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No.38861の一覧
[0] 鬼剣の王と戦姫(ヴァナディース)(魔弾の王と戦姫×川口士作品)連載に関して報告あり[トロイアレイ](2017/03/27 00:21)
[1] 「煌炎の朧姫 Ⅰ」[トロイアレイ](2014/06/14 23:23)
[2] 「虚影の幻姫 Ⅰ」[トロイアレイ](2015/06/17 18:39)
[3] 「雷渦の閃姫 Ⅰ」[トロイアレイ](2015/06/17 18:42)
[4] 「煌炎の朧姫 Ⅱ」[トロイアレイ](2014/06/14 23:35)
[5] 「虚影の幻姫 Ⅱ」[トロイアレイ](2014/06/14 23:37)
[6] 「虚影の幻姫 Ⅲ」[トロイアレイ](2014/08/10 20:55)
[7] 「煌炎の朧姫 Ⅲ」[トロイアレイ](2014/08/10 21:00)
[8] 「雷渦の閃姫 Ⅱ」[トロイアレイ](2014/08/10 21:02)
[9] 「鬼剣の王 Ⅰ」[トロイアレイ](2014/10/10 20:26)
[10] 「銀閃の風姫 Ⅰ」[トロイアレイ](2014/04/09 01:59)
[11] 「凍漣の雪姫 Ⅰ」[トロイアレイ](2014/05/03 12:28)
[12] 「光華の耀姫 Ⅰ」[トロイアレイ](2014/10/10 20:23)
[13] 「凍漣の雪姫 Ⅱ」[トロイアレイ](2014/08/10 21:06)
[14] 「光華の耀姫 Ⅱ」[トロイアレイ](2014/10/10 20:24)
[15] 「羅轟の月姫 Ⅰ」[トロイアレイ](2014/11/16 20:47)
[16] 「鬼剣の王 Ⅱ」[トロイアレイ](2014/12/14 19:55)
[17] 「光華の耀姫 Ⅲ」[トロイアレイ](2015/02/01 14:52)
[18] 「銀閃の風姫 Ⅱ」[トロイアレイ](2015/02/18 00:03)
[19] 「羅轟の月姫 Ⅱ」[トロイアレイ](2015/03/01 18:52)
[20] 「魔弾の王 Ⅰ」[トロイアレイ](2015/03/08 16:00)
[21] 「羅轟の月姫 Ⅲ」[トロイアレイ](2015/04/05 01:15)
[22] 「虚影の幻姫 Ⅳ」[トロイアレイ](2015/05/14 23:29)
[23] 「鬼剣の王 Ⅲ」[トロイアレイ](2015/08/23 20:21)
[24] 「魔弾の王 Ⅱ」[トロイアレイ](2015/04/07 21:14)
[25] 「銀閃の風姫 Ⅲ」[トロイアレイ](2015/07/04 13:19)
[26] 「鬼剣の王 Ⅳ」[トロイアレイ](2015/04/28 16:46)
[27] 「雷渦の閃姫 Ⅲ」[トロイアレイ](2015/05/11 00:37)
[28] 「羅轟の月姫 Ⅳ」[トロイアレイ](2015/05/25 01:12)
[29] 「魔弾の王 Ⅲ」[トロイアレイ](2015/06/04 02:16)
[30] 「凍漣の雪姫 Ⅲ」[トロイアレイ](2015/06/16 22:58)
[31] 「凍漣の雪姫 Ⅳ」[トロイアレイ](2015/07/03 16:35)
[32] 「鬼剣の王 Ⅴ」[トロイアレイ](2015/07/14 00:16)
[33] 「乱刃の隼姫 Ⅰ」[トロイアレイ](2015/08/07 02:40)
[34] 「鬼剣の王 Ⅵ」[トロイアレイ](2015/08/13 22:30)
[35] 「魔弾の王 Ⅳ」[トロイアレイ](2015/09/03 12:41)
[36] 「魔弾の王 Ⅴ」[トロイアレイ](2015/09/23 17:49)
[37] 「銀閃の風姫 Ⅳ」[トロイアレイ](2015/11/14 16:06)
[38] 「鬼剣の王 Ⅶ」[トロイアレイ](2015/11/29 23:57)
[39] 「魔弾の王 Ⅵ」[トロイアレイ](2016/02/06 22:12)
[40] 「光華の耀姫 Ⅳ」[トロイアレイ](2016/04/17 23:32)
[41] 「光華の耀姫 Ⅴ」[トロイアレイ](2016/07/03 16:03)
[42] 「鬼剣の王 Ⅷ」[トロイアレイ](2016/09/11 21:17)
[43] ご報告及び移転の告知 追記 感想返信[トロイアレイ](2017/03/29 19:12)
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[38861] 「光華の耀姫 Ⅲ」
Name: トロイアレイ◆d28bba85 ID:cdc9ba15 前を表示する / 次を表示する
Date: 2015/02/01 14:52
その時、皇太子レグナス―――もといレギンは、この観客席の中に一人の男子がいないことに不満と後悔を抱いた。

後悔してしまうのは、もしも自分が「レグナス」としてでなく「レギン」としてならば彼は来てくれたのではないかという後悔だ。

自分に暖かさを教えてくれた一人の狩人領主。多くの貴族騎士達は嘲笑する武芸しか持っていなくてもレギンには、どんな武人よりも優れた武芸にも思えるのだ。

白刃の恐ろしさを真に理解して生き死にを賭けてまで、「生き残る」武芸。でなければ、あれほどまでの弓射は出来ない。

そんな彼が居ないことがレギンにはとても不満だった。そして、眼下にて繰り広げられていた試合の終わりは近づいていた。

瞬間―――、寒気が走った。背中に氷柱を入れられたのではないかという―――凍れる痛みが。

「殿下、身を伏せて!!」

側に居たジャンヌが自分の頭を無理やり下げて観戦机の下に潜りこませてきた。護衛としてだけでなく女騎士としての彼女の判断は正しかった。

その後には、何かの爆発音が響いた。耳を塞ぎたくなるほどの轟音。側に居た父もまた護衛によって守られていた。

観客達の混乱が広がっていく。轟音の後には闘技場の縁―――円形の傘に立つ黒ずくめの連中がぐるりと存在していた。

誰から気付いたわけではないのだが、轟音が響いたのが外からだったので自然と全員が外の方を向いたから気付いたのだ。

しかし黒ずくめの連中は、その視線を意にも介さず、三枚刃(ジャマダハル)を両手に握って、駆け下りてくる。

いずれ起こる惨劇が広がる気配に恐怖の絶叫が響いた。


† † †

その黒ずくめの登場。それに本当の意味で混乱していたのは、ムオジネル人の男だ。

ダーマードはそれが母国のアサシンの伝統衣装と、伝統武具であることを理解していた。

だが、こんな派手なことをしては暗殺の「意義」が無い。

つまり真正面からの対決となることは間違いない。ダーマードは、それにどう対応するかに苦慮するも―――、判断した。

「ブリューヌの重要諸侯の首を獲るぞ。テナルディエ、ガヌロン、ファーロンに近い連中の首をあげたものに『ワルフラーン勲章』と『土地1等」をくれてやるとクレイシュ様から言付かっている」

