃き、死体の兵を返す。
「こんな超絶な動きすらもやってのけられるというわけだ。筋肉が通常以上に使えるんだから当然だ」
そして断裂を起こしたとしても、それはすぐさま「修復」される。まさに無限に死なない兵士だ。だが戦における最大の左道である。
「対策は?」
「一番には、徳の高い坊主の説法が有効なんだけど、ジスタートでは従軍司祭はいないんだろ」
「ヤーファではどうだか知らないけれど、ジスタートの神職の方々はそんなに「奇跡」を起こせないんだ」
「次善の策としては、銀製の武器で攻撃する。もしくは強烈な炎で火葬する」
その言葉を聞いていたのか後続の騎士団が伝令に戻っていく。恐らく右翼・左翼に突撃してきた船にも屍兵がいるのだろう。
「これは出し惜しみしている状況ではないのではリョウ」
自分の隣にて見上げながら言ってきたティナ。その表情はどこか面白がるかのようであり、秘密を知りあう関係ゆえのものであることは理解出来た。
だから反対隣のサーシャが不機嫌そうにしながらも応えて、御稜威を唱える。自分が正当の「弓」使いであるならば「祓い」の御稜威で一掃も出来たのだ。
「当然だ。プラーミャお前は転んだ死体や地に伏せた死体に炎を吹きかけてくれよ。サーシャ、お前の武器がこいつらには一番有効だ。刃の舞姫としての力。存分に見せつけてやれ」
必要なことを指示しながら、唱えた御稜威に従って一本の太刀が現れた。驚いた焔の戦姫に構わず、太陽にその剣を翳した。
「黄泉平坂より来たりし死霊たちよ! 高天原より来たりし戦神が振るいし、クサナギノツルギの輝きを恐れぬならばかかってこい!! 恐れ震えるならば死人は死人となりておとなしく帰るが良い!」
腹の底からの声。それに反応を示す屍兵、これ以上の被害を出さないためにも自分が囮となって引き付けなければならない。
奇声を上げてレグニーツァ騎士達を押しのけて自分に殺到する死体の兵士達を見ていても、リョウは怯んではいない。
(俺が万軍殺しの英雄などとタラードにまで言われた理由を存分に知ってからあの世で語れ!)
意思を込めて振るわれたクサナギノツルギが、緑色の軌跡を描くたびに死体は砂に還っていく。十人を斬り捨てるとすぐさま、五人の海賊(死体)が得物の長短バラバラながらも豪剣の勢いで振るってくる。
しかし振るう前に決着は着いていた。海賊の「斬打突」の前に、リョウは間合いを詰めて、得物の短い順から斬り捨てていた。
傍目には、真一文字に振るわれた剣戟程度にしか見えなかっただろうが、その実、細かな変化を付けて、相手の攻撃をすり抜けて打ち鳴らさずに殺したのだ。
(神流の剣客は絶対不敗、戦鬼―――「温羅」の敵であった妖魔にして「神」の一柱でもある存在に対抗するためにも作られた剣術なのだ)
再びそのような存在が現れた時のためにも、自分はこの剣術流派を修めてきたのだ。人の世にあってはならぬ力を始末するために。
次から次へと殺到する屍兵達を斬り捨てながらも動きは止めない。後ろに斬りかかってきた眼窩が窪んだのを「視ながら」斬り捨てようとした時に気配が消えた。
同時に自分の背後に現れた黒赤の衣服を身に纏った戦姫。彼女が目が無い死体を斬り捨てたのだ。
「手伝うよ。いくら君が万軍殺しの勇者だとしても手伝いは必要だろ?」
「嬉しいけれどもさ、その場合他に被害が出るんじゃないかな」
「ジスタートの兵士を舐めないでもらいたいね。倒し方さえ分かれば、後は実践するのみだ―――」
双剣を正面で交差させ、左右に振りぬいた。自分との練習の時にもやっていた技だが、威力は段違いだった。
死体一つを交叉斬撃で殺すと同時に、それが導火線の役割でも果たしたのか、火柱が数十本出来上がり、炎の範囲にいた死体達が火葬されていく。
灰と砂に還るそれを見てから、周りにも目を向けると確かに、自分の言ったことを正しく実践している。
松明を作り上げて、それで威嚇しながら、銀製の短剣で心臓を突き刺していく。一人では駄目だとしても二人、三人で組になり一匹の死体を確実に仕留めていく。
ティナはどうしているかといえば、身を低くして大鎌を円状に振るって死体の足を刈り取っていき、その円状の軌跡をなぞるようにプラーミャは、死体を炎上させていた。
「皆が戦っているんだ。君一人で何でも抱え込もうとしないで、僕―――私にもその重さを分けてほしいんだリョウ」
「ならば俺の背後は頼むよサーシャ」
「承知したよ。リョウ」
そうしてサーシャが自分の背後を守ってくれるという安心感を覚えながらも、彼女が炎ならば自分は風となりて、その浄化の炎を広げようと思い風の勾玉を柄尻に嵌め込む。
クサナギノツルギにとって一番相性がいいのはこの風の勾玉だ。乱風が一瞬巻き上がりながらも、それが刀身に纏わりつき風の刃となる。
踏み込みと同時に、屍兵の間合いの外から振るうと、生前に着ていた服が千切れてそこから破壊は始まり、最後には身体全てが砂へと変じていき風に攫われた。
「風蛇剣、こいつは問題児だ。主人が斬りたいときに斬れるのが名刀の意義だってのに」
こいつは一太刀浴びせると同時に、斬りつけたもの全てを塵芥へと変えてしまう。
「竜具に似た武器だとは思っていたが、風を操れるのか」
「使える属性は色々とあるが、今はこいつがいいだろうな」
先のことを考えると問題があるとはいえ、一太刀で済むことが出来る風が一番適している。
構えなおした剣を手にリョウとサーシャが前の屍兵達に斬りかかっていくと、それが号令であったかのように全ての兵士達が意気を上げて戦いを継続させていった。
・
・
・
「第二波を出せ。その後、立て続けに第三波をぶつけろ」
「―――フランシス船長、このままで勝てるんでしょうかい?」
「勝てる。今奴らは増え続ける死体の兵士達に手を煩わせているはずだ。そこに残った火砲船と油樽の投射でやつらを火炙りにしてやれ」
