温泉と言うのは本当にいいものだ。越後の竜と甲斐の獅子が愛するのも分かるほどに己の体の疲れが取れていくかのように感じる。
美濃にあった湯も良かったし。そして『ナガヨシ』と『モトヤス』のような男がいないことに少し寂しさも感じた。
二人とも息災であろうと考えると同時にどっちも女の尻に敷かれているんだろうなと思う。
懐かしき顔を思い出すと同時に彼ら二人と同じぐらいに親しかった友人を思い出す。『彼』は現在、西方に来ようとしている。
とりあえず自分との連絡を取るためにも、もう一回、伝書を飛ばすようだと考えていたのだが……。
「むつかしい顔してどうしたの?」
「いや、その疑問に答える前に、何でここにいるの?」
湯船の中に身を沈めていた自分の横に現れたのは、桃色のバスタオルで起伏に富んだ身を包んだ黒髪の女性。となりのサーシャちゃんといった感じに現れた姿に驚く。
「色々と疲れただろうから背中流してあげようと思って」
他の客が居ないとはいえ、もしも誰かが来たらばどうするんだといった感じで、頭を抱えるも、その場合の対策はあるようだ。
「君と初めて会った時の事を忘れちゃったの? 僕は結構頑張ったんだけど」
「ああ。その手があったか。けれどそんなことに使われてバルグレンは不満じゃないのか?」
思い出してから問い掛けると、手桶に入れられた短剣二振りが、それぞれの炎を横に振ることで否定の意を示したように見えた。
せめてそこは不満に思って欲しかったのだが、どうやらこの双剣は予想以上にサーシャに懐いているようだ。
そうしてから、しっとりと濡れて切り揃えられた髪を掻きあげると同時に見えるうなじの艶を見ていけない想いを抱いてしまいそうになる。
「僕と一緒の部屋に泊まれなくて少し後悔している?」
「一応、正式な外交の場なんだからそういう男女のあれこれってどうかと思う……私人としては凄く後悔している」
本音を最後に付け足すと、微笑を零す美女がそこにあった。
「今度二人っきりで来よう。もしくはヤーファの温泉に連れて行ってくれると嬉しいな」
「ああ、けど基本的にヤーファの温泉は男女混浴だから……まぁいつか貸切で使うか」
目聡く、心に聡くそんなことを言ってきたサーシャ。こうしてやってきた理由がそれだけだとは思えないのだが、果たして何だろうかと思う。
「まぁ、風呂から出てからでも良かったけれども……こうして君に寄り添いたかったから」
「―――」
本当に後悔の連続ではある。
艶っぽくしなだれかかってくるサーシャの柔らかさに理性を崩されそうになりながらも抑えておかなければならない。
あれだけティグルにあれこれ言っていたというのに本末転倒も同然に自分がこれでは示しが着かない―――などと焔の姫との混浴状態でのぼせそうになっている最中に、戦姫専用の大浴場では、氷の戦姫がティグルと一緒にのぼせそうになっていたことなど知る由もなかった。
† † † † †
思い出すに、どうにも熱くなるもの。それは先程、部屋にいた時にやってきた風の姫であった。
濡れて透けたローブで、「戦姫専用の浴場」を使えと言って来たエレン。自分の「剣」に自信が無かったが故にリョウの誘いを断ったが、誰にも見られない浴場ならば大丈夫だろうと感じる。
(まぁ自分が男子の標準なのかどうかすら分からないしな……)
実際、ライトメリッツでの虜囚の日々の中でも水浴びは隠れてやるしかなかったことも多かった。
それは、そこまで開けっぴろげになれなかったのも一つだが、自分が標準以下であったらどうしようかという恐怖でもあった。
つくづく、自分の交友関係が狭いことを呪った時だ。しかしながらエレンの提案はある意味では渡りに船。リョウに「失望」「落胆」されたりするよりはいいだろう。
そんな考えで濡れて透けたローブのエレンを頭から追い出そうとしていたのだが、どうにもやはり落ち着かないのは……。
(リョウが変な事を言うからだ)
自分とて健全な男子。ここまで魅力的な女の子に囲まれて、弱小貴族だからと高嶺の花として世俗を捨て切れてもいない。
されど貴族としての礼節でそんなことも出来なかった。
結局の所、今までの自分は、同年代の「馬鹿」をやれる友人がいなくて、枯れた「フリ」をしていたのだろう。
苦笑をする。そんな目で自由騎士を見るやつなどそうそういないのではないかと思って少しの優越感を感じたからだ。
とにもかくにも湯浴みをしようと思う。
そうして言われた戦姫専用の湯治場というのは、その人間しか使っていないというのに、立派にしてあった。
あの焼けつくされた別荘といい、経済規模が違いすぎる。吝嗇が、ある意味上流階級の勤めというのも分かる気がした。
こういった「無駄」を出すことでも下の経済を回しているということなのだろう。脱衣場で服を脱ぎながら、正直今からでも男湯に向かうべきなのではと考えつつも、エレンの厚意を無駄にも出来ないな。と考え直す。
籐で編まれた籠に衣服を放り込んで、湯籠を持ち立派な造り―――贅を凝らしつつも、様々な調度「バーニクの像」「黒竜の壁画」などが配された浴場だ。
