その日、オーギュストは途方に暮れていた。遂にやってきた『故郷』との対決―――自分は何をやっているのだろうという気分だ。
故郷の先代の領主ウルス様の推挙の元、騎士の審問を受けてカルヴァドス騎士団に入れた時には、自分はウルス様の―――そして、未だ幼い若君に誇れる武臣になれたと思っていた。
故郷に危難あれば、その時、自分は馳せ参じれる立場にあると思っていたというのに、現実はそう甘くは無かった。
国と言う得体のしれない因習の下では自分は、ブリューヌ王国の騎士という立場に囚われて、故郷アルサスに襲い掛ったテナルディエ公爵の暴虐に立ち向かえなかったのだ。
悔しかった。知らず拳に血が滲むほどに、握りしめていたと気付いた時には、再び国境要塞の守将として他国の暴虐に向かうこととなった。
それから日が経ち、アルサスが無事であったという吉報を聞いた時には、涙が止まらなかった。
テナルディエ公爵の暴虐に敢然と立ち向かったのが、若君―――ティグルヴルムド・ヴォルンだと聞いた時には崩れて、申し訳なさばかりが自分を覆った。
そして今回の遠征。ブリューヌ騎士の中でも選りすぐりのパラディン騎士を集めての『アルサス・ジスタート連合軍』に対する対峙ということに再びオーギュストは苦悩してしまう。
自分はブリューヌの騎士である前に、アルサスの臣民だ。ヴォルン家の武臣だと思っていたのに、再び『公僕』どうしで争い合う事態に苦悩する。
「ウルス様……私はどうすればいいのですか……?」
決まっている。もはや騎士としての立場を捨てて、アルサスに帰るしかないのだ。だが、それをすれば推挙してくれたウルスに申し訳が立たず、本来であればウルス様亡きあと継承された若君の側にいなければならなかった。
だが若君―――ティグル様が、それを良しとしなかったのだ。
『オーギュストを騎士に推挙したのは父上だ。ならば、父は恐らくオーギュストをもっと『上』に行かせたかったんだと思う。ここみたいな小さな領地で燻っている人材ではないとな。だから―――上り詰められるだけ上り詰めてくれ』
そんな言葉に甘えてしまっていた自分を恥じる。恐らくロランはアルサスと戦う判断をするはずだ。そうなれば自分はカルヴァドス騎士団以前に戦うことは出来ない。
直にでも騎士位返上を―――と思っていた所に、部下である若武者が自分の幕営に入り込んできた。
「失礼します団長。先程から三人の商人が、団長に会わせてくれと仰ってまして、どうなさいますか?」
「私にか? その商人どのような人間だ?」
「一人はムオジネル人、二人は『ブリューヌ人』と思しき人間です―――どうやら三人はキャラバンらしく……と、その内のブリューヌ人一人から、これを団長殿に渡してくれと」
自分の樹机の近くまでやってきた若武者。その手には―――一本の『コルク栓』が握られており、よく見るとそれは―――、間違いなかった。
「……通してよい。私の知己のものだ。どうやら珍しい物品を持ってきてくれたようだな」
すぐに丁重にお連れしろ。と怒鳴ろうとしたのを思いとどまって、冷静に『商人』に対する態度で若武者に応える。
特に疑問に思われることもなく『承知しました』といって幕営を出て行く若武者。
出て行ったのを確認してからコルク栓をまじまじと見るが、やはりあの時のものだ。
ウルスが存命の頃、自分がカルヴァドス騎士団の一隊を任されたときに休暇を取りお会いした時―――、あの会食の時に飲んだ『葡萄酒』のコルク。
コルクの横に刻まれたサインは、自分とウルス、そしてその席にいたもう一人の人間にしか分からぬ符丁であった。
「失礼いたしますオーギュスト閣下」
声が聞こえた。その声は―――正しく、自分の主君の声であった。
入ってきた三人。
