機動戦士ガンダム00 統合戦争緒戦記
第3部45話 GNX-810T/TD GN-XIV後期型
西暦2344年。ELS戦から30年後。統合戦争27年目になるこの時、人類の転換点と言うべき激動が訪れた。
それは突如としてではない。これまで長い時間をかけて拡大していった矛盾や問題とそれを正そうという取り組みが、水面下での準備を経て表に現れたのに過ぎない。
人類の気高い理想を成し遂げようとすれば、異を唱え否定する者が現れる。それは人が辿ってきた歴史の常である。
だが目指す理想が高ければ高いほど反動が大きくなるもの。
相互理解、紛争根絶、恒久平和・・・・・・。その理想を掲げた30年前から、激動の到来は決定付けられたと言って良い。
地球連邦首都ワシントンDCは優しい春風が吹く快晴の陽気にあった。
休みを取っているなら家でのんびり過ごすか恋人とのデートするなり外出などにもってこいだろう。
だが作戦遂行中のシーモア・アントラクス・ビオリー中尉らMS小隊にとって関係のない事だった。
GNX-810T/TDGN-XV後期型の4機編隊を組み、GNパイクを中心にNGNマシンガンなどを手に携え首都の上空を進み行く。
次世代機の普及が進む中今や旧式となった本機だが、操縦しやすくコアファイター搭載に伴う生存性が高さが利点である。
第二線級に回されてからも扱いやすさから哨戒と練習などで好評を呼んでいるという。
(さて、機体は・・・と)
ツインドライヴ・システムは正常。GNドライブは同調率正常。オーバーロードの危険はない。
GNパイクもビームサーベルも、シールド、全装備は正常。安全装置は解除されいつでも敵を相手できる臨戦態勢にある。
今のMSには分が悪いが、そこは電撃作戦で巧い事ハンデを補っておこう。素早く作戦を進めていけば相手は混乱し応戦まで時間を延ばせるはずだ。
「こちら第466戦術戦闘MS小隊。ワシントンDC上空に到達、緊急連絡につき連邦最高裁判所への着陸許可を願う」
「第446戦術戦闘MS小隊よりこちら首都防衛本部。着陸場確保の為しばらく上空で待機せよ。保安隊が周辺一帯の交通整理にかかっている」
関門を無事突き抜けられた。これでより同士討ちを抑えその悲惨を生まずに済んだ事を、シーモアは密かに安堵する。
状況を揺るがす情報を得たので手続きを経ず傍受防止にMSでの伝言なら説得力を持てる。
もっとも緊急連絡は虚実であり基地司令より連邦政府の武力制圧を命じられていたからだが。
これはれっきとしたクーデター、つまり国家反逆行為に値する。クーデターがもし失敗すれば自分は国家反逆の罪を問われ死刑は確実。
今のクラウス政権なら今まで通用していた、司法取引による刑罰の軽減は難しいのだ。
(もっとも予定より繰り上げ決起したんだ。後はない・・・・・・)
シーモアは作戦を振り返り頬に冷や汗を流す。
本来なら来週クーデターを起こす事になっており、協力に取り付けた部隊がこちらに呼応してくれるか不安があるのだ。
今動いているのは自分らGN-XV後期型8機と、1個歩兵中隊を基幹とする地上部隊からなる一地方基地の駐屯部隊のみ。
しかもMSは二線級の旧式ばかりで首都防衛部隊と保安局のMS部隊を全て相手には出来ない。・・・ツインドライブの出力で収束ビームを撃てば首都を灰燼に帰せるが・・・。
裁判所を制圧した上、周囲が後に続いてくれなければクーデターは失敗確定となる。
「クラウス・グラード大統領は過去30年に渡る連邦内の不正を糾弾すべく、今日の10時よりまもなく再審が始まります。
この紛争において連邦は鎮圧に努力を尽くしてきた一方、平和維持軍と保安局は反対派に対して弾圧を加え、これは未確認情報ですが暗殺や虐殺にも及んできたと言われております」
ウィンドウには裁判の現場中継をはじめ、ニュースがモニターの脇にいくつも映し出されている。
「訴訟は1万件以上、過去27年間連邦軍及び保安局が起こした犯罪事件の内無罪判決が下されています。それの再審でどう変わるのか見逃せません」
気を取られたり任務に集中し辛いのだが上官より状況把握の為に映像表示を厳命されているので消したくても消せない。
(あの大統領が、そんな・・・・・・。大粛清を考えていようなんて・・・!)
