機動戦士ガンダム00 統合戦争緒戦記
第43話 GNW-20010 ガッディアル
地球外から飛来した金属異星体ELSという存在。
先の戦争で人類に見せ付けた、数々の能力は一時間足らずで総力をかき集めたはずの連邦軍に大打撃を与えた。
互いの誤解から発展した不幸は幸いにも対話によって、戦いはひとまず終わったが人々の記憶に、トラウマとして深く刻む事になった。
宇宙を埋め尽くさんばかりの圧倒的な物量。脳量子波で幾億もの個体をまとめられる一糸乱れぬ統率力。
連邦軍の戦術を瞬く間に学ぶ。相手を取り込む事でその力全てを自らの物にする。
ELSの持つ人智を越える力に人々は恐れ、一部では密かに自らの物にせんと企てるようになった。
その目論見が第一歩を踏みしめたのは戦争から15年経った未来の事だった。
この両の手で操るのは操縦桿と、それに配された数々のスイッチのみ。
最低限の操縦をできるべく端末が配されただけだが、イノベイターパイロットが脳量子波で機体制御の大半を担える故の事。
旧人類軍のガルゼス系MS、GNQ-20010ガッディアルを、永遠に闇が続く宇宙空間をも淡々と突き進ませていく。
「全システム異常なし。作戦は順調だ」
「了解。作戦フェイズ1を開始する」
複座式に配された縦長いコックピット上、イノベイターパイロットらは手短に応答する。
一瞬の脳量子波で、必要な情報を98%も伝えられたのだ。言葉で交わすのはその最終確認だけで事足りる。
モニターに各兵装が表示。GNバスターソードとウェポンコンテナをはじめ、中にも目に付くのは肩に2基、と腰に2基の計6基のGNビットである。
それぞれ擬似GNドライヴ二基を動力に、GNビームキャノンとGNソード、更にエグナーウィップで武装する攻守両用だ。
しかし、このビットの真価は搭載された機能にある。
来る全面戦争に向けて、・・・ELSの恐るべき力の一つたる同化能力を今の技術で一部再現させているのだ。
もっとも大量のコンピューターウイルスと、それで敵を数多く乗っ取り制御できるように量子コンピューターを積み込んだ、だけだが。
まだELSの再現に程遠いがこの機体を発展させ続ければ、未来には人類の科学技術で再現した上に制御下におけるだろう。
後席に腰をかける機体システム士官が端末を操り、GNビットのホログラムをモニターに現す。
「GNビット、第一波展開!」
まず腰部よりGNビットが二基同時に機体から接続を解除され、一瞬の漂流から転じ擬似GNドライヴより粒子を放出。
ただちにガッディアルより先を越していった。
あの先には敵軍―――地球連邦軍海兵隊のMS隊が横隊をなしている。
「敵十二波目まで距離100」
十六機ものユニオンと向かい合う事になる、たった一機のガッディアルだが、些かの動揺もなく整然と距離を詰めていく。
何故ならこちらには勝算があるのだ。作戦がある。味方が入るのだから。
「第二波展開!完全自動制御、索敵モードに切り替え!」
続けて腰部からGNビット二基を展開。今度は左右に分かれて翼を広げるように飛んでいった。
正面から襲い来る敵群に海兵隊のMSが迎え撃つ。
粒子ビームを、ミサイルを放ち、一発目の交錯と同時にユニオンが散らばりぶつかり合った。
「撃墜!」
ドッグファイトの末に最後のGNビットを火球に化せしめた。
初めてのビットと死の恐怖を勇気と燃えたぎる闘志でねじ伏せ、敵の射線から振り切った瞬間、航空形態からMSへ変形。
フレームの一斉可動に伴う急減速を以ってして敵ビットよりオーバーシュートに成功。
すかさずNGNライフルで撃ち落したのだった。
ワーグマン中尉はドラム型コックピットに腰を掛けたまま叫んだ。
「敵ビットを全て撃墜した!」
喜びからガッツポーズを取りたいのだが、生憎シートベルトなどで締められている身だ。
ここは心の中に留めておく。
そうこう心を整理しつつ愛機を所属小隊と編隊を立て直す。生き残った他の機体も同様に。
「全小隊、プランA通りに進攻を再開せよ!」
「お言葉ですが中隊長、こちら側の戦力を先の接触で知られた可能性が・・・」
別のパイロットから上官に進言が入ってきた。
慎重論だろうがワーグマンは眉間を微動だにせず、中隊長の顔色を伺う。
そして返ってきた答えは、彼の予想通りだった。
「今は前進あるのみ!反論は聞かん!」