その三人が一斉に目深にかぶっていたフードを上げると、そこにあった顔の一つにオーギュストは拝跪した。
「お久しぶりです。若―――故郷の危難に際して駆けつけられず……申し訳ない限りです」
「謝らなくていいよオーギュスト。それよりも頼みがあるんだ」
「性急ですな。いえ、用件は分かっております。黒騎士ロランとの会談及び説得ですな?」
「ああ、ただ「ティグルヴルムドが来た」とは伝えず、『自由騎士リョウ・サカガミが来た』と伝えてくれ」
言葉でフードをかぶっていた一人―――金色の「カツラ」を外して黒髪を晒した男の姿に息を呑む。
「若を助けてくれたこと……心より感謝いたします」
「礼はいりませんよ。とりあえずティグルの要求を通していただければ、それ以上の感謝の仕方は無いので」
若者二人にせっつかされる形で、オーギュストは一度だけ幕営を辞して、黒騎士ロランの下に向かう。
「―――しかしまぁ、お前さん方二人の影響力はすげぇな。正直言って嫉妬してしまう」
「何だダーマード、お前もティグルヴルムドの家臣になったと紹介した方が良かったか?」
「生憎、オレは―――商人としての栄達を望んでいてな。武芸に関しては身を守れる程度で結構なのさ」
言葉の前半で少し言いよどんだダーマードに対してリョウは少しだけ眼を鋭くしておく。
だが、それでもダーマードが本当の意味での背信者というわけでないことはリョウにも分かる。そして、この男の星の位置は未だに『南方の巨星」に着いているが、段々とティグルの将星に近づいているのが分かる。
「さてと……あとは、どうなることやら」
「扉を開けたら完全武装の騎士が10人とかならば、本当に勘弁だな」
「殿は俺が務めるからティグルを―――」
などと言い合っていると、オーギュストは戻ってきた。そして伝えられたことで万事上手くいったのだと分かった。
「案内いたします。若―――いえ、ティグルヴルムド卿―――ご武運を」
「ありがとうオーギュスト。ここからは俺の戦いだ」
そうして―――オーギュストの案内で少しだけざわつきを見せている騎士軍の幕営の合間を進んでいくと一際大きな幕営。黒い天幕で覆われバヤールなど正しく国王近衛である証の旗が掲げられたそこに「誰」がいるかを察する。
「オーギュストです。ロラン卿―――あなたに謁見したいものが現れました」
『通してくれ―――その身にある剣気だけは隠せんな。戦姫の色子』
「おいリョウ、お前のせいでバレバレだよ。今までのこと殆ど無意味だよ」
「おかしいなぁ。達人としての気配は完全に断っていたのに―――まぁいい。入らせてもらうぞ黒騎士。書状に対する返事と共に客を連れてきた」
ティグルにツッコまれつつも、何とか幕営内に入ると、そこにはパラディン騎士四名が椅子に座ってこちらを待ち構えていた。
「そちらが自由騎士リョウ・サカガミか。お初に御目にかかる。ナヴァール騎士団副団長オリヴィエだ。こっちは南部国境の騎士『アスフォール』『オルランドゥ』だ」
紹介されて、三人ほどの騎士達を見る。オリヴィエはともかくとして、残りの二人は何かしらの超抜能力を有している気配がある。
まずったかな。と思いつつも、ティグルだけは生かさなければと思って、緊張しつつも―――対面の瞬間は訪れた。
「初めまして黒騎士ロラン卿、いや私自身はあなたを一度、王都で見たか―――私がティグルヴルムド・ヴォルンです」
フードを外して己の全てを晒したティグルの姿―――そして、やはり注目が腰元の剣に集まりつつ、会談は色々な思惑と動揺を含みつつ始まるのだった。
◆ ◇ ◆ ◇
「遅いなぁティグル達……」
「本当だよね……」
草原に座り込みながら見つめる先はティグル達三名が去っていった方角である。
