キキーモラの館というのは、ジスタートにおいてフォーマルな別荘名である。
そんな訳で館の主に指示された場所に行くまでに、それなりに時間がかかってしまった。
こういった別荘が作られる背景には、様々ある。一つは休養のため、これは別に分からなくもない。領主たるもの偶には、仕事など関わらずにいたい時もあるのだろう。
それ以外の理由としては領地の様々な「間諜」に聞かれたくない話をするため、あまり表ざたに出来ない人間との会合。
領主の裏の顔としての都合を付けるためのものである。だが……この館には「裏の顔」どころか「表の顔」だけで突っ張りあう人間が二人いた。
この二人の仲の悪さは、ジスタート王国の醜聞と言っても過言ではなかろう。
「二人とも睨めっこもいいけれども、お茶が冷めちゃうよ? せっかく僕が焼いたお菓子の為のお茶なんだから」
「案ずるなサーシャ、とりあえずこの女を黙らせてからでないと心穏やかにお茶会出来ないんだから、速攻でケリをつける」
「随分と大言吐いたものね。あなたがここで竜具を出した所で義兄様と私で抑えつけられるわよ。状況が見えていない女」
苦笑している炎の戦姫。そんな炎の戦姫に勢い込んで宣言する風の戦姫。宣言に対して冷ややかな態度の氷の戦姫。
いつ爆発するかも分からぬ状況の中で男二人はそんな女同士の争いにある意味、我関せずで、お茶を飲み茶菓子に手を伸ばしていた。
(あの二人って何であんなに仲が悪いんだ?)
(昔はミラは仲良くしようとしたらしいが、色々あってこんなことになっている)
小声で尋ねてきたティグルに返しつつ、詳細を語れば誰の悋気に触れるか分からなかった。
立派な屋敷に相応しい華三輪―――その華は少し触れればハエトリソウのように「捕食」をするとんでもない「植物」なのだ。
綺麗な薔薇には棘がある。とかいうレベルではなく綺麗な薔薇は実は「食虫植物」でしたという話である。
話の発端は――――二刻前ほどに遡る。
† † † † †
アルサスにてティッタ、オルガ、バートラン、リムアリーシャなどの見送りで、ヴォージュ山脈を越えて一路ライトメリッツに向かうこととなった。
それは同盟者の伝言ゆえであり、彼女にも何らかの事情があるのだろうとは思えた。
「何でエレンは直接に戻ってこなかったんだろうな?」
「考えられるのは、まぁ密会目的か……邪魔ならば、俺帰ろうか?」
「何で密会でリョウを除け者にするんだよ。胡乱なこと考えるな」
こりゃ失敬。とばかりに舌を出してはぐらかしときながらも、真面目に考える。
王都でのあれこれに関してはオルガにも語らせたし、俺も報告したのだ……後は彼女がライトメリッツから軍を移動させればいいだけだったのだ。
それが覆るとは何かしらの予定外のことがあったか、別荘での会合が表ざたに出来ない「ゲスト」との密会であるということも考えられる。
考えつつリムの渡した地図でクマのサインで示された目的地を目指すのだが、流石に土地勘の無い自分達だけでは迷う。
参ったなと考えていたらばティグルが指で遠くを示した。――――その先には語るとおり、確かに立派な建物があった。「望遠鏡」で確認すると間違いない。
あの口撃から攻撃に変換するのが早い女のことである。テリトアール領のように持ち主の所有分からぬ城砦などを己の領土内に残しているわけがない。
「あれだな。リムが教えてくれた特徴とも合致する―――しかし、流石だ。全然分からなかった……」
「目の良さは、弓使いの必須技能だから。あんまりエレンを待たせても悪いだろうし、行こうか」
ティグルに促されて、目的地へと急ぐ。
近づいていくたびに、その屋敷の立派さが見える。ティグルはそれに少し圧倒されているようだったが、リョウは構わず進む。
屋敷の厩舎に繋がれている馬は―――二頭。リムがいれば、それがエレオノーラの馬かどうかぐらいは分かるのだろうが、自分では分からなかった。
しかしもう一方の馬は少しだけ見覚えがある。というか間違いなく彼女だろう。リプナの街に急ぐために並走した「戦友」だ。
「ティグル、馬の方は俺がやっておくから、お前は先にエレオノーラがいるかどうか屋敷に訪問しろ」
「分かった。荷物は全部俺が持っていくから、こっちは任せた」
お互いの馬に乗せていた荷物全てを担いだティグル。その姿を見送りつつ、馬具、鞍を外して馬を楽にさせて餌である飼葉と水を与えていると、一羽の鳥が自分の肩に止まった。
鷹だ。その鷹の足の根元にある書簡を取り出してから、己の手の中に「納める」。返書を出すまでは休ませといた方がいいだろうという判断だった。
書簡にさっ、と目を通すと―――衝撃的な事が二つほど書かれていた。
一つは……最近になって桃の「化神」の気配を「西方」で感じたというサクヤの文言である。文章の前半にあった恋文のようなそれを一旦無視してのそれを見て、衝撃的である。
(死者を操る存在がいるんだ……しかし、「神」を復活させるか……どこのどいつかは知らないが……)
余計なことを、と歯軋りしたくなる。
もう一つは……その桃の化神討伐の援軍として「魔王」を送ってよこしたとのことだ。こちらは文章の前半でカズサに対しての罵詈雑言がとてつもなく書かれており、それを無視して見た結果であるが。
(しかしまぁ……サクヤはなんでカズサを嫌うかな……まぁ『男』にしちゃ女ものな格好したりする婆娑羅ものであるが)
