「助かるよ。まさかこれだけの鎧を用意してくれるとはね。リュドミラには感謝してもしきれないよ」
「アレクサンドラ様の支援をするためにリュドミラ様はこれを運ぶように言いました。兵も自分も要らぬならばせめて装備だけでも融通したいと」
海戦において、重い鎧は過重なものであり不要なものと思われがちだが、それでも身を守る鎧が必要となる場合がある。
その中でもリュドミラが治めるオルミュッツ製のアーマーは、海戦においても有効なものだ。
凡そ五十ものそれを選抜した手練れの騎士に使わせることで、生存率を上げる。だがそれでも足りないかもしれない。
火砲という武器がただの攻城兵器というだけでなく戦姫やそれに対するだけの戦士に対抗するために作られた兵器でないなど言い切れないのだ。
書かれている情報だけならば、人間の肉体を五十人単位で木端微塵にするだけの威力があるようだ。
(問題は射程距離だ。そんなに遠くまで打てないようだが……)
長距離兵器としては「トレビュシェット」が、こちらを滅多打ちにするはず。これまたアスヴァ―ルへと運ばれるはずだったその投石器の威力と射程もまた脅威だ。
これらに対抗するためには、どうしたらば良いのか。
「では私はこれにてアレクサンドラ様。ご武運をお祈りしております。あなたに黒竜と戦神トリグラフの加護があるように」
「ありがとう。彼女にもよろしく伝えておいてくれ」
リュドミラの領地の武官が自分の執務室を出ていくと同時に、頭の中で考える。これらの兵器を「無効化」する方法を―――。
一つは思いつく。だがそんなことは許せない。第一、武官達は海戦をするつもりで動いている。即ち水際での防衛戦である。
となると操船でこれらの兵器を無効化せねばならない。
(いざとなれば竜技(ヴェーダ)を使うことも考えるようか……)
あれだけエレンやリュドミラなどにも言ってきたというのに、自分がその戒めを破ろうとしている。
しかし、それもまた仕方のないことだ。そもそもこれらの兵器の開発目的はどう考えても自分たちに敗北させるためのもののはずだ。
(彼ならば……どうやって無効化するのだろうか?)
足音が聞こえる。去っていく武官とは違いこちらへと向かってくる音だ。その気になれば足音を消すぐらいは出来るだろうに、それをしないのは自分に敵意が無いことを示すためだろう。
何とも気回しの良い。だがそれは自分の部下たちを安心させる良薬だ。
「起き上がっていていいのかな?」
開け放たれた扉から姿を見せる黒髪の剣士。その姿を見た時に、胸が高鳴るのを抑えられない。
「問題ないよ。というか同じような質問を昨日もされたから少し興ざめだな」
「それはすまない。しかし帯剣していても咎められないというのは少し不味くないか?」
入ってきた姿を見ると彼の腰には、愛刀である鬼哭があった。普通ならば少しは警戒させられるところだが、彼にはそんな気は無いのだ。
みんながそう思っているのだろう。それ以前に戦姫がそう簡単に負けるとは思っていないのだろう。
「リョウがそんな人間ではないというのはみんな分かっているのさ」
「そうか………」
「な、なんだい? そんな僕の身体を凝視して、欲情したならば夜になるのを待ってくれないかな……色々と心の準備が僕にも必要だよ……」
「言っちゃなんだが俺も同じようなやり取りをつい先日やったような気がする」
自分の身体を抱きしめて顔を赤らめているサーシャには悪いが、リョウが考えていたのはそういうことではなかった。
昨日のロリータ娘から続く西方の娘の間にはヘソ出しの衣服が流行っているのかという疑問であった。
しかし、サーシャの戦装束というのはそういう範囲ではなく、動きやすさを重視した結果なのだろう。
それにしたって布で覆われた部分が少ないのと彼女自身の色香が扇情的すぎて、どうにも居心地が悪い。
「話したいことがあるそうだが、何かあったのか?」
「うん。実を言うと少し厄介なことがあってね。君の知恵を借りたい」
「俺の力が役に立つかは分からないが、まぁ全力を尽くそう。俺も君に聞きたいことがあるんだがいいかな?」
「もちろん。僕の知っていることならば答えるよ」
そうしてサーシャとリョウは、広げられた地図を前に様々な軍略を話し合う。
若い男女が話す内容としては、色気も何もなかったが、それでもサーシャは楽しかった。
「煌炎の朧姫 Ⅱ」
「ヤーファへの商船の手配ですか?」
「ええ、後々でいいのですが、とりあえずそうですね「水稲」の苗と「竹」の苗などを輸入出来るのならば交渉してもらいたいのです」
執務室に陳情に来ていた領地の商会の代表者にそういったことを言うとやはり怪訝な顔をされる。
「無論、ジスタートとヤーファの気候の違いなどは私も分かっております。ですが、だからといって出来ないことでもないでしょう。栽培などに関してはこちらで一任させてもらいます」
「戦姫様がそうおっしゃるのでしたら異存はありません。それと、この氷を利用した産業というのはよいですな」
「ええ、考えてみれば我々ジスタートの民というのは氷雪を忌みものとしてしか捉えてきませんでしたからね」
寒冷なジスタートにとっては温暖な気候というのは、一種の憧れでもある。四季はあれども夏よりも冬が長いジスタートの人間にとっては、どうやって寒さを凌ぐかのみの観点しかもっていなかった。
食糧保存程度ならば無論あったのだが、まさか雪の下に生野菜をしくことで「甘味」が増すなど考えたこともなかった。