その先に、王国直属の戦力 騎士軍がいると思うと、オルガもティッタも心配ばかりが募ってしまう。
「閣下の御身を守りたかったんですけどね……その役を奪われてしまいました」
「心配いらんさ、ハンス。いざとなればワシらだけでも若をお連れしに行くぞ」
「バートラン様がそう仰る以上、僕は何も言えませんよ」
ヴォルン家の家人達がそうして、様々な心配を含みながら―――その方角を見つめている。
密偵役も務められる双子のエルルとアルルは、少しだけティグルの状況を察せられる位置で活動を行っている。
何かしらあれば、合図を上げると言っていた二人に―――何の合図もないことだけが現在の彼らの安全を約束していた。
ヴォルン家の人間達がそうしながらも、竜星軍の他の人間達も同じく作業をしながらも、その方角を見つめていた。
そうしていると――――大地を伝って馬の足音がオルガの耳に届いた。
「ティグル達だ!!」
立ち上がり、声を挙げたオルガ―――その声を聞いた軍内の全員がヴォルン家の人間達に合流してきた。
言葉の数秒後には豆粒のようではあるが、誰かが走ってくるのを感じる。同時にそれが三騎で双子達を乗せているのを見れば、調略は概ねどうなったかを察せられる。
「ティグル様!!」
「すまん。心配かけた―――だが、皆の心配に応じただけの成果は持ってこれた。ティッタ悪いが―――」
「はい。軽い食事と飲み物ご用意します!」
言わずとも察してくれたティッタに感謝しつつ、ティグルは馬から降りる。双子達はハンスに抱きついたりしてティッタの真似事をしているようだが、それを見つつも武官達に至急集まるようにと伝える。
「成功したのですか?」
「ああ、だが同時に挑戦状も叩き付けられたようなものだ―――これに勝つことで、我々は国王陛下の信任を得られる」
用意された幕営に駆けながら問いかけてきたジェラールに応える。本当かどうかという確認のためにリョウにも問いを発する補給参謀に苦笑してしまう。
「まぁな―――望んでいた通りだが、少しばかり厄介なこともある……」
「問題ない。ロランはお前が倒せばいいんだからさ」
「そのロランに『至る前』が問題だと思うんだけどティグル」
問題点をずらすなと言わんばかりにティグルに言い募るリョウの姿。
何のことやらと思いながらも、武官達は用意された幕営に入り込んで話を進める体制を整える。
集められた主要な腕自慢達を前にティグルは重い口調で言ってきた―――。
「俺達は伝説と戦うことになった」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「同じブリューヌでもここまで気候が違うものなんだなぁ」
「ええ、ここアニエスなどの国境地帯は比較的、ムオジネルに近いのでどちらかといえば年中暑いというのが特徴ですね」
南海から少し外れた地域。国境線に存している街というのはどこでも人種の混合が起きやすいという風情もあり得る。
川とも海とも取れる所を境にして向こう側は完全なる蛮夷の国である。
そこに備える―――その蛮夷の国ムオジネル王国に勝つことで、奇跡の聖女は本当の意味での『救国の英雄』となれると言うのが彼女の目的であった。
この話を聞いた時、カズサの胸に響いたのはなかなかの大うつけだな。という感想である。
己の出自が正統でありながらも、正統として認められないことを悟った彼女。ディナントという土地の敗戦―――それらこそが、彼女にここまでの奸計を巡らせたのだった。
隣を歩くジャンヌもそれに対して、苦笑をしつつのため息をしていた。
「あの、カズサ殿は、何故我々に協力してくれるのですか? 正直、疑問だらけですよ」
「面白そうな戦をやるものだと思って、もはや我が国では滅多な事では戦など起こらなくてな。腕っぷしを持て余しているのだよ」