ここから見える限りでは船団全ては未知の恐怖に戦意を上げているが、それもそこまでだ。
戦姫は竜も殺せるそうだが、戦姫を抑え込むには無限に増える雑兵で疲労させることがいい。そうあの協力者である青年は言ってきた。
事実、竜を恐れて別働隊も動けないようだ。戦姫だけでなく多くの兵士達が疲労したところで、必殺の攻撃を食らわせる。
「……未確認の情報ですが、ジスタート軍には戦姫以外にもとんでもない戦士がいるということで、そいつが女共を救出しに来たという話ですが」
「アルフの船を落とした人間。誰であるか分かるか?」
フランシスもかつてはアスヴァ―ル王家に仕えていたが、エリオットとジャーメインの戦いに何も感じることが無く、国を捨てた。
王家に仕えていた頃、様々な英傑達の名を聞くことがあった。ジスタートと言えば七戦姫もそうだが、王家連理に連なる将器のもの「イルダー=クルーティス」も有名だ。
その他にも様々な将星のものたちがいる。そいつらがやってきたところで自分は勝てるだけの力があるはずだ。
だが、手下が言ってきた言葉に少しばかり背筋に氷柱が入れ込まれたかのような緊張感に晒される。
「………確認したのか?」
「未確認だと言いました。しかしながら、東方の剣を携えた剣士が、船から船に飛んで行くのを何人かが目撃しておりやす」
そして飛び乗っていった船が海賊船であった場合は、容赦なく沈められていった。味方の船であれば必ずや勝利をもたらしている。
大なり小なり尾鰭が付く戦士の逸話の中でも、その男だけは自分も見たことがある。エリオット王子の陣営にいたころの話だ。まだ少年と呼んでも差し支えないその戦士が一番槍となりて幾人もの戦士達を切り殺していた。
目が覚めるような蒼色の鎧、黒金色の縁取りが成されたそれが、真っ赤に染まるほどに少年は多くの兵士を切り殺していた。
タラードという将軍の指揮下において彼こそが最強の称号を得ており、一つの村を守るために襲い来る万もの海賊・兵士どもを斬り捨て、一人で守りきったなどという眉唾ながらも信じられる話もあった。
戦をするための鬼人。「戦鬼」という東方の化生の類をその剣士に見ていた。
「……命令変更だ。遅くてもいいから竜に第三波の死船も曳かせてぶつけろ、ぶつけるのは――――中央旗艦、金色と朱色の刃が交差した旗を掲げている船だ」
「承知しました」
あそこにあの竜殺しがいるという確証は無いが、あの騎士は総指揮官が危険に陥ると確実に守護をするために舞い戻るのだ。
事実、ジャーメイン配下の有力将軍を狙って、長弓部隊を差し向けたこともあったが、その闇より来る暗器のような武器から彼らを守ったのも、戦鬼だ。
「―――別働隊に備えて竜だけは手元に置いておく必要があるかもしれんな」
その考えはある意味では敗着の一手ではあったが、無理からぬ話だ。フランシスは読み間違えたわけではない。
ただ単に脅威に備えただけなのだから。ただその考えそのものが盤の対面にいる相手には敗着であっただけだ。
・
・
・
「陽炎(オルトレスク)」
姿が揺らめき、海に見える蜃気楼のようになったサーシャ。死人達がどのようにして自分たちを認識しているのかを確認するためであり、その上で、攻撃の為の算段であった。
死人達が戸惑う様子になるのを見ると、どうやら視覚で認識していたようだ。もしも熱量に対してだったならば、同時に発生させた人肌と同程度の火柱に反応するはずだったから。
「赤炎流星(フラムミーティオ)」
陽炎の壁の向こうから拳大の炎の弾を、放っていき、そうしながらも移動を開始していた。
リョウと視線が合う。こちらの意図を理解した剣士は、その神秘の剣を一度鞘に納めてから、柄を走ってきた自分の足元に差し出した。
「素は軽―――」
御稜威を掛けたらしく、自分が少しだけ軽くなる感じを覚えて、その柄に足を掛けると同時にリョウは、持ち上げて親指の弾きで剣を撃ちだした。
剣に込められた風に乗ってサーシャはマストよりも上まで飛んでいった。
視線はまだ空にある。自分がこんなことをした意図は、空にある多くの長距離兵器の投射物を炎の壁で防ぐ。だがバルグレンの炎をどれだけ伸長させたとしても、全ては防ぎきれまい。
しかし、それを助けてくれたのは下にいる東方よりの剣士だった。
クサナギノツルギから放たれた一陣の風が炎の壁をどこまでも広げていく、もはや天空を覆う炎の天幕は船団全てを保護するかのようになっていた。
火の粉が鳥の羽根のごとく落ちてくる。その火の粉は亡者に触れた途端に、どこまでも燃やしていく。そして亡者の軍団と戦う勇者達の剣には、炎の力を与えていく。
炎の天幕は鳥のような姿となりて、サーシャの双剣の炎の続く限りどこまでも戦士達の守護を司る。
「亡者の軍団と戦う勇者たちに加護あれ、神々が創りし世界を守る守護者達に万雷の喝采を―――」
御稜威ではない、しかし韻律を込めた言葉と腹から出した声でレグニーツァ軍およびルヴ-シュ軍の戦士達を鼓舞する。
一種の「神術」と化したそれは挫け掛けた士気を持ちなおさせて、全軍に元気を与えていく。
郷里では「鳳凰」「朱雀」とも呼ばれる霊鳥を作り出した「不死鳥(フェニックス)」の女性を抱きとめる。
上から落ちてきた彼女の様子を詳細に見る。ここまでかなり戦っており、何かしらの身体の変調があるのではないかと思って見ていたが、傍から見たらば誤解されそうだと思った。
そんな自分の内心を知ってか知らずか、サーシャはこちらの視線での問いかけに答えた。
「問題ないよ。大丈夫」
「そのようだ。少し熱があるように見えるのは……俺のせいかな?」
自意識過剰だろうかとも考えるが、一度だけ微笑んでからこちらの胸板を一撫でしたサーシャが甲板に降り立ち、戦姫としての顔を取り戻して命令を発した。