もうもうと立ち込める湯気の向こうに湯船があるだろうとして、入ろうとした瞬間に――――。
「戻ってきたの、サーシャ? あなたと義兄様の仲は知っているけれど……も、もうちょっと節度を弁えた方がいいと思うわ。そ、そりゃあ、私のお母様とお父様も一緒の風呂―――――」
どもりどもりの言葉が途切れる。色々と衝撃的な事を吐き出した彼女だが、現れたのが見知った戦姫ではなく、最近知り合った男子となれば、言葉を途切らせて固まるも当然か。
彼女のアイスブルーの髪と相まって、暖かさ云々よりも氷雪の精霊。リョウの国で言う所の「雪女」を想像させた。
湯船には先客がいた。裸身を晒すオルミュッツの戦姫「リュドミラ=ルリエ」が、そこにいた。
「……冷えるわよ。さっさと入ったら」
「いやいや、えーと、お、男湯『今の話を聞いて、出歯亀しにいくとは随分とスケベね』……どうすりゃいいんだ」
「いいから入りなさい。どうせエレオノーラ辺りから使っていいとか言われたんでしょ。もう少ししたら私も上がるから」
絶望しきったティグルとは対称的にリュドミラは肝が太いのか、それとも自分など男として見られていないのか、湯浴みを推奨してきた。……とりあえず今、男湯に行ったらば色々と『あれ』な場面に出くわすのは間違いない。
よってティグルの選択肢は一つでしかなかった。掛け湯をして腰にタオルを巻いてから、湯船に入る。
静寂の中で自分が入った時の音が奇妙なほど大きく響いたように思う。
如何せん、そんな風な状況だというのに温泉に入った瞬間に身体が緩むのを抑え切れない。リョウの国でも温泉は療養のために使われているそうだが、その理由が分かる。
魅力的過ぎる心地よさだ。
「随分と疲れていたみたいね」
「んっ、まぁ何というかディナントから始まって、どうにも血腥いことが多すぎたからな」
伸びをした自分の弛緩した様子に感想を述べたリュドミラ。
捕虜としてライトメリッツにいた時にも、何とか脱走出来ないかと色々とやってきたことを考えれば、あれ以来、自分の日常は戦いの日々に変わってしまった気がする。
そう考えれば運命とはどうなるか分からぬものだ。
「ただ、それでも本当に絶望した時は無かったかな……何とかなるだろうと考えていた」
「暢気ね」
「言われれば否定しようがない。ああ、けれども身代金の額には絶望したかな」
あれは衝撃的だった。戦の神を呪いたくなるほどの衝撃だったのだ。幸いにもその後は自分には軍神のような人間ばかり集まってくれたので、やはり諦めぬものに神の加護はあるのかもしれない。
「少しだけ感謝しているわ……義兄様の主が、義兄様の剣を汚いことに使わない人間で」
「加えて、自分の仲を取り持ってくれてって、ところかな?」
「寂しかったわ。これから私と敵対することも辞さないなんて言われて……」
「それに関してはすまないと思っている。ただあいつは……真の武士だから節度を守りたかっただけなんだ。それは理解してやってくれ」
自分の戦いに着いて来る。それはつまりリョウ・サカガミが今までこの西方で培ってきた縁を断つ行為にも直結していた。
身じろぎして湯船の中で姿勢を正しつつ、口を開く。
「あいつが、君や君の親しい人間などとの縁を切ってまで、俺に味方してくれている以上、俺はあいつに報いたい―――リョウが求めていることをかならず成し遂げたいんだ」
「……意思だけではその道は途切れるわよ。多くの味方を作りなさい。公爵の逆道で以ってブリューヌに仁と礼を取り戻す。その意思で戦うことが一先ずは義兄様の求めよ」
「助言ありがとう。リュドミラ」
結局の所、まだ分からないことだらけではあるが、それでも……戦うと決めた。その決意に揺るぎは無いのだから。
顔をリュドミラの方に向ける。ピンク色のバスタオルで包まれて、とりあえずまじまじと見ることはせずとも、礼自体は彼女の方を見ながら言わなければ失礼に当たる。
「……ある意味、あなたが私から義兄様を奪っていきながらも、その仲を取り持ってくれたわ。だから―――お礼に後で紅茶(チャイ)をご馳走してあげる」
「リョウから聞いている。リュドミラは「可愛い茶娘」だから、仲良くしてやってくれって」
「!!!……訂正するわティグルヴルムド卿。あなたと義兄様は似たものどうしだわ……」
会話の前半は、笑顔であったのだが、会話の後半になってからは、少しのふくれっ面を見せるリュドミラ。
湯に顔を半分沈ませて泡をあげる少女らしい仕草を行う姿が、可愛らしく思えた。
茶娘という言葉が気に障ったのだろうか、と思いつつも湯に当たり過ぎたのか顔を紅くしているので、そろそろどちらかが上がったほうがいいだろうと感じる。
感じていた時に――――、「脱衣場」の方から変化が―――発生しつつあった。
† † † † †
おかしい。おかしすぎる。あれから何分経った。ティグルをからかってから、何分たったんだ。
濡れた浴衣から楽な客服に着替えて、結構な時間が経った。最初は戦姫三人で入っていた浴場。そこにてリュドミラの胸の「慎ましさ」をあれこれやっていたのだが、やりすぎてサーシャに怒られて、そのまま湯船から揚がってティグルをからかうという方向にシフトした。