その腕っぷしを持て余しているものの一人にあの戦姫の色子と称されるものがいるならば、とにかく恐ろしい限りである。
とはいえ、カズサの言葉で知れるのはつまり、ヤーファは天下泰平。世は事も無しで済んでいるということである。
遠方でしかも蛮夷の侵略ということでは、そう頻繁ではない国なので当然と言えば当然なのかもしれないが、レギンもジャンヌも羨ましい限りであった。
何でヤーファとブリューヌでここまで違うのだと……。
「まっ、万里に壁あれど夷(えびす)の侵入を全て防げるわけじゃないしね。その辺は塩梅だなレギン王女殿下」
「……万里の代わりに自由騎士並の剣士がいっぱいいればいいんですけどね」
「『あれ』が沢山いれば、女子がこぞって押しかけて、夷封じどころではないな。それに今は違う戦いに赴いているヤツを頼りにしても意味は無いな」
今日、ここにレギンがカズサを伴ってやってきたのはムオジネルの陸路における侵攻ルートを確認するためだった。
ドン・レミ村を中心に一大勢力になってきたのを感じたレギンは、今度は大きな武功を求めた。即ち蛮夷に対する抵抗運動である。
無論、自治村が集まった所で国軍を相手にろくな事は出来ないというのがふつう。せいぜい横暴な地方領主に対するゲリラ運動であったのだが……。
カズサ達、ヤーファよりやってきた奇態な客人たちは自分達、自治村の人間達を統率し本当の意味で戦う集団にして見せた。
『狩人隊』『大工隊』『神官隊』など……様々な職業の人間達にヤーファ式の『軍術』を教えることで『奇兵』として運用することを決めたのだった。
その手法―――軍事に疎いレギンだが見事と言いたくなるほどであり、ジャンヌですら『正統な騎士の戦いではないが見事な戦技』として評価をするほどである。
「まぁここに来たのは他にも理由はあるが、とりあえずここの責任者に話を着けよう」
「はい――――、ここから先はブリューヌの責任者たる私の戦場です。カズサは口出し無用でお願いします」
「内容と相手の態度しだいだね」
そう言って―――アニエス最高位の責任者たる市長の屋敷に宿星がやって来たことで、アニエスの運命は変わっていくこととなっていく……。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「勝ち抜き戦では無く、星取り戦方式ですか……折角、先鋒にサカガミ卿か、エレオノーラ殿などの一騎当千の武者で楽をしたかったのですが」
「向こうだって馬鹿じゃない。そうなれば同じく先鋒にロランを置いて嗾けてくるぞ」
ごもっとも。と無言で肩をすくめて示したジェラール。その上で、彼らパラディン騎士達が叩き付けてきた挑戦状を皆に示す。
挑戦状は―――あちらの『五将の順番』であった。
「確かに挑戦状だな。つまりこれは、誰が何処に来たとしても対策したとしても打ち勝ってみせるということだなティグル?」
「その通りだエレン。彼らは―――俺達を試している」
手の甲で、何度も挑戦状を叩いて少しだけ怒っているエレオノーラの様子。しかし、これはこれで好都合。
彼らが示した順番に最良の戦士達を配置すればいいだけなのだから……。
「一番手は―――あまり戦いたくない相手だな。しかし、オーギュストにも立場はあるんだ。理解してくれバートラン」
「なぁに。若よりもわしの方がまだあの『小僧っ子』のことは理解しとりますよ」
同郷のものが一番手に来たということで果たして誰を―――と思っていた矢先、真っ先に手を挙げたのはハンスであった。
「閣下、自分が先手を務めたいと思います。いえ、務めさせてください!」
「……何故、そこまで意気込むハンス?」
怪訝に思ったティグルがハンスに問いかける。その言葉にハンス応える。
