機動戦士ガンダム00 統合戦争緒戦記
第42話 GNW-006 フォーロン
沙慈・クロスロード及びルイス・ハレヴィ・クロスロード
私設武装組織ソレスタルビーイングと共にした事のある男性と、ガンダムによる悲惨な被害者と独立治安維持部隊アロウズのスポンサーという二つの面を持つ女性。
学生時代より交際関係にあり宇宙技術者を志したが西暦2305年のガンダム武力介入に彼女が巻き込まれ、後遺症である細胞障害を理由に結婚を断念し絶縁となる。
彼は宇宙技師となるも保安局よりカタロン関係者と疑われ逮捕、その後私設武装組織ソレスタルビーイングに救助され同行。以前より独立治安維持部隊アロウズ隊員となった彼女とその後再会、疑惑と衝突の末に関係を修復したという。
数奇な境遇を経ながら二人は学生時代以来の念願を果たし、数々の疑惑と汚名を被りながらも現在夫妻として第二の人生を送っている。
フリージャーナリスト・ヤーゲル・フロークマンの取材記録より抜粋
作業場はL5コロニー群に置かれた第34浮きドックである。そこの内外問わずコロニーから出勤してきた宇宙作業員らが、オートマトンと共に宇宙服やMW(モビルワーカー)で組み立てに勤しんでいた。
沙慈・クロスロードはMW(モビルワーカー)のコックピット内で、操縦桿を通して制御される指とそれで固定された20メートル以上の板に注意を払う。
手を離したらはもちろん押し出すなどすれば、堅固な100トン以上の物体が宇宙作業員など指先で潰すように容易く大惨事を起こせるのだ。
仕事の大詰めに少しは否応でも汗ばむ体に拭き取りたくなるのを堪える。
(両マニピュレーターは・・・全システム異常ないな)
彼の乗る最新大型MW「GNW-006フォーロン(火龍)」は信頼性と整備性に好評の人革連系の機体である。
MW初の擬似太陽炉標準搭載型であり、連邦軍次期主力機候補ジャーズゥを民間用に改修した事でスマートな体躯とシンプルな外観になった。
装甲が剥がされ露わになった胸のGNドライブ、顔全面を覆い尽くす程大きいゴーグルの中に隠れたツインアイ、白を基調とするカラーリング。
それはあの世界を大きく動かした機動兵器ガンダムという機体を彷彿させる。
旧式のティエレン以上の馬力に加えて作業能力は優秀で誤作動を起こしにくいのが強みだ。
といっても機体に注意していた方が良いに越したことはないが。
「よーし!・・・あとは僕とで本体に接続すれば、プレートNo30133は―――」
「了解です」
「・・・あっああ・・・。ではこちらに合わせろ」
「はい!・・・3番機、固定完了!いけます!」
口から外壁No20133は―――の次に完成だ、と言う前に部下から切り返されてしまった。
部下はイノベイターが二人、自分と監視役の非イノベイターが二人の計4人。イノベイターはいつも働き者なのだが優秀すぎるのが困る。
MWの取り扱いも操縦も、十年以上も身体に叩き込んできた自分より早くも上回っている。
イノベイターの部下達は20代にして、この現場に配属されて一年足らずで運搬作業を完全習熟している。それより前の内にMWを含む重機免許を高校卒業までにもらったという。
愛する妻ルイス・ハレヴィ・クロスロードと晴れて念願の宇宙技師になって10年間続く溜息を吐く。ちなみに回数は数え切れないが万は届く。
憂鬱はすかさず作業に切り替えられ、今度は簡潔な内容で指示を下す。
(脳量子波を汲み取ったりして・・・・・・。それだけで僕の指示が全部わかるのだろうか・・・・・・)
「班長、機体とパーツにご注意ください」
「ああ、すまない。行くぞ、「せーの!」」
彼は家族と共にL5方面コロニー「カルト・ハダシュト」内イノベイター居住区に移住して以来、イノベイターに囲まれながらずっと思ってきた事である。
伝えるべき用件を告げる前に返される。班長として部下に尽くすべきサポートがされる側に回る事が時にある。自分と同じ努力で倍の作業量で働き、倍の成果を挙げられる。
それは双方の間で避けては通れない摩擦なのでまだ良い。・・・それより悩ましい事があるのだが・・・・・・。
今の外壁を規定位置に運び別の作業班に手渡すとまた作業場に戻る。
宇宙空間とはいえ作業なので規定速度以上の推進は避難以外では厳禁である。これでは時間はかかるが規定内の速度でなら遅れても基本許されている。
「需要は高まるばかりだってのに、これ以上がんばってはいけないなんて。なんだかもったいないですなぁ」
「・・・・・・」
「あ、すみません!俺達イノベイターが働きたいだけ働いたらみんなの仕事奪ってしまうんでしたよね?自分は、3番機は依然良好です!」
「フォン・・・、いいから次に行くぞ」
新米の男性パイロットが口を滑らせる。すぐに謝ってくれたのは良いが気分はすぐれない。
「沙慈班長?あとプレート10枚で今日はおしまいですよ。・・・子供が家で帰りを待ってるんだからもう一踏ん張りしようね?」
