機動戦士ガンダム00 統合戦争緒戦記
第44話 GNX-805T/TD03 ヘラクレス・ディアルキア3番機
長い付き合いだったベガ・ハッシュマンは異動となって1年経つ。
これまで彼の補佐でなんとか維持できた第20独立試験部隊ソウルズは、アーミア・リーにとって手に余る規模だった。
もっともこれは全てをこなそうと思い上がった故の自業自得である。
そこで軍上層部の意向を容れ中佐昇進を引き換えに部隊を縮小再編、半分ものメンバー―――押し付け配属された落第生と不良だが―――を名誉的に退役させるよう尽力して。
第89独立研究部隊「トローンズ」に改め、彼女の活動は一からやり直す事にしたのだった。
軍人達からは相変わらず冷たく扱われても以前ほど苦ではなくなった。プレッシャーもストレスも、人心掌握も、部隊管理も、トラブルも。
相互理解とイノベ・非イノベ対策の為に立ち上げた試験部隊をいざ振り出しに戻してみれば、喪失感はあれど重荷が取れて清清しい気分になれたのは予想外だった。
自分は今まで無理を重ねてきたのだ。再び理想に向けて歩みだしている所、話は舞い込んできた。
「用件が二つ?」
女性秘書からの報告にアーミアは訊く。相手の手には端末を携え、二つの画像から報告内容を表示されている。
アーミアは二つ一度に入ってきた話に訝しく思うが、表情を微動たにせず秘書を伺う。
「一件目はビリー・カタギリ教授のツインドライブ運用試験の参加依頼」
「で、二つ目は?」
一度に二つ依頼が来るのは怪しい。
勘を頼りに全容より大筋を選び、秘書が言葉を続ける一分の隙もなく問う。
「はっ、そちらは連邦軍上層部より直々の辞令で・・・。ツインドライブ運用試験の臨時編入です。
これはなお、軍の最優先事項であり拒否権はございません」
「なら、後者を優先するしかないわね」
口ではあっけらかんとした調子で答えるが、内心思考を瞬時に幾重にも巡らす。
(軍はツインドライブ・システムの軍事利用の為だろうね・・・。
カタギリ教授は粒子研究の一環としてそのツインドライブ・システムを編み出した。でもそれはGN粒子研究の為の手段。軍事利用なんかじゃない・・・・・・)
同じ試験でも送信先が異なればその意図もまた異なる。
かつてアロウズを打ち倒した2個付きという通称を持つガンダムがいた。そのガンダムの力の源たる、2基のGNドライブとそこからMSの次元を越えた量で生み出されるGN粒子。
2個付きと同じ技術を編み出したカタギリは粒子研究の為に協力を持ちかけてきた。連邦軍は兵器として使えるようにしたいと呼びかけてきた。
今ここでツインドライブを実用化させて戦争にどう対応しようというのか?アーミアは双方の思惑を報告書から勘ぐる。
「それでは中佐、早速出向の準備をなされるので?」
「今すぐよ!全メンバーが集まり次第出発の準備をする事。久しぶりの遠征だから気合を入れるように、ってね!」
出来れば戦争の為に、死人を増やす為に手を貸したくない。だが今のアーミアは連邦の軍人。同じ試験でも軍の命令に従う他に道はなかった。
連邦軍から滲む思惑に不安を感じる。その一方で研究活動の新たな一歩に期待を抱くもう一人の自分が確かにそこにいた。
「ツインドライブ・システムは、かつて独立治安維持部隊を打ち破った2個付きの力の源だという事は諸君らも承知済みだ。
ビリー・カタギリ教授は粒子研究の末、同システムを5年前に基礎理論として組み立ててきた。
そして1年前、技術的ハードルによる長い熟慮の結果、彼は地球連邦平和維持軍の協力要請を受け入れ遂に実用化の時を迎えたのだ。
GNX-805T/TDヘラクレス・ディアルキアはツインドライブシステムの運用試験機だが、データ上の粒子生成及び放出量はベース機の10倍、推定だが2個付きの7、8倍とある。
つまり我々は2個付きを越える機動兵器を独力で作り上げた事を意味する。天使を打ち破る英雄はこのヘラクレス・デカルキアにこそふさわしいのだ」
以上派遣参謀が参加メンバーに向けた演説の要約である。本来なら演説はこれの3倍も時間が長く、半分が2個付きの脅威と泥沼化した統合戦争の様相について語られていた。
それはアーミアとカタギリなどにとって聞くに堪えぬ自画自賛なのでここは割愛する。
(何が協力要請よ。カタギリ教授の研究を探って暴いて、脅しをかけてさせているだけじゃないの。
本当はMSのパワーアップなんかじゃなくてもっと高みにある物を目指す為なのに)
昔カタギリから打ち明けられたGN粒子の可能性を、彼女の見る現実と照らし合わせて思う。