「私がヴォルン家の新参の家臣であり―――何よりジョストにおいて私が意志を示すべきはオーギュスト殿だと思えたからです」
若武者らしい精悍な考え。だがそれ以上のものも渦巻いているように見えたティグル。しかし、その眼には後ろ暗くも後ろめたいものもない。
どちらかといえば……まぁそれ以上は言わないことにした。
二番手は豪僧オルランド。三番手は騎馬無双のアスフォール……ブリューヌが誇るパラディン騎士である。
この二人に関しては、オルガとエレンに任せることにした。
「私がアスフォールを倒せばいい?」
「いや、確かに騎馬の戦いとなればそれがいいんだが、まぁオルランド卿はブリューヌいちの力自慢―――リョウの国でいう所の剛力無双らしいからな」
「マサカリ担いだ『キントキ』どうしお前が戦え」
「腕が鳴る。やはり私はそういった戦いが良い。絶対に勝ってみせるよ!」
ムマをぶんぶん振り回して豪風を狭い幕舎に吹かせるオルガの力自慢っぷりに誰もが感心してしまう。
「……正直、お前らの陣営に来てから自信を無くしそうだよ」
「腕相撲トーナメントでもやるかダーマード?」
「どう考えても「ちんまい」のが一位になるからやめとく」
ちんまい。と言われてもふんぞり返るオルガを見つつ、次なる相手に関してはエレンに任せた理由をティグルは伝える。
「ディナントでの戦ではパラディン騎士との戦いは叶わなかった。……サーシャは一人凄腕と打ち合ったらしいが」
「そのリベンジも兼ねてアスフォール卿はエレンに戦いを挑みたいそうだ。皇太子殿下の霊前に報告するためにも戦うってさ」
「分かった。だがティグル―――いっては何だが何故彼らはあの戦に出てこなかったんだ?」
「色々と事情があったらしい。特に2卿の方々は南部ムオジネル方面の守りだからな」
そう言うと、なかなかに世知辛い国だなとエレンは感じる。四方八方狙われ放題。ただその守備に当たらせる将は足りてはいるものの、それを自由に動かせないのがこの国の泣き所。
「そういうことだ。誰かしら、立場や領土、縁故に構わず自由に動けるリョウのような『はぐれもの』が、居てくれれば状況は違ったんだけどな」
「……そこは『俺が成ってやる』とか言えよティグル……」
「忌々しいが同感だな。この色侍が居なくなれば、ブリューヌにとっての『自由騎士』が必要になる」
その役目を拝命するにティグルほど的確な人間はいないだろう。背後を突いてくるかもしれない国のお隣さんはエレンであり、背中に関しては紛れも無く安心できる。
そして南に眼を向ければテリトアールのオージェ家が影響力を持ち、北部ではガヌロンをなるべく遮断できるマスハスのオード領がある。どちらもティグルとは親しい関係を築いており、かつ中央に対する影響力もそれなりにある。
つまり、この国で今後一番『自由な立場』で動けるのはティグルの可能性が大きい。
まだまだ先の話であるし、戦いの勝敗とて着いていないと気が早いと思うかもしれないが、そこに思い至ると集められた諸将は「ティグル」に対する投資のリターンは大きいようにも感じられた。
「まぁ、そこまで王宮が俺を見てくれるならばいいけれど、今はまだ俺は反逆者だ。だからこそ……俺が副将オリヴィエを討取り西方の自由騎士『リョウ・サカガミ』に最良の形で回すさ」
「いいねぇ。そこまで言われれば奮起するぜ。というわけでお前ら! 今回の戦いは俺が主役! メイン! 主演男優!! ラストサムライ!! 俺の為に死ぬ気で戦えよ!!」
「貴様やティグルに回す前にハンス、オルガ、私で三つを取ってお前たちの出番を無くしてやる!! だから貴様は役無しの色子として土の味を噛みしめるのだな!!」
