王宮は一種の騒ぎになっていた。何もヴィクトール王が崩御しただの、ムオジネルが侵略しにきただの、剣呑なもので騒いでいるわけではない。
ジスタート王宮が、騒ぎになる時ーーーそれは、大抵は戦姫絡み。戦姫個人の判断が問われる時が大半だ。
今回の議題に上がるのは、ライトメリッツの戦姫とブレストの戦姫に関してである。
事情を理解しているものもいる一方で何も理解していないものもいる。
この謁見の間において行われる質疑応答にどれだけ明朗に答えられるかで全ては決する。
「ティグルヴルムド=ヴォルン伯爵ーーー彼の目的は何だ?」
「一先ずはテナルディエ公爵の遠征軍を打ち倒すことでした。次にやることに対して今のところ伯爵閣下の考えは聞かされておりません」
「仮にもしも、まだ協力を要請されたならば、そなたは彼と共にテナルディエ公爵との戦いに着くのか?」
「はい」
膝を折りながら語るエレオノーラに、頭を抑えつつヴィクトール王は隣にいた己の「書」に視線でのみ意見を求めた。
「書」は国王との縁戚関係にあり、こういった案件に関わるのは不味いのだが、それでもこういった大事においては頼りにされること多々ありである。
やむを得ず「書」―――ユージェン・シェヴァーリンは口を開き質問をすることにした。
「ヴィルターリア殿、現在我々は多々の案件を抱えている。大きなもの一つにはアスヴァール、二週間ほど前に革命成ったこの国は、まだいい。もう一つは其方とも関わりあるブリューヌに関してだ」
そうしてユージェンは現在の状況を事細かに語り、そしてそれに対するジスタートの対応を語る。
「つまり……我が国はブリューヌには関わらないとおっしゃる?」
「そういうことではない。今は静観するという意見が多いというのが現状だ。無論…今後の情勢しだいというのは分かるな。わざわざ火中の栗を広いあげて大火傷というのは控えめにいっても間抜けではないか」
「……ガヌロン公爵とテナルディエ公爵がぶつかりあうことを望んでいるのですか」
エレンとしてはあまりしたくないが、ユージェンの抜け目ない意見に少し噛み付きつつ、その後を次いだのはヴィクトールだった。
「今後とも両公爵が、伯爵を狙うというのならばお前の外征にも一理あろう。だが、果たしてその懸念があるかどうかだ」
そう言われるとエレンも、あまり強くは言えない。一番分からないのが公爵側だ。あの後でティグルに聞いてみたが、テナルディエ公爵には、遠征軍指揮官ザイアンしか跡継ぎはおらず、その怒りは察するものがある。
しかし……公爵がアルサスを狙ったのは自分たちの介入を嫌ったからであり、そのジスタートの国境の一つにアルサスがあっただけというのも考えられる。
「お前がこれ以上、伯爵の要請に答えてブリューヌの覇権争いに関われば、要らぬ勘繰りをさせること必定だ。それを理解した上で申しているのだな?」
とどめの一撃であった。ティグルはおそらく領土の安定の為にテナルディエ公爵と戦うだろう。
それは恐らく、多くの中立貴族との協調での話しだ。彼らもまた己の領土を脅かし、テナルディエにもガヌロンにも組しないという勢力を合してのものとなるはず。
だが、それらは全て未定だ。もしかしたらば万が一、王宮が機能を回復して両公爵を成敗するなどという話もありえる。
未定の上での行軍。これがせめてティグルが「義のための戦い」などと口先でも言ってくれれば、まだいいようはあったというのに。
そんな問答に詰まったエレンだが、それを二人の男女が、玉座の方に進み出て口を開く。
「恐れながら申させていただきます」
口火を開いたのはソフィーからだった。そうしてソフィーが語るは参戦した場合の利とエレオノーラの行動の正当化である。
それは理路整然としたものであり、かつヴィクトールの「懸念」を払拭させるものであり、重臣達を納得させるものであった。
そうしながらも第三者の意見をヴィクトールは求めてきた。
「ーーーサカガミ卿はどう思った?」
「ヴォルン伯爵には野心は無いですな。王宮が権能を二大に奪われつつある中、彼がネメタクムに軍を向けるのは自明の理かと―――」
リョウは自分の私見を語りつつ、素性分からぬ「伯爵」が、進軍するのはやむをえない判断だと語る。それを信じたわけではないだろうが、ヴィクトール王は重ねて問いを発する。
「仮にそこまで行けたとして、ランスは卿の城となるか?」
何も轟くものが無い貴族の進軍は途中で頓挫すると考えているのと、行けたとしてテナルディエ公爵の「力」は「誰」が所有するのかを尋ねてきた。
それに対して答えられる範囲で答えておく。戦を仕掛けて、まだどうなるかは分からないのだから。
「自由騎士の矜持として悪漢の城を砕くことは出来ても奪うことは出来ませんよ」
一言を簡潔に述べてから、ブリューヌで起こるだろう騒乱が収まればヤーファに一度帰ることを伝えると、臣下達は戸惑った表情だ。
当然か、自由騎士にとって、ブリューヌでの戦いは己の依るべき土地を得るための戦いだと思っていた者もいるからだ。
中でもテナルディエ公爵の領土はとてつもない。仮にその力を受け継ぐものがジスタートに近しい人間であれば、打ち倒された場合の懸念は無かったはずだから。
ヴィクトール王は、目を瞑り考えてから口を開く。考えはまとまったようだ。
「分かった。これは国と国の戦いではなく……私戦として処理すればいいのだな?」
「それが賢明かと、第一……ジスタート全体で見れば、彼は恩人なのですから、そこまであれこれ言うのも義理と国としての度量を欠きますよ」
その言葉に、ユージェンもヴィクトールもため息突いてあきれる様な笑いを返すしかなかった。
次に現れる人物には流石に二人も強くは出られないのだろう。この二人からすれば、タイミングを見計らって進み出た桃色髪の幼女は、孫であり娘と近い年頃なのだから。
「長い間、お暇しておりまして申し訳ございませんでした」
儀礼服に着替えた幼い戦姫の言葉に、ヴィクトールも強くは出られない。しかし、それでも国を守る要として言うべきことは言わなければならない。
王とは法の体現者でもあるのだから。その王が時々によって都合よくなっていては国を思うもの達は酷く落胆する。
「その幼き身に重責であったのは察して余る。しかし務めを放棄した責任は重く、余は汝を処断せねばならない」
「はっ」
「戦姫オルガ・タム―――、汝はブリューヌにて旧恩ありしティグルヴルムド・ヴォルン伯爵に助力せよ」
予想外すぎるその言葉に、予め聴かされていたもの達以外は動揺を隠せなかった。聞かされていなかったものの一人。紅髪の少女が拝謁しながら問いを投げる。
「陛下、どういうことですか? オルガ姫を……ブリューヌに派遣するというのでしょうか?」
「不服か、エリザヴェータ?」
「ええ、まずやるべきはブレストに帰り臣下達を安堵させることだと思います。でなければ何のための戦姫なのですか?」