それが洒落にならず似合っているから、女として負けた気分が出ているんだろう。納得をして「織田和紗信「長」」という自分の主であったこともある人間が何人か信頼できる部下を連れてやってくるということを知った。
書簡を懐に収めつつ、順序を立てておく。とりあえず当面の敵は「テナルディエ公爵」だ。魔物は公爵の近くにはいるのだ。まずはそいつを締め上げてからである。
第一、もしも邪神が動いたとしても、それはこの西方の魔のように隠れ潜んだものにはなるまい。公然と権力の奪取及び領地の「死国」化ぐらいは平然と進めてくるはず。
全てにおいて、あちらに優先行動権が与えられている事態を苦々しく思いながらも、出会ったならば容赦はしない。捻り取り、引き裂き掴まなければならない。
拳を硬く握り締めてから、瞑想一つ。気持ちを切り替えてからキキーモラの館に入ると―――。
「いらっしゃい。ご飯にする? お風呂にする? それとも―――僕にするかい?」
「抱きつきながら、そういうこと言うの卑怯だな。というか後ろの人がとっても怖いから離れてくれ」
「やだ♪」
そうして深く抱擁をしてくる女性だが、そんな行為の結果として、自分からすれば正面に当たる人物は、鬼の形相でこちらを見てくる。
抱きついて言ってきた女性アレクサンドラ=アルシャーヴィンの髪を自然と撫で梳きながらというのが、エレオノーラにとっては、不機嫌の原因だったと分かるのは後の話である。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「上機嫌だなミツヒデ殿」
「当然だなダーマード殿、閑職に追いやられていた私に遂に戦働きの機会が与えられたのだ。バルバロス公には感謝の念が絶えんのだよ」
首都ほどではないが、商都として発展する「アバース市」の屋敷の一つで、ヤーファからの客将を迎えた。
クレイシュ閣下の別荘の一つとしてあるそこを使うことを許されたダーマードだったが、白髪を染め直したのか「黒髪」に戻ったミツヒデを見ながら、少し怪訝な思いもあった。
外は相変わらずの「熱」を持っている。一応、暦の上では冬に近づきつつあるムオジネル国家だが、相変わらずの暑さであり、これでブリューヌに攻め込んだ時にはどうなるだろうかという少しの懸念もある。
そんな「熱」とは違う「熱」をミツヒデに感じていたが、ダーマードはとりあえず伝えるべき案件と戦支度の金子を渡しておいた。
「ありがたい。これで家臣達も戦に出られるだろう」
金子は換金しやすい宝石類。特に上等なものをそろえておいた。戦の働き次第ではそれ以上の報酬も出ると伝える。
「俺もあんたが戦場に出てくれると聞いて安心しているよ。お互い頑張って出世しようぜ」
「ああ。無論だ―――ところでクレイシュ閣下の戦略はどんなものなのかな?」
「それも説明しておく―――我々「ムオジネル軍」は二面作戦を実行する」
そうしてダーマードは説明をする。
此度のブリューヌ侵攻においては、海と陸から侵攻をかけていき一気に南部を切り取る作戦のようだ。
内乱を起こす手筈の「テナルディエ」がどれだけをこちらに向けてくるかによるが、あちらとしても南部港湾都市を奪い取られるは不味かろうから、確実に出てくるとは理解しているのだが。
取れれば「ランス」にまで歩みを進めるということであるのだが、聞かされてから苦笑の一言を発してくるミツヒデ。
「なんとも賭けの要素が高いな……どちらかが頓挫すれば、そこまでいけないだろうに」
「南部都市の富を取るだけの作戦だからな。具体的にはアニエス付近を刈り取る」
領土を奪い取るにはあまりにも準備がお粗末である。もっとも国内混乱の隙を突いたものなのだから、さもありなん。
本当の目的とは……まぁそこまでは流石にダーマードも口を滑らせなかった。
主敵は恐らくテナルディエ公爵軍と騎士軍ということを話すと、ミツヒデは鋭い声で問うてくる。
「――――『あの男』は出てくるか?」
あの男。と言われてダーマードは一瞬、誰のことだか分からなかったが、思いついた人物は一人だった。
思い出して身震いしつつも、冷静に説明をする。
「リョウ・サカガミの動向は不明だ。彼はジスタートの食客だし、アスヴァールはタラード・グラムによって大陸の体制を刷新された……意外とあちらにいっているかもな」
考えるとテナルディエ公爵の客将になっていてもおかしくないし、ブリューヌの騎士軍にいてもおかしくないが、動向を掴むにはあの男の動きは早すぎて、それが自然の偽装となってしまっていた。
「そうか。まぁ戦に絶対は無い―――味方の裏切り、理が通じぬ戦場―――予期せぬ敵と援軍の存在。全てがわからぬのが『戦』の妙であるからな」
「まるで自由騎士と戦うことを望んでいるかのようだな?」
「それが私が引っ張り出された理由だろう?」
そう言われてダーマードとしても、言葉が続かない。
厄介な相手が出てきたならばミツヒデ率いる―――アケチ隊の出番なのだから。
「とはいえ、ブリューヌには未だに黒騎士ロラン、人馬一体アストルフォ、剛体無双オルランドゥなどのパラディン騎士もいる―――そいつらが出てきたならば頼みたい」
「赤髭閣下としては、そいつらが排除されたならば、動くのだろう?」
つまり前線指揮は、その間ミツヒデや他の将軍達に圧し掛かる。後方の本隊が動くは、その方面の「露払い」が終わってからだである。