羽根のような火の粉が落ちる戦場において彼女の姿は神秘性を増している。その命令もまた何か厳かなものを持っていた。
「海賊共の無粋な攻撃は無効化した。上からの攻撃が無い今、亡者の群れを掃討しろ!」
命令に従って、屍兵の群れに炎の剣を叩きつけていく連合軍の奮戦を見ながら、この分ならば勝てるかと思った時に第二波、そして第三波の特攻が始まる。
見ると五隻ほどの塊が、中央に向かってくる。二隻ずつが右翼左翼に向かってくる。
「さてと―――生きてる人間がどの船にどれだけいるかだな。生きた死体ばかりを家臣にして何が国盗りだ」
そんなことをやろうとしていた輩―――桃の化生を知っているだけに、目の前の海賊船団の手口に嫌悪感を感じるしかない。
「どちらにせよ。やることに変わりはないよ。手を伸ばして叩き潰すだけだ」
「にしてもこの船が邪魔で甲冑魚号の火砲が使えませんね」
「申し訳ありません!!!」
もはや旗艦の邪魔にしかなっていない「亀甲号」の船長が半ば泣きながら、ヴァレンティナの容赦の無い言葉に答えた。
特攻を仕掛けてきた亡者の船に生けるものはいない。恐らく中央に突撃を仕掛けてくる五隻の船も殆どは死体だろう。
その時、亡者の戦闘に苦心しながらも、兵士達が後ろの旗艦から火砲を運び出してきた。
「やれやれ、苦労させられましたよ」
「言えば手伝ったのに」
「あれだけの剣舞をした身体で、この上に輜重部隊の手伝いなどさせては我らの沽券に係わります」
どこかから合流してきたのかマトヴェイとパーヴェル船長が、部下を率いて本来ならば岸壁につけるはずの頑丈な桟橋を使って火砲七門を亀甲号に持ってきた。
特攻船との距離は、残り六百アルシンといったところか。ここまで弓などが降り注いでいないのは、上にある炎の天幕だけではなくそういう行動にあれに乗っている乗員たちには出来ないのだろう。
一般的に亡者の兵というのは単純な行動しか出来ない。弓弦を引いて何かを飛ばすという行動よりも斬る。叩く。かみつく程度しか出来ないのはそれが肉体の直接的な行動に繋がっているからであり、弓射ちというのは二次的なものだからだ。
波に揺れる船体に苦心しつつも狙いを付けていく殆ど真正面からやってくる船団相手に七つの火砲が順序良く吹かれる。
最初に沈んだのは亀甲号の衝角に半壊していた最初の死霊船だった。盛大に爆散するところから油もあったのだろうが、亀甲号の船体には異常はない。
揺らめく火炎の向こうに新たな死霊船を見つけた砲撃手の一撃が相手方の船首を叩き折りながらも内部に砲弾を叩き込んだ。
それでは必殺とはならなかったのか、三発目が吹かれた。これまた必中し、竜骨が叩き折られたのか、真っ二つになって沈んでいく。
しかし竜はそれで少しの重みを無くしたのか速度を上げてこちらにちかづいてくる。残り四百五十アルシンに迫ったところで、四、五と吹かれる砲弾。
黒煙を上げて、砕け落ちる砲一つを見て限界を超えた一撃の結果を見届けるが、マストが砕けるのみだった。しかし後を次いだ攻撃が舷側に盛大な穴をあけて、そこから浸水するのみ。
「残り一隻ぐらい沈めてみせろ!!!」
命令に答えて慎重に照準を定めて、発射までの間隔とを考えながら砲撃手は、三百アルシンに至った時に、放たれた。
「撃てぇ!!」
言葉と共に二発の鉄の弾は一隻を確実にしとめてみせた。そして爆散しても残る三隻の死霊船を引っ張る海竜の姿が見えてきた。
「これでもはや打てる火砲はありません。残る敵を倒すは――――」
「己の血と鉄―――そして己の意思を武器に載せて戦うのみだ」
砲撃手のやり遂げた感のある言葉を引き継いだサーシャの言葉に全員が得物を構えなおす。それと同時にルヴ-シュの細身のガレー船もこちらに向かってきた。
どうやら人質の護衛と奪還船の大半は駆逐しおえたようだ。
「海賊と海竜を滅ぼし―――、我らが海を守るんだ!!」
その言葉と薙ぎ払った双剣の軌跡に全員が意気を上げて、怒号を響かせて亡者の船を睨みつける。
三隻の船は沈んだ船の残骸などお構いなく、こちらに体当たりを仕掛けてきた。右翼左翼にも同じく死霊船が叩き付けられながらも、目の前の敵だけに集中する。
前左右を亡者の群れに囲まれながらも後ろに退くことなど考えてはいない。
骨だけの亡者の兵士、肉と骨の半々の腐乱死体、殆ど生者と変わらずも生きてはいない乱雑な亡者の群れたちが飛び掛かってきた。
炎の花弁が舞う中、戦場の雄々しき踊り手達は己の武骨な踊りを華麗な踊りを用いて、亡者をあるべき場所に還していく。
その姿は、やっとのことで残敵を掃討し終えたエリザヴェータの眼にも入り込んできた。ルヴ-シュ軍の配置に入り込む前に中央を見ると一隻の船の甲板において、アレクサンドラとヴァレンティナの姿を確認する。
炎の軌跡を双剣で刻み付け亡者を殺して、残像の軌跡だけをそこに後ろに回り込んだ大鎌が首を跳ね飛ばす。
戦姫二人の戦いは予想通りでありながらも、予想外だった。どっちも病弱という話であったが、そんな話は嘘だと言わんばかりに戦姫としての役目を果たしている。
そしてそれ以上に予想外であり、予想を超えた存在の姿を見た。
西方で使われている剣とは違う得物を振るう剣士。遠くから見てもその技法が、周りより頭一つ追い抜いていることが分かる。
例えば――――三体の亡者の死体が前にいる。立ち位置も一列というわけではない。しかし、それが一刀の下に斬り伏せられる。
三体同時にだ。走りながらの斬撃。しかし接近する剣士に対して得物を突きだした時点でほぼ一列となってそこで、真一文字に剣の軌跡が描かれた。
武器の威力もそうだが、それ以前にそのような誘いを掛けて亡者の意気を釣っていたのだ。