一応、悪戯気分でティグルと二人が鉢合わせするようにしたのだが……、幾らなんでも遅すぎる。
サーシャはともかくとして、リュドミラは怒って自分を怒鳴りつけてきそうなものだが……天啓が降りる。
まるで砕かれた時計塔を見て相手の能力を察したようにエレンに最悪のシナリオが降りてきたのだ。
「落ち着け……落ち着いて考えるんだ。私の辞書にパニックという言葉は無い……! そうだ! たしかルーリックも前にこんなことを言っていた……!」
―――そういう時は、そうですな。無理に引き剥がそうとするから必死に抵抗されるのです。逆に―――あげてしまってもいいやと考えるのです。―――
女性関係が色々とあれなルーリックの人生体験談の教訓を思い出して、エレンは……絶え間なき波紋が発生する如き心を静めるべく―――考えることは無理だった。
「ティ、ティグルは私のものだーーー!!! 例え親友であろうと、ましてや不倶戴天の敵などにくれてやるものかーーー!!!」
立ち上がり、脇に置いてあったアリファールを手に取り向かうは、脱衣場。
廊下に出て脱衣場への道をとる。周りの客の大半は先程の戦姫であると気付いたようだが、その視線に構うことなくエレンは大股で歩いていき、目的地に辿り着いた。
そして其処にてとんでもないものを見てしまったのだった……。
そうして……一刻ほど経ったころには、戦姫専用の大浴場には砕かれた氷と砕かれた調度などが散乱することになった。
「成程、『私は人間をやめるぞ!!ティグルーー!!』と言わんばかりに襲撃してきた『エレオノーラ』によって、あの惨状に成り果てたと……」
「今回ばかりは弁解の余地が無いし、二人を止めてくれたアレクサンドラとリョウには感謝している。でエレンは?」
「サーシャが正座させて、お説教しているよ」
そんな騒動が起こったのを収束させた後には全員お互いの部屋に戻ることになった。不幸中の幸いというか深刻な怪我などは起こらなかったが、湯冷めする可能性を考えて二人にはそれぞれの湯で暖まるように言った。
その間に、エレオノーラをサーシャと二人でしょっ引いた後に、暖衣を用意させたので今のティグルの格好は浴衣のような薄着ではない。
換えの下着なども多めに用意したのだが、まぁ二人とも相応に鍛えているしミラはラヴィアスの効果であんまり寒さというものを感じない。
要らぬ心配ではあろうが、総大将に風邪引かせるわけにもいかず一応そうしておいた。
「しかしまぁミラと裸の付き合いするなんてやるじゃないか、戦姫の色子の襲名も間近かな?」
「そんな屋号にもならんものを頂きたくないな……第一、隣の浴場にも戦姫はいたわけだし。暫くはその称号はお前のものだリョウ」
皮肉を言い合うと同時に、テーブルの対面で「歩」を動かしたティグルに対して、「香車」を指す。
温泉の後に、飯を食べるは少しばかり騒動が大きくなりすぎてさりとてやること無くて暇だというティグルの為に郷里での「遊戯」を教えることにした。
別に『チェス』もティナの相手で知らないわけではないが、ヤーファの盤上遊戯が知りたいというティグルの要望に付き合う形で、『将棋』を指すことに。
「にしてもこの将棋ってのは、思考が複雑になるゲームだな……」
「チェスと違う最大の点は……奪った駒を自分のものに出来るという点にある。まぁ現実には、奪った「兵」を完全に自分達のものに出来るとも限らないがな」
「桂馬」を中央にまで進めてきたティグルに対して、「飛車」を「王」の前に置くことで、威圧する。
現在の所、盤上は整然と動いている。ティグルも自分も乱戦というものをあまり好まない。
動くべきときにはプレデトリー(猛獣的)に噛み付きにかかるが、それまで整然と動く。
取りあえずどうやって駒を動かすかを知ることであり、負けてもそこから何を得るかが将棋の肝だと伝える。
よって――――、
「四十七手で詰だ」
「結局、リョウの陣地に入城することすら叶わないのかよ……、しかも全ての駒が成ってないなんて」
頭を抱えて落ち込むティグルに苦笑してしまう。事実入城したこちらの駒を成らせることをしなかった。
そしてティグルには『そちらが入城すれば成りの『動かし方』を教えてやる』と言っておいたのだ。
「落ち込むことは無いぞ。最初は飛車角金落ちでやってやろうと思っていたぐらいだ」
初心者教習というわけではないが、実際ティグルの読みは鋭くて、こちらとしても全駒動員しなければならなかった。
流石に超一流の「弓士」ともなると、その読みは『ずば抜けている』。
「まずは一手ずつ、俺の陣地で駒がどう変化するか知ることだよ」
「長い道のりだな……しかし、この『角』っていう駒は気に入ったよ。何ていうか……うん気に入った」
幼い感想ではあるが、それでも言わんとすることは分かる。そして彼が気に入った理由も何となく分かった。
結局、ティグルが武人として動く時にその役目と言うのは敵を真正面から断ち切ることではなくて斜めから切り込んで寸断することにあるからだ。
