機動戦士ガンダム00 統合戦争緒戦記
第39話 GN-002RE2 ガンダムデュナメスR2
西暦2326年、世界の混迷は深まるばかりである。
巨大演算量子コンピューターよりもたらされる膨大な情報の海の中、戦術予報士フェルト・グレイスは重要度からそれらを選りすぐっていく。
(イノベイターとの軋轢がきっかけなのに、人間同士でも軋轢が激しくなっている・・・・・・。矛盾を孕んだまま世界を統一させた代償がこれ・・・ね・・・・・・)
地球連邦はかつての強硬派が再台頭し軍備を増強させて、旧人類軍以下各地の反乱軍と全面対決に乗り出そうとしている。
だが強大化する一方で矛盾が大きくなり、市民から地域、経済に至るあらゆる場面で情勢はますます不安定になるばかりだ。
(肝心なのは内通者ネットワーク・・・・・・。地球連邦と旧人類軍間の反イノベイター派の人脈、アース・インダストリー社軍事顧問ジョシュア・A・ジョンソンの策謀が世界中に混乱の渦を作っている。
その男を中心に彼らは双方の情報と技術を交換、戦争を操作し利益を得る・・・。最優先介入対象だけれど、この戦争の根源まで断ち切れない以上、今は監視するしかない・・・・・・)
あの男ジョンソンは狡猾にも地球の経済界から政界、軍に至るまで深くパイプを張り世界を動かしている以上、軽率に排除すれば世界のバランスが崩れ、内戦でも曲りなりにも保たれていた秩序が崩れてしまう。
複雑に張り巡らされた流通網が一つのダメージで経済バランスを崩し、会社の破産と資源供給の停止が局所から全体へと広がっていく。
人々は事欠くようになった資源を巡って衝突し合い争いを生む。こうして奈落の底に転がり落ちれば内戦の拡大という、戦果を塗りつぶす最悪の代償が待っている。
これでは武力介入の意味がなくなり本末転倒にしかならない。
師たるスメラギ・李・ノリエガ司令官の見解も、ヴェーダの演算も同じ答えだった。
おびただしい情報をヴェーダの補助で掻き分けていくと、フェルトは世界のとある動向に目が入った。重要度は、ヴェーダの推定では高いレベルにある。
(これは・・・・・・介入を検討しなければ・・・!)
地球連邦のイノベイター政策の詳細に、彼女は視線を鋭くさせた。
今では強硬派が握りつつも、ドナルド現大統領は良識ある方で穏健派のブレーキとアロウズの反省を汲んでいるので、政策自体はなんとか暴走に陥っていない。
しかし現場では一時はなりを潜めていた強硬派や旧アロウズメンバーなどが勢い付き、一部では恒久平和と世界統一を名目に再び弾圧を始めている。
親イノベイター派で統一政体とはいえどこれ以上の暴走を許せば世界は世界大戦に突き進む。
かねてより戦争根絶を掲げるソレスタルビーイングにとってそれは到底受け入れられぬ事であり、争いに掣肘を加えるのに必要な力は今や揃っている。
フェルト・グレイスは武力介入の内容を練り始めた。
数週間後、地球連邦は市民の中から覚醒したイノベイター達の移住が開始された。
イノベイター同士で独自にコミュニティを築いたり構成国や反乱軍などに居住区に集められるなど、これまで自発的だったイノベイター政策を連邦政府主導で進められる事になったのだ。
かねてより彼らの増加は見込まれたがELS飛来の影響から、その勢いにより拍車がかかった。自分達を超えた存在に旧人類は彼らを恐れ、反感と利益に基づく軋轢は政府の整備してきたインフラでは対処できなかった。
この窮状に政府は、イノベイターを半分も専用居住区に移住させる事で衝突を軽減させようと試みた。
当然、穏健派を筆頭に反論を呼んだのだが、市民の多くはイノベイターに対して厳しい。たとえ人類の変革を理解しても、感情と目先の生活やこれまでの利益が脅かされるとあっては拒みたくなるのが人間だ。
ユダヤ人迫害の再来、隔離政策、ゲットー建設と揶揄され、「市民の不満感情をイノベイターに逸らしている」とやら「イノベイターを旧人類に人身御供」といった反対の声が多数派の一般市民に圧殺される中、
世界各地のイノベイター系市民は連邦軍に「守られ」ながら、次々とトラックや列車に乗り込んでいった・・・・・・。
地球の周り漂う廃棄惑星。その表面にダミーとナノマシン迷彩で溶け込む一機の機動兵器―――ガンダムが、巨大な得物を地球に銃口を向けて長い沈黙を送っていた。
(ハヤテの奴でもいりゃあなぁ・・・・・・。口うるさくてしょうがなかったけど、口げんかでも何時間も一人でいるんよりマシなもんだなぁ。もう二日経つぜ)
