来客用の部屋。様々な人間が訪れてきた場所に馥郁たる香りが充満する。
ライトメリッツのそんな外交交渉の最前線に似つかわしくないものだ。もっとも戦姫であるエレンの気質からいって、あまり好かない人間はいれたくないだろう。
そういう意味では目の前の人間はかなりの偉業を成し遂げたといっていいだろう。
なんせエレンが好かない人間の筆頭とも言えるのだから―――。
「その高さから淹れることに意味はあるのか?」
「ジャンピングと言って、対流を起こさせる事で茶葉を攪拌させるのよ―――今まで呑んできた紅茶との違いを楽しみにしておきなさい」
「ああ、楽しみにしておく」
この場での目的は、本来ならば人質の身代金に関してのあれこれであったのだが、それに関しては現在エレオノーラとライトメリッツの文官、そしてオルミュッツ側の大公閣下とが首っ引きで交渉している。
時々、そのもう一つのテーブルでの交渉の合間にこちらを見てくるエレンの恨めしげな視線が、交渉をオルミュッツ有利に働かせようとしていた。
自分とリュドミラがこうして違うテーブルで紅茶に関してあれこれやっているのは結局の所、大公閣下の「気遣い」であった。
結局、今回の戦いにおいてティグルの武功は無いのだ―――。裏方であれこれやって戦争を止めた。
実利無き名誉の勝利。それを知るものは少なく、ならばということでオルミュッツは最高の『姫』を用いてのおもてなしをすることで過不足なくすることにした。
それは分かるのだが、何もいまこの時にやらなくてもいいのではないかと思う所存であった。
自分が見ている所で、『いちゃいちゃ』と触れ合う二人を見て交渉に身が入らない。
(しかもこんな時に限って、あの男はいやしない!!)
ヴァレンティナと逢引でもしているのだろうと分かっているからこそ、両方に苛立つ。
この場に、もう二人ぐらいいれば、あのお茶会の邪魔をしてくれていただろうに、という思いだ。
そんなこんなしつつも、人質交渉はスムーズに終焉へと向かおうとしていた。
それは目の前のリュドミラの父親からの気遣いであることに気付けないほどエレンも馬鹿ではなかった。
† † †
「それじゃ彼女は、ブリューヌ王宮に向かったのか?」
「ええ、途中までは送り届けましたが、その後は―――野となれ山となれって感じですね」
言葉こそ失礼千万ではあるが、道中で様々なことを知りたかったのだろうと推測は出来た。
ソフィーヤ・オベルタスが何を見聞きしてくるのか、そしてそれがティグルにどんな影響を及ぼすのかは分からないが、まぁ一先ずは様子見だろう。
「この後のご予定は?」
「遂に出立だろうさ。奸賊討つべしとしてな」
すぐさま、ネメタクムとの戦争状態に入るとは限らないが、一先ずテリトアールに宿営してから南部を目指す。
それが一応の目論見である。
「予定通りといえば予定通りですわね。ただ……一つよろしくない噂が出てますの」
ティナの深刻さを伴った言葉で知らされることは、『予定外』でありながらも『予想外』のことではなかった。
「南ブリューヌの貴族ピエール・マルセイユ『敗死』……誰にやられたかなんて聞くまでも無いな」
「ええ、ただ―――それならば流石の王宮も黙ってはいないはず。後は分かるはずでしょうリョウ」
アルサスにもあり得たかもしれない運命が反対方向に降りかかった。
しかし、そのやり方は尋常なものではなかったということだ。尋常ではない手口。
『ヒトの軍勢』ではないものを使役して何者かがマルセイユ公を殺したのだ。
ティナの語るところによればマルセイユの港を襲ったのは黒い獣の軍勢と黒い長髪の剣士『一人』
そしてマルセイユと『公然』と敵対をしていたのは―――テナルディエ公爵である以上は関与は疑われる。
だがそんな余他話で、嫌疑を向けるわけにもいかず王宮としては何処に剣を向ければいいのか分からない状況であるとのことだ。
「マルセイユ様は両公爵ほどではありませんが、ブリューヌの古い有力者。しかもムオジネルに対する壁も担っていたのですから、これらに関してもジスタートは聞きたいのですよ」