集まって下知を望んでいた部下の全てに目標を伝えると、全員の顔が輝く。先程までは絶望的な戦いになるかと思っていた。

黒騎士と自由騎士の二人に勝てると豪語出来るものはいないことを嘆くべきなのか、それとも全員の士気が上がったことを喜ぶべきなのかを悩む。

だが当初の予定通りだ。『粉塵に紛れて「真紅馬」を討取れ』その符丁の意味を考えるまでもなく多くのムオジネルの工作員達は戦闘行動に入っていった。

(賓客席の場……そこは全て騎士共が両脇を固めていた……つまり騎士共の壁を超えなきゃならないということだ)

何とも憂鬱な気分になりながらも、獲るべき首ぐらいは見定めなければならない。

そうして自分は這い上がってきたのだから―――――――――――。


† † †

混乱は広がるばかり、しかしながら事態の推移は既に承知済み。そして、狙われているものも自ずと分かっている。

「ロラン、あんたは「客席」にてたむろっているムオジネルの鼠共から「守れ」―――こっちに向かってくる黒ずくめとあいつらは「別口」だ」

「……何を守るか、そして本当の意味で守るべきものは――――今ならば分かる――――しかしお前ひとりで……」

一度だけ賓客席にいるファーロン国王に視線で問いを発したロランの思いは分かる。もしも自分との問答無くばこの男は確かに「守っていた」だろうが、それでもそれは忠節の道とは別だ。

そして戦士の礼儀としてロランは自分一人をここに置いていくことを躊躇っていたが、自分たちに影が差して、上から何かがやってきたことが分かる。

「リョウ!! 私を受け止めなさい!!」

(辞退したい……)

垂直落下する形で落ちてきた女―――戦姫ソフィーヤ・オベルタスのとんでもない行動は「変人戦姫列伝」に列されて紹介してもいいぐらいだろう。

もっとも彼女とて受け身ぐらいは取れるだろうに、と思いつつもとりあえず男子として武士として姫の頼みを無下にするわけにもいかず金色の姫君を落下する所から自分の腕の中に納める。

「成程、お前にはもう一つの「仇名」があったな」

「そっちに関しては不本意極まりないんだから言うんじゃない」

皮肉るような笑みを浮かべたロランに苦虫を噛み潰しながら、ソフィーを地に下す。

「ならば、あの暗殺者共は任せた。俺は俺の主の守るべきものの剣となりにゆくよ――――」

そうして、暗殺者の殺到する波を掻き分けながら観客席の方へと戻っていくロランは今にも激突の様相を見せ始めた騎士達に下からも通る大声を掛けた。

「忠勇なるブリューヌの騎士よ!! 我らが本懐を思い出せ!! 我らは国に生きる民全ての守護の剣!! 民一人にでもムオジネルの刃の傷一つあれば我らが負けと知れ!! 誇りを以て「務め」を全うしろ!!」

それはかつて門衛に対してロランが語った発破の言葉。それを今は本当の意味でファーロン国王の剣という自覚を持ったロランが言うのだ。

賓客席の両脇を固めていた騎士達に光を与えた。民を守るか、王、貴族を守るか。

民を守る――――ムオジネルの狼共は最賓客席を狙ってきているが、それでも民達に狼藉を働こうとしている連中も見受けられる。

彼らを守ることこそが本当の意味での自分たちの戦う理由なのだと気付く。

ファーロンの満足そうな顔と視線を騎士達は理解する。この文人肌の王の本当の剣となるならば自分たちは、凶賊を打ちのめさなければならない。

『了解です!! 黒騎士ロラン!!!』

騎士達の決意と同時の応答と同時にムオジネルの餓狼と騎士達は決戦に入る。

そしてリョウとソフィーもまた戦闘準備に入る。黒ずくめ達はロランにはわき目も振らずにこちらにやってきた。

ロランの隙のなさに攻撃できなかったというのもあるが、それよりも―――分かってしまうのだ。

「こいつら既に施術されている……」

「サーシャが言っていたけれど亡者の兵士かしら?」

こちらを取り囲もうと円状に迫ろうとしているが、それをさせないと移動しつつ、相手の出方を待つ。

暗殺者相手に「待つ」など悪手だが、それでも敵の全容がしれない以上、まずは相手の一手を見る。

周辺をぼうっと見るようでいて集中した視線の全てが細部まで暗殺者の全てを見透かす。

起こった変化は即だった。

数が―――「十二」人になっている。もう一人はどこに行ったのか―――。

殺意が―――下から注がれる。刃が殺意に向けて振るわれるが己の影のみ。

しかし影から―――暗殺者が飛び出してきた。一歩退いて、下方から突き出される刃を躱す。躱すと同時に前進をして暗殺者の体に拳を重ねる。

距離が一歩にも満たない距離からの打撃。臓を砕くほどの殺人打を放ったにも関わらず、圧でたたらを踏んだ後には平然と佇立をしていた。

「防具は無い。こいつらの軽さは元々だが……厄介だな」

「影から影へと渡った……そういう理解でいいのかしら?」

頷いてから、対策は一つとして実践をする。ソフィーと背中合わせとなり、視線を八方に散らす。

まずは連携を崩す―――。

「我が先を疾走よ輝く飛沫よ(ムーティラスフ)」

瞬間、ソフィーの竜具ザートから無数の光の粒子が迸る。ソフィーの前面から襲いかかろうとしていた暗殺者はそれで眼を焼かれて幻惑される。

そして次の瞬間には全身が焼かれる。光の粒子の後を追うように閃雷(さきいかずち)が暗殺者二人の身体を焼き尽くしたのだ。

「その剣―――雷を放てるの?」

「雷蛇剣の機能と俺の微妙な妖術適正で放てる唯一の道術だ」

とはいえ、背中合わせになっていたソフィーがそんなことをするとは思っていなかっただけに、対応が少し遅れたのもある。

雷は一番自分にとって相性がいいのだ。歴代のアメノムラクモの所有者は、豪雲雷雲を呼び寄せたオロチの力の中でも風は相性よく使っていた。

しかし雷はその特性上、己の身すらも焼きつくしかねないということで使うことをためらうものも多かった。

だが戦鬼「温羅」はその身にイザナミより与えられし四つの雷神器を纏っていた。

その為か歴代の所有者よりも自分は雷を利用することが出来た。ゆえに―――。

「ならば私が光で攪乱するから、あなたはその雷剣で全ての暗殺者を殺して―――もちろん私の珠のようなお肌に傷をつけないように♪」

「分かった。お前さんの光の技ならば影を一定にすることは出来ないだろうしな」

相手も判断を即にして、こちらの連携を崩そうと挑みかかる。

しかし一度に挑みかかれるのは精々、二人―――己の怪我を考えなければだが。

一人が影に潜り、二人がジャマダハルを掲げて襲いかかる。

(上下の連携攻撃―――)