竜具に選ばれた戦姫は、ジスタートにおける戦乙女なのだ。その務めを放棄して他国の争いに介入させる意図が分からない。
そういう意図で現れた戦姫エリザヴェータ・フォミナの言葉に追随するように、また違う戦姫が進み出てヴィクトールに質問をぶつける。
「私もエリザヴェータと同じ意見です。陛下のご意見とお気持ち教えていただきたいものです」
二人が、このように言ってくるのは織り込み済みであった。しかしそれをどうにかするのもまた王としての責務だ。
「我が国の姫達が選ばれるのは、成人してからのものが多い。そういう意味では少しばかり配慮が足りなかった。エレオノーラが宮廷儀礼を習うためにパルドゥ伯に世話になるのと同時に、少しだけ教育期間を設けるべきであった。騎馬の族長の言葉を額面通りに受け取った余の短慮であった。どんなに賢く強くと言っても、まだ十二、三の娘であることを失念していた」
傭兵暮らしであったエレオノーラの教育役であった人は苦笑するようにしている。本来ならば確かにそういった猶予期間が必要だった。
本来ジスタートが、やらなければならないことをやってくれたのが―――。件の伯爵である。
「ティグルヴルムド・ヴォルン伯爵は自国の禄で我が国の姫を養った上に領地を収める領主としての教育もしてくれた。その恩義を忘れて、何もさせぬというのは如何にも恩知らずではないか」
「先程はエレオノーラの外征を問題視しておりましたが?」
リュドミラも、簡単に引き下がりはしない。彼女にとって大きな取引先は、ティグルが戦おうとしている相手なのだから。
「勘違いをするな。余が問題視したのは「軍」を率いて事を構えたのは、何の意図があったのことかであり、オルガが恩ある伯爵のために戦うは自然の流れだ。それともリュドミラ、お主は、この国は義を重んじない裏切りと謀略の王国と諸国に喧伝したいのか?」
「そのようなことは……」
言われてリュドミラも窮する。
つまり、エレオノーラの「私情」を以っての「出動」よりは、オルガの「義理」を以っての「助力」の方が、よっぽど格好がつく。
それを世間が、どう見るかは分からない。それでも対外的には、「私的」なものより「公的」な理由にしておいた方が色々と便利ではある。
そして何より―――これは、オルガへの教育でもあるのだ。
「羅轟の月姫オルガ・タム。そなたはヴォルン伯爵の私戦に終着が見られるまでは、ジスタートに戻ることは許さぬ。恩義を返してから―――ブレストに戻りなさい。それが族長の言葉でもある」
「祖父様のお言葉。ヴィクトール陛下よりの多大な恩赦いただきありがとうございます。務めを必ずや果たしてみせます」
再び深く頭を垂れたオルガの姿と言葉が謁見の間に響き渡る。
ここに一応の議論の終結を見た。結局の所、ガヌロンとテナルディエと多くの付き合いがある連中にとっては確実に多くの遺恨が残るかもしれない。
それを慰撫するために、自由騎士の外征であるということになったが、どれだけの人間が、それを信じているかだ。
「諸侯に様々な意見・取引あろうが、だがそれでも余はブリューヌに対して仁義を通そうと思う。それが一応の余の意見だ―――無論、最善かどうかは不明だから、その辺りは各々の判断に任せよう」
そうヴィクトール王は、宣言することで、場に蟠る異論・反論を封じ込めた。
議決が終わると同時に人の波にまぎれる形でリョウも出ようとした所に侍従長が呼びかけて、後ほど国王の私室に来るよう言われる。
用向きのほどが分からないわけではないが、随分と早いものだ。
だが、ヴィクトール王には伝えておかなければならないこともある。先ほどのオルガの例で言うところの食客として雇われている以上、雇用主に不義理は犯せない。
◇ ◆ ◇ ◆
案内された部屋には二人の男がいた。男といっても自分の家ならば家老の類だろう年齢だ。
先ほどまで謁見の間にいた二人の男。ヴィクトールとユージェンの二人。
案内された部屋の内装は豪奢であり、中央に小さいテーブル一つに椅子二つであった。
王が椅子に腰掛けていたが、ユージェンはその側にたたずんでいる。空いた椅子に座るのは非常に申し訳ない気分だ。
「掛けたまえ」
「失礼いたします」
そんな自分の心情に気づいてか気づかずにか、ヴィクトールは対面の椅子を示して、掛けるように促してきた。
「結局そなたのやったことはブリューヌへの侵略なのだ。ライトメリッツとそなただけの問題ではない。わしはブリューヌとことを構える気などないというのに―――などと言えばどうなったであろうな」
悪戯のような問いかけ。それに対して―――
「反感は強かったでしょうね。特にあの銀髪は」
答えと思い浮かべた姿が一致した。
お互いに苦笑を浮かべて、あのどうにも短慮であり、私情を捨てきれない女のことを考えた。
同意を得た後で、そんな風な議場にならなくてよかったとして、次なる話題に進む。
「慕情を以って軍を動かすなど、有り体に言っても国民感情よろしくないものだ。もっともアルサスに協力するのはそれだけではないだろうが、な」
と言って机に放り出された書類の一枚を手に取り、黙読する。
題名は『ブリューヌ方向開発計画及びヴォ―ジユ山脈街道整備計画―――エレオノーラ・ヴィルターリア』と署名された紙を見て、彼女の目論見がやっとわかった。
つまり交易路をライトメリッツまで伸ばしたいということなのだ。
現在の所、ムオジネル商人などが手近なオルミュッツでの販売からの王都への進路を取る点からいってもエレオノーラは、それを何とかしたかった。
だが、その交易路の拡大には国境線を跨いでいる山脈開発が必要となる。そして片側には違う王国が存在しており、王国としてもそのような開発が「軍路」となられては、嫌だったのだろう。
「成程、これが彼女がティグルに協力する本当の目的か……その為にも辺境伯を使ってブリューヌに一定の影響力を持ちたい」
「見えるところでは、そんなところです。しかしまぁ……今の事態となっては、これが本当に必要になりそうですよ」
ユージェン殿の懸念は分かる。今の所ムオジネルやザクスタンの目は豊かで国内混乱真っ最中のブリューヌに向いている。
しかし、このままブリューヌが征服されてしまえば返す刀で、ジスタートにすら刃が向いてくる可能性もある。
そう簡単に負ける事もないだろうが、昨今、開発された火砲の威力は凄まじく近隣諸国に脅威を与えている。
「鉄やら鉛だのの合金はともかく、火薬の量ばかりはどうしようもないですからね」
「そういうことだ。つまりどちらにせよ我々はブリューヌのどこかの勢力を支持しなければならなかった」
アスヴァールにおけるジャーメインに対する有形無形の支援と同じく、それをする予定ではあったというヴィクトール王。