また氷を「売る」ということなど、考えてなかった。西方でも氷を嗜好食品として食べるという文化が無いわけではないのだ。
「街道の整備・氷室の製造はこちらでも行います。あなた方はこれらの準備をお願いします。ジスタートの夏は短い。冬はそこまで来ていると思ってください」
「承知しました。ヴァレンティナ様」
一度こちらを拝跪した商会の代表者が、退室すると同時に溜まっていた政務を見てサインを押すことにしていく。
「そういえば東方の紙文化というのも面白いものだと聞きましたね。『和紙』と言ってました……それも見習いたいものです」
西方では紙は貴重なのだ。安価に調達できる方法があるというのならば、それも手に入れたい。
世界は広い。遠き東方よりやってきた剣士も、そう語って西方の文化に珍しくしていたのだ。
好奇心であり冒険心―――伝説の英雄に憧れる気持ちには、そういったものも含まれているのだろう。
「失礼しますヴァレンティナ様。裁可をいただきたい案件と共にお客人の来訪をお伝えします」
「……どちらか一方というわけにはいかないのでしょうね。仕事をさぼっていた罰として甘んじて受けましょう」
「ではお通ししてもよろしいので?」
文官の言葉に、誰が来たのかを聞こうとした時に、彼女は許可なく部屋にやってきた。
「遠いところからようこそ。今は執務中だからお茶も出せないけれど構わないかしら?」
「どうやら今度ばかりはいたようね。少し安心したわ」
こちらの言葉を意に介さず現れたのは錫杖を手にした金色の髪の色々と豊満な女性であった。戦姫ソフィーヤ・オベルタスだった。
「領地をほったらかしにしているとでも密告するつもりだったのかしら?」
「そこまで意地の悪い人間に見えたかしら――――――――――」
皮肉に言葉を続けようとしたソフィーの口が開かれている。呆然と口に手を当てている彼女の視線の先には―――。
「ああ、納得しました。というかそろそろ硬直から解放されてもいいのでは」
「何ということでしょう……私の目の前に偶像などではなく質量を得た神が……」
竜を神扱いとは、この女性の趣味は既知であったとはいえいきすぎではないかと思う。とりあえず神官達に謝れ。
ソフィーの視線の先にはプラーミャがいた。自分の執務机にて丸まって日向ぼっこをしている幼竜は、欠伸をしてからまん丸とした目をソフィーに向けた。
「ヴァレンティナ。この子はどうしたの? どこで飼いならしたの? 名前は? 種類は? ついでにいえばもらっちゃダメ?」
興奮しながらこちらに詰め寄ってきたソフィーに少しばかり辟易しながらも、一つ一つの質問に答えていく。
「……質問が多すぎますよソフィーヤ。とりあえずその子はあげられません。なんせその幼竜は火竜山の主の子息にして将来の山の主である私とリョウの「子供」です」
ソフィーと話している内に集まっていた文官や武官達の何人かの顔が固まる。まさか戦姫が「竜の子供」を生むとか本気で考えていたのか。
人知を超えた力を持っていても身体機能は人間と変わらない。斬られれば血を流すし、「月のもの」も発生するのだ。
不敬罪で死刑にしてやろうかと言う考えの前に古株の老官が、「戯けたことを考えてないで仕事に戻れ」という言葉に、そりゃそうだという顔で全員が散って行った。
部下を殺さずに済んだという安堵をしてからソフィーヤの質問に答えることにする。
「名前はプラーミャ。種類はおそらく火竜(ブラーニ)、羽根があるから飛竜の血も入っているでしょうね」
「プラーミャちゃんでいいのね? プラーミャちゃーーーん♪」
荒く鼻息を鳴らしながら、こちらに確認してきたことは名前だけだ。そして自分の机にいたプラーミャを抱きしめようとしたのだが、一瞬早く自分の膝に移動してきたプラーミャに間合いを空かされて、執務机に頭をぶつけるソフィーヤ。
頭を抑えながら、蹲るソフィーヤ。どうやらかなりいたかったようだ。
そして机を荒らすなという思いと憐みの思いで見ていたら回復したソフィーは立ち上がると同時に―――。
「や、やるわねヴァレンティナ。私の弱点を突いてこのような攻撃を仕掛けてくるなんて、流石は『虚影の幻姫』。恐ろしき力だわ」
「今のは貴女の自爆でしょ。第一こんなことで私の異名を出してほしくないんですけど……」
涙を目に溜めながら怒りの緑眼で見てきたソフィーヤに、呆れる思いである。
竜が好きなのに竜から少し恐れられるのが彼女だというのは聞いている。ライトメリッツの戦姫のところにいる幼竜とのやり取りもこんな感じなのだろうか。
膝の上で丸まった竜の喉を撫でてあげると余計に殺気をぶつけてくる。
「思うんですが、あなたのその猫かわいがりみたいなのが悪いと思うんですよ。エレオノーラの所にいる幼竜はどうか知りませんけどプラーミャは山の主の子息、つまり誇り高き竜王の血統ですよ」
「だ、だからこそ建国王の時代から竜と関わりの深い戦姫として精一杯愛情を注ぎたいのに! 何で!?」
「……つまりですね。彼らの尊厳を少しは尊重してあげましょうよ」
プライドというものが、どんな生物にもあるのだから、それを理解した上で、接したらどうかというこちらの意見に彼女が耳を傾けるかどうかは分からない。
『鬼女』とかいう言葉が似合いそうな面構えになりつつあるソフィーヤにそれが通じるだろうか。
「プラーミャ、あの無駄に胸が大きい女の人は別に怖くありませんよ。プラーミャが可愛くてそれを表現したいだけなのです。どうしても嫌になったら戻ってきていいですよ」