「―――我が空を照らせ柔らかき灯よ(ネヴァセレート)」

頭上へかざしたザートの先端から白銀の光が生まれて無数に拡散する。

リョウの前から来ていた暗殺者は眼を焼かれながらも覚悟を決めてこちらに挑みかかる。しかし本当の理由は―――。

「素は軽、肩に風実、八重の浮羽、十八重の雲、火吹き、地流れ、空渡る」

御稜威をかけるは伸ばされた己の「影」に対してだ。瞬間その影から勢いよく飛び出してきたのは暗殺者だ。

現れた同胞の存在に二人の暗殺者は、瞠目する。

本来は前後からの必殺の交差殺術だったのだろうが、その連携はソフィーの光によって自分の前に出来た影によって崩された。

「出てくるのが人の影だってんならば対処は簡単なんだよ!」

入口は無数に固定されているが、出口は無数に変化させられる。こちらの都合によって、こんな屋外で襲いかかった時点で失着だ。

正面からぶつかり絡み合った暗殺者三人。数瞬あれば解くことは出来ただろうが、その数瞬は鬼の振るう剣によって命ごと奪われた。

残りは八人。その内三人がいなくなっている。

「入り込まれたわけではなく―――後ろに隠れているだけだな!!」

こちらの頭の良さを利用したものだが、ソフィーの竜具の光は、八つの影を暗殺者に作らせていた。

微妙に角度を調整させた上での照射は、人影を確実に作り出していた。

しかし暗殺者は、散逸をして縦横無尽に動き回り狙いを付けさせないように動いてきた。

「動くと言うのならば好都合というものよ―――私にとっても」

襲いかかる暗殺者のジャマダハルを躱し、己の錫杖で叩き落とし、回すように振るわれた石突の部分が暗殺者の喉を潰して吹き飛ばす。

上方より襲いかかる暗殺者に関しては、躱さず―――受け止めもせずに「虚空」を貫いた。

「!?」

「光の屈折で虚像を作り出すか」

実体のソフィーは居らずに、虚像のみを貫いた暗殺者が自由騎士の剣により刎頸させられる。

残りは六人。ことここに居たり既に追いつめられた暗殺者は、こちらの動きを窺いながら、手首の辺りに何かを装着した。

(何かあるな……毒か?)

己の腕の無事を考えずに、腕から滴り落ちる毒が刃を纏い、そのままに攻撃の手段となる。

考えられる手はいくつもあるが、こちらの思考を破る形で一人が「影潜り」をして、こちらの影に移動してきた。

ソフィーの光の方向で正面から出ることは分かっている。

瞬間、出てきた暗殺者を斬ろうとした瞬間に、不穏な匂いがした。一種の刺激臭から毒かと思ったが違う。

刃と手甲を擦りあわせる暗殺者。つまりは―――。

眼前で、何かが爆発をした。その爆発は連続して起こり、自分の身体が痛めつけられるのを実感する。

(火薬か!)

正体を察すると同時に、全てのアサシンが自傷を厭わずにこちらに「発破攻撃」を仕掛けてきた。

† † †

ブリューヌ騎士団の中でも精鋭と呼ばれるはナヴァール騎士団だろう。

騎士審問は厳しき門だ。それを乗り越えて精鋭たる存在になったとしても、それを超える存在もいた。

一般には知られていないが、それでも若き騎士候補は彼らの事を故事に準えて「パラディン」と呼んでいた。

そのパラディンの殆どはロランと同じく団長格になっているのだが、一人の女騎士は未来の国王の守り手としてその細腕で「大剣」を振り回していた。

「ば、化け物め!」

「そんな風に言われたのは初めてではないですが、少なくとも女性に言う言葉ではないですね」

その手に持っていた小剣を大剣に「変化」させて小剣の手数で振るっていた彼女の技量にムオジネルの工作員及び奴隷剣闘士達は慄く。

そんな驚愕に震えていた集団の中を軽快に滑り込み、剣を振るっていく若き騎士二人。

早業の限りの抜刀。最短での剣の突き立て。

殺人術としては正に比類なき術技の程は、ロランにも劣らない。しかしながらブリューヌ騎士としては邪道の術法でもある。

しかしながらクロードとセレナはそれを行いムオジネルの鼠共の息の根を止めていったのだ。

「それでどうしますか? 部下の命をこれ以上無くしたくなければ撤退してもらえると助かります。殿下の御前を下郎の血で汚したくありませんので」

「逃げ出した所で既に展開した騎士団共が俺たちを捕縛するという算段だろう……どちらにせよ犠牲は出るさ」

口減らしの為に兵士にさせられたようなものである男は剽悍な顔を歪ませながらも逃げ出す機会をうかがう。

せっかくここまで上り詰めたのだ。しかしながら報奨も魅力的だ。

自分の上役である「赤髭」ならばどんなことが最善手なのか分かるはずだ。

故に―――男。ダーマードは、即座にルートを設定し逃げることにした。こうなった場合に備えての街中での混乱だったのだ。混乱の最中、門番たちが自分たちを見失うだろうことは予測済みだ。

あのお方ならば無駄な首を置いて、敵への口実を作らせることはすまい。第一、アスラン、マジードというブリューヌの工作員共との連携が破綻した時点で、こんなことをすべきではなかったのだ。

三人の騎士、そして迫りくる黒騎士の圧力で包囲をされる前にダーマードは四方八方に煙幕を張る玉を投げつけた。

足元から広がる白煙と黒煙の限りがムオジネル人達を覆い隠し逃走を許す。

(全ては無意味に終わったな……とはいえ、全てが無駄に終わったわけではないか)

この国の主要な人物達、その手強さ。そして―――東方剣士の実力の程は既に分かったのだ。収穫が無いわけではない。

(後は……内乱が起こるのを願うだけだ)

その時にこそあの男との戦いが起こるはずだ。もっともダーマードとしては絶対に一対一では相対したくない相手であった。

憂鬱な気持ちを持ちながらも、煙の中を抜けて人ごみの中を紛れながら逃走を続けていく。新たなる闘争の幕開けを感じながら、生きて帰れたらばと再び憂鬱な気持ちが湧きあがるのを隠せなかった。