第一候補としては、やはりガヌロン、テナルディエが大半であった。第二候補として王宮とパラディン騎士団―――。などと選定していた所にダークホースというわけではないが、戦姫と深い縁をもった貴族としてティグルがやってきた。
最初はただ単に「出奔」していたオルガがいるから、それなりの義理を果たそうという時に、彼の土地にテナルディエ遠征軍が向かってきて、そこに駆けつけたのがライトメリッツ軍だったということだ。
そして数々の援軍を得たアルサス軍は、それらを撃退してしまった。
「痛み分けどころか、壊滅に近い惨状であったことは聞いているよ。恐らく嫡男を失ったテナルディエ公爵は目の敵にする」
「仕方ありませんな。もっともこれで怒りだけで自分達に刃を向けてくるようならば公爵には王である資格はないですよ」
つまり……ティグルを障害とみなすかどうか、私情だけで軍を動かすものに王たるべき資格は無い。
もっとも―――それこそが自分が王になれない人間だろうな。と思っていたのだが。ヴィクトールの次の言葉に揺さぶりを掛けられる。
「玉座が欲しくは無いのか?」
「――――どこのでしょうか?」
唐突な質問にこちらの心中を見抜かれたような気分だ。だがそういうわけではあるまい。
「ここでもブリューヌでも、アスヴァールでも」
本気か、と思うもその目は真剣にこちらを見据えてきた。ユージェン様も瞑目して、こちらの言葉を待っているようだ。
「西方においては流浪の将である自分に、お気遣い感謝いたします。しかし先に語った通り、私は故郷に帰れば大将軍の地位を貰い受けるはずです」
言いながら若干の嘘を交えた。皇剣隊の筆頭であれば「征夷大将軍」とまではいかなくてもそれに近い立場なのだ。
それよりも自分が悔しいのは親父から家督を禅譲されていないこと。ティグルとの差はここだなと感じる。
「死ぬぞ―――と思うも、お主が死ぬところが想像出来んな。しかし王の資質もつものが、その地位に就かず放蕩していては人心は乱れるばかり、現にアスヴァールの全土はいまだに混乱している」
「時間はかかるでしょうが、タラード・グラムとギネヴィアならば上手くやれるでしょう。何事も早期の改革だけがいいとは言えませんよ」
「だがサカガミ卿、あなたならば全土を治めた上でエリオット王子のいるコルチェスターを襲撃していたでしょう」
ユージェンの計画は自分が考えてはいたことだ。ジャーメインを「退位」させた上でギネヴィアを旗頭に「再征服(レコンキスタ)」ブリューヌ語で言うそれを行っていただろう。
だが、それは自分がアスヴァール人で、タラードに近い立場であったならばの話であり、ありえない仮定だ。
結局の所―――少しばかりタラードのやり口が気に入らずギネヴィア自身も、自分としては、あまり側にいたくない女性だったので、かの地から此処に来た。
私人としてはいい人間だとは思う。ただ公人としての二人が少し気に入らなかった。好きになれなかった。そういうことだ。
「お前が今、依るべき人間としている二人は違うのか?」
そういった旨を伝えるとヴィクトール王は更に食い下がる。二人とは―――。
「そうですね。俺はまぁでっかい夢を追ったり、勝ち目の無い戦いに挑む連中が好きなんですよ。ティグルヴルムドなんて小貴族、国内の有力者が、その気になればさっさと潰れましょう。普通ならば」
だが、そうではないといえるものがある。本来ならばあのモルザイムの戦い。いやその前のディナントですら彼は死ぬはずだった。
しかし天の采配は彼を生かし、多くの力を与えて奸雄の放った卑劣なる奸計を覆した。
「二千の兵で二万五千の「頭」を打ち破る。そんな『無謀で馬鹿』をするやつを俺は知っている。そいつと似た匂いがするから俺は伯爵閣下の戦いに従事したいんですよ」
「ならばヴァレンティナはどうなのだ?」
「彼女もまた俺にとっては好ましい人間ですよ。あまりにも謀略が過ぎるところはありましょうが……無謀なる夢、果て無き欲……されどその心は「乙女」のそれと変わらぬ。そういった人間の行く末ぐらいは見届けたいですね」
思い出すのは「魔王」と呼ばれつつも、「ヒノモト」を一つにするべく戦うことを決めた『男』。「現人神」と見られながらも、甘味を食べては頬を緩ませ、民を食べさせるために「神仏」焼き払うことも辞さない『女』
「二人はまだ天に昇ることすら無い『魚』でしょうが、いずれは己の力で『激流』を渡りきり―――霊力を抱き龍となりましょう。我が国の故事の一つです」
自分は所詮、ただの武人だ。確かに多くの人は自分を王に推挙するだろう。だがその心に義侠の精神がある以上、無理だろう。
天秤に自分の「大切なもの」を乗せることが出来ないのだから。そんな自分の言にヴィクトールも説得を違う方向に向けることにした。
「……やれやれ暖簾に腕押しだな。ならば、ヤーファに於いて官位に復帰してからも、我らの「自由騎士」になってくれるだろうか?」
「無論、サクヤ陛下はジスタートとブリューヌとの友好条約に前向きですよ。私も、それを望みます」
しかし官位に復職しては、自由騎士ではないのではないかと思うも、結局ヤーファにおいてはそれで良くて「西方」に於いては「自由騎士」でいてくれということなのだろう。
「先程の言葉で、もしも二つが「対立」することあらば……その時はどうなさるかな?」
ユージェンが王の書といわれるゆえんは、この深謀なる文人気質にあるのだろう。頼もしい「国王候補」だと思えた。
ヤーファと西方が敵対することあれば、前ならば自分は「ヒノモト」の武士になるだけだと言えたが……今ではそんなこと言えそうに無い。
「仮定でしかありませんが、ユージェン様の懸念に更なる懸念を呼び込み「第三軍」として、二つと敵対しますよ」
ここに来て、自分には大切なものが出来すぎてしまった。仮にそんな現実が来てしまえば、自分はどちらにも着けない。
やり方は分からない。ただそれでもどちらかの犠牲を必要にするなんてこと―――出来ない。
「そうなった時こそが、余は汝が「建世王」という「統一王」として立つべきときだろうと思う。そうなった時が来てほしくないが」
「同感です。俺は王よりも武人として死にたい。王にならざるを得なかったヴィクトール陛下には申し訳ありませんがね」
「若造が、ほざきよる」
老人が笑いを浮かべ、言うと悪罵も悪罵ではない意味になる。
「支援は、その内に出そう。もっとも王宮の感触を掴んでからだが……あまり当てにはするな」
「ありがとうございます」
取り合えず手形だけでももらっておけばいい。自分がティグルに授けた『玉爾』が明らかになるまで彼が官軍とみなされる可能性は低いのだから。
「私からは、実を言うと伯爵とエレオノーラの連合軍に行く前にアスヴァールに行ってほしいのですが」
「―――何で俺なんですかね?」
自分はジスタートの客分でしかない。アスヴァールにおいてはただの傭兵将軍でしかなかった。一を語られて十を知る結果となってしまう。