だからこそ角というのに惹かれるのだろう。
そして、角が成ることでどういう『役目』になるかを知るリョウとしては、それを伝えられる日が来る時には、きっとティグルがどう呼ばれているかが、何となく分かる気がした。
そんなリョウの勝手な評価に構わずティグルは「飛車」はリョウに似ていると感想を内心で漏らしていた。
† † † † †
ブリューヌ領地マルセイユ。その領地の中でも港町として栄える『マッサリア』は、その日―――歴史を転換させられた。
始まりは港町へと入る前の『野』に多くの野犬、野狼が跋扈している所からであった。野に蔓延るそれらは気味が悪く明らかに人間に敵対的であった所から、すぐさま領主であるピエール・マルセイユ公爵に伝えられた。
若き日には王国の先槍『武のピエール』と呼ばれて、ボードワンと対比させられることありし老いてなお精強な武人貴族であった。
ピエールには一人の息子と一人の孫が居り、二人ともがピエールと同じぐらいに武人として優秀で、その野犬殺しに同行させることにした。
とはいえ野に跋扈する害獣などに武人を動員するなどとんでもないというのが普通の感覚、せいぜい狩人を向かわせるのが普通なのだが……ピエールは報告が上がった時から嫌なものを感じていた。
この害獣達は恐らく―――自然のものではないだろうと……。足跡はテナルディエのネメタクムから続いていたのだから……。
「弩、及び―――場合によっては火砲も使うだろうな。弓兵部隊、期待しておるぞ」
「はっ、領主様のご期待に応えたく存じます」
老公マルセイユはブリューヌ貴族でありながら、伝統というものに拘らぬ人間であった。
彼の戦いの部隊が平原よりも海、河と水軍を率いることが多かったからだ。更に言えば貿易の要衝であり、様々な文化の交流地点でもあるのだから、そんなことに拘って命を落とす方が馬鹿らしい。
そういった考えの戦士ばかりであるから、戦となれば本当に強力であった。
館にて、息子と孫の出陣準備が整うのを待っていた老公にとって気がかりなのは王宮のことである。
ディナントはマルセイユにとって遠すぎた。それゆえ出陣見合わせを願ったのが後悔の始まりだ。
『王女殿下が殺された』
その事実が深く胸にしこりとなって残っていた。
『レギン』を殺されて塞ぎこんだ国王、両公爵の覇権争い、自由騎士の来訪と言い、このブリューヌに―――何かよからぬ気配が漂っている。
その良からぬ気配の一つが―――もしかしたらば自分に降りかかりつつあるのかもしれない。
ただのテナルディエ公爵の脅しではない何か―――。それを考えて、13歳になった孫である「ハンス」に一つの言伝を残した。
「―――何を弱気になっているんですかおじい様。ただの害獣狩りではありませんか……」
「そうですよ父さん。たとえここに来るのが奸賊テナルディエであったとしても我々は討ち取るだけの力はあるはずです」
孫が嘆くように、子が窘めるように言ってきたが、それを介さずにピエールは絶対にそれらを『万が一』の時には実行しろと伝えた。
自分の気迫に押されたのか、二人はそれを了承した。
とはいえ、それが杞憂に終われば、それで良い。そうであったならば威圧したことを謝る形で、ムオジネル料理の一つをご馳走するのも一つだろう。
もしそうでなければ―――レギンに野鳥を食べさせたあの若者の所に孫を行かせるだけだ。
そうして――――一世の英雄ピエール・マルセイユ老は、闇の如く塗りつぶされた「黒の軍団」によって敗死することとなった。
その凄まじい死に様は後世に語り継がれるものであり、同時にブリューヌに現れた『怪異』のおぞましさをも強調するしていく。
タッチの差で難を免れつつも、頼れるものがまた一つ喪われたことを嘆く王女の姿が破壊され焼き尽くされたマッサリアの港にあった。
「酷い有様ですね……住民の方々は?」
「縁故を頼ったり近隣の港湾都市に逃げ込んだそうです。それらを「手厚く」テナルディエ傘下の貴族たちは養っているそうですが……」
隣に居たジャンヌの声が苦痛に響く。
これによって、南部は全てテナルディエ公爵のものとなってしまったようなものだ。
住民達がマッサリアに戻ってくるには、テナルディエの影響を消すしかない。その道のりは容易いものではないだろう。
しかしわからぬのは……誰がこの『襲撃』を行ったかだ……。
状況から考えてもテナルディエの手のものがやったに違いないのだが、襲ってきた敵には―――殆ど「人間」はいなかったとのことだ。
唯一と言ってもいいのは、マルセイユ老が最後に戦いを挑んだ『人間』。黒い衣装で己を包み込んだ剣士。
周りを敵だらけの中、総指揮官とでも言うべきものに挑みかかったマルセイユは全身から血を出しながらも一矢―――報いることも出来ずに殺されたそうだ。
(……私に……もっと力があれば、私が死んでないと喧伝出来ていれば……ピエールお祖父さんが死ぬことも無かったというのに……)
勢力図のあれこれよりも親しい人間が死んでしまったことにとても、嘆き悲しみが発生する。