仕方なくプラーミャの方に事情を説明する。今にもこちらに竜具で攻撃してきそうなソフィーヤを宥めるにはこれしか無さそうだ。
言葉が通じたのか、首肯してから自分の膝から飛び立ちソフィーヤの方に行くプラーミャ。
腕の中に収まった朱色の幼竜は、ソフィーヤを見上げる。
「そこで頬ずりしない。ついでにいえばきつく抱きしめない。ただされるがまま、あるがままの自然体で接しなさい」
見上げると同時に何かしようとしたソフィーヤにすかさず機先を制する形で、忠告と助言を放つ。
「うう……それはそれで苦行ですね。けど……暖かいわこの子……」
来客用の椅子に座り、ソフィーヤの膝で丸まったプラーミャ。そうして落ち着いたところでプラーミャの全身を撫でていくソフィーヤ。
「猫と同じですよ。竜は少しきままなところがありますから、そこを理解して接してあげてください」
「ああ……幸せ。正直ここに来た目的なんてどうでもよくなってきたわ」
恍惚とした表情をするソフィーヤ。まぁ本人が幸せならばよいだろう。
「ではプラーミャを存分に撫でたらお帰りください」
「持ち帰り出来ないならば、目的は果たさないとならないわ」
内心、このままここに来た目的を忘却して帰ってくれないかと思っていただけに舌打ちを隠せない。
回されてきた書類を机に置きながら、彼女の用件を聞くことにする。
「客船クイーン・アン・ボニー? それがどうしたというの?」
「ある貴族の行っていた事業の一つ。上流階級のお遊びの遊覧船だったんだけど、これが少し厄介なことになっているのよ」
「海賊に襲われたというオチですか」
首肯をするソフィーヤに、それが今回の事に関して何の関係があるのか……どうせ、既に色々と終わっただろう。
「男子の貴族の子弟は殺されたり奴隷として売られたそうなんだけれど……そこからが問題なのよ」
「残された女の方は海賊の慰み者となっているということかしら」
「その通り。更に言えばその中にはかなりの有力貴族もいるということ……彼女らの親は陛下に救出の嘆願をしようとするところだったのよ」
「………止められたの? その嘆願」
ソフィーヤの言い方が引っ掛かり聞き返す。つまりその嘆願は国王の耳に入らず、どこかで差し止められた。
国王に言わずともそれだけのことが出来るものは宰相―――いや、それ以上の地位のものが、遠ざけたのだ。
「エリザヴェータが、それを止めたのよ。有力貴族の領地はルヴ-シュに属していたから」
「………前から想っていたのですけど、どうにもあの子は自分の身の丈以上のことをやろうとしますよね。戦姫としての務めは少し現実的にすべきだと思いますよ」
ヴァレンティナとしては本当に頭を抱えたくなる。つまりエリザヴェータは、その有力貴族の子女を救出する腹なのだ。
それが彼女の軍単独で行われるならばともかく、他の戦姫などとの共同作戦の時にやるというのならば、連携行動を乱しかねない。
「いっそのこと、オステローデ軍を動かしてあの子を釘づけにしてやろうかしら」
「それをしたらば、サーシャが困ると思うのだけど……」
「大丈夫ですよ。リョウがいれば風の女神の如き神速で敵船に乗り込み、軍神・戦神のような剣劇殺劇を披露出来るはずです」
困り顔のソフィーヤに、自慢げに答えながら場合によっては自分もこの海戦に参加する必要があるかもしれない。
第一、アレクサンドラなどにリョウを渡すつもりはないのだ。
「それであなたとしては私にそれを話してどうしてほしいのですか?」
「さぁ? 私が何か頼んでもその通り動くかはあなた次第。私としてはその東方剣士のためならば何でもすると言ったあなたの心意気に賭けてみようと思う」
「分の悪い賭けをして破産するタイプねソフィーヤ」
「本当に?」
短い言葉ながらも真剣な顔で聞いてきた金色の戦姫に何も答えられなくなる。謎掛け(リドル)のようなソフィーヤの言葉に一度目を閉じてから、結局の所ここに来た目的など分かっていた。
つまりは……アレクサンドラを助けてほしいということなのだ。ソフィーヤとアレクサンドラの間には少しばかり友情が存在している。
年長の戦姫同士の共感とでもいえばいいのか、そういったものだ。
だからといって自分に言うのは少しお角違いなのではないだろうかと思っていた時に、武官の一人が執務室に入ってきて急報を伝えた。
「戦姫様、ジスタート沿岸部に不審な船団が現れまして、我が方の商船が襲われかけました……って、あ、あれ?」
「どうやら随分と入れ込んでいるようね。どこが分の悪い賭けなのかしら」
嘆息しつつ、既に執務室から消え去ったヴァレンティナ。もはや理解した。あの戦姫は、自分たちを謀っていたのだ。
長距離の転移すら苦も無く行い、そして身のこなしの速さ。武官が瞬きする一瞬で――――。
「私の膝の上で微睡んでいたプラーミャちゃんを連れて行く敏捷性、あなたが病弱なんてのは完全な嘘ね」
二重の意味でソフィーは怒りを覚えた。一つは幼竜を連れて行ったこと、もう一つは自分の友人であるアレクサンドラを意図せずとも馬鹿にしていたということ。
「だからまぁ……少しはあの子の助けになってくれると嬉しいわ」
その後でならば、自分は許さなくもない。そうしてから執務室を出る官僚たちが恭しく敬礼をする中、ソフィーは公宮を後にした。
慌ただしくも、対処を過たず行い領地に関することを決めていく彼らを見るからに彼女が、いきなり消え去るのは今に始まった話ではないのだろう。