そんな人間を「戴冠式」に呼ぶ意味が分からない。対外的な行事においてそこまで影響力があるわけではないのだから。
「モテる男は辛いな。ユージェン、そちらにはイルダーを向かわせよう。今後バルベルデにとって必要なのは近場の同盟者だろう」
「我が義兄では代理を嫌がりそうです」
「勅命だと伝えろ」
簡素な受け答え。二人が友人のようなそれで答えてから全てが定まった。
「では若い娘たちの相手は任せよう。私のような老人にはあの手の女達は手に余る」
肩を回してから脱力するヴィクトール王。気苦労察しつつも、そういった意味でも自分を手元に置いておきたいのだろう。
戦姫と同じ目線を持つもの―――そういった意味では「若君」であった「後継者」が「喪心」したのが痛すぎる。
一度、神殿に行ってきたが、ルスラン皇太子のあの様は呪術と薬物のどちらか、あるいは両方であり、手元にある薬とここの植生ではどうしようもなかった。
そういう意味でも一度ヤーファに帰ったほうがいい。母の残した記述とサカガミの領地にある秘薬と薬師ならば、彼を元に戻すことも可能のはずだ。
そんな風にリョウと王宮との話に決着が着いた頃―――、アルサスにおいても一つの話が持たれていた。
◆ ◇ ◆ ◇
「……そのご面倒をお掛けしました」
村を見回った後に、セレスタの領館に戻ってくると、そこにはライトメリッツの副官であるリムと自分の後見人であるマスハスが剣呑な目線で睨み合っていた。
色々と言いわけをして、どういった経緯でそうなったかを説明した。マスハスもオルガが戦姫であることを既知であったことに驚きつつもその辺りの説明も含んだ。
「そうか、オルガはお主を無事に助けたのだな。それで何故、彼女の公国の軍でなく、捕虜とした公国の軍がお主を助けているのだ?」
「それに関しては私から、エレオノーラ様は、ティグルヴルムド卿の身代金。それをアルサスを担保として保護し、義理人情を以ってアルサスを救済する軍を出動させたのです」
「つまりアルサスを征服するためにライトメリッツ軍はテナルディエ公爵の軍を討ったと」
「征服というよりは、様々な状況と偶然からですが、とりあえず行軍のための資金はいずれティグルヴルムド卿から支払ってもらいます」
嫌な現実が、ティグルを襲う。ただこれから宣言することに比べれば屁でもない。人によってはそれは無謀と蛮勇だと馬鹿にされるかもしれないからだ。
「分かった。疑って申し訳なかったリムアリーシャ殿、ティグルに用立てできないようならばワシからも資金を出そうと思うが」
「お心ありがたいですが、エレオノーラ様と……ティグルヴルムド卿も、そういったことは望んでいないはずですよ」
言葉の後半で、こちらを一瞥するリム。彼女に見抜かれてしまっていることは、どうしようもない。事実それはあまりにも申し訳なかったからだ。これから行うことに父の友人を巻き込むことは出来なかった。
「ところでマスハス卿、ガヌロン公爵の軍はどうなったのですか? テナルディエ公爵が派遣すると同時にこちらに向かってきたそうですが……」
「ワシもそれに関して聞きたいことがあるが、とりあえずどうしたのかは教えておこう」
そうして聞かされたのは少しだけ予想外な話であった。
ルテティアから縁者であるものを「将軍」として出立させたガヌロン遠征軍ではあるが、それを止めるためにマスハスは近隣の小貴族と共に彼らを歓待した上で、様々な交渉を行った。
結果として、アルサスに援軍を出すことは不可能となってしまったのが失策ではあったが、それでも彼らはアルサスへの行軍をぴたりと止めた。
その後は―――知っての通り、テナルディエ公爵軍が敗走したという報を聞いた後、さっさと退散を始めたようだ。
「理由は分からん。テナルディエ公爵の竜を恐れていたのも一つだろうが、それを撃退したという報に対しても動きは早かった……恐らく自分達に味方する人間がどれだけいるのかを探りたかったのだろうな」
つまりガヌロン公爵の目的は、「偵察」であったということだ。積極的な「交渉」もあちらからは無かったというマスハスの言葉。
テナルディエ公爵の軍が竜をどう扱うのか、それを見ることも含まれていたはず。
「ティグル、テナルディエ公爵の軍にあった竜、それを打ち破ったのは誰だ?」
「協力者であるエレン……エレオノーラ・ヴィルターリアと……自由騎士と呼ばれている男です」
「なんと……まさかあの青年が来ていたとは……」
「マスハス卿、あんまり俺のこと持ち上げないでくださいよ。そんなに大層なことしていないんですから」
驚くマスハスに悪いのだが、リョウが聞かされていた自分の人物像とかなりの乖離がありすぎたのだから。勘弁してほしかった。
「何を言う。ウルスの代からの計画、それを行ったものを讃えることが悪いわけあるか」
とりあえず竜を屠ることが出来る存在として一番有名な存在を出したことで、マスハスは納得をして、それ以上の追求はしてこなかった。
そして口休めとして一口チーズをつまんだリムが、酪農製品に現在のジスタートの状況を絡めて語る。。
「同感ですね。このシェーブルチーズなどその最たるものでしょう。サカガミ卿はこれらを手土産にしてオルガ様とあなたへの支援を引き出すはずです」
「先祖代々のものを守って作っていただけなんだけどな」
そこに騎馬民族の馬乳食などの文化を融合させただけだ。試作一号を提供して販路開拓を行う考えであったのだが、まさかその販売員として「自由騎士」を使うことになるとは考えていなかった。
『安心しろ。モノが悪ければ、どんなに口達者が売ってもいずれは客は離れる。だがモノが良くて、信頼できる販売者が語れば客の関心は掴んだままだ』
などと言って、『投資資金』集めに奔走してくれてはいるだろう。しかしそこまで手広くやろうとは考えていないのだが……まぁ、やりようだなと考えてそれらに関する考えを終わらせてから、これからの事に関して語り合う。
「マスハス卿。遠征軍を倒した日から考えていましたが、ようやく決心が着きました。俺は―――テナルディエ公爵と戦います」
父の友人であり、自分の後見人である貴族に自分の決意を語る。それを聞いたマスハスは目を瞑り、十ほど数えてから問うてきた。
「それはガヌロン公爵の傘下に入るということか?」
「いいえ、俺はそちらには就けません。ここを狙ってきた以上、同類ですから」
「―――第三軍となるということか?」
「そこまで大層なことは……ただ俺の目的はアルサスの保全です。それを達成するための障害になるならば両公爵は俺の敵です」
「それがどれだけ困難な道であるか分かっているのか? そして望むと望まぬとに関わらずお主を取り巻く状況は複雑になっていくことを」
再び厳しい質問、それに明朗に答える。自分の意地と意思を以って、行うと決めたのだから。