かつてイルダーに武芸を教えられていなければ、エリザヴェータには、それが分からなかっただろう。それぐらい見事、コロシアムであれば拍手喝采を送りたくなるほど。
亡者の三体を斬り捨てた剣士―――リョウ・サカガミは、そのままの勢いで、戦斧を振り下ろしてきた相手に斬りかかる。
戦斧と刀がぶつかろうかという軌道だが―――その軌道が変化をした、いや加速をして亡者の肘を叩き打つ。足さばきを早めて剣速を上げたのだ。
(エレオノーラと同等……? もしかしたらば――――)
それ以上かという思いで見ていると亡者の手から離れた戦斧に構わず、返す―――「カタナ」で胸郭を斬る。
既に還った亡者。しかし斧だけは現世に留まり、それを足元で蹴り集まりつつあった亡者の足元にやると意識がそちらに向いた。
その時には、背中に担ぐように構えて弓で狙いを付けるかのように指で何かを測った後に一回転するかのような斬撃が周囲の亡者を斬った。
「―――状況はどうなっているのですか?」
「はい。現在ルヴ-シュ軍にも―――亡者の軍勢がやってきていますが、この火の粉によって我らは亡者と戦えております」
「優勢なんですか?」
「少なくとも絶望的な戦いを演じているわけではありませんな」
副官であるナウムに各船団の状況を教えてもらうと同時に、あの中央の戦場が一番の激戦だという確証を持つ。しかし海竜がいるという本隊を強襲するということも出来る。
海竜三体を倒すのに、少なくとも竜技三発は必要だろう。幾ら病身がそれなりに回復したとはいえ、サーシャをこれ以上消耗させるのは不味いだろう。
「戦姫様、何を考えていらっしゃいますかは、恐れながら察せられますが、亡者の相手を彼らに任せて我らは本隊を叩かねば片手落ちになる可能性もあります」
「つまり私に必死で戦っている戦士を見捨てて、戦果の横取りをしろと?」
「有体に言えば、亡者の軍団は恐らく控えているでしょうし、まだ生きている人間による船を叩く方が我々の使命でしょう」
確かにあれだけ色々と約定に難癖をつけて、しかも実際は自分たちが主力を務めたわけでもないのだ。
海賊船残り三十隻近くを撃滅する。
「竜に対する対処はありますか?」
「海賊船から奪った火砲と投石器、それらを用いれば何とかなるかと、時間稼ぎ程度ですが」
「―――分かりました。ではルヴ-シュ船団をレグニーツァ軍から引き離します。その上で本隊を叩きます」
これもまた失敗したならば、自分は無能という誹りを受けるだろう。けれども構わない。兵士さえ生きていてくれれば、ルヴ-シュ軍はどうともなる。
いざとなれば竜技の連発使用も辞さない。その結果、自分が死んだとしても――――。エリザヴェータ・フォミナの決意は、一方的に対抗意識を燃やしている剣士にとっては、馬鹿と罵ってやりたくなるほどに的外れなものだった。
・
・
・
・
「ルヴ-シュ軍、本隊に向けて走っていきます」
「戦場から逃げ出したわけじゃないんだ。彼らに本隊を任せろ!」
伝令の言葉を受けながらサーシャは、亡者の首を跳ね飛ばす。しかしながらどれだけ亡者の軍勢を組織してきたのか少しばかり嫌気が差してくる。
(死んでも尚、安息を与えさせない。こんな人の道を外れた行いが許されていいものか……)
奥歯を知らずに噛みしめる。嫌気が差してくるのは、それ以上に死者を冒涜するような真似を平然としてくるからだ。
遠くの国ではこんなことが許されているのかもしれないが、少なくともジスタートもといアレクサンドラ・アルシャーヴィンの価値観からすれば断じて許せない悪行であった。
死を身近に感じてきた人生だった。そうだからこそ、どんなものであれ死んでしまえば、その後は安らげるものだと思いたかった。
例え苦痛を一身に感じながらの死であったとしても、誰にも死んだあとまで己のことを利用されるなど堪ったものではない。
サーシャのそんな内心の激情に反応したのかバルグレンが赤と黄の炎の勢いを上げる。それと同時に―――、ルヴ-シュ本隊を避ける形で、三隻ほどの死霊船が竜に曳かれてやってくる。
「まだ来るというのか……! やつらはティル・ナ・ファとでも契約を結んだのか!?」
邪教の徒―――という考えが、さすがのレグニーツァ軍にも絶望を与えつつある。必死に放たれた弩や弓が死霊の船に吸い込まれていくが、生きている人間がいないので、あまり効果は無い。
「戦姫様、亀甲号は終わりです。後方の旗艦へとお下がりを」
「駄目だ。このままじゃ亡者の群れにみんなやられてしまう。ここで退けば後は押し込まれるだけなんだ」
もはや亀甲号には衝角による沈没を待つのみだ。如何に亡者だけとはいえ船体の体当たりを何発も食らって無事なわけが無かった。
そしてやってくる死霊の船は三隻。体当たりはかませないだろうが、後ろからの追突で、亀甲号は沈没するだろう。そしてその後は、空いたスペースを利用して亡者達は右翼・中央のレグニーツァの兵士達に襲いかかる。
言うなれば亀甲号はこれまで、蛮夷の侵入を防いでいた砦の役目を果たしていたのだ。如何に、様々な要素があったとしても被害は拡大する。
「船員及び傷病兵達は後ろに下がらせているね。それをしつつ順次、みんなも下がってくれ。殿は僕が務める」
「それはなりません。総指揮官が下がらないなどこの後の指揮をどうするのですか? 身を大事にしてください」
「分かっている。けれども僕の代わりはいずれ現れてもみんなの代わりはいないいたっ!!」
「失礼、正直聞いていてあまり気分が良くなかったので「でこピン」一つさせてもらった」
そんな自分の言葉を最後まで言わせてもらえなかったのは、傭兵でありながらも一角の傑物として知られる男だ。
悶絶してしまうぐらいの痛みに先程までの自分の決意も砕かれたような気すら起きてしまう。
「サカガミ殿、いくら卿が戦姫様のご友人とはいえ少し砕けすぎではないか?」