可能性を成し遂げうる真のGNドライブで膨大な粒子量を生み出す為のシステム。
それがよりにもよって何者かにリークされ、ツインドライブの存在意義は連邦軍の軍備増強の一環として歪められている。
内戦のこれまでを振り返れば、連邦軍が対抗策を見つければ敵にもすぐ伝わってしまっていた。
一方に大打撃を与える作戦は敵味方いずれも挫折に終わり、こちらの技術もMSも旧人類軍にすぐ漏出し戦争の膠着化を招いた。
(本当ならあれを世に送り出すのはもっと後、真のGNドライブを完成させた時なのに。
このままではMSの超強化策として扱われる。旧人類軍にも広まるのは時間の問題・・・・・・)
それぞれの思惑はとにかく、ツインドライブ運用試験はウラル改級輸送艦を母艦に地球・火星中間点にて実施された。
「全周囲1万キロ以内に機影なし。周辺の哨戒部隊、平常通りに航行中」
「3番機、脚部負担24%軽減、フレーム負担が安定しつつあります」
「アーミア・リーめ、思ったより早く馴染んできたな。イノベイターでもそこまで習熟できまい」
ヘラクレス・ディアルキアの操縦はあらかじめシミュレーターで確認したつもりだが実機で習熟となると勝手が違った。
身体に圧し掛かるG、速度の出し加減、粒子から機体を含む全てのシステム制御、パワーに至る全てが。
同じバリエーション機に例えるなら、近接戦闘型のプレデター並みの加速力に防御型のウォールズ並の防御力を併せ持ちながら、大きく掛かるはずのGは通常型程度に抑えられているではないか。
Gだけで速度を、距離間を把握してはならない。ツインドライブシステムはこれまでの仕様とは明らかに操縦感覚が違うのだ。
・・・しかもこのヘラクレス・ディアルキアは、実は50%の出力しか性能を発揮できないでいながらも。本来引き出すべき100%にまで辿り着けず・・・・・・。
「こちら3番機、全システム異常なし。機体習熟は順調です」
「よし、その調子だ」
分刻みで、時に機体操縦の具合に応じてカタギリ教授に状況報告を入れる。
(こんなに心地良いのは久しぶりだわ・・・)
習熟訓練とはいえ隊長でもなくただのパイロットとして自分がいる。過去の記憶も恥も今は関係ない。
一人思いのままMSを動かすのはいつ頃だったか、もしかしたらパイロット訓練生以来だろう。
思えば自分はがむしゃらに走り続けた。アーミアは振り返って思う。
走った分だけ得た部隊も、部下も、年月も、研究も、気が付くと重荷になってしまっていた。現実を前に自分の出来る事は限りあると。
(思い切り捨てて出直しにして・・・、でも悪くない・・・・・・!)
「もう支障なく動かせているではないか。・・・・・・さてカタギリ教授、要望通りここで出力を全開してみてはいかがな物ですか?」
「1番機は遠隔試験で出力に耐え切れず自爆。3番機でもGNドライブの制御が残念ながら上手くいかず、50%でやっと安定化したと、報告したにも関わらずか?」
「あのアーミアを以ってしても?」
「彼女の手腕でもツインドライヴシステムの全性能を引き出すのは至難なんだよ」
母艦からカタギリと参謀の静かなせめぎ合いが始まっている。
だが通信からではない。耳に聞こえるのでもない。人の言葉が、心が、自分の中に響いてくる。
「搭載されているGNドライブの出力を落とさねば莫大な粒子量に機体が耐えられなくなる。
かといって制御機を出力に対応すれば巨大化し、かのGN-XI以上になれば戦闘機動に支障をきたす。
ツインドライブシステムの力は、ただのマルチドライブと違って未知数なんだ」
「未知数なら解明に努力を尽くすべきでしょうが。貴方のGNドライブとGN粒子の可能性を探る研究の趣旨と反しますな。
試験ゆえの慎重はわかりますよ。しかし上層部は100%の結果を求めておいでなんです。
前線は終わりの見えない泥沼。旧人類軍はもちろん分離勢力を鎮圧できず。これでは将兵の士気に悪影響を及ぼしかねません。
敵に対してアドバンテージを確保し味方の被害を防ぐべく、ツインドライブシステムをなんとしても最高の仕様で実用化すべきなのです!」
アーミアが説明できるとすれば脳量子波を感じ取ったという事だろう。
だがそれにしては普段のような言葉と感情だけではない、奥底にある思いまで手に取るようにわかる位感じ取れるではないか。
・・・この機体には、これまでにない機能が、力が秘められているとでもいうのか・・・・・・?!
(みんな結局、ほとんどが正しいんだ・・・・・・!)