「俺はテナルディエ公爵じゃないが、彼としては勢力図をすっきりさせるために、南部の「たんこぶ」を落としたんじゃないかな?」
こういう風に誰が敵で誰が味方か分からない状況ほど勢力を整理するために戦いは起きる。
ティグルのアルサスを狙ったのも、長じればジスタートの介入をさせないための焦土作戦だ。
「一理ありますね。ただ今でなくてもいいはず」
「確かに、国内状況が定まっていないというのに、拙いやり方だな」
だが、その黒い剣士とやらが、自分の想像している相手ならば、信用を得るために「国」一つを滅ぼすだろう。
ぞっ、としない話だが……ここで軽々しく動けない。
願わくばかつての川楊家の国―――出雲の顛末のごとくならないことを願うのみ。
(何百年経っていると思っているんだ……それでも倒さねばならないだろうな)
それこそが神流の剣客としての本来の務め。この地を瘴気まみれにしない為にも……、桃の『魔神』は自分が殺さなければなるまい。
「竜殺しの次は『神殺し』ですか―――リョウの武勲が増えるたびに私の胸は高鳴ります」
「女王になるための準備がまた一つ進んでか?」
「もちろん♪ ―――それ以外の理由は、語らずとも私の胸の中だけで温めておきましょう」
掛けていたソファー。広く大きく余裕ある作りのものだというのに態々こちらによりかかってきたティナ。
自然と頭を撫でる体勢になってしまい、サラサラの艶やかな髪に手を這わせる。
途中で止まる事を知らぬティナの髪を愛撫していたのだが……いつの間にか入ってきたフィーネのジト目に晒されて、何となく居心地が悪くなる。
「会談が終わったから呼びに来たんだが……もう少し遅めにしとこうか?」
「やれやれ。名残惜しいですが、流石にエレオノーラの屋敷で『粗相』をするわけにもいきませんからね」
「そんな事したらば殺されるなぁ」
容易に想像出来る未来を回避して、フィグネリアの案内に従う。今のフィグネリアは、数日前までの様相とは違っていた。
巷で言われる『乱刃のフィーネ』としての衣装と髪色で本来の自分を取り戻して、ライトメリッツにいた。
買って上げたドレスはミラとの対決でエレオノーラがボロにしてしまった。
結果として、彼女は元の衣装に戻る事を余儀なくされた。また髪の色も元に戻っていた。
その際にエレオノーラと一悶着あったが、それは多分……時間だけが解決してくれる問題だろう。
「結局、フィグネリアも着いて来るのか?」
「ああ、オルミュッツの大公閣下にも依頼されちまったからね。『双子』のことを頼むって」
アルル、エルルのザクスタンの女戦士二人に随分とミラの父親は寛容であった。
今回の事件の首謀者として最初は殺されるも止む無しとしていた双戦士であったが、ミラの父親はそれよりも『ヴォルン閣下にご助力しなさい』ということで手打ちにした。
憤懣溜めていたミラであったが、やられた方がそんな調子であったので、溜め息一つ突いて、それを良しとした。
会談場所の扉を開けるとそこには反比例した表情の人々の群れがあった。
エレオノーラ及びライトメリッツ文官達は、微妙な不満少し溜めている表情。というよりも文官達はエレオノーラの表情に少しばかりびくついているといった方がいいだろう。
片やオルミュッツ陣営はミラはニコニコ顔、大公閣下も「えびす」顔を見せている辺り、ティグルとミラの『お茶会』は上手くいったのだろう。
「どうやら全ての交渉は終えられたようですね」
「ええ、最後のことに関しては―――サカガミ卿を交えて話したいと思いましてね」
用意された長大なテーブル。そこにオルミュッツ陣営と向かい合う形でそれぞれが座りあう。
席順はとりあえず皆が弁えていたのでさほどの混乱は無かったが、フィグネリアが立ちっぱになろうとしていたのでティナが強引に座らせたぐらいだろうか。
そうして全員が着席すると同時にミラの代弁とでも言うかのように大公閣下が言を放つ。
それは予想通りといえば予想通りの言葉であった。
「つまりテナルディエ公爵との取引を一切行わない」