「それにしても……プラーミャちゃんか……少しやんちゃなところがあるルーニエちゃんとは対照的に育ちが良い感じがするわ」
二匹の幼竜は、それぞれの魅力を持っていてソフィーとしては本当に困ってしまう事態だ。
頬に手を当てながら先程まで撫でていた幼竜の暖かさが残っている感覚を覚えて名残惜しかった。
・
・
・
「よし、大体はこんなところか」
「上手くいけばいいがな。いや、上手くいかせるしかないな」
地図上に示された事柄の多く。書き記してきたことを全て実行出来れば確かに自分たちは勝てる。
「だがまぁその前にそんな試作兵器は、使い物になっていないかもしれないしな」
「楽観的な考えだね。けどまぁ未だに見えない兵器におどおどしてもしょうがないか」
案ずるより生むが易しという言葉もあるのだ。その原則に従えば実際に行動してから何かを決めた方がいいには決まっている。
「考えごとばかりしていて少し体が鈍ってしまったかな……少し運動に付き合ってもらえるかい?」
一度伸びをして、その身体を見せつけるかのようにするサーシャに少し戸惑いつつも、まだ病が全て治ったわけではないと伝える。
無茶をするなという言葉に、サーシャは平気だ。と答える。
「僕が出るのは修羅巷の戦場だよ。そこで動けないようじゃ、君の処置の甲斐が無い。今の僕がどれだけ動けるのか確認させてほしい」
「……分かった。だが無茶だと思ったらそこで止めるぞ」
体技室へと向かう道で多くの官僚たちから微笑ましげな視線を受ける。自分が受け入れられているのを喜ぶべきか、それとも綱紀の緩みを嘆くべきなのか判断に迷う。
「そういえば君が聞きたかったことってなんだい? 僕のことばかり話してしまっていたから君の来訪の目的を知らなかった」
「うん。君や俺が使う薬などの材料を手に入れるために山に昨日入っていたんだよ」
「山? もしかして火竜山か?」
後で聞いたらば、あの山はレグニーツァの先住民族発祥の地であったらしく神性をもった霊山だったそうだ。
聖域に立ち入ってしまったことを謝るべきなのかそれともと思っていたらば、そこは構わないと言ってきた。
「あそこはいい草が自生しているからね。けれど……近隣住民たちには入山制限を掛けていたんだけど……暴れ竜がいたから……まさか…」
「そのまさかだ。件の暴れ竜を倒したらば―――。こんなものが出てきてな」
驚いた顔をしているサーシャに赤い宝玉を差し出す。
磨き抜かれたその珠のようなオーブには、何の紋様も刻まれていないが、それでも炎の霊力を感じる。
「フラムミーティオを君が倒したのか……いや疑っているわけではない。このオーブが何よりの証拠だから」
「それは何なんだ? あの火竜が―――燃え尽きた後に、それが出てきたんだ」
言っている途中で、まさか竜と意思疎通をした上でこれを譲り受けたなどという一種の与太話まで付け加える必要は無いとして一部脚色をした。
体技室に入る手前。サーシャは立ち止まり、話を始めた。
「私よりも前のここの領主―――つまり先代以上前の戦姫との話だ……」
神妙な様子でサーシャは語り始めた。
建国王の妃であるバルグレンを持った戦姫は、入植したそのレグニーツァの領土内において、一つの不穏分子を発見した。
それは活火山の麓にある肥沃な穀倉地帯を開拓していたころ、一匹の火竜が現れた。その火竜は、「自分達」の縄張りに入り込んできた人間に完全なる敵対を示し、入植者たちを殺しつくした。
事態を重く見た戦姫は、その火竜を討伐すべく山狩りを行い、かつ平地での戦いが出来るように火竜山を囲い込んでいった。
「赤炎の流星が今でも生きていたってことは討伐は失敗に終わったのか」
「その通りだ。山の獣達は狡猾であり主である竜の指揮の元、多大な犠牲をレグニーツァに強いた」
結果としてその麓への入植は諦めて、沿岸部での生活が主となっていた。しかしその建国王の妃から数代あとの戦姫が、己の身を生贄にして火竜山の麓への入植を求めた。
『いと気高き火の竜王よ。我が身を食らいて怒りを鎮めよ。我らは汝らが域を侵さぬ。しかしその代わり麓の集落は、人間達の糧となるものを作るのだ。だから汝らも我らが域を侵さないでくれ』
その訴えに応えて、山から一体の巨竜が麓の集落に作られた祭壇にやってきた。そして、バルグレンを置いた戦姫を己の炎で焼き尽くした。
レグニーツァ軍は怒りを抑えてその光景を見ていた。自分にどんなことがあってもその巨竜を害するなという命令であったからだ。
灰と化した戦姫―――の後に、誰かを喰うわけでもなく、その祭壇の後に―――、一抱えもある赤い宝玉が出来ていた。
それを飲み込んだ後に、山へと入っていく火竜―――その時、この巨竜には「フラムミーティオ」という名前が付けられた。
かの巨竜は、火竜でありながらも羽根を生やして、文字通り流星のように戦姫達の下にやってきた。
「その後、入植しても彼らからの襲撃は無くなった。それどころか、夜中になると山の獣達が薬草となる草を麓の集落に持ってきていたとか、眉唾な話ばかり伝わっている」
「何でどこでも生贄に選ばれるのは女なんだか」
良くある話といえばそうなのだが、それにしても洋の東西を問わず神話・逸話で必ず女が生贄になるのやら。リョウとしては女の子にはどちらかといえば生きていてほしいから、そんな考えになる。
「いや、戦姫は志願したのだそうだ。そしてその代の戦姫の名前も『ミーティア』というらしくて、そこからも巨竜の名前が付けられたらしい」