「あの自称・没落貴族の言がどこまで信用出来るかにもよるがな―――とりあえず頼んだ」
「委細承知」
クレイシュの抜け目ない策略を聞かされて尚、笑みを浮かべながら言うミツヒデ、了承を返されてから彼がいなくなると同時に、本当にあの人物は何故ここまで流れ着いたのか分からなくなってきた。
ムオジネルよりも高度かつ小型の火薬兵器を用いて、まるで魔術の如く多くの敵を葬ることが出来る武士。
剣は一級、弓を持たせれば『流星落者』の称号すらも与えられそうなほどの目の良さ。そんな人間が仮に放逐されたとすれば―――「ヤーファの軍」は、とてつもなく恐ろしい力を持っていることにもなりかねない。
少しの懸念を抱きつつ、ダーマードは麦酒を開いて飲むことにした。
屋敷にある酒を飲んでもいいと言っていたのはクレイシュだからだ。
――――ダーマードの屋敷を辞したミツヒデは仕込みが上々であることを歩きながら付いてきた部下から確認した。
「では、手筈通りなりそうだな」
「はい。既にお味方いただけるように快諾を頂きました。―――光秀様。決起に予定違いはないですかな?」
「正直言えば―――ブリューヌには擦り切れるような消耗戦をしてもらいたいものだが、泥沼の共倒れとまではいかずとも―――赤髭が、ブリューヌ深くまで進撃して退散すればいいのだが……その辺りはグレアスト殿の手並み拝見だな」
勝ちすぎても不味いが負けすぎても不味い。そういった戦いを繰り広げてくれれば大助かりなのだ。
同じ轍は二度も踏まない。今度は「成功」させる―――そして―――復活させるのだ。「あのお方」を。自分が心底まで着いていくと誓った―――。
『これからはおぬし達、『天海』の時代が来よう。この『タネガシマ』を用いた遠距離戦術。光秀―――ヌシの『力』、存分に使わせてやろう』
耳に残る声。その声は歴史に駆逐された我らを真に表舞台に引きずり出してくれた。
だからこそ、自分の主は死んで尚、あのお方だ。あのお方の為、自分の無謀な野望に付いてきてくれた全員の為に―――自分は「国」を作り出す。
「忠興、珠、甲賀の中忍で、赤髭の軍団に行くとするか―――決起の指揮は『奴』に任せておけ」
「はっ、では後ほど」
側にてこちらの短い指示を拾った人間が音も無く消えた。それを周りの人間は誰も疑問に思わないぐらいの気配の断ち方である。
出された短い指示は風を起こす。熱砂の渇いた大地に風が吹く。風は強く吹き荒れて、ムオジネルを果てのない混乱に巻き込む。
反臣、逆臣、賊臣の異名だけが響く―――もう一つの「鬼」の一族が、動きはじめた。
† † † †
エレオノーラは先程までの仏頂面を少しだけ収めて、リムアリーシャから挙げられた報告書を精査に読んでいる。
その真剣な様に紅茶を飲むティグルも姿勢を正している。片やリョウとしては、美味そうな焼き菓子に飛びつきたくもなっていた。
だがそれでも同じく姿勢を正して椅子に座っていた。主であるティグルがそうしている以上は、自分も身を正しておかなければならない。
「―――いいんだな。ティグル? 今ならばまだ踏みとどまれるぞ」
「そこに書かれている内容に関しては察しが着いている。だけど己の口で君に宣言するよ。俺はテナルディエ公爵と戦う。彼の横暴に苦しむ多くの人と俺を信じてくれた同盟者に筋を通すために」
書類―――紙束を机に放り出したエレンは、手を組み顎を乗せてティグルを伺うように見ている。
その微妙に女らしい仕草に、ティグルは「鼓動」を早めたようだ。だが自分はお菓子が食べたい。というか食べさせろ。
「良い目をしている。どうやら―――色々あって覚悟はついたようだ」
「おかげさまで、ご覧の通りだよ。それじゃ食べたり飲んだりしながら話そうか」
そうして「紅茶陶器」を持ち上げて乾杯となった。
「何度食べても、やっぱり西方の菓子は美味いな」
「当然だ。サーシャが作ったんだからな。特にこのクッキーが美味いな」
「こら二人とも行儀が悪いよ。というかもう少し落ち着いて食べなよ」
両手に菓子を持ち咀嚼する様にサーシャも苦言を呈するも、苦笑するにとどまっているのはやはり美味しそうに食べているからだろう。
恐らくエレオノーラは、自分にサーシャの手作りを食べさせないための行為だろうが。本当にこの女は……と少し恨めしく見ていると。
「リョウ―――――落ち着いて食べなよ。頬に欠片付くぐらいに食べてもらって嬉しいけどね」
「そういうこと自然とやってこられるとどう反応していいか分からなくなる……というかせめてこの二人がいないところでやってくれ」
隣にやってきて、頬に付いていたクッキーの欠片を取って食べたサーシャ。悪戯っぽい笑みを浮かべて「してやったり」な顔をしているサーシャだが、「してやったる」と言わんばかりに睨むエレオノーラ、正直怖すぎる。
「本当に戦姫の色子なんだな……褒めてるから怒るなよリョウ」
「褒められてる気がしないなティグル。エレオノーラに同じことしてあげたらどうだ?」
こちらのティグルに対する仕返しの言葉にエレオノーラは真っ赤になって、ティグルを見ていたが、視線への返答。手を上げて首を横に何度も振るティグルを見て―――「不機嫌」な顔をした。
バートランさん曰く、出来ることならばティグルにはティッタを娶ってほしいし、「室」を持つとしてもオルガのようにティッタと上手くやっていける子の方がいいとのことだ。