「今回の事でオルミュッツの民は多大なまでの心労を与えられました。言うなればこれはテナルディエ公爵によって、オルミュッツの民を襲われたのと同意です」
言葉の裏に隠された怒りを滲ませたミラの父親の言葉。それにミラも殊更反論は無いようだ。
だが、それでそちらに迷惑はかからないのかと問う。どういった所で大口の顧客を失うということはオルミュッツにとっても痛手のはず。
「いいえ、私もお父様に同意なのよ。だからそこは気にしなくていいわ。ここまで仁義に欠けたことをやられては堪忍袋の緒が切れる」
母が存命だったならば、同じく言っていたというミラの言葉は真実強かった。
「ティグルヴルムド卿―――中立だけでいいのかしら? 望むならばオルミュッツからも兵を貸してあげるわよ。ピピンも恩を返したいらしいからね」
「衛兵長を失うのはどうかと思うし、まだ息子さんだって全快じゃないはず―――病気の時に父親を奪うのは忍びないな」
何より隣の銀髪の険しい視線を受けたティグルではそういうのが関の山だっただろう。
「そういうと思っていたわ。だから南部の方に睨みを私達は利かせるわ。準軍事同盟ってところでどうかしら?」
「つまり南部に我々の戦線が形成されればお前は、山を下ってやってくるのか?」
「ええ、勇猛なる戦士の守護者『ヴァルキリー』の如くね」
「猪の間違いだろう」
『エレン(エレオノーラ)』
エレオノーラの発言に対して、親しい間柄の人間全員から咎めの言葉が投げかけられた。流石に無礼であったが、ミラの父親は苦笑するに留まっている。
苦笑というよりも「知っている」やり取りゆえだろうか。
何でもライトメリッツとオルミュッツの戦姫同士が仲が悪いのは、近場故のことだけではない一面もあるらしい。
特にミラの曾祖母の辺りから―――『男』の取り合いで刃を交えることも多かったとか……あほらしい戦の理由とも取られかねないが当人達にとっては至極大真面目なもの。
タトラの城砦があそこまで堅牢なのもオルミュッツの戦姫が惚れた相手を閉じ込めてそこで夜伽をするために作ったとの話。
更にいえば攻めたくても攻めきれぬライトメリッツの風姫の悔し涙を肴に―――これ以上考えていると、頭が痛くなりそうな話でもある。
事実、目の前の大公閣下もエレオノーラの前の戦姫に『見所がある』として惚れられたりしていたのだが、恋の鞘当ての結果としては、気性が激しい所があるとはいえ楚々とした所もあったミラの母親の方に軍配が上がった。
(なんだってこんなことに詳しくなっているんだろうなぁ……)
「私の教育の賜物ですわね。『傲慢の風姫、憤怒の雪姫』というこの辺りのマイナーメジャーな伝説ですわ」
「人の心を読むなー」
洞察力あり過ぎる『強欲の幻姫』に言いながらも無駄だろうなと感じる。
とはいえ、それらの故事を言われて、思い当たる節があったのか顔を真っ赤にする戦姫二人。
意味が分からないティグルは呆けた顔をしているが、まぁ胡乱な話であろうということは完全に理解したようだ。
「そうだな……最終的には確かに中原でテナルディエ軍とぶつかり合う可能性が高いけれども、南部に行くこともありえるんだよな」
南部にまで押し込んでの戦いになる可能性を考えていたわけではない。ニース近辺でぶつかり合うだろうというのが連合軍としての読みであった。
だが南部―――アニエス近辺まで戦線を延ばすとなると協力者は多くいて悪いわけではない。
保険として、それを考慮していてもいいだろう。だが次にはティグルの思案は打ち切られる。
「ピエール・マルセイユ公無くしたブリューヌ南部は不穏な空気が立ち込めてますからね。妥当かと」
「マルセイユ様が!?」
「―――お知り合いだったのですか?」
タイミングを見計らって口を出したティナの言葉。それにティグルは腰を浮かせるほどの勢いで返した。
返された方も予想外の反応だったらしく、顔を驚かせていた。
言葉を失ったティグルに取り合えず詳細な事を話すティナ。一言ごとにティグルの顔が少し呆けていく。