だが絶対に負けない。例え、どんなに絶望的な状況ばかりになっても、自分を生かすために死んでしまった者たちに報いるためにも、戦わなければならない。
立ち止まることは―――許されないのだから―――。
「それでヨハン卿とハンスは?」
「ヨハン様は、既にドンレミ近くまでやってきています。協力を申し出ればいいですよ。ただ……ハンスは分かりませんね」
生きてはいるでしょうが、と言うジャンヌの表情はあまりよろしくない。
まぁ『オバちゃん』などと言われて良い感情を持っていけるわけがないだろうが、それとてまだ7.8歳の頃の話だろうに……。
とはいえ、あの二人の武者達を仲間に引き入れること出来れば、これからかなり楽になる。
だが……それでも不安は尽きないのだ。
「敵の正体が掴めないのが……少しばかり怖いですね」
「―――黒い獣の軍勢―――」
焼き尽くされて黒く朽ち果てた木材と石壁の中に、恐らくその獣の色が混ざっているだろう。
嫌な予感を感じながらも――――レギンとジャンヌは、ドンレミに戻ることにした。
その帰り道に草木は無くただ朽ち果てて黒く塗りつくされた大地が、行きと同じく広がっていた――――。
† † † † †
ロドニークでの滞在は色々ありながらも、それなりに心地よいものであったように感じる。
この後、エレンはライトメリッツで兵を組織して、アルサスへと出発させる予定。サーシャは取りあえず領地での諸々が終わると同時に、支援を約束してくれた。
「それじゃ僕はこの辺で、四人とも―――気を付けるんだよ」
それぞれの領地へ至るための街道の分かれ道。そこで焔の戦姫と分かれることになった。
色々と理由はあるのだが、ロドニークの街にレグニーツァの使者達がやってきていたことが、彼女にこれ以上の同行を許さなかった。
数十人でのそれを前に、どうしたのかと思っていたのだが……どうやら彼女は無断で公宮を抜け出したらしく、それを連れ戻すためにこれだけの兵士・騎士達がやってきたのだと思い知らされた。
レグニーツァ方面の開けた街道―――そこへ向かうサーシャを見送りつつ、自分達は少しばかり脇にて草木が生い茂り遮蔽物多い街道を進む。
ライトメリッツ及びオルミュッツ方面への街道。何気ない調子を装いつつ、エレオノーラとミラがきゃんきゃん言うのを見ながら、それが来るのを平然と待ち構えていた。
腰には鬼哭とアメノムラクモ、千鳥は―――取り回しが悪いので仕舞っておいたが……もしかしたら自分が『臨戦態勢』を取っているのを見て警戒しているのかもしれない。
しまったな。と感じるたのも束の間―――太陽が隠れたかのように陰が上空から差してきた。
(あっちも痺れを切らせたな……)
陰―――上空を飛んだ黒ずくめは囮。それに気を取られた隙に―――森の中、街道の両側から放たれる投擲暗器。
剣と刀、縦横無尽に振るわれるそれで撃ち落される暗器。
両側からの投擲をやり過ごしつつ、エレオノーラの後ろに陣取って弓弦を引き、エレオノーラの脇から森に通される矢。
返礼のように返された矢で悲鳴が聞こえる。そうして矢筒からもう一本を引き抜き、引き絞り放たれる銀の矢。
刀を振るう自分の顔の横を通った矢が、やはり悲鳴を森の中から挙げさせた。
「見事」
「……『見えてるの』?」
上方に氷の壁を作り上げていたリュドミラの驚愕の声が自分と重なった。
その一言には、『森の中の下手人』と『二人の超戦士』の『動き』が見えているのかというのが含まれている。
それに対してティグルは何も言わないが一瞬だけ、弓持つ手の親指を立ててミラへの返事としたのを見た。
「行くぞ!」
エレオノーラの短い言葉で、前方へと馬を翻す。暗殺者に対して待ちを行うなど愚の骨頂。
釣り上げた上で叩ききる。そういうことだ。と全員が判断できた。
最前を走るはエレオノーラ。そこから少し遅れて両脇にミラとティグル―――殿は当然。俺である。
後ろを見ながら、鬼哭を納めてからアメノムラクモを握る。
使う勾玉は、光である。刀身が黄金色に光り輝くのを見ながら、後ろに向けて一振りする。
すると自分達の頭の上を飛び越える形で、五人の暗殺者達が現れる。それぞれの得物を手に、人が対処しにくい頭上からの襲撃。
タイミングも完璧の一言。正しく殺しのわざとしては一流。
しかし――――――。
バルナグ(鉄爪)にジャマダハル(三枚刃)が、ティグルの頭を貫く―――そして何の感触も無いままに、土と金属が触れ合う。
瞠目する暗殺者にティグルの矢が飛び込む、が―――。
バルナグとジャマダハルが輝き、矢を斬り飛ばした。
「!!」
気功、妖術の一種だと気付けたのも束の間。『幻』を貫き、矢を弾いた暗殺者に追撃を掛ける。
「風影(ヴェルニー)」
馬から飛び立ち自分を追い抜いて暗殺者に負けぬほどの跳躍力で暗殺者に斬りかかるエレオノーラ。体勢を立て直して、待ち構える暗殺者だが、如何に強化された剣とはいえ―――。
砕け散るバルナグとジャマダハル。鎧袖一触の言葉の通りに風の戦姫の斬撃は二人の暗殺者を断ち切っていた。
「成程―――、やはり一筋縄ではいかないな」