「あー…言っておくがエレン、取った星の数で試合終了とはならないんだ。どちらにせよ俺たちは五将全員で彼らの審問を受けるようだ」
ティグルの冷静な指摘にも関わらずヒートアップする二人の頭に杖が叩き落とされる。
無論やったのはソフィーであった。
「全く、最近ではエレンとミラよりもリョウに杖を叩き落とすことの方が多くなってしまったわ」
「えっ? 俺さっき悪いことした?」
「あんなこと言えば、エレンがどんな反応をするのか分かっていたのに、そうしたことは罪よね。ホント、リョウは色んな意味で『罪作りな男』」
ソフィーの色々と問題のある発言と場への諌めによって弛緩した空気となる。
そうしてから改めてティグルより決闘の日時が伝えられる。
「決闘は明日の昼前から始まる―――、場合によってはもしかしたらば決戦となるが……まぁ祭りでも楽しむ感覚で行くとしよう」
それはそれでどうなのだろう。と呆れつつも――――――何故か、そこまで悲壮なことにはなっていないことにおかしな思いを覚える。
「リョウからは何かあるか?」
「お前の言った通り。『祭』だな。己の意志を武器に乗せてロラン達に俺たちの戦う意義を叩きつける。それだけだ」
「ああ、だから―――」
―――――――明日は『いい酒』を持って祭りに行くぞ。と双龍が言い放つと全員が意気をあげて呼応する。
結局の所、この軍内部で事態をそこまで重く見ているものはいない。何故ならば――――。
(誰もを惹きつける『何か』を二人は持っているからなのね)
例え千の軍勢、万の巨軍に向かっても立ち向かえるその姿は、少し前にリョウから教えられた『三河武士』にも似ている。
もっとも三河の頭首は『古傷』が疼いてしまい、今の太平の世となったヤーファでは寝込んでいることが多いそうだが、まぁそれは余談である。
ソフィーは思う。リョウの影響があったとはいえ、やはりティグルヴルムド・ヴォルンはブリューヌに影響を及ぼせる存在だ。
その事を伝えればヴィクトール国王の態度と手形が有効になるかもしれない。そう考えて―――この戦いの帰趨だけは見届けなければならないと感じた。
そうして戦いの刻限を待つこととなった……。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
翌日―――草原の中にて起伏の無い本当の意味での平原草原と言うべき場所に終結した両軍。
その中でロランは昨日までの苦悩を捨て去っていた。
初めて会った若武者。自分のライバルとでも言うべきものが連れてきた男の腰にあったものを見て一度は悩んだ。
様々な可能性が頭を巡った。ヤーファがヴォルン伯爵を傀儡にして、間接的な植民統治を進めるだの、更に言えばそこにジスタートが加わったものを二国干渉により国家解体をするだの……。
オリヴィエのそれらの懸念を聞きながらも―――それでも陛下はリョウ・サカガミに全てを託したのだ。それが因縁となってヴォルン伯爵を「侵略者の手先」だと罵るならば……それもまた運命なのだろう。
全ては自由騎士の慧眼にだけ委ねられた。そして―――それをロランは信じることにした。それ故の五将による戦いなのだ。
「いよいよだな」
「ああ、しかし―――本当にジョワイユーズをヴォルン伯爵が持っていたとはな」
「恐らく陛下なり宰相閣下などが『自由騎士』に託した上で、それを自由騎士が伯爵に託したのだろう」
察せられることは多かった。そして自由騎士だけを信じ、直接対話した伯爵からは公爵達のような野心を感じられなかった。
まぁ自分に人を見る目があるかどうかは疑問であるのだが……それでも刃を交え、弓槍の全てを知れば分かる『心』というものをロランも最近分かったような気がした。
もう少しで自由騎士の居るべき領域に達せられるかもしれないそれの前に自分の命が尽きるかもしれないと考えると少しだけ寂しくはあったが……。