これから向かう先は地球より遙か彼方、小惑星帯の旧人類軍宇宙基地カストロン・モネンバシア。
ただし今回は直接攻略ではない。それでも一大拠点に対し正面より威力偵察する以上、敵戦力を推し測るべき戦力は大規模になる。
粗暴だが勇猛果敢なる海兵隊はこの大規模な威力偵察にうってつけの戦力と言って良い。
「対空砲火が飛ぶまで後退は許さん!!良いな!?」
「「「了解、中隊長殿!!」」」
上官の一渇に気合ある返答。
パイロット全員のスピーカーに響き渡る。
耳につんざく程やかましいが訓練で慣らされた男達の、盛んに燃え上る闘志と士気、そして確固たる自信と、結束の再確認である。
目指すべきカストロン・モネンバシアまで目と鼻の先。
艦隊は何隻いるか?MSは?対空砲は?
推し量るにはこの目で確かめる他ない。
だからこそ海兵隊MS隊は行く。
だが、海兵隊は気付いていなかった。
交戦した相手の真の目的を。
こちらに襲い掛かった後、敵が何を仕掛けてきたかを。
5分後・・・・・・。
連邦海兵隊のユニオン部隊はカストロン・モネンバシア防空圏に侵入。
GN対艦ミサイル発射後に対空砲火の一射で反転、GNチャクラグレネードで粒子撹乱しつつ撤退していった。
「敵第十二波、基地防空圏より撤退。第十三波を確認、続けて第十四波・・・!」
機体システム士官の声が最後、緊張を滲ませて少し荒げた。
「ユニオン十六機、背後よりガデラーザII一機!恐らく同MAがもう一機、別方向より進攻の可能性高し!」
「波状攻撃をランダムにしたか・・・!」
後ろからの報告にパイロットは眉間にしわを寄せる。
電波も生半端な粒子攻撃はことごとく封じられる戦場でも、遠方のGNビットから送られる情報は90%以上も正確だった。
量子演算端末ヴェーダを参考に開発、小型化された量子コンピューターは、GN粒子の電波妨害を物とせず交信できるのだ。
ガンダムが現れた頃よりかなり改善された通信環境。だが送られる情報はいずれも、芳しくない状況ばかりであった。
「まずいな。だがしかし・・・」
「司令部からはまだ反撃許可が下りていない」
基地司令部からはかねてより、直接―――MSで殴り込み―――敵に反撃は厳しく咎められている。
例え友軍や基地が危機だとしても、独自に攻勢を仕掛ければどうなるか・・・。
朝から晩まで四六時中ずっと首に掛けられた爆弾が、こちらの命令違反に反応して起爆する。
「まだ見ているばかりか」
「そうだ」
今頃カストロン・モネンバシアは慌しく連邦軍を迎え撃っているだろう。
だが基地はMSも艦隊も差し向けずイノベイター部隊を偵察に送る事しかしていない。
「このガッディアルでもか」
「ガッディアルだから、だ」
「あのユニオン程度なら消し去るのは簡単なんだが・・・」
イノベイターパイロットの脳裏にはGNW-20010ガッディアルの猛攻が思い描かれていた。
MSサイズのGNビットがユニオン部隊の足並みを乱していく。そこへたった一機で敵の中に飛び込む。
その際、ビットが敵と接する度に送り込んだウイルスが、瞬く間に枝を伸ばし今や部隊中に感染していった。
感染したウイルスは全ての機体を蝕み尽くした時点で一斉に活動開始した。
くまなく伸びた枝がその機能を乗っ取り、連邦軍の情報を矢継ぎ早に引き出していく。
隙を与える間もなくウイルスを介して各ユニオンを文字通り動けなくし、GNドライヴをオーバーロード。全て自爆に仕向ける。
ウイルスのハッキング攻撃から一分足らず、その間にガッディアルはたった一機で敵一個MS中隊を屠ったのだ。
「まだ手の内を見せてはならないのだ。たとえすぐ片付けられてもな」
「・・・・・・わかっている」
ガッディアルのハッキング技術も運用思想も全て、旧人類軍が連邦軍から盗んだものだ。
たとえ戦況が不利であろうと切り札を投入すれば、敵に察知される可能性が大きくなり、一度でも知られれば程なく対策を立てられてしまう。
技術の大本を持つ連邦軍ならばガッディアルの対策など、時間さえあれば何の造作もなく打ち立てられる。
来る全面戦争に備える為にも、無闇に戦って勝利をその場凌ぎに留めてしまえば意味はない。
(連邦軍が本気で基地を攻めるのなら、ガッディアルを逆襲に使うはず・・・・・・。
司令部もただ指をくわえて攻め落とされるのを待つ訳ない・・・!恐らく、艦隊が攻めて来た時こそチャンスがある!)