「同じ事をリョウからも言われました。けれど決めたんです。―――アルサスの保全もそうですが、二大公爵の行状を俺自身許せないのです。何より俺の「友人」ならばどんな当てが無くても義勇忠孝果たすために立ち上がるはず」
もしも自分が立ち上がらなければリョウは一人でも立ち上がり義の為に戦うはず。同じ若者として同じく義憤を持っているブリューヌ人である自分が何もしないでいいわけが無い。
自分は伝説の英雄ではないかもしれない。伝承にあるような「魔王」かもしれない。けれども……もう黙ってみていることは出来ないのだから。
「出来ると思うのかティグル?」
「出来る出来ないではなく、やり遂げたいのです。俺みたいな辺境領主に多くの期待を寄せてくれた皆のためにも」
こちらを見てくるマスハスの目。彼は恐らく自分を通して父であるウルスを見ているのだろう。
かつてのウルスはどうだったのだろう。もしもこの光景を父が見ていたらば愚か者と罵倒してくるかもしれない。
「だからマスハス卿が、もしもどちらとも争いたく『見くびるなティグル』―――」
こちらの言葉を遮ってマスハスは言ってきた。その目は少し怒っているように見えた。
「お主のような若造が、そのように義の為に立ち上がろうとしているというのに陛下の臣として長かったワシが、立ち上がらないわけがないだろうが、その戦いオード領主として参加させてもらうぞ」
「マスハス卿……」
威勢よく言われたマスハスの言葉に感極まってしまった。ここから先の事は本当に険しい道になるのだ。二大公爵の力は大きすぎて、如何に顔が広いマスハスでも抗しきれるものではないのかもしれないのだ。
父の友人であり、自分にとっては第二の父親だ。そんな人を困難な闘いに巻き込みたくは無かった。だからこその突き放しだったのだが、どうやら要らぬ気遣いだったようだ。
「良いお父上ですね」
「義兄さん達は、隠居を求めていそうだし、俺もあまり無茶してほしくないんだけど」
リムの柔らかな微笑の言葉に、ティグルとしては苦笑をするしかない。だが、そういってくれる以上、もはや無下には出来ない。
そして次の話に移る。理念は分かった。問題はどうやって行動していくかだ。
「具体策はあるのか?」
「いくつかは……まずジスタート軍を招きいれた正当性を確保するためにも王宮に嘆願書を出したく存じます」
「令旨を得るか……だが、お主も知っての通り、王宮は機能停止に至っている。無論、全てにおいて何もしていないわけではないが」
そうなのだ。このようにテナルディエとガヌロンがすき放題出来るのは王宮がそれに歯止めをかけていないからだ。
しかし、それでも一応言ってみなければならない。でなければどんな目で見られるかも分からない。
「二つ目は味方を作ろうと思います。全ての貴族たちが公爵に靡いているわけではないでしょう。俺のように意思あれども勝ち目が無いと思って尻込みしている方もいるでしょうから」
「堅実だな。だがティグル、それでも勢力としては弱体にしかなりえんぞ」
そうしてマスハスは数枚の硬貨を出して、現在の勢力図を示してきた。冷茶を飲み老貴族の言に耳を傾ける。
このブリューヌ全土を百とした場合、二大公爵を三十ずつとすれば、自分達は残りの四十に属していると語った。
「それならば十分勝てそうな気もしますが」
リムの質問が飛んできたが険しい表情を崩さずマスハスは語る。
「単純に考えればな。だが四十の内の三十はパラディン騎士団。本当の意味ではわしらは残りの十に属している」
パラディン騎士―――ブリューヌにおける十二の勇将達に送られる名誉称号であり、彼らは国王直属の戦力である。
彼らとて大貴族の行いに怒りを燃やしていないわけがないのだが、彼らの大半は国境警備の任務についている。
「それらを纏めたところで十でしかない……しかし、お主は幸か不幸か二人の戦姫、そして自由騎士という戦力を得ている。もっともどこまでご助力してもらえるか分からぬがな」
そう言ってリムを見るマスハス。それに鉄面皮を作って応対するリム。ここからはただの話し合いではすまされそうにないからだ。エレンはこういった事態のためにも自分を置いてくれたのだとしてリムは務めて硬い口調で言い放った。
「オルガ様とサカガミ卿は分かりませんが、我がライトメリッツの側は、ティグルヴルムド卿がエレオノーラ様に愛想を尽かされることなければ、助力しましょう」
「努力するよ」
「具体的には戦姫の色子と呼ばれるぐらい頑張ってください」
「それはちょっとエレンの悋気に触れないかな……」
そうして、国内だけでない戦力を手にしている自分の優位性をマスハスは話してくれた。
「三つ目は、最終手段として、リョウがヤーファから援軍を連れて来るそうです。あいつ曰く『自分に勝るとも劣らない武将『十二』と侍千騎ほど』と言っていましたが」
「それは、まぁ何というか最終手段だな。そこまでするとリムアリーシャ殿やエレオノーラ殿に申し訳が立ちそうに無いじゃろう」
「同感です」
あえて口にはしなかったがマスハスとしては近場のジスタート軍を引き入れるよりは遠方の縁もゆかりも無い軍隊の方が、色々と面倒が無いような気もしていた。
ボードワンやファーロンがリョウ・サカガミを通じてヤーファとの連携を模索していたのは何気なく察していた。
正式な国交を結び、同盟国となる前に、このような事態となってしまった。
しかし、何の因果か彼はティグルと友好を結び、これから始まる戦いに同行すると言っているのだから、運命とはどうなるか分からない。
「とはいえ、テナルディエ公爵の主敵は我らではない。意味は分かるかなリムアリーシャ殿」
「五頭の竜が、戦姫と自由騎士がいたとはいえ、打ち破られたのです。下手に藪を突いてガヌロン公爵との決戦に疲弊させたくはないと」
「ワシが公爵の立場ならばそうする。かといって矛を収めはせんだろうな。あの苛烈な奸賊のことじゃからな」
一時休戦なり賠償金を支払うなども無いだろうとするマスハス。当然だろうとティグルは納得出来た。
王位を取るためならば、そこをこらえるだけの心もあるはずだが……そうはならない。
嫡男を殺されたのもあるが、あの男にとって自分など手を取り合える相手ではない。無論、こちらにとっても同じだが。
「まずは……王宮への嘆願書だが、誰にやってもらう予定だった?」
「間に合えばリョウに、間に合わなければトレブションにでもと」
「前者はともかく後者では入ることも儘なるまい。その書状、ワシが届けよう」
「―――――ありがとうございます。王宮に知人の多いマスハス卿ならば心強いです」
ティグルのどこか頼もしい姿。それがどうしてなったのかは察しが着いた。やはりこの青年貴族にとって必要だったのは同じ年代として語れるものだったのだと。
そうして、マスハスが王宮に行っている間に地盤固めとして他の中立貴族―――その中でも力ある「テリトアール」のユーグ・オージェを尋ねるように助言する。