「それでも彼らヴォルン伯爵軍―――銀の竜星軍と戦う体裁は整った。後は天命を待つのみ」
「戦の神トリグラフはどちらに微笑むかな?」
「無論―――『義』のあるべき方にだ」
そうして30アルシンの距離で対面に陣取る相手に大声を挙げた。距離の狭間には、決闘場が作られていた。
「我らの挑戦によくぞ怖気づかずやって来てくれたものだ!! 歓迎するぞ竜の戦士達よ!!」
「こちらこそ我らが伯爵閣下の提案を受けてくれて感謝に堪えん! だが戦の勝敗はそれとは別!!」
「無論!! そちらの五将は―――前に進み出た五人でいいのだな!?」
大声で張り合うように声を出し交わす『最強の騎士』二人。これもまた戦の一つ。
声高にかつ、それでも張りのある声でお互いのことを語るは、お互いの陣営にいる従軍司祭などによる『宗論』の叩き合いにも似ている。
「此処に於いてブリューヌの誇る騎士の皆様方に紹介仕る! 先鋒はマッサリアが後継者―――ハンス・マルセイユ! 次鋒ジスタート公国ブレストの長にして騎馬民族の継嗣オルガ・タム!」
言葉に対して、各々の武器を地面に叩き付けて意志を伝える。一瞬ではあるが騎士達が『呑まれそう』になるほどに凄烈な闘気を受ける。
迷いが無い。本来ならば自分達に同調してくれるはずのハンス・マルセイユですらそうなのだ。
「三将ジスタート公国ライトメリッツの長でありディナントでブリューヌ軍とぶつかりし戦姫エレオノーラ・ヴィルターリア!」
聞かされた言葉で騎士達の心に少しの怒りが出る。だがこれは竜星軍でも予定していた通りだ。
誰もかれもが賛成してティグルに着いていっているわけではない。だが、それでも敵であった彼らの力も取り込んで自分達には成し遂げねばならないことがあるのだと示さなければならないのだ。
「副将ブリューヌ王国アルサス領主、奸賊テナルディエ公爵を誅すべく立ち上がりし弓聖ティグルヴルムド・ヴォルン!!」
そう。エレオノーラの力を使ってでもなさなければならないこと。それを示すためにも―――弓聖はここまでやって来たのだ。
そして、無き皇太子殿下の求めた平和の為にも―――為すべきことを為す。
「大将は僭越ながら客将である自分、東方ヤーファの「流浪侍」―――リョウ・サカガミが務めさせてもらう」
「いいだろう。我らとの戦い―――それ次第では、このまま軍を退こう。しかし―――我らが不足と判断すれば―――」
「ああ、我ら竜星軍の人間達は覚悟を決めているよ―――」
決戦だけはさせない。その意志と意志のぶつかり合いに何かを感じたのか、ウィリアムが楽器を弾き鳴らしている。
しかし、その『調』は悪くは無い。むしろいいぐらいだ。お互いの心が昂揚するのを感じる。
殺し合いではない闘い―――己の極めた武と心をぶつけ合うそれは、全ての武者たちの求める頂なのだから―――。
『先鋒―――前へ!!』
リョウとロランの言葉で、ハンスが槍を持ち前へと出る―――双子達の黄色い声援を受けて、オーギュストが剣を持ち前へと出る―――男どもの野太い声援を受けて。
しかし、そんな事は関係なくお互いに思う所を持った二人が火花を散らすまで時間はかからなかった。
『決闘開始!!』
言葉と同時に―――新旧のアルサスの武臣がぶつかり合うことになった。
己に秘められた想いを武器に乗せて戦うブリューヌの騎士の伝統芸が―――ここに始まったのだ。
あとがき
ハーメルンで書いている別小説の方がノリにノってしまって此処までお待たせしてしまった。
そしてその間に衝撃的な展開ばかり! つーか更新速度を遅くし過ぎて、原作が出る度に驚いているような状況になってしまったなか……後二巻か。纏められるのだろうか?