そして放心して天井を仰ぎ見るティグルである。
「……俺が関係しているのだろうか?」
「いいや、テリトアールでの動き、オルミュッツの動きを斟酌するに『政敵』だから潰したというのが正しいだろうな」
「嘆いている暇は無いぞ―――これ以上の悲劇を止めたければ―――分かるだろ?」
自分とエレオノーラの言葉を受けたティグルは表情を改めてからミラに向き直るティグル。
「―――ああ。リュドミラ、南部で何かあればその時は助力お願いしたい」
「決断できたことは褒められるべきね。ならば―――私も決断するわ」
言葉で控えていた従者の一人が豪奢な箱を取り出して長大なテーブルに乗せる。
その箱を開けたミラ。中に納められていたのは―――多くのミスリル製の武器。そしてそれらの下に決して刃で切り裂かれないようにとしてオルミュッツの軍旗があった。
旗を貸し与える。それ即ちティグルの背後には「オルミュッツ」が同盟者として着いているという意思表示なのだ。
「我がオルミュッツは要請あればヴォルン伯爵閣下にご助力します。今の所は南部の様子を見ておきますがご要望あれば即応。それが我が民と我が父を人知れず救ってくれた勇者に対する最大の恩返しです」
「ありがとうございますリュドミラ=ルリエ殿―――なるべく次に会うときは穏やかな場所でいたいものですが、その時はよろしくお願いいたします」
微笑を交わし合い、次に会うのが戦場では無いことを祈りあう二人の言葉。それに対して口を「への字」に曲げているエレオノーラ。
そんな様子に皆が苦笑するしか無くなる。
「本当にありがとうねティグルヴルムド―――私の大事なモノを全て取り戻してくれて」
「気にしなくていいよ。俺にとってはやれるだけのことをやっただけだ。そして―――アルサスと同じ目に逢う者達を増やしたくなかった」
結局の所、それだけだった。彼がここまでオルミュッツの為に尽力したのは―――テナルディエ公爵の手で泣く人間を増やしたくなかったのだろう。
己の心に従ったからこそ、彼の目の前には道が開ける。
「交渉妥結して早速で申し訳ないが、我々はそろそろ出発せねばならない」
「慌しいですな。とはいえ我々もそろそろお暇しようか」
エレオノーラの言葉を受けてミラの代わりに父親である大公が返事をする。何故ならばミラは本当に名残惜しそうな顔をしていたからだ。
年頃の少女らしいそれを目にして微笑を零していた父親ではあったが、気付けで呼びかけられたミラも遂に立ち上がり、一礼をして部屋を出て行く。
その一時の別れを惜しむそれを見たティグルは、『微笑み』で心配するなと言外に言うしかなかった。
オルミュッツの使節団がいなくなると同時に静寂が部屋に篭る。しかしそれは一時のみであって、口を開くはエレオノーラであった。
「一つ確認しておくが、ティグル―――お前は―――私のものだ……だから、あんまり他の女に入れ込むな。情がありすぎるとそこまで酷な判断出来なくなってしまう」
「今の俺にとってはアルサスの保全のための戦いが第一だ……何より、君に対してまだ払うべきものを払っていない―――ただ、俺を大事にしてくれる人には、情のない対応はできそうに無い」
懐の深いティグルではあるが、エレオノーラとしては自分だけを見てほしい想いが先行している。
それが少しのすれ違いを生んでしまう。一種の嫉妬に狂ってしまうのだ。
(不器用すぎる)
誰もがそう思いつつ、その二人を部屋に残していつでも行軍出来るように準備をしておくことにした。
それぐらいの『ご褒美』があってもいいだろうという思いで、皆が出ていった瞬間であった。
† † †
「まさかあの若者が、ミラにとっての『大事なモノ』になるとは―――私の人を見る目もまだまだだな」
「だ、大事なモノではなく! 新しい友人です!! 胡乱なことを言わないでよ!!」
父の言葉に少しだけ噛みつく娘だが、本当に父親としてはそう思えたのだ。
最初は自由騎士リョウ・サカガミこそがリュドミラにとっての『良人』になると思っていた。