考えるに、確かに戦前のティグルにとって親しかった女の子はこの二人だけらしいから、その気持ちを大事にしてほしいとは思う。
詳細こそ聞いていないが、父母の関係の如く王都で親しくなった「女の子」もいるそうだが、まぁそれは詳しくは聞かなかった。
「と、とにかく―――サーシャの菓子も堪能した。今から私もお前に報告すべきことを言う。オルガやそこの「色子」から聞いたかもしれないが、私からも話してやる」
そうして、袖にされたことを誤魔化すかのように、エレオノーラは、王宮で言われたこと、各情勢の程を話し始めた。
エレオノーラが話し終えてから、ティグルは喉を湿らせるように紅茶を一口啜ってから、言葉を発した。
「エレンは俺の私戦で何を欲しているんだ? 俺としてはそれが知りたい」
「教えてやってもいいが、今はまだだ。とりあえず今はお前の意見を通すためにもブリューヌの悪奸と戦う」
各諸侯の思惑は一致していない。ジスタート王室はとりあえず「義理人情」で「オルガ」を貸してくれた。
そしてエレオノーラの戦もまた大義こそ不明確ながらも、それなりの理由付けで参戦が認められた。
「ジスタート王宮は何も決まっていないのか?」
「そうだな。どこがブリューヌの正統な政体となるか分からない状況。無論、各々で取引ある貴族は違うし、仮にどこかが倒れて損をする人間もいる。そういう状況では意見の一致は難しいから、好きにさせたんだろう……あの老人にしては随分と思い切った判断だが」
そんなエレオノーラの言葉に自分とサーシャは苦笑いである。この戦姫がヴィクトール王に対してあまり良い印象を持っていないのは知っていたが、そこまで見くびっていたとは。
「ただ王宮としては貸し付けた「モノ」が返ってくればそれでいいだけだ。もしもお前がテナルディエをお家断絶としたりせずに矛を収めれば、それでどちらに貸し付けたものも返ってくる。一番最悪なのはやはり独り勝ちだけが先行することだ」
それはガヌロンと縁深い人間であっても同じだろう。つまりは……ブリューヌは他国人から見れば「混沌」としか言えない状況に陥っているのだ。
「ティグル、ここで明確にしておいてくれるか? お前の戦争の「勝利条件」を、それ次第では状況が良くも悪くもなる」
「……難しいな。今の俺にとっては他の中立貴族などと同じく領土保全。つまり安堵だけなんだ。けれども、公爵がどこで矛を収めるかが分からないんだ」
エレオノーラに語れるほど多くが決まってはいない。ティグルもまだ状況に対して流されているだけだ。
「ただもしも王宮が、此度のことでテナルディエ家を賊と見做せば、それで全ては終わりだ……とはならないんだろうなぁ……ジスタートにいる君にだってテナルディエ公爵の人格や行状は伝わっているんだし」
「やはりお前の勝利条件は―――テナルディエ家を追い落とすこと。それでいいんだな?」
「ああ。ガヌロンもまたそうだ。俺にとっては二大公爵は信用出来る人間じゃない……王子殿下が望まれた王国の未来は、あの二人の心で思い描いていけるものじゃないはずだ」
そうして同盟相手であり戦友である戦姫に決意を述べたティグル。そう言えばレグナス、もといレギンに関してのことを聞いていなかったな。とリョウが考えたところで、戸が叩かれる音がした。
「客、それとも伝令か、全く無粋な……少し待てばロドニークに降りるというのに」
折角のティグルの男前な話を台無しにされたという感じで、嘆くエレオノーラ。その姿に仏心を出して、自分が出ることにした。
「俺が応対するよ。サーシャは俺が信用した若殿の言葉―――ちゃんと聞いておいてくれよ」
「了解」
笑みを浮かべて言って来たサーシャに安堵しつつ、勢い良く叩かれる扉。よっぽど急用なのだろうかと思いつつ、広間を出て玄関に向かうことにした。
† † † †
リョウが玄関まで出て行くと同時に、ふと考えが少し脇に反れる。
死んでしまった王子殿下。彼のことを思うと、本当に申し訳なくなる。約束を果たせずに、国を割る戦いに挑んでしまう罰当たりなので、せめて遺体だけでもと思った。
ブリューヌ貴族として身を正して戦場に赴く、ということでエレンに懇ろに葬ってあげたいという旨を伝える。
「そういえばエレン。レグナス王子の遺体とかは、どうしたんだ? 出来うることならば丁重に葬ってあげたいんだが―――」
「あー……そのことなんだがなティグル。すまない。あれはもしかしたらば誤報かもしれないんだ」
手を合わせて何とも言いがたいことを言うエレンにティグルは面食らう。誤報と言うのはどういうことなのだろう。
「良く分からないんだが、王子殿下を討ち取ったという声を上げた兵士は―――いなかったんだ」
「いないってどういうことだ?」
頬を掻きながら話すエレン。まるで自分の失敗談でも話すかのようであり、詳細を聞くと、あの晩の戦いは敵味方で混乱の極地にあった。
無論、ライトメリッツ兵士の損害は殆ど無かったが、夜襲の奇襲ゆえに「戦勝報告」の類も混乱の極みにあった。
「私は背後を突く『決死隊』を選抜したから、生き死に関わらず莫大な恩賞を与えると約束していた。しかしそれでも更なる恩賞を求めて討ち取ったり人質にしたりという輩も出るかもしれないとして、「追加褒賞」に対して規則を緩やかにしていたんだ」
だが、それがもたらしたのは戦勝報告の曖昧さであった。ブリューヌ陣営が混乱するのと同様にエレン率いる決死隊の報告も混乱はしていた。