† † †


顔が煤で汚れながらもリョウは相手の攻撃の意図を読んでいた。だからこそ既にアサシン達の攻撃は無にされていたようなものだ。

一度に一人へと殺到できる人数というのは限られている。それでも自傷、同士討ちというものを考慮しなければ、いくらでもかかれる。

既にこのアサシン共の施術の程は見えている。そして斬るべき線も――――。

姿勢をとにかく低くする。腰を落として地に伏せるかのごとくまでの伏せりに暗殺者の攻撃が空かされて、そこに足元の影から現れたアサシンを踏み台にして、飛び上がる。

幾重にも絡まる「剣衾」を擦過しながらも上空に飛び上がり眼下に広がるアサシン全ての身体を視界に入れながら上空から落ちながらの斬撃を見舞う。

落雷と共にの斬撃がアサシンの手甲に仕込まれていた火薬を誘爆させながら斬り捨てて、影から出てきたアサシンの脳天に剣を突き刺して終わりとなる。

「神流の剣客にとって必殺の好機とは相手の「必殺」にあり。勝利を確信した相手程、間隙というものは出来やすいからな」

冥途の土産として覚えておけと焼死体と化したアサシン共に言っておき、残った二人のアサシンに眼を向ける。

恐らく―――この二人こそがこの集団の最強格。

「見事なり東方剣士」「その絶技しかと見た」

「驚いたな―――正気を保っているとは」

剣を向けながら威圧していたが反応が返ってくるとは予想していなかっただけに面食らう。

「我らアサシン教団の中には服薬をすることで身体能力を上げる存在もいる」

「中には身体精神を狂わせる術もある。そんな訓練を受けてきた我らを侮ってもらっては困る」

「死ぬ前に、お前たちの――――」

「御託はいいんだよ。さっさと殺し合いなよめんどくさい」

今回の黒幕に関して聞こうとした瞬間。声のした方向に眼を向けるとそこには厚手の服を着た―――青年に見えるが「魔」そのものの存在がいた。

完全に抑制が効かなくなるほどの衝動を押し殺しながら、青年を凝視する。

「お初だね少年。けれど僕は色々と君の事を知っている―――よって今回そこのムオジネルの工作員共を使って君とブリューヌの要人共を襲った」

「べらべらと喋ってくれてありがたいね。このアサシンの魂を解放したらば次はお前の首だ」

十を言わずともこの男は探し求めた仇。自分の息子の仇だろう。流星の称号ありし竜王の言っていた外見に酷似している。

「そこまで分かるとは―――では―――闘争するといいよ!」

言葉と同時に二人のアサシンは地に伏せるかのような疾走でこちらに近づいてくる。縦一列となり近づいてくる。

そして影から潜ると見せかけての後方のアサシンが前方のアサシンを踏み台にして飛び上がり、こちらの上を取ろうとする。

させるかと短刀を投げつけるも、さしたるダメージもなく突き立った短刀そのままに制空権が奪われた。

そして前方からアサシンが斬りかかってくる。この挟撃が厄介だ。上方のアサシンは四方八方に暗器を投げつけてきてこちらの足場を奪っていく。

「リョウ!!」

長柄の錫杖を回転させてあちらの攻撃を無にしているソフィーの呼びかけに答える暇もあらば、斬りかかってくるアサシンを始末しなければならない。

甲高い金属音を響かせながら、打ち合うアサシンとサムライ。その膂力の程からやはり普通ではないのだと分かる。

しかしながらあちらもこれ以上打ち合っても勝てないと悟ったのか、

「アスラン!」「やるぞマジード!」

打ち合いから離れて、二人のアサシンは何かを唱える。呪法の類は即座に効果を発揮して二人のアサシンの肉体を増強させて―――合成させていた。

百チェートはあろうかという巨躯となり襲いかかってくるアサシン。

「ま、まさかこんな非常識なことが出来るとは……何で今まで戦場に投入してこなかったのかしら?」

「まぁ何かしらリスクがあるんだろ。火砲の方が安定しているんだから―――来るぞ」

驚愕しているソフィーに答えた刹那。闘技場を圧倒する形で迫りくる巨人の腕力から逃れつつ、ソフィーと左右に分断されて離れる砂塵の向こうにソフィーはいると思いつつ気配を探る。

すると今度は巨漢から一転して一人のアサシンとなったものが普通の体躯で斬りかかってきた。

砂塵を切り分けて進んできたマジードというアサシン。そして甲高く響く金属音からソフィーもまたアスランというアサシンと切り結んでいることが分かる。

「その力、惜しいね。もう少しまともなことに使えれば良かったのによ」

「命を削るこのアサシンの秘儀はムオジネルにおいては秘中の秘。そうそう日の目に当ててはられんのだよ。貴様の剣術とて同じだろう」

事実、その通りだ。しかしながらそれでも公僕として仕え、武士として生きている自分とこのアサシン達とでは境遇が違いすぎた。

「どのみち、私は死ぬ。あの男に何かを施された時点で既に手遅れなのだからな。ならばせめて最強と呼ばれた自由騎士の首を携えて軍神ワルフラーンの旗下に納まってやろう」

ムオジネルの軍神ワルフラーンは死後においても戦士の魂を守護するものとして信仰されている。

そこに加わるために俺の首を携えるか。なかなかに面白い発想だと思いつつも首一つになっても生きていられるかもしれないと言ってやろうかと思ってやめた。

刃と刃が打ち合わされる音は、この男の手強さを物語る。必殺の好機に仕掛けようとしても、その瞬間を狙って間合いを空かしてくるのだからどうしようもなくなる。

(暗殺者との戦いにおいて読みの速さは使えない。彼らは感情を押し殺して冷静に動くのだから三速の内の一つが無くなる)