クラウス・グラードはこれまでの強硬的な革新派政権に代わる、革新派出身では二人目になる大統領だった。
イノベイター・旧人類間の問題や紛争などの解決を武力ではなく対話で進め、泥沼の戦争に浸かり込んでしまった地球連邦に新たな風をもたらした。
だがその認識は、期待は裏切られてしまった。あの宥和政策の実行者が・・・・・・。
基地司令の口から「改革の裏で、私兵を使い合法的手段を以ってして大粛清する疑い」を告げられ、次々とその証拠を挙げては悪の意図を強調していった。
無論それが正確かどうかは問題にしてはならなかった。もしも疑問を口にすればテロリストの烙印を押され最悪射殺されかねないからだ。
続けて基地司令は演説を続ける。
「我々連邦軍は統一政権による恒久平和という崇高なる大義の実現の為、決して難局に屈せず戦い続けた。
しかし現大統領は個人的夢想実現に政府を私物化し市民と軍隊を欺くだけに飽き足らず、戦争の抑止力たる軍隊の解体に乗り出そうとしている。
奴は対話による相互理解の名の下、官僚及び経済界、敵勢力を言葉巧みに骨抜きにし我が手中に収める。そのような卑劣な手でだ」
対話は誰でもする事では・・・・・・?貶めているだけかもしれないが、上の者が切羽詰った様子で語る以上受け入れた方が良いだろう。
「・・・地球連邦平和維持軍は3国家群から引き継いだ戦力のみならず財界・企業との協力体制をより一層強化させ、平和維持と抑止力としての存在意義を不動の物にした。
企業は競い合いつつ軍隊に高度な軍事技術と兵器をもたらし、恒久平和の為の抑止力を支え続けた。・・・そのはずだった。
奴はそれをことごとく破壊し、関係を引き裂き分断し、あらぬ疑いを掛け貶め、弱体させる。内戦という未曾有の国難下でそのような暴挙を許せるはずがない!政府は許せようと世界は許さない!!」
これまで旧人類軍をはじめ反乱軍や内通者による破壊工作に苦しめられているのだ。軍と議会にに彼らの枝が伸びているのだから政府を疑っても不自然ではない。
工作員は狡猾で巧くこちらに溶け込み、気付くまで奥深くに毒を染み込ませじわじわダメージを与えてくる。そうならない為には疑わしきに気付き次第対処に動く事のみ。
軍人として上に従い、彼らの思惑を自分なりに受け入れ割り切っておく。
(・・・あれが大粛清か・・・わからないけど、上がそう言うなら恐らくそうだ!)
首都防衛本部より着陸場確保の報が届き次第シーモアらは機体を下降。不正の抗議を叫ぶデモ隊も保安局員も立ち退きされている。
緊急連絡を理由にしているのさっさと降下し、あたかも空挺部隊のように裁判所の四方を囲むように着陸した。・・・空陸パワードスーツがMSから離れてから。
ウィンドウがもう一つ表示。向こうからの通信だ。
初老の男がアップで映し出された。今や髪の大半を白髪が占め髭を生やした初老―――歳は身体年齢以上だが―――が、精悍な目つきでこちらを見据える。
「MS隊、聞こえるか?私だ、クラウス・グラード大統領だ」
「こちら連邦軍第446戦術戦闘MS小隊長シーモア・アントラクス・ビオリー中尉。裁判の再審準備の所、大変失礼ながら緊急事態につき直接連絡の受け入れ感謝します」
「さて、緊急事態とはなんだね?再審は中止にしてあるから応対は万全だ」
遂に対決の時が来た。
相手は連邦の大統領、怖気付いて口ごもらせてはならない。
「それは・・・・・・地球連邦の存続を脅かす、極めて重大な情報です」
なんとか口に出せた一行目で10秒経過。
続けて・・・・・・
「貴殿クラウス・グラード大統領の国家反逆行為の疑惑が浮上しました。よって、貴殿の拘束致します・・・!」
「ッ!」
「~~~~ッ!!」
目を見開き口を開け絶句させた。誰かが、弁護士か傍聴人かその場にいる全員からか、ノイズのようなざわめきが上がった。
「逃げる者は裁判所ごと焼き払う!これは脅しではない!!」
右手に携えていたGNソードを足元に向け、切っ先より粒子ビームを撃ち放った。
一つの光条に地面を吹き飛ばし爆煙と共に轟音を上げる。今のは威嚇発砲だ。次に撃つ時は大出力で容赦なく裁判所を薙ぎ払う。
「・・・・・・・・・・・・」
捨て身のクーデターの上に虐殺すら辞さないこちらに震え上がったらしく、集音センサーからは悲鳴が飛び交っている。
そんな事態にも、当のクラウスは表情を険しくさせながらこちらに見つめ続けていた。
保安局と軍が鎮圧に来てくれるのを期待するのか?余裕でいられるのは今の内だ。
「・・・君達は結局、自らだけの利益の為だけに動いたか・・・・・・。残念だ」
「・・・・・・・」
(独裁者になろうとする男が言えた事か)
クラウスの言葉にシーモアは冷たく無視しておく。
上空から30人近い空陸パワードスーツがオレンジ色の帯を引きながら裁判所に降下、突入していった。
続けてジープや歩兵戦闘MAなど地上突入部隊が到着。歩兵達がうじゃうじゃと建物を取り囲み第一陣の後に続く。
「第一法廷制圧、クラウス・グラードを拘束!」
「こちら地上突入部隊、裁判所に突入する!」
「こちら首都防衛本部、全指揮系統の掌握に成功!これよりクーデター軍に加わる!繰り返す。我々はクーデター軍に加わる!!」
「統合参謀本部制圧完了!」
「保安局ワシントン支部、我々もクーデターを支持する!」
次々入ってくる通信から察するにクーデターは順風満帆に進んでくれている。ここで一息、安堵に顔を緩めた。
真意はとにかく、連邦を揺るがす可能性の芽をひとまず摘み取れたのだ。
この調子なら市民の巻き添えを抑え、首都を一日で掌握し無血クーデターを成し遂げられる事は間違いない。
だがシーモアを含めクーデター軍はこの時クラウスの真意を一つだけ読み違えていた。
軍隊と経済の癒着の破壊などではない。そのような安っぽいなレベルを遙かに上回る目的があった事を。
その誤解が後の世界大戦寸前の事態にまで陥れる事になると。