「若い身空で何でまたそんなことをするかね。そこまで食糧事情は逼迫していたのか?」
「それもあるけれどミーティア様は死病に掛っていたんだ。死期も悟っていたらしくて最後に戦姫として何が出来るのかと考えて、生贄に志願したんだ」
戦姫ミーティアの最後というのは、この辺りではポピュラーな逸話らしくて女も楚々とした一面の他に気風の良さというか、強い女性である一面がある。
そういう意味では宿の女将などは典型的なレグニーツァの女という感じだ。
「俺に山の守り神を殺したことに対する咎は無いのか?」
「元々、そういった陳情は受けていた。如何な竜王とて事態次第では討伐しなければならなかった」
しかし、戦姫アレクサンドラにそれは難しかった。今の自分の病状。そして討伐軍を編成しても犠牲を増やすだけだとして入山制限を掛けた。
幸いにも、今では違う穀倉地帯を持っており、何より貿易での交換で手に入れることも不可能ではなかったから、あえて藪を突かなくてもいいだろうという判断だった。
「竜は人間の匂いを嫌う。だから街に被害が出ないのならば放っておいた」
「私見を申させてもらえば不味い判断だったな。あれは疫病か何かにかかっていたんだ。一種の狂犬病といえば分かるかな?」
「いずれは街に下りてきた……?」
「可能性の話ではあるけれど」
サーシャの判断そのものは間違いではない。しかしあの竜があのまま「呪」に侵され続けているようであれば、確実に災禍がレグニーツァに降り注いでいた。
その前に倒せたのは僥倖としか言いようがない。
「―――甘かったかな。少し病床に伏せすぎて動くことに億劫になりすぎていた」
「そんなことはない。ただ他の戦姫に頼むことも出来たんじゃないのか?」
「エレン辺りだったらやってくれたかもしれないね。まぁ結果論だよ」
気にしないでおこうという言葉に同感だとして、ようやく体技室へと入る。
体技室の床は木でできており、故郷の道場を思わせる。訓練をする上で、怪我や事故の可能性を少なくするための配慮だ。
ここは戦姫専用の体技室らしく他に使っているものは見えない。壁に立てかけられている武器は数多い。
大鉈、戦斧、矛鎚、槍、斧槍、杖、剣、そして―――。
「数打。特に銘は無いな」
鞘から抜き放ち、検分しても特筆した代物ではないことは分かる。ただそれでも悪いものではない。
業物ではないというだけだ。郷里の武器を見ながら、つぶやく。
「やはりこの辺りまで来るカタナは業物ではないのか」
「そりゃそうだろ、刀匠が己の魂を込めて作ったものは、そうそう他国までいかないよ」
その前に、国の名将などの腰に収まっている。
興味深そうにしているサーシャに自分の持つ業物を見せる。いいものがどんなものかを知らなければ、物の良し悪しなど分からないのだから。
剣そのものの重みで斬ることが多いこの辺りの武器とは違い鋭さをとことんまで追及して、追及した結果の魔剣。
鬼を哭かせるほどの切れ味という意味で、刀匠はこの銘を付けたのだろう。
「キコク・シンウチ―――何というか……吸い込まれそうな輝きがある」
「業物だからな。元々は元服―――成人した時に仕えている方から受け取ったんだ」
抜き放った刃を光に翳しながら、サーシャは陶然とした呟きをする。それに応えながらそれは、使わないと伝える。
「ならば、僕も竜具は使わないでおこうかな」
お互いに数打、小剣二刀を握りしめてから距離を取る。
「判定はどうする?」
「有効打を与えた方の勝ちとしよう。判定員はいないからお互いに自己申告になるけれどっ!」
言うと同時に身を低くしてこちらに接近してきたサーシャ、双剣が左右から迫る。刃の範囲に収めると同時に締められるそれを前に二歩の後退。
締められた刃圏よりも狭めて双剣を自分の腹辺りまで交叉させる。今度は締められた状態からの交叉斬撃が来た。
足捌きを早め、サーシャの目測を騙してから、交叉の中心点に刃を入れる。下から跳ね上げる逆袈裟を放つ。
しかし彼女もまたそれを読んでいたのか、武器の喪失の前に斬撃を変化させて下から来た剣を抑えつけた。
驚きの眼でサーシャを見ると、どこか楽しそうな眼をしてこちらを見てくる。引くことも押すこともできない状態のつばぜり合い。
数秒程度のそれを終わらせたのはこちらだ。膂力が足りないのならば、膂力を上げる。剣の峰を足でけり上げる形で均衡を崩した。
その蹴り足の勢いのまま―――彼女は宙を舞うようになっている。そこに自分も飛び上がるつもりでいただけに、少し目論見を外される。
しかしそのままならば彼女の空中からの斬撃を迎え撃てない。ならばこちらも飛び上がるのみ。
蹴り足の勢いを借りてそのまま宙に上がりサーシャを斬るべく、構えなおすが取り回しの良さは彼女の双剣に軍配が上がり、舞うように振るわれる斬撃に防戦一方のままに後は自由落下しつつ後退をした。
もはやサーシャの実力は、疑いようがない。20チェートほどの距離を取りつつ、サーシャを見る。
「どうだい? 結構やるもんだろ?」
微笑を浮かべる炎の戦姫。それにこちらも微笑と称賛の言葉を返す。
「見事だよ。剣技もそうだけど、何より読みが良い」
まさかこの西方の地で「読速」「身速」「剣速」の三つを使いこなす剣士がいたとは。なかでも読速は、相手の心の動きを読むことで「先」を取るために必要なものだ。
サーシャのここまでの連撃は自分の剣の奥義に通じるものがある。しかし、なぜこのようなことが出来るのか。
「旅をしている時に、僕は自分の非力さを理解していたからね。暴漢と対峙した時に相手の行動を読むことで先手を取ることに慣れていったんだ」