そんな中でもそのハーメルンで魔弾の新規二次が出てきたので、これは負けてられんとしてとりあえずキリのいいところまでをアップしました。
では感想返信を
>>almanosさん
長らくお待たせして申し訳ありませんでした。
原作では色々とダーマードに思うところあるティグルの家臣達もここでは出会いが出会いだけにまだ柔らかい方です。
素性がばれたとしても「戦いたくないな」ぐらいにみんなして思ってしまいます。アルスラーンで言えばジャスワントのポジにいますので
今作ではフィーネへの恨みも微妙に薄れているエレン。原作ではティグルの女性関係の一番に来る彼女も今作では二番手か三番手―――レギンも含めれば四番手に堕ちてしまっているので仕方ない(苦笑)
ある種、落ち着いてしまったというか変に悟ってしまったのでフィーネに対しても「ちゃんと親父が抱きしめてあげてればなぁ」などと考えてしまうぐらい大人なエレンちゃんなのです(笑)
ソフィーは動かすとなるとお姉さん的ポジションでしか動かせないんですが、そのポジションがフィーネに奪われがちなので、こんなポンコツに(笑)
だが私は謝らない。主にソフィーファンとかかやのんファンとか原作者の川口先生にも(爆)
魔弾の王のシェフにして竜星軍内の『お袋様』なティッタのスペシャリテは、騎士軍にも振る舞われますお楽しみに
そしてカズサ一行。もはや幕末の長州藩『正義派』の大村益次郎、高杉晋作の如くレギンの軍隊を組織化しました。
生涯で一度だけの『城攻め』された経験を活かして、彼女はムオジネルを焼き尽くす策略を立てています。
>>フェリオスさん
同じくお待たせして申し訳ありません。
一応、両方の玉です。つーか完全に『宦官』も同然になってしまったのが今作の『変態ド外道』の末路なので。男でも女でもなくなってしまったグレアストのその後をお楽しみに
ああ、その辺りは分かりづらかったですか、いや申し訳ない。
解説すれば
『エレンがティグルと共に行ったタトラ攻略の詳細を語る』
↓
『それを聞いて、あの時の事を思い出したフィーネが恥ずかしい恰好と共に口を出す』
↓
『そんな長女と三女の発言に関して、『私を心配させないでよ! 二人とも!!』と激おこな次女は、その後に立役者二人であるティグルとリョウにも咎めの視線を送る』
といった感じでして、発端がエレンでそれに対して補足したフィーネは墓穴を掘り、内緒話をリムに暴露してしまった形です。
まだまだ私も精進の日々ですね。失礼しました。
>>シュニットさん
お待たせして申し訳ありませんでした。
最初の決闘でぶつかり合うは、ブリューヌ騎士という立場でありながらティグルの為に動いてくれたアルサス家臣であるオーギュストと今作のオリジナルキャラ、ハンスとの戦いです。
お互いに今の立場は違うものの、『ヴォルン家』に仕えているものどうしで、意志を叩きつけ合う戦いになると思われます。お楽しみに。
ソフィーはまぁあんな風なポンコツにして、少しばかり非難されると思っていたのですが、まぁ概ね好意的で少しだけホっとしています。
あの頃は、そこまで考えていなかったが1年クールの7と違って、2クールの⊿であの展開の遅さは少し致命的だなぁなどと考えを改めるほどに今の⊿の着地点が見えない。
やっぱりアニメは1年クールもらえれば色々出来るんですが、そうでなければ削るべき所は削り、見せるべき所を見せるべく『脚本家』は『一人』にした方がいいんじゃないかと思いますよ。
ロボアニメでキャラの心情ばかり追っかけたり、冒険活劇なのにいつまでもぐだぐだ始まりの街にいたりと……庵野監督の『シン・ゴジラ』、新海監督の『君の名は』などの例のように一人、たった一人完全に物語を『コントロール』する人がいなければ、物語は破綻するんだなぁとしみじみ思いました。
どの作品かは敢えて語らないが、同じクールに一応放送されていた作品です。
以上、駄文、蛇足失礼しました。
と今回はこんな所で。
ハーメルンで『最弱無敗の神装機竜』の二次創作を書いていたらば、その間に魔弾は衝撃的な展開と川口先生からの余命宣告が為されてしまった(失礼)
しかし、本当に疑問なのだが2巻で終わるのだろうか? まぁ恐らく誰かは死ぬなり、剥奪されるんだろうなぁ……その上で相応しい相手に竜具が……。
まぁ色々と今から想像出来ることは出来ますが、気長に待っていこうかと思います。
もしかしたらば川口先生が同じ『川』という属性を利用して『川上稔』先生の『宝具』を投影してMF文庫史上初の600ページ越え、1000ページ越えの魔弾を(爆)
いや申しわけない。何はともあれ終わりが見えてきた魔弾を最後まで私も一ファンとして見届けていきたい思いです。
ではでは今回はこの辺で、お相手はトロイアレイでした。次回も気長にお待ちいただければ幸いです。