5アルシン程度の距離を取り、こちらに姿を現した暗殺者集団。一人には見覚えがありすぎた。
総勢七人の暗殺者。統率者としているのは……忍装束の女である。
「甲賀ものが、何ゆえテナルディエ公爵に味方するかね」
「依頼を明かす忍はいない。だが……これは依頼ではないのでな。私怨で以って私はここにいる」
馬を下りて自分とエレオノーラの近くまでやってきたミラとティグル。
ここで決着となるはず。しかし……これで終わらぬものも感じている。
「私怨と言ったな。何ゆえの怨みで俺たちを狙う」
ティグルの言葉。それに対して、黒ずくめの女―――あの時の金髪の忍者が頭巾を捨てながら言い放つ。
「この中に、ザイアン・テナルディエを殺した人間はいるか?」
短いが、先程までの声とは違いどこかに「怒り」を感じる。その声を聞きながら―――、この怒りがティグルに向けられるのは不味いと思い、名乗り出ようとした瞬間に―――。
「―――俺だ。俺がザイアンを殺した。恨みをぶつけるべきは戦姫でもなく、自由騎士でもない―――俺に恨みをぶつけろ」
馬鹿っ。と罵ろうと目を向けることを許されなかった。前にいる忍者からの圧が増す。
「魔体と化したザイアン様を貴様が……どういう手品かは分からぬが、どちらにせよ気様らは全員ここで殺す」
ならさっきの問答なんて意味無かったじゃないか。という文句を言う暇も無く再びの戦闘となる。
「ふん。暗殺者風情が戦姫の前に出てきたことをあの世で後悔しろ!」
「お前、それ悪役の言うセリフだぞ。まぁ正義を気取る気も無いけれど」
エレオノーラと同時に飛び掛る。忍の後ろにいた連中は散って―――「印」を斬っている。
あれは―――、元康の『忍将』が使っていた妖術にして「忍術」―――。
火球が飛び大地が隆起し、風がこちらにたたらを踏ませた時に、直線の雷が飛ぶ。
「妖術!? アリファール!!」
「祖は解、世界の律崩せし音の唱和、十重、二十重に響き、無人の野に吹き荒べ!」
エレオノーラも百戦錬磨の戦士、目の前の現象への疑問を捨てて、それに対処する。
風が吹き荒び火遁の乱打が止まり、岩礫が砂礫となって大地に還った。敵の風と雷は、こちらの御稜威に勢いを殺され、こちらに届く前に霧消した。
だが、それは囮であり本命は正面に居た女忍の攻撃であった。
逆手に持った両手の忍刀で獣の如く斬りかかってくる。
捌くたびに金属音が何度も響き、少しばかり難儀する剣戟だ。サーシャほど圧倒的な読みがあるわけではない。
しかし、四肢全てに「気息」を充溢させた剣戟は、必定こちらの膂力の予想を超える。
「くっ……何合も打ち合っているのに―――武器が砕けない。どういう手品だ」
「簡単に説明すれば、武器そのものを強化させている。見えぬ砕けぬ「力場」みたいなものが付与されていると思え」
剣戟を一度終えてエレオノーラと共に離れて答える。忍の秘術としては珍しくは無い。だが、それでもここまで取れないとは……。
『ハンゾー』のような熟達した忍でもなければ、ここまで戦場で持つはずは無い。
「お前も似たことが出来るのか?」
「生憎、ああいったことが出来れば「コイツ」はいらなかったな」
持っているアメノムラクモを指しながらエレオノーラに言う。
自分の場合、己の「妖力」「霊力」を肉体強化のみに使っている。器用貧乏というか身体が「外」向きになっていなかったのだろう。
そんな自分の思考を切り裂くように―――手裏剣が「乱」で飛んできた。
同時に、忍術による攻撃が自分達を襲う。手裏剣の方向は―――自分達の後方。つまりミラとティグルのいる方向にある。
「お前が先程から後ろの二人に攻撃させていなかったのは―――――『位置』をばらさないためだな」
斬りかかってくる人間が三人―――火遁、土遁、雷遁の支援の元でやってきた一人にネタばらしされてしまった。
先程からティグルとミラを攻勢に出させなかった理由は、何のことは無い。仮にもしも何が何でもティグルを狙われたらば、守りきれなかったからだ。
無論、ティグルが弱いから言っているわけではない。投擲という分野に限って言えば、この忍の技はティグルと相性が悪すぎた。
ゆえに『光蛇剣』によってティグルの位置を目測させずにいた。ティグルとミラのいる位置は忍達からは幻惑されており―――――。
「ラヴィアス!」
しかしながら、振るった氷の槍が手裏剣を弾き飛ばすと同時に、位置が割れてしまった。
ミラの行動は正解でありながらも不都合極まりなかった。
不味い―――。扇のように手で一杯に広げた手裏剣全てがティグルとミラの位置に飛ぶ。
エレオノーラも風で吹き飛ばそうとするも、斬り合いに興じた二人の忍で拘束される。
やむを得ず無理やり身体を入れる形で、手裏剣の軌道に「割り込む」。
「疾ッ!」
気合一声。襲い掛かる投擲武器を、全て撃ち落そうとする。
しかし無理な体勢と無理な動きから、落とし損ねた二枚のクナイ手裏剣がティグルに飛ぶ。
ミラもまた奇襲の形で、街道の脇から出てきた暗殺者に気を取られている。
躱せば、その隙を突いて女忍は一も二もなく飛び掛る体勢だ。食い止めるには―――。
(前に出るしかない!!)