「『先手必勝』後に動いたとしても行動の主導権を握ることで相手を圧倒する剣の真髄。サーシャ。お前が生きるためにしていたことは自然と剣の奥義となっていたよ」
分が悪い―――。という心中の感想が出る。自分のは教え伝えられたものであり教書でしかない。
しかしサーシャのは、完全に天然のものだ。生きるために剣の奥義を体得した彼女と自分では、力量に差がありすぎる。
にしても舞うような軽業師・舞踏家のような「身速」の動きからの「剣速」は、中々に難儀する。
(踊り子とかでも食べていたんだろうな。それがサーシャの変則的な攻撃に繋がっているんだろう)
となれば、それに通じるものが自分に無いわけではない。思わぬ苦戦にリョウも少しだけ動きの質を変える。臍の下。『丹田』に力を込めて「気」を練る。
足捌きを変えつつ、サーシャへの接近を果たそうとする。剣を肩掛けにして捨て身の一撃を放つような構えのまま移動する。
対するサーシャも、待つことは愚策として動く。舞うような足捌き―――見えぬ一輪の花を持った舞い手が闘志を燃やしてこちらにやってくるのだ。
一輪の花の幻影は剣へと姿を変えてこちらを突き刺そうとしてくる。舞い手の突きの動きを体で躱す。
肩掛けの剣は、振り下ろすのではなく横薙ぎの形で振るわれる。双剣一本でそれを捌けないと悟ったサーシャは、身体ごと回転させてこちらの刃圏から逃れていく。
しかしながら、リョウもまた回転するかのようにサーシャの影を追っていく。
(動きの質が変わった。いや、違うな。捌き方を変えたのか)
それが自分の回転剣舞に付いてこれる理由だ。サーシャの刃 の 舞 姫という異名は、舞うような斬撃のそこから来ている。
相手の正面に立たずに、斜め斜めへと入っていくそれは一見しては正面からの斬りあいをしているように見えて、その実、自分にとって最適のポジションを取っていた。
全盛期に三人の戦姫を相手取れたのも、一見すれば、複数を相手取っているように見えて一対一の状況を巧みに作り出し、作った時点で自分の方が戦いやすい位置で剣戟を繰り出していた。
そして今、目の前の東方剣士がやっているのもそれだった。
全身の骨の動きと筋肉の動きを理解した「三次元」の動き。ヤーファに於いて「武芸」における「なんば」そして大衆演劇「歌舞伎」の「六方」という動き。
するりするりとこちらの懐に入り込もうとするそれは、重心が揺らがないそれはまやかしのようでありながらも、鋭く切り込んでくる。
「どうした。剣の捌きが乱れてきているぞ。この程度じゃ一騎当千の戦姫の名が泣くぞ」
剣戟の間に声を挟む、それは彼女の本気を見たいと思う心からの言葉だ。
「君の踊りに合わせていただけだよ。そう言うんならば速度を上げさせてもらおうかな」
事実。その言葉の後にはサーシャの剣舞踊は速度を上げてきた。
旋律に合わせて縦の動きを行うのが「踊り」であり、すり足による旋回運動こそが「舞」である。
合わせて舞踊。身体の全ての動きを把握した上で、自分を中心にあらゆる方向への「円運動」を行う。
それこそが舞踊であるサーシャの見事な神がかったものを前に「踊り」の相手であるリョウは振り回される。
魂鎮めの祈祷を行う白拍子が、舞台で己を中心として昂揚しているのと同じだ。
刀と双剣がぶつかっては、その都度離れていく。小気味よい金属音が、どこまでも響いていく。
お互いの呼吸が聞こえるぐらいの距離まで近づくこともあれば、お互いの身体全部を目に収めることもある距離まで離れることも。
そうして、数刻もしたのではないかという時間の終焉は、お互いの走り抜けの斬撃を最後に訪れた。
「これ以上はやめておこう。剣が乱れるし変な癖がついたら困る」
「同感……だ」
情けないことに息切れをして、倒れこみたいのはこちらのほうだった。振り返ってみる限りでは、汗を流しているもののサーシャは、まだ動けそうな雰囲気だ。
座り込みながら、サーシャの剣戟を受けていた刀を見ると柄に罅が入っていた。目釘も外れかかっている。
「無銘などと言って申し訳なかったな。お前は名無しの「業物」だよ」
懐から新たな鉄製の柄を取り出して、柄と鍔を交換する。目釘もしっかり嵌めた上で、鞘に納刀する。
「そんな風に使うものなのか……今まで知らなかった」
「我が国の貿易商に少しばかり商品説明の重要性を説く必要性がありそうだな……」
こちらがやっていた最後の締めの行いを見ていたサーシャが感心したように言ってきた。如何に数打ちの代物とはいえ、これに命を預ける人間もいるのだ。
でなければこれから西方との取引など覚束ない。伝書を飛ばす際の報告事項が増えた思いつつもサーシャを直視出来ない。
「どうかした?」
「いや、別に……」
目を逸らしつつも、汗に女の匂いが混在して、その汗で張り付いた衣服がサーシャの肢体の詳細を知らせてくる。
しかもこちらを窺うように膝を折って屈みながら見てくるので、ティナに劣るとはいえその胸の豊かさが強調されて、更に言えばカモシカのような細い脚がサーシャの色香を倍増させていた。
「変なリョウ。僕の顔を見れないような何かやましいことでもあるのかな?」
言葉と同時にサーシャの顔を少し盗み見ると、イタズラが成功したような顔をしている。もうこの女わかってやっているだろ! という内心の叫びを聞いたのかサーシャは肩を竦めた。
「これ以上年下の男の子をからかうのも悪いね。ごめんリョウ」