時間は有限なのだとして、ティグルにも行動させるように促す。王宮への嘆願と同時に、それぐらいはやっておかなければなるまい。
立ち上がり何気なく本当に頼もしくなった「息子」の姿を目にもう一度収めるとマスハスの目が一点に集中してしまう。
「ティグル、その短剣どうしたのだ?」
「リョウからの貰い物です。剣の心得が不足しているとはいえ、接近された場合に護身の武器ぐらいは持っておけと言われて……」
苦笑しつつ語るティグルだが、マスハスとしてはその『剣』にどうにも見覚えがあるような気がする。
しかし『業物』などよりは珍しい武器、長弓などを集めているマスハスなので、自由騎士であれば、そんな『業物』も持っているかとして納得をしてしまった。
後にその剣の『銘』が明らかとなりマスハスを仰天させることになるのだが―――その時点では、ただの業物でしか無かったのだから。
「リムアリーシャさん。こんな汚れたぬいぐるみでいいんですか? なんでしたら同じもの作りますけど……」
「ぜ、ぜひ、ただあまりにも用事が立て込むようならば、そちらで構いませんので」
ティッタが作ったクマのぬいぐるみ。リョウからの贈り物である短剣。
どちらもその価値は、見るものによってしか「価値」は決まらないのだから―――――。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
国王の私室から出ると同時に、女に捕まえられた。相手は知らぬ相手ではない。しかし何故にわざわざ腕を捕って歩く必要があるのだろうか。
事実、王宮の回廊を逆方向に歩く人間達には様々な意の視線を向けられてしまう。大意としては羨望が多いだろう。
「ソフィー、自力で歩けるから腕取らないでくれるか?」
「私が自力で歩けないからリョウが支えてくれると助かるわ。ヴァレンティナが王宮から転移した後は私一人で雑事を取り仕切っていたのだから」
「ご苦労様、色々とご迷惑かけたようだが……もう何日も前の話じゃないか」
二の腕「全体」に感じる感触は、まぁ悪くない。悪くないが、だからといってそれを容認していいかどうかの判断ぐらいは着けなければなるまい。
だというのに、この女性は……からかっているのだと分かっていても、あまり慣れるものではないなと思う。
「まさかエレンが捕虜とした貴族の下に出奔したオルガが居て、更にそこに折り『良く』、西方の自由騎士が通りがかるとは何かしらの運命を感じるわ」
「無いともいいきれないな。恐らくティグルは将星持つものを自然と集めて己の力として使える男なんだろう。歴史の変わり目にはそういう人間が確実にいるのだと俺は信じている」
「人はそれを―――『英雄』と呼ぶのでしょうね」
「同感だ」
(あなたもそうでしょうが)
と、ソフィーは心中でのみそう言っておく。どうせ言ったところでリョウは認めようとしないだろうから。
だがリョウの価値観では、ティグルの方が英雄に思えるのだから仕方ない。他人の話を良く聞き、他人を理解して、その心を掴み己の言葉で動かせる。
個人の武勇ばかりが際立つ人間などよりも、ティグルのようにいざとなれば武威を以って立てる人間の方が、一世の英雄に思えるのだ。
「それで今から向かう場所―――何人いるんだ?」
「私を含めて七人全員。目的はそれぞれ違うけれども、まぁ話し合いたいこと多いんでしょ」
「集まりいいね」
まとまりに欠ける女性陣ばかりなので、正直、何人かの参加を期待していなかった。ただ、それだけティグルに対する関心が高いという現れである。
ソフィーに腕を引かれてやってきた扉の前。話し声一つもしないのが不気味に感じられる。
サーシャやヴァレンティナがいるから喧々囂々が鳴りを潜めているのか、それともやってきた哀れな獲物を食らうべく息を潜めているのか、どちらとも言える空気だ。
決意して扉を空けて入る。そこには円卓の椅子に掛けている竜の姫六人が様々な表情で座っていた。
印象的なのはリーザとミラが少し不機嫌な面をしている。反面、ティナとサーシャは笑顔ながらも怖い空気を出していた。
反面そんな同輩、先達の異様な空気にさしものエレオノーラとオルガも呑まれかかっている。
「私の求めに応じて集まっていただいて感謝に堪えないわ。ゲストであるリョウもやってきた所だから思う存分話し合いましょう。色々と聞きたいことはあるでしょう?」
ソフィーが議長として、場を取り仕切っていたので、それに応じて―――書記役で行こうと思ったのだが、強引に椅子に掛けさせられた。
両隣にはミラとリーザ。二人揃って少し泣きっ面みたいなものを見せてくるので居た堪れない。
口火を切ったのはミラからであった。
「義兄様、長いことお目通り出来なくて大変にミラは心苦しかったです。身の安全を確認出来て幸いですが―――何故なのですか?」
「何故とは?」
質問の意を掴みかねる。しかしミラの言葉は、予想通りといえば予想通りであった。
「このリュドミラ、義兄様が己に依るべき土地を得るためとして動くというのならば、これまでのブリューヌの諸侯との付き合い全て切り捨て、一身に支援しました。だというのに……!」
「不満か。俺がティグルヴルムド・ヴォルン伯爵の旗下に収まることが」
「当然です。何があるというのですか、そんな弓しか取り柄が無い小貴族に」
それに対して腰を浮かそうとしたオルガとエレオノーラ、口を開こうとしたエレオノーラを視線で制してから、反論を行う。
「まずは俺がブリューヌに所領を持つこと、これは完全に無い。ブリューヌ王国はヤーファとの国交及び軍事同盟を模索していた。そんな中、俺がそんな行動に出れば故郷と他国関わらず不義不忠の蛇蝎と見做すだろう。俺には家督を継ぐ家があるのだからな。二つ目には、伯爵閣下の力は大きなものではない。だがそれは己の強みを理解しないで精力的に動いてこなかったからだ。ブリューヌのような硬直した政体の中では彼を活かすことは出来なかったのも一つだが、動けば―――それだけのものも出来る」
視線で、テーブルにある酪農製品を示す。その製品は恐らく多くのものが求める味であるはず。諸注意あるだろうが、山に牛などを放ち自生している草などを食べさせれば独特の味の製品も出来上がるし山林保護にも繋がる。
「三つ目には今のブリューヌは完全に無政府状態にあるといってもいい。テナルディエが右向けと言ってガヌロンが左向けと言って王宮が待てと言う状況。人民にとって確実なのは自分の領地の諸侯の判断だけ―――ならば多くの人々を思えば、義理を通して義憤に燃える俺と同じ志持つやつの夢に投資するだけだ」
「ヴォルン伯爵には……それがあると?」
俄かには信じられない話だとしてミラは少し疑いの眼差しを向けている。これが長い付き合いのオルガやエレオノーラの言葉であったならば、一笑に付していただろう。