「こんな時に鼎の軽重を気にしてられるか、サーシャお前は自分の「私的」な考えでみんなを戦わせたくないとか考えているだろ。お前は―――多分、必殺の竜技で亡者の軍勢全てを焼き払おうとしていたんじゃないのか?」
「何で分かったんだ!?」
血相を変えた騎士の一人に瓢と答えながら、自分には真剣な声色で問うてくるリョウに驚きしかない。
「というわけでいざとなれば俺が責任を持ってこのお嬢さんを姫抱きで後方に連れて行くからお前たちは下がれ」
「殿をあなたも務めるのか?」
「それならば少しは安心できるだろ? ほらさっさと動け。今は小康状態だがすぐに戦闘なんだからな」
こちらの言葉を完全に信用したわけではないだろうが、サーシャが折れず、真っ先に退いてはくれないと分かっていただけに、全員が命令に従う。
従わないのはオルミュッツの戦神鎧を着こんだ精鋭十数名と、マトヴェイなどの有志たちだ。ティナとプラーミャは言わずもがなでここにいる。
「一番無謀な選択をしたんだぞ君たちは、分かっているのか?」
「無謀な選択結構。己の意思で選択出来ないのならば、無茶だと分かっていても困難な道を選ぶ」
暴虐の海賊達を退けるために村一つを捨てるなどという選択を強要されるぐらいならば、己で精一杯やってから諦めるのみだ。
万の軍に勝てないことが問題なのではない。万の軍に勝とうと思わないことが問題なのだ。
それは確かに無謀な選択かもしれない。けれども意思を示さなければ再び蹂躙されるさだめは変えられない。
「どんなに弱い生き物でも生きようとする意志が、強い生き物を怯ませる。そう俺は師匠から教えられた」
―――恐れを持つことは必要だ。だが恐れから逃げていては、ナニモノにも勝てない。
師であった男性の言葉を胸中で繰り返して、「九字」を唱える。
「お前が単純にあの亡者を敵と見れなくなるのは分かっていた。だが、それでも己の事を省みない戦いだけはしてくれるな」
「……何でリョウはそこまで言ってくれるんだ?」
「俺としては女の子にはどんな苦難に陥っても生きていてほしいんだ。自己犠牲を持ってほしくない」
特にサーシャは見ていると自分の母親を想起させる。だからこそ死んでほしくない。
そんな想いで言った言葉に対してサーシャは一度だけ顔を伏せてから、前を向いた。
「分かったよ。もう四の五の言わない。君が僕を助けたいならばその手を僕は掴む。死神の鎌が無慈悲に振り下ろされるならば、それを受け入れる。僕の無謀な選択に君達を巻き込むよ。それでいいんだね?」
先程とは違い少しだけ意気を取り戻したサーシャの宣言に全員が承諾を返す。
「ならば全員でやるべきことを伝える。まずはこの亀甲号に全ての亡者を曳きつける。そのままの状態で僕が竜具で巨大な炎を焚くことで亡者を一掃する。その前に――――こういうことを皆でやってくれ」
「やはり戦姫様が最後になりますか……?」
「すまない。大きな火種を点けるにはやはり僕が最後になるしかない。けれど―――僕を抱きかかえて安全な所まで連れてってくれるんだろ?」
「望みとあらば月まで送り届けてやってもいいぐらいだ……って、この辺には「輝夜」の逸話は無いんだったな」
微笑を浮かべた挑戦的な言葉に返した際のセリフがヤーファでしか通じないものだと気付いて失敗した感を覚える。
「生きる希望が湧いたよ。ヤーファのお伽噺、聞かせてもらうまで死ねないな」
言葉を最後に、伝えられた指示を全員が実行していく。亀甲号の油樽何本もを見つけた全員がそれにロープや要らない布きれを浸していく。
油で手が汚れながらも、構わずに十分に浸した後には、それに銛や大釣針などを結んでいく。リョウもまた一本のロープに熊手取り付けてからもう一本かなり長めのロープを油に浸す。
敵船が既に二百アルシンまで迫っている。しかしそれはそれで好機だ。
「急げ!!!」
騎士隊長の言葉に全員が用意したものを構えて投げるタイミングを測る。
リョウもまた亀甲号のメインマストの中ほどにに長ロープをしっかり巻きつけてから、柏手を叩き鷹を呼び出して、やるべきことを伝える。
長ロープの片方を加えて何処へと飛び去っていく。
そうして二百チェートまで迫ってきた時点で振りかぶって回していた引っ掻け道具を――――。
「放て!!!」
敵船に放った。船縁や甲板に突き立つそれらはしっかりとした張力を与えつつこちらとあちらを紐で繋げる。
亀甲号の左右に進出しつつあった二隻に凡そそれぞれ二十本近くのロープが掛かった。
全て油が滴っており、接近すれば弛んだロープが更に敵船の甲板を濡らすだろう。
そしてリョウの放った鷹は、亀甲号に追突してきた船のさらに後ろに突撃してきた敵船のメインマストにロープを巻きつけた。
器用なことをさせながら、全ては揃った。後は――――どれだけ大きな火種が出来てとどれだけ多くの死霊を呼び寄せられるかということだ。
「では始めるよ。突火槍列(プラムオーク)」
確認した戦姫は亀甲号のメインマストの周囲で多くの火柱を出現させた。それをきっかけにしたのか何なのか死霊達は、生きた人間がいる沈みゆく船に飛び掛かってきた。
「邪魔は!!」「させない!!」
リョウの剣とヴァレンティナの大鎌が、両舷から乗り込もうとしていた死者達を海洋に葬る。
しかし数は圧倒的であり、切り払えなかった箇所から死者達が乗り込んでくる。もはや天幕と化していた炎は無く自力による戦いのみが、この死者達を葬る手段だ。
精鋭二十数名は流石に、単騎でも死者と渡り合えている。その動きも一般兵士とは隔絶しているものがある。
戦神トリグラフの名に恥じぬものだ。ゆえに――――。
「サカガミ殿、オステローデの戦姫様、あなた方はアレクサンドラ様への最後の壁、近衛として付いていてくれ」
「でなければ我らがいる意味を疑われかねない」
「同感だな」