一先ず彼女は「目に見える敵は打ち倒せ」と指示していただけに―――あちこちで上げられる報告に統一性が無くなっていた。
「結論から言えば王子殿下の遺体と思しきものは見えなかったし、報告した兵士も分からなかった。どちらも死んだ可能性もあるけれど」
「そうか……何とも奇妙な話だな……」
エレンはそう前置きした上で王子殿下の幕舎にてブリューヌ近衛騎士の遺体を見つけたことで王子は戦死した可能性が高いと結論付けた。
とはいえ、殿下が生きていれば、テナルディエ、ガヌロンの専横は起こらならなかった。何より王宮に帰って誤報だったと伝えているはずだ。
やはり……王子殿下は死んでしまったのだ。そしてその跡を継ぐべく王の私生児と自分は見ている少女―――レギンは動いているのだと思った。
「まぁ王宮の話はいいんだ。今の所、吉と出るか凶と出るか分からないからな」
「お前が逆賊だと言われても私はお前の判断に従う。誇りを以って戦いに挑め」
マスハスの王宮での仕儀がどうでるか分からない。それを考えればエレンの言葉は頼もしかった。
「一応、聞くがサーシャはどうするんだ? 無論、積極的な支援をしてもらえれば大助かりだが?」
「残念ながら交易のお膝元としてそこまで大っぴらに肩入れは出来ないかな。今は海も最後の買出しと売り出しで大忙しになりつつあるからね」
ジスタートの冬は厳しく長い。それを何とかするために冬篭りをするクマのように、この時期の商業活動は流氷で海が閉ざされる前に全てを終えるために動く。
それを何とかするために丈夫な鋼で出来た船を建造したという話もあり、それは冬には流氷で閉ざされるオステローデの地で密かに就役することになっている。
計画の立案者は自由騎士リョウ・サカガミ。事実、海に沈まぬ鋼鉄「艦」の威容は、視察に来たジスタート各関係者を大いに驚かせた。
元々、海水というのは淡水に比べれば浮力が働くものだが、それでも重量には限りがある。鉄に関しては一日の長があるというリョウの鍛造技術の口伝及び書は、オステローデの戦姫へのプレゼントなのではないかと巷では噂される。
慣熟航海や様々な問題解決の為ゆえ正式な就航は、来年になるだろうが。
「敵にならないでいてくれれば、それで良いよ。もしもテナルディエ、ガヌロンに攻められることあればいつでも援軍を出す。頼ってくれ」
援軍と言ってもリョウを送るぐらいだろうが、彼が自分の「言葉」であるというのならば、彼にはそれをこなしてもらわなければならない。
自分の敵が誰かを無差別に襲うことを許せない。多分、これからの行軍でもそこまで自分は卑劣にはなれないだろう。
だが、そこにある他者のものを奪うことを是とする人間とは違う道を示す。それしか自分には出来ない。
そんな自分の考えを感じたのかアレクサンドラ・アルシャーヴィンは苦笑しての嘆息をした。
「分かった。その内、様子見に行くから、君の決意が口だけでないことを証明してくれよ」
「厳しいな。君の愛人は俺をからかいつつも、全力で力を貸してくれるのに」
「僕はヴァレンティナと違って、色子が頼っている主家への評価は厳しくしていく。それだけだ」
強力な力を持つ戦姫それぞれで考えが違い、独自で動く。
そこには様々な思惑がある。戦姫に関わらず戦乱の渦中には様々な人間がいる。義理人情や理が全て罷り通らぬからこその戦乱の世なのだ。
逆に言えば、それだけ多彩な人間を「束ねられる」傑物がいれば、この西方の戦乱は収まり平和が訪れるはず――――。
ティグルの考えでは、それは自由騎士だと思っていたのだが、彼自身はそこまでの考えは無いらしい。
そうしてリョウに対して考えた所で、玄関から本人が戻ってきた。その顔は少しだけ戸惑ったものである。
「どうした?」
「来客なんだが、通していいものかどうか少し考えてしまってな……」
困惑しているリョウの顔に気分を良くしたのかエレンは、底意地の悪い笑みを浮かべて口を開く。
「お前が困惑するほどの相手だ。よっぽどの人間なんだろうな。出っ歯に髪は脂ぎっていて、性格は「傲慢」にして「卑劣」。芽の伸びきったジャガイモのように煮ても焼いても「毒」にしかならないような―――――」
よくもまぁそこまでの毒舌吐けるものだとして、いっそ感心してしまっていたが、「来客」はそれを聞いていたようであり、玄関を乱雑に開けて、入ってきた。
蒼い衣装に蒼い短槍を持った自分と同じか下ぐらいの背格好の蒼髪の少女。何となく来歴に関して予想は着いてしまった。
そしてどこまでも透けるような透明感ある氷や水晶のような「蒼」が印象に残る女の子だ。
「誰が煮ても焼いても『毒』な人間よっ! 随分と悪罵がウィットに富んできたわねエレオノーラ=ヴィルターリア!」
「―――とまぁ、許可を得る前に来たが彼女だ。ああ、あんまり会わせたくなかったのは分かるけれど、入ってきたからには仕方ないだろ」
リョウの反応から察するに、この戦姫とエレンはあまり仲が良くないようだ。無言とジト目で問うアレクサンドラに対して嘆くように前髪を掻きながら答えた。
「義兄様が謝る筋ではないでしょう。そもそも来客が来たと言うのにその人物が誰かも知らずにそこまで言えるこの女の人格にこそ問題があるわ」
「安心しろリュドミラ=ルリエ―――例え知っていたとしても、同じような文言が出てきて門前払いだった」
「私は正式な使者よ。―――最高位の待遇で以って答えなければライトメリッツの品位を疑われるわよ」