男に絆されて私情に走る戦姫が。などと切り捨てて、この議場が流血のそれになっていたかもしれない。
「俺を助けるのと同じくティグルを助けてやってくれないかな?」
「―――私は、その伯爵のことを知りません。その言葉に即答は出来ません。故にいずれ―――格を見定めさせてもらいます」
「それに不合格であったならばどうする?」
「リョウ義兄様とは敵となる道も有り得るかと」
それもまた戦国の世の常だなと感じる。「是非もなし」、その返答にミラが少し落ち込む様子になった。
動揺してくれると思っていたのだろうが、親兄弟であっても反目すれば殺しあう世の中なのだ。
自分を慕ってくれた義妹に対して酷だと思いつつも、信念を曲げるわけにはいかない。その信念を曲げる時は―――それに代わるものが出来た時だ。
(ミラはテナルディエ公爵と付き合い多い。恐らく―――最初に敵となる戦姫は彼女だろう)
果たしてティグルはこの凍てつくように高貴なる蒼の公主の心に『矢』を放てるだろうかと、英雄への試練を夢想する。
そうしていると反対隣のリーザが髪を掻き上げつつ言ってくる。その様が高貴なるままであり、彼女の美貌を減じさせていない。
「ウラ、私もミラと同じくブリューヌの重要諸侯と付き合いが多いです―――。それでもいいのですか?」
「ヴィクトール陛下も何も言っていないんだ。その辺りは任せるよ。個人としては二人と敵対はしたくない」
ただ世に大義示すための戦いでもあるのだ。そんな意見ばかりも言えない。しかし状況次第だとなる。
所詮、どれだけ言葉を尽くしてもティグルの剣だけでもいられない「自由騎士の剣」なのだから。と考えていると、そんなリーザやミラの懸念を払拭させる形で、サーシャが提案をしてきた。
「それなんだけどね。いずれは僕達が持ち回りで監督役としてアルサス・ライトメリッツ連合軍に就こうと思うよ。特にリーザ、君はそうしたいだろ?」
「む……」
「ヴィクトール陛下にも言っておいたけれど、エレンに親しい僕やソフィーばかりが軍監では報告が偏る可能性もある。その懸念はジスタート全体に燻るだろうからね。それを一掃して尚且つ、オルガの将としての采配や成長を見るためにも、この提案どうだろう?」
上手い提案だなと思った。しかしそれを両名が納得するかどうかだ。視線が自然と二人に向けられる。
「私は構わない。ティグルこそが私の王。私を導いてくれる光だから皆にも知ってもらいたい」
「…致し方あるまい。皆の懸念が分からぬほど私も道理を弁えていないわけではない。ただ移動手段はどうするんだ?」
勢い込むオルガと渋面のエレオノーラ、そしてエレオノーラの最大の懸念の解消は早かった。
「疲れること甚だしいですが、私が皆さんを連合軍の元にお送りしましょう。リョウを思えば移動距離は万里を越えましょうから」
この中で一番ブリューヌに遠い領土を持つオステローデの戦姫であるティナの提案を断るものはいなかった。
彼女ならば特にどんなしがらみも無いだろうと思えたからだ。
「にしても連合軍か、味気ない名前だな……」
ぼそっ、と呟くエレオノーラであるが、その呟きが後々に騒ぎをもたらすことになるのだから、何事も分からぬものである。
「一つの議論に決は着いたわね。では次の議題いいかしら?」
「君からあるならばどうぞ。まぁ何であるかは分からなくもないがな」
ソフィーの言葉を促す形で、次なる話題に入る。
「魔物という存在に関して―――――――みんなの意見を聞きたいわ」
金髪の戦姫の口から放たれた言葉に関して全員が一様に表情を引き締めた。
† † † † †
どうやら大勢は決したようだ。このルクス城砦を攻略すべく多くの兵士達が圧力を掛けてきていることは身に分かる。
明日になれば、合流してきた連中を率いてこの砦は陥落するだろう。
心理戦の一つとして、この辺りの民謡が夜闇に響いている。恐らく城砦の連中に変節を促すためのものだろう。
大陸側において覇権を握ったのは、あの男だ。恐るべき妖刀、神剣を使う―――鬼のサムライ無くともここまで出来るとは正直見縊っていた。
(さて後々、ここを砕くべく攻城兵器を使ってくることも予想される。寝返った旨は出したし、コルチェスター側からも色よい返事はもらった)
問題はどのようにして、『島』の方に向かうかである。
(抜け出すことは容易いな。そして海竜を使えば、行くことは容易い。問題は怪しまれるかどうかということだ)
小船一艘で出てきましたというのをエリオットが信じるかどうかだ。
そして、砦の兵士が騒がしい。恐らくだが総大将である自分の首を取ることでタラード軍に開門をしようとしているのだろう。
「ならば―――――――」
殺しつくし、焼き払うことで己の行方を偽装する。まずは扉の向こうにて突入の算段を整えている連中からだ。
久々に己の「真の姿」を曝け出しての殺戮に出られることにルクス城砦の将軍「レスター」は、喜びを感じていた。
「―――レスター将軍! お命頂戴―――――――」
扉を蹴り破って言って来た兵士の一人の顔が驚愕に染まっていた。
そこにいたのは禿頭の人間ではなくおよそ人間には思えない短角の牛が人間になったような化け物。
二十チェートを超えた体躯に盛り上がるだけ盛り上がった筋肉―――白い肌に「三本角」の東洋における化け物「鬼」を連想させる存在であった。
休眠期でありながらも発現させた己の五体の確認として、まずは扉を蹴り破った兵士達を血祭りにする。
『将軍としての最後の指導だ……貴様達に真の恐怖というものを教えてやろう!!!』
レスター……ならぬ『トルバラン』という魔物は、雄叫びを上げながら殺戮を開始していく。
ルクス城砦に止まぬ悲鳴と絶叫が上がり、包囲をしいていた傭兵部隊の隊長であるサイモンは就寝から飛び起きた。
無論、音全てが聞こえたわけではない。しかしここからでも聞こえる大音声であった。幕舎に入り込んできた男の報告を聞きつつ指示を出す。
「サイモン殿、ルクス城砦が―――」
「篝火を強くしろ。それと精鋭部隊を結成させて、ルクス城砦の様子を見に行くぞ」
五百アルシンの辺りに陣取っていたタラードの軍団。それを率いるサイモンは、事態の異常性を感じ取っていた。
(ラフォールがトレビュシェットを持ってくれば終わりだったろうに……自棄になりやがったか、あのハゲオヤジ)
心中でのみ軽口をたたきながらも、それ以上の何かを感じ取る。事実、レスターに対しては元同僚と言うには格が違いすぎた剣士が注意を払っていた。
その注意とは、こういった事態に対してのものだったのではなかろうかとも感じる。
そうして――――サイモンがルクス城砦に向かった時には砦のあちこちから煙が上がり、それが火柱となって燃え上がっていた。
黒い花崗岩を積み上げて築いた城砦であり、ここを破るには質量をぶつける兵器が重要であった。
いつぞや、そういう砦に火攻めを行った将軍がいたが、あいにく「土」などを焼いた壁ではない故なのか燃え上がることはなく、火攻めは難しいという判断。