(今日で六日目・・・、三四個中隊分の敵にGNビットでウイルスを送ってきた。控えめに見ても三割は侵食できたはずだ。
そこから感染を広げていけば今日中には艦隊全体に行き渡っているだろう。)
パイロットとシステム担当官は思案を重ねる。
無論、敵軍の動きに注意しながら。
翌日、地球連邦軍第6及び第7基幹艦隊が旧人類軍の守るカストロン・モネンバシア攻略を開始。
だが第一陣の第6基幹艦隊及び海兵隊は未知の新兵器によって行動不能となり、旧人類軍守備隊の反撃に抵抗できぬまま壊滅する。
後衛の第7基幹艦隊はこのあまりの惨状を前に、生存兵を救出すると攻略を諦め火星に撤退。
かくして連邦軍の攻勢は頓挫し内戦の長期化は確実となった。
旅人は地球圏の様相を見守っていた。
しかし、今ここにいるのは地球でも木星でもない。
太陽系より遙か彼方、・・・外宇宙である。
今から15年前の機材からなる、だがコックピットに古さを感じられない。
青年のホログラムが青年パイロットに現れた。
「やっと旧人類軍の情報を集め終えられた。例の決戦兵器、その試作型が実戦投入された」
「憎き敵を倒す為に、自らその敵と同じになる・・・。それが彼らの勝利条件か」
つやで光の輝きを放つそのパイロットは物憂いげな瞳でつぶやく。
「人類とイノベイターの争いは収まるどころかますます広がるばかり・・・・・・。まだわかりあえないのか・・・・・・」
報告の直接答えになっていない発言だが、その意図と気持ちが通じたのか青年は顔色を変えない。
「ELSはこれにどう思っている?流石に旧人類軍には黙っていられないのでは?」
「・・・・・・。まだ見守りたい。人間の未来を信じたい、とELSは言っている」
しばらく熟考に耽る二人。
そうしている間にも地球圏では一秒につき何百もの命が奪われ、無慈悲な戦火に血が流され続けている。
だが旅人は思い悩み、逡巡し続けた。
「そうか。だがせっかく奴らを探ったんだ。何か手を講じなければならないぞ?」
青年は表情を一つも変えずに、彼の顔色を伺う。
「わかっている。だが彼らの未来を彼らに決めてもらいたい。俺達が直接介入しては、地球圏にとって要らん混乱を招くだけだ。俺と同じ道を行く者達は戦い続けている。」
「僕達はソレスタルビーイングの、ガンダムマイスターだからな・・・・・・。
ではとりあえず、ヴェーダの名で旧人類軍の情報をソレスタルビーイングに送る。間接的な武力介入はゆっくり考えるとしよう。」
「わかった。まずそれでいく」
旅人は無責任かもしれない。
高慢に見えるだろう。
彼らが地球圏の変革を信じているからこそ、あえて遠くから見守る事に徹しているのか。
それとも、己が如何ほどの力を持とうとも人類総体を変えるに至らないと認めているのか。
行動に矛盾を孕んでいるだろうが、複雑な気持ちに踊らされようとも。旅人はそれでも旅を止める訳にはいかなかった。