「初めて会った時に俺をああだこうだと言っていた割には、お前も自分の魅力をわかっていな―――いや分かっているからこんなことをするんだな」
頭を抱えながらも、サーシャの女としての顔にどうにも困惑してしまう。きっと今日、自分のモノはあの大鎌の戦姫によって切り落とされるのだ。
だがそれも自分の罪なのだと自戒して、汗を流したいと思いながらもサーシャの体調を聞く。
「本当に東洋の神秘だよ。どういう薬なんだい?」
「侍医には製法も教えておいたんだが……」
「うん。だから不思議に思う。僕の血の病は親から子へと受け継がれる宿業みたいなものなのに」
遺伝する病。そういうものが自分の国にもある。しかしながら、完治は出来ずとも人並に生きるだけの施術はある。
貧血症のようなものだ。だが、本当に病であるかどうかも少し分からない。
「その内、少し強い薬も出す。それまで出来るだけ無茶はせずに……とはいかないな」
もはや海賊との決戦を決意した戦乙女の決意を汚すことは出来ない。
「だったらば、事が全て済んでもまだここにいてくれないか?」
「……考えておくけれども先約があることは、覚えておいてくれ」
抽象的な言葉だがサーシャが言わんとすることは分かった。しかし、その前にティナの方に色よい返事をしてしまったのだ。
不義理は犯せない。無論、サーシャの病状に関しても放置は出来ないことも確かだが。
「そうか……少し残念だ……さて水を浴びようか、君も一緒に―――」
「失礼、アレクサンドラ様。火急の用件故―――礼は省略させていただきます」
老従僕―――。サーシャの側仕えである人物が現れた瞬間に、サーシャは顔を引き締めて何用かを問う。
「外洋にて海賊旗を掲げた一団が現れてリプナへと舳先を向けているという情報が入りました」
「被害は?」
「―――商船が「燃える鉄球」によって破壊されかけたとのことで……」
間違いない。要領を得ない答えであっても、それがどういったものかは分かっている。
遂に来たのだ。海戦の前に陸戦となる構えも見せているこの展開は予想の範囲内でしかない。
しかし次にサーシャは少しびっくりする判断を下してきた。
「リプナの駐留軍の数は?」
「凡そ二百。船乗りを含めても三百といったところです」
「分かった。支度が出来次第こちらの軍も出発させてください。プシェプスの方には急使を―――リプナの方には私が向かいます」
「アレクサンドラ様自ら!?」
本来ならばここにて将兵達に激励を飛ばしてから軍団を率いて向かうのが筋ではある。それが旗頭としての将の役目だ。
だが、いま本当の意味で兵を必要としているのはリプナなのだ。そしてリプナの兵、そして民達は不安を覚えている。彼らを安心させるためにも今は戦姫が疾く駆けつけなければならない。
老官とアレクサンドラの視線がぶつかり合う。戦姫の判断を諌めようとしている視線と、決意を秘めた懇願の視線がぶつかり合い。
折れたのは―――老官のほうであった。
「仕方ありませんね。しかし、着替えと旅支度はしていってもらいますよ。汗臭い姫君など海の男の理想を崩さないでください」
準備をしてあったのか、予想をしていたのか。直ぐに侍女や女官など多くが扉の向こうから現れて、清潔な布を何枚も持ってやってきた。
「今からアレクサンドラ様はお召替えになりますので殿方には出て行ってもらいますよ」
恰幅の良い侍女長の言葉で体技室より出ることを余儀なくされる。そして老官と二人となった。
「用意がいいですね」
「予測はしていたのでな。お主がマトヴェイが語る通りの人物であるというのならばアレクサンドラ様を頼む」
「言われずとも、しかし―――俺も着替えだけでもしておきたいのだが……」
一度宿に戻ることは不可能だろう。刀は持ってきているし、いざとなれば「具足」も「召喚」出来る。
だが肌着を何とかしたいと思っていたらば、老官は着替えは用意させてあると言ってきた。
「ヤーファの衣服もあるが、お主はアレクサンドラ様の恩人であり想い人だ。悪いがそれに応じた衣服を着てもらうぞ」
案内された部屋にあった衣服は、紅のガーブであった。武官が着るような宮廷服のそれには金色の複雑な刺繍が施されており、確かにサーシャの隣に立つべき人間が着るような衣服だ。
「なんかこんな立派な服拵えてもらってありがたいやら申し訳ないやら」
「この服に見合った活躍を期待する。それだけだ」
素っ気ない老官に苦笑しつつ、和服を脱ぎそれを着こんでいく。着心地は悪くない。自分の身体にもぴったり合うようでいて、少しゆったりもしている。
袖の部分に余裕がある。恐らく夏という季節に合わせたのだろう。ズボンを履いてから、海戦陸戦。どちらにも対応できるように頑丈なブーツを締め付ける束帯(ベルト)を嵌めていく。
「成程。ベルトの多さがサーシャの戦装束と似ている」
感想を一つ言ってから、鬼哭と名無しの「業物」を腰に差して自分の準備は完了した。
「リョウ・サカガミ―――アレクサンドラ様をティル・ナ・ファの国などに赴かせないように頼む」
「絶対の確約は出来ない。だが、尽力する。サーシャは俺にとっても大事な人だからな」
部屋を出て行こうとする自分に声が掛けられて、その言葉に自分の想いを吐く。
そうして部屋を出ると、サーシャもまた準備は終えていた。先程と同じ衣装ではあるが、変更点としては髪飾りが少し華美なものに変更されていた。
だが決して悪くは無い。ルビーで出来たそれは彼女を魅力的に魅せていた。
「準備は出来たかい?」