しかしながら彼は氷の姫を『賢妹』として見るだけで終わった。最終的には悪縁を断ち切る形で連れてきた流星の若者がミラの心に止まったのだった。
それを父としては良しとした。
自由騎士が信じた人間はミラにとってはしがらみを断ち切る刃を持った青年。そしてその青年はミラの心に住み着いた様だが……同時に何の因果か、風姫の心にも住み着いているようだ。
父としては負けるな。と思いつつ、あの青年が果たしてどのような道筋を辿っていくのかが非常に興味深くもある。
その道中にて自分の娘を『選んで』くれれば嬉しく思いつつ、今度は自分の茶を飲ませてやろうと思うのであった。
† † †
鉛色の空の下、ブリューヌ西部に二つの軍団がぶつかりあう。
しかし戦いの趨勢は既に決まっていた。
いつも通りに西方国境を超えようとしてきたザクスタン国軍であったが、ブリューヌが誇るナヴァール騎士団の最強。黒騎士ロランは、最強豪傑無双の名に恥じぬ戦いをしてザクスタンが誇る投石器など多くの『切り札』を切り伏せた。
このザクスタンとブリューヌの小競り合いは今に始まった話ではない。森と霧の国と称される山野多きザクスタンにとって肥沃な土地を持つブリューヌは、喉から手が出るほど欲しいものだ。
征服国家として、あれやこれやの理由を着けて越境してくるザクスタンは正しく害虫にも等しき存在であった。
それを退けるモノとして黒騎士ロランはここに居た。しかし、最近のロランの戦いぶりは以前のように苛烈豪巌な様ではなかった。
無論、弱くなったわけではない。
寧ろ、静かな―――研ぎ澄まされた氷の『刃』の如きもので、視線一つだけで切り裂かれるような様を感じるのだ。
相対したザクスタン兵の多くは黒騎士の『爆発』から『冷却』の如き様の変化に―――更に恐れおののいた。
今までの黒騎士ロランは、強いが猪武者のような様でかかってきたので恐怖をそこまで感じなかった。
だが、最近のロランの様は―――武人として『一枚皮が剥けた』ことを意味しており、戦う前からその冷血かつ芸術的な剣技を聞かされていたザクスタン軍は呑まれていた。
そんなロランであったが、一度だけ『爆発』をしたことがあった。
血気盛んな若騎士二十人程、真新しい馬具とよく育てられた騎馬を操るレオンハルト・フォン・シュミット将軍の配下―――いずれは将軍にもなれた人間達が、鎧袖一触されたのだ。
彼らは一様にこのようなことを宣ってロランにかかってきた。
『レオンハルト様は止めたが主神オーディンの名に掛けて、ザクスタン騎士達の怨嗟晴らすために、我らは『自由騎士』として貴様を討ちに来た!』
瞬間。ロランは爆発をした。黒い軍馬を二十人の騎馬達に向けて腹からの声を出して騎士達を威圧したのだった。
『自由騎士? 貴様らは自らを自由騎士と名乗るのか!?』
同時に普通の大剣を隣の小姓に預け、聖剣デュランダルを背中から引き抜いた。その様は周りどころか両軍を威圧した。
『俺は真の『自由騎士』を知っている! その男は神の教え、王の権威からも自由であり、ただその『心』にのみ忠実だった! 神に縋り、国に依った貴様らに自由騎士を名乗る資格など無い!!』
瞬間、黒騎士は爆発をして先頭にいる騎兵を殺した。黒い疾風がすり抜けるようにザクスタン騎兵達を砕き裂いていくのだ。
振ろうとしたメイス、小剣が黒騎士に当たる事は無かった。それどころか振るう前に鎧ごと腕と胴が離れるなどという技ばかりが披露されていったのだ。
十九の骸と死馬を作り上げると、残った最後の一人を斬ろうとした所で―――その一人は、自分はアウグスト国王にも連なる王族のものだとして降伏して身代金を払うと怯えながら言ってきたが、ロランは一切構わなかった。
『貴様らの教義によれば、懸命に戦って死んでも『戦士の野』に行けるのだろう? ならば命乞いなどするな!! 黙して逝け!!』
真一文字に振るったデュランダルによって、言葉を発しようとした恐れの首のままに宙を飛んだ。
その一連の殺劇はロランの成長を本当の意味で裏付けており、その様を見せられたレオンハルトは――――。