しかしこの男の自棄な考えは一種の読みを自分に与えてもいる。それでもそこは職業的な殺人者――――必殺の好機は空かされて、再び距離を取られる。

「どうするリョウ? このままじゃやられはしないけれど、千日手よ」

「君の竜具でもあいつらを砕けないのか?」

「どこに隠し持っているのか次から次へと得物を取り出してくるの。あなただってそうでしょ」

ここまでにアサシン共の得物を叩き壊すこと五度。その都度ゆったりとした黒い服から様々なムオジネル製の暗器が出てくるのだ。

「―――致し方ない。風蛇剣で決着を―――」

「ならば私との共鳴技で決着を着けましょう」

自分の思惑を外す形でソフィーは意外な提案をしてきた。色んな事を話しているのは良いとしても、発動条件をクリアできているとは思えない。

そもそも今回の相手に対してソフィーはそこまで感情的に―――。

「あの観客席の縁で嘲笑っている男はプラーミャちゃんのお父さんを破滅させた相手なのよね。私は私の好意を抱いている相手の敵を許しておけるような人間ではないわ」

なによりソフィーの怒りは、そのように人の運命を弄び死出の旅路を強制的に行うものに対する怒りだ。

戦士であれば、その怒りはお門違いだと思うかもしれないが、それでも彼女の友人はその運命に抗いながら生きてきたのだ。

そして今は生きている―――――。だからこそ魔性の運命を強制的に受け入れさせた存在に対する怒りがソフィーに発生する。

「軍神の所に送ってやるよ―――ただし戦姫〈ヴァナディース〉と戦鬼〈イクサオニ〉を苦労させたという戦士の称号付でな」

「いいや、首を貰うぞ!!!」

「二体」の巨人と化したアスランとマジード。一方は影に潜り込み一方は正面から迫ってくる。

二面同時攻撃のそれは本来ならば必殺であったはず。

しかし既に声は聞こえていた。そしてソフィーもまた聞こえているようであり、アメノムラクモに光の勾玉が嵌め込まれた。

瞬間、光の粒が闘技場を覆い尽くす。ソフィーのザートからもあふれ出た光の粒は巨人と巨人が潜り込んだ影に入り込んでいく。

その光を受けた巨大な影は水のようなものとなり流体のようになってしまう。その流体となった影にアメノムラクモを突き刺して刺さったものを「釣り上げた」。

『天手力男神』

宣言すると同時に釣り上げた影に潜った巨人を光の拘束を受けていた巨人に投げつける。

その一連の動作の最中にソフィーは―――踊っていた。いやただの踊りではない。白拍子よりも激しくムオジネルのソードダンサーよりも過激な神懸かった動き。

彼女自身の妖艶さも加わり、見るもの全てを魅了する踊りはいつの間にか彼女の周囲に五つの大きな光の珠を作り出して―――。それらが巨人二人に投げつけられた。

『五伴緒神』

彼女の宣言と同時に、光の珠は柱となって巨人の動きを完全に束縛する。

そうして、ソフィーの下に光の剣を携えて近づく。一方ソフィーもまた光の塊となった錫杖を持ちながらこちらに近づく。

空いている方の手。武器を持たない方の手と手を合わせて面を見合う。

神話の再現のようで少し違うそれを行いながら身動きとれぬ「クニツカミ」の方に同時に向き直りながら宣言した。

『天孫降臨=邇邇芸命』

そうして巨人の頭上。いや天空から光の柱が降り立つ。その光の柱は巨人を消滅させていく。

まるで意に沿わぬ神を消していくようで残酷なようで、しかしながら――――天上へと召し上げられるかのように厳かなものであった。

神技の発動の終わり。ムオジネルのアサシン集団との戦い終結と同時に、その男は闘技場へと降り立った。

どことなく―――カエルの跳躍にも似たそれによってやってきた男に自然と険のある視線は向く。

「やるねぇ。しかも「光華」の力を倍加させて技として放つとは、評価を上方修正しなければならないね」

「秘密の一つをくれてやったんだ。笑い声でも上げながら陰謀を暴露するぐらいの報奨あってもいいと思うが」

「あったとしても俺の計画ではないしね。今回はただ単に君の力の程を確かめるだけだった……けれど気が変わった」

最後の言葉で、気配が変わる。目の前の魔性が戦闘態勢に入ったのだ。

「ソフィー下がっていろ。もう援護は要らないというより……戦えないだろ?」

「全く、確かにエレンやエリザヴェータ程、戦っていないとはいえ……これだけで動けなくなるなんて我ながら情けないわ」

自嘲するかのように、笑ってから自分から遠ざかるソフィー。自分の背中に一言が掛かる。

「勝てるわね?」

「勝つさ。俺が誓った全てに賭けても―――名を聞いておこうか、魔性の眷属」

「ヴォジャノーイ、仲間内ではそう呼ばれてる―――よ!!!」

同時にヴォジャノーイの口から何かが飛ぶ。それは―――「舌」だ。赤黒い舌は槍のようにこちらを突き刺そうと向かってきた。

それを間一髪で躱し、神速の足捌きでヴォジャノーイに向かっていく。

舌こそがこの魔性の武器であると分かっている。舌を斬りおとすことは容易いだろうが、それの操作に集中させておけば必定、そこから離れた――――。

「真芯ががら空きだ!!!」

体を上と下に分けんとした斬撃。それが受け止められる。

「!」「そんなに驚かなくても、いいんじゃないかい!!」

手で受け止められた剣。アメノムラクモをそのままに至近距離から何かを放つ。

再びの舌槍かと思いきや口から放たれるそれは含み針よりも強烈なものだ。

(酸、いや毒か)

御稜威を使いヴォジャノーイから逃れる。しかしヴォジャノーイから放たれる「毒弾」の連射は一直線にこちらに放たれる。

勾玉を炎に変えて、毒を蒸発させる。ここが屋内だったらば凍結させていたが、屋外であれば「熱消毒」した方がいいだろう。

距離を取ってから、ヴォジャノーイの特性を思い浮かべてから思いつくは――――。

「お前、カエルか」

「確かにカエルと言えばカエルだね。けれどもただのカエルではないよ」

あっさり肯定してくる魔性に対して肯定されたことで―――簡単に勝機を見出した。

瞬間、アメノムラクモを地面に突き刺して、鬼哭を鞘込めのままにヴォジャノーイに相対する。

行動に不審を覚えつつもヴォジャノーイは、強力な武器を捨ててまで向かうこちらに挑発された気分を覚えただろう。

目の前の相手は如何に魔性のものとはいえ感情があり、そして「2本の足で立っている」。倒せない相手じゃない。

「死んでもらおうか神剣!!!」

言葉と同時に、ヴォジャノーイの舌が身をくねらせる蛇のように地面を何度も叩き砕きながらこちらに迫ってくる。

落下する「槍」の目測を見誤らせる策であるのは分かっている。自分に迫った槍を一歩前に出ながら躱し、更に一歩で砲弾のような跳躍を行いヴォジャノーイに接近する。

瞬間、ヴォジャノーイの舌は翻り、自分を後ろから突き刺そうと迫る。

(獲った!)

歓喜がヴォジャノーイを満たそうとした時に、砲弾は回転をしてヴォジャノーイの舌先(きっさき)から逃れる。

異常なる世界で生きてきた魔性の眷属が明らかな驚愕で動揺する。

回転をすると同時に引き抜かれる刀。剣士の超絶な反応からのその姿が、ヴォジャノーイには――――双角を持った―――「赤竜」に見えた。

そしてその後には、赤髪に黒い肌をした―――「鬼」の姿に。

(お前は!!!)