カタギリと参謀はいずれも人類の為に思い現状を憂い、正しさを成そうと物事を考え決めている。二人の心の底にある思いは野心ではなく平和だけである。
ただ、その正しさの尺度が、方向が一人一人違うだけに過ぎない。
ツインドライブでGN粒子の可能性を切り開くのも、兵器として地球連邦を優位に導かせるのも間違っていなかった。
長く続く内戦は全て解決しにくい問題から起きている。カタギリと参謀の意図はいずれも戦争を早く終わらせ問題解決させるには至らないはず。
それなら最良の選択を探すよりいくつもの選択肢を温存させても良いではないか。
今試験は少なくとも二つの意図が込められている。
戦争の早期終結は不可能だとしても、その糸口をいくつも見出せば、努力を諦めなければ、自分を信じれば、いつか思いが叶う。
たとえ血と涙が流れ続けようと更に増えようと、戦火を広げようとも。
耐え難い絶望の中に希望が隠れているのならそれを掴み取らんと進むべきだ。
(今は自分の出来る事を果たす・・・。希望を得る為に・・・生きねば・・・・・・!)
「グレイスさん、ヴェーダから定期報告です。ツインドライブ運用試験は予定通り終了したとの事です」
「・・・これで連邦製の方は50%の出力での運用が決まったわね・・・・・・」
女戦術予報士は安堵に顔を綻ばせる。
「でも地球側は一気にこっちのガンダムと差を縮めてきたですぅっ。カタギリさんの連絡とヴェーダがあったからまだ良かったけどです」
「それは紛争阻止の保険に過ぎないわ。どの道あのシステムは連邦独力で実用化できる物。それが10年くらい早くなっただけだからね」
地球連邦軍がツインドライブを実用化に漕ぎ着けた。それは彼らが持っていたアドバンテージが一つ失われた事を意味する衝撃である。
事実、カタギリからもたらされたヘラクレス・ディアルキアのデータは、は戦闘力と基本性能だけならこちらのツインドライブ機に並ぶ。
無論量子ジャンプなど高度な粒子制御は付与されていないが、実戦ではさほど問題ない差だろう。
「ところで色々ビックリニュースがあったです。擬似ツインドライブなんかでアーミアさん、より鋭く脳量子波を感じ取ったなんて。擬似太陽炉で、ですぅ」
まさかといわんばかりに戦況オペレーターが言葉をまくし立てた。彼女の顔はいかにも驚愕、思ってもなかったを絵に描いたように表れている。
「今まで意識共有まで出来たのはこっちのGNドライブだけだったのに、まさかねぇ・・・・・・」
(GN粒子の効果か・・・・・・。擬似太陽炉は確か、最初に開発された粒子生成装置。意識共有が出来てもおかしくないわね・・・)
愚痴をこぼす戦況オペレーターをよそに、戦術予報士は記憶を掘り起こし振り返った。
ヴェーダの推測では擬似太陽炉でも粒子が適量かつ脳量子波の持ち主がいれば、こちらと同じ効果を望めると言われてきた。
擬似太陽炉の真価が真に実証されたからには半永久に生成できる純正太陽炉のメリットが失われるだろう。
それでもこちらソレスタルビーイングは負けていられない。まだ粒子運用の年数はこちらが一日の長であるのだから。
「間もなく内通者達がツインドライブ流出に動き出す頃よ。「枝の反応」に注意しなさい」
「「「了解(です)!!」」」
第2部あとがき
ついに、遂に第2部の果たしましたァーーーー!!
とはいえ連載最初の数ヶ月以降は更新ペースが落ちて、それでいてMSアイデアは次々浮かび上がって・・・・・・。
読者からすればモチべ低のグダグダに感じられているとしたら申し訳ありません。
ですが仕事と沢山の趣味と上手く折り合わせられなくても、その間に戦争や人類史などの専門書を参考に読んで得た物は多かったです。
それをうまく生かせているなら喜ばしいですし、不充分ならば次に生かす糧にしていきます。
さて、この小説を書く事4年近くですが一つある事に気が付きました。
それは1、2部からなる前半が「旧人類の物語」で、第三部から始まる後半は「新人類の物語」という構成にしたいのではないかです。
劇中語られるイノベイターの増加に合わせたシナリオで、もしかしたら既に意図を読めている読者がいるかもしれません。
よって主人公格のベガもアーミアも彼らの物語に翻弄される立場にあります。
ベガは仲間思いの善人であっても一軍人の立場に留まり、アーミアは努力を尽くした末に挫折し振り出しに戻ってしまう所で第二部は幕を閉じます。
必ずしもヒーローとして世界を救えていません。
結局の所、善人が全てにおいて善ではなくイノベイターでも全てが善ではないのです。
グダグダに連載を続いている統合戦争緒戦記でしたが読者の期待と声を励みにやっと一つ区切りを付けられました。
こんなガンダム系処女連載作でも諦める事無く読んでくださった読者方には感謝に堪えません。
劇中語られる世界大戦寸前を取り上げる第3部をどうぞお楽しみください。