『ロラン在る限り、我らにブリューヌへの道は閉ざされるがままなり』
その言葉は、ザクスタンに一種の『停滞』を促し、後に砂と海の大地に興る『新興国』と赤竜の王国アスヴァールに奪われ続ける未来を決定付けた言葉であった。が、この時はただ単に、そこまで深い未来を予言したわけではなく、ロランを倒す必勝の策無ければ戦うこと無意味ということでしかなかった。
とはいえ、そういった事情もあってかザクスタンの攻勢も最近は大人しいものであった。しかし、国が乱れたのを感じたのか今日の攻勢は少し強かった。
それでも200人ばかりが殺されると、撤退を始めるザクスタン軍。対するブリューヌ軍に勝利の余韻や勝鬨も無い。
「不気味な侵攻だな。俺の恐怖が薄れたわけでは無さそうだが……」
「全くだ。しかし、国が乱れていることは察せられているようだな」
騎士団の副長であるオリビエが、こちらの言に同意しつつも裏側の事情は察せられたことを話す。
「宰相閣下からは何も無いのか?」
「何度か使者を出したが、会えずに帰ってきている……こうなれば、己で―――」
「副長! 団長! 王都より急使が城砦に来られました!!」
戦場整理の指揮をしていた所に、若手の騎士がやってきて報告をしてきた。
待ち望んでいたものがやってきたのだと思って、オリビエを置いて一足先に城砦に戻ったロランだったが、再びの落胆と怪訝な想いに囚われることとなった。
―――ようやくのことでザクスタンとの合戦場の整理を終えたオリビエは城砦の団長室にいたロランの表情と言葉に当惑するも望んだ使者ではなかったのだと気付ける。
「俺たちに賊討伐をしろとのことだ。それも使者こそ王都からであったが、要請はテナルディエ公爵からだ」
「俺たち? まさかナヴァール騎士団でか?」
「いや、我ら『パラディン騎士』達でだ。無論、兵も幾らかは連れて行くようだろうが」
テナルディエ公爵の要請をまとめると、自分がザクスタンとアスヴァールと交渉をして暫くの間大人しくさせるから、その間に国内を混乱に陥れている賊―――『ヴォルン伯爵』を討てとのことだ。
ヴォルン伯爵はジスタート軍を引き入れて、王権の奪取を目論んでいるとのこと。そしてそれを裏付けるようにジスタートの客将『リョウ・サカガミ』も、着いていると……。
「妙だな。直にリョウ・サカガミと話したことも見た事もないから何ともいえないが、リョウ・サカガミは私欲で動かんと思っていたのだが」
「テナルディエ公爵曰く、遂に西方にて縁るべき土地を求めて動き出したとの事だ。ジスタートではなく、西方の中でも肥沃な大地を持つブリューヌならば満足するだの……有り得ないな。実に有り得ないことの羅列だ」
そういう風に縁るべき土地を求めるのならば、自分と共に奸賊テナルディエ、ガヌロンの両者を討たせてその土地を与えるはず。
陛下ならば、それだけのことを考えていたはず。寧ろ、そういった考えならばブリューヌ側に『立って』戦うほうが正道だ。
最初は王子殿下の近衛騎士ぐらいから始まるかもしれないだろうが……。
「随分と買っているんだな自由騎士を」
「ああ。俺の騎士としての在り方をある意味変えてくれたからな……同時にあのような勇者が、しがらみ無く奸賊を討ってくれればと思っていたぐらいだ」
他力本願な。と本人には呆れられるかもしれないが、ロランとしては自分のような『国』に縛られた騎士よりも、彼に現状の変更を願いたかった。
そんな自分の考えを話すと、オリビエは鋭い指摘をしてきた。
「―――ということはリョウ・サカガミは、ヴォルン伯爵なる貴族に『義』があると見たんじゃないか?」
「その義とは?」
「そこまでは、ただナヴァール城砦まで噂程度だが聞こえてきた話では……ヴォルン伯爵の土地に、テナルディエ公爵の軍勢が踏み入ったそうだ」
それはアルサスにおけるただの『私戦』の話であったが、その戦いの顛末があまりにも『過激』だったからこそ尾鰭を着かせて、この西方国境まで届かせる形になった。
栄華を誇ったテナルディエ公爵の軍団―――それに更に色を付けるはずだった騎竜行軍。