しかし――――中で小火が起こり、それが大火となれば―――熱を逃がすには不合理な「家」だ。
火の勢い次第では中の人間は蒸し焼き状態になってしまうだろう。
「サイモン隊長どうするよ?」
「……城門開け放ってくれれば逃げた人間を保護出来るんだがな……判断に困るぜ」
傭兵部隊の副長が、火を上げて燃え盛るルクス城砦を見ながら、言ってきたがサイモンとしても困ってしまう。
「仕方ない。とりあえず裏門ぐらいは開けるぞ。丸太持ってきただろうな」
「へい!」
北側にある裏門は、南側の正門と違って作りが小さい。更に言えば裏門の隣にある第二の門は、鉄の扉としかいいようがない代物だ。
抵抗ないならば、そこをぶちやぶるぐらいは出来るはず。
「用水確保出来ました」
「よし、破れ!!!」
騎兵が左右に展開しながら丸太を紐で持ち上げている。それを騎馬の進行方向の勢いそのままに、扉に当てる。
非常に原始的な攻城兵器であり、今では殆どの国で使われていないものだ。それは馬も人間も守備力無くすものであり、「特攻」としか言えないものだからだ。
しかしそれが今回は採用できた。砦の中からは助けを求める声ばかり―――妨害は無いのだから。
―――そうして夜を照らす大きな火は朝になると同時に、消し止められた。
サイモンは怪我人の治療の後送。実況見分をする羽目となりレスターの首で一攫千金とはいかないことに酷く落胆した。
助けられた兵士達の証言によれば狂乱したレスターにより火付けが行われ、俄かには信じがたいがレスターの驚異的な膂力によって多くの兵士達が殺されていったと。
曰く巨大化した将軍の腕が五十人を吹き飛ばし、曰く将軍の咆哮が兵士達の体を砕いただの……およそ信じられるようなことが一つもない。
ともあれ、その後レスターは火に巻かれながら死に絶えたという証言が多数有り、自暴自棄ゆえの「自殺」という結論となった。
炭化しすぎた死体のどれかを判別することは出来なかったが、レスターが先王ザカリアスから下賜された宝剣。それを握り締めている体格ほぼ同一の死体が見つかり、レスターの死亡が「確認」された。
後に、この事件は「ルクス城砦の怪」と称されていくことになり、様々な諸説が流れていくことになる。
中には、こんな証言もあった。包囲していたアスヴァール軍の証言には『砦の正門方向から、何か巨大な『マシラ』のようなものが飛び出ていった』というものだ。
それが夢か現かは分からぬが、それでもこのルクス城砦が落ちたことにより、ギネヴィア率いる正統アスヴァールは大陸側全土を支配下に置けた。
かくして――――アスヴァールに関する騒乱は一旦の落ち着きを取り戻して、西方情勢は全てブリューヌ側に移っていくことになる。
それは新たなる戦乱の幕開けでもあった。
あとがき
特に書きたいあれこれも無いので、感想返信に移ろうと思います。
>>雷天狗さん
感想ありがとうございます。そういう意味じゃなくて何と言うか巷に溢れるラノベの系統分類で言えば、いわゆる「レギオス」的最強ものでありながらも完全にアジア系の特殊技能・特殊職業で来訪した国、文化圏を圧倒出来るというものが私の理想だったんですね。
異世界転生・召還、チートスペック持ちがやってきたというのともまた違ういわゆる同一世界の「異文化来訪系」とでも言うべきファンタジーものを目指していたんですよ。
今作の主人公は、設定こそマイルドにしていますが、かなり前にMF文庫とGA文庫に応募した作品の主人公が原型だったりします。
まぁ似たようなのはどこにでもありそうですね。変な書き方で混乱させて申し訳なかったです。
>>almanosさん
感想ありがとうございます。
結局の所、最新刊におけるヴィクトール王が良い人(?)だったので、こんな風になりました。
エレオノーラの人物評は偏りありますね。ただそれは腹のうちを見せ合える相手かどうかという話でもあるんでしょうが、最新刊の王様論を語ったりからしても良い為政者ではありますね。
ティグルならば抑えられる所をリョウは抑えられないんですよ(笑)まぁ異国の地で人肌恋しかったんでしょう(苦笑)
サーシャの場合は、一応病状落ち着いているとはいえ「子供欲しい」と思う最新刊のオルガのごとき年上の女性ですから。リョウも断りきれなかったんでしょうね。
これでティッタが、原作でどうなるかなんですよね。今作ではあまり活躍しない「小ニース」の如きポジションです。だからリョウはいずれ彼女に「術」を教えて「同調率」を上げてしまったことを後悔します。
そして後半感想……うん。俺の作品って分かりやすいんだろうなぁ。後の展開にご期待ください!(涙)
>>エキシボさん
初感想、そして今作を読んでもらいありがとうございます。
二次創作におけるオリ主というのは、本当に扱いを間違えると劇薬ですからね。読者の皆さんから反感を持たれていなければ幸いです。
ティナは結構、原作との乖離が酷いという可能性もありますから、あんまり本気にしないように(笑)
己の野望を達成するためならば、いかなることもする女傑。現実にいたらば、おっかない限りですが、そんな毒蜘蛛みたいな女でもリョウは好意的に思えてしまうんですよ(苦笑)
>>放浪人さん
感想ありがとうございます。
とりあえずアスヴァールからロリコンハゲ将軍が、いなくなったことにより、主舞台はブリューヌ側に移りました。
そんなアスヴァールの仮面夫婦ですが、リョウは「個人」としては好きだけれども「公人」として一切を認め切れなかったんですね。
ワンピースでいうところの「金獅子」と「海賊王」。タラードとしては「俺の右腕になれ!」と誘ったのに「自由にやらねぇと意味がないんだよ!」と断られた。原作でもティグルに袖にされて、今作ではリョウにすら袖にされる。可哀想過ぎる平民王である。
敵というほどではないが、完全な味方とも言い切れない。同じ時代を生きる「猛者」。そんな感じですね。
ギネヴィアはデレてはいたんですよ。船の出航見送りにも来ていたというのに……ところがジスタートに渡って後に聞こえてきたのは「戦姫の色子」なる称号であり、キレたわけです。(笑)
そんな風だったもんで戴冠式に呼べ、ゲッシュによって「愛の逃避行」させろ! とどこぞのケルト神話の英雄なことを考えていましたが、「危険」を察知したのか断られました。(苦笑)
リョウに関わったのがアスヴァールの悲運ですね(笑)
プラーミャなどの幼竜達はマスコットキャラとして皆の癒しとなっています。オリジナル設定として原作で出ていない種類の竜でも出そうと思っていますが、まだ構想中です。
そんな中、恐らく一人あぶれそうなのがソフィーだったり(笑)今後の展開にご期待を!
ではでは、今回はここまで次回の更新までお待ちいただければ幸いです。お相手はトロイアレイでした。