「使者は時と場合によっては切り捨てられることを知らないのか? リムからの報告を見る限りではお前はここで殺した方が良さそうだからな」
何でここまで鼻先突きつけて、悪罵をしあえるのか……しかし既知の二人からすれば、これはいつもの光景のようだ。
「まぁとりあえず―――用件ぐらいは聞いてあげたらどうだい? ティグルもリュドミラと話したいことあるみたいだからね」
先程までエレンだけが読んでいた報告書を流し読みしたアレクサンドラが提案することで、少しだけ場は収まった。
紅茶を入れなおして、再びのお茶会となり―――。『冒頭』に至ったのである。
お茶を飲みアレクサンドラの菓子で落ち着いたのか、戦姫は口元を拭いてから交渉の開始を告げるように―――自己紹介をしてきた。
「改めて、ご挨拶させてもらうわ。「破邪の穿角(ラヴィアス)」が主、公国オルミュッツの戦姫リュドミラ=ルリエよ」
自分の机の対面に座ったリュドミラの顔は端正で可愛いし、その眼はいつでも自信に満ちていた。
この少女こそが自分が話さなければならない相手だとして気を引き締める。
「ブリューヌ王国領土アルサスを治めている伯爵ティグルヴルムド=ヴォルンだ。あなたは使者だと言ったが何の使者として赴いたんだ?」
「停戦勧告の使者よ」
しれっ、と言うリュドミラ。もう少し何かあるかと思ったが、単純に彼女はこれ以上の戦いは無駄だろうとして言ってきた。
その居丈高な主張を一先ずは聞いておく。
「正直言えばあなたがテナルディエ公爵に勝てるとは私には思えない。ライトメリッツの助力を得たとしても、公爵の力はそれを上回る。無謀な戦いをしてまでも己の領土の安堵を守るというの?」
「それが領主としての務めだからだ。君は己の領地を荒らすものが自国の貴室のものや他国の要人だからとそれを認めるのか?」
「――――あり得ないわ」
「ならば俺も同じだ。俺はテナルディエ公爵が矛を収めて王室の臣として身を正すならば、それ以上は何も言わない。けれどそれは有り得ない」
先にエレンに語ったことを今は違う戦姫に語っている。そして、何故か―――この少女には感情的になってしまう。
同時に彼女も少し感情的になっている。
「君はテナルディエ公爵の負けが自分にとっての不利益になると考えているのか?」
「そういう人間は多い。そして場合によっては公爵の敵を「叩く」ことも有り得る。陛下の言葉を捉えればそういうこと。あなたは―――ジスタート王国を混乱に巻き込んでいるということでもあるわ」
そういった人間の一人が自分だとするリュドミラ。
意見の不一致がある以上、各々の判断に任せる。言葉としては確かにどうとも言えるものであった。
その中でも公国の戦姫こそが、どう動くかによって貴族・商人・神殿の立場が決まる。王の下にいる彼女達の行動如何によってその下に据えられている貴族の動きも決まるのだから。
「だから、野盗の首領にミスリルの武器とトリグラフの鎧を与えたのか?」
「……どういうこと?」
怪訝な彼女の顔。とぼけているわけではないようなので詳細を語る。
先日、ヴォージュ山脈において野盗の集団が討ち取られて、彼らの装備にオルミュッツの武具があったことを教えられたリュドミラ。
野盗の首領ドナルベインは、恐らくテナルディエ公爵と通じていたということを。
「―――武器に対する管理義務まで問われるとは驚いたわ。確かにテナルディエ公爵はそれらの大口の取引相手よ。けれど私はそれ以外のブリューヌの要人にも売りつけているわ」
「俺はその事に対して、そこまで追及するつもりはない。ただ―――出来うることならば、テナルディエ公爵との取引を一時止めてほしい」
リュドミラからすれば居丈高すぎた要求なのか、それとも伯爵風情がという思いなのか、彼女は激怒し、立ち上がってこちらに短槍を突きつけてきた。
その様に思わず自分以外の三人が得物に手をかけて抜く寸前になったが、視線と手で制する。
これは――――俺の戦いだ。この少女を動かすこと出来なければ自分は、ここから先に勝てるとも限らないのだから。
そう、得物を手にかけたリョウにも言われたことだ。
国を動かすのは、最終的には総大将である自分なのだと―――――。
・
・
・
「なぁ、やっぱりお前がそのオルミュッツの戦姫を説得してくれないか?」
「駄目だ」
キキーモラの館へと向かう時に道すがら話していたことの一つ。それはもしもリュドミラ=ルリエなる少女に交渉を挑んだ際のことを馬上で話していた。
一種の井戸端会議の話題は自然と、今後の軍議に関することであった。しかし、こちらの言葉を袖にするリョウ。
聞けばその戦姫とリョウはそれなりに仲が良いらしいので、出来うることならば親愛の契でもって説得してほしかったのだが。
「俺はお前に就くと決めた時に、ミラと決別したようなものだ。それなのに今度はお前の土地のために「あれこれ」言うのは如何にも忠節違いじゃないか」
「言いたいことは分かるんだけどな。一国の姫を動かせるほど俺は口が上手くないから、得意な奴に任せたい」
こちらの自信なさげな言葉に呆れるリョウ。
ライトメリッツはどうなんだと聞いてきたリョウだが、あれはエレンにとってご近所の火事であったからであり、そこから彼女は損得考えた上で動いてくれただけだと思う。
「どう言ったところでお前はエレオノーラの心を掴んで今でも協力させているんだ。それはやっぱりお前の戦果だよ……ただまぁ、ヒントぐらいは与えてやるか」