絶望的な状況でいながらも誰もが苦悩をにじませてはいない。まるで本懐だとでも言いたげな表情で笑い合っている。
この場で死ぬことは恥ではなく「誉れ」だ。亡者の軍団と戦う姫君の盾として死ぬことは騎士として英雄譚に焦がれるものとして戦わせろ。
そういう意識を感じさせる。リョウ個人としては出来うるだけ死人を出したくないのだが、それでも男の意地を張らせろという意気を挫くことも出来ない。
何より状況は両舷だけでなく前方からも死者はやってくるのだ。サーシャの舞が終わるまではここを死守せねばならない。
三十人ほどの死者の群れが殺到してくる。最初の特攻船にいたのも含まれているのか、それは分からないが、それでも刃向うならば斬り捨てる。
(目を曳き付ける)
サーシャの邪魔だけはさせない。走りながら殺到する死者の群れとぶつかる前に、リョウは飛び上がっていた。
飛翔―――。そんな言葉が似合うぐらいにその姿は宙を歩んでいた。死者達の後ろにまで飛んだ時点で鞘から剣を抜き払い、滞空しながら五人の延髄を斬りおとす。
回るようにして剣劇が、鮮やかに放たれてその回転力を利用しながら返す刀で、一人の首を刎ねた。
その時点で、ようやく宙から地へと足を着けるが、その時点ですら死者はこちらにやってくる。いや、もはやサーシャの方には目が向いていない。
引き寄せるという策は功を奏した。そしてこのまま包囲されるのは不味い。死者には同士討ちを考えるだけの気遣いなど無いのだから。
前方の敵を袈裟切りにして消滅させると同時に、回るような剣戟が後ろから迫ってきた相手の首を刎ねる。
「疾ッ!!」
呼気が、剣戟の音と同調する。平突きのそれは甲板を踏み抜くほどの踏込と共に放たれて死者の群れを吹き飛ばす。
その平突きを行った得物は、サーシャからもらった数打であり、死者の心臓を止めると共に、真っ二つに割れた。
(さらば)
一時だけの持ち主であったが、それでも別れを告げると同時に、鬼哭を抜き払う。
どこから打ち掛かられても斬りかかる姿勢を見せつつ、再び剣戟を放つ。一撃ごとに死者を殺していく。
どんな角度からも放たれる攻撃はさしもの死者でも難儀する。神流の剣客は、太刀の変化を要訣とした剣戟を放つ。
それは、「三速」を極める過程で習うものであり、それが出来なければ死ぬだけだ。
サーシャに殺到させなければいいのだ。俺が一番の強敵だと認識しろ。そう念じながら、攻撃を放つ。
そうしている内に、メインマストが燃え上がり巨大な炎の尖塔を作り上げる。
「今だ。全軍退却しろ」
声に従い死者との戦いを切り上げつつ、後退する。しかし背中は見せられない。こちらも戦闘を切り上げつつ、サーシャの側に寄るととんでもない熱気が伝わる。
「後は僕の竜技で最後の着火となる。それまでたの―――――――――」
油まみれのロープを伝い、炎がそれぞれの船に燃え移りながらも最大火炎を放つと言うサーシャの言葉が途切れた。
様子がおかしいと思うと同時に、彼女は胸の辺りを押さえていた。
瞬間、自分たちの「仲間」を感じたのか、それともただ単に「好機」と見たのかは分からないが、死者達の殺到が早まった。
押し込まれると感じて「風蛇剣」の斬撃を伸ばす。扇状の軌跡が拡大されて、安全圏が元の形になる。
しかし文字通り死体が死体を踏み越えてやってくるのだ。その安全圏が脅かされるのは即だ。
「まいったね。こんな時に……」
「下がれ。作戦は失敗だ」
短い進言に、彼女は顔を上げて苦笑で以て答える。
「駄目だよ。それだけは出来ない……押し込まれたら、皆が死んでしまう」
そうとは限らない。という言葉を吐くことは問題ない。しかしながら、この状態のサーシャを目にしてレグニーツァ軍が平静で戦えるだろうか。
そんな疑問が首をもたげながら、構えと警戒は解かないで前方を睨みつける。
「プラーミャの炎でならば」
「違うんだよヴァレンティナ。そうじゃないんだ。―――これは僕の誇りを賭けた戦いだ。邪魔しないでほしい」
同輩の意見を退けてサーシャは答える。
「僕は死ってものは、どんな人間にも訪れて然るべきものだと考えている。その人間の行状ってものを考えれば安らかなものとも考えたくないときもあるさ」
一回だけ言葉を切ってから彼女は言葉を吐き出す。その言葉の一言ごとに何かが鳴り響いている。サーシャの言葉を耳にしながらも遠くでそんな音が聞こえているように感じるのだ。
「けれども人間の善悪に関わらず。死ねば体一つ、魂一つのものが天上や冥府に赴く。だから――――その摂理を無視してこのような人間の尊厳を踏みにじるような外道の所業を許しておけないんだよ」
それこそが死を身近に感じながらも懸命に生きてきた戦姫、いや一人の乙女の儚い願いなのだとリョウが理解した時に――――朱色に光り輝く勾玉が懐から飛び出した。
輝きは殺到しようとしていた死者達を慄かせるに足るものであった。破邪の武器―――クサナギノツルギに自動的に、焔の勾玉が嵌め込まれた。
「これは……!」
「発動条件は……そういうことか!」
驚愕するサーシャとは対照的に、リョウにはこの武器が竜具と反応する条件を理解した。
しかし今回はヴァレンティナとの時とは少し違っていた。クサナギノツルギが焔を纏った二刀へと変化して、サーシャのバルグレンと対になり、そこから溢れ出した炎がサーシャが持っていた四魂のルビーと反応した。
四魂のルビーは、彼女の両手首、両足首に宝環となって装着された。そして彼女の顔色が健康なものへと変化を果たす。
「あら? プラーミャ?」
ヴァレンティナの少し驚くような声を聞きながらもサーシャとリョウの頭の中に響く声。
そして――――やれることが伝わる。頭に響く指示こそがこの窮地を脱する最後の手段だ。