「ああ、いつでもいいぞ」
リプナまでここからは飛ばすだけ飛ばせば二日もかからない。場合によっては御稜威を使うことも辞さない。
公宮の外に出ると二頭の軍馬が既に用意されていて、馬飼いが拝跪していたのに対して、サーシャはご苦労様と言って顔を上げるように言う。
「戦姫様がご出陣なされる!!!! 道を開けよ!!!!」
馬に乗り館外へと出ると同時に、衛兵が声を張り上げて町中に響き渡らせるかのようにした。
「レグニーツァに住む私の民全てに伝える!! これより私は海賊共を討つためにリプナへと向かう!! だが、この戦いはレグニーツァの民全員でやるものだ!! 男たちは、武器を持てるならば武器を使って誰かを守れ。出来ないのならばその職に関わらず己に出来ることを精一杯に行い戦うもの達に勇気を!! 女たちは、男たちを助けると同時に戦うもの達の胃袋を満たすことを行え!! 子供たちは兵士・騎士の親を持てばその無事を祈りながら大人を手伝うのだ。そうでない者もその子供たちの親の無事を祈って大人を手伝ってあげてくれ!!!」
一拍置いてから、サーシャは息を吸い込んで、再び演説をする。
「戦姫ミーティア様が己の身を犠牲にして竜王の怒りを鎮めたように私も己の身を燃やし尽くして、レグニーツァを守って見せる。だから―――皆の力を貸してくれ!!」
太陽に金色の小剣を翳したサーシャの言葉に民達は絶叫して礼賛した。そして兵役を行っていただろう男達は公宮に向かったりもしている。女達は保存が利き、日持ちをする食糧を造る作業に入る。子供たちは、神殿に入り避難をしつつ無事を祈る。年長の者たちは大人の手伝いに入っていく。
民達の出陣の凱歌を受けながら街道へと出ていく。街道に出ると同時に、何故あんな演説をしたのかを聞くことにする。
それをしながらも馬のスピードは落とさない。
「場合によっては僕が逃げ出したと思われるかもしれないからね……。それともしも…「私」が死んだ場合に備えて、レグニーツァの民達には己の故郷を守る意思を発揮させてもらっていたいんだ」
「弱気になるな。大将が弱気になるとそれは軍全体に伝染する」
「弱気じゃないよ。ただ万が一に備えただけだ……それに話によれば八十隻以上の大船団って話だからね。一度は引き返すことも考えた……ああ、そうだよ。弱気にもなるさ。そんな大勢に未知の兵器なんだから」
「認めたな」
言い訳がましいことを先程から言っていたサーシャの緊張を解す意味でも一人ぐらいは心情を吐露させた方が良かろうというのが自分の考えだ。
今のうちから固くなられても困る。
「まぁ俺ぐらいには縋ってもいいぞ。ただ他の将兵達の前ではそれを出すなよ」
「いいのかい……?」
呆然としながら、こちらを見返してきたサーシャに不敵な笑みを浮かべながら言う。
「弱気になった女の子に胸を貸すぐらいはお安い御用だ」
どんなに武芸に秀でていても、サーシャも女性なのだ。彼女を安心させる役目は引き受ける。
それが老官との約を果たすことにもつながるはず。
「ありがとう。少しは……気が軽くなったよ」
「それは良かった。サーシャの緊張も解れたことだし少し急ぐとするか―――素は軽、肩に風実、八重の浮羽、十八重の雲。火吹き、地流れ、空渡る」
御稜威を唱えて、馬と自分たちを軽量化させた。馬は一瞬びっくりしたがそれでも一歩の幅を理解すると同時に、騎手の手綱に従って走る。
「これが僕を抱きしめて公宮に飛んで行った際に使った呪術か……異国の言葉で分からないが、それでもリョウの声には呪術とは違う何か超然としたものを感じる」
「良い感性しているよサーシャ。今のは「神様」への嘆願みたいなものさ。さて神様の加護を得た馬でリプナに急ぐぞ!!」
「ああ。こんなことも出来る君とならどんな困難にも打ち勝てそうだ!!」
速度を上げた馬の風音に負けじと大声でサーシャと言い合いながら、リプナへの道を突き進んでいく。
強大なる敵との決戦は近づきつつ一抹の不安もあったのだが、焔の戦姫は笑顔を浮かべて自分たちが負ける想像など今では無くなっていた――――。
あとがき
魔法戦争よりもディーふらぐ!のアニメの方が待ち遠しいと思う私は、多分色んな意味で間違っている。
というわけで新年あけましておめでとうございます。今年も理想郷及び他のサイトでの私の作品を拝見してくだされば光栄です。
さてまずは前々回に出てきた及び今話にて語られている火竜に関してですが、これのモチーフはソードワールドノベルにおけるロードス島の五色の古竜。
その中でも火竜山の主にして支配の王錫を守っていたシューティングスターがモチーフです。
今作は様々なオリ設定などをでっち上げて書いたりしていますが、その中にはこのようなこともありますので、ご了承下さい。
あと20日ばかりで八巻が出ますね。MFコミックスの折り込みによれば、ティグルの行方=サーシャの安否に直結しているような書き方で、少し心配です。
そりゃロランもあまりものチート力のために話から消されたと見る動きもあるから、戦姫三人を練習とはいえ圧倒出来るサーシャが物語からいなくなってもおかしくないんですが……。
色々と期待と不安を残しつつ待ちましょう。もしサーシャが死んでも、この作品では生きます。あと今時点の私の構想ではロランも残る予定です。
原作改変という文言をタイトルに追加するのは、次辺りになるかもしれませんが今はこのままにしておきます。
ではでは今回はこの辺で失礼いたします。お相手はトロイアレイでした。