ミスリルソードをがんがん売って行けと言ったのは自分だと白状したリョウ。それを聞いてもあんまり怒る気にはなれない。
多分、何かしらの深謀があるのだと自分でも分かる。この男は矢の届く先や現実の遠くを見ることは不得意だが、国や人の命運などの「先」を見据えて行動出来る人間であることは知っている。
「リュドミラはプライドが高い女の子だ。同時に……そのプライドと義理人情に捕われやすい人間でもある」
「つまりテナルディエ公爵に味方しているのは、付き合いの関係上だけではないと?」
首肯したリョウの話によれば、彼女は戦姫の中でも異例な三代続く家系の戦姫であるとのこと。公爵との付き合いは祖母の時代、当時のテナルディエ公爵は現在のフェリックス卿のような悪行大逆を良しとする人物ではなかった。
ゆえに良好な関係であったのだが、先代辺りから、少し状況が変わりつつあった。
「説得するためには、懇々と人として為政者としての道理を説くだけじゃ駄目だな……道理と同時に納得させるだけの「利得」を表示させる必要があるのか?」
再び首肯するリョウ。そこから先は自分が考えることだとしながらも、各国情勢をリョウから聞いて、広げた『西方全図』とでも言うべきものを見ながら、どうするかを考える。
彼女の全てを折りつつも立て直すための策を――――。
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「どういうことかしら? あなたがブリューヌの王権を握るとでも言うの? ブリューヌで次の王権に近いのは、テナルディエ公爵よ。あなたが、それにとって代われるというの?」
ミラの考えでは次なるブリューヌの支配者に対しての支援と言う意味もあったそれを、やはりただの伯爵に止められるとは思っていなかったようだ。
しかし、ティグルは憤激するミラに構わず「二の矢」を放つ。
「違う。君はもう少し遠くを見据えるべきだ。特に自由騎士の深謀のそれを――――今、この西方全体での最大の脅威は「商」「軍」の両面から侵略を仕掛けてきている熱砂餓狼のムオジネルだ。特に君の国はムオジネルと国境を接しているからこそ、それをひしひしと感じているはずだ」
そんなティグルの「正鵠」を射た言葉に戸惑う様子のミラ。しかしティグルは構わず瞳をまっすぐ見据えながら、話す。
これはティグルの戦いだ。だから、まだ手出しも口出しも出来ない。この氷の姫の心に矢を放つ―――ティグルを待つ。
「だがすぐさまそちらに行くとは思えない。ムオジネルが欲しいのはブリューヌの肥沃な大地だ。しかし次に狙うのは山野険しく森林多きザクスタンではない。ジスタートだ。その際に一番目の被害を被るのはオルミュッツ」
「ならば、尚のこと! 南部に強い影響力を得ているテナルディエ公爵を―――」
「他国の介入を退けるために自国の領土、他者の土地を焼き払うなんて考えの人間が、仮にそちらを先に攻略してきた時に、「支援」すると思うか?」
槍が放つ冷気がティグルではなくミラの方を撫でる。冷気に当てられて、その言葉の可能性を考える。彼女は―――フェリックス卿の人格を嫌っているのだから。
「……あなたならば、支援するというの? 私に、何の縁も無い私を助けてくれるというの?」
「必要であり、君が望むならば。俺の目的はブリューヌ全土の安定だ。意に沿わぬからと野盗を使って自国貴族を脅す相手が、他国をそこまで安堵させるわけが無い」
「それでも……あなたには何も無いわ。土地は狭く、ジスタートとの国境に位置しているだけの辺境伯。財力も軍事力もテナルディエ公爵に劣っているというのに……よくもそんな大言壮語を」
「だが、それこそが俺を信じてくれたリョウの深謀だ。テナルディエ公爵に君の国の武器の有用性を広め、ブリューヌ全体の「力」を底上げして、その後、テナルディエ公爵を「退位」させた上で……ムオジネルに対する軍事同盟を二国、いや『三国』で結ぶ。俺の力は信じなくてもいい。だが自由騎士リョウ・サカガミの心だけは信じてくれ」
「………」
ティグルの言葉、それに対してミラは考えを纏めきれない。だが、彼女を動かしていることは確実だ。
「商人ムオネンツォの話を聞かされた。俺は……家族に非道を行う人間の『天秤』が、どれだけ偏っているか分かる気がする」
その言葉にミラは苦々しげな顔で、此方―――義兄と慕っている自分を見てきた。その視線に対して自分は口角を上げた。
これが「ティグルヴルムド=ヴォルン」という若武者なのだと―――。
「アスヴァールに平和をもたらし、ジスタートの近海を治めて、ブリューヌ王宮に接触をして安定を願う。未だに途切れぬリョウ・サカガミの『道』。それを天下人の所業と言わずして何と呼ぶんだ。これに協力しなければ、君の家名に恥を塗ることになるぞ」
「……あなたはその傀儡でも良いというの?」
拳を握り締めて語るティグルに、戸惑いつつも問いを発するミラの心は大きな波に揺れている。
ティグルが放つ『大波』に―――。乗るべきか、否か。
「俺は―――俺を信じてくれた人の為に戦う」
先とは違い短い言葉。
信じてくれた人。それはティグルが思っているよりも多い。多いからこそこの男は止まらない。
短い決意は――――多くを語った。
「どうだリュドミラ―――これが、ティグルヴルムド=ヴォルンだ」