引き連れてきた五頭の竜が自由騎士と戦姫―――そして『流星』によって砕かれたという話。
「有り得ない話ではない―――というのが、自分の考えだな」
だが、ロランとしては竜殺し自体よりも、テナルディエ公爵がどうやって『竜』を調教したのかが気になる。
そして『竜』を調教出来るならば、南部の港―――武のピエール公を『黒獣』で討ったのも自ずと分かるというものだ。
「それでどうするんだ?」
「―――如何なる理由があれども外国の軍を引き入れたヴォルン伯爵に王宮がいい顔をしないのは当然だ―――一度、ニースに行って陛下の容態を確認するついでに、ボードワン様に問い掛ける」
「アスフォール、オルランドゥも同じ考えだろうから、私の方で連れていく騎士達を選抜しておこう」
「頼む」
「パラディン騎士の中でも武でお前ら三騎士に劣っているんだ。これぐらいのことはさせてくれ」
「卑下するな次席騎士長。お前がいてくれるからこそ、俺は全力で戦えるんだ」
端正な顔を苦笑に変えるオリビエにフォローを入れながら、出立準備を整える
この男の知恵があればこそ、自分は安心して戦えるのだ。
ただ本人曰く単騎駆けをする自分はあまりにも見ていられず、近衛騎士か彼を補佐する者が欲しいと漏らしていた。
(ザクスタン人共には悪いが、彼を守護するヴァルキリーが欲しいものだ)
「では行ってくる。落ち会うのは、どの辺がいいかな?」
オリビエの思考の間に黒騎士は出立準備を整えたようであった。はたと気付かされた時には、軍装が外された状態のロランの姿があった。
もちろん、デュランダルは携えている。
相変わらずせっかちな男だと思いつつ、考えた上で口を開く。――――
「ヴォルン伯爵の行軍速度にもよるだろうが、彼の目的を考えるに……ネメタクムに至る前の『オーランジェ』方面で宿営を張っておこう。細かい事に関しては使者を出すからそれに従ってくれ」
「承知した」
黒騎士の諾の声。固い調子で返してそのまま部屋を出ていった。
その背中を見送ってから、あの男に就くべきヴァルキリーとでも呼ぶべき存在は死んでしまったのだと気付かされる。
「ジャンヌ……君が生きていれば、こんなことにならなかったのだろうな」
レグナス王子の護衛役であった女騎士。自分たちパラディンの同胞。それは永遠に失われたのだと―――オリビエは悲しく思いつつ、彼女の冥福を祈り、各騎士団に幾つかの指示を出す業務に邁進することにした。
悲しみを薄めるように激務へと昇華させるかのように、務めて動くことにした。
あとがき
今回、少し短めです。結構、間が空いたと言うのにこのボリューム。申し訳ない限りです。
まぁその間にハーメルンの皆様方が一斉に投稿していたので魔弾SS全体として見れば、特に問題はないかと(え
とはいえ、今回はきりの良い場面で切ったので、次話は既に書き始めています。筆が乗ってくれれば早めに上げられるかと思います。
ただ一ヶ月以上も挙げてなかったので、あまり期待せずにお待ちください。
では感想返信を
>>雷天狗さん
大変長らくお待たせして申し訳ない限りです。落第騎士は、GAワルブレを払拭するようにいい感じですね。
アスタリスクは、まぁ予想通りでしたね。色んな意味で
ダークホースは『おそ松さん』。あれは面白すぎた。
>>almanosさん
大変長らくお待たせしましたが、短いながらも次話をお送りします。
デュランダル及びガヌロン陣営は、後々をお楽しみ。そして次巻の内容次第で変化するかもしれないので、ご了承ください。
リュドミラ陣営に関しては、今はとりあえず『待ち』の体勢で置いておきました。
とはいえ、これにてテナルディエ公爵は追い詰められていきます。兵力こそティグルに負けていませんが―――四巻辺りでは、未来の敗北を感じて遂に……! というのが現在の構想ですね。
首を長くしてお待ちください。
さてさて今回はこんな所で、最新刊にて見られそうなミラとの共闘はもう少し先になりつつも、それを待ち望んでいただければ幸いです。
お相手はトロイアレイでした。