ガンダムマイスター・サジタリスは、本ミッションに割り当てられたガンダムデュナメスR2のコックピットに腰をかけていた。
戦争根絶の尖兵という役目がある故に数日を超える長期ミッションをこなすべく、あらかじめ訓練を受け食料―――といっても水や栄養ゼリーだが―――や生理用品など万全の準備をしてきた。
それでも狭いコックピットで任務以外にありつける事は食う寝る遊ぶぐらい。全身をほぐせるウォーミングアップをしたければ、パイロットスーツ着用して宇宙に出るしかない。
(ま、こういう長期単独任務こそ狙撃兵の真骨頂なんだけどな)
この狙撃型MSは最初の武力介入以来の残存機に二度目の近代改修を施した機体で、性能はGN-XVに対抗できるレベルに引き上げられている。
中でも際立つのは狙撃能力と情報収集能力など狙撃MSたるべき部分を最高レベルに仕上げた点だ。
武器のGNスナイパーライフルIIIは量子空間越しに視界外の目標を撃ち抜き、その正確無比な狙撃と複雑になったシステムの管制にヴェーダ・サブターミナルと独立AI式球状小型汎用ロボット「ハロ」二機の補佐を受ける。
こうして生まれ変わった狙撃ガンダムの狙撃テストは万全であり、このミッションには本機が最もふさわしいと言えた。
「移民団第一波が出港。連邦軍二動キ無シ、未ダ連邦軍ニ動キ無シ」
「へぇ。そうかいな」
ウィンドウは大きく分けて二つ、地上と宇宙に向けている。
地上では各軌道エレベーターに集結する移民団や地上居住区に移動する移民団が、宇宙ではオービタルリングから出港する移民船団がそれぞれ黙々と動く。
護衛の連邦軍は彼らを狙った攻撃に備えて目を光らせており、昼夜関わらず歩兵隊とMS隊が移民団の周りを固める。
本ミッションは移送されるイノベイターを発砲すると思われる連邦軍の一部の阻止で、その行動範囲はなんと地球圏全域に及んでいる。
サジタリスのガンダムデュナメスR2は障害物の少ない宇宙より「次世代」の超長距離狙撃を担当。
ハヤテのガンダムエクシアR4とハプティズム夫人のガンダムハルートR1は、不測の事態に備える遊撃を担当する。
後者はいつでもトレミー2より出撃、量子ワープ出来るようスクランブル待機している。
「あーあ。ELSから助かったと安心したらこれかよ。アロウズの時には中東の奴らを宇宙に移すと言ってたのを、イノベイターにやるなんてよ。人間って変わんねぇもんだなぁ」
サジタリスは一人ごちる。
アフリカも中東と同じく長きに渡る貧困と紛争に満ち溢れており、先進国は救いの手を差し伸べるよりその地の利益を吸ったり切り分け続けた。
今はイノベイターの想像を超えた能力に多くの人間が恐怖を抱き軋轢が大きくなっていっている。
同じ時間で何倍も働き稼ぎ、世の中を巧く渡っていける。彼らが増えるにつれて日常の至る場で自分達と差を付けられる場面が増え、今までの利益を奪われるのを恐れるようになる。
自分達もやがてイノベイターに変革するのは既成の事実にも、多くの人間達は目先の問題に視野を曇らせ変革に抗おうともがく。
一つ危機が去れば今度は自らが危機を作るとは。愚かとしか言い様がない。・・・・・・今の所は、だが。
「本当に連邦軍の中で暴走するっての、このタイミングなんだろうな?ミス・フェルトの読みはどうよ、ハロ?」
複雑な火器管制をすべく用意された二基のハロに訊く。黄色と青色の独立AI式球状小型汎用ロボットが左右のパーツをパタパタさせて応答した。
「確率67%。正シイカモシレナイシ正シクナイカモシレナイ」
「・・・・・・」
「サジタリス、メゲルナ。メゲルナ。明日ガアルサ」
「明日ガアル。明日ガアル」
「・・・・・・・・・・・・」
ヴェーダとて万能ではなく、情報収集対象のコンピューターといったネットワークではない、手紙や伝書といったアナログはイノベイドなくして把握は不可能である。
事実、世界はヴェーダを接収した連邦の監視をすり抜けるべく手段を練り続け、反政府活動のみならず軍や保安局、官僚、大企業といった連邦内の不正も、その動きを正確に読めなくなってきた。
そこで少しでも情報の精度を上げるべくリンクできる全組織の一挙一動に至るまで集め、どのように動き出すか未来予測した何万ものパターンから確率の高い方を見つけ出す。
もちろん予測から引き出しただけである以上、外れる事も頭に入れなければならないので、最低でもヴェーダに限って言えば四六時中監視し続けなければならない。