まるで、名刀を自慢するかのように語るエレオノーラ。そんなエレオノーラに心底苦々しい顔をしてから溜め息を吐くミラ。
「―――あなたの深謀ゆえの行軍に関しては考えておくわ。けれどもあなたの要求は全て呑めない……手形を受け取った取引もあるもの」
溜め息と同時に、ラヴィアスを引っ込めてそんなことを言うミラの顔は申し訳無さそうであった。つまり今後の取引においては―――既にテナルディエ公爵に対する絶縁を考えているということだ。
「ならばブリューヌ内戦での中立を宣言しておくだけでいいよ」
(こいつ、最初からこれだけを狙っていたな)
平凡な辺境領主ではない強かな面を覗かせたティグル。最初に誇大なことを言って相手を信用させた上で、相手を現実に引き戻すほどの高い要求。
そこから交渉相手に突きつけるは、最初の要求よりも一段階低い「本来の要求」を通す手段。
俗に交渉術で言うところの「ハイ『アロー』交渉」というものだと気付けた。
これならば俺の助言いらなくね? などと半ば捨て鉢な気持ちになっていた所に、サーシャが人差し指で頬を突いてきた。
「頼りになる―――主家の殿様だね。これでリョウが一国一城の主となれば、ちゃんと僕を妃として迎えてくれよ」
「そんな風な主殿だから……荒事に関して功を挙げていこうとは思う」
そして―――笑顔なサーシャの頬突き刺しが終わり、人差し指が広間の天井を冷たく指した瞬間に―――――、動いた。
腰からバルグレンを引き抜き臨戦態勢を取る。同時に一つにまとめられていた荷物。それにリョウは飛ぶように移動して己の「新しい得物」とティグルの弓を取って投げ渡す。
既にティグルも察していたのか表情を引き締めて、握った弓を手にして、矢を番えていた。
「出番だぜ。新しい相棒!」
得物を包んでいた布を裂いて出たのは長柄の槍。ミスリル製で鍛造された「十字」の刃を持つ「槍」を天井に向けて突き上げた。
鼠などの獣では有り得ない悲鳴が―――天井から響くと同時に―――――
「大気ごと薙ぎ払え!」
エレオノーラの竜技の発動によって天井が吹き抜けとなって――――『戦闘』の開始となった。
あとがき
12巻が七月発売決定! そしてDVD及びブルーレイでオルガがカバーを飾ることは無かった。
もしかしたらばOVAなりが発売されることを考えれば、まだ望みはあるか?
そして最弱無敗も最新刊を読んでいるところだが
ではでは感想返信を
>>almanosさん
感想ありがとうございます。
作者的な都合で言えばその通り、物語的には「私が勝ったんだから、私が供としたいやつを連れて行く!」ということで、そうなりました。
ちなみにリョウの父親は黒田軍師とは、また違います。それに相当するキャラは他にいまして、いずれは半兵衛の跡を継ぐことになります。そこまで書けるかどうか分かりませんが
短筒は確かにそうですが、今作では火薬兵器はまだムオジネルだけの独占なので、別の「動力」を用いた「射撃兵器」ということです。今後をお待ちください。
カズサが乾杯というと下戸で甘党ということでしょうか? 今作のオリキャラは史実と創作両面で作っていますが、モデルとして作る際に重野なおき先生の戦国キャラが離れない!(笑)
ティグルは第三部で「王」云々に関して考えているところですからね。ただ人誑しの才能があるので皆して「何とかしよう」「王様になってもらおう」と周囲に思われてしまうキャラ。
第一部はある意味「項羽と劉邦」ばりにテナルディエは不幸な武将でしたからね。今作でも人材難すぎて頭を抱えることになって遂には「悪魔」と契約するほどです。
そんなテナルディエ公爵を裏切る算段を着けるミラですが、もう一悶着あります。出来うることならばその一悶着起こすまでに12巻が発売なっていてもらいたいものである。
知りたい情報があるのだからーーー(切実)
>>放浪人さん
PCの不調直してまで感想ありがとうございます。気楽に読んでいていいですよ。
「西遊記」というよりも「最遊記」なご一行。ネコな親父はどこぞの中二全開な格ゲーのネコキャラがモチーフ。
実力は全力ならば『もうこいつ一人でいいんじゃね?』などという親父です。
息子の窮地を救った後は「帰って寝る」と言って戦争自体には参加しません。『るろ剣』の『師匠』のようにとんだジョーカー的な存在なので気軽に動かせない存在です。
劇中で書く予定ですが、来訪者で明確にリョウを好きなのは魔王だけです。ひよこなサルは『私のイケメンパラダイスに入れたい!!』程度な感覚です。
テナルディエ家は原作でも「先代」の愚行のせいで近親者がいない状況ですからね。でなければ11巻時点でブリューヌに内の混乱が起こらずにティグルの王道は、もう少し穏やかになっていたはずですね。
そんなティグルは確かに二人を見る目は、エレンと同格ぐらいにはなっています。原作ではティッタが思い余って「終末の女王」ぐらいになれば、ティグルは抱きしめてくれるんじゃない? とか考えています。
最近の風潮として「幼なじみ」は「負けフラグ」と言われていますが、川口先生はティッタをどうするか、本当に気になる。
そしてラスボスは……とりあえず原作次第ですねーーー(切実)
ではでは、本日はこの辺で。今回エロは無かったわけですがPV数がとんでもない……。
一応ネタはあるんですが、まぁ本当に気が向いたらで勘弁願います。お相手はトロイアレイでした。