サーシャとリョウ。お互いに交叉させていた双剣を勢いよく解き放つと、熱風が周囲に広がり亡者の群れにたたらを踏ませた。
そして、左右から円を描くように、丁度メインマストを軸として動いていく「時計針」のごとくリョウとサーシャは、双剣を絢爛豪華な舞扇の如く振るっていく。
亡者とて何もしていないわけではない。しかし彼らが動く度に、炎の壁が円形に放射状に広がっていく。攻撃と防御を兼ね備えた炎壁であり円壁の内部にて落葉の如く火の粉が舞い散る。
左右から丁度一周して元の位置に戻ると、安全圏であった場所は船の甲板殆どとなっていた。
しかし、もはや立ち位置は関係ない。炎の落葉の中でリョウからまず先に動いた。双剣の重ねから一振りの剣に戻すと同時に、天へと突き刺さんばかりに掲げる。
そしてサーシャもまた双剣を一振りの剣にして、天に掲げた。剣は巨大な炎の柱となり、天で混ざり合い一つの巨大な炎の珠を作り出して、リョウとサーシャの狭間に落ちる。
『火之夜藝速男神=火之炫毘古神』
お互いに神々の名前を詠みあげると同時に、その炎の珠に向けて剣を振り下ろした。
『終曲―――火之迦具土神』
炎の珠から巨大な光があふれ出る。その光は、熱であり火炎の放射でもあった。ロープを伝って極大の火炎が敵船に燃え広がり、降り注ぐ炎の弾が敵船を砕きながら焼いていく。
死者の全てはその炎に焼かれて、本当の意味で死んでいき解放されていく彼らの姿は全ての船から飛び立つ炎の鳥から察することが出来る。
瞬間、サーシャの思惑。全ての敵船を「延焼」させる以上の効果「誘爆」。爆散して沈んでいく敵船と――――今、現在の足場としている亀甲号。
本来ならば、この技は陸の上で放ち、絶対安全圏を作った上で、巨大な火炎で敵を焼き殺していく技なのだろう。
術者の周囲の敵諸共だが、足場の固さに対して技の威力が過ぎた。ティナの時と同じく昂揚していた精神状態から解放されると同時に、不味いという思いで、御稜威を唱えようとした時に、何かに襟を掴まれる感触。
同じくサーシャは、何かに巻きつかれて、捕えられていた。敵かと思ったが、その時には逡巡する間もなく彼らはどこかへと連れて行かれ――――その数秒後に亀甲号は二つに割れて沈んでいった。
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「オルガちゃんは、何か食べられないものとかありますか?」
「いえ、お構いなく。特に好き嫌いは無いですし、スープ一杯、パン一切れでも――――」
「そうですか。では腕によりをかけて作らせていただきます。ティグル様、お客様とご一緒に少々お待ちを」
ツインテールのメイドはこちらの言を聞いてか聞かずか、一礼をして食堂から出て行った。
「すみません。ご迷惑をおかけして……」
「気にしないでくれ。この館には客が来ることなんてそんなに無いんだ。ティッタもアルサスの名誉の為に料理の腕を振るうことが出来て嬉しいんだろ」
こちらの恐縮した態度を解すように、微笑を浮かべながらそんな軽口を叩く。
着席した自分の椅子の体面にいる赤毛の若者。自分より二つか三つは上だろう男性。名をティグルヴルムド・ヴォルンと言いアルサスという領地を治める貴族と名乗った。
「ティッタも言っていたが果物でも食べながら繋いでいてくれ。こちらとしてもお客人にそこまで恐縮されっぱなしでは―――つまみ食いが出来ない」
「それではいただきます……」
手本をするかのように皿のリンゴに手を伸ばしてこすってから食べるティグルに倣うように、こちらは葡萄を食べた。
一房食べ終わると同時に、ティグル(ここに来るまでに略称しか呼べなかった)もまたリンゴを芯だけ残して食べ終わった。
「ティグルは、何故私があんなことをしていたのか気にならないのか?」
「あんなことって山で原始の民のような生き方をしていたことか?」
「……そこはかとなくバカにされてる気がする」
「すまない。けれどまさか交通税を払いたくないとかいう理由で、山道を越境しようなんて少し考えが足りないじゃないか」
確かに、そういわれればその通りだ。しかしオルガとしてもその理由はあったのだ。ここアルサスと隣り合うジスタートの公国ライトメリッツは、自分としても足を向けるのもおこがましかったからだ。
有体に言えば、会わせる顔が無いのだ。だからこんな無茶な密入国のようなことをした。
「仮に、私がジスタートが放った「草」だったらどうなのだ。ジスタートと国境を接しているアルサスの内情を調べるためにそんなことをしていたかもしれない」
「だとしたらば俺はそのジスタートの「密偵(スカウト)」の実力と頭を疑うよ。この国においてアルサスという領地は辺境だ。中央の実情や内情を探るならばともかく、このアルサスから何かが得られることはない」
言いながらティグルは少しだけ悲しくなってきた。仮に目の前の童女がジスタートが放った「草」だとしたならば、それで自分はジスタートおそるるに足らずなどと中央に進言出来るかもしれないが、それすらもブリューヌを油断させるジスタートの策略かもしれない。
穿った見方、疑った見方をしていけば、きりがない。それならば、最初から自分の持ち物を少なくしていればいい。自分にとってはアルサスですら大きすぎる領地なのだ。
他の人々がどうだかは分からないが、ティグルとしては平穏な生活が続いていけばそれでいい。父の友人であるマスハスならば嘆くかもしれないが、それがティグルの価値観なのだから仕方ないのだ。
「ティグルには野心が無いのか……?」
「王権に近くなることを少しは求めていた。けれど遠すぎる。ここから―――ニースは」
「……ごめんなさい。変な事を言ってしまって。私は確かにジスタートの近くの生まれだ。こんなことをしているのは―――武者修行と見聞を広げるためなの」