「鬼」の眼が輝き哀れな獲物を喰らおうと迫る。それはただのイメージでしかない。だというのに、ヴォジャノーイの脳裏から離れない「恐怖」の「象徴」だ。

引き抜かれる刀がヴォジャノーイの首に迫ろうとした瞬間。反射的に防御行動をしていた。

両手が刀の軌道と斬撃を無にしようとするが、既にリョウはヴォジャノーイの手の秘密を解き明かしていた。

掌で押し込まれる寸前に斬撃の変化を施し、掌の「皮」を手首の付け根から切斬していた。

皮一枚を斬り捨てると同時に伸びきった体の勢いのままに飛び上がり、落下しながら切っ先を向ける。

流石の「蛙」でも、上方向から襲いかかる「鳥」の強襲からは逃れきれない。

落下しながらの斬撃は勢いもあり、ヴォジャノーイを袈裟懸けに切り捨てた。しかし真に死んではいない。

しかし―――重傷ではある。

怯えた目で3アルシンの距離で見てくるヴォジャノーイに声を掛ける。

「お前が自分をカエルと称した時点で俺はお前の身体の構造を理解した。その身体は変幻自在だろうとね」

カエルという生物の詳細は良く知っている。そしてヴォジャノーイという生物が武器を無効化できるという理由も自ずとさっせれた。

「ならば何故俺を斬れる。あり得ない。それがただの鉄の剣「剣じゃない―――刀」―――それがどうした?」

「この西方の剣―――両刃、片刃に関わらず、直刃のそれは重量を乗せることで切れ味を再現するが、俺の国の剣―――刀は違う」

鋭利さ、如何に力を使わず「体」を切り裂けるかだけを追求してきた正真正銘の魔剣だ。

本来的に人の肉体の支配範囲とは然程広がらない。何かを持つという行為でもせいぜい食器ぐらいなものであり、自由に全てを動かせても箸程度。

しかしながら武器を持ち、誰かを攻撃するとはその範囲を無理やり広げると言うことだ。

肉体が本来持たない動きの論理を鍛錬によって教え込むことで、それを実践できる。箸の扱い方と同じく。

だが箸と違い武器とは重量の大小あれど他者を傷つけるだけの重さはあるのだ。それを扱うだけでも苦慮するというのに更に重みに対する支配までとなるともはや容量を超えてしまう。

「ゆえにだ。重量はそれなり―――されど一度肉体の論理(ロジック)を開放すれば持ち主の意のままに切り裂ける武器が必要になった。それが―――「日本刀」、お前の蛙の手。衝撃吸収と刃を滑らせなくする吸盤状の皮膚組織を切り裂くには重さを感じさせずに斬るしかなかったのさ」

「そこまで読んでいたとはね―――歴代の戦姫の中には、こちらの秘密を知った相手はいたけれども殆どは熱や大質量で、こちらの「細胞」を死滅させる道を選んでいた……しかし、お前はその尋常の世の剣でこちらを切り裂いた。恐ろしき剣腕だよ……爺さんと将軍の言っていた『妖刀』の意味理解した」

怪物が怪物を見るような目で、こちらを見ながらも構えを崩さずに睨みつける。

「いつ頃から存在しているのか知らないけれど、あんまり人間サマ舐めるんじゃないよ。お前たちみたいなのを倒すために殺人技巧を極めつくしてきた一族もいるんだからな」

歩みを止めるものと、止めなかったもの。その違いとは―――カエルの手から滴り落ちる紫色の液体にある。

「さてと種明かしはここまでだ―――全て吐いてもらう。お前たちの組織体系、人数、特徴―――そして住処。何を目的としているか―――全て語ってから―――死ね」

地面に突き刺さるアメノムラクモを回収してからヴォジャノーイにゆっくりと近づきながら、これから行うことを語る。

「怖いねぇ。恐怖心なんてとっくの昔に無くなっていたと思っていたというのに……けれど、甘いね!!」

瞬間、蹲っていた蛙の足が撓むのを見る。飛び掛かりを警戒して防御をするが違った。

飛び上がりこちらの跳躍以上の高さと距離で闘技場の端にまで移動した蛙。その行動の意図を察すると同時に追うとするも、舌を観客席の縁。丁度出っ張っている部分に這わせて盛大な落石を人為的に起こした。

「ここは帰らせてもらうよ。次会う時は―――こちらが真に「最強」である「月夜」だ」

残酷な笑みを浮かべながら、そんな事を言い落石を目晦ましにして、その粉塵の向こう側に消え去る蛙。

仕留めそこなったと思うと同時に、状況も一段落していた。

ムオジネルの連中も煙の向こう側に消え去った様子であり、城下においても騒動は収束していく。

しかしながら自分の中では何も収まらない。寧ろ嵐がやってきたままに、今後の自分の戦いにあれらが関わってきて、更に戦姫達に関わると思うとどうしても焦燥感だけが募る。

あれは自分の知己達を尋常から魔性の戦いに引き入れていくものだ。そう思うとここで仕留められなかったことがどうしても後悔としてのしかかる。

だが終わってしまったことは終わってしまったことだとして――――ブリューヌ騎士団達に合流することにする。

何にせよ自分の手はまだまだ必要なのだから。


† † †

騒動は概ね終わりを告げた。城下での騒ぎはただの陽動であり、後に判明したことだがムオジネル人達のアジトを発破した故のものだった。

そして回収したアサシンの遺体の検分からムオジネルの工作活動の長さが際立つ。

人的被害は殆ど出ていない。ただ奇妙なことも少し見受けられていた。一つにはこの工作活動が本当に予定されていた通りなのかどうか。

これに関してリョウは、魔物の横槍があってこそだったと認識していたが、もう一つありそちらに関しては分からなかった。

賓客席とは別の客席の一角にて、遺体の判別出来ぬものが三体ほど出ていた。最初は民衆の犠牲者かと思っていたが、持ち物からムオジネルの工作員であると判明した。

奇妙なのは彼らの殺され方だった。その死に方は―――「圧殺」「潰殺」という単語しかつけられないような死に様だっからだ。

身体の四方八方から圧力を掛けられたとしか思えぬそれを前にしては―――殆どのものが奇妙さを覚えるしかなかった。

(あそこにいたのか――――ヴォジャノーイという怪物以外の魔性が―――)

考えても分かることではないが、それでもいたのだと断言は出来た。

「何を考えているの?」

「いや色んなことをな……というか何でここにいるの?」

「城内の騎士達から夜のお供を誘われたけれどもあなたの名前を出して断ってきたからよ」

二刻前まで行われていたブリューヌ王城の宴席で繰り広げられていたパーティーにおいて彼女は様々な男性から誘いを受けていたのだが、自分から離れずにその誘いを断ってきたのだ。