モニターに表示される、部下達の顔。その中の一人、ルイスが上司兼旦那に声を掛けてきた。
40手前の皺が出始めた中年になった自分とは逆に15年前と変わらぬ若さを保つ妻が。
「るっルイス・・・。ああ、そうだね。・・・でも規定時間までまだ二時間あるんだ、安全に注意して確実に進めなさい」
「わかってま~す」
上司としてここは固い口調で応えておく。
「あと、休む時は確実に休んで、ね」
「はぁ~い」
返事に少し不満そうな態度が篭っていた。
(働き振りは良いんだ。働き振りは・・・・・・。でも倍の量でも簡単にこなせるのはなぁ・・・)
イノベイターの頭脳と体力は今までの人間の、最高記録をも上回る。
その上回る能力はどの仕事も倍以上に能率を上げより多くの利益をもたらす。
彼らに劣る多くの人間達との能力差から生じる軋轢は、イノベイターが増えるに連れてますます深くなった。
優れた者がより多くの利益を挙げ、そうでない者は無能と切り捨てられ今まで以上の不利益が降りかかるようになったのだ。
政府の政策でイノベイターの仕事量と収入は優秀な一部を除いて常人の2倍近くまでに制限、非イノベイターとの格差を固定させる事で軋轢を抑えようと打ち出した。
あのアーミア・リーはELSとハイブリッドなので能力が規格外。世界最初と言われるデカルト・シャーマンレベルでやっと仕事量の制限が解かれるが、今の所そのようなイノベイターは出ていない。
・・・・・・だがこれには抜け道があった。
(先週なんかルイスから日本へ実家帰りの誘いにびっくりしたけど、まさかルイスが株取引で稼いでいたなんて思って無かったよな。
まあハレヴィ家の一握りの健康な生き残りだからなのはわかるけれどね)
ルイス・ハレヴィ・クロスロードに対する風当たりはアロウズ・スキャンダルの時に比べると、気にかけるまでない程にまで落ち着いているがまだ続いている。
「権力を盾に非道を限り尽くしたアロウズのスポンサー」「ガンダムの無差別攻撃に一族親族と日常を奪われた被害者」という二つの顔・・・。
彼女の複雑な過去が非難と同情に晒され、心に刻み付けられた深い傷は完全に癒えていない。
「ルイス、また働きながら株取引しているんでしょう?」
「あ、わかっちゃった?」
悪びれなく・・・いや、苦笑いで返してきた。
「今日はね、アース・インダストリー社とアイリス社に2万ドル投資してみたんだ。あそこ右肩上がりだしアイリス社なんか立て直したからね」
「あそこら辺、ねぇ・・・。戦争で儲けてるって話を聞くからこの辺にしなよ?」
「わかってま~す!他ん所にもしてるから大丈夫よ」
ルイスはアース・インダストリーの他にも40の会社とも株取引している。
イノベイターとはいえど副業にこんなに掛け持ちしていていかがなものか・・・・・・?
「・・・・・・」
「沙慈ったら・・・・・・!イノベイターなら周りから副業を勧められる世の中なんだよ?」
頬を膨らませてすねる妻だが機体を無駄なく動かし、ペアで自分らより早く作業を進めていく。
「行くよ」「はい」「良し」とほんの二言ちょっとの声かけだけで資材を運ぶ。
あまりに掛ける言葉が少ないので情報交換が出来ていないのか不安で怖くなるくらいだ。
「はいはい、ルイス」
あの過去が彼女を仕事熱心にしたのだろうか・・・・・・?と少し心配げに顔色を伺う。
仕事経験から班長に選ばれた自分と違い、ルイスを含むイノベイター系部下達は副業にも精を出している。
彼らの情報処理能力は本業のみならず他の事にも打ち込むだけの余裕を持つのだ。今のルイスのように株取引する者は珍しくない。
(イノベイターなら一度に沢山こなせる。それを仕事に生かしたいが法律で制限されている。
・・・なら副業をいくつも掛け持ちして稼がせる・・・・・・ってね・・・・・・)
宇宙開発の留まる事を知らない活気とは裏腹に、地球の情勢は日に日に混迷の度合いを増している。
イノベイター政策の効果は未だに見えず。彼らと人間達の軋轢はだんだん深まる一方。
あちこちで反乱や民族紛争が起きているのに戦争ではない、・・・・・・という事に片付けられている。
連邦軍が旧人類軍とぶつかり合ってもおかしくない状況なのに今の所そんな話は聞かない。ニュースでも政府放送でも、報じられていない。
世界のどこかで、彼ら―――ソレスタルビーイングが人々の知らない所で武力介入を続けているだろう。そうに違いないと沙慈は思い続けた。
それから運搬作業は規定の終了時間より1時間前に終わり、沙慈は副業に本腰を入れる部下に付き合わされる羽目になった。
彼らの今日副業で稼いだ資金は、2割が副業先とイノベイター副業税としてカルト・ハダシュトに納められ、残りは本人達の懐に残った。
それを元手に稼ぎを続けた先に何が待ち受けているか、その結果は今ここで語ることではない・・・・・・。