ティグルの内心の叫びが聞こえたかのようで、そのままティグルは『ジョワイユーズ』を引き抜きクナイの間の鋼線を切り裂いた。
クナイを大きく躱さずにやり過ごす形でいたならば、その鋼線が首を切り裂いていたはず。
忍の『二手』先を読んだティグルは、短剣ジョワイユーズを戻す動作と同時に背中の矢筒から一本の矢を取り出して早業一閃で弓弦に番えた。
流れるような『射』の姿勢作り。思わず見惚れてしまうほどだ。
「俺の仲間に―――これ以上、『手狭』な戦いさせられるか」
ティグルの言葉。それに答えるようにミラのラヴィアスから氷の力。自分の光蛇剣から光の力が―――ティグルの矢に纏わる。
二重螺旋として光と氷の粒が無限に回転する形で矢に付与された。そうして、力を受け取った矢が―――「上空」に向けて放たれる。
「どこを狙っている」
走りながら『印』を斬る女忍。それを食い止めんと、暗殺者を切り伏せたミラが立ちふさがる。
しかし――――上空に放たれた矢から光と氷の礫を辺り一面に撒き散らす。幻想的なダイヤモンドダストの煌きに目を奪われつつも、何が為されたのかがはっきりと分かる。
「ち、力が練れない!?」
「さ、サラ様! これは一体!?」
動揺する暗殺者達。だが、それは決定的な隙でしかない。
どうやらティグルの矢は、こちらに悪意ある「呪力」全てを遮断したうえで――――。暗殺者達の足元全てを氷で縫い付けた。
その隙を狙い、後ろにいる忍術を使う連中に斬りかかる。
「おいリョウ!?」
「そっちの「双子」は任せた!」
双子と切り結ぶエレオノーラを置き去りにする形で、後方へと跳ぶ。ティグルが「己の身は己で守る」と宣言した以上、もはや防戦ではなく、攻勢に出る。
靴を脱ぎ捨てて裸足でかかる暗殺者四名。それぞれの得物を見る余裕で動きが緩慢に思える。本来ならばその殺しの技は何者にも負けぬはずだろうが、今の自分にとっては……意味は無い。
鬼哭を抜き去り、得物を絡め取るようにして、されど武器と武器が交錯しない『すり抜けて斬る』―――「交差必殺」が四名同時に放たれて首と胴が離れる結果だけを与えた。
「っ! あとは私たちだけ……!」
「あんまりお前ぐらいの女を殺したくは無いんだが、どうする?」
双子達は既に得物を喪っている。呪力を練ることももはや出来なくなり、戦姫相手に対して無力だ。
双子の絶望的な声音が切り結んでいたエレオノーラに届いた。
それを悟ったのかエレオノーラも半分ほどやる気がそがれている。
毒とて放っていたのだろうが、予備知識としてエレオノーラに教えておいたので、己の身体に粒子物質を吹き飛ばす程度の風を彼女は与えていた。
そして女忍と斬り合うリュドミラ。既に呪力を喪った刃では―――竜具には無力だ。
「くっ!」
「諦めろと言って諦めてくれれば嬉しいんだけど、今ならば不法侵入の罪も不問にしてあげるわ」
リュドミラは言いながらも女忍に対する攻撃を緩めていない。ラヴィアスの払いで弾き飛ばされた忍刀が氷付けになった。
こういう場合、一番不味いのはやけっぱちでティグル一人を狙われることだ。
その可能性を考慮しつつ……注意を全方位に向ける。一番には、ティグルに向かおうとしている『くノ一』
しかし立ちはだかるは氷雪の竜姫。その壁は透明でいかにもすり抜けられそうであるが、分厚すぎる氷の壁だ。
それでも―――やはり向かってきた。不味いと思いつつも、双子の暗殺者が立ち向かってきた。
仕方無しに峰で延髄を打とうとするが―――――――――。
双子の暗殺者は、とんでもない跳躍力を見せて自分達を飛び越えるように去っていった。
そして―――女忍もまた去っていく。
しかしティグルはそれを見逃さずに矢を引き絞って、膝を狙おうとしたが、振り返った女忍。
その顔を見た瞬間に、ティグルは一瞬止まった。その顔はこちらからも見えていた……だからこそティグルの動揺が完全に分かった。
動揺したティグルの隙を狙って去っていく三人の暗殺者。全てが終わりを告げたと分かるには、何とも後味の悪い決着である。
「どうやら、あなた……ただの「貴族」というわけではなさそうね。ティグル「さん」?」
「笑顔でそういう風に威圧するのどうかと思うよ」
いきなりな敬称に対してティグルは溜め息を突いたが、それも一瞬であり、一応の事情説明をティグル含めてする。
秘密の一つをばらすティグルに対してエレオノーラは少し不機嫌ではあった。しかしいずれは知られてしまうことであると思っていたから自分は特に何も感じなかった。
「成程、テナルディエ領で蔓延る噂の一つはあなただったのね……」
「噂?」
「地上から放たれる流星の弓撃が―――テナルディエ公爵の飛竜を撃ち落したという噂よ」
流石に自分のブリューヌ訪問の際のとき以来、ミラも公爵の土地に間者を紛れ込ませていた。
そうして集めた情報の一つを彼女は吟味していたようである。
どうやらザイアンの魔体の話は流布されてはいないようだ。しかしその噂一つだけでも、かなりのものだ。
最初は戦姫、もしくは自由騎士の仕業だと思っていたというミラの言葉にティグルは買いかぶりすぎであり、己も詳細が分かっていないと告げた。
「詳細は分からないとはいえ、とてつもない力よ。竜具が一振り増えたようなものだもの」
「リョウだってアメノムラクモを使っているんだ。それに関してのあれこれは無かったのか?」
「まぁ……その辺は人柄(周知)の差よね」
「傷ついたよ」
ぐっさりと心に矢を放たれたティグル。とはいえ、自分の場合は一応オステローデの食客であり、オニガシマの臨時騎士総監だったり、王宮特使だったり、ヤーファの大使だったりと……。
ぶっちゃけると「ティナ」という「敵」が「多すぎる」女に世話になっている限りは、そういう「野望」云々に関する目論見は微妙なのだろう。
もしくはティナに対する抑えとして多くの裁量権を与えてくれたということでもあるかと思う。
「何はともあれ暗殺者の脅威は去った。戦力が半減どころか壊滅みたいなものになった以上、暫くは大人しくしているんじゃない?」
「だといいがな」
嘆息すると同時にティグルは苦虫を噛み潰した顔をしている。その理由は自分にも分かった。
あの時―――逃げ去ろうとした女忍は「笑み」を浮かべたのだ。
まるで事は成れりとでも言わんばかりのそれが目に焼きついているのは、勝ったのはこちらだというのに、
「それじゃ、色々あったけれど本当に有意義ではあったわ。義兄様の主家も頼りになる人だって分かったもの」
「リョウは必ず帰すよ」
「あなたも―――この戦いの後に、必ずもう一度、私に会いにきなさい。お礼に紅茶ご馳走するから」
「毒を入れられるかもしれない。やめておけ」
「エレオノーラ。そういう悪罵は品性を損ねるよ」
そんな風なやり取りでリュドミラと街道にて別れた。名残惜しそうな目を「ティグル」に向けるミラを見つつ、これならば。と思っていた矢先である。
ライトメリッツに帰って来て、数日で諸々の用を済ませて遠征軍をブリューヌ駐留軍と合流させようとした二日ほど前のこと。
公宮に急報が飛び込んできた。
それはそこにいた誰もを仰天させる情報であり、どんな変節だと怒り、不安、疑義のそれを三者三様で感じながら聞くこととなる。
『公国オルミュッツ軍―――ライトメリッツ国境付近にて集結―――国境砦への攻撃姿勢を見せている』
―――そういった報告が飛び込んできたのだった。
あとがき
12巻の表紙の何ともエキゾチック美女。次なるバルグレンの戦姫を描いた片桐先生。さすがいい仕事してますぜぃ。そこに痺れる憧れるぅ!