自室に戻る際にも自分に結局同行してきたソフィーの姿は宴の際の豪奢と艶っぽさを両立させた衣装のままなのでどうにも目のやり場に困ってしまう。

「俺を口実にしないでくれる」

「嫌だった?」

「城内の女騎士にも妙な目で見られたぞ俺は」

儀礼的な軍衣を纏ったロランのエスコートでやってきたジャンヌという女騎士に、クロードという若武者を共にしてやってきたセレナという女騎士。

その二人から『これが戦姫の色子か』という目で見られた時にため息を突きたくなったのだ。

だが仕返しとしてではないが、談笑しつつもブリューヌの脅威として『頭突き』を広めるという旨を伝えると三人の視線がロランに向いた。

流石の黒騎士も同輩一人と後輩二人から責められては弱りきった様子であったが、まぁそのぐらいは勘弁してもらいたい。

『お前とはもう一度戦いたい。今度こそ水入りなしでな』

そう言って自分たちの前から去っていったブリューヌの四騎士達を見送った後には、葡萄酒で喉を湿らせる暇も無く様々な人間達に挨拶を受け続けていた。

「しかしまぁブリューヌの宴ってのはジスタートとはまた違うんだな」

「ご飯を食べる暇も殆ど無かったものね」

それが上流階級の務めといえば務めなのだが、少しは腹に入れたいとは思えないのだろうかと考えた。

「それぐらい内情が逼迫しているのね。私の知る限りでリョウに接触してきた人はガヌロン派が「二」テナルディエ派「三」中立貴族「五」といったところね」

「だからといって他国の人間にそこまで―――」

言葉は途中で途切れる。扉が叩かれる音で廊下を歩いていた人物が自分の部屋を目指していたのだと知れた。

「宴の疲れを取っている所、失礼するが―――サカガミ卿に少しご足労願いたい」

声から何者であるのかが分かる。そして何かしらの行動があると分かっていたが、ここまで早いとは思っていなかった。

しかしながら―――

「承知しました宰相閣下。君は―――」

「ここで待ってるわ。仔細も聞かないし、夜伽の際にも聞きださないから安心してくださいボードワン閣下」

ベッドの上に寝そべりながらそんなことを言うソフィー。

「後半はそもそもあり得ないので安心してください」

そんなやり取りをしながら、扉を開けるとそこには一礼した状態の宰相閣下がいて、手招きで案内される。

お互いに無言のまま。リョウとしては当たってほしくない予想をしつつ歩いていく。

しかしその一方でそうなった場合の話も出来上がっている。受けるかどうかは先方次第であるが

そうして宰相に案内された扉のレリーフ。バヤールという真紅馬に跨った勇壮な騎士の姿が描かれたそれから―――この中にいるのがどういう人物なのか分かった。

「お連れしました」

「通してくれるか」

声の主の言葉の取り決め通りに開かれる扉、近衛騎士達が開いた扉の向こうには月光を差し込ませて灯り要らずの夜の部屋が存在していた。

「宴席では話をせずに申し訳なかった」

真ん中に立っていた男性。部屋着ではなく礼服な辺りにこの場で話される内容にも察しが着いた。

「お構いなく。この時の為にあなたは俺という剣にこの国の有力者達が何を求めているのかを探っていた。それだけは分かります」

ファーロン国王が宴席にて自分に話かけてこなかったのは自分を警戒していたわけではない。

自分を探り針にしてこの国の貴族たちがどんな反応をするのかを観察していたのだ。

起こってほしくない事態が起こった場合の為に――――。

「貴方を我が子の近衛騎士として就かせたい」

「お断りします。ですが……その前に、貴方にはやらなければならないことがあるはず。そうしてからでなければ私はそんな大層な地位にも就けません」

「私がやらなければならないこと………」

とぼけているわけではないだろうが、それでも自分の慧眼を馬鹿にされた覚えもある。

「女の身で王位を継ぐには相応しくないという発想は我が国とは相いれませんので」

「―――気付かれておられましたか、陛下。もはや彼には胸襟を開くことでしか対応出来ませんよ」

続けたのは、後ろに自分の後ろで事の成り行きを見守っていたボードワンであった。

そんな宰相の言葉に国王も遂に観念したのか、ソファに座り込み葡萄酒。それも最上級のものをグラスに注いだ。

自分に対面に掛けるよう促されて、二つ目のグラスを手前に引き寄せる。

まるで神殿の神官に懺悔するかのような心地だろうファーロン国王には悪いが、今やるべきことは多々あるのだ。

そうして話された内容は特別珍しい話ではなかった。ただ王位を狙う奸賊共にとって最大限の弱みとなってしまったのが、この男の運の悪さだった。

「最初から王女として発表していれば事態がややこしくならなかった。それは結果論でしかないですが、運が悪いですなファーロン陛下。一度我が故郷でお祓いを受けたら宜しいかと」

『梓』という姫巫女と『川揚』という道士の先祖の建てた『陰陽寺社』のお祓いはとにかく効果覿面なのである。

しかしこの人にそこまでご足労願うわけにもいくまい。

「全くだ。この国の神職がヤーファの神職のように「奇跡」を使えていれば、建国王の側仕えであった神官のようであったならばと何度も願っていた」

その建国王の側仕えの子孫というのが、「奸賊」の片割れというのが何とも哀れな話だ。ここまでに聞いた話の限りではあるが。

「だが事態は逼迫している。レグナス……いやレギンにはかつてのブリューヌ救国の英雄であった『月光の騎士(リュミエール)』のような存在が必要なのだ」

月光差し込む部屋でそのような話をしたのは、なんてことは無いファーロンの演出だった。しかしうっかり了承してしまいそうな雰囲気ではある。

「……ファーロン陛下。やはり私にはお受けできない話です。ですが……このままこの国が暴虐に蹂躙される様は見たくはありません」

「自由騎士リョウ・サカガミ―――」

「そこでです。私はこの国において救国の存在を見つけ出したいと思います。仮に奸賊共が国王の名代、王を僭称した場合に真なる大義を示せるものが欲しいのです」

玉璽、錦の御旗、様々な呼び名がある己の大義名分・官軍であることを示す物品。それをこの国にいる「王聖」持つものに託したい。

無論、レグナス及びレギンが何か王位の正当性を示すものを持っていればそれでいいのだが。

「聖窟宮(サングロエル)における啓示などという眉唾ではないものか……、ボードワンあれを」

「承知いたしました」

そうして、ボードワンはこの部屋の中にある棚の一つを丁重に開けて、高価でありながらも少しだけ汚れたビロードに覆われた短剣を持ってきた。

柄は黄金でありながらもその鞘は簡素な鋼鉄、されど微細な意匠が拵えられたもの。

「これは?」

「今、そちらが語った玉璽、錦の御旗に通じるものだ。多くの者に知られるものではないが、それでも我が忠勇なりしパラディン騎士・王宮に近いものならば知りえるもの―――建国王の第二の剣とでも呼べばいいものだ」

受け取りつつも気軽に引き抜けないものだとして、腰に差さず懐に納める。

「これを身に着けたものこそ、官軍であるとここに私は自由騎士リョウ・サカガミに宣言する。ボードワンそなたが証人だ。内乱起き、王子死すともこの「剣」持ちしものを支援してくれ」

「……承りました。ですが、そのようなこと起きない方が良いに決まっています」

内乱は止められない。それは分かっているが、それを未然に防ぐことも必要だ。特に今回奸賊二人は出席をしなかった。宮廷主催のイベントでありながら理由なく欠席をしたのだ。