(反イノベイター派は連邦でも、軍でも数多い。・・・・・・旧人類軍とパイプが繋がっているっていうし・・・、このタイミングを狙って虐殺でも仕掛けるのは確かに有り得るなぁ・・・)
不毛な作戦だろうが武力介入で解決できる問題ではない以上、イノベイターと旧人類の軋轢は最低限の抑えに留めておく。問題の解決は地球圏の当事者に任せておくのが賢明だ。
(ここで止めても止められねぇ。けど放っておくと軋轢は最悪になるもんだよな・・・・・・)
ここでまさか。レッドアラートが鳴り響く。
「!!!」
あらゆる指で端末で対象を探す。発生場所はアマゾンタワー地上ハイウェイ。
一帯のある連邦軍MS部隊の動向に異変が見られたとヴェーダから緊急通信が送られてきた。
もっとも、まず護衛中のGN-XVからなる小隊が四方に散らばったのだが・・・・・・。続けてヴェーダから次々と対象の情報が送られる。
「連邦機が光通信で交信している・・・?っな!?・・・・・・こいつらがそうか!!」
「サジタリス、ソノ通リダ!」
「目標、アマゾン方面ノ移民団護衛MS四機!」
「サジタリス・ブルースカイ、これより狙撃準備に入る!ハロ、トレミーに緊急通信頼む!!」
「了解!サジタリス!」
あらかじめブリーフィングでフェルトに狙撃箇所を厳しく定められている。ポイントは主装備弾倉もしくはバレル、持ち手など。照準が間に合わない緊急時には頭部と。
パイロットを巻き込んでの撃墜はご法度で、連邦軍に燻るソレスタルビーイングに対する敵意を煽り立ててはならないと彼女は釘を刺す。
そうなれば、こちらの準備が万全でないまま圧倒的戦力を誇る彼らと全面対決を強いられる事になる。それでは内戦を泥沼にし、戦争根絶からむしろ遠のいてしまう。
「目標、GN-XV四機!GNスナイパーライフル、銃口に量子ゲート展開、座標設定完了!」
「・・・・・・全座標の誤差修正、敵四機ノ主装備GNコンデンサー及ビ弾倉部より高度一メートルニ座標固定!随時誤差修正準備モ万端!」
00クアンタは機体を空間移動させるがガンダムデュナメスR2は多くの目標に空間越しに狙い撃つ。
この芸当は既に10年前に00クアンタが完成させているので簡単に思われるが難易度が違う。
前者は量子空間という大海にいわゆる橋を架けて目的地に渡るのが用途だが、後者は絶えず動く目標を絶えず捉えていくつもの橋の向きと目的地を調整しなければならない。
そのようないくつもの細かい空間移動を可能にすべく、量子空間移動に関する技術はかつてより進歩したのだった。
「GNスナイパーライフル、量子空間全座標、完璧!周囲ハ敵機見ラレズ!イツデノ撃テル!」
「わかった!」
狙撃は冷静さと一瞬で事を決する判断力が命。かつては武装組織の教官と先輩から、ソレスタルビーイングではロックオン・ストラトスから叩き込まれた狙撃の基本である。
この一撃が地球圏の内戦を止められるにはいささか軽いのは承知の上だ。それでもイノベイターと旧人類、双方が取り返しの付かない対立に行き着くよりかはまだ良いとサジタリスは思う。
(何十年先だって構わねぇさ!どうせ変革できるってのなら、こんな内戦が何十年かかっても俺は戦い続けるさ!俺はこんな戦いと喧嘩が好きな馬鹿だからよぉ・・・、そういう人間は俺の世代までで充分さ!)
後ろより展開した精密射撃用スコープに覗き両手を掛けて態勢を整える。
「狙イ撃テ。狙イ撃テ」
「サジタリス・ブルースカイ、目標を狙い撃つぜ!!!」
紛争根絶の思いを込めた粒子ビームが、量子空間を越えてそれぞれの目標を撃ち抜いて見せた。
GN-XVの手に持つGNパイク二基の、GNソードのGNコンデンサーが、NGNマシンガンの弾倉が火球を生み部品の断片を飛び散らしていく。
「あとはあちらに全部任せるぜ。まだ虐殺を諦めねぇなら話は別だが!」
連邦軍も所属機の持ち場を勝手に離れるという不審な行動に気が付いていなかったとしても、今の攻撃ならあのパイロット達でもごまかしは効くまい。
後ほど被害調査やレコードから自分達の行動を洗い出されれば、彼らに加えて旧人類軍工作員といった反イノベイター派の摘発の可能性が見えてくるだろう。
まさかの奇襲かとパニックを起こし始めた遙か地上の連邦機はハロ達の監視に任せ、サジタリスは他の監視域に注意を向けた。
他のタワーでも、宇宙でも、同じような企てをする輩は一人でも潜んでいるのは間違いないのだから。