ピンナップは、何ともまぁ……悪役全開過ぎる。『THE悪女』。といった感じですねぇ。昔のゲームシリーズにでもありそうなことサーセンである。
ノゲラも続巻出るし、いやー七月のMF文庫はガチで「取りに来ているな」。ただ一つ言うことあるならば「機巧少女」はいつ出るんだ? といったところだろう。
では感想返信を
>>almanosさん
感想ありがとうございます。
ギネヴィアさんは、ある意味「乙女ゲー」の主人公のように男だらけの中で頑張ってきたのに、狙っていた男に「悪いがお前とは一緒にいられん」。と袖にされた人ですから。
彼女にも「赤竜」が夢に現れれば、そんなことも出来たでしょうが、残念ながら今の所その予定は無いですね。耐えろ薄幸女王。
各人の動きは微妙にニアミスしています。
「ティグル」は「レギン」の事を知っているが、その既知の事実を「リョウ」は知らず、カズサ達もまた微妙に「ブリューヌのどの辺り」にいるのかを知らず、土地勘も無いんで合流がかなり後になりそうですね。
物語の妙味としては、いいんでしょうが「先」の事をだいたい流れで知っている読者からすればもどかしい限り、夏休みのアニメ劇場で見る『タッチ』で『今年こそは……』などとありえない展開を期待するみたいなもんです(笑)
「計画通り」などと現在トロイは悪い顔をしています。(笑)
甲斐と越後の二人。キャライメージとしてはエヴァの「レイ」と「アスカ」をもう少しマイルドにした感じです。ビジュアルイメージを提供できないのがもどかしい限り。
ティグルとミラは……まぁこんな感じだったんですが、最終的に約束を反故にしなければならない「事態」が発生して苦衷の決断をミラは下しました。
氷の姫君の「憂い」を取り除くための戦いが次回の主題になりますね。
>>放浪人さん
感想ありがとうございます。
ポニーテール。そんな手もあったか。(孤独風)まぁフェリックスは今の所私の構想ではマイルドウロブチな被害を被る予定です。
「お前の血は何色だ!?」とまではいきませんが、まぁ一応救いはある予定です。原作でも「こいつがいなくなったら隣国ぬるゲーすぎるwww」などと草生やしてザクスタンから言われる男ですから、少しはね。
ギネヴィアちゃんは不幸な子なのに更に欲しいものはもらえなくて、まぁそんな感じです。まぁ内乱が一度終結すれば、それなりのご褒美が無いわけではないんですけどね。
いずれはティグルにもその称号が付与されます。しかしながらそれ以上にティグルは色々と婦女子の方々から胡乱なことを想像されてしまうわけでして「ただの色子ですね」などと誰かから毒を吐かれましょう。
とまぁそんなところですかね。
それにしてもなんやかんやでこのシリーズも10万PVを記録してしまいましたよ。みなさんの応援及び魔弾の認知度が上がった結果だと思っております。
これまで読んでいただきありがとうございます。
当初は恋愛ゲームの二次創作に意欲を持てなくなって自分の原点であるファンタジーファンジンで一作書こうと思ったのが、最初でしたね。
最初はFate関連で行こうかと思っていたのですが、その頃には型月から完全に離れてしまって、金もそんなに無いので新規資料集め(CCC、スターリット、Apocrypha)を断念したという背景がありました。(苦笑)
金がかかりすぎる二次創作は駄目だな。と思い留まり当時はまっていたラノベやマンガで、これは手付かずに近い白地だろうなと思える作品でやっていこうと思ったのが最初でしたので(折りよくアニメ化も決まりましたから)
そんな打算と根性なしな考えの果ての作品も、ここまでやってきましたよ。
虚仮の一念岩をも通すというほど大層ではないですが少しびっくりしていますね。
今後もしかしたらば、またもや何かしらの理由で筆を折ることがあるかもしれませんが、まずまず。ほどほどに挙げていこうかとは思っていますので、時々気楽に読んでくだされば光栄です。
ではでは、今回はここまで、お相手はトロイアレイでした。また次回も気楽に読んでくださいね。