もちろんあれこれ釈明はあろうが、ある意味力を削ぐチャンスでもある。ファーロンもボードワンもここで出来た隙を狙うだろう。

「分かっている。私も最大限努力しよう。そして自由騎士―――あなたにはもう一つ依頼したいことがある」

そうしてファーロンから語られたのは依頼というよりも願いに近いものであった――――





「まぁそんな感じだな。俺がブリューヌにおいてやってきた事は」

「成程、ブリューヌにいる間、終始ソフィーヤの乳に見とれていたということですね。リョウの色魔」

「何でだよ!?」

テラスにて世話になっている戦姫、大鎌を携えた戦姫に詳細。特に秘密にしなければならない部分を隠しつつ、どういったことがあったのかを話した。

「まぁそれは冗談だとして……リョウはこれからブリューヌに行くと言うことですか?」

破顔一笑した戦姫は紅茶にブランデーを少々垂らしつつそんなことを聞いてきた。

「そういうことだ……まぁ何かしら転機になるだろ。「戦」は」

その言葉に戦姫ヴァレンティナは紅茶を口に含みつつ、眉を動かした。どうやら彼女の耳にも入っていたようだ。

内々の話であるのだが、ジスタートとブリューヌは二十数年ぶりに刃を交えることになりつつある。場所はここからかなり南下したブリューヌとジスタートの国境。

レグニーツァに近くライトメリッツにも近い「ディナント平原」。

「止められない戦いだろうな。ユージェン様が疲れていたからジスタートとしては交渉で何とか止めたかったんだろ?」

「それはそうですよ。利益の無い戦いほどしょうがないものはありませんから」

とはいえ元々、オニガシマの領有権などあれこれと騒動の種はあったといえばあったのだ。

それに対してジスタートはオニガシマで出た利益還流をしていたのだが、どうにも上手くいかなかった。

陶器製造や特産品などに関してはリョウ・サカガミのお陰ということで責任をこちらに持ってきたかったが、それを両国は認めなかった。

ジスタートは義理と損得勘定によって、ブリューヌは最終的にはジスタート海軍のせいだとしてこちらのことを認めなかった。

「リョウに悪名を負わせたくないんですよ。もしもヤーファと正式に国交を結んだ時にあなたには各国の知己として誤解無きものを伝えてもらいたいんですから」

「どちらにせよ……戦争は止められそうになかったしな」

ある意味やる気があるのだがブリューヌ側だ。レグナスの初陣ということもあって最低限国境を疎かにしない形でパラディン騎士達を招集しているらしい。

そして諸侯達にも多くの兵力を出させている。無論その家の実力にもよるのだが……。

「ただ……私としては悪名負ってもリョウには行ってほしくないです。確かにあなたの使命は理解していますけど」

拗ねた口調で、そんなことを言うティナ。本当に申し訳なくなるのだが、それでも託されたものから逃げ出すことは出来ない。

「すまない。けれども頼まれたんだ。『見定めてくれ』ってさ」

ファーロン国王からの依頼というよりは願い。それは情勢の変化に対応してブリューヌ全体の事を考えた行動を取ってほしいということだ。

官軍云々という王宮側からだけの側面では状況が悪くなるだけかもしれない。そしてファーロンは己が王宮だけの利益で動いている可能性もあるとして、一つのことを考えた。

『自由騎士、そなたに頼みたいことは『ブリューヌ人民』の為になる最適の行動を全て取ってくれ。仮にもしも王宮がその混乱を助長しているとすれば、その剣の切っ先を向けるべき相手はお分かりだろう』

もはや一人の傭兵に頼むようなものではない。ファーロンは情勢次第ではガヌロン、テナルディエを黙認しろとも言っている。そしてそれが駄目であれば「ヤーファ」に軍の出動を求めたのだ。

『守るべきは民。本当の意味で人民に多幸が訪れるというのならばブリューヌという国家の解体も止むをえまい』

権力の最高位に当たる人物がここまでのことを覚悟を決めて言ってきたのだ。戦士として男として、その依頼を断ることは出来なかった。

「まぁ何にせよもう少し先の話だよ。しばらくはティナとプラーミャの側にいるよ。二人は俺の家族なんだから」

「本当、今の私にとっては遠い野望よりも愛しい人との甘やかな一時の方が魅力的になってます。ずるいですよリョウ」

椅子を移動させて自分の隣にやってきたティナの髪を撫でつつ、拗ねるような言葉を安らかな表情で言われてはどうにもならなくなる。

(良かったわ。リョウが「王女」殿下に気に入られなくて―――これ以上、リョウを好く女の子が増えてはたまったものじゃないです)

リョウは秘密にしていたがヴァレンティナはレグナスの正体を知っていた。そしてこれから始まる戦もファーロンがどういった目的で行うかも。

しかしヴァレンティナはそういった権謀など抜きにこうして安らげる時間が好きになっていた。隣にいる人の温かさと我が子である幼竜の暖かさを寒冷なオステローデで感じるこの時間が―――。



そんな男女の時間が過ぎながらも、全ての始まり―――後に語られる数多の英雄の伝説の先槍となった『ディナントの戦い』は始まろうとしていた。












あとがき

ようやく次の話から原作に入ります。長かったぁ……そしてようやく書きあがった。

長らくお待たせして申し訳ありませんでした。今期のアニメは「ファフニール竜」に関するものが多い。

ただ単にファフナーとファフニールがあるってだけなんですけどね。ただ一番衝撃的だったのはアニメでは期待していたというのにゲームががっかりなゼスティリアである。

年末のアニメを物語と同じく見ていたというのに聞こえてくる評価と実態に何とも言えなくなっていった。

本当、どこの「装甲悪鬼」だよ。と言わんばかりの詐欺である。いやまぁあれは体験版で主人公明確にしたけれども。

では感想返信を

>>almanosさん
再びの感想返信ありがとうございます。
レギンの胸は、全ては絵師のお陰!(笑) ただ現実にはザ・インタビューズで川口先生曰くレギンの胸はサーシャより劣るか同格ぐらいとのこと。
まぁ「普乳」ってことですかね。詳しくはMF文庫Jのサイトで紹介されてる場所へ。
レギンとしてはオルガは戦姫であることを知った後でも仲良くなれる女の子でしょうね。今作の出会いが普通でしたから。寧ろオルガこそ「レギンさんは手強い。ティッタさんと同じく」と独り相撲を展開しています。
そして鬼剣とはティグルの「魔弾」とはまた違った意味があるんですね。実際、アメノムラクモは「戦鬼」においては敵である「桃生」が使っていた剣ですから。
これ以上はネタバレになるから言えない!(謝)ただリョウは温羅と同じく「瘴気」を吸うと色々と変化を起こすこともあるので、ああこれもネタバレになるから言えない(再謝)
何にせよ色々と深い考察ありがとうございます。


ではでは今回はここまで、お相手はトロイアレイでした。次回も気長にお待ちくだされば幸いです。


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