相手の真実を引き出すために自分も胸襟を広げる必要があった。その為の本音での告白だったが、どうやらうまくいった。
「私もティグルと同じく責任ある立場だった。けれど私は、少しだけその責任が重すぎて、こうしている」
「そうか……」
オルガの話を聞いたその時点で、ティグルとしてはジスタートの貴族の子女なり騎士階級の姫という程度の認識でしかなかった。
持っている武器が外連味たっぷりな斧であったとはいえ、まさか音に聞こえしジスタートの七戦姫の内の一人であるなどとは夢にも思わなかった。
オルガもそこまで言えば流石のティグルも警戒してしまうかもしれないと思って、あえて言葉は伏せた。
何故、そうしたのかは明確には出来ない。しかし自分と同じく若い身でそういった責任を何とかこなしている彼をもう少し見ていたいと思った。
「私がブリューヌに来たのは、ある占いを受けたから」
「占い?」
少しばかり奇妙なとはいえ、ちょっとだけ興味を惹かれる単語であった。マスハスもまた忘れたい思い出だとか言いながらもそういうものに凝っていたそうだが、彼女が語る内容は、どうにも「本物」を思わせてならない。
「オルガは、その占い師が語る「光」とやらを見つけるためにここまで?」
「うん。けれどもう見つけた」
首肯して目を輝かせながらこちらを見てくるオルガに、ティグルの表情は苦虫をかみつぶしたように変化をする。
「まさかと思うが、それは俺とか言わないよな?」
「間違いない。ティグルこそが私の悩みに回答をもたらして、更に私を導いてくれる光」
少しばかり鼻息荒くなっているオルガをどう宥めたものかと思う。だが追い返すのも悪い気もするし、何よりこのままいけば門前で首を縦に振るまで待っていそうな気すらある。
「私を―――配下に加えてください。護衛だろうが暗殺だろうが何でもします」
「いや俺の領地では将を募集はしていないんだ。それに戦争とかそういったことも殆ど無い」
しかしながら、中央に近くないティグルの耳にもある二大貴族が王権を狙おうと様々な後ろ暗いことをしていると入ってきている。
この二大と王権の三つ巴の戦いになる可能性を考えて、その際にアルサスがどういう立場になるか分からないのだ。
というティグルの真面目な考えとは裏腹にオルガは更に言葉を募って―――――。
「ならば、わ、私はまだ初潮を迎えたばかりだが、その……よ、夜伽の相手も務めさせてもらうから――――」
「そんなのダメに決まってるでしょうがっ!!!」
思わず吹き出してしまいそうになるぐらいに絶妙のタイミングで、ティッタが現れた。
片手にスープ皿を持ちながら、怒りの表情で轟音を上げながら扉を開けたのだ。
「ティッタ! いやその……これはだな……」
流石にこの幼なじみである侍女に、見損なわれたくないので言い訳をしようと思ったのだが。
「ティグル様の夜伽の相手は私が務めるんです!!」
「違うだろ! そこは怒るポイントじゃない」
頭が少し痛くなりつつも、幼なじみに言いながらオルガにフォローを求めるも、更におかしなことになる
「ティッタさんが調子悪い時でいいです。その時にご相手させてもらいます」
「それは……どういう意味だオルガ?」
「? ティグルとティッタさんはそういう仲じゃないのか? 貴族の子息が侍女を持つのは日常の世話といずれ来る伽の練習のためと聞いている」
半眼で問いかけたこちらにオルガはどこか偏見混じりながらも真実の一側面を突いた考えでいたようだ。
頭を乱暴に掻いてから、とりあえずそんな事は求めていないし、ティッタも自分で言ったことに対して赤くなっているので、慰める。
「仕方ないな。とりあえずティッタと同じく侍女として働いてくれ。無論……夜伽は無し。睡眠中の護衛も要らない。後は俺の領地経営は―――」
「教えてください。そして何よりあなたを見習って私は今後のためにしたいんだ」
「……こんな小さい領地で、君の今後に関わるものがあるかどうかは知らないが、まぁいいか。それと呼び方は普通でいいよ。変に畏まらなくていいから」
他国の「姫」であるのならば関係としては対等なものなはずだ。中央にて自分があまり重視されていなくても彼女との関係は対等のはず。
「分かった。ならばこういう場ではティグルと呼ぶ。けれども公的な場ではヴォルン卿と呼ぶ」
「オルガの中で分別が着くのならばいいさ。では改めてよろしく。ティッタも色々頼むな」
「承知しました。ではオルガちゃん。調理場からパンを持ってきてくれるかな?」
「心得ました侍女長様」
少しだけおどけた返答をするオルガに微笑を零してから、気になり彼女を呼び止めた。一つだけ気がかりなことがあった。
「オルガ、君に占いをした人って誰なんだ?」
「ヤーファの男性です。名前は忘れてしまったけれども―――少しだけティグルに似ている気がした」
そうしてからオルガは、調理場へと赴き―――全ての用意された料理を両手に掲げて持ってこれる力持ちであることに驚いて、その「占い師」のことをティグルは忘却してしまった。
あとがき
今回は特に書くことは無いですね。前回で最新刊のことに対して語りたいことは語りましたからね。
ただ、河森監督の今期のアニメ「ノブナガ・ザ・フール」にて、弓矢で「ロボット」のパイロットを殺しているシーンを見て、ティグルもこれ出来るんじゃね?なんて考えたりしました。
うん、すごい蛇足ですね。では感想返信を
>>のり巻きさん
ありがとうございます。そう言ってもらえるといっそう筆を走らせる甲斐があります。原作の方も面白いので読んでみてください。
今期話題沸騰中の「となりの関くん」が載っている漫画雑誌『フラッパー』の方ではコミカライズもやっていますので、時間があればそちらもチェックするとよろしいかと思います。
ではでは、今回はここまで。お